東方飛燕草~雑学と妄想多めの、幻想郷の住民だけのまったり日常もの~ 作:ナ月(なつき)
旧血の池地獄。
足元から際限なく沸き上がる地球の血液こと石油の上に、石油コンビナートが建っている。とはいえ、際限なく溢れ出る血の池地獄に浸かっている工場施設に、果たしてどこまで意味があるのかは未知数である。
「おーい、ちやりー」
「ういー、なんすかー」
鉄パイプの上でくつろいでいた、赤い尻尾の天火人ちやりは、やってきた少女にゆるく挨拶を返す。
やってきたのは羊の角をして、これまたやる気のなさそうな顔をした饕餮尤魔だった。
「仕事の時間だ。地上の査察に行ってこい」
「えー。ちょっと今、そういうノリじゃないんでー」
「ンだよ。しょうがないな」
尤魔は他にやることがないのか、ちやりの横に並んで生えていた鉄パイプの上に腰かけ、足元でなみなみと広がる石油の海を見下ろす。
「そういや知ってます? 地上じゃ、飲んでるだけでハッピーになれる生命の泉が無限にあるらしいっすよ」
「あー? なんじゃそりゃ」
「なんでも大陸よりも大きな泉らしくて」
「ンなもん、あったかァ?」
「海っていうんすけど」
誰に吹き込まれたのか、ちやりのその言葉に、尤魔は短く息を吐くように笑う。
「そりゃ、ずっと前の話だ。今じゃすっかり飲み干されて、塩水になってるぜ」
「え、そうなんだ。夢があるわーって思ってたのに」
「しかも、海は青色だ」
「まぁでも、カブトガニとかの血も青いっすからね。割とイケますよ」
「血は赤いほうがうまい」
尤魔はそう言って、いつすくってきたのか、先割れスプーンに入れられた血をすする。
何でも食らう尤魔にとっても、吸血妖怪のちやりにとっても、ここは、原初の海と同等の価値がある楽園なのだ。
「そっすね。血は赤いほうがうまいっす」
「お前の中で、一番うまかった血はどこの血だ?」
「あー、よく覚えてないんすけど、妖怪になる前に吸ってた人間の血が、一番うまかったっすねぇ。なんか、いつも温もりがあって、生活感みたいなのがあって、安心感もあってー」
「ははぁ」
「でも、その血を吸ってたら、なんか、こんな生温いもんじゃ満足できないなーってなって、色々あってここに流れ着いてましたわ」
「ははぁん」
「さっきから、なんなんすか。意味ありげな相槌打って」
尤魔は飲み干したスプーンの端に残る血痕を、びゅっと払い飛ばすと、ニタリと大きな口をゆがめて笑みを浮かべる。
「そりゃ、残夢の血だな」
「え、マジっすか」
「多分な。ククク。僧だった時分からヤツの血はドス黒かったと見える」
「えー、マジっすかー」
自分が今まで覚えていた極上の血液の正体が鬼だと知って、なんとも言えない顔を浮かべるちやり。
しかし、しばらくして思い直したのか、まぁそれはそれで、という風に、うんうんと頷いた。
「今度、飲み比べてみようかな」
「効き血か」
「そっすね」
「バレたら殺されるぞ。ストーカーのほうにな」
「うっす」
額に手を当てて、ゆるく敬礼したちやりに、尤魔はだらんと首を扇ぐように傾けてちやりを見た。
「つーか、そろそろ地上の査察行ってこい」
「あ、うっす」
ようやくちやりが重い腰を上げて、血の池地獄の上をちゃぷちゃぷと歩いて行った。
それを見て、尤魔はひとり呟いた。
「残夢の血でちやりが、肉で早鬼んとこの犬か。ふっ、お前んとこはどうなんだろうなぁ、八千慧ぇ」
そう言って、誰もいないはずの暗い天井を見上げて、ニタリと微笑んだ。
*あとがき*
尤魔のなんていうかこう、気の抜けた感じが好きなんですよね
それでいてやるときはやるっていう
ところでこれ三部作なので次は八千慧に続きますよ