東方飛燕草~雑学と妄想多めの、幻想郷の住民だけのまったり日常もの~ 作:ナ月(なつき)
博麗神社。
いつも和やかで人の気配もせず、平穏無事な風の吹く寂れた神社。
里の人間も、その存在を認知してはいるものの、参道に妖怪が出る上に、博麗神社そのものも妖怪が入り浸っているため、よほどの危機を感じたときにしか―――それこそ、苦しい時の神頼みというときにしか―――顔を出さない。
「霊夢さーん!」
そんな神社に、息を切らして駆け込んでくる緑色の神の少女、東風谷早苗がひとり。
「あー? 何よ、そんな慌てて」
のんびり屋の巫女、博麗霊夢はトラブルを嫌う。
まるで、目の前で起こるトラブルを、可能な限り先延ばしにするかのように、かったるそうに早苗の来訪を見る。
早苗は守矢神社の巫女であるが、博麗神社に分社を置いているため、その清掃などのために定期的に博麗神社を訪れている。来訪は別に珍しいことではない。
「ピカチュウって自分のことピカチュウって言うんですよ! 可愛くないですか!?」
肩で息を切らしながら、脈絡のないことを口走る早苗。
早苗というのは、本当に、親に愛されて育った子なのだ。自分が何を言っても、笑顔で受け入れられると信じている。
霊夢が「は?」と呆気に取られている内に、早苗がまくしたてる。
「ちょっと語尾にレイムってつけてみてください、霊夢さん!」
「あほくさ。ひとりでやってなさいよ」
「さなえ!」
「この流れで普通やる?」
早苗という人物は、本当に、親に愛されて育っている。いつも笑顔で自分の名前を呼んで、また呼ばれていたので、それだけで愛されると信じているのだ。
しかし、霊夢は冷たかった。
早苗はとぼとぼと帰り道に博麗神社の参道を歩いていた。
「くそう……どうして霊夢さんはわかってくれないんだ」
ふしゃー、んなーぉ、ぶにゃー。
そんな猫たちの泣き叫ぶ声が聞こえるので、早苗がそちらを向くと、そこには猫用のペットフードと猫じゃらし型の玩具を持って、野良猫と格闘している橙の姿があった。
マヨヒガに連れ込もうとしているのだろうか。それとも連れ戻そうとしているのだろうか。あるいは単に、自分のほうが格上であると教え込みたいだけなのだろうか。
そんな橙の理由はどうでもよく、じり、じり、と早苗は橙の傍に歩み寄る。
「ちぇ、橙さん……ちょっと、語尾にちぇんってつけてもらってもいいですか?」
「……?」
はぁ、はぁ、と息を荒げながらにじり寄る早苗の後ろには、九尾の狐が我が子に襲いかかる畜生かどうか見定めるような鋭い目で睨みを利かせていたという。