列車の揺れに体の自由を任せているものの、その振動によって壁へと体を寄りかからせている私の体の髪の毛であったり目線の位置が変わることもない。その状態でただ外の木々が正面から背中側へと高速で流れている様子だけを見つめていた。
それと私の間を隔てている窓には私の様子も反射して映しているが、そのほとんどは自身の髪の毛に隠れている。その髪色ですらもそこはとらえていることもあり、自身の顔が黒い影に隠れているのも同様。その中から目がのぞいているが、それが見えているのは窓に近い片側のみであった。赤い目が自身を反射している様子の向こうにうっそうと狭い範囲で並んでいる木々の様子が次々に視界の中から消えていくのを眺める。
その間も、頭の一番角度が付いている先になる場所をそこへと付けているがためにその冷たい感覚を味わうことになっていた。
それに対して、音が消えることは常になく、線路と車輪が大きな音を立てながら揺れ続ける物が等間隔で聞こえていた。ただ、それがあったとしても、ドアの向こうで話している男たちの声がこもった状態でこの車室の中にも入ってきているのが変わったりはしない。それはかつて私の部下となっていた者たちも一緒であった。
しかし、それに対して、私はずっと同じ体勢でただ1人外を眺めているだけ。それから車室の中にも私以外には誰も居ないがために、自身の荷物をソファの隣に置いたままにしていた。そして、次に体を動かしたとき、自分でもそれがいつ起きたことだったのかを思いだせないほどに脈絡もなく、私は自身の着替え等を入れてあるそれの上に頭を乗せて体を横に倒す。
自身の両方の手を手首同士で重ね合わせたまま。それに一切力を入れていない上に来ている方が重力に従って垂れ下がるかのようにさせている。もう片方の手の平側を上へと向けているもののそれが開いているのか閉じているのか自分でもわからない状態のまま、白い肌の中でも影で薄くなっている平の様子を見つめていた。
一方で、尻までを座面の上に乗せていたことから足を床へと落っことしていて、出来るだけ上半身が横に倒れているのと一連の流れになるような形にさせていた。しかし、その結果として私の体は列車の振動に合わせてわずかに上下運動しているのを確かに感じ取らされることに。
ただ同じ体勢で周囲のわずかな声だけを聴いていた私であったが、それはその向うから「俺らちょいトイレ行くわ」というものとそれに対する「おう」という一瞬で消える返事が聞こえていた時ですらも視界は変わらない。視線すらも向けることもなく、ただ視界の端の方で流れているかのような気もする風景の変化だけに意識を向けていた。
その一方で、ラゼンは私の様子を見たのか否か、この車室の中へと入ってくると、そのドアを閉める際には体の向きも変えずに、奥へと進もうとする足の流れで閉じているかのよう。それから勢いよく、一切音が出るのを隠さないで私の頭がある側とは対偶になる場所へと座り込んでいた。
一度だけ軽く手を出しながら私の方へと「よ」とだけ言うラゼンだが、それに対し目を開けている範囲を窓の向こうを眺めていた時とほとんど変えないまま眼球の角度だけを変える事で相手を見つめる。数秒間そのままでいたが、一度だけ息なのか声なのかも分からないような声を出しながら両手を使って身体を起こし、それから髪の毛を手櫛で軽く整えてから、相手の様子を見つめる。
今も尻を座面のかなり前の方へと置くことで背中を大きく傾かせているそっちは、両方の手首を太ももの上に乗せたまま手の指同士を組み合わせていた。そして、体勢は全く変えないまま軽く笑うかのように、一度だけ息を吐いているのか声を出しているのかわからない音を口から出していた。
「ようやくだな」
一度大きな声を出すかのようにして向うが話しかける。ただ、それは一度小さくなるものの、その途中で音を伸ばしている数秒間ののちに出た語尾はまたそれと同じものに戻っていた。一方で私は尻を手で滑らせるような動きで自身の体をもともと寝ていた際に頭があった側、車室の入り口に近い方へと移動させる。
その間はラゼンの方を見ていなかったが、相手は一度両方の手の平を上へと向けるような動きで身体を伸ばしながら同じく汚い声を伸ばすようなものを出し続けているようであった。
しばらく視線を斜め下へと向けているかのようにしていたが、一度瞬きするのちにもう一度ラゼンの様子を視線だけではあるが見つめる。まだ相手は体を伸ばす動きを終えていないようで、今も視線を上へと向けているようであった。
「なんか、めちゃくちゃ疲れたぜ」
両手で弧を描くような動きと一緒にそれを落っことしている間に話し始めたその声。最初は1つずつ音を出していくかのように話していたものの、途中で一度呼吸を入れ替えるために言葉を止めたのちは語尾を伸ばす時以外は少し早口目であった。
私が相手の言葉に続く声を出そうとして出せないでいる間、数秒間互いに何も話さないでいた。それどころか、体も動かさないでいるかのよう。
「……そうだな」
私の一瞬だけ話すような声が終わったのち、どちらが話すでもなく、私が顔を車室の隅へと向けたまま視線だけを相手に向けてる状態と、同じ体を傾けている体勢の延長線上で顔を上へと向けているラゼンの2人だけがこの部屋の中に残っていた。
しばらくただ列車が線路の上を走り続ける音だけを聞いていたが、車室のドアの窓ガラスとなっている場所がノックされたことでそれが崩される。そっちの方へとラゼンが自身の手を持ち上げながら挨拶しつつもう片方の手を椅子の上に突くことで立ち上がり、そのままの勢いでこの部屋の中から出て行った。
気づけばお互いに沈黙していたのはほんの数秒間の間だけであった。それに気づいたのちに、私は先ほどと同じように体を倒した状態に戻っていた。
列車が到着したことを知らせる汽笛が鳴るよりも早く周囲の様子は非常に騒がしくなっていた。いつのまにか視界の隅の方で見えていた窓の向こうは先ほどまで見ていた田園風景や森林の様子とは打って変わったレンガで作られた壁や床、鉄製のアーチや橋の様子によって支配されていた。
しかし、それ以上に多く見えるのは細長い棒に取り付けられた国旗を振っている人間たちの様子。老若男女問わずどころか、母に連れられた赤子ですらも親に主導される形でそれに協力させられていた。皆特定の動きがあるわけではなく、左右に振っている者もいれば上下にやっている者もいる。振ってはおらず掲げているだけにしている者までもいた。
一方今も車内で体を横にしているだけの私は、未だ列車が線路の上を進む音とも共に、ドアの向こうから聞こえている声を聴く。しかし、それに対し何をするわけでもなく、同じ体勢のままただ、体をソファに対して横向きにしているのみ。
一方で、外側では今も人々が大きな声を出して列車の外へと声を出している様子や、音が必要以上に大きくなることを一切隠さない笑いがする。そして、彼らはずっと同じペースで足を動かしているようであった。そう思った矢先に、音だけで走っているのがわかるほどに大きなそれが後を追うように聞こえ始める。
そして、それらは汽車が止まると一緒に出る汽笛の音の中でも決して消えたりしない。床が靴で叩かれる物は反響しながら私の方にも伝えてきている。しかし、その振動までもがやってくることはない。
一方で、視界の端の方では、外の様子が今も見えている。列車が止まったことで周囲に蒸気を噴き出しているが、それで線路の向こう側にいる人たちの姿が隠れることや見えなくなることもない。しばらく彼らの様子を見ているが、それでも視線がぶつかることもない。駅の中は天井がガラス張りになっているため、おそらく街灯の光が付いていなかったとしてもそれでも視界は保たれている。実際私のいる車室にも窓で切り取られた日向が入り込んでいて、それがこっちの足元の辺りを照らしているようであった。
車内にいる人がいなくなりその部分に限って言えばがおおよそ静かになったころ、私もわずかな声を出しながら立ち上がる。一度横になった時から無造作になった髪の毛をそのままにしていたがために、顔の方へと来ていたそれをある程度整えていたが、それと同時に車窓のドアの羽目殺しになったガラスの様子を見る。
上の瞼が落っこちることで皿のような形になっているその様子を見つめる。光源を背にしているせいで、自身の顔はもちろんのこと、それ以外の箇所も影になっていて、輪郭がへこんでいる箇所や服装のしわになっている箇所もだいぶその色が濃い状態となっていた。その光景をただ見るのみで足を動かさずにいたが、それも数秒の間の話。すぐに荷物を背負うかのようにして早歩きで外に出た。
外では抱き合っている人や手をつなぎ合っている人達によって床が支配されていて、私はそれを回避するために何度も体の向きを変えることとなる。それに対して、私は人が足をほとんど動かしてはいないのだが体が前後に動いているようで、結果としてその狭い範囲に押しつぶされそうになっていた。その都度、私は目を細めるようにそこへと力を入れていた。
しかし、私の視界が把握できる範囲では、彼らの中でこっちの方を見ている人は誰もいない。しかし、それでも皆が持っている国旗の明後日の方向へと向かっている物までもが私の視界に入ってくる。それだけでなく、体が潰れるような感覚と共に、私の体へと胸元に付いている勲章の鋭い先端が軍服越しに突き刺さる。しかし、それでも私は人込みの中を抜けるまでの間、勢いよく片足を前へと出すその瞬間まで進むのをやめようとはしなかった。
外に出ると一緒に私はレンガをくりぬいたかのような廊下へと繋がる狭い場所を潜り抜ける。その間だけは確かに暗い影となっているのが私の視界にも確かに伝わってきた。
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