空と夢と星と青春   作:イメージの裏切り

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この小説には不知火カヤのバックボーン・設定に関する
妄想と捏造が多分に含まれています!
ご注意ください!



Primary branch 1 一番星1つ、望む者と背ける者
長眺めする瞳、二つ


 某月某日、サンクトゥムタワー、連邦生徒会会議室──

 

 突如として告げられた元防衛室長、不知火カヤの身柄引き渡しという一大事を、私は戸惑いと驚愕を以って受け入れるしかなかった。

 

 カルバノグの兎作戦、ひいてはカヤによる連邦生徒会へのクーデターから既に時は流れ、矯正局で過ごすカヤの姿も、もはや日常になりつつあった。しかし降って湧いた無慈悲な手続きは、私を無関係なまま放っておくことは無かった。

 

 サンクトゥムタワーの一室、会議用の長机が並べられた部屋の椅子の一つに私は腰かけていた。定刻までの間、異質なまでに緊迫と冷たさに満ちた部屋の中で、何をするまででもなく指先を弄ぶことしかできなかった。

 

 会議室の最上席には連邦生徒会長代行、七神リンが座っている。彼女は反逆の矛先を向けたとはいえ、自らの同輩たる人物の去就が確定する場であるにも関わらず、緊張の色もない真顔のまま、1ミリの姿勢の狂いもなく背筋を伸ばし、太腿の上で手を組んで自分の真正面に座る人物が入室するのを待っている。

 

 リンの右隣にはヴァルキューレ警察学校公安局局長、尾刃カンナが座っている。彼女はかつての上司たる人物の処遇に対し何か思うところがあるのか、眉間に皺を寄せて目を閉じ、鋭く並んだ歯を噛み締め、心の(うら)を隠すように腕を組んで深く椅子に腰かけている。

 

 そしてリンの左隣に私、シャーレの先生が座っている。定刻まであと数分だというのに、重々しい空気が充満した部屋の中では、1秒が過ぎるのでさえ途轍もなく遅く感じる。

 

 

 

 コンコンコン、ガチャ

 

 失礼しますの一言と共に扉があけられ、1人の人物が入室する。

 

 その人物は肩口で切り揃えられた羊羹色の髪の毛の上に、ルーローの三角形の形をしたヘイローを浮かべながら、入り口に遣った私の視線を横切っていく。皺ひとつない濃紺のブレザーに身を包む一方で、視線を下に遣ると少し余裕のあるサイズのスラックスが伸びている。靴はヒールの無いゴム底で、リノリウムの床の上をトス、トス、トスと静かな音を立てながら歩みを進める。

 

 そして彼女は私たちの真正面、参考人として聴取を受けることになる席の横に立って一礼し、席に着く。しかと前を見据えた瞳は澄みすぎる程に闇を(たた)え、口元は余裕ぶった微笑みを浮かべる。とてもこれから尋問を受けるとは思えないほど泰然自若(たいぜんじじゃく)とした佇まいは、一周回ってこちらが圧倒されてしまう。

 

「それでは定刻になりましたので聴聞会を始めさせていただきます」

 

 よろしくお願いします、と総員で返事をする。

 

「ではまずプレローマの方から、お名乗りください」

 

 するとプレローマの制服を着た人物は立ち上がり、名乗り始める。

 

「はい、私はプレローマ工業高等専門学校5年、基盤研究審査会座長を務めております、蟹江(かにえ)チエと申します。この度は弊学出身の役員が起こした事件につきまして、深くお詫び申し上げます」

 

 チエは、深々と頭を下げた後、再び席に戻る。もっとも、微笑みを浮かべた表情からは、どこまでが社交辞令なのかは窺い知れなかったが……

 

「では、私たちの紹介を──」

 

 そうしてリンとカンナ、私は順々に自己紹介をする。その間、チエはじっとりとした、穴が開きそうな視線を向けていた。

 

「それでは始めに事実確認を行います──」

 

 確認された「事実」は既に公のもので、正直散々聞いた話ではあった。不知火カヤが防衛室長時代尾刃カンナに汚職の片棒を担がせ、SRT特殊学園所属のFOX小隊を手駒にし、カイザーコーポレーションと結託して連邦生徒会に対しクーデターを実行、生徒会長代行の地位を簒奪した。その後D.U.自治区において恐怖政治を敷き、最終的にサーモバリック爆弾による破壊工作に打って出るも、RABBIT小隊に阻止され、支持者を失って失脚した、というものだ。

 

「次にカヤさんの引き渡し後の処分について説明をお願いします」

 

 するとチエは資料を手に取って説明を始める。

 

「はい、まず明日、基盤研究審査会主催の査問会を行い、事情聴取の後に審査会として処分を決定します。その後の予定としては連邦生徒会役員を解任し、弊学の治安維持組織、安全科の主導による再教育プログラムを施行します。代わりの役員はまだ目星がついておりませんので、弊学の1年生から希望者を募って選定を行う予定です」

「そうですか……こちらとしては人手が足りていないので、流石のカヤさんといえども空席ができることは望ましくないのですが」

「すぐに代わりの者を寄越せないことは申し訳ありません。しかしながら、ここまでのことをしでかした人間を放ったままにするというのは、弊学の沽券に関わる事態でございますので、何卒ご理解の程よろしくお願いします。なるべく後任は迅速に決定するよう努力いたしますので、ご容赦ください」

「……分かりました、ではよろしくお願いします」

 

 その後も細かい文面の確認が行われ、連邦生徒会とプレローマの間でのカヤの取り扱いがほぼ決定事項となった。

 

「では続いて、カンナ局長、進行をお譲りします」

 

 カンナが瞼を開き、鋭い視線をチエに向ける。ここにカンナがいる理由は他でもない、プレローマのトップに対し、公明正大に事件に関する尋問ができるからだろう。

 

「では、時間も限られていますし、要点を絞って端的にお尋ねすることにします」

 

 カンナは身を乗り出して机の上で手を組み、尋問の構えを取る。普段の取り調べ室に比べれば相手との距離は物理的に離れすぎてはいるものの、睨みを効かせる双眸(そうぼう)は只の獲物と捕食者よりも圧倒的に切迫した雰囲気を纏っている。

 

「まず1つ、2年前、不知火カヤを連邦生徒会に推薦したのは、チエ座長、あなたですね?」

「ええ、間違いありません、それが何か?」

「あなたは、『任命責任』というものを感じることは無いのですか?」

「ありませんね、我々が任命したのは1年生の不知火カヤです。2年の年月があれば、思想や行動原理の変化もあるでしょう。ですので先般の内乱におけるカヤの行動の責任を負ってやることはできません」

 

 チエは妙にふてぶてしい回答をする。自らの力不足について語った言葉は、悔やんでいるのか開き直っているのか判別し難い。

 

「ふむ、では2つ目、あなたの所の学園、プレローマ高専は工業に力を入れているそうですね。これとカヤ元防衛室長が手を組んだカイザーコーポレーションと、何か関連があるのではないでしょうか?」

「ほほう、もしや我々がカヤを介してカイザーに便宜を図っていたと仰りたいのでしょうか? 残念ながらその可能性はありません。プレローマとカイザーは同業、所謂競合他社の関係にあるのです。そのため基本的に仲は良くありません。以前安全科とカイザーとの間で武力衝突が発生した程には、相容れない存在だと思っていただいて構いません」

 

 的確に振るわれるカンナの追及の凶器を、チエは明瞭に(さば)き返して見せる。やはりそれなりに修羅場を潜ったのか、「狂犬」相手に怯む様子がない。

 

「……では3つ目、あなたはカヤ元防衛室長の凶行について、あらかじめ何か知っていたのではないでしょうか?」

「いいえ、それについては──」

「誤解なきように申し上げておきますが、あなたはカヤ元防衛室長を送り出した人間として、彼女にとっては少なからず恩がある人間でしょう。そんなあなたを放ったまま独断に出た訳ではないのではないでしょうか?つまり……カヤ元防衛室長は……あなたに心の内を明かしたことがあるのではないでしょうか?もしそうであるならば……あなたは……カヤ元防衛室長の凶行を止めることが出来たのではないでしょうか?もっと早いうちに……彼女が足を踏み外す前に!止めてやることが出来たのではないでしょうか!?そうする義務があったのではないでしょうか!?──どう思われますか?チエ座長?」

 

 カンナは声を荒らげる。その追及には、怒りだけではない、一抹の後悔がこもっているようだった。

 

「残念ですが、先般の事件において、カヤが我々に連絡を取ったことはございません。我々はカヤの反逆行為、及びそれに付随する一連の行いについて、事前に知り得た情報は無いと言わざるを得ません」

 

 チエは事実に重ねるようにして、カンナの期待を否定する。

 

「それにもし、我々がカヤの計画について、何か知りえていたとしても、我々はカヤを止めることはしなかったでしょう。自分自身で正しいこと、必要なことだと判断して行動に出たのであれば、我々はそれに真っ直ぐぶつかってやることしかできません。それがプレローマの教えというものです。上の人間としてできることは、彼女のしでかしたことの尻を拭い、頭を下げることだけです」

 

 チエが浮かべた表情は、社交辞令などではなく、心の底から無力を詫びるような、そんな表情に見えた。

 

「この頭を下げて済む領分であれば喜んで頭を下げさせていただきます。なのでどうか、カヤを赦してやってください。この度は本当にご迷惑をおかけしました」

 

 チエは深々と頭を下げる。カンナは予想に反して言葉を真っ直ぐに受け止められてしまったのか、乗り出していた身を戻して背もたれに体を預ける。

 

「ヴァルキューレが必要な捜査であれば、プレローマは喜んで協力させていただきます。なんなりとお申し付けください」

「ああ、それはどうも……私からは以上です」

「では、最後に先生から、何か聞いておくことはございますでしょうか?」

 

 リンからパスを受けて、しばらく考える。カヤとは交わした言葉は多くない。あのときも、最悪の事態を止めることが第一で、カヤと深く言葉を交わす余裕など無かった。その上で、敢えてこの場で聞くことがあるとすれば──

 

「──チエにとって、カヤって、どういう子なのかな?」

「と、言いますと?ああ、もちろん我々が知るカヤは2年前のカヤでしかないことは申し上げた通りですが……」

「いや、知ってる範疇でいいんだ、君にとってカヤはどういう人なのか、教えて欲しい」

 

 チエは今日初めて宙を仰ぐ。用意のない質問を受けて、答えとして相応しい答えを用意しているようだった。

 

「カヤは──アイツは、なかなか面白いことを言うヤツだった……とは思っています」

 

 称賛とも悲嘆ともとれない言葉がゆっくりと紡ぎ出される。

 

「アイツは、プレローマには珍しい上昇志向の持ち主でしたね。座長という職位が、他校の生徒会長ほどに権威を持たないプレローマでは、ほとんどの生徒が目の前に置かれた課題を解くことに労力を割いています。その中では珍しく上に立つことを目標に掲げていた、そういう人物だと、記憶しています」

 

 やはりカヤは、ただ欲望のままに行動した訳ではないのかもしれない。きっと、この機会は、あの子と向き合うために必要な機会なのだと、改めて思った。

 

「──こんな回答でよろしいでしょうか?」

「うん、ありがとう」

 

 私は議事をリンに返した。その後は細かい確認事項の整理が行われ、会議はお開きとなった。

 

 

 


 

 

 

 私は会議室から退出しようとするチエを呼び止めた。

 

「ああ、どうも先生。この度はしばらくお世話になります」

 

 軽い挨拶と共に会釈を送り合う。

 

「今日はわざわざ来てもらってありがとうね」

「いえいえ、後輩のやんちゃの為なら頭を下げるのが先輩の仕事ですから」

「そうかな? 君もまだ生徒なんだから、あんまり重荷を背負わないでほしいな」

「そうでしょうか? 我々ももう20歳(ハタチ)が見えてきているので、いつまでも子供ではいられないとは思うのですがねぇ……」

 

 そういえばチエは5年生だった。だが個人を取り巻く環境は決して年齢だけで決まるものではないだろう。もっとのびのびする権利はあるはずだ。

 

「そういえば『我々』ってチエ個人のことを指してるんだね」

 

 一人称単数形としては不思議な言い回しが気になったので聞いてみる。

 

「ああすみません、ちょっと癖のようなものでして、あまり気にしないでいただけると……」

 

 自覚はあるようだ、何かあるのかもしれなかったが、野暮だと思いそれ以上は聞かなかった。

 

「それでは我々はここで失礼します。すぐプレローマ(むこう)でまた会議がございますので……」

「それじゃあまた明日かな?」

「はい、カヤに挨拶だけしていきますので、後はよろしくお願いします」

 

 そう言ってチエは(きびす)を返して退出する。私はその後ろ姿を見送って、出張の準備を整えることにする。

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

「おい、カヤ! 起きろ!」

 

 いつものように不貞腐れていると、看守ではない声が脳を突き刺した。聞き覚えのある声にすぐさま体を起こして立ち上がり、明かりの方へ駆け寄って鉄格子を掴む。

 

「……っ! 座長……」

「久しぶりだな、カヤ、なかなか愉快なことをしでかしたらしいじゃないか」

 

 真っ黒な瞳にはいつも以上に光が無く、何を考えているのか知れなかった。

 

「座長……今更何をしに来たんですか? もっと早く来てくれてもよかったんですよ?」

「勘違いするなよ、カヤ。我々は別にお前の助命嘆願を聞きに来たんじゃない、()()をしに来たんだ。もう聞いてるだろう?」

 

 矯正局からプレローマへの引き渡し、数日前に告げられたそれは、十分予測できることではあった。

 

「はっ、私に言わせてみれば、この牢屋から別の牢屋に移る以上のことじゃないですね」

「相変わらず口が減らないな。変わってなくて安心したよ」

「それで、今日はこの醜態を笑いに来たんですか?」

「そう投げやりになるな、お前にはチャンスをやろうと思ってるんだ」

「チャンス……?」

 

 その言葉は流石に予想外だった、こんな人間に何をさせようというのか。

 

「そうだ、この後の引き渡し、そして査問会にシャーレの先生が同行する。そこで抗弁してみろ。お前の行いの『意義』を示せ。それができれば、お前の処分の内容を考えてやってもいい」

 

「意義」──審査会で立ち行かなくなった人間に差し出される助け舟の1つだ。それを……示さなければならないやつだというのか……私は……、それにシャーレの先生──あのとき私を容赦無く置いていったあの人間、アイツに……縋り付けというのか……

 

「どうした? 急に威勢が無くなったな。まあそれは関係ない。どちらにせよお前にかけてやれる励ましは1つだ」

 

 座長は檻に近づいて私に宣告する。

 

 

 

 

 

「覚悟を決めろ」

 

 

 

 

 

 そう言って、座長は何を含んでいるのか分からない笑みを浮かべる。そして鞄から一揃いの服を取り出して投げ置く。

 

「プレローマの制服だ、せっかくだから下ろしたてのやつを持ってきてやったぞ。着替えておけ」

 

 私はもう立ちすくんだまま、拳を握りしめて歯を食いしばるしかなかった。座長を睨み返すには、のしかかった宣告は重すぎた。

 

「じゃあな、カヤ。我々はすぐ予定があるんでな、先に行くぞ。プレローマ(むこう)でまた会おう」

 

 そう言って座長は去っていった。私には残された制服すら、手を伸ばすには遠くなってしまっていた。




お読みいただきありがとうございます。

ここから本編です。前の10話は設定開示を兼ねた盛大な前振りでした。
前までは無理やり5話に収めていましたが、ここからはテンポよく書いていきたいと思います。もう6000字も書いてるのはナイショで……

※描写上の都合でタグを追加しました。

次回もよろしくお願いします。
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