聴聞会の後、シャーレに戻って準備を整えた私は、引き渡し場所に向かった。
「よし、私が一番乗りかな」
人通りは普段のD.U.市内とそう変わりは無かったが、この後行われる引き渡しを考えると、もう少し静かでいてほしいなという感じがしていた。それほどにこの場に立ち会う人間たちにとっては、ただならぬ出来事に違いは無かったのだから。
「おっ、来たかな?」
ヴァルキューレの警官が1人の影を伴って現れる。見てくれが変わっていたので少し気付くのが遅れたが、手錠に繋がれた人物は、他でもない不知火カヤその人だった。
「お久しぶりです、先生」
「うん、カヤ、久しぶり」
防衛室長時代の編み込まれたピンクの髪はほどかれて、表情とも合わせて落ち着いた雰囲気を感じさせる。白いブラウスに濃紺のブレザー、
「それ、プレローマの制服?似合ってるよ」
「ええ、先程座長から頂きました」
「こう見ると、カヤも真面目な子なんだね」
「なんですか?模範囚だとでも言いたいんですか?」
別にそんなこと思ってないよと否定する。ただ今のカヤはどこか思い詰めた様な、神妙な面持ちをしている。閉じられた双眸もかつての自信有りげな様は鳴りを潜め、伏し目がちだ。
「後はもう引き渡し?」
「いえ、プレローマ高専から監視役の方が来られるはずです」
ヴァルキューレの警官はしばらく辺りを見回す。すると──
「失礼します」
私たちの後ろから急に声をかけられ、一同は少し驚いて振り返る。そこにはカヤの着ている制服と同型の制服を着た人物が立っていた。人のよさそうな目と長めのポニーテールは青白く澄んだ色をしており、さらに制服の上にウィンドブレーカーを1枚羽織った出で立ちだ。一見すると一般生徒にも見えたが、左腕に
「この度監視役として身柄を引き受けに参りました、プレローマ高専3年、安全科の牛越スバルと申します。どうぞよろしくお願いします」
私とヴァルキューレの警官は簡単な挨拶をする。そしてスバルはカヤの身元を確認して、警官から手錠の鍵を受け取る。
「それではこれにて引き渡しを完了します。後はよろしくお願いします」
「はい、了解しました。ご足労いただきありがとうございます」
2人は礼をして引き渡しの儀を済ます。警官が去るのを見届けた後、私とスバルは向き直って予定を確認する。
「じゃあ行こうか、何で行くの?」
「そこに車を付けております、では連行します」
私たちは停まっていたバンに向かい、カヤを乗せて私も乗り込む。スバルが運転席に乗ってエンジンをかける。細い路地を抜けて、幹線道路に入る。あまり行ったことのない道だ。ミレニアム、ゲヘナ、トリニティ、頻繁に足を運ぶ自治区とは違う方角に車はハンドルを切る。シャーレに来てからそれなりの時間が経ち、D.U.自治区内も隅々まで歩き回ったなと思っていたが、まだ知らない道がある辺り、キヴォトスの全てを知ったというには文字通り道半ばというべきなのだろう。
「プレローマ自治区か……プレローマの生徒には何人かあったけど、直接行くのは初めてだなぁ」
「それなりに良い所ですよ。あまり大都会とは言えませんが、過ごすのに不自由することは無いはずです」
なんてことの無い独り言のつもりだったが、意外にも返答が返ってきた。スバルは割と雑談ができるタイプの生徒のようだ。これなら道中退屈することもなさそうだ。カヤは……押し黙ったまま窓の外に顔を向けていた。何を話すべきか、しばらく話題をひねり出すことにした。
しばらく車に乗っていると、街並みもかなり落ち着いてきた。D.U.も中心部から少し離れると、見上げるような高層ビル群はまばらになり、2、3階建ての建物が目立ってくる。いつも賑やかな中心部とは対照的に閑散としており、少しずつサンクトゥムタワーも遠ざかっているのが分かる。
カヤは相変わらず窓の外を向いたままだ。見慣れた街を離れる心中は、後ろ姿からは図りづらい。
「あの……カヤはさ、やっぱり名残惜しい感じとかするの?」
「……別に、遂に私の野望もここまでか、という感じしかしないですね」
またしばらく行くと、整然と植えられていた街路樹も立派な人家もまばらになった風景が広がってくる。そろそろ、D.U.自治区から離れるところまで来たようだ。今後の長旅と沈黙に喉が乾かないように、何か飲み物でも買っておきたい気分だった。
「ねえ、どっかコンビニ寄ってもいい?このままだと、喉乾きそうな感じがするからさ」
言い放ってから気付いたが、仮にも移送中であるというのに寄り道をするというのはあまりにも軽薄すぎた。スバルからは軽蔑されそうな予感さえしたが、返ってきたのはとても柔軟な対応だった。
「いいですよ、ただ私は目を離せないので、すみませんが先生1人で行ってきてください」
「う、うん、もちろんだよ……なんか無茶させたみたいでごめんね」
「いいえ、気にしないでください、どのみち休憩はする予定だったので」
そう言ってスバルは適当に通りに面したコンビニを見繕い、駐車場に車を停めてくれた。
「では行ってらっしゃいませ」
「ありがとう、せっかくだから一緒に買ってくるけど、リクエストはある?」
「うーん、ではカフェラテを頂きましょう」
「了解、カヤは?コーヒー?」
「いりません、ていうか手錠してるんですけど?飲めないじゃないですか」
「大丈夫大丈夫、そのときはちゃんと飲ませてあげるから」
「ふざけないでください!何も買わなくていいですから!」
はいはいと聞き流してコンビニに向かう。もちろん何も買わないなんてことは無い。ミルクティーとカフェラテ、そしてちょっと上等そうなコーヒーを選んで会計を済ませる。
「お待たせーはいカフェラテね、車だからペットボトルのやつしか買わなかったんだけど、いいよね?」
「はい、ありがとうございます、大丈夫ですよ」
「カヤにもコーヒーね、飲みたくなったら言ってね」
「飲みませんから!」
シートベルトを締めて車は再び発進する。
「ねえねえ、私が行っている間、なんか話でもしたの?」
「いえ、特には……私は任務で来ているというのもあるので……」
「別に、今更こんな札付きに話すことなんてないですよ」
生徒だけなら話も進むかと思ったが、当てが外れたようだった。
旅程も暫く経ち、目ぼしい人工物も途絶えてきた。道路はそれなりに整備されてはいたものの、岩や
「ねぇ、プレローマまで行くのって車しか無いの?みんな車とかバイクで来てたからさ」
「いいえ、一応ハイランダーの路線が1本通っています。ただ、通るのは貨物列車ばかりで、客車が行き来しているという話は聞きませんね」
「じゃあ物理的に手段が無いわけじゃないんだね?」
「はい、あと運河が1本と空港が1つあります。造船をやっているのと、航空機開発をしている学科があるので」
これまで聞いた話だとまるで陸の孤島のような感じがしていたが、そうでもないらしい。
「まあ、今回は移送なので、車が一番ちょうどいいって感じですね。ヘリでも飛ばせればよかったんですが……私が運転できないので」
「ははは、車が運転できれば十分だよ」
そういえば前聞いた話だと、審査会のメンバーは8人だったはずだ。座長と副座長を除けば6人6学科だろうか?
「安全科と生産科と銃砲科は知ってて、それで船と飛行機の人がいるんでしょ?そうなると知らないのはあと1つかな?」
「あとは機甲科だと思います。車両とか戦車の類を作ってる人たちですね」
「おおーだんだんプレローマのことが分かってきたぞ、せっかくだから会ってみたいな。ねぇカヤ、カヤは連邦生徒会に来る前はどこにいたの?」
「え?……私は、安全科です……」
「そうなの?そういえば2人とも3年生なんだよね?っていうことは実は知り合いだったりするの?」
「別に安全科だからって全員と顔見知りってわけじゃないですよ、結構人数いるんですから」
「あと、私実は安全科には途中から入ったんですよね。なのでもしかすると入れ違いになったのかもしれません」
ほほう、カヤとスバル、安全科から旅立った者と安全科に移り住んだ者、本当に入れ違いになっていたとしたら、なかなかに数奇な運命だろう。
「スバルは安全科に入る前は何してたの?」
「まあちょっとそこら辺をフラフラしてるような人間でしたね。そこで座長に安全科に来ないか?って誘われて、それでそのままずっといるって感じですね」
「座長、相変わらず勧誘とかばっかりしてるんですね」
「カヤもチエに推薦されて連邦生徒会に来たんだっけ?」
「そうですね、まああのときは結構血の気が多かったので、今思えば厄介払いされたんだなって思いますね」
聴聞会でのカヤへの評価を聞くと、厄介払いなんてことは無いとは思う。ちゃんとそれなりに期待されてはいたと思いたい。
「カヤ、そんなに投げやりになるべきじゃないと思うよ」
「ははっ、同情なんてやめてくださいよ。あなたが今更私にどんな手を差し出そうって言うんですか?」
こうまで言われると、ちょっと私も閉口してしまう。でもこのまま放って置くことはできない。
「カヤ、あのとき助けてあげられなかったことを恨んでるのなら、謝るよ。あのときは私も両方の手が塞がっていてしまっていたから、ごめんね。でも今はちゃんと君に向き合えるから、今度はきちんと助けてあげるね」
「……そうですか」
カヤはまたそっぽを向いてしまった。せっかく話が進んでいけそうだったのだが、また車内を沈黙に包んでしまった。
時計も12時を回り、私たちは車を停めて昼食をとることにした。食事らしい食事は持ってきていなかったが、スバルが糧食を分けてくれた。
「すみません、こんなものしかなくて」
「大丈夫、美味しいよ」
「本当は弁当でも用意できればよかったんですけど、流石にずっと車内に置いておくには足が早くて……」
「そんなことないよ、それこそさっきのコンビニで買っておけばよかったね」
私は糧食をかじりながらペットボトルに口を付ける。
「カヤも食べる?碌になんにも食べてないんじゃない?」
「いりません、どうせ手は動かせませんし」
「大丈夫だよ、糧食だから食べさせてあげる」
「結構です!恥ずかしい!というか別にお腹空いてませんから!」
ぎゅるる~
「カヤさん、せっかくですしもらってあげてはどうですか?」
髪色よりも顔を赤くしてカヤが口を開く。私は糧食の封を切って食べさせてあげる。カヤは涙目になりながらもっきゅもっきゅと咀嚼する。
「コーヒーいる?」
「……頂きます」
未だに手を付けらていないコーヒーを開けて飲ませてあげる。いい飲みっぷりだ。
「どうだった?あんまりコーヒーの良し悪しとか分からないんだけど」
「まあ、量産品としてはいい方だと思いますよ」
「ふふっ、良かった良かった」
カヤの周りだけ凍り付いたようだった車内が少しだけ氷解したような気がした。
「さて、プレローマの本部まであと少しです、出発しましょう」
「うん、そうだね」
私たちは昼食を片付けて再び出発する。
荒涼としていた道も見飽きてきた頃には、建物や木立の姿がまた見えてくるようになった。それは同時に行きの道程も終わりに近づいてきたことを意味していた。
「お2人ともご覧ください、街が見えてきましたよ」
フロントガラスから景色を眺めると、地平線の先からビルの尖塔が覗いてきているのが見えた。あそこがプレローマ高専……私のまだ知らない人と文化の根付く地にこれから足を踏み入れることになるのだ。
「覚悟……決めなきゃなぁ……」
弱々しい声が聞こえて振り向くと、今まで窓の外を眺めていたカヤは、目を開けて真っ直ぐ前を向いている。その表情は決して処刑場に向かう囚人では無く、どんな
いつの間にか先しか見えなかった建物が目の前に立ちはだかるように背を伸ばしていく。私は少し目をつぶって、私にできることを考えることにした。
お読みいただきありがとうございます。
このシリーズに初めて評価がついて浮足立っています。
オリジナル設定も詰め詰めになっておりますが、楽しんでいただければ幸いです。
とりあえずカヤちゃんが絶望の淵に潰えるエンドにはならないようにします。
次回もよろしくお願いします。