ギギイィィィッッッ
重く分厚い鉄の扉を、体重に任せて開ける。雨風にさらされた蝶番は、今にも千切れそうなほどの錆びついた音を辺りに響かせる。
コン、コン、コン、コン、
差し込む光を頼りに、縞鋼板の階段のステップを降りていく。長く閉ざされていたためか、足音の反響は澄んだ音を立てている。
階段を下りると、一面にコンクリート打ちっ放しの床が広がった空間が現れる。屋内であるにもかかわらずどこからか光が差し込み、ぼんやりと明るく、見通しに不自由はない。鉄筋コンクリートの構造は遺棄されたはずにもかかわらず、崩落なども無いばかりか、雑草の1つもない。明らかに放置され、草も伸び放題の荒れ放題だった地上の広場とは真逆の、まるで隔離されたかのように清廉で静謐な光景が広がっている。
「すごい所だね、私たちしかいないのに、肌がピリピリするよ」
「行軍の跡があります。これを頼りにカイザーを追いましょう」
スバルが自動小銃を構えながら先陣を切る。するとカヤが思い出したように慌てだす。
「あの、そういえば私丸腰なんですけど、どうしましょうかね?」
カヤはやや大げさに空中にチョップをかます。
「なら、これを使ってください」
スバルはホルスターに納めていた銃を1丁取り出してカヤに差し出す。精密に黒く塗装がなされた、重々しい様相のリボルバーであった。
「それは私が最も信頼する1丁です。少なくとも戦うには不自由しませんよ。あっあとこれ弾です、普段それには1発しか込めてないので」
言葉の端々からは、その銃がスバルにとっての真の愛銃であるかのような一品であることが窺える。それを貸し出せるほどにカヤを信頼しているのか、あるいは──
「い、いいんですか?」
「いいですよ、私はこれで十分なので」
「私が裏切る可能性は考えないんですか?」
「いりませんよ、銃を持った人間1人制圧できないほど、安全科は
──圧倒的な余裕なのだろうなということが、嫌でも理解できた。
「!?っていうかこの弾丸、.50口径もあるじゃないですか?あなた一体、いつもどんなのを相手に戦ってるんですか?」
「それはあなたには関係ないことでしょう。それより、撃つときはちゃんと構えてくださいね、マグナムなんですから、下手にカッコつけると肩が外れますよ」
スバルは涼しい顔で指南する。神経を張っている様子こそあったものの、それは別にカヤに対して向けられたものではないことも明白であった。
「さあ、行きましょう、あまりのんびりしてると、見失ってしまうかもしれませんから」
うん……そうだね、と私は同意して、スバルの後についていく。カヤも続いて、カイザーの後を追う。
「それにしても、結構深いね……」
思ったより地下深い所まで降りて行っているな、というのが正直な感想だった。もう既に100段以上階段を下りている。にもかかわらず何故か日差しが差し込んでおり、私たちの足元を照らしている。天井にはところどころ光の通り道になる亀裂が入っているが、それはまるで行くべき道のりを見透かすように空けられている気さえした。
「そういえばここはもう発掘場なんですか?大分人の手が入っている感じはしますが……」
カヤが疑問を呈す、確かに私も気になっていた所だ。
「いえ、発掘事業として建てられた建物であることは間違いありませんが、発掘の最前線というわけではないはずです」
スバルの答えに対して私も重ねて質問してみる。
「割ともうかなり放ったらかされている感じがするんだけど、もう発掘ってしてないの?」
スバルは暫しの沈黙の後、これは公にされている情報ですが……と留保しつつも、長い説明を始める。
「プレローマ高専において、『発掘』というものは長い歴史を持ちます。それはこの学園が発足した当時から、常に政治と学究の中核にありました。目的は1つ、このキヴォトスの地下にある『世界の起源』を探るためです。
そんな探求者たちが発掘するにあたって、多様な技術が必要とされ、そして生まれて行きました。例えば、安全に地下へ潜るための技術、大量の道具を作り、発生した土砂を処理する技術、押し寄せる盗掘者たちと戦うための技術、そしてそれに関わる多くの人とモノを運ぶための技術……それらを開発し、研ぎ澄ませるために、プレローマ高専という
いつしか工業技術が大きく肉付き、対外的にもミレニアムにも比肩しうる工業都市と看做されるようにこそなりましたが、本質的には発掘と探検を骨にしています。
それはともかく、発掘はプレローマの中核事業でした。かつては『発掘科』という学科があったほど、学園内でも存在感があったそうです。しかし4年前、突然にもプレローマは発掘を辞めてしまいました。発掘科の構成員も、一斉に散り散りになってしまったそうです。同時に工業を担っていた他の学科の活動も、息を止めてしまったかのように停止してしまいました」
「一体何があったんですか?」
「分かりません、というのもその前後についての審査会の議事録は、全て破棄されてしまったからです。まあ経緯はさておき、こうして学園は一時は死の淵にあったと言っても過言ではない状況だったのですが、2年前からまた少しずつ息を取り戻していきました。それを主導したのが、今の座長でもある、蟹江チエという訳です」
「そういえばチエって3年生の時から座長をしてるんだよね?」
「はい、プレローマが再びここまで活動的になれているのは、ひとえにチエ座長の功績そのものです。なにしろ座長の前の世代は、2代に渡って空白になっていたのですから。先達となる4年生も5年生もいない中で、座長はその責務を背負ったのです」
「そうなると、その4年前に起きた出来事を知っているのって……」
「はい、今この学園には座長1人しかいないことになります。私も何度か、4年前に何が起きたかを尋ねたことがあるのですが、答えてもらったことは無いですね……」
スバルは疎外されてしまったことを寂しく思うように、眉をひそめる。
「まあとにもかくにも、そういう訳でプレローマは今発掘をしていません。この地下建造物も同じ理由で放置されています。発掘技術そのものについては、生産科が保存していますが、担当している生徒は、かなり少ないそうです」
「そうなんだ……」
「だとすれば、カイザーは一体どうしてここに?」
カヤが再び疑問を呈す。
「可能性があるとすれば、発掘されたまま放置されているオーパーツの類を、奪取しにきたのだと思います」
オーパーツ……以前安全科の2年生3人が見せてくれた、「発掘電池」……アレと同じような物、あるいはそれ以上に強大な代物を、カイザーは手にしようとしている……
「オーパーツを手中に収めることができれば、工業生産力、軍事力ともに大きなアドバンテージたり得ます。カイザーが欲するのも
スバルの推測はとてもリアリティのあるものだった。確かにカイザーは自身の力の為に、多くの物を奪いに来た前例が多数あるからだ。
「なら、なおのことカイザーを止めなければいけませんね」
対カイザーについて口火を切ったのはカヤだった。
「カヤ……君もそんなことを言うようになったんだね」
「当たり前です!もう2度も手を噛まれたんですから!流石に超人の私でも許してはおけませんよ!」
「カヤ、カイザーは飼い犬だったつもりは無いと思うよ」
「揚げ足を取らないでください!!」
私とカヤの間でわちゃわちゃと口喧嘩が行われるのを見て、スバルはふふっと笑みを浮かべる。
「なんですか?何がそんなに可笑しいんですか?」
「いえ、思ったよりやる気があるんだな、と思っただけです」
スバルは細めた目を開き、カヤに視線を合わせる。
「私は最初、矯正局の囚人が来ると聞いて、
だがスバルの向ける眼差しには、嘲笑の色は無い。
「ですがあなたは、目の前に現れた出来事に、それなりに向き合う姿勢を見せたわけです。市民の生活を前に理想を語ったとき、この地下へ潜るのに着いて来たとき、そして私から銃を受け取ったとき、あなたはただ遠巻きに眺めるようなことはしなかった。ましてやこれ見よがしに逃走することもしなかった」
スバルはゆったりと口角を上げて話を続ける。
「あなたの記者会見、見ましたよ。あの場面、あの事態で、
カヤはその評価をちっぽけな慰めだと思ったのか、鼻で笑って返す。
「何が言いたいんですか?」
「別に、あなたはただ牢屋の中で惨めったらしく野垂れ死ぬだけの小さな人間ではないと思ってるだけですよ」
「あなた!人をバカにするのもいい加減にするべきですよ!」
スバルは目を閉じて、1つ息を吐く。
「まあそうですね、私はあなたを侮っています。実は謀略に
スバルはまたゆっくりと目を開く。カヤを見つめる双眸は、期待を込めて潤いを湛える。
「ただ、こうして巡り合ったことは運命だと思うんです。たとえ任務として引き合わされただけでも、決して右から左へ受け渡されるだけの間柄には、ならないような気がしているんです。だから──」
──楽しみにしていますね。と、小さく呟くと、スバルは奥へと行ってしまった。
「カヤ、私はね、君はもっと周りにいる人に気付くことが必要だと思ってるんだ。手を伸ばして、力を借りる。そういうことが君には必要だと思うんだ。そしてスバルもそういう人の1人だと思う。せっかくだからさ、カヤも考えてみない?」
カヤは俯いて拳を握りしめ、歯を食いしばって回答を絞り出す。
「そんなもの……いりません……私は……超人なので……」
カヤは顔を上げることなく、早歩きで歩いていく。私も、2人の後へと続いた。
不本意にも沈黙が続く中歩いていると、ある区画で、巨大な門のような構造物があることに気付いた。コンクリートの現代的な様式できた建物の中では不自然なほど白く、装飾が施された門はさしずめ古代の大理石でできた神殿を思わせる、荘厳な出で立ちであった。門の
「これなんて読むんだろう?」
「これは、『グノーティ・サウトン』と読みます」
スバルが答える。
「どんな意味?」
「古い言葉で『汝自身を知れ』という意味らしいです」
「『汝自身を知れ』……」
「なんだか抽象的ですね……どういうことですか?」
カヤは怪訝そうな顔で尋ねる。
「解釈はたくさんあるらしいですが、有名なのは『己の出来ること、成し遂げられることの限界を知れ』というものですね」
「なんか気に入らないですね、それじゃあこの門は、まるで『お前の身の程を弁えて引き下がれ』とでも言いたいみたいじゃないですか!」
その言葉の通り、門は生半可な侵入を許さないかのような威厳を放っている。さながら門の先とこちらは、世界が違うとでも言うようだ。
「スバル、カイザーはこの先にいる感じなの?」
「はい、追跡出来る痕跡はこの先に続いています」
「それじゃあ、行くしかないね」
私たちはそれぞれ息を整えて、足を踏み出そうとする。すると──
「皆さん、お待ちください」
──スバルが制止する。足を止めると、間髪を入れずに発砲する!
パァン!!
バチバチという音とともに、ガシャンという落下音と、ガラスの割れる音がする。目を凝らすと、影の向こうにドローンの形が見える。
「あれは……」
「監視用のカメラドローンだと思います。追手がないか警戒しているようですね」
「逆を言えば、尻尾を掴んだってことですね」
スバルとカヤは、肩を鳴らして戦闘準備に入る。
「よし、それじゃあ、行こう!」
私たちは意を決して門をくぐる。
お読みいただきありがとうございます。
二つ、三つ、四つとサブタイトルが増えてきましたが別にそのまま増えるわけじゃないです。気分で変動します。
カヤ小説は結構カヤ虐するタイプがあったりしますが、私はあんまり虐はしない……というか救いたくて書いている部分があるので、あからさまにカヤ虐はしません。必要な曇らせはしますがね……
というわけで次回カヤ曇らせ回です。
よろしくお願いします。