カイザーのカメラドローンを目にしてから、戦闘の可能性を警戒しつつ、私たちは奥へと進む。道中はスバルが斥候を買って出てくれた。極めて慎重ながらも大胆な足取りで、物陰から物陰へと移動しながら前進する。
「ふむ、ひとまず監視はありません、少し休憩しましょう」
「ハァ、ハァ、ちょっと急ぎ過ぎたかもね」
移動中は見つからないよう小走りしているためか、私もカヤもいつの間に息があがっていっていた。スバルは流石に現役故か、涼しい顔をして周囲の様子を伺っている。
「そういえば、カイザーは結構大勢いたね」
「なんですか?あなたともあろう人が戦闘に引け腰になるんですか?あのときだってユキノたちを倒して来たでしょうに……」
「そんなことないよ、あれはほとんどミヤコたちの実力だよ」
「はっ、そうですか……」
パァン!!
再び銃声が響き渡り、私とカヤの会話を打ち切る。銃口から煙をたなびかせながら、スバルが戻って来る。
「またカメラドローン?」
「ええ、しばらく眺めてみましたが、デコイの類ではないようです」
「そろそろ近い?」
「いや、にしては静かすぎる気はしますね」
相変わらず鉄筋コンクリートで区切られた空間は、恐ろしいほどに闃然とした静寂を保っている。私たちの会話さえ、この場には不自然な反響を生んでいる。
「はぁっ、行きましょう」
カヤが大きく息をして立ち上がる。私とスバルも1つ返事をして、再び駆け足で次の物陰へと進む。
合図に合わせて、スバルのいる場所へ進むと、彼女は妙に警戒した状態で柱の向こうを探っていた。
「スバル、どうしたの?」
「シッ!奴等がいます」
コンクリートと隙間に目を凝らすと、カイザーのオートマタの集団が待機していた。後ろには、無骨ではあるもののエレベーターと思しき扉付きの籠が見える。
「恐らく……奥へと続くエレベーターを守っているのだと思われます、ですが大方、追跡としてはビンゴのようですね」
スバルは小声で状況を分析する。
「どうやって先へ進む?こっそり行けそうかな?」
「エレベーターに乗っている途中に襲撃されると圧倒的に不利です。ここは奇襲をかけましょう」
「1個小隊レベルですか、不意を突くのは簡単ですね」
「では作戦をお伝えします」
私たちは息を潜めて襲撃の
カァン!
剥き出しの鉄骨に向けて投げられた小石が小気味よい音を出す。同時にカイザーの戦闘員たちが音のした方へ注意を向ける。
「隙ありだ!」
ズガガガガッッッ!!
見事に陽動に乗せられた戦闘員たちに向けてスバルが攻撃を仕掛ける。1人、また1人と銃撃を受けて倒れていく。
ダァーン!!!
けたたましい音に振り返るとカヤが発砲の衝撃に怯んでいた。
「クソッ、なんて威力ですかコレ!!」
ビリビリと痺れる手を振って誤魔化しつつ、もう一度マグナムを発砲する。その一撃は見事に命中し、衝撃で戦闘員は吹き飛ばされる。
パンパンパァーン!!
スバルの方を見ると、もうほとんどの戦闘員が制圧されていた。最後に隊長格と思しき戦闘員に銃撃が命中し、膝をつかせた。
「制圧完了、逃亡者はいません」
よしよし、本隊に報告を行かせないというのも目標だったが、それも達成出来たようだ。
「随分と呆気ないですねぇ」
カヤはカイザーの小隊長を前に得意げになる。小隊長は悪態をつきながらも、カヤの顔を見て何か気付いたのか、捨て台詞を吐く。
「ハッ!お前が不知火カヤか!」
「!?何故私の名前を知っているんですか!?」
「ハハハッ!お前のことは有名だぜ!憐れにも
カヤは一瞬で表情を強張らせ、凄まじい目つきで小隊長を睨みつける。
「いいお笑い草だったぜ!ニコニコニコニコ余裕かまして笑っておいて、『狐』どもがいなけりゃあっという間に形勢逆転!馬鹿みてえに背伸びしてたのが見え見えだったぜ!無様なもんよ!オマケに肝心のクーデターとやらもどうよ?いざ取ってみても手駒の連中で固められる訳でも無く、守旧派にペコペコ頭を下げてるだけ!『超人』とやらが聞いて呆れるな!」
強く噛み締めた両顎からはギリギリという音がここまで聞こえるほどに鳴り響き、手の平を突き破らんばかりに強く握り締めているのが分かる。
「ハハハッ!図星みてぇだな!
黙れ──
ドゴスァッッ!!
──私がそう言う前に、スバルの足が小隊長の頭を捉えていた。インステップキックは側頭部を真っ芯に捉え、振り抜かれると同時に小隊長は綺麗な放物線を描いて壁に激突し、汚言は土煙の中に消えていった。
「スバル……」
「すみません、個人的に気に入りませんでした」
「……大丈夫、ありがとう」
「何か聞き出すことはありますか?叩き起こして来ますが……」
「いや、そこまでしなくていいよ。それより……」
カヤの方を見ると、へたりと膝を落として両手を地面につき、俯いて大粒の涙を浮かべていた。
「……一体……何が間違いだったんだろう……どこから間違ったんだろう……」
ぽつりぽつりと零す言葉は、溢れるのを止めることすらできないようで、歯を食いしばることも、唇を引き結ぶこともできないほど力なく空いた隙間から、怨念と嫌悪が漏れ出てくる。
「……あのとき、先生が私の提案を受け入れていれば……いや、子うさぎタウンの爆破に成功していれば……いや、市民が声明に大人しく追従していれば……いや、役員どもが私を認めていれば……いや──」
とめどなく流れ出る憎悪はカヤの記憶を遡り、これまで幾度となく飲み込んできたであろう屈辱を呼び醒ませていく……ひとえに、「超人」という称号が覆い隠してきたものだろう。
「……あのとき、防衛室長の地位を受け入れなければ……いや、大人しく連邦生徒会に来なければ……いや!──」
掻き出された記憶の底に残ったものは、1つの後悔だったようだ。
「あの女の言う事を聞かなければ!!私は!!こんな思いをすることも無かったのに!!!」
喉の奥から絞り出される絶叫が辺りに響き渡る。それは単なる後悔ではなく、今までの歩みの全てを否定し、その痛みに悶え苦しむ心の
「カヤ……」
「……」
私とスバルは、ひとしきりカヤが叫び終わるまで、彼女をずっと見守り続けることしかできなかった。
「カヤ」
私は散々に泣き喚いて縮こまったカヤの前にしゃがんで、声をかける。頭を抱えて胸を塞ぎ、背中を丸めて私の方に向けた姿には、何もが無力なように思えたが、私には、ここでカヤを捨て置く選択肢は無かった。
「……先生、それは……」
慰めをかけようとする私を、酷なことだと思ったのか、スバルが口を挟む。ただ私は一言、大丈夫とだけ返して、カヤに向き合う。
「カヤ、私はね、君が歩んできた道のりは、決して無意味なものじゃないと思うんだ。気に入らないことも、上手くいかないことも、沢山あったと思う。傍目には悪いことでも、君はやるしかないとか、自分にしかできないことだ、とか考えて、実行に移してきたんだと思う。実際君は、他の人にはできないようなことも沢山やってきたんだろうね」
私は膝をついて、強張ったカヤの背中を、ゆっくりと撫でる。
「だけど、もう1人でなんでもできなくても、良いと思うんだ。全部が全部、1人でできる必要なんて、どこにもない。もちろん、それは君の頑張りを否定しないよ。君以外の人だけで全てが解決できる訳でも、ないんだからね」
私はやはり、彼女をよく知らないといけないように思う。
「だからさ、カヤ、君のことを教えてほしいな。どうして君は連邦生徒会に来たのかな?そのきっかけを、教えて欲しいな」
カヤは身を
「私が道を間違ったのは、あのときあの女の口車に乗ってしまったからでした……」
■
「このっ!身の程を知りなさいっ!」
あの頃の私は、安全科で任務をこなす日々でした。でも正直やり方には満足していなくて、理性的な解決なんて上っ面の生温い子供の喧嘩の仲裁でしかないと思っていました。だから私は私のやり方で「治安維持」をしていました。同期や先輩から鼻つまみ者にされても、薄っぺらいよりは良いと信じていました。そんなある日……
「ほう、今年の新人は活きが良いな」
そこにいたのは、チエ座長でした。
「何の用事ですか?」
「いや、別に、何やら発奮してる1年生がいると聞いてきたもんでな」
「はっ、そうですか……」
「クレームが入ってたぞ、暴力的だってな」
「それで座長さんがお出ましですか?学科長からお小言なら分かりますけど」
「はっはっは、口が減らないねぇ」
座長はあの時代からずっとそうでしたね、飄々として、心配しているのか、からかってるのか、よく分からないことを言う人でした。
「随分と酷い目に合わせてるみたいじゃないか、ソイツは何をしたんだ?」
「暴力的行動、危険物所持、命令不服従の3点セットです。正直こんな程度じゃ足りません、もっと徹底的にやるべきです」
「ふうん、どうりでそんなギラギラした目をしてるもんだな」
ああ、そういえば安全科時代は目を開けて過ごしていたんですよ、先生にはなかなかそんな印象ないかも知れないですけどね。ギラギラ、そんな風に見られていたのも懐かしいですね。
「それで?何のご用事ですか?クレーム1本で座長ともあろう人が長々雑談だけですか?」
「もちろんお前の言う通りただ物見遊山だけしにきたわけじゃない」
説教か、そう思いはしました。でも今考えれば、説教の方が良い未来に繋がったような気もします。あのとき座長は──
「お前は、何になりたいんだ?」
──私に、希望を聞いてきたんです。
「?」
「ああ、もう少し簡単に言ってやろう。お前はこの先、どういう地位で
正直、意表を突かれてしまいました。その上で座長は畳み掛けるように話をしだしました。
「お前が尖ったヤツであるということは、大した問題じゃない。どの代にも多かれ少なかれ尖ったヤツはいる。他ならぬ我々がそうなのだからな。だがそういうヤツは大概、人波に揉まれて角がとれてしまう」
座長は、私に期待を寄せた目で視線を送りながら、答えを求めたんです。
「不知火カヤ、お前はひょっとすると、そんなつまらない人間ではないような気がするんだ。だから我々はな、お前が何処へ行きたいのかを知りたいんだ」
私は、そんなことを考えたこともありませんでした。私には、まだ小さな不満と正義感しかなかったのです。でも回答を求められて、それで、その感覚を仮初めの野心に変えて、ついでに、こんなことをやすやす聞いてきた座長を困らせようと思って、私は答えを返しました。
「私は、座長になります!座長になって、こんな生優しいやり方を変えてやります!私の手で、犯罪を唯の1つも撲滅してやります!どうですか!?」
座長は呆気にとられた表情で私を見つめていました。してやったりという感じでした。
「……お前、この地位が欲しいのか?安全科長とかでなく?」
「はい!私の野望の為に、あなたの席を分捕ってやります!この自治区の頂点に立ってやりますよ!」
勝ったと思いました。言い負かしてやった確信がありました。でも、座長はすぐに口角を上げて──
「フフフ……ハハハッ!……アッハハハハハハッッッ!!!」
──嬉しそうで、それでいて嘲るように笑い出しました。私は状況が飲み込めませんでした。ちょっとした仕返しのつもりだったとはいえ、別にそんな面白いことを言ったつもりはなかったし、むしろ不愉快にさせてやろうとさえ思っていたのですから。座長はひとしきり笑った後、窘めるように、諭すように語り始めました。ああ、でもやっぱりそれをまともに聞くべきじゃありませんでした。
「……カヤ、座長なんて地位を目指すんじゃない。こんな席に権威も権力もありゃしない。お前が目指すべき席はここじゃない──」
あのときあの誘いを、振り払うべきでした。悪魔の囁きでした。
「──なぁ、連邦生徒会に行く気はないか?」
「!?」
「まぁ何も言うな。少なくとも座長なんてやるよりは、お前の目指すものに近い場所だ。お前にはこんな辺境でお山の大将なんて似つかわしくない」
どこまでが思いやりで、どこまでが謀略なのか分からない言葉を、私はまやかしと断じるべきでした。ですが、私は既に呑み込まれていました。
「このキヴォトスの中心で、あらゆるものを覆っている場所に行くんだ。そしてどうせ席を取るなら、その場所の頂点に立つんだ。連邦生徒会長──この学園都市の全てを掌握する者に、お前はなるんだ」
「ざ、座長は、私を何だと思ってるんですか……」
「カヤ、お前はな、このプレローマには珍しいやつなんだ。道行く人が灰色の顔をしているこの都市で、何かしら成し遂げようとする人間は貴重なんだ。たとえ求める地位が口から出まかせだったとしてもな」
浅知恵を見透かされていたと知ったときは汗が一筋滴り落ちましたが、座長はそんなことは気にしないかのように私を……捕らえたんです……あの言葉で──
「カヤ、お前は『超人』なんだ」
──あの言葉は、私を掴んで離しませんでした。認められなくてもいいと思っていた私の幼い意志を包んで、骨組みをゆっくり作り変えていったんです。
「この世界に溢れている凡人たちとは違うんだ、カヤ。お前はあらゆる人に見えないものを見て、あらゆる人に出来ないことを成し遂げ、あらゆる人を従えていく超人なんだ」
「……座長……私は……」
「出来ないか?資格がないか?もしや、そんな奴にはなれないとでも言うのか?そんなことはあり得ない。お前は『超人』に
もう、首を縦に振るしかなかったんです。私の心の柔らかい鎧で防ごうとした試みは、無意味に終わりました。「超人」という魅惑的な言葉が私の胸に楔を打ち込んだのですから。
「もう一度聞くが、カヤ、連邦生徒会長になりたくないか?」
「……やります」
「並々ならぬ道程だ、だがお前はその中で、多くの人と知恵を知ることになるだろう。それは必ず、お前の財産になるのだからな」
「はい……」
「ああそうだせっかくだからそのギラギラした目は閉じておけ」
「えっちょっと……」
座長は私の
「うん、人あたりが良くなったな、お前はそうやって過ごすといい」
そこからは、もうあまり覚えていません。いつの間にか書類が整い、持ち物が用意されて、D.U.へ向かう車に乗っていた気がします。でも、私の心に絡みついた「超人」という言葉は、ずっと私を芯から支えていたような気がするんです。あんなにも私の奥を侵してしまったはずなのに……
■
カヤは膝を抱えたまま、ゆっくりと体を揺らしている。彼女がその言葉を受けて歩んだ2年間を、彼女自身は、囚われのまま進まされた人形だと思おうとしている。そうしなければ、彼女が選び取った道は全て間違いだったということになってしまうだろうから。
「カヤ」
私は膝立ちのまま進み出て、カヤの手を取る。そして両手でゆったりと包みながら、手の甲を撫でる。ピクピクと震える指先を暖めて、自分ではない相手の言葉を受け入れられるようにする。
「カヤ、私はね、君がチエからかけられた言葉は、きっかけに過ぎないと思うんだ。どんな道であれ、連邦生徒会役員として、防衛室長として、連邦生徒会長代行としてやってきたことは、君が自分で決めた、君だけの決断だと思うんだ。沢山の失敗はあっただろうけど、それは紛れもなく、君が成し遂げたことなんだ」
もちろん、カヤの為すこと全てが善行だった訳ではない、彼女の決定として、非道に出たことは事実だ。だけど、それでも……
「カヤ、君はチエと交わした会話は、全部覚えてるわけじゃないんだよね?それは、君が囚われの身ではなかったっていう、証明だと思うんだ。だからカヤはね、また歩き出せるよ。君は多くの物を喪ったかもしれないけど、それならまた0から始めればいい。1人では歩けなくても、私がいるからね」
痙攣していたカヤの体が、少しずつ弛緩していく。埋められた顔の奥から聞こえていた、歯を噛み鳴らす音も、すっかり収まっていた。
「カヤさん」
振り返るとスバルが手を差し伸べていた。
「私はいくつか勘違いしていたことがあります。私はあなたを、独りでにプレローマから飛び出したのだと思っていました。けれど実際は、あなたも座長に星を教えてもらった人だったのですね……私たちは似たもの同士です」
スバルはカヤのもう片方の手を取って語りかける。
「だから、私と一緒に行きませんか?私は少なくとも、あなたをこのまま檻の外から眺めることはしたくないので」
カヤと対等に話す人物はこれまで滅多にいなかった。それはひとえに、カヤ自身が距離を離していたのもあるが、上下の関係しかなかったからだ。スバルは、私の願いが叶うなら、きっといい友達になれる、そう思えた。
「もちろん、まだ立ち上がる力が湧かないのであれば、このまま休んでいて構いません。私はただ、あなたを愚弄した奴の親玉に、1発入れておかないと気が済まないだけです。でも出来ることなら、あなたと一緒にぶん殴りに行きたいんです。どうですか?」
カヤはスバルの手を握り返す。まだ震えは完全には止まってはいなかったが、カヤの手にはまた歩き出すための血の巡りが、蘇っていたようだ。
「はぁっ!!……行きましょう」
カヤは力を振り絞って立ち上がる。涙の跡で真っ赤になった目は少し頼りなかったが、活力を取り戻して見えた。
ガコン!ウォンウォンウォンウォン……
エレベーターのレバーを引いて籠を呼び出す。私たちはこの先の戦闘に備えて、姿勢を整えながら待つ。
「はぁ、しかし大丈夫ですかね?大分時間を浪費してしまった気がしますが」
「下の階へ降りる道はそうないはずです。その上深層は広い訳でもないでしょうし……」
カヤは思ったより元気そうだ、もちろん気丈に振る舞っている部分はあるだろうが……
スーウッ、ガコン!チーン!
エレベーターが到着し、扉が開く。私たちは意を決して、下層へと進み出す。
お読みいただきありがとうございます。
コロナに感染して一週間くたばっていました。お待たせいたしました。
カヤちゃん捏造バックボーン回です。
カヤちゃんの超人志向、私は大好きです。単なる地位名誉だけじゃない到達点を目指そうとする人間は、上手くいこうが行くまいが愛おしいですね。これからの本編も楽しみにしています。
次回もよろしくお願いします。