空と夢と星と青春   作:イメージの裏切り

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血潮流るる腕、二つ

 ガコン!ウォンウォンウォンウォン……

 

 真っ赤なペンキで塗られた鉄の籠に乗って、私たちは下へ下へと降りていく。差し込む陽光は徐々に傾いてはいたものの、未だ私たちの向かう道をしっかりと照らしている。

 

「もう昼間の明るさじゃなくなってきたね」

「散々泣いてた人間が言うのもなんですが、これ帰り間に合いますかね?」

 

 カイザーの足跡はおろか、この遺構の底さえ未だ見当がつかない。この学園は何をどこまで発掘していたのやら……

 

「……」

 

 スバルは珍しく口を閉ざしている。最初に会ってからずっと喋っていてくれたので、静寂も一際濃く感じる。

 

「……」「……」

 

 エレベーターの中で会話が止まるのは決して不自然なことじゃない。しかし、現代的な液晶の表示板もない籠の中では、視線の遣り所も定まらない。話題に困った訳では無い、だが先程のカヤの悲嘆の残響も収まりきらない中では、どんな小ボケの1つも空気を冷やかすものでしかなかった。

 

 ウォンウォンウォンウォーン……ガコン!チーン!

 

 いつの間にか下層に到着し、扉が退出を促す。私たちは揃って前に出る。

 

 ザッザッザッザッ……

 コツコツコツコツ……

 トストストストス……

 

 三者三様の足音が沈黙を埋めるように空間を満たす。もっとも、それは私たちの間に漂う微妙な雰囲気に、隙間なく充填していくようなものではなかったが……

 

「そういえば、スバルはもう偵察とかしなくていいの?」

「えっ?ああ……まあ、どの道敵対することは決まりましたから、見敵必殺くらいの気持ちで殴りかかっていいでしょう、という気持ちです」

「だとしても斥候は必要じゃ無いんですか?」

 

 スバルは何かを迷っているように視線をふらつかせる。もちろん、道に迷っている訳ではなさそうだったが、どうにも落ち着きがない。1つ心当たりがあるとすれば、先程カヤに手を差し出したあの時、カヤを評して言った言葉──「あなたも座長に星を教えてもらった人だったのですね……私たちは似たもの同士です」──その一言だろうか。それを尋ねてみようか、私も一抹の迷いがあった。

 

 

 

 

 

 しばらく行くと、スバルが唐突に歩みを止める。私が尋ねるのを人差し指で止めると、柱の陰から様子を伺う。そして私とカヤに言伝る。

 

「また奴等の置き土産があります」

「やっぱりこっちから仕掛ける?」

「はい、そうします」

「私たちが来てるのって、多少なりとも向こうも気付いてるんじゃないですか?真正面から行くのはちょっとどうですかね?」

 

 カヤの心配にスバルは整然と答えてみせる。

 

「確かにカイザーは追手が来ることを想定していると思います。どんなに人払いをしたとしても、安全科の全てを振り切ることは難しいからです」

「安全科は上層の言いなりには基本ならないですからねぇ」

「そうなの?」

「安全科は確かに治安維持組織ではありますが、審査会からは大いに独立した組織です。どんなに上が腐敗しても、全体の安全は守れるようにする、それが美徳でもあるからですね」

 

 なるほどもっとも、それならたとえ内通者がいたとしても、カイザーが警戒を怠らないのも理解できる。

 

「まあそういう訳なので、変に奇襲をかけるのも無意味でしょう。私が制圧をするので、カヤさんは本隊に連絡しようとする隊員を止めてください」

「分かりました、いいですよ」

「では、行きましょう」

 

 

 

 

 合図とともにスバルが身を翻して、カイザーの戦闘員たちの前に出る。彼らがその姿に気付いたあたりでスバルは強く地面を蹴って飛び出す。一瞬のうちに戦闘員たちとの距離を詰め、強襲をかける。ちょうど視線の外れる場所で大きく飛び上がると、自動小銃から強烈な連射が行われる。不意を突かれた戦闘員は慌ててスバルの足跡を追うが、弾が飛んできた場所にはすでにおらず、間を開けずに後ろに回いり込んで急所への攻撃を成功させていく。

 

「クソッ、本体に連絡だ!救援要請!救援y」

 

 ズダァーン!

 

「マジか!連絡機をやられた!」

 

 連絡線を断ち切ったところで半ばゲームセットではあった、あとは統制の取り切れない集団を撹乱しながら各個撃破で終わった。

 

 

 

 

 

「お疲れ様、2人とも」

 

 弾丸を込め直すカヤとスバルを労う。もう慣れたのか、軽いジェスチャーだけで返事をする。休憩もそこそこに再び歩き出すと、また沈黙が私たちを包んだ。私は意を決する訳ではないにせよ、静寂を破る覚悟を決める。

 

「ねえ、スバルもチエに誘われて安全科に入ったんだよね?その時どういう話をしたの?」

 

 先導して歩くスバルは振り向かない。

 

「先生、流石にデリカシーってもんが無いんですか?」

 

 カヤに引かれてしまった、まあ明朗に反駁することもできないのだが……。ところが、スバルは天井から細く覗いた空を見つめた後、口を開いた。青空は若干赤みが差し、時間の経過を如実に物語っていた。

 

「私は、安全科に来る前は、素行不良でちょっとした有名人でした……」

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 あの頃の私は日がな喧嘩ばかりしていましたね。でもキヴォトスによくある銃弾飛び交う交戦ではなくて、シンプルな殴り合いです。開けても喧嘩、暮れても喧嘩、もういつからやっていたのか思い出せないほど、そうやって過ごしていました。でもあの日……

 

「壮観だな、見事な光景だ」

 

 チエ座長が私の元へ来たんです。

 

「……誰ですか?」

「ああ済まないな、我々はプレローマ審査会の座長している、蟹江チエという者だ」

「何の用です?」

「いや?ウチでゴロツキは珍しいと思ってな、見物に来たんだ」

「そうですか……」

 

 どんな身分であっても、労働力という形で包摂されていってしまうプレローマという地で、「不良」というのは確かに珍しい存在ではありました。まあもちろん私は好きでやっていた訳ではありませんでしたが……

 

「用は見物だけですか?喧嘩を売るなら買いますが」

「まあ待て待て、別に我々はお前を捕まえに来たんじゃない」

「捕まえようがそうでなかろうが、喧嘩をするなら受けて立ちますよ」

「いやそうじゃない!別に喧嘩をするつもりもない!」

 

 あの頃の私は、まあ捻くれてはいたんだと思います。降りかかる暴力の雨を振り払うことだけが、日常的にやることだったので。

 

「なあ、安全科に来ないか?安全科なら、合法的に喧嘩ができるぞ」

「フッ……興味ないですね」

 

 だから座長の誘いも、一考の余地すらありませんでした。私は……うん……暴力を振るいたい訳じゃなかったんです。

 

「企業の連中も傭兵として来ないかとか、しょっちゅう誘いに来ますよ。あなたも同じですね。でも私は戦いに命を捧げる為に生きてるんじゃないんですよ。腕っぷしの立つ奴を取り込んでおきたい考えは理解しますが、私は残念ながらその提案には乗りません」

「……ふうん、なかなかに攻略難易度が高いな……」

 

 周りの連中が私で何をしたいのか、知る機会はあまりありませんでした。もちろん、あからさまに顔に出す奴もいましたが、適当に誤魔化しつつ、表にも出せないことをさせようとしていた奴もいたんだと思います。あの時の座長は、後者だった印象があります。

 

「しかし派手にやってるのな、銃ならともかく、殴り合いでこんなに血塗れになることもそうないぞ」

「話を逸らすくらいなら、真正面から口説いてはどうですか?」

 

 そう、そういう連中ほど、雑談で煙に巻いてこようとしてきましたからね。座長の誘いは、とても分かりやすかったです。

 

「アハハ……参ったな……フゥ──」

 

 でも今考えれば、もうあの時点で見限って何処かへ行ってしまった方が良かったのかもしれません。多分きっと、私も今度は面白い誘いをしてくれるのかな、なんて期待をしていたんでしょう。

 

「──じゃあ聞くが、お前、何がしたくてこんな所彷徨(うろつ)いているんだ?」

 

 聞き間違いかと思いました。聞き間違いだと思いたい一心でした。でも座長は重ねて、私の逆鱗に触れました。

 

「お前、将来の目的も展望も無さそうだなーってウグゥッ!!」

「アンタ、何のつもりだ?」

 

 私の腕は独りでに座長の襟元を掴んでいました。こんなに私の心の奥底に触れようとしていた無礼者は、初めてだったんです。

 

「いや何も、工房にも研究室にも籠らずに出歩いているなんて、プレローマの学籍が腐ってるぞ?自分からそんな道を選ぶ訳はない、どうせどの道にも進めずにいるんだろグアァッ!!」

 

 私は許せなかった、どんな雨よりも槍よりも振り払いたかった。そのために、初めてと言っていいくらいに力を込めました。動脈を鮮血が駆け巡って上腕の筋肉に染み渡っていくのを感じました。太陽に透かして見るまでもなく、赤々と両腕が輝いていたと、そう思います。

 

「オイ、辞世を聞いてやる、詠め」

「ハハハッ!随分と安い挑発に乗るんだな!虚勢でも並べ立てるのかと思ってたんだがなぁ!」

「詠め!」

「まあ待て、せっかくお前の振るっている拳に意味をやろうと言うんだ、悪い誘いでは無いだろう?」

「そんなものに……意味なんていらない!!」

 

 私がそう言ったのは、私の為すことの意味を信じていたからではありません。たとえ私が空っぽだとしても、空っぽであるというだけで私には十分だ、そう思いたかったからです。

 

「そうか……なら別の誘いをしよう、お前に、見届人になってほしい」

「……?」

「訳がわからないか?まあ別に変なことをやれと言う訳ではない、我々のこれから為すことが実を結ぶのを確かめる人間の1人になってもらいたいのだ」

 

 何故それを私に頼むのか?そう聞き返しました。座長の誘いは、私の見かけ上の価値に対する誘いのようには受け取れなかったからです。座長の返答は、既に用意されたものであったかのように、明瞭なものでした。

 

「ウチの連中は、確かに研究という点では熱心で、意欲のあるように見える。だがアレはまだ本当の姿じゃないのさ、今はただ、目の前のことに必死になっているだけ……手元しか見えていないのさ」

 

 その口ぶりは、まるで過去にあったものが、何もかも失われてしまったとでも言うような、懐かしむような、惜しむような感情にありました。

 

「だからな、我々は視界が自由なヤツが欲しいのさ、手元にも足元にも目を向けられず、ぼうっと辺りを眺めているだけの、お前のような人間をな」

 

 半分私を舐めたような発言に、私は拳に更に力を込めましたが、すぐに馬鹿らしくなって腕を降ろしてしまいました。きっとそこに怒りを示してもどうしようもないと分かってしまったからでしょう。

 

「だから来い、そうして我々の手振りを見ていて欲しい。もちろん我々の言う事を聞く必要はない、喧嘩が必要ならやればいい、文句は言わせないから安心しておけ」

 

 私は軽く鼻で笑いました、でも同意しました。興味がなかったというと嘘にはなりますが、首を縦に振ったのは、そういう理由ではありませんでした。きっと座長にとって、きっかけは何でもよかったのでしょう、私に顛末を見届けさせるため、興味を惹かせられればよかったのでしょう。私はそんな浅い企みをする座長に、吠え面かかせてやろうと思ったんです。まあ結局はそんな考えも、座長の掌の上だったのかな、なんて思ったりはしますが。

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

「そうして私は安全科に入りました。覚えることは多かったですね、安全管理プロトコル、危険予測技術、何より銃を使った戦闘は今までとは全然違う神経を使わされました」

 

 スバルはゴキゴキと腕を鳴らしながら、小銃を構えなおす。

 

「とはいえなんだかんだ実りはしたもので、3年になった今、安全科でもそれなりの所にいさせてはもらってます。まあ相変わらず特に研究に打ち込んだりはしてはないですけどね、ふふっ」

 

 カヤとスバル、同じ学年でも、はみ出した場所にいた2人だ。チエは、彼女たちを常道に引き込んだ訳ではなかったようだ。踏み出すに相応しい方向を知らなかった2人に、道標を示したのがチエだったのだ。もっとも、それの全てが良かったのかは、2人にとって容易く同意できる訳ではないのだろうが。

 

「1つ、聞いてもいいですか?」

 

 カヤが口を開く。

 

「あなたは、座長に言われたことを、今も気にして生きているんですか?」

「……ええ、私はまだ本当の意味で、何かを志向して生きている訳ではありません。ずっとフラフラと、降りてくる義務だけ片付けながら過ごしています。情けないことですがね」

「そうですか……」

「あなたはどうですか?カヤ」

「正直な話、確かにあの時の言葉が絡みついている感覚はあります。もう道は絶たれたって言うのに、『超人』として生きられなきゃ意味が無いような気がずっとしていますよ」

 

 自嘲のような、言い訳のような言葉が交わされる。でも2人の口ぶりには絶望のような重さは無い。外貌は違えど、1つの道を示された2人。お互いがお互いに、そういう風に歩まされた人間が自分1人ではないという確信を得たようで、2人の間に本質的な氷解がもたらされる。

 

「フフッ」

「何が可笑しいんですか?」

「いや、別に、何ていうか、2人とも、いい友達になれそうだなって、思っただけ」

「友達ですか……」

「別に私は友達なんていなくても……」

 

 私たちの間に、快い沈黙が訪れる。交わされた言葉をゆっくりと噛み締める為の沈黙。細く差し込む光が、ここへ来て柔らかさを帯びたような気がした。

 

「ねぇスバル、明日、カヤの処分が決まるんだけど、どういう結果になっても、カヤと友達でいてくれないかな?」

「ちょっと先生!?な、何言ってるんですか!?そんなことここで言い出すことじゃないでしょう!?」

 

 面白いようにカヤが慌てだす。友達という間柄を初めて意識したのか、いつにもなく顔を紅潮させる。スバルは少し吃驚(びっくり)したようだったが、すぐに笑顔になって肯定を返す。

 

「いいですよ、どのみちプレローマに戻ってきても、カヤさんには当時の友達とかは気安く接するとかはできないでしょうしね」

「な、なんだとぉ〜?」

 

 カヤの赤くした顔が苛立ちで染まる。だがそこには本気の怒りではなく、ふざけ合いができる程の信頼があるのが伺えた。

 

「まあ、ここで合ったのも何かの縁です、これからもよろしくお願いしますね」

「ええ、こちらこそよろしく」

 

 2人の間で挨拶ではない握手が交わされる。秘密の共有を経て生まれた信頼が、2人の足取りを軽くしていく。私は彼女たちの少し伸びた背筋を眺めて、少しだけ早歩きでついていくことにする。




お読みいただきありがとうございます。

スバルちゃん回でした。カヤ―スバルは対称的な関係にしようと思って構成を練ったのですが、実際に書けているかというのは別問題なんですよね……むずかし……、回を分けるのも冗長な気がしてしまうんですよねぇ……

もうしばらく思い出話が続きます。お付き合いください。

次回もよろしくお願いします。
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