吹きさらした鉄の廊下を抜けて、再びコンクリートの景色の中を歩いていく。一番星を眺めた私たちの間には、薄暗さを吹き飛ばすような明るさが広がっている。
「そ、そんなことより、そろそろ本隊を見つけてもよさそうなんですけど?」
カヤが雰囲気をどうにか本来の目的に戻そうとする。スバルが同意するように真剣な表情へ切り換える。
「先程の戦闘で、奴等は本隊に救援を求めました。それが意味するのは、呼んで駆け付けられる距離に元の部隊がいるということです」
「じゃあそうなると、そろそろ近いってことですか?」
「はい、その可能性は高いです」
スバルの分析が正しければ、あれ以上の人数を相手にすることになる。私たちにやってやれないことは無いだろうが、警戒するに越したことはない。
「ただ撃滅するだけならなんとかなるでしょうが、それなりに尋問の用意もしないといけませんね」
スバルの言う通り、カイザーの目的は未だに推測止まりだ、ここで何を手にしようとしているのか、それを使って何をするのか、知らなければならないだろう。
「まあ!どんな手を弄してきても知ったことではありませんね!」
カヤも調子の良さを取り戻してきたようだ。きっと上手くいくだろう。そう思って、歩みを進める。
日も暮れてすっかり暗くなったところに、人工的な白い光が薄っすら覗く。
「ねぇ、スバル、あれって……」
「ええ、奴等がいます」
「どうしますか?回り込めたりしますか?」
「いえ、正面から行きましょう。いかんせん暗いので、小手先の作戦は却って危険です。どうせ聞きたいことは山程あるので」
「先生はどうですか?」
「いいよ、それで行こうか、2人とも、任せたよ」
カヤとスバルは頷くと光の方へと侵入する。
光の中へと入ると、そこは回廊のような広く奥行きのある部屋だった。カイザーの部隊は水銀燈の白い光の下で整列していた。私たちの存在感に気付くと彼らは振り向いて銃を構える。その列の間から、太く大柄な人物が進み出てくる。
「おやおや、とうとうお出ましですかな?」
「とうとうはこっちのセリフかな」
「ハッハッハ、シャーレの先生までお目見えとは、勢揃いですな」
その人物は兵士たちに銃を下ろさせると、余裕そうに自己紹介する。
「お初にお目にかかります、
ふてぶてしい態度に一瞬呆気にとられてしまったが、すぐに警戒の糸を張り直す。
「お前達は一体ここで何をしてるんだ?」
「それはもう見当がついているのでは?勿論、『宝探し』ですよ」
「どんな『宝』かは言えないのか?」
「それを言ってはお終いでしょう、ロマンが無いですなぁ」
流石にペラペラ喋るほど口が軽くはないようだ。
「工場長ごときが、口がデカいな」
珍しくスバルが悪態をつく。
「おやおや、そこまで敵意を剥き出しにされると、こちらも困ってしまうのですがねぇ。あくまでも『友好的』にお付き合いしたいのですが」
「お前達に振り撒く愛嬌なんてない」
「これはこれは、冷たくされたものですな」
カイザーの重役は余裕を崩さない。
「ところで、皆様はこんな深くまで何のご用事ですかな?」
「決まってるだろう?お前達を止めに来た」
「さながらヒーローですな、子供の前で取る態度として、理想的だと思いますよ」
「無駄口はよせ」
「ハッハッハ、怖いですな、して、先生は私たちが何を探しに来たのかお分かりなのですかな?」
それは分からない。だが確かなのは──
「まさか、生徒たちを踏みにじって、財産を横取りしようとしている──なんて言いませんよね?」
重役は背広をパツパツと言わせながら嗤う。
「この事業は基盤研究審査会の承認の下行われているのですよ?先生……あなたの出る幕ではない」
だがそれは結局、チエを騙して実行したのではないのか?という反論を見透かしていたように、矢継ぎ早に言葉を重ねる。
「審査会は合議制、そして全会一致が必須です。私どもとて、全員を丸め込むことはできません。即ち、審査会は理解の上でここに私たちが踏み入ることを認めているのですよ?」
完璧な理論武装と言わんばかりに笑顔を見せつける。確かに、大人の議論として出来ることはないかもしれない、だが、ここにいる生徒は曲者だ。
「私は今日1日、変だと思っていることがあります」
カヤが口火を切る。
「まずはこの発掘場にカイザーが安々と侵入していたことです。安全科がこれをうっかり見逃していたということは考えにくい……しかしこれは審査会の手引きがあったということで納得できます」
反論を待たずにカヤは指摘を重ねる。
「ですが不思議なのは、それでいてカイザーはこれほどまでに大きな部隊を編成して来ているということです。安全科と全面戦争するのであれば分かりますが、人払いをするということは大規模な戦闘は必要性が薄い……それなのに何故ここまでの人数が必要なのか……」
カヤは口元に指を遣り、1つの推測をする。
「カイザー、あなた達の手勢が本当に備えているのは、『宝』との戦闘を考慮しているからではないでしょうか?ひとえに『意思を持つ宝』を屈服させるために……」
「意思を持つ宝」──そのキーワードで思い出した。以前ゲヘナでオーパーツ調査をした時に、安全科の3人が言っていた……プレローマのオーパーツには意思があるということ……。
「ハッハッハッハッハッハッ、良い推測ですな、しかしそれは結局、あなた達が私共の邪魔をする理由にはなりますまい!」
「いえ、私の考えはその先にあります」
「!?」
「この先にある『宝』がどのような物なのか、座長は知っているのでしょうか?どう扱えば良いのか、分かった上であなた達に持ちかけたのでしょうか?」
カイザーの重役は心当たりがないのか、表情を引き
「座長は、あなた達を生贄にしようとしているのではないでしょうか?あなた達の血を以って、『宝』の攻略法を得ようとしているのではないでしょうか?それは即ち──あなた達こそ、嵌められたのではないでしょうか!?」
カヤは人差し指を突き出して自信有りげに笑う。
「あなた達がどんな目に遭うか、気にしないなら私たちもここで銃を構えることはしません、しかしおめおめと帰るのなら、タダで帰すわけにはいきません!」
威勢よく啖呵を切ったカヤに、カイザーの重役は一瞬驚いた表情を見せた。だが、それもすぐに消え失せて、彼女を嘲笑う笑顔を顔いっぱいに表す。
「フッハッハッハッハッハッハッ!!面白いことを言いますな!!不知火カヤさん!!」
「!?私の名前!?って、もう驚くことじゃないですか……」
「矯正局に引きずられていってから、随分と元気になったみたいじゃないですか?無意味なことだと言うのに……」
「なにおぅ?」
「せっかくですから、教えて差し上げましょう、あなたは2つ、勘違いをしているのです」
「勘違い?」
ワイシャツから一直線に出た指がゆっくりと伸びる。妙な威圧感にカヤの口が
「まずあなたは、今日ここで何かしら挽回できれば、審査会から許しが貰えると思っていることでしょう、ですがそれは有り得ませんよ」
「何故それを!?」
「あなたは有名人ですからねぇ、座長さんも気軽に話してくれましたよ。あなたは落ちぶれた人間として、最後に暴れてくれることを期待されていたんですよ。チャンスがあると言えば、いきり立って活躍しようとするとね……」
カヤは何とかして独りで立っているが、その足は震えている。
「まさか本当に恩赦があると思っていたんですか?私たちのような、『悪い大人』に魂を売って、簡単に許される訳ないじゃないですか、常識的に考えて、ねぇ」
それでも、とカヤは言い返す為に息を吸うが、それを止めるように指が突き出される。
「『私は独りじゃない』と?そこの2人に慰めて貰ったんじゃないですかね?」
図星を突かれてカヤは再び黙ってしまう。重役はさらに追い討ちをかける。
「残念ながら、そこの2人も只の役者ですよ。先生がここへ来て、弁護してくれると思ったんですかね?審査会の決定に首を縦に振るだけでしょう。そこの安全科の方も変わりはしませんよ、あなたに会いに来たって、それは監視の一環に過ぎませんよ、まさか友達になれたとでも思ったんですか?」
カイザーの口撃に、カヤは再びへたり込んでしまう。
「カヤ!!」
思わず声をかけるも、やっとのことで積み上げた自信は、脆くも崩れていく。
■
ああ、そうですよね……私は……もう……とっくに敗けていたのに……分かっていたじゃないですか……そんな、次を期待されている人間じゃないのに……牢屋の中でひとりぼっちだって……もうすっかり……慣れていたっていうのに……
「カヤ!!」
先生が呼んでいる……でも、もう聞く意味なんてない……だってあのとき……先生は手を差し伸べてはくれなかった……今日ここまでかけてくれた言葉だって……きっと「生徒として」じゃなくて……「『悪い』生徒として」なんだろう……
「カヤ!!!」
スバルさんも……ああきっと……ただの慰めだったんだろうな……あの約束だって、言うだけ言って反故にしたって……誰も責めはしないだろうな……だって、私だってそうしていたんだから……
「カヤ……」
先生、今更なんですか?こんな人間を、笑いに来たんですか?私は、何もかもを見誤ってしまったんですよ……取るべき手を、差し出す手を、間違ってしまったんですよ……私はもう1人で大人しくしているので……あなたは──
「カヤ、それは違うよ」
■
「それは違うよ、カイザー」
私は自然と、カヤの横に立って、カイザーの重役を睨みつけていた。ここで生徒を支えるのが、先生の役目だろう。私は決めたのだから、全ての生徒の味方なのだから。
「何が違うんですかな?あなたは罪人をお許しになる聖人君子だとでも仰りたいので?」
違う、確かにカヤは過ちを犯したが……
「それと生徒を救わないことは、話が別だ」
罰を受けることと、生を肯定されることは、二者択一ではない。
「カヤはいい子だよ。たとえ口約束だとしても、みんなの利益になるようなことをしようとしていたし、何より目標のためにずっと頑張り続けていたしね。勿論悪いことの対価は払わないといけない、でもそれだけだ」
「だとしても、あなたに一体何ができると?彼女もう立ち上がれませんよ?」
「そんなものは関係ない、カヤを助けて、お前達をぶっ倒す。たったそれだけだ」
私はカヤの前に膝をつく──
>カヤは失意の中だ
>自らの所業の応報として、孤独の底にいることを受け入れた
>だがそれは本当に受け入れるべき罰なのだろうか?
>いや、そうではない
>カヤが果たすべきことは、僅かな信頼に報いることだ
>隣にいる人、向かい合った人、ついてきてくれた人
>彼女たちときちんと言葉を交わすことだ
>カヤは、きっと分かっているだろう
>すっかり更けた夜空で、目指すべき星を見つけるように
>だから……
>特別なことをしてあげなくてもいいだろう
>どうするべきだろうか?
・手を差し出す
・顔を上げさせる
・星の場所を示す
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﹀
・手を差し出す
▶顔を上げさせる
・星の場所を示す
>「!?」
>カヤの両の頬をムニュとはさみ、俯いたままの顔を上げさせる
>ぼんやり開いた目を合わせて、微笑んであげる
>ちょっとだけ、目に覇気を取り戻したように見えた
>それだけで、カヤはまた歩き始めることができるだろう
>カヤは足に力を入れて立ち上がる
>私は、肩を支えてあげる
「何!?」
「どうだ?見たか?生徒が成し遂げるためなら、私にはなんてことはない。お前なんか障害じゃない!」
カイザーの重役は驚きに満ちた表情をするが、すぐに不敵に笑い出す。
「ハッハッハッ、成程、これは素晴らしい関係ですな、だが」
右手を振り上げると同時にカイザーの部隊が銃口を上げ、私たちに照準を合わせる。
「お忘れですかな?こちらには圧倒的な武力があるということを!生徒2人ごときに何ができると言うのですかな!?」
攻撃の合図と共に、一斉に引き金が引かれる。
ズガガガガッッ!
その刹那、私の前に1つの影が現れ、黒い閃光が走る。
キンキンキンキンッ!!
「──スバル、ありがとう」
銃弾の悉くが弾き落とされた後には、銃剣を片手に持ったスバルがゆらりと立っている。
「いえいえ、信頼していただきありがとうございます」
「なんだと!?安全科にこんな奴がいたのか!?」
驚愕にスバルは歯を見せて笑って答える。そして悠然と前に出て銃剣の切先を突き出す。
「お前に良いことを教えてやろう。お前はここから帰れない」
「何ィ!?」
フフフと小さく笑い声を響かせ、スバルが宣言する。
「お前らは勘違いしていることが3つある!!」
お読みいただきありがとうございます。
もうちょっと書くつもりでしたが、思ったより長くなってしまったので分けました。
先生が生徒を救うということについて、いろいろな見方がありますが、私は反省と救済はバーターではないと思っています。先生が手を差し伸べるのは、単なる順番問題だと思っています。なので本編でもきっと、全ての生徒に手を差し出してくれると思っています。
次回もよろしくお願いします。