空と夢と星と青春   作:イメージの裏切り

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総てを粉砕する、双つ

 タッタッタッタッタッタッ──

 カッカッカッカッカッカッ──

 ザッザッザッザッザッザッ──

 

 私たちは発掘場の更に奥深く、カイザーの影を追いかけて走る。もうすっかり日も暮れて闇に包まれた回廊を、足元に注意を払いつつ進んでいく。

 

「気を付けてください!この先の地面のコンディションは必ずしも安定しているとは限らないので!」

「うん!」

「分かってますよ!」

 

 スバルは本職故に一際安全に気を遣っているが、私たちも任せきりにすることはできない。夜目にもようやく慣れてきたこともあって、僅かな地形の情報を見定めようとする。

 

「それにしても、まだ先があるんだね」

「もうここまで来ると、地底の果てまで続いているんじゃないかと思ってしまいますよ」

「……」

 

 先程までのスバルの「種明かし」を思うと、ここへ来てのスバルの沈黙はかなり意味深長に感じる。先導して向かう背中からはその私のカヤの会話を聞く表情を窺い知ることはできない。

 

 ザッザッザッ……。

 

「?スバル、どうしたの?」

「下り階段です、気を付けて降りてください」

 

 暗がりの中を目を凝らして見ると、確かに階段が続いている。だが明かりすらない闇の下では、夕方に下った階段の時以上に先が見えない。突然先が途絶えて奈落の底まで落ちていきそうな、そんな不安を呼び起こさせる。

 

「先生?行きますよ」

 

 既に数段降りていたスバルが呼びかける。彼女は前を向き直ると、暗黒の海へひょいひょいと潜って行く。まるで──

 

「スバルさん……この先の道、知ってるんですかね?」

「ううん……分かんないな……」

 

 気を取り直して私とカヤはスバルの後を着いていく。あまり距離を離すと、一本道だというのに彼女の姿を見失ってしまいそうだった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 しばらく降りていくと、辺り一面がすっかり何も見えなくなっていた。先の道も、ここまできた道も、果てはすぐそこにあるはずの壁さえ暗闇の中へと溶けて、カヤとスバルの影と、そして踏みしめている石段だけが確かに感じられるものになっていた。

 

「何ていうか、不気味ですね……」

「どうしたの?カヤ?もしかしてビビってる?」

「違います!ここまで来てふざけないでください!」

 

 別に本気でからかったわけでは無かった。あまり他人を笑えないが、おどけてみないとこの暗さに呑み込まれてしまいそうだったからだ。

 

「そういえばスバル、さっき言ってた『意思持つ機械(ウィリング・マシーン)』について、聞いてもいい?」

 

 長らく沈黙を破らずにいるスバルに尋ねる。彼女は振り返らずに応答する。

 

「やっぱりさ、()()って、この学園だと有名なのかな?」

 

 スバルは暫しの熟考の後に答え始める。

 

「まあそうですね、有名という程ではないかもしれませんが、それなりの地位にある人間には、無縁な話ではないはずです。何を動力にしているのか、どんな仕組みで動いているのか分からない……なにより、何故存在するのか、その意味すら分からない代物です」

「存在の意味も分からないのに、そんな悠々と存在できるものなんですね」

「いや、そうではありませんよカヤさん。例え存在の意味が無くても、存在しようとする意思が有る、たったそれだけで存在することはできるものですよ」

「ううむ……」

「ひとえに『意思持つ機械(ウィリング・マシーン)』という名前もそれ故に付けられたものです」

 

 存在しようとする意思……確かに生きて存在するなら、飲み食いすることさえ本当は些末なことかもしれない。生命活動をしているだけの状態を「生きている」とは言わないことがあるように……。

 

「まあそれは後で考えよう。スバルはさ、この先にあるものが何なのか、知ってるの?その……チエからは何か聞いてるんじゃない?」

 

 ふむ……と、スバルは逡巡(しゅんじゅん)で口が止まる。だがある程度思い切ったように話を続ける。

 

「……結論だけ言えば……知っています」

「あなた!それじゃあここまで!」

「ええ、分かった上でカイザーを追っていました。隠し事をしていたことについては謝罪します。ですが、気安く喋れない内容であったことも事実です」

 

 だがここまで来て、何も知らないままでは立ち向かうことも難儀(なんぎ)なことだ。

 

「スバル、話してもらってもいい?」

「……いいですよ、ではどこから話しましょうかね」

 

 スバルは相変わらず前を向いたまま答える。本当に立ち話をするつもりなのか、取り繕った話をしようとしているのか、口ぶりからは測りきれない。

 

「この先にあるのは、言ってしまえば巨大な粉砕機と言ったところです。ジョークラッシャー──岩や鉱石を砕くための機械の形をしているそうです。『(すべ)てを粉砕する、(ふた)つ』……書類上は『ネメアの獅子』という名前が付けられているようです。もっとも私も直接見たことはありませんが……」

 

 ひどく仰々しい名前が明かされる。やはりプレローマにとっては、人に害なす──

 

「──やっぱり怪物みたいな扱いなの?」

「ううん……そうですね……何というべきでしょうか?確かに記録上『ネメアの獅子』は発掘されると同時に動き出して、私たちに牙を剥いたということにはなってます。重傷者も出たとのことなので、決して友好的な存在ではないはずです。しかし……」

 

 スバルは本当に仔細を知らないような口ぶりで続ける。

 

「座長が言うには、『意思持つ機械(ウィリング・マシーン)』は神聖なものらしいです。そして同時に、私たちの『力』になる存在だとも……」

「相変わらず、チエはそれ以上は言わないんだね?」

「そうですね」

 

 

 

「『ネメアの獅子』ですか……」

 

 カヤが口を開く。心当たりと言うよりは、何か心のざわつきを感じたような気付き方だ。

 

「どうしたの?怖くなっちゃった?」

「だから違う!……っていうこともないですね……」

 

 さっきと違い、恐怖を否定しない。だがそれは単純な命の危機に対するものではないようだ……。

 

「……以前、トリニティの式典に、連邦生徒会として出席したことがあります。その時に聞いた儀礼の言葉になんか似てる気がするんですよね」

「そうなの?どんなやつ?」

「うーんと、何でしたっけね?確か──」

 

 

 

 ──Libera me, eas de ore leonis,(彼女たちの魂を獅子の口から救いたまえ) ne absorbeat eas Tartarus,(奈落の底に呑み込まれないように) ne cadant in obscurum.(暗黒に落ちてしまわないように)──

 

 

 

 確かに今この状況はよく似ている気がする。私たちを包む暗闇、発掘場という深い空間、そしてこの先に待ち構える「獅子」……。カヤは少し私の側に近づいて、小声で相談してくる。

 

「──スバルさん、発掘場(ここ)に潜ってから、あんまり私たちに顔を向けて話してくれてないんですよね。まだ何か隠してるみたいで」

 

 それは同意できる点だ。

 

「だから……まあ私が言うのもなんですが、スバルさんを助けてあげてくれませんか?どうにも、取り返しのつかないことが起きそうな気がするんです」

 

 吹かれて消え失せることのない不安を、私は受け止める。スバルの方を向くと、相変わらず気に留める素振りもなく足を進めている。黒い霧、という程でなくても、彼女は、闇の中にいるように見えた。

 

「うん、分かったよ」

 

 だから私は、カヤの頼みを聞き入れた。

 

「それにしても、カヤがそんなことを言ってくれるなんて……ちょっと感動しちゃうなぁ」

「ああもう、おちゃらけないと相談1つ満足に聞けないんですか?」

 

 2人の間だけで声がこだました。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「ふう……ふう……大分登ったね……」

 

 階段を1段1段踏みしめて上がる。前も後ろも十分に見えないと、一体どれほど進んでいたかも分からなくなる。

 

「──あちらを見てください」

 

 スバルの声に、遠くへ目を向けてみると、壁が現れた。

 

「はあ、はあ、やっと終わりですか……」

「そうですね、薄っすらとですが、扉も見えます」

 

 少しずつ登るたび、影が大きく、はっきりと見えてくる。その中に一際大きい、重々しい鉄の扉が姿を現す。私たちの身長の数倍はあろうかという金属の塊は、その先にあるものを、厳重に封印しているであろうことが窺えた。

 

「ふう……ふう……よいしょっと、やっと着いたね」

「この先に、ヤツとカイザーが?」

「はい、そのはずです」

「じゃあ……行こうか」

 

 ギイイイィィィッッッ!

 

 カヤとスバルが扉に手をかけて、レールに沿って引く。幸い鍵などはかかっていなかったが、力を込める2人の表情を試すかのように、とてもゆっくりと動き出す。

 

「ハァ……ハァ……こんなもんですか?」

「ハァ……ハァ……ええ、十分でしょう……」

 

 人っ子3人が通るのに必要な分だけ開けると、私たちは揃って前に出る。

 

 

 

 

 

 ヒュオオオオオォォォォォッッッ!!

 

 足を踏み入れると、ここまで滅多に吹き込まなかった風が、急に足元を駆けていく。あまりの強さにそのまま足を持っていかれそうな程だ。ナトリウムランプの鈍い橙白色に照らされた空間に目を遣ると、少し先にカイザーの重役の影が1つ、そしてその遥か先に、巨大な物体の影があった。

 

「ああ!皆さんもお揃いですか!!」

 

 カイザーの重役が、先程とはまた違った興奮に満ちた大声をあげる。今度は真に勝利を確信しているような、そんな自信が見て取れた。

 

「私たちは幸運ですよ!!これ程までの強大な力を、この目に収めることができるのですから!!」

 

 しかしその様子には(いささ)か違和感を憶えた。さながらその「力」に魅了されているような……。

 

「カイザー!そこから離れなさい!()()は危険です!!」

 

 スバルも負けじと声を張り上げる。「危険」というのは、如何なる思惑も無く、純粋な警告として突きつけられていた。

 

「ハッハッハ!!今更怖気づく訳にはいきませんよ!!ご覧ください!!この何もかもを噛み砕いていく、美しくも猛き大口の姿を!!」

 

 黄色い光で照らされた、長く遠くまで続く四角いトンネルの奥に、文字通り我が物顔で鎮座していた主の姿が、ようやくはっきりとした輪郭を帯びて私たちの認識の中に入ってくる。

 大きく前方にせり出したのは、それだけでも見上げるような径のはずみ車だ。そしてその下に巨大な口が覗く。

 食いちぎる、には向かずとも獲物を放さずにいるには十分な歯が、1列だけではなく並び、顎1つを埋め尽くしている。そしてそれがもう1つ、対を成して大口を形成する。その大顎の間の空間は確かにあらゆる物を咥え込む程に広い。あの中で顎が閉じられようものなら、まさに一巻の終わりと言うべきだろう。

 

「──あれが、『ネメアの獅子』……」

「あれが手に入れば、粉砕と称して色んなことができますね……」

「……」

 

 衣服の裾が強風にはためき、バタバタと呻き声をあげる。カイザーの重役はそれすらもかき消すような声で、「獅子」に呼びかける。

 

さあ!!!『意思持つ機械(ウィリング・マシーン)』よ!!!憐れな仔山羊(こやぎ)共を噛み砕いてやりなさい!!!

 

「獅子」はそれに応えるように、重い唸り声をあげる。

 

 

 




お読みいただきありがとうございます。

また長くなりそうだったのでキリよく収めました。

引用ネタを入れると気付いて欲しくなってしまうのですが、あとがきで書いてしまうと野暮にも程があって困るんですよね……どうすべきか……

あと最近はどんどん地の文が長くなってきてる気がしますね。ボリュームを増やすのはともかくとしても、最初に書いた文章が薄く感じてしまいます。実力が上がったと思えばそれでも良いのかもしれませんがね。

次回もよろしくお願いします。
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