「さあ!!『獅子』よ、憐れな仔山羊共を噛み砕いてやりなさい!!!」
カイザーの重役が腹の底から声を張り上げると、「ネメアの獅子」は、重く張り裂けそうな金属音を上げて稼働し始める。
ガコン!!フォンフォンフォンフォン……
天井に擦りそうな高さにあるはずみ車が、ゆっくりと回り始める。それはかなりの角加速度でもって、あっという間に目にも止まらぬ速度で回転する。
ギイイイィィィッッッ!!!
エンジンが温まったかのようにはずみ車の回転が安定すると、次いで大口が動き始める。巨大な上顎が徐々に荷重をかけて降りて、下顎と噛み合わせ、そしてまた引き上げられて喉の奥を見せるように往復運動をする。
グオオオォォォンンン!!!
轟音が三度鳴り響くと、さながら獅子が洞穴から這い出るようにゆっくりと前進する。本体の加速に合わせるように、大顎の咬合も徐々に激しさを増していく。
「ハッハッハッハッハッハ!!!行け!!!やってしまえ!!!」
「……先生、何か様子がおかしいです」
「うん……そうだね……」
「……」
半ば自棄をおこしているような、なりふり構わない態度をカイザーの重役は顕にする。まるで勝負には勝ったかのような興奮ぶりだが、彼の置かれている状況は極めて致死的だ。
「あのままでは、カイザーの重役は『獅子』に食われて粉々になってしまいます!」
カヤの言う通りだ、カイザーは私たちと「獅子」の間にいるのだ。「獅子」がこのまま前進して最初に噛み殺してしまうのは、外ならぬカイザーなのだ。だが彼はそれを気に留めていないのか、あるいは気付いてすらいないのか……「獅子」を背にして高笑いを続けている。
「『獅子』を前にして、圧倒されてしまったようですね」
スバルが冷徹にコメントする。敗者を憐れむような、蔑むような短い息を同時につく。
「なんとか助ける方法は無いんですか?」
「カヤさん……それは随分と甘い認識じゃないですか?彼は『
スバルの反論は的確だ。
「確かにそうですが……、しかし、それは一市民を見殺しにすることになります!それは普遍的正義に反する──」
カヤはその身で様々な「正義」を味わってきた。
「──それに、目の前で誰がグシャグシャになってしまうのは、私は、なんというか嫌です──」
何でも出来るように装っていたが、その中身は普通の少女だ。
「──そして何より、私は個人的な恨みで手を引っ込めるようなことはしません──」
だが、心の内には誰にも真似できないような理想像がある。
「──私は、『超人』なので」
カヤはきっと、辿り着ける。多くの過ちを犯したが、それ故に至れる場所がある。そういう、確信がある。
「だからお願いします!彼を、カイザーを助けてあげてくれませんか?」
スバルは虚を突かれて一瞬固まる。何か迷ったのか、こちらを一瞥する。その時──
「何をゴチャゴチャ喋っている!!覚悟でも決めたか!!」
カイザーの怒声が耳を貫く。
「お前ら全員、粉々になってしまえェェェ──ーッッッ!!!」
声が張り上げられると同時に、足元を掬っていた風が一際大きく流れ込む。私たちは体を持っていかれないように踏ん張るが──
「ぬお!!?」
──カイザーの重役は風に煽られてバランスを崩す。
「ぬおあああぁぁぁ──ーっっっ!!!」
そのまま背中から倒れ、風に乗せられて風洞を転がり落ちる。僅かな地面の突起に指をかけるが、吹き付ける風の中ではいつ「獅子」の口に落ちていってもおかしくなかった。
「たすけっ、たすけて……たすけてぇぇぇ──ーっっっ!!!」
ようやく死を自覚したのか、先程までの尊大さが嘘のように消え失せる。
「スバルさん!」
「いいですよ。では、お貸しした銃を返してもらえますか?」
カヤはその言葉に頷いて、持っていたリボルバーをスバルに返す。スバルはそれをホルスターに収め直す。
「ではカヤさん、先生、少々お時間をいただきます」
そう言うとスバルはふらりと身を投げて、カイザーの、「獅子」の大顎の方へと飛び込んでいく。
ズオオオォォォッッッ!!!
タッ、タタッ
力強く
スカッ
「うわっ、うわあああぁぁぁ──ーっっっ!!!」
カイザーの重役を最後に支えていた指が外れ、再び昏い喉奥に引きずり込まれていく。
ヒュオオォォォッッッ!!
自由落下の速度を越えて、スバルがその後を追いかける。大口を開けた「獅子」の内側へ、躊躇なく飛び込んでいく。
ガッ!!
立ち並んだ牙にカイザーの背広が引っかかる。しかしそれは命綱ではなく、真にトドメを刺すべく上顎が降りてくる。
「うわあああぁぁぁっっっ!!もうだめだぁぁぁっっっ!!」
ヒュウウッ!!ガキィン!!
カイザーの重役の眼前に上の牙が迫ろうとしたその時、スバルが身を挺して立ち塞がる。右腕を牙の間に差し込んで支えにすると、左腕でカイザーの襟首を掴む。そして歯を食いしばって力を込めると……
「そうらぁぁぁっっっ!!」
思いっきりの力でカイザーの重役を投げ飛ばす。そしてすぐにスバルも飛び退いて両顎の間から脱出する。
──ドガシャッ!!
──スタッ!!
放り出されたカイザーの重役は顔から地に落ちてのびてしまう。一方でスバルはひらりと宙返りをして着地すると、背筋を伸ばして「獅子」に相対する。
グオオオォォォッッッンンン!!!
吹き込む風を叩き割るような咆哮が空間を走っていく。そして再び上顎が開けられ、目の前の人間を餌食にしようとする。
スチャ……
スバルはホルスターに手をかけ、リボルバーを取り出す。銃口を天高く突き出すと、そのままゆっくりと前へと下ろして「獅子」に照準を合わせる。「獅子」と地面が擦れ合う
ズバアァァァ──ーンンン!!!
全ての空気を打ち破って弾丸が放たれる。
ズゴォォォンンン!!!バシュウウウゥゥゥ!!!
弾丸は見事に「獅子」の喉に突き刺さり、鉄の身体の中に満ちていたと思われる、蒸気のような、ガス燃料のような、気体の魂のような流体を流れ出させる。同時にはずみ車の回転が徐々に緩和していき、巨体の動きそのものが遅くなっていく。
ギイイイィィィッッッンンン!!
「獅子」はゆっくりとその動きを止めていく。そして……銃口を下ろしたスバルの目と鼻の先で、完全に停止した。
「スバルさぁぁん!!」
カヤは駆け寄ってスバルを抱き寄せる。私もようやく肩の力を抜いて、2人の元へと歩み寄る。
「お疲れ様、スバル」
「いえ、どういたしまして」
「うわぁん!よかったあぁ!!」
カヤの安堵に私もスバルも表情を弛める。ここへ来てやっと、彼女の選択も報われたのだから……。
「では……これで一件落着ですね、カイザーはそこでのびていますが、そのうち気がつくでしょう」
この場を収めようとするスバルの前に、私は身を出す。今日を終わりにする前に……確かめたいことがあったのだ。
「どうかされましたか?先生」
「スバル、ちょっと聞きたいことがあるんだけど……いい?」
弛緩していた空気が再び張り詰める。スバルは抱き着いていたカヤをそっと振りほどくと、ウィンドブレーカーのポケットに手を突っ込む。
「?2人ともどうかしましたか?」
「あのさ……スバル……」
「今日一日、どこまで予定通りだったのかな?」
「!?」
「……」
私の問いかけに、この場の3人の間の物理的な距離が開いてしまう。
「先生……?何を言っているんですか……?」
カヤの声を、意図的に無視する。
「ここまで君と一緒にいて、不思議だったんだ」
「……」
スバルは黙っている。ならば長台詞を喋らせてもらおう。主役が浴びるには少々似つかわしくないナトリウムランプの光をスポットライトにして、舞台の真ん中でショーを始めることにする。
「今日1日、いろんなことがあったね、カヤを護送して、一緒にお昼を食べて、街を見て回って、カイザーを見つけて、そして発掘場に潜って、2人の昔の話を聞いて、一緒に星を見て、それでカイザーと向かい合って、そしてまた追いかけて、最後に『獅子』を見つけて……」
朝からの出来事を思い返し、カヤとスバル、2人の行動を確かめる。
「その中でスバル、君はいろいろなこと──普通ならやらないだろうことも、迷いなく進めていたね」
カヤの手錠を外したり、街を散策したり、いくらホームグラウンドだとしても、護送という主目的に対して、あまりに大胆な行動が目立った。発掘場の中でも、道に迷うことは一度も無かった。もちろんそれは自身の実力への信頼であるのかもしれないが、それは──
「──ここまでの出来事が、全部予定として織り込み済みだったんじゃないかなって、そう思うんだ」
「先生、それは……」
カヤの挟む言葉を気にしない。
「根拠がないかな?じゃあ君の変なところを挙げようか。君はカイザーと相対したとき、こう言ったよね?『この日は、この場所は、私が作った戦場だ』って。それってあの場所でカイザーと戦うのを、分かってたみたいな言い方じゃない?」
「……っ、先生……」
「……」
「それに君は今日カヤの護送に1人で来たよね?私が常識知らずなのかもしれないけど、こうゆう護送って普通何人もの人で囲ってやるもんなんじゃないかなって思うんだ。もちろん君は強い子だけど、それにしてもちょっと思い切りが良すぎるって、思わない?」
「……」
「……」
スバルだけで十分だったから、と言われればそうかも知れないが、もっときっと大事な理由がある──
「──何より、君以外の人間がいると、計画の邪魔になるから、だったんじゃない?」
計画を立案する人間にとっては、たくさんの協力者はそれだけで不確定要素だ。必要な実力が揃っているなら、エージェントは少ない方がいい。
「もう1つ変なところを挙げようか。カヤの護送とカイザーの引き込み、何で同じ日なのかな?こういうのって普通、違う日にセットするものだと思うんだけど、どうかな?」
別々の予定があったとして、同じ日にしてしまうのはかなり労力がかかる。何より偶発的な衝突が発生すれば、その対処に追われることになるからだ。基本的に、常道ではないだろう。
「だから私はこう思うんだ、今日君たちは、私──というよりシャーレとカイザーをぶつけるつもりでいた。そのために私にはカヤの護送、カイザーには『宝』っていう名目を配った。そして君は付き添いという立場で私の行き先を誘導した、ってところなんじゃない?」
シャーレという組織を利用しようとされたのは1度や2度ではない。的を射ているかは分からなかったが、まあこんなところではないだろうか?
「どうかな?スバル」
スバルは
「……探偵ごっこは、お終いですか?」
「……っ!?」
「……」
ひどく不敵な笑みを浮かべて、スバルは語り始める。
「まあ概ね、あなたの予想通りですよ、先生。ですが、80点、といったところですかね?」
両手をポケットに突っ込んだまま、肩をすくめてみせる。
「ああ、勘違いしないでくださいね、全部が全部、台本通りだったわけではありません。カイザーの指揮官を蹴っ飛ばしたのも、重役をぶん投げたのも、『獅子』の口から救い上げたことも、私があの場で、自分で判断してやったことです」
「それじゃあさっきここでカイザーを放っておこうとしたのは……」
「そうです、元々ヤツはここで見殺しにするつもりでした。ですが急な予定の変更も計画のうちだったので、そこまで問題ではありません」
余裕に満ちた態度のスバルに、質問してみる。
「シャーレとカイザーをぶつけるのも、予定通り?」
「ええそうです、そのために安全科の動きも、わざと遅くしました。安全科、ひいてはプレローマは、キヴォトスの数多の企業群とはあまり仲が良くありません。そのため安全科が大々的に動くというだけで、企業に与える政治的メッセージというものは重くなります」
「それで、『シャーレ』に動いてほしかったんだね?」
「はい、名声あらたかなシャーレと『偶発的』に衝突した、という名目で、カイザーマニュファクチュアリングに打撃を与える目論見でした」
「そしてトドメに『獅子』を使って処分しようとした」
「そういうことです、まあヤツがあの場所で大人しく捕まってくれる可能性もあったので、この有り様にならない可能性もありはしましたよ」
「審査会も分かってるんだよね?」
「そうです、この計画は審査会と安全科の発案の下進められたものです」
スバルは思ったより素直に話してくれた、が……
「……スバルさん……あなたは……」
「カヤさん、今日私があなたに向けた同情に、嘘はありませんよ。なにせあの時のあなたは、本当に可哀想で、見ていられなかったんですから……」
「スバル……君はカヤを……」
「裏切ったとでも言いたいんですか?違いますよ。私は最初から味方なんかじゃなかった……たったそれだけですよ」
カヤの表情は複雑で、大きな感情に翻弄されていた。だから私もそろそろ、この舞台に決着をつけなければならない。
「スバル、君はこの真実を認めてくれるんだね?」
「ええ、そうですよ。ですがそれは負けを認めたからではありません──」
スバルはふてぶてしく胸を張って宣言する。
「──私はあなたたちを、この場で始末することが出来るからです!!」
スバルは下ろしていた自動小銃を再び構え直して、不遜に礼をしてみせる。
「……まだ、ちゃんと自己紹介をしていませんでしたね。私は牛越スバルと申します。プレローマ工業高等専門学校3年──」
その口からは勝利宣言のような肩書きが放たれる。
「──安全科、学科長を務めております」
かつて、安全科の2年生から、どんな人か聞いたことがあった。
──正真正銘『プレローマ高専最高戦力』といって差し支えないと思います。私たちが束になっても敵わないでしょう──
「僭越ながら、いろいろな呼び名を賜っております。『影無き嵐』『スカイウォーカー』、ああ『
私は、そんな人物に今から向き合わなければならなかった。
お読みいただきありがとうございます。
とりあえず書きたいものは書けたので予定通りです。カヤが抱き着きに行ったのは予定外でしたが然るべき展開だったので予定通りです。ネメアの獅子もカイザーも出オチ感ありますが予定通りです。
それはそれとして過去話を見返したら文体のブレが気になったのでちょっと修正に時間をもらいたいと思います。
次回もよろしくお願いします。