「イテテ……」
「はい、おしまいです」
スバルはカヤの顔のケガを手当てし終えたようだ。すると頃合いを見計らったのか、安全科の腕章を付けた一団が入ってくる。
「学科長!ただいま到着しました!」
「お疲れ様、
「了解です!」
すると彼女たちはドヤドヤとカイザーの重役を担ぎ上げて搬出していく。
「それではお先に失礼します。学科長もお気をつけて」
「はい、ありがとうございますね」
安全科はまるで通り雨のように素早く職務をこなして撤退していった。
「スバルって、本当に学科長さんだったんだね」
「そうですよ。まさか疑ってらしたんですか?」
「いや、もしかしてブラフかなーとか思ってたから……」
「心外ですねぇ」
そんな話をしていると、カヤが立ち上がって土埃を払う。
「もう大丈夫そうですね、そろそろ行きますか?」
「ええ、戻りましょう」
「先生も大丈夫ですか?」
「うん、じゃあ行こうか」
そうして長い長い1日の終わりの帰路に就く。
「綺麗な星ですね」
またあの崖の鉄橋を渡っていると、スバルが呟いた。
「そうですね」
「カヤさんはどの星を見ているんですか?」
「今見ていたのは、そうですね、あの、あそこの青い星です」
カヤの指さす方に目を向けると、確かに青い光の塊が見える。だがよく目を凝らすと、多数の星の群れが固まっているようだった。
「いいですね」
「どうかしましたか?」
「いや、せっかくだから、あなたの見る星の方へ行ってみてもいいな、と思っただけです」
「そうですか……いや、正直私も今日からやっと、ちゃんと星を見て前に進めそうだなって、そう思えたので……」
「一緒に行ってもいいですか?」
「え?ちょっ……まあ、いいですよ」
2人の会話はようやく憑き物が落ちたような、自由な心情が感じられた。
「あっそうだ、お礼参り、いつにしますか?」
「えっその話って生きてたんですか?っていうか私はこれから処分が待ってるんですけど……」
「あはは、そうでしたね」
「ちょっと!馬鹿にしてるんですか!?」
「してませんよ」
表面的で社交辞令的だった当初と比べても、本当に打ち解けた故の友情が感じられた。私はもう、そこに割って入る必要も無いだろうと思い、2人の後ろを黙ってついていった。ふと夜空を見上げると、満点の星空が、彼女たちの行く末の広さを暗示するように広がっていた。
翌日――
プレローマ高専準学士研究棟会議室――
予定されていたカヤの査問会のため、会議室には私とカヤ、そして基盤研究審査会の面々、副座長魚住キズナ、生産科長早乙女ムギホ、そして安全科長牛越スバルが席について、開会を待っていた。
キズナはおにぎりをいくつも持ち込んで食べており、ムギホは何やらタブレットで作業をしていた。スバルはいつもこうなのか、深くもたれかかって腕を組んで目を閉じていた。カヤは改めて手錠をはめられていたが、その目は覚悟を決めたようにしっかりと前を見ていた。私はこの緩いとも厳しいともつかない空気を持て余して、指を組んでソワソワしていた。
「はーい、おはようさーん、始めますよーって、あれ?こんだけ?ほぼいつメンじゃん」
そんな折、扉を開けてこの会の座長、蟹江チエが入ってくる。チエは手に持った配布資料を配りながら出欠を確認する。
「委任状はいつもの4人の分もらってるよ」
「マジ?機甲科と銃砲科くらいは来ると思ってたんだけどな」
「あの2人がこの手の話に首突っ込むとは正直思えませんね」
「そうかー、いや珍しい客人もいるんだし、挨拶くらいしにくるかな、とは思ってたんだが」
「……」
チエは資料を配り終えると、再上席に座って音頭を取る。
「よし、では始めましょう、みなさんよろしくお願いします」
各々が開会宣言に応答すると、査問会が始まる。
「本会は連邦生徒会元防衛室長不知火カヤの査問会です。参考人としてシャーレの先生にもお越し頂いております。先生、本日はよろしくお願いします」
「うん、よろしくね」
「そして、不知火カヤ、3年、元防衛室長および連邦生徒会長代行、あなたで間違いありませんね?」
「間違いありません」
「はい、では始めましょう。まずは資料の2ページから、不知火カヤの事件における事実確認から――」
そうして議事が開始される。連邦生徒会クーデター事件、子ウサギ駅爆破未遂事件、カイザーコーポレーション癒着事件、種々の事件についてのカヤの関与が確認される。次いでカヤの取るべき責任範囲についての確認、連邦生徒会からの要求の確認が行われる。カヤはその1つ1つに淡々と答える。一方では認めつつ、また一方では意図や意義について反論する。しかしそれは逮捕直後の過度に他責的な態度はもはや見受けられず、多くのものを受け入れたような口ぶりだった。
「ここまで、何か資料外の点について質疑はありますか?」
「では、マスコミの代わりに聞いておきますが、カヤさん、あなたの反逆は私利私欲によるものではないのでしょうか?カイザーとの協力で多大な利益を享受するためのものてはなかったのではないでしょうか?」
ムギホがわざとらしく意地悪な質問をする。だがカヤは堂々と回答する。
「いいえ、この件については、本当に『私が連邦生徒会のトップとして指揮をすべきだ』という思想信条のもと行いました。それ以外の個人的な嗜好品の類を除いた、私個人に対する利益供与が無いことは、取引履歴として既に示された通りです」
その後も数々の質問を受けるが、カヤの答えには淀みが無かった。ただ、スバルは終始沈黙するばかりなのが、やや不気味ではあった。
「はい、では続いて、不知火カヤへの審査会としての処分内容について、36ページをご覧ください。座長としては、既に下された制裁を鑑みて、3週間の再教育プログラムの施行の後、再び連邦生徒会役員として指名することを提案します」
議場が一抹のどよめきに包まれる。当初の罰と比べても、あまりに軽い処分だ、いや、もっとも、私も重罰を望んだ訳ではない。事実昨晩……
「はーい、こちら蟹江、って先生ですか、どうされました?今日はいろいろありましたでしょうに」
「うん、ていうか、君は知ってるんだね」
「ええ、まあ……」
その声は妙に含みを持って聞こえた。
「じゃあ本題っていうか、お願いなんだけどさ」
「なんでしょう?」
「カヤの処分、ちょっと軽くしてくれない?」
「ほほう、先生直々に情状酌量のお願いですか、それは一体どういう御用向きで?」
「うん、カヤが果たすべきことは、今日見てきて、牢屋の中では出来ないことだなって思ったから」
「ふーん、それは今のカヤには出来ることだと?」
「うん」
「そうですか」
チエの返答にはあまり驚きが無かった。まるでそれも想定内であるかのように……。
「しかし先生はよろしいのですか?それを我々が聞くのは簡単ですが、あなたはご自身の評判に関わるのでは?」
「いいよ、私の心配は必要ない」
「ほう……」
「必要なのは、カヤがちゃんと頭を下げるべき人に頭を下げて、するべき謝罪をすることだから」
「ふむ……そうですか……、分かりました。では処分内容については考えておきます」
「うん、ありがとう。夜遅くにごめんね」
「いえいえ、では失礼します」
確かにチエに根回しをしたのは私だが、ここまで温情判決がかけられるとは、正直思ってはいなかった。案の定質問が噴出したが、チエは安々と躱していく。だがこの中で一番衝撃を受けているのはカヤだった。何が仕組まれているのか分からないような表情で議事を見守っていた。
「はい、では他に質問はありますか?」
「では、1点よろしいですか?」
今まで沈黙していたスバルが口を開く。
「座長、カヤもあなたに誘われた人間だと言うことを聞きました。しかし彼女は学外に送り出された。私たちのような者共とは何が違うのでしょうか?」
これまでの議事で最も浮いた質問だ。だが、それは審査会のメンバー全員の注目を集めた。
「うーん、言ってしまえばなんとなくそれが適任だと思ったに過ぎないのだが……強いて言えば――」
チエは勿体ぶって答える。
「――連邦生徒会に、我々の『意思』を継ぐものを、用意しておきたかった、からかな?」
妙に抽象的な回答だったが、審査会のメンバーは皆納得したようだった。彼女たちの中で共有されているものはよく分からなかったが、ここでは深入りしないことにした。
「さて、ではよろしいですかね?では決を採ります。賛成の方はこちらに署名をお願いします」
バインダーが回され、各々が名前を書き込んでいく。
「先生もお願いします」
バインダーを受け取る。少しカヤの方を見ると、その表情には、この先への意志のような強さを感じた。私は書類に名前を書き込んだ。
「はい、では全会一致ですね。それでは本案は承認となります。最後にカヤ……」
チエはカヤの方を見る。
「何か、捨て台詞はあるか?」
カヤはその不敵な問いかけに、少しだけ考えて応答する。
「私は……今度こそ会長の座を取ります。ですが今度はこのキヴォトスの生徒のあらゆる力を使います。もちろんあなた達も……。だから覚悟しておいてください。ここに閉じこもってはいられないということを」
「フフフ、いい言葉だ、楽しみにしておくよ」
チエは姿勢を整えて会を締める。
「では本会はここまでとします。次回は定例会です。研究計画書が3件、安全科と銃砲科と造船科から1件ずつ出ています。それではお疲れ様でした」
「「「「お疲れ様でした」」」」
「カヤ!スバル!」
再び連行されていくカヤと、連行していくスバルに声をかけた。
「ああ、先生、お疲れ様です」
「処分、決まったね」
「ええ、でも決まったならそれで私はやるべき事をやりますよ」
「そうだね、それでさ、前言ったこと、覚えてる?」
「迷惑をかけた人に謝れ云々でしたっけ?……まあ、それなりにどうするべきかは分かった気がしますよ」
「うん、それなら良かった」
私におんぶにだっこにならなくても良さそうなら、それが一番だ。
「スバルもお疲れ様」
「ええ、こちらこそ」
「カヤと、仲良くしてあげてね」
「あら?それがお望みでしたか?」
「うん、君もカヤも独りでいないのが、一番大事だからね」
「……そうですか、分かりました。まあ子守りは任せてくださいよ」
「誰が子どもですか!」
この調子なら大丈夫そうだ、スバルも随分と目が澄んだように見える。
「あっ、そうそう、D.U.まで送迎を用意しているので、昨日降りた所までどうぞ」
「えっいいの?ありがとうね」
「はい、どういたしまして、それでは失礼します」
そうして2人は去っていった。その後ろ姿は看守と囚人とは少し違う、対等な関係が窺えた。
「さて、じゃあ私も帰るかな」
私は建物を出て、昨日の広場まで向かう。すると確かに車が待っていた。運転手の安全科の生徒に声をかけて乗り込んで出発する。同乗者もまるで違う車内の空気は、また新たな日々のはじまりを告げているようだった。少し、窓を開けて風を感じる。空の色は青く深い。残してきたものは数少ないが、気にするべきことは多い。後ろ髪を引かれるが、私は、ひとまず日常に戻ることにした。
【Student's profile】
牛越スバル(モチーフ:うし座)
プレローマ高専 3年 安全科
年齢:17歳
身長:150cm
ヘイローモチーフ:かに星雲
誕生日:9月16日(ジャック・チャーチルの誕生日)
趣味:散歩
固有武器:安全科制式自動小銃+夏への扉(ブローニングM1918自動小銃、S&W M500)
お読みいただきありがとうございます。
とりあえず当初構想していた部分については書き終えました。やったぜ。
カヤちゃんには対等な関係の友達ができれば実は大半のことが解決するのでは?と思ってるので、ぜひ本編でも友達ができてほしいですね。
ひとまず一区切りは付いたので、これまでの2日ごとの更新はここまでにして、週一土曜日の更新にしようと思います。この連載はまだ終わりませんが、書きたいテーマがぼちぼち増えてきたので、そちらの方にも手を付けていきたいと思います。引き続き応援よろしくお願いします。
感想などもお待ちしております。
それでは次回もよろしくお願いします。