「……3四、銀!」
「同歩」
「2六角!」
「……何やってるの?」
某日、連邦生徒会防衛室、不知火カヤが蜻蛉返りさせられてしばらく経った頃、私は先日のRABBIT小隊とプレローマ安全科の作戦演習の報告書を上げに来ていた。
執務室ではカヤとスバルが、何らかの作業をしながら呪文のような符号のやり取りをしていた。
「見てわかりませんか?将棋ですよ将棋」
「盤も駒もないけど……」
「脳内将棋ってやつですよ、先生。どこにどの駒を動かしたか分かれば現物はいりませんよ」
スバルはカヤとの付き合いの中で将棋を始めた、というのは聞いていたが、もうそこまでできるようになったようだ。
「6八金!」
「何!?うーわ、これはダメですね、参りました」
「うふふっ、コーヒー奢りですよ♪」
「はいはい」
2人が仲良さそうで何よりだ。
「ところで先生、報告書はあがりましたか?」
「うん、はいどうぞ」
「ありがとうございます」
「それはそうとカヤ、そっちの進捗も聞かせてほしいんだが」
「ええ、では本題に入りましょう」
何の話か?それは、ちょうど1週間ほど前にさかのぼる……
□
「はーい、確かに届けたよ」
「お疲れ様です、スモモ」
「ハハハッ!失脚してもなおそれなりに話を聞いてくれる役員がいるなんて、あなたの人望も捨てたものではないですね」
「ああ!うるさいですね!」
カヤは先の査問会で下された処分を大人しく遂行して、無事……に、元の職位――防衛室長に復帰することになった。当然それにあたって反発もあったが、リンと私の執り成しでとりあえず収まった。カヤも出所時はやる気満々だったが、思った以上に肩身の狭い日々を送ることになったようだった。
「それで、今日あなたたちを呼んだのは他でもありません」
「また悪さでもしようとしてるの?」
「してません!そもそも私に今そんな力も権力もないです!」
少なくとも、権力争いで暴走するようなことはない……だろう。
「ふぅ……それで今私が計画していることですが……」
「「ですが?」」
「連邦生徒会の実力組織、即ちヴァルキューレ警察学校の再軍備計画です」
「ほほう、カヤさんにしては殊勝な行いですね、頭でも打ちましたか?」
「違います!」
とはいえ、以前のカヤからは聞かない計画ではあった。
「一体どんな風の吹き回し?」
「単純です、再び私が生徒会内で立場を得るために、実利的な業績を積む必要があるからですよ」
どうやら根っこは変わらないらしい。
「ですが身内の強化というのはあなたらしくないと思いますが」
「私もそう思うな」
「ま、私ももう主だって手を組んでくれる企業がないので、泥臭くやるしかないんですよ」
だが、取る手段が実直になったのは、カヤの変化そのものだろう。こんなことを言っているのも、やむを得ないからではないはずだ。
「それで?具体的に何するの?」
「はい、まず現在のヴァルキューレの装備、これはいくつかの企業に委託されている状況にあります」
そう言うとカヤは資料を渡してきた。
「委託……と言いつつ多重下請け状態ですね、中抜きし放題ですよ。これでは満足な質も量も賄えませんね」
以前から言われていたヴァルキューレの物資不足の一因がここのようだ。
「はい、これを改めるべく、装備更新の体で競争入札を掛けます。そしてそれにスバルさん、プレローマも参加してもらいたいのです」
「ふうん、まあ販路拡大としてはいい話ですね。しかしあなた主導では生徒会は動かないのでは?」
「そこは問題ありません、これはあくまで現場からの突き上げ、という体裁で行います。カンナたちにも話をつけてありますので、ご心配なく」
流石は権力闘争で養われた根回し力だ。でも……
「カンナに……ってことは、ヴァルキューレとはもう仲直りしたの?」
「ええ、しましたよ!そうですよ!額を床に擦り付けて謝りましたよ!副局長はゲラゲラ笑ってましたけどね!」
容易に想像がつく光景だ。カヤは顔を真っ赤にしながら話を続ける。
「まあなのでこっちの心配はいりません。というわけでスバルさん、審査会にこの話を持っていってくれますか?」
「まあ、議事に出すだけはやりますよ。ただ資料はあなたが作ってくださいね」
「分かりました、任されましょう」
「ところで、私はなんで呼ばれたの?」
少し口を挟む。これまでの話を聞くと私は関係なさそうだが。
「それについてですが、今回の計画には、旧SRTへの支援も含まれています」
「へえ」「ほほう」
「それでSRT、特にRABBIT小隊に対して、物資支援を行いたいのです」
そこまで気を回してくれるようになったことは、素直に嬉しいものだ。
「ですがカヤさん?聞くところによると、彼女たちはあなたを失脚させた張本人ではないですか?あなたの支援を簡単に受けるとは思えないのですが」
「はい、なので彼女たちとプレローマの間での交流の場を設けます。そこで『ビジネス的に』支援の約束を取り付けて欲しいのです」
「なるほど、体裁の確保は流石にできるようですね。しかし『ビジネス』なら、決裂する可能性もありますよ?」
「構いません、それならそれで策はありますから」
なかなか良い議論ができている……発案するカヤと穴を詰めていくスバル、少なくともひっそりと独断でやっていた頃よりは、実りのあるやりとりだ……。
「いいでしょう、その交流会、引き受けました。ちょうどうちの下級生たちにも場数を踏ませたいとは思っていたので」
「ありがとうございます」
「――それで先生、あなたにお願いなのですが」
「おっ、私だね?何?」
「この交流会、シャーレの発案ということにしてほしいのです」
「どうして?」
「連邦生徒会はRABBIT小隊に対しては、消極的な容認しかできない状態です。このような積極的支援にはぜひともシャーレの名を貸してほしいのです。それに――」
「カヤはRABBIT小隊に合わせる顔がない?」
「うっ……」
まあ当然の反応か……、
「でもちゃんと頭を下げた方がいいと思うけどな?」
「……すみません、ちょっと心の準備をさせてください。それまではどうか……」
「フフッ、分かったよ」
「ありがとうございます」
「じゃあ代わりに約束して?ちゃんと向き合うって」
「……はいはい、分かってますよ!」
そうして、RABBIT小隊とプレローマ安全科との作戦演習がセットされたのだった……
□
そして現在――
「ヴァルキューレの装備更新についてはヒアリングを行い、大方の仕様が整いました。あとは財務室を通せば入札です」
「ほう……首尾がいいですね」
「まあ私にかかればこんなもんです、そちらはどうですか?」
スバルは手元の資料に目を遣って答える。
「まあ、結果から言えば、支援の申し出は断られましたよ」
「そうですか……残念ですね」
「『断られた』ってことはミヤコたちが辞退したってこと?」
「ええ、厚意とて、一学園からバックアップをもらうわけにはいかない、そうですよ」
「なるほどね……」
「まあ、今後ちょくちょく演習する約束はしたので、そういう意味での支援はすることにはなりましたがね」
「ふむ……まあいいでしょう、お疲れ様です」
なかなか完璧に、とはいかないが、悪くはないのではなかろうか?となれば、次だ――
「カヤ、次はどうするつもり?」
「……一応、次に注力すべきなのは入札の成否ですかね。企業連中はあの手この手で潜り込んでくるでしょうから、上手く捌かないと……」
「一人で大丈夫なの?」
「……なんの不安も無いとは言いません、ただ――」
カヤは目を開ける。その瞳には、挑戦的な意思が宿っていた。「大人」に対する反抗――けれども嫌悪ではない感情がそこにはあった。
「ここは、
頼ってくれないのは寂しかったが、これも成長だと思うことにした。
「うん、分かったよ」
「ありがとうございます」
「カヤさん?もういいですか?」
「スバルさん、どうしました?」
「コーヒー、ご馳走しますよ。さっきの一局の約束、忘れました?」
「……そうでしたね、まったく、この私に飲ませるんですから、希少で価値ある豆以外は認めませんよ♪」
「はいはい」
「はいは一回でいいんですよ!」
そう言って2人は出ていった。私は、がらんどうの部屋を一望する。防衛室の空気は昔から知っている訳ではなかったが、心做しか良い風が入ってきている気がした。私は一つ息をついて、踵を返してシャーレに戻った。
お読みいただきありがとうございます。
作戦演習舞台裏編でした。
割とのんびり箸休め回を挟んでますが、そろそろ次章を考えないといけないなと思っています。一応もう1エピソード挟みますがその後くらいにお休みをいただくかもしれません。
何かしら毎週更新するつもりではあるので、余裕があればユーザーページもチェックしていただけると嬉しいです。
それでは次回もよろしくお願いします。感想、高評価もお待ちしております。