Milk Tea ~あなたが教えてくれたこと~ 作:ナナシの新人
7月最後の週末の夕刻、母に着付けを手伝ってもらった浴衣を着て、スタンドミラーの前に立つ。二年ぶりに着た浴衣は気持ち窮屈さを感じる。少し気になる袖口を整えながら、髪はどうしようかなと考えていると、鏡越しに視線を感じた。視線の正体は、二つ下の妹
「お姉ちゃんさぁ」
「なに?」
「やっぱりなんでもなーい、いってきまーす!」
「帰り、駅前のコンビニで待ち合わせだからね」
「はーいっ」
パタパタと廊下を遠ざかっていく足音が聞こえなくなり、代わりに玄関のドアが閉まる音。まったく、返事だけはいいんだから。私も少し急がないと。右肩の前で束ねた髪をヘアゴムで結んで、鏡でバランスチェック。よし。部屋に戻って、用意しておいた手提げ袋を持ち、玄関でスリッパを下駄に履き替える。ドアノブに手をかけたところで、母に声をかけられた。
「
「わかった。行ってきます」
「いってらっしゃい、気をつけて」
玄関を出て、駅へ急ぐ。着慣れていないと浴衣と履き慣れていない下駄の移動は思った以上に大変。いつもの所要時間プラス3分かかって、最寄り駅に到着。駅前のベンチで待ち合わせの約束をした
「お待たせ。
「まだ。もうすぐ時間だけど」
待ち合わせ時間まであと10分を切り、私たちは駅構内へ移動。私たちと同じ花火大会の会場へ向かうであろう多くの人たちが抜けて行く改札付近で待っていると、私たちのスマホへ同時にメッセージが届いた。メッセージの送り主は、
「もっと早く連絡しなさいよ、まったく。行こ」
「あはは⋯⋯」
「どうしたの? 電車来るよ」
「ごめん。定期忘れちゃった、先に行っててー」
「切符買えば――」
「お小遣いピンチなの。
「はぁ、駅南で待ってるから」
「うん。後でね」
夏休み前の放課後
「
「ん? ああ⋯⋯、
鎖骨が少し見える白い長袖シャツの広めの襟元を右手でパタパタさせ、一度逸らした視線を再び私と合わせる。
「ひとり?」
「うん、
「一緒に行ってくれてよかったのに」
「ふたりの邪魔しちゃ悪いかなって」
「そっか、じゃあ行こっか」
頷く。北口の改札を抜けて、在来線の下りホームへ。通学とは逆方向へ向かう電車を、黄色い線の内側の地面に数字番号が振られた停車位置に出来ている列に並んで待つ。
「
「練習試合だって。終わったら来るって言ってたけど」
――近い、汗のにおいしてないかな。彼の胸と私の肩が触れ合う高さと距離。自宅を出る前にケアはしてきたけど、電車に乗る前にもう一度ちゃんとしておけばよかった、と今さら後悔。私の後悔を乗せた電車は定刻通り、隣町の駅へ到着した。同じ駅で降りる人たちに押し出されるように下車。電車を降りた大勢の人たちが向かう改札口への動線の波を外れて、ため息を吐く。
「はぁ」
「もしかして、臭った?」
「ふぇっ!?」
咄嗟に一歩後ろに下がって距離を取り、自分の鼻に手を持っていく。手首? 腋? 首? もしかして、胸元⋯⋯浴衣に手をかけようとする必死な私を見て、
「違う違う。俺が」
「えっ? あ、あー⋯⋯」
とんだ早とちり。冷静に思い返せば、
「そう? よかった。あ、空いてきたね」
「二人、駅南で待ってるって」
利用者が少なくなったエスカレーターで上層階へ移動した先の改札を抜け、廊下を渡って駅の南口へ。駅を出てすぐのロータリー脇のベンチに、二人は居た。二人は、いつかの放課後のように談笑していた。このまま二人きりにしておいてあげたい。そう思って
「どうしたの?」
「う、ううん、なんでもない⋯⋯」
答えて、私は視線を落とす。
立ち止まっている私たちに気づいた
「おそい。てか、
「駅前で偶然会った。
「ああ、現地から直で――」
――聞け、なかった。駅の噴水の前で、
「
「えっ?」
「なにぼーっとしてるの、行くよ」
「あ、うん」
車道を挟んだ線路沿いの歩道を花火大会の会場へ向かいながら話しをして歩き、幅の広い川にかかる橋を渡って、屋台が立ち並ぶ打ち上げ場所の対岸の河川敷に到着してもまだ、夏の空は明るい。
今はまだ、これから見物客はますます増える。ジャンケンで場所取り係と買い出し係に分かれて、別行動することになった。私は場所取り係、それはいいんだけど⋯⋯なんで、1/3の確率引いちゃうんだろう。
「人、多いな。あっち行くか」
「あ、そっちは橋の陰で見えない」
時間の経過と共に増えていく人の数にややうんざりした様子で呟いた
「そうなん? 詳しいのな」
「子供の頃家族で来たことあって」
「ふーん。その時、どこで見たの?」
「あっちの方」
踵を返し、思い出を頼りに足を進める。屋台が立ち並ぶ河川敷を離れて、今日は歩行者専用になっている田畑が広がる広域農道の縁石に腰を掛け、開いた地図アプリの現在地のスクショを二人に送る。スマホを手提げにしまいながら、二人分ほど間を空けて縁石に座っている
「よかったの?
「ただの買い出しじゃん。言いだしたの、あいつだしな」
それは、そうなんだけど。でも、自分の彼女が他の男子と二人きりで買い物とか気になりそうなものだけど。とにかく、二人が来るまで間を繋ごう。話題になりそうなことを探す。ぱっと目に入った、ばっちりセットされた髪の毛。
「バイト⋯⋯」
「何?」
「バイト、なにしてるのかなーって」
「なんだと思う」
逸らさず私の目をまっすぐ捕らえる力強い瞳、端整な横顔、風に乗って微かにシトラス系の香水の爽やかな匂いが香る。
「ホストとか?」
「なんでだよ。俺、未成年。たまに、天然発言するよな」
そんなことありませんけど。セットされた髪なのにラフな普段着だから、バイト先は制服が用意されてそうってなんとなく思ったからで。毛先遊ばせて、ちょっとチャラいし。その理由も、バイトと関係していた。彼のバイトは、読者モデル。予想外でびっくりはしたけど、一年の時頻繁に髪の色が変わったり、パーマかけたりしていた時期があったことも納得いった。
「部活とバイトの掛け持ち、大変だね」
「別に、好きでやってることだからな」
「そうなんだ」
座ったまま両膝を両手で抱え、少し首を傾けて、
部活も、体育祭も、誠実に取り組む人⋯⋯それなのに――。
彼の体の向こう側から近づいて来る影がひとつ、
「お待たせ。テキトーに買ってきた。
「後でいいよ。先に選んで」
「そ? じゃあ、はい、好きなの取って」
私と
「焼きそばにするか。マヨネーズいるよな」
「うん、ありがと。お箸」
「サンキュー。
「自販機で飲み物買ってから来るって、そこの角のところ」
「私も行ってくる。ビニール袋貰うね、何がいい?」
「水、頼む」
「私、果汁系のジュースお願い」
「はーい」
焼きそばのパックが入っていたビニール袋を持って、座っていた縁石から立ち上がり、数メートル離れた場所で振り返る。
ひとつの焼きそばをシェアする、二人。
部活も、体育祭も、誠実に取り組む人――友達の恋人。
それなのに、あんなに仲のいい彼女が居るのに、例え冗談でも「付き合おう」とか言ってくるのは理解できない。
――だから、もう⋯⋯あの子を不安にさせるようなこと言わないで⋯⋯。
心の中で想いながら角を曲がった先の自動販売機の近くに、
遠くで微かに聞こえた拡声器のアナウンスを合図に空から視線を戻した
直後、空に向かって一筋の光が伸び、一瞬の静寂の後、大きな発破音と共に光り輝く大輪の花が夏の夜空に花開いた。
――どうして、だろう。
夜空を見上げる彼の横顔が、どこか儚く、物悲しそうに思えたのは⋯⋯。