筋金入りのコミュ障ラスボスがRPGの無口系主人公だと思われる勘違いモノ。   作:勘違いモノ大好き!

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プロローグ

 

 異世界に転生した。

 剣と魔法があり、モンスターがいれば、冒険者なんて職もある。

 異世界もののラノベでよく舞台になるファンタジーの世界で、第二の人生が始まったのだ。

 生まれて初めて見た魔法は想像以上にカッコよかったし、モンスターは迫力がある。

 金銀財宝が眠る無数のダンジョンはロマンがあるし、空飛ぶ城や漆黒のドラゴンなど、男心をくすぐるモノも沢山あって。

 だが、それらよりも心惹かれる存在があった。

 

 それは、魔王と勇者。

 魔物の頂点に君臨する魔王と、聖剣に選ばれし勇者。

 1000年おきに生まれる両者が、互いの陣営の命運を賭けて戦う。

 そんな設定……もとい概念が存在する。

 そう。

 この世界はナーロッパではなく、某国民的コマンドバトルRPGよりのファンタジー世界だったのだ。

 

 その事を知った俺は、一つの衝動に駆られた。

 俺は……勇者パーティの一員になって世界を救ってみたい!!!!

 人類の希望である勇者パーティを支える屋台骨になり、彼らの物語をすぐ側で見てみたい!!!

 異世界転生者である事を活かして、冒険の最中で思い悩む勇者達の精神的支柱に……頼れる兄貴分的なポジションになりたい!!!

 そして、あわよくば色んな人達から尊敬される英雄になりたい!!!

 

 だからこそ、必死に努力した。

 不幸にも魔法の才能は無かったので、毎日のように剣を振り、体を鍛える。

 規則正しい生活を送り、食生活にも気を使う。

 そうする事で、俺は筋骨隆々の戦士然とした肉体と、卓越した剣技を手に入れた。

 だがしかし。

 一向に、魔王は現れない。

 奴の存在は空想の産物なのではないかと疑う程度に、世界は平和だったのだ。

 

「……退屈で、死にそうだ」

 

 湖畔の辺りで寝っ転がりながら空を眺める。

 ファンタジー世界は、娯楽が少ない。

 ネットも無ければ、漫画やアニメもない。

 小説は文が固くて、学のない俺では楽しめない。

 カジノは未成年なので、論外……と、元現代人である俺には中々に辛い環境だった。

 そのため、鍛錬以外の時間は休養も兼ねて、ぼーっとしている事が多い。

 暖かな日差しを浴びながら、野外で昼寝をするのは前世では出来ない特別な時間……。

 

「…………」

 

 今にも眠ろうとしている俺を見下ろす1人の少女。

 一つ結びにしている銀色の長い髪。

 生気が宿ってない赤い瞳。

 端正な顔立ちに能面のような表情。

 そして、1000年前に魔王を討ち滅ぼした勇者の末裔である事を示す紋章を右の手の甲に宿す。

 そんな彼女の名前は、マオ。

 俺の幼馴染であり……正真正銘の勇者である。

 

「そろそろ時間なのか?」

 

「…………」

 

 マオは、こくりと頷く。

 そうする事で、肯定の意を示しているのだ。

 出会った時から、彼女はずっとこう。

 基本的に一言も喋らず、頷くか首を振る事で、コミュニケーションを試みる。

 何故、言葉を発さないのか。

 理由は分からないが、俺は気がついている。

 恐らく、いや、間違いなくマオは、RPGでよく居る無口系の主人公なのだ。

 NPCとの会話の時に「はい」「いいえ」でしか話せなかったり、如何なる時も無表情で、置かれている状況などを仲間に説明させるタイプの。

 故に、マオは話せない。

 特別な事情とかは無しに、そういう物だから。

 合理的な理由などはない……俗に言う、お約束って奴なのだ。

 

 察するに、この世界には原作がある。

 それこそ、異世界もののラノベでよくあるゲームの世界に転生したパターンで、そのゲームの主人公がマオという事なのだろう。

 きっと、そうに違いない。

 というよりも、そうであって欲しい。

 ……いずれにせよ、彼女が勇者かどうかは今日分かる事だ。

 ミグドレニア王国に住む15歳の子供が例外なく受ける行事。

 聖剣が勇者を選ぶ、選定の儀式によって。

 

 

 

 

 

 

 

「すごい人だな。俺達の順番はまだまだ先そうだ」

 

「…………………………」

 

 マオは、こくりと頷く。

 1000年ほど前に魔王を討ち取った勇者を模した像の下に置かれている聖剣。

 その前には多くの少年少女が並んでいて、長蛇の列が形成されている。

 王都の中心の広場で行われる選定の儀式。

 一年に一回の一大イベントであるため、勇者の誕生を見たいと願う観客も多いようだ。

 

「選定の儀式の列はこちらです。自分の順番がやってくるまで、暫しお待ちください」

 

 係員のお姉さんに誘導された俺達は、列の最後尾に並ぶ。

 俺の記憶が正しければ、選定の儀式に望む者に与えられた所要時間は1分ほど。

 そして、現在並んでいる挑戦者は150名くらいなので、単純計算でも2時間半は待つことになる。

 当然、暇つぶしも無ければ、マオも無口なので……俺と彼女の出逢いの回想でもするとしよう。

 

 今からおよそ、7年前。

 当時8歳だった俺は今と何も変わらず、勇者パーティの一員目指して鍛錬に明け暮れていた。

 年齢が幼いこともあり、負荷がかかるトレーニングは出来ないため、基礎体力作りに励む。

 その日も、湖のほとりでひたすらに走っていた。

 

「…………」

 

 そんな俺を無言で見つめる少女。

 ボサボサで伸びっぱなしの銀髪で目が隠れている彼女は、いつ来てもこちらをじっと眺めていた。

 

「どうした? 俺に何か用でもあるのか?」

 

 だから、話しかけた。

 もしかして、ひたむきに鍛錬している俺に一目惚れしたのではないか。

 そんな淡い期待を胸に。

 

「…………」

 

 依然として、少女は話さない。

 視線をこちらに向けたまま。

 身振り手振りもせず、意思疎通しようとする素振りすら見せない。

 その姿を見て、俺は考えた。

 きっと、この子は何らかの事情があって話すことが出来ない。

 もしくは、生まれてきた環境が劣悪すぎて、コミュニケーションという概念すら知らないのかもしれない……と。

 実際、前世と違って義務教育が無いこの世界では、文字すら読めない子供が多かった。

 貴族ならばともかく、田舎の農家生まれなどは文字に触れる機会が極めて少なかったり。

 酷い場合には、食うに困って子供を捨てたり、奴隷商人に売ったりするケースもあった。

 

「親は居ないのか?」

 

 少女はこくりと頷く。

 どうやら、言葉は通じるようで安心した。

 最低限の意思疎通が出来ないと、どうにもならないからな。

 

「ずっと一人で生きているのか?」

 

 少女はこくりと頷く。

 ……なるほど。

 だから、髪は伸びっぱなしで、ボロ切れのような服を着ているのか。

 もっと言うと、濡れた犬のような匂いがしてちょっと、いや、かなり臭い。

 

「なら、俺が世話になってる所に来るか?」

 

 少女はこくりと頷く。

 こうやって、俺と彼女の縁は始まった。

 

「まずは体を洗って、髪を切って、後は服装もどうにかしないとな」

 

 親に捨てられた子供達が集まる教会で、少女の身なりを整える。

 流石に俺が体を洗うのは問題なので、親代わりのシスターに頼んで洗ってもらう。

 石鹸を一つ丸ごと消費したが、濡れた犬のような異臭は消え失せた。

 

「ここの子供達の髪を切るのは俺の役目なんだ。自分で言うのも何だが、良い腕だろう」

 

「…………!」

 

 前世は床屋の息子だった俺が、丁寧に髪を切る。

 そうすると、見違えたように可愛くなった。

 と言うよりも、少女は元々整った顔立ちを有していた。

 目が隠れていたので、気づかなかったけれども。

 

「女の子の服って、物凄く高いんだな……」

 

「…………♪」

 

「でも、喜んでるなら、いいか」

 

 小遣いをはたいて、服を買ってやった。

 想定よりも値段が高く、せっせと貯めていた金はなくなってしまったが……無表情ながらにご機嫌な美少女の姿が見れたので良しとする。

 

「お前、名前はなんて言うんだ?」

 

「…………」

 

 相変わらず、少女は何も言わないが、その代わりに地面に木の棒で文字を書く。

 拙い字で「マオ」と。

 ……文字の読み書きができるのか。

 思っていたよりも少女、ではなく、マオは頭が良かった。

 

「ずっと俺にべったりだけど、同世代の女の子と一緒に遊んだ方が楽しいんじゃないか?」

 

「…………!」

 

 ふるふると首を振る。

 どうやら懐かれたようで、出会ってからというもの、マオは俺から離れない。

 トイレや風呂以外は四六時中一緒。

 別の部屋なのに、寝る時はいつの間にか布団に潜り込んでくるくらいだった。

 だが、悪い気はしない。

 何と言っても、マオは超絶美少女。

 可愛い女の子に好意を向けられて、嫌な気持ちになる男なんて居ないもんだ。

 

「きついなら、無理に付き合わなくたって良いぞ」

 

「…………」

 

 見てるだけだったのにも関わらず、訓練も一緒に行うようになった。

 膨大な距離を共に走る。

 何回も隣で剣を振る。

 そうする内に、みるみると彼女は成長していく。

 訓練すればするほど膂力も体力も天井なしに向上し、剣を振る度に動きが洗練されていって。

 ……あっという間に、俺を超えてしまった。

 たった数ヶ月しか訓練していないのに。

 そして、俺は一つの推論を抱く。

 

「マオ。もしかして、お前……勇者なのか?」

 

 前々から疑問を抱いていた。

 マオの右の手の甲には謎の紋様がある。

 1000年前の勇者、或いは1000年前の魔王に刻み込まれていた物と類似している紋様が。

 孤児院に置いてある本によると、魔王と勇者は因果によって結ばれた存在。

 どちらかが生まれた途端に、もう片方も生まれる。

 それも、全く同じ紋章を持って。

 ……諸説あるため、確定とは言えない。

 しかし、仮にこの話が正しければ、マオは勇者或いは魔王という事になる。

 そして、彼女には魔族のようにツノが生えてたり、謎の羽が生えてたりしないので、少なくとも人間ではある筈。

 となれば、答えは一つ。

 マオこそが現代に生まれた勇者。

 Q.E.D. 証明終了。

 

「お前……魔王じゃなくて、勇者なんだろ?」

 

「…………」

 

「マオって名前だからって、実は人間のふりした魔王でした……という展開とかないよな!!!」

 

「…………! …………!」

 

 絶対に違う。

 そう言いたげにマオは首をぶんぶん振る。

 やっぱり、そうなのだ。

 マオは魔王なんかじゃない。

 その上で、俺たちはきっと……運命に導かれて出逢ったのだ。

 そうと決まれば話は早い。

 15歳の選定の時まで訓練を続け、二人揃って魔王討伐の冒険に出る。

 そして、俺達は世界を救う英雄になるのだ……。

 

「うおおおおおおおおお!!!!!!!!!!」

 

 気持ちよく回想に浸っている俺の意識が、凄まじい歓声によって現実に引き戻される。

 何なんだ一体……あと少しで、俺とマオがイチャイチャしながら修行するパートだったのに。

 そう思い、目線を前に向ける。

 

「え、なんで……私が……?」

 

 すると、俺とマオの目の前で、煌々と光り輝く聖剣を手にした黒髪の少女の姿があった。

 現実が受け止めきれていないのか、彼女は呆然と立ち尽くしていて。

 俺も、呆然と立ち尽くしている。

 

「千年ぶりに聖剣が引き抜かれたぞおおおお!!! 片田舎の農村出身の少女、ユーシャ・ククルシカによってえええええ!!!」

 

 謎に丁寧な説明口調で、叫ぶ観客。

 今この瞬間も鳴り止む事のない大歓声。

 歓喜に沸き立つ人々は陽気なビートを刻む。

 フロアの熱狂は最高潮だったけれど、ここにはターンテーブルで楽曲を流すDJは居ない。

 俺の心の中には、雨が降りしきっていた。

 

「まじ……かよ」

 

 何だよ……本当に何なんだよ!!

 まさか、勇者が現れてしまうなんて!!!

 しかも、よりによって名前がユーシャ!?!?

 如何にも、聖剣に選ばれる定めを持って生まれてきましたって感じがプンプンする素晴らしい響きの名前じゃないか!!!!

 親に感謝しろ、クソが!!!!!

 

「…………」

 

 すぐ隣を見る。

 マオは依然として無表情。

 この時ばかりは、長年の付き合いがある俺でも何を考えているのか分からない。

 

 マオは、勇者では無かった。

 となると、紋章を持つ彼女は魔王……という事になる。

 もちろん、確定という訳ではないが、その可能性は確かにあるのだ。

 

 仮にそうだった時、俺はどうする?

 勇者パーティの一員になるという夢に従って、マオを殺す事が出来るか……?

 ……いや、絶対に出来ない。

 彼女とはもう7年の付き合い。

 情は湧いているし、夢よりも大切だ。  

 もしも、マオが人類の敵であったとしても、俺は絶対に彼女の味方をする。

 

「…………」

 

「な、何ですか……?」

 

 そう心に決めていると、不意にマオがゆっくりと歩み始め、聖剣を引き抜いた少女の前に立つ。

 

「…………!」

 

「あっ、えっ? な、何を!?」

 

 そして、聖剣をひったくり、台座に突き刺した。

 選定の儀式はまだ終わっていない。

 まだ私が居る……と、言わんばかりに。

 

 ……この子は何をやっているのだろう。

 もう訳が分からない。

 あまりにも突飛で理解不能な行動。

 それを前にした観客は騒然とし、これ以上ないほどに剣呑な雰囲気が漂い始める。

 そうなるのも当然だろう。

 勇者誕生で沸き立つ中、空気を読まずに聖剣を奪い取る存在。

 謂わば、迷惑系Y◯uTuberの如き存在。

 純粋に楽しみたい人からしたら、邪魔で邪魔で仕方がない筈だ。

 正に、アウェー極まれり。

 マオにとっては、地獄のような状況だった。

 

「…………」

 

 しかし、マオは意に介さない。

 表情筋一つ動かす事なく、聖剣の柄に手をかけ。

 

「…………!!!!」

 

 勢い良く、引っ張りあげようとする。

 私は魔王ではなく勇者だ、とでも言いたげに。

 ……そうか、そうだよな。

 マオが魔物の頂点に立つ人類に仇なす存在だなんて、そんな訳がない。

 今まで、ずっと一緒にいた俺なら分かりきっていた事なのに、何を考えていたのだろうか。

 勇者が二人現れるなんて、あり得ないと思う。

 それでも、きっと彼女ならば……!

 

「…………!!!!!!!」

 

 次の瞬間、聖剣が引き抜かれる。

 そして、マオは手の中にある聖剣を誇示するかのように高々と掲げた。

 

「うおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」

 

 本日二度目の大歓声。

 大勢による盛大な手のひら返し。

 360度の回転。

 みんなの手首はもうボロボロだった。

 

「二人目の勇者が現れるなんて、前代未聞の珍事!!! これから一体どうなっちまうんだああああ!!!」

 

 王都の広場の盛り上がりは限界を超える。

 だが、そんなのはもうどうでもいい。

 とにかく、今は感動に浸りたかった。

 やはり、俺の幼馴染は「勇者」なのだと……全人類に伝えたかったのだ。

 

 ◇

 

 私は「魔王」である。

 何故か、生まれた時からそんな自覚があった。

 あらゆる魔物を隷属させる能力を持つ唯一無二の存在だと、誰に言われるまでもなく理解しており。

 己の名も誰に言われるまでもなく「マオ」であると、確信していた。

 

「……マオウサマ、ショクジヲオモチシマシタ」

 

「…………」

 

 私には両親が居なかったが、生きるのには困らなかった。

 指示せずとも、魔物が食べ物を持ってきてくれたり、寝床を用意してくれたから。

 およそ人間らしい生活とは言えないが、生命活動を続けるには十分。

 寧ろ、知能の高い魔物に読み書きを教えて貰えたりもするので、辺境の地に住まう子供達よりも、恵まれているくらいだったけれど。

 それでも、満たされない。

 私は、いつも一人ぼっちだった。

 もちろん、魔物は側にいてくれるが、彼らは私を見ていない。

 育ててくれるのも「魔王様には従わなければならない」という本能に従っているだけで。

 私という一個人に目を向けている訳ではない。

 魔王ではない私には興味がないのだ。

 

「今日は何する?」

 

「久しぶりに追いかけっこしようぜ。ボール遊びはもう飽きた!」

 

「…………」

 

 毎日毎日飽きることなく。

 住処の付近で楽しそうに遊ぶ子供達の姿を眺めた。

 輪の中に入りたいと思いながら。

 自分も一緒に遊びたいと願いながら。

 

「こっち見てるけど……何なの、あいつ?」

 

「身なりが汚ねーし、捨て子か何かだろ。バイ菌が移るから、あっちいこーぜ」

 

 しかし、私はとことん避けられた。

 彼らの言う通り、私は身なりが汚い。

 ボロ切れを身に纏い、髪は伸びっぱなしで、匂いだって臭いだろう。

 更に、一言も喋らずにじっと見てくる。

 そんな人間に近づく人なんて居ない。

 明らかに、まともな環境で育っていない子供を避けるのは、至極当然の判断。

 その事は分かっている。

 分かっているのだが……寂しいものは寂しい。

 私だって、好き好んで魔王になった訳ではない。

 至って普通の家庭に生まれて、人並みの人生を歩みたかった。

 年相応の子供らしく友達と遊んだり、お洒落だってしてみたかった。

 けれども、私は人ではなく魔王。

 魔物を従える人の形をした化け物。

 いずれ、因果で定められた片割れ……勇者に殺されるだけの存在。

 願いは一生叶わないと、そう思っていた。

 

「どうした? 俺に何か用でもあるのか?」

 

 ひたすらに駆け回る子供を眺めていたら、不意に話しかけられる。

 生まれて初めて、人に声をかけられた。

 

「…………」

 

 驚きすぎて声が出ない。

 それでも、視線は外さない。

 最初で最後のチャンスだと、思ったから。

 

「親は居ないのか?」

 

 こくりと頷く。

 

「ずっと一人で生きているのか?」

 

 こくりと頷く。

 

「なら、俺が世話になってる所に来るか?」

 

 こくりと頷く。

 すると、少年はにこりと微笑んでくれた。

 こんなにもあっさりと、誰にも見向きされなかった私を受け入れてくれたのだ。

 本当にとんとん拍子過ぎて現実味に欠けている。

 だが、私が孤独で無くなったのは事実。

 ……こうやって、私と彼の縁は始まった。

 

「ここがノータリア孤児院。これから、君が住む場所だ。年季が入った建物だが、それもまた趣がある……なんて事はないな。ただボロいだけだ」

 

「…………」

 

「俺も君と同じ親に捨てられた立場で、ここにはそういう事情の子供が集まってる。だから、すぐに馴染めると思うぜ。この場所に世話になってる皆は、同じ境遇の子に凄く優しいからな」

 

 依然として私は何も喋らない。

 でも、少年は微塵も不快感を露わにしなかった。

 何故、喋らないのかとも尋ねてこない。

 良い意味で気を遣ってくれているのが伝わってきて、心が暖かくなった。

 

「まずは体を洗って、髪を切って、後は服装もどうにかしないとな」

 

 少年は、沢山の物を与えてくれた。

 水浴びしかしてこなかった私の体を石鹸で清めたり、一度も切っていなかった髪を整えてくれたり、高価な洋服を買い与えてくれたり。

 人間の文化は想定していたよりも高度で、一度体験したら元の生活には戻れない。

 

「俺の名前はセンシ。これから宜しくな、マオ!」

 

 というよりも、戻りたくない。

 手を差し伸べてくれた少年はどこまでも優しくて、私は人の暖かみを覚えてしまった。

 出来ることなら、センシとずっと一緒にいたい。

 以前のように一人ぼっちになるのが怖いから、片時も離れたくない。

 もっと言うと、2人で色んな場所に行って、様々な体験をしてみたい。

 そうやって、絆を深めて行って……最終的には結ばれて二人で幸せになりたい。

 そのためならば、私は何だって出来ると、心の底から思う。

 それくらい、私は彼の事が好き。

 本当に、大好きになってしまった。

 

「いつか、俺は勇者パーティの一員になりたい」

 

 センシはこの言葉が口癖で、毎日のように厳しい鍛錬を行っている。

 だから、私も付き合うようになった。

 理由は至極単純で、少しでも同じ時間を共有したいからというのと、私も勇者パーティの一員になれれば、大人になっても一緒にいられるから。

 何度も一緒に走り、何度も隣で剣を振る。

 訓練は好きではないけれど、センシと2人なら苦では無かった。

 そのような日々を送る内に、私はめきめきと力をつけていく。

 一日中走っても微塵も疲れず、素手で簡単に岩を砕けるほどに。

 あまりにも異常な成長速度。

 これも魔王である所以かもしれない。

 そう思っていた、ある日の事。

 

「マオ。もしかして、お前……勇者なのか?」

 

 突拍子もない疑問を投げつけられる。

 センシ曰く、私の手の甲にある紋章は勇者或いは魔王である事を示す物らしい。

 知識が少ない私はそんな事を知るわけもなく、物凄く焦りを感じた。

 前述した通り、センシは勇者パーティの一員になる夢を持っている。

 そして、勇者パーティは魔王を討伐するために結成されるもので……馬鹿正直に勇者ではないと言ったらどうなるだろうか。

 勇者ではないという事は、魔王であるという事。

 半ば自動的にそう解釈され、何故黙っていたんだ……と言われるだろう。

 最悪の場合、殺意を抱くかもしれない。

 ……今まで優しかった彼が、剥き出しの敵意を向けてくる。

 その事を想像するだけで、全身が震えてしまう。

 こうなるまで、自分で言わなかったのが悪い。

 それは重々承知しているが、魔王である事を白状するのは、どうしても出来なかった。

 

「お前……魔王じゃなくて、勇者なんだろ?」

 

「…………」

 

「マオって名前だからって、実は人間のふりした魔王でした……という展開とかないよな!!!」

 

「…………! …………!」

 

 ぶんぶんと首を縦に振る。

 要するに、私は嘘をついたのだ。

 いつか必ずバレてしまう出来の悪い嘘を……。

 

 

 

 

 

 

 

「すごい人だな。俺達の順番はまだまだ先そうだ」

 

「…………………………」

 

 心臓が激しく鳴っている。

 いつも通り、無表情でいられてるだろうか。

 今日は、選定の儀式が行われる。

 多くの人にとっては、聖剣に選ばれる勇者の誕生を心待ちにする記念すべき日だが。

 私にとっては、長年隠し続けてきた嘘が白日の元に晒される最低最悪の日。

 センシに嘘をついた日から、彼は今の今まで私が勇者であると思い込んでいる。

 喋れないのもただコミュ障なだけなのに勇者だから話せない……なんて意味わからない事を言っている。

 今日になるまで、何度も真実を話そうと思った。

 けれども、ビビって話せない。

 私は……何かあったらすぐに割れてしまうガラスのハートの持ち主だったのだ。

 

「選定の儀式の列はこちらです。自分の順番がやってくるまで、暫しお待ちください」

 

 笑顔が素敵なお姉さんに案内されて、選定の儀式に望む子供達の列に並ぶ……。

 

 どうしようどうしようどうしよう!!!!

 この状況、本当に不味すぎる!

 私に順番が回ってくるまで後2時間半。

 それまでに、この状況をどう切り抜けるかを考えなくてはならない。

 ……考えつくか?

 学がなければ、発想力もない。

 生まれた時は魔物に、センシと出会ってからは彼に。

 ずっと他人に甘えて生きてきた私に、完璧な作戦が……いや、考える他に選択肢はないのだ。

 腹を括るしかない。

 私は魔王。

 生まれながらに魔物の頂点に立つ存在。

 こうやって書くと威厳があって賢そうだし、きっと何とかなる……。

 

「え、なんで……私が……?」

 

 何とかならなかった。

 その上、よりによって、私やセンシの目の前で聖剣が引き抜かれてしまった。

 ユーシャという名の……本物の勇者の手によって。

 魔王である私がマオで、勇者である彼女がユーシャ。

 幾ら何でも名前が安直すぎる。

 きっと神様はその場のノリと勢いで名前を付けたに違いない。

 あまりにもネーミングセンスが無さすぎる。

 

「まじ……かよ」

 

 センシの視線がこちらに向けられる。

 彼の表情は苦しそうだった。

 恐らく、私が嘘をついていた事に気がついて、感情がごちゃごちゃになっているのだろう。

 本当に、申し訳ない気持ちで胸が一杯になる。

 ……これから、どうなってしまうのかな。

 センシは私を軽蔑する?

 大嫌いになって、絶交を言い渡す?

 そうしたら、私はまた一人に……と考えた刹那。

 無意識に体が動いていた。

 私は駆け出していたのだ。

 

「…………」

 

「な、何ですか……?」

 

「あっ、えっ? な、何を!?」

 

「…………!」

 

 勇者から聖剣を奪い取り、台座に突き刺す。

 全ては、選定の儀式をやり直すために。

 本当に、もうヤケクソだった。

 とにかくセンシに嫌われたくない一心で、剣の柄を両手で握り締める。

 

「…………!!!!」

 

 今の自分に出せる全力で、無理やり聖剣をひき抜こうとする。

 けれども、表情はクールに。

 観客からすると、さほど力を入れてない風に見えるように意識する。

 パワーで引っこ抜いた事がバレてしまったら、意味がないから。

 あくまで普段の私のまま……勇者になってみせる。

 

『魔王よ。貴公では我を引き抜けぬ。潔く諦める事だ』

 

 脳内に威厳のある声が響く。

 多分、聖剣が語りかけているのだろう。

 だが、そんなのは知らない。

 より一層強く、剣の柄を握り締める。

 

『無駄な足掻きを続けるとは何と愚かな。貴公がその気なら、受けて立とう。如何なる力自慢にも勝利し続けた我の力を思い知るが良い……』

 

 両脚で踏ん張る。

 両腕で引っ張る。

 その行為に全神経を注ぐ。

 

『ぐ、うう……それ以上は止めろ……ちょ、ちょっと、ちょっとタイム! 落ち着いて脳筋魔王! そろそろ折れる……折れちゃうからぁ!』

 

 聖剣から威厳が無くなる。

 その姿を見て、確かな手応えを感じた。

 聖剣本体が折れるのが先か、聖剣の心が折れるのが先か。

 何も罪のない哀れな聖剣にとって、最悪なデスマッチが始まった。

 同情を禁じ得ないが、自分のために止まるつもりはない。

 一応、心の中で謝罪を述べる。

 誠にごめんなさい。

 

『……ああああ!!! 分かった分かった分かりました! 大人しく抜かれるからもう許してよぉ!』

 

 台座から聖剣が引き抜かれる。

 だが、勇者の時のように光り輝かない。

 これでは、あらぬ疑いを持たれてしまう。

 

『……ねぇ』

 

『え……なんで念話が使えんのこいつ、じゃなくて! な、な、何か御用でしょうか魔王様っ!』

 

『勇者の時みたいに光って。さもないと』

 

『はい! 分かりました、光る、光りますから! どうか折るのだけは勘弁してください! ……うう、なんであたしがこんな目にぃぃぃ……』

 

 脅しをかけると、聖剣は光り始める。

 それを確認した私は高々と剣を掲げた。

 自分は魔王ではなく勇者なのだと、センシに伝えるために。

 

 これで、ひとまずは危機を切り抜けられた。

 けれど、一安心とはいかないだろう。

 今日の出来事は、序章に過ぎない。

 私はこれから、死ぬまで魔王である事を隠し続けなければならないのだから。

 その日々は絶対に楽ではなくて、辛くて苦しいものになるだろうが……もう引き返せない。 

 

「二人目の勇者が現れるなんて、前代未聞の珍事!!! これから一体どうなっちまうんだああああ!!!」

 

 王都の広場は大盛り上がり。

 こんなに目立ってしまった以上、今更私は魔王です……なんて言えるわけがない。

 そんなことを堂々と言ったら、速攻で打首、或いは市中引き回し。

 どう足掻いても死は免れない……やっぱり、こうなる前にセンシに言った方が良かったかも。

 今になって、そう思ってしまう自分がいた。

 




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