転生したら美少女VTuberになるんだ、という夢を見たんだけど? 作:蘇芳ありさ
転生したと言われましても
……目を覚ますと不思議な世界にいた。
足元にはどこまでも広がる雲海。頭上には数えきれないほどの地球を浮かべた空。そして目の前にはSFじみた遠未来的巨大都市を背景として、とても友好的な笑みを浮かべるお爺さんと女の子が口を開こうとしていた。
「ようこそ主の子らよ。私の名前はミカエル。主にそなたら人類を守護するよう命じられた
「わ、私の名前はアーリャ。ミカエル様に貴方を導くよう命じられた新参の天使よ。よ、よろしくね」
「は、はぁ……」
思わず気の抜けた返事をしてしまったが、どうか勘弁してほしい。
なんせこっちはブラックすぎる企業に酷使されること10数年。しっかり体を壊して入院することおよそ2年。地獄のような闘病生活がようやく終わりをつけたところに、こんな光景に出くわして……って、あれ? 俺って死んだんだよな?
「ふむ。どうやら彼はかなり混乱しているようだ。アーリャよ。彼を落ち着けるところに案内して、まずは現状を理解してもらうことを優先なさい」
「はい、ミカエル様。……さあ、どうぞこちらに」
「えっ、ええと……おわっ!?」
なんてやってたら、笑顔の女の子に両手を握られて盛大にパニック。苦笑するお爺さんの姿が消えたかと思ったら、なんか、オフィスの休憩室のような部屋に飛ばされることになった。
「まずはこちらのお茶でも飲んで、気持ちを落ち着けてください」
「あ、これはどうも……」
混乱するこちらを他所に、親切な少女は良い香りのするお茶を勧めてくるが、完全に落ち着くのは無理かもしれない。
なにしろ自分は女性とは縁のない人生を過ごしてきた30代のおっさんである。
こんなに若くて綺麗な娘さんに手を握られたのはもちろんのこと、笑顔で話しかけられたのも初めてである。どう接して良いのか判らないのが普通だろう。
……とは言っても、自分も社会に出てそれなりの人生経験を積んできた身だ。彼女の態度が社交的礼節によるものだと割り切ることさえできれば、それなりに落ち着く。
時間にして数分。彼女が差し出したお茶を飲み終わるころには、動転していた気持ちもなんとか落ち着きを取り戻してくれた。
「落ち着きましたか? それではミカエル様の命により、まずは貴方の現状から説明します」
そんな自分を温かく見つめて、アーリャと名乗った少女は説明してくれた。
自分が死んだことを。ここが天国と呼ばれる場所であることを。そして寿命を全うせず亡くなった自分は、新たな人生に旅立つ必要があることを……。
「ご理解いただけましたでしょうか? 貴方はこれから生まれ変わって新たな人生を歩んでもらうことになります。はい、分かりやすく言うと、いわゆる転生ですね。それをしていただきます」
「なるほど……転生って本当にあったんですね……」
「ええ、あまり一般的な知識ではないと思いますが……いえ、貴方の国では割りと有名では?」
「はい、異世界転生物っていうんですか? 事故かなんかで異世界に生まれ変わって活躍する漫画や小説、アニメがあるのは知っています。ですが実際にそうしたものがあると信じているかというと……」
「……まぁ、そうですよね」
天国。天使。そして転生──。
いまだに信じられない気分ではあるが、否定できる根拠もまた無いため、今はそういうものだと割り切って彼女の笑顔に恐縮しながらも拝聴を続ける。
「戸惑うかもしれませんが、転生自体は古くからあるシステムです。一度きりではなく、数多の人生を経験することで霊的な高みに到達する。主が貴方たち人類に望んでいることです」
なるほど。そう考えると自分の人生も無意味ではなかったのかと、安心したような気持ちになる。
「通常は、生前と同じ時間を回想に費やす反省期間というものがあります。自分の人生の何が悪かったのか。失敗からしっかり学んで、次の人生で活かしてもらうためですね。ただ、こちらの手違いで死なせてしまったり、貴方のように悲惨な……失礼、恵まれない人生を送ってしまわれた方の場合は、可能な限りの便宜が図られます。子らの魂は報われなければならないと主も仰せです」
しかし、悲惨な人生か……そう言われるとあまり否定できない。
両親を憎んでいた時期もあったし、独立を援助した弟と妹は一度も見舞いに来てくれなかったから、裏切られたような気持ちになることもあったが、もう終わったことだ。
ひどい家族に振り回された人生だったが、彼らが死後に過剰な罰を受けないように願いたい。
「とまあ、そんな理由で、貴方の転生にはかなりの特典が追加されますが、希望はやはり剣と魔法の世界に転生して俺Tsueeでしょうか?」
ウキウキと聞いてくる少女の姿に笑みを誘われる。
「なんていうか楽しそうですね」
「……失礼しました。わたしは最近になって解脱を認められた新参の身なので、貴方のようにやり甲斐のある方を担当して気持ちが先行していたようです。なにとぞご容赦を」
そうなのか……だとしたらこの子には悪いんだけど、彼女の要望は叶えられそうにないな。若い頃ならまだしも、疲れ切った今の自分に、剣と魔法の世界を生きる気力はない。
そんな私の様子を見て察したのだろう。少女の表情はみるみる曇っていった。
「あの、もしかして私が転生しないとあなたが困ったことになります?」
「い、いえ、あくまで貴方の意向が第一なので、わたしのことはお気になさらず」
そう言いつつも否定しないあたり、自分が転生しないのはあまり嬉しくない事態なのだろう。
それはまずい。人に迷惑をかけてはいけない。これは絶対だ。
「では、同じ世界に転生ってできます? 生前と同じ、現代の日本って意味なんですけど?」
「できますよ!」
安心したように大きな声で答えた女の子が笑顔で続ける。
「その場合、まずは親ガチャですね。最低でも総資産数千億円の上流階級のSSR確定ガチャをご用意します。これくらい、貴方の前世を考えれば当然ですよね」
彼女の提案に、どんだけ悲惨だと思われてんだ俺の人生、と慌てる。
「いえ、両親は普通、普通でいいんです。両親は子供に暴力を振るったりしなければ、それだけで十分ですから!」
「なるほど……過度の豊かさよりも、心が安らぐような家庭をお望みと……。重ねて失礼しました。貴方の境遇を思えば当然ですよね」
「ええ、まぁ……何事も程々が一番なのかな、と」
彼女の納得した様子に安心するの早かった。
「では次にチート能力ですね。容姿はもちろん、全ての人類を過去にする頭脳や身体能力、魔術や超能力……なんなら受肉した英霊や、現役のNo.1ヒーローなんてのも面白いかもしれませんね。いっそ全部お付けしましょうか?」
「いやいやいや! 普通で! そういうのも普通が一番ですから!」
忘れていたが、今の自分は生身の肉体ではなく、転生前の魂である。ぶっ飛んだ提案に動揺を隠しおおせるのは難しく、少女のきれいな顔はまたしても曇った。
「でも、それだとポイントの消化が……」
ポイントね。不遇ポイントかな。よく分からないが、それを消化しないことには自分の転生を担当する天使さまに迷惑をおかけしてしまうらしい。
そうなると、何か、世間様に迷惑をかけないような才能なりなんなりを希望しなければならないが……自分にもそうした願望が存在しないわけではなかった。
「でしたら、転生時の性別は女性で……歌と絵がある程度上手で、パソコンのプログラムもできて……ついでに英語もできるように、というのは通りますか?」
「通りますよ。ちなみに何のためかお伺いしても?」
ほっとしたように、それでいて興味津々に訊いてくる少女に恥じらいを覚える。唯一の趣味がそれだと打ち明けるのは、なかなかに勇気が必要とされた。
「VTuberってご存知ですか?」
「知ってますよ! ピンクの巫女さん面白いですよね! 配信時は毎回張り付いてますから!!」
なんと、まさかの同好の士である。VTuberが天国でも視聴できるとは。
「ええ、自分はみんな大好きなんですけど、彼女は特に好きで……いつも笑顔を貰って、頑張ろうという気にしてもらえました」
「つまり転生したら美少女VTuberになってコラボ配信をしたいと?」
「いえいえ、推しに囲まれて幸せになりたい気持ちががないとは言いませんが、何しろ急激に発展した界隈ですから、ノウハウが足りず、何もかもが手探りで……その所為で悔しい思いをした人もいるでしょうから、自分のような人間でも、何かお役に立てないかなと」
何しろ前世では実家への仕送りや闘病生活で貯金も尽き、ろくな支援もできなかった人間である。降って湧いた転生の好機に、彼女たちへの恩返しができるのであれば、これに勝る喜びはない。
そんな自己満足に浸っていると、私の身体は光に包まれた。
「ともあれ、貴方の希望は了解しました。どうか良い人生を」
「ありがとうございます。なんてお礼を言ったらいいのか……」
「転生先は現代の日本で、年代は成人時にVTuberが人気になる時期に設定しました」
「何から何まで、本当に……」
「それとポイントは希望の性別と才能に振り分けましたが、カンストしたので幾つか限界突破しておきました」
「はい……?」
「たぶん容姿は誰もが振り返る絶世の美少女で、才能面は、絵と歌は総ての人類を過去にするレベル。プログラミングは異次元の天才。語学はありとあらゆる言語を一瞬で習得するレベルになると思います。楽しみですね。応援していますよ」
「ちょっ!?」
そこまでしろって言ってないんですけど……!?
2011年11月19日(土)
そんな夢から醒めた今のわたしの心境を述べるならば、次の一言に集約されるだろうか。
「なんでやねん」
いや、ホントそれ。思わず地元の方言でツッコミを入れずにはいられない。わたしの両親は東京の人だから普段は使わないけども、あんな夢を見てしまったら仕方ないというか。
まったく、何が悲しくて来月には12歳になるのに「俺、転生したら美少女VTuberになるんだ」という夢を見ないといけないのか。
というかVTuberって何って話だ。誰か説明してよ……。
「まぁ、夢に文句をつけても仕方ないんだけど……」
先週はスライムに転生した人の仲間になったが、二週連続でそんな夢を見るとか、疲れてるのかな、わたし。
「そんなことないと思うんだけど……いいや、着替えて学校に行こう」
学校か……あまり愉快な気分にはならないが、このままでは引きこもりになって家族に迷惑をかける。気合入れんと。
着替えて二階の洗面所で顔を洗って髪を梳かす。
鏡に映るのはいつもの冴えない自分の顔だ。自己認識ではフツメンだが、周囲の評価はそうならないわたしの顔。
『──たぶん容姿は絶世の美少女で』
ふと、夢の中で言われた言葉を思い出す。いやいや、そんなのはただの偶然。気にするなんてどうかしてる。
頭を振って下へ向かい、
普通ならすぐ忘れて、思い出せなくなるのに不思議だ。
「なんだよ姉ちゃん、辛気臭い顔して」
「んー、なんか変な夢見た」
「え? お姉ちゃんどんな夢見たの?」
「転生したらVTuberだった件」
「お兄ちゃん、ぶいちゅーばーってなに?」
「ワイチューバーなら知ってっけど、ブイチューバーなんて知るかよ。どうせYとVを間違えただけだろ」
「だよねー」
「こら、食事中だぞ。唾を飛ばすんじゃない」
9歳の弟と7歳の妹と大笑いしたらお父さんに怒られた。まことにごもっともで、お母さんにも笑われたけれども、わたしの心はだいぶリラックスできた。
そんな感じで夢のことはすっかり忘れて「行ってきまぁーす」と駆け足で登校した。
今日は土曜で学校は午前中で終わり。学校のみんなに挨拶して、ワイワイ楽しく授業を受ける。うん、ここまではできるんだよね。
三時限目の授業が終わり、ちょっと長めのホームルームも終わった。さて、ここからだ。
「それじゃあ真白さんまた月曜ね」
「またねー」
「うん。みんな、またね」
これだよ。本当にダメだなぁ、わたし。普段から話をするクラスメイトに「途中まで一緒に帰ろう」と言うこともできない。
もちろん昔はそんなでもなかった。公園で友達と泥んこになるまで遊んだこともあったし、気軽に友達の家へ遊びに行ったり、その逆にちょっと遠いけど自分の家に友達を誘うことあった。
……でも今は無理だ。みんなに迷惑を掛けられない。そんな気持ちが先行してしまう。
そうなった原因は何だったか、心当たりは山ほどある。
新しいクラスメイトに「真白さんはお嬢さまだから、お洋服を汚したらお母さんに叱られちゃう」と言われたこともそうだし、「真白さん美人すぎて、ちょっと怖い」と言われたこともそうだ。
そうしたものが積み重なって、わたしはいつしか
心と体が成長するたびに離れる距離。今のわたしはまるで画面の向こうのお姫さまのようだ。
自分から一歩を踏み込めば変わるかもしれないのに、どうして二の足を踏んでばかりなのか。
「真白、少しいいか?」
と、そんなふうに悩んでいたら先生に声をかけられた。なんだろう?
「はい、なんですか先生?」
「ここじゃなんだ。職員室に行こうか」
え、職員室? もしかして何かやらかしたか、わたし? 内心ドキドキしながら連行される。
「これなんだが、どう思う?」
どこか遠慮がちな先生に、とても綺麗な絵を見せられる。題材は今日の図工で描いた果物なんだけど、一目でプロの仕事だと判る完成度だ。
「すごいですね。先生が描いたんですか」
「何を言ってる? これはお前が描いたものだぞ?」
「えっ……?」
最初は先生が冗談を言ってるのかと思ったが、違った。よく見たら右下に『真白ゆかり』と、わたしのサインがある。
本当にワケが分からない。これは本当に友達とおしゃべりしながら適当に描いた、わたしの絵なんだろうか?
「先生も驚いたんだが、来年のコンクールに出展してみるのはどうだろうか? 出すのはもちろんこの絵でも構わないが、ここまで描けるんだ。コンクール用にひとつ、本気で描いてみるのは──」
熱心にコンクールへの出展を勧める先生には悪いんだけど、わたしはそれどころではなかった。気分が悪くなって倒れそうになり、驚いた女性の先生に抱えられて保健室に直行したのである。
救急車を呼ぼうとする先生方に大したことはないと告げ、無理強いする気はなかったと謝罪する先生に逆に謝り、帰宅したわたしは自分の部屋で現実と相対した。
「いや。まさか、そんな……」
どんどん鮮明になる誰かの記憶と、完全に忘れることは出来そうにない今朝の夢。
それを否定するかのように、わたしは掃除以外の目的で一度も触れたことのないエレクトーンに向かった。
楽譜も知らないアニメの主題歌を演奏する両手と両足が自分のものとは思えず、わたしは戦慄した。
「わけがわからないよ」
意図せず口走った台詞があまりにも似ていて、咄嗟に口を塞ぐ。
いやいや。夢の中で総ての人類を過去とする絵と歌の才能を与えられたと言ってたから、音域的に再現できても不思議じゃないけど、こんなのはただの偶然。
その証拠にもう一度絵を描いてみる。わたし図工の成績3だからね。記憶を頼りに描いても多分酷いのが出来上がる。さっきの絵は、先生が誰かのものと間違えたんだろう。
「…………」
と思ったらわずか10分足らずで書き上げてしまった全員集合の図。しかもその道のプロが描いたとしか思えない完成度。これには冷や汗さんもにっこり。
思わず否定しようと描いたページを引きちぎろうとするが、生まれた作品に罪はない。というかクシャクシャに丸めるなどファンとして許されない。ファンとか言っちゃってるよわたし。絶望しながらノートから切り取って机の奥にしまう。あとで額縁を用意しないと……。
「いやいや、鎮まってわたしの厨二病。発症まで二年早いよ、二年」
でも否定できる材料がないんだよな、これが。今朝の夢はどんどん思い出せなくなる代わりに、断片的な他人の記憶が参閲覧できるようになったというか。
それによると、思わず眉を
いやいや。そんな非科学的なと言いたいところだけど、なぜかわたしがあの人の転生体という推測は否定する気になれないのだ。
……何故なら類似点が多い。
あの人もゲームがかなり好きだったみたいけど、わたしもお父さんの仕事の関係で好きなんだよね。下手だけど。というか、あの人の記憶を自分の記憶であるかのように思い出せるあたり、我ながら重症である。
「転生したら美少女VTuberになるんだ、って夢を見たんだけど……こんなの全然笑えないよ」
幸いにも……そう言っていいのかどうか迷うが、前世の記憶に目覚めたからって、今のわたしがどうにかなることはなかった。多少の混乱はあるが、あの人の人格と入れ替わるとか、自分のものではない記憶に苛まれるということはない。このあたりはさっぱりしたものだ。
とりあえず観念して帰宅した家族と面会したが、違和感はまるで覚えなかった。今朝までの家族を他人と思うこともなく、たんに十二歳の誕生日を前に、色んな厨二設定がわたしに追加されただけのようだ。
もっとも心から楽しめる心境には程遠かったので、こんなわたしに笑顔を向けてくれる家族には申し訳なかったが……。