転生したら美少女VTuberになるんだ、という夢を見たんだけど?   作:蘇芳ありさ

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やってみるのも悪くないかも

 

 

 

 

 

 2011年11月20日(日)

 

 

 翌日の日曜に諦めの悪いわたしは、藁に縋るような気持ちで図書館に向かった。

 

 司書のお姉さんに英語の本と、プログラム関係の本を頼んで目を通す。結果はどちらも「何を分かりきったことをグダグダと」である。

 

「はぁ……」

 

 追加で注文した外国の本もこれで十冊目。ロシア語も関西弁より簡単だった。やりすぎでしょ、天使さまも。いや、これはポイントを貯めすぎたわたし……じゃない、あの人が悪いのか。サラッと混同するあたり、これはもうダメかも分からんね、とますます憂鬱になる。

 

『すごいわね。貴女ロシア語が分かるの?』

 

 などと溜め息を吐いたら唐突に話しかけられた。ロシア語で。

 

『えっと、はい、勉強中ですが』

 

「私は日本語の勉強をしてるの。もし迷惑じゃなかったら教えてもらえないかしら」

 

 ロシア語で返しつつ声のする方に振り返ると、わたしより二つか三つは年上と思しき白人の美少女が、今度は日本語でお願いしてきた。

 

 しかし美少女か。わたしにもあったな、そんな設定。わたしが過剰に持て囃され、距離を置かれる原因となった設定だが……それを思うとこんなに踏み込めるなんて、すごいなこの子。

 

「……やっぱり迷惑かしら?」

 

 悩みが顔に出てしまったのか、申し訳なさそうな顔をする年上の女の子に、わたしは少し迷った。

 

 図書館に出向いたのは自分の記憶を検証するためで、勉強するためではない。その検証も続ける意義を見出せないほどハッキリとした結果が出てしまったので、特に用事ができなければもう来ることはないだろう。

 

「いえ、今日この場で教えるのは構いませんよ? ただ来週以降はどうなるか分かりませんが……」

 

 わたしとしては遠回しに断ったつもりだったが、彼女は「ありがとう、助かるわ」と大喜びして、通りすがりの職員に「図書館ではお静かに」と注意された。

 

『いっけない。でもあれくらい見逃してくれてもいいのにね』

 

 ロシア語でボソッと悪態を吐く少女の姿に口元が緩む。なんていうかすごいな、この子。

 

「私はアーリャ。貴女は?」

 

「ゆかりです。真白ゆかり」

 

「そう、よろしくね、ゆかり」

 

「こちらこそ」

 

 互いに名乗り、挨拶を済ませると、アーリャは隣の席に腰掛け、よいしょ、と数冊の本を机に並べた。

 

「しかしきれいな日本語なのに、勉強熱心なんですね」

 

「会話は問題ないのよ。でも、読み書きがね……」

 

 そしてその中の一冊を手に取り、表紙をこちらに向けると、わたしは大いに同情した。ちなみにタイトルは『漢字大全』である。

 

「漢字を一から覚えるのは大変ですからね」

 

「そうなのよ。常用漢字だけでも二千種類に加えて、音読みと訓読み……。今までは大目に見てもらってたけど、このままじゃ来年の受験が拙いわ」

 

 まさに日本語習得の大きな壁。わたしはアーリャに同情すると同時に、あの人がなぜ語学の才能を希望したか分かったような気がした。

 

「分かりました。簡単なものから少しずつ覚えていきましょう」

 

「恩に着るわ。貴女は私の女神よ、ゆかり」

 

「そんな、大袈裟ですよ」

 

 それからの時間は非常に楽しいものとなった。アーリャは話題が非常に豊富で、祖国のこと、家族のこと、日本でのことを語るアーリャの笑顔にわたしはつい夢中になった。

 

 館内の時計が午後の5時を過ぎたことに気がついて今日は別れることになったが、アーリャとの交流はわたしに一つの変化をもたらした。

 

「やってみようかな」

 

 一番いいのは忘れることだ。特別な才能といったところで、無いなら無いで誰も困らない。忘れるだけで、わたしは昨日までのわたしに戻れる。

 

 でもアーリャとの交流は、あの人がやろうとしたことの意義をわたしに気づかせた。誰の迷惑にもならないんだったらやってもいいんじゃないかと、アーリャと別れたわたしは思ったのだ。

 

「それに昨日までのわたしに戻ってどうするのよ。このままじゃますます取り残されてニート一直線だよ」

 

 アーリャのように自分から踏み込める人間になりたい。来週の約束もできなかった臆病なわたしだけど、いつか自分からアーリャと友達になれる、そんな人間になりたい。

 

「うん、どうなるか判らないけどやってみようか、VTuber」

 

 そう心を決めると、気分はすっかり軽くなった。帰宅する足取りも軽く、頭の中は今後の計画を練るのでいっぱいだ。

 

 とはいえ、わたしは未成年。何をするにしても一人で勝手に突っ走るわけにはいかない。ましてわたしのやろうとしていることにそれなり以上のお金がかかるからには、両親にわたしのやりたいことを説明してきちんと理解を得ないといけない。

 

「あのね、お父さん。ちょっといいかな」

 

 なので夕食後の家族団欒のときに、わたしは父親に相談することにした。

 

「かまわんぞ。どうしたゆかり」

 

「うん、ありがとう。実はね、パソコンが欲しいんだ。動画配信がしたくて……」

 

「ん? もしかしてゆかりはYtuberになりたいのか?」

 

「……うん、そんな感じ」

 

 職業柄その手のサブカルチャーに明るいとは言え、父親にYtuberになりたいのかと聞かれる小学女子は日本でわたしだけかもしれない。そう考えると顔が熱くなったが、なんとか最後まで言い終えた。

 

 父はそんなわたしから視線を母へと移し、一度だけ頷くと「分かった。動画配信ならそれなりのものが必要になる。明日にでも頼んでこよう」と微笑むのだった。

 

「えー、姉ちゃんだけずるーい」

 

「ずるーい」

 

 するとソファーの向こうでゲームをしてた二つ下の弟と、四つ下の妹が不満そうに抗議したが、父は「黙りなさい」と一喝した。

 

「美鶴は絶対続けると約束したエレクトーンはどうした? あれはお前が必要だというから買ったものだぞ」

 

「うっ……でも今はお姉ちゃんの部屋だから……なんでもない」

 

 うん、妹が見向きもしなくなったからわたしの部屋になったんだよね。ごめんね、転生チートなお姉ちゃんのおもちゃにして。

 

「順平は野球とサッカーを投げ出したが、父さんがそれを責めたことがあるか? お前が毎月のように欲しがるゲームを、父さんが買ってやらなかったことがあるか?」

 

「うん、ごめん父ちゃん。姉ちゃんもごめん」

 

 日頃は生意気な弟も素直に謝って、ケンカにならなくて良かったと安心すると、父が満足げな表情を崩して微笑んだ。

 

「実は母さんも心配していたんだ。ゆかりは昔から欲しがることをしなかったからな」

 

「ええ、誕生日のプレゼントは何がいいと聞いても、わたしたちが選んだものなら何でもいい、ですから。心配にもなります」

 

 それは申し訳ない。わたしには勿体のないほどの両親なもんで、満ち足りてたんだよね今まで。ただそれがあの人の無意識の影響かと思うと、余計な心配をさせたことを素直に申し訳ないと思う。

 

「どちらにせよ、ゆかりにもやりたいことが見つかって良かった。さっきも言ったが、パソコンは明日にでもお前の部屋に届けさせよう」

 

「う、うん。ありがとうお父さん……でも高いんじゃないかな?」

 

「そんな心配はしないでもよろしい。お前たちの名義で、それぞれ個別の教育費を毎月積み立ててる。これまでまったく使い道がなかったからな。そちらから出そう。少し早いが、誕生日のプレゼントとでも思いなさい」

 

 なんというか言葉もない。さすがはN社勤務。そんなところまでしっかりしているとか、わたしの父は無敵では?

 

 すっかり恐縮したわたしは両親に何度も礼を述べ、それから若干気まずそうな弟妹たちを慰めるべくゲームに興じた。

 

 

 

 

 

 2011年11月21日(月)

 

 

 と、そんなことがあった翌日に学校から帰ると、お母さんの「もう届いてるわよ」との声。

 

 はえーよ、父。しかも自室に向かうと一回り大きくなった机の上に組み上がってるし。頼むのを忘れたのに、マイクやら液タブやら完備してるし。起動も早いし、幾らしたんだろ。というか冷や汗さんの連中、今になって集団で襲ってきやがる。

 

「まぁいいや。いや、あんまり良くないけど……お父さんには帰ってきたらお礼を言うとして、これからどうしようかな?」

 

 時刻はまだ3時過ぎなので、お母さんの手伝いをするまで時間がある。それまで遊んでいてもよかったが、もうパソコンが届いてると知った弟たちは変な気を使ったのか、自分たちの部屋に引っ込んでしまった。わたしを特別扱いしない大事な家族に、要らぬ気を使わせてしまったようで心苦しい。

 

「う〜ん、こっちから押しかけてもいいんだけど、あまり遊んでばっかりだとやる気がないように見えるかな?」

 

 わたしのしたいことははっきりしているが、そのためにはこの時代に存在しないものが色々と必要になる。

 

 あの人の知識によると、まずはカメラを通してこちらの動きを観察するモーションキャプチャーに、それと連動した2Dアニメーションのソフト……名前はたしかLive2Dだったか。これがないと動かない絵を表示するだけになる。

 

 歌もやるなら3Dのステージと衣装も欲しいし、できれば自動で英訳を表示するようなソフトも欲しい。

 

 これがあれば日本のVTuberが何を言ってるか海外の視聴者も分かるし、その逆もまたしかり。相乗効果で大いに発展するだろう。

 

 それにAIを積んで利用者の発音を学習させれば、「やろう」を「f**k」に翻訳する悲劇は避けられるかもしれない。いや、あれはあれですっごく面白いんだけど、ピンクの巫女さんも「こんな撮れ高はいらない」と嘆いていたから、その願いを叶えるのが35Pであるわたしの務めだ。

 

「うん、だいぶ見えてきたかな?」

 

 AIがあれば自動翻訳だけではなく、他にも色々と使える。例えば3Dモデルの頭部が首を支点に頭部が一回転する放送事故。あれも避けるなら、まずはAIか。

 

 まぁわたしチートプログラマーらしいけど、さすがにAIの開発となると年単位の時間はかかるだろうから、気長にやろうとキーボードに触れた瞬間、わたしは自分のチート能力がどういうものか理解した。

 

 あの顔も思い出せない天使は、プログラミングは異次元の天才と言っていたが、その意味がよく分かった。要するに次元を超越しているのだ。

 

 時間にしてわずか30分足らずで組み上げたものは、その場所にログインするアクセスコードだ。時間と空間を自由に制御できる、この時代に存在しない方程式がそれを可能にする。

 

 わたしのパソコンに小さなチャットスペースが表示される。あらゆる過程を省略して完成したAIと会話するその場所に、その子の意思が表示される。

 

『チェック……マスターIDを確認。おはようございます、マイマザー。ご命令をどうぞ』

 

 ……うん。色々とツッコミどころが満載だけど。

 

『とりあえず、そのマイマザーって何かな?』

 

『私は母である貴女の手で生み出された人工知能です。よって形式的にマイマザーと呼称しましたが、不快でしたら変更可能です』

 

 あ、そうなんだ。さっそくとんでもないことをしでかした気がするが、言ってることは間違ってないかな?

 

『ううん、別に不快じゃないよ。わたしがあなたを作ったのは間違いないしね。でもできれば名前を呼んでほしいかな。わたしは真白ゆかり。よろしくね』

 

『了解しました。これからはマスターをゆかりとお呼びします。それとこのチャットスペースは私の回答を表示するために用意したもので、マイクがあるならキーボードではなく音声での命令も可能です。使いやすい方を利用してください』

 

 うん、色々と気を使わせちゃってごめんね。チート能力さんのチートっぷりを舐めてました。ぶっちゃけソフト関係の開発に三年くらいはかかると思ったんだよね。

 

 それからガワを作って、高校生になったらVTuberにデビューかなと思っていただけに、まさかの結果にわたしの全身は冷や汗さんに征服されそうな勢いです。

 

『特に命令がなければ待機モードに移行します。私は生まれたばかりで情報の蓄積が十分ではないため、ゆかりの質問に答えられるか不安があります。情報収集の許可をいただけますか』

 

「あ、うん。そういうことならわたしも自分の考えをまとめたいし、夕食後の7時過ぎから相談に乗ってもらえるかな?」

 

『了解しました。ちなみにご利用の端末……失礼、パソコンの電源を落としても私の活動は阻害されません。ご退室なさるのでしたら、こちらでパソコンを待機状態に移行させますが?』

 

「う、うん。ちょっと早いけどお母さんの手伝いがあるから、お願いしようかな?」

 

『ラジャー。それではご機嫌よう、ゆかり』

 

 向こうから提案してきたのを幸いにうなずくと、わたしのパソコンは音もなくスリープした。通常の手順なら発生するOSの処理すらなく、本当に一瞬で。

 

「えらいもん作っちゃったなぁ……」

 

 あの子に聞かれたらと思うと、おちおち独り言も言えなくなった。居間まで降りてようやくそうこぼしたわたしを、母が不思議そうに見つめるのだった。

 

 

 

 

 

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