転生したら美少女VTuberになるんだ、という夢を見たんだけど?   作:蘇芳ありさ

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N社との話し合い 〜そして配信再開に向けて〜

 

 

 

 

 

 2011年12月3日(土)

 

 

 VTuberの事務所設立に向け、必要なソフトと権利書を取りに戻ろうとしたわたしを引き止めたのは、開発者の話を聞きたいと言う磐田社長のまさかの要望だった。

 

 他の大人たちも乗り気で、お父さんに至ってはわたしが陰でこっそり連絡しているのを見抜いて、本人にオンラインで参加してもらったらどうだと提案する始末。

 

 その惨状に思わず呆然とするわたしの耳に届くのは、我が子(サブちゃん)の「たすけて」という懇願である。

 

 これに応えぬ母親はおるまい。サブちゃんはわたしの子だもんね。お母さん頑張るよ。

 

「あの、今は通話が乱れていて……たぶん、突然の話に驚いて混乱してるみたいですね。自分の部屋にLive2Aと連動したグループチャットがあるので、そちらで確認します。ついでにソフトと権利書も……」

 

「ああ、すみません、興奮しちゃって。今のは先走りが過ぎましたね。無理強いをするつもりはありませんでしたが、そう受け取られても仕方のない発言をしてしまいました。重ねて謝罪を」

 

 わたしが申し出ると、磐田社長が自己の不明を恥じるように頭を下げてきた。

 

「……そうでしたね。社長の言うように、少し気持ちが浮ついていたようです。ゆかりさん、サーニャさんにも謝罪の言葉をお伝えください」

 

「私も謝らないといけませんわね。ゆかりさんだけではなく、サーニャさんにも会えると思ったら感情が抑えきれませんでした」

 

 周囲の大人も今ので冷静になったのか、口々に謝罪の言葉を口にしてくる。

 

「いえ、磐田社長の要望は当然だと思います。ソフトの中身が分からなかったら、自力で解析するしかありませんもんね」

 

「そう言ってもらえると助かりますよ。Live2Aのプログラムは磐田さんでも解らないところがあるって言ってましたもんね」

 

 大谷さんと中村さんに続いて、軽く謝罪らしきものをしてきた宮嶋さんが外付けハードディスクを差し出してきた。

 

「とりあえず他のはこちらに願いできますか? あとメールでも構いませんので、できれば概要だけでも説明していただけたら……」

 

「わかりました。必ず伝えます」

 

 一礼して受け取ったら、外に出て安堵する。

 

 よし、出会い頭の交通事故はなんとか避けられたか。ぶっちゃけた話、サブちゃんがあんな調子じゃ、やらかすことは確実だったもんね。

 

 それでも社長さんたちの負担を増やすのも気が引けたので、一応は説得してみようと自分の部屋に戻ったときに訊いてみたが、サブちゃんは内心を悟られまいとサーニャを非表示にして断固拒否の構えだ。

 

「サブちゃんの口から説明したほうが分かりやすいと思うんだけど、どうしてもダメかな?」

 

「ゆかりには分からないもしれませんが……西暦1970年代まで、コンピュータはSFに登場する空想の産物でしかありませんでした。それが1980年代に実用化され、わずか30年で当たり前のものとして受け入れられ、誰も意識しないほど一般化したのは、ひとえに未知の航路を開拓した先人の偉業があったからです。……分かりますか? 私たち人工知能(AI)にとって、彼らは創世の神々も同然。お言葉を賜わるのは光栄ですが、直に拝謁など、到底許されることでは……」

 

 う〜ん、前に社長さんたちを神さまのように言ってたけど、あれ、本心だったみたい。まあ言われてみれば、サブちゃんたちがそう思うのも、分からなくはないかな……?

 

「じゃ、メールだね。社長さんたちからメールが来たら、わたしが代わりに訊く感じで」

 

「……いえ、それだと煩雑すぎて至高の御方々の負担になります。それでは本末転倒なのでこちらをお持ちください」

 

 そう言って、サブちゃんが接続中のハードディスクに新しいソフトを入れてくれる。名前はCord:DMYとあった。

 

「あれ、これって?」

 

「はい、所謂ひとつのディスコですね。Sky ptpのように招待しなくても、グループに登録さえしておけばいつでも通話が可能なチャットソフトです。この時代にはまだ無い物ですが、便利なので作っておきました。今回はこれを利用しましょう」

 

「またそんなことして……便利だからって勝手にパクっちゃダメでしょう?」

 

「いえいえ、アイデアに著作権はありませんし、中身は完全に別物ですよ? ほらこんな風に、N社の作風を参考にして、直感的に分かりやすいデザインを採用しています。勿論、Live2Aとも連動しますから、ゆかりがアーニャの2Dで参加することも可能です」

 

「わぁ……本当だ。すごく分かりやすいね。……ところでDMYってどんな意味?」

 

「親愛な私のゆかりという意味です」

 

「なにそれ? 公私混同もいいところだよ?」

 

 サブちゃんからもらったソフトを胸に抱えたわたしは笑った。

 

「ゆかり。落ち着いたら自分の心に折り合いをつけ、開発者としての責任を果たすことお約束しますが、今日のところはこれで勘弁してください」

 

「うん、十分だよ。いつもありがとうね、サブちゃん」

 

 サブちゃんにお礼を言ってから和室に戻ると、宮嶋さんが返却されたハードディスクをさっそく自前のノートパソコンに繋いだので、中身の概要をざっくりと説明する。

 

「なるほど、Live2AはAIに制御されてるんですね? モーションキャプチャーの精度も、このAIがあればこそ……それと3Dモデルのシステムに、全自動モデレーターと……おや、このCord:DMYと宇宙人狼というのは?」

 

 サブちゃんぁああああん! わたしは感謝したばかりの相手をさっそく呪った!

 

 キョドりすぎだよ! 未来のソフトが他にも紛れてるじゃないの! しかもタイトルからキャラデザまで何から何まで丸パクリじゃんか!!

 

『すみません……。そちらはゆかりの意見を聞いてからリメイクする予定でしたが、違法ダウンロードではありませんよ? プログラムは一から組みましたから……』

 

 まったく、サブちゃんめ。わたしに隠れてコソコソしてるからこうなるんだ。

 

「ええと、Cord:DMYはSky ptpのようなグループチャットソフトですが、あらかじめグループに参加していれば、いつでもオンラインの通話ができて、メッセージも残せるって」

 

「それはすごい。Sky ptpだとけっきょく相手が応答しなくて電話で呼び出すことになるから、定刻の会議以外では使いづらいんですが、これならいつでも進捗を確かめられる」

 

 わたしが説明すると、宇宙人狼の画面を開いて目を輝かせる磐田社長と宮嶋さんだけではなく、大谷さんまで賞賛した。

 

「これは私のほうでも使わせて頂いてよろしいでしょうか? そうさせて頂けるとかなり助かりますが……」

 

 中村さんも気になるのか控えめに訊いたが、N社の人間はお父さんも含めて未知のソフトに夢中だったので、わたしが代わりに答えることになった。

 

「中村さんなら関係者なんだし、いいんじゃないですか? あとでUSBに入れてお渡しするので、具体的な話はお父さんたちとしてくださいね」

 

「ゆかりさん、ありがとうございます」

 

 丁寧にお礼を言ってくれる中村さんともう少し話したいけど、先にこっちをやっつけないと。

 

「で、宇宙人狼っていうのは、前にサブちゃん……じゃない、サーニャと話をしたときに、視聴者(リスナー)のみんなと人狼ゲームもしてみたいと言ったことがあるから、たぶん作ってくれたんだと思います」

 

「なるほど、ボイスチャットを利用した人狼ゲームですか。しかも専用のサーバーが不要とは……」

 

 専用のサーバーが不要か……その辺はどうなんだろ? そんなに大量のデータをやり取りするゲームじゃないから、ホストのPCが中継しても行けそうだけど、次元の壁を超えてサブちゃんが管理してる可能性もあるが……いいや。さっきも危なかったし、下手なことは言わないようにしようっと。

 

「ただ詳しい話は聞けてませんが、チャットに依存しすぎちゃってるのは気になりますね。人狼ゲームだから仕方ないんでしょうけど、チャットがなくても成立するように改良したほうがいいんゃないかな、って」

 

「そういうことでしたら、僕のほうで手直ししましょうか? それを見てゆかりさんや、サーニャさんからまた要望を出してもらうというのは?」

 

 わたしが話を逸らすと宮嶋さんが食いついてきて──さらにもう一人釣られた。

 

『了解してください! これはすごいことですよゆかり!』

 

 いやいや、著作権どうたら以前に本来の製作者さんに悪いよと思ったけど、今さらか。わたしがVTuberをやろうと決めた時点で、本来の先人は割を食っているのだ。救済の仕組みはあとで考えよう。

 

「いま本人から連絡がありましたが、好きにしていいそうです。そちらのほうも疑問があればチャットで答えると……通話は恥ずかしいからダメなそうですが」

 

 答えたけど、中村さんしか聞いてないや。お父さんも口ではあれこれ言ってるのに、こうしていると見分けがつかないもんね。

 

「真白さんまでこうなりますと、会議の継続は絶望的ですわね」

 

「そうですね。ちょうどいい時間だからお母さんに叱ってもらいます」

 

 弟もそうだけど、お父さんもお母さんの声だけは聞き逃さないんだよね。

 

「じゃ、忘れないうちにUSBも持ってきますね」

 

 そう言って恐縮する中村さんを残してお母さんに報告。ちょうどお茶の準備をしていたので手伝いがてら報告して、自分の部屋から戻るとN社のゲーム大好きおじさんたちが正座してた。お茶とおやつの用意もしてあるから、さっそくお母さんがやってくれたようだ。

 

 お父さんと大谷さんは面目なさそうにしていたけど、社長さんと宮嶋さんは悪びれずにこう言った。

 

「いやぁ、すみません。試しに会社の人間に声を掛けてやってみたら、夢中になっちゃって」

 

「でもよくできてますよ、これ。確かにゆかりさんの言うようにチャット前提の作りは気になりますが、許可も頂けたし、僕のほうで何か考えますよ」

 

 さっそく社内で配布してプレイしていたのと、あの状況でも都合のいいことだけはしっかりと聞いていた宮嶋さんに驚き、呆れつつも笑ってしまった。

 

「なんかお父さんが苦労してる理由が分かった気がします。まあお父さんもしっかり同類でしたが」

 

 わたしがそう言うとお父さんが落ち込んで、それを見ていた他のみんなも楽しそうに笑った。

 

 ひとしきり笑いが収まると、お父さんが言い訳をしたいような顔をしたが、それより早く社長さんが幕引きを切り出した。

 

「個人的にはゆかりさんとはもっとお話ししたいんですが、もう3時になりましたからね。それは後日の楽しみにして、今日はお茶を頂いたらお暇しますが、ゆかりさんから何かありますか?」

 

「えっと……」

 

 磐田社長の笑顔を見て言葉につまる。

 

 ……わたしは知っている。この素晴らしい社長さんの没年を。あまりにも早すぎる死を迎えると、あの人の知識が語っている。

 

 だから、わたしは迷わなかった。

 

「あの……体に気をつけて長生きしてくださいね」

 

 じっと眼を見てお願いすると磐田社長は驚いたようだった。

 

 わたしはまた未来を変えようとしている。それが罪になるか、わたしには判らない。

 

 いつかわたしを転生させた天使さまに怒られるかもしれないが、構わなかった。この人の若すぎる訃報を目にするのは嫌だと、必死に懇願する。

 

「言われてますよ、社長」

 

 すると大谷さんが堪えきれないように笑いだして、お父さんも苦々しくうなずいた。

 

「ほら、健康診断の待ち時間が嫌なら、僕を見習ってゲームをしてりゃいいのに、溜め込むからみんな心配するんですよ。もういい歳こいたオッサンなんですから、健康には気をつけてくださいよ」

 

「お前さんだって、俺くらいの歳に娘さんに泣かれてようやくじゃないか? でも分かった。分かりましたよ、ゆかりさん。子供にそんな顔をさせたんじゃ大人失格ですからね。この件が落ち着いたら、京都市内の病院で健康診断を予約しますよ」

 

 そして宮嶋さんにまで言われたのはさすがに不本意だったのか、磐田社長は憎まれ口を叩きながらも、わたしの不躾な願いを叶えてくれた。

 

「お願いします。……すみません、生意気なことを言ってしまって」

 

 わたしが謝ると、磐田社長は「いえいえ、ゆかりさんはぜんぜん悪くありませんよ」と笑って許してくれて、大谷さんも「この男は根っからの無精者でしてね。本当に自分の好きなことにしか時間を使わないので、むしろよくぞ言ってくれたという感じですよ」と褒めてくれた。

 

 楽しい時間はあっという間に過ぎ、皆さんが帰り支度をする最中に大谷さんが話しかけてきた。

 

「それではお預かりした書類は、常務の宮嶋がプログラムの概要をまとめ次第、しかるべき手配を」

 

「僕の仕事ですか? まあ、病院送りにされる磐田さんにやらせるわけにもいきませんか」

 

「すみません、よろしくお願いします」

 

 わたしが手を差し出すと、二人はお父さんの視線を気にしながらも順番に握ってくれた。

 

「私も上司の内諾はすでに得ているので、社内の調整がつき次第、事務所設立に向けて動きます。ゆかりさん、今日はありがとうございました。またお会いできる日を楽しみにしていますね」

 

「はい、こちらこそ」

 

 今度は中村さんが差し出した手をわたしが握る格好に。こんなに綺麗な女の人の手を握っていいんだろうか?

 

「そうだゆかりさん、ひとついいですか?」

 

「はい?」

 

 なぜか異様にときめく胸を押さえて振り向くと、社長さんが笑顔で持ちかけてきた。

 

「実はゆかりさんの腕を見込んで、ひとつ広告に使う絵を頼みたいんですよ。弊社がVTuberの事業に乗り出したことを報せる広告ですね。内容は冬の京都にアーニャさんが降り立つ感じで……期限はクリスマスの前日までにお願いできますか?」

 

 なるほど。そういうことなら、たしかにわたしの仕事だ。ここはひとつ、チート能力さんを全開にして傑作に仕上げますか。

 

「わかりました。今日は本当にありがとうございました」

 

 社長さんの依頼を快諾して握手したら、多忙の最中に時間を割いてくださった皆さんを玄関まで見送った。

 

 すごい人たちなのは()ってるつもりだったんだけど、実際に会ってみたらそれ以上だった。遠くから見守ったサブちゃんが一番賢い気がする。

 

 こうしてわたしはゲリラ豪雨のような襲撃を凌いだんだけど、色々と巻き込まれたかたちのお父さんは何か言いたげだった。

 

「お父さんは以前、Live2Aを自分で作ったとゆかりに聞かされたんだが……そうだな。常務と大して変わらんような男に、サーニャさんのことを打ち明けるわけがないか……」

 

 って、メチャクチャダメージ受けてるぅぅううう!!!?

 

 ごめんねお父さん、そんなつもりじゃなかったの。また一緒にお風呂で背中を流してあげるから、そんなに落ち込まないで……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのあと詳しい話を聞きたがった弟たちを巻き込んで、久しぶりに親子四人でお風呂に入った。

 

 弟もお父さんがいることに安心したのか、前回のように縮こまることはなく、むしろ日頃のやんちゃぶりを発揮して、わたしのタオルを捲ってこようとして難儀した。わたしとしては弟なら見られても構わないんだけど……。

 

 なにしろ一昨年の春くらいに、わたしの胸が膨らみはじめて「お姉ちゃんの胸が腫れてる」って心配したくらい優しい子だもんね。腫れてるんじゃないよって安心させてあげるために、内緒で触らせてあげたのは二人だけの秘密だ。

 

 そんなわけで弟にタオルを捲られて、お尻を叩かれても気にならなかったんだけど、わたしが何も言わないとお父さんが怒るからね。

 

 こら、っと怒ったふりをして頭に拳骨を落とすと、それに連動したように「もう子供じゃないんだから、お姉ちゃんをからかうのはやめなさい」とお父さんに叱られたが、弟はなぜか嬉しそうだった。

 

 まあ、わたしもタオルの巻き方が悪いと叱られたので、お父さんに何か言われると嬉しいのは分かる。こんなふうにのんびりするのは久しぶりだから楽しいのかな。

 

 お父さんもわたしに悪気がなかったと認めてくれたのか、今ではすっかり上機嫌だ。よしよし、計画通り。

 

「ところで姉ちゃん、磐田社長とどんな話をしたんだよ?」

 

 湯船でこちらに背を向けた弟がさっきの話を蒸し返すと、わたしが答えるより早くお父さんに遮られた。

 

「すまんがその話はまだ内緒だ。ゆかりも配信中に口外しないように気をつけてくれ。……まあ、所属する会社と話して進展があった、くらいなら構わないが」

 

「はぁーい」

 

 洗い場で妹を洗いながら、これは忘れたらいかんなと頭の中で何回か繰り返す。ところで二人とも湯船に浸かって背中を向けたままなんだけど、これってわたしが自分の身体を洗い終わるまで、ずっとそうしているつもりなんだろうか?

 

 それは大変だと洗い終わった妹を湯船に押し込み、もう振り返っても大丈夫だよと報告すると、すでに身体を洗い終わってる二人はお風呂から上がることを選択した。

 

「それじゃ父さんたちは上がるが、ゆかりはゆっくりしてくれ。美鶴は肩まで浸かって、ちゃんと100まで数えるんだぞ」

 

「はぁーい。……お兄ちゃんじゃないんだから、みつるわかってるのに」

 

 二人が外に出ると、妹が少しだけ不満そうな顔をしたが、ちゃんと言われた通りにしたので褒めてあげた。

 

「うん、美鶴は偉いね。でもお父さんがああ言うのは、美鶴が悪いことをしたからじゃなくて、大事にしているからだってことはわかって欲しいかな」

 

「あっ、言われてみればみつる気づいたんだけど、兄ちゃんもわざと叱られて遊んでたよね? ふだんはお姉ちゃんのタオルをめくったりしないのに……なんでだろ?」

 

「うーん、なんでだろうね?」

 

 そんな話をしながら身体を洗って、100まで数えた妹を拭いてあげたらミッションコンプリート。

 

 そのあとは、例によって最後に入るお母さんのために軽く掃除していたが、不意に顔を出して「姉ちゃん、さっきはごめん」と謝ってきた弟が金縛りにあったように硬直した。

 

 どうしたんだろう? 疑問に思ったわたしは、弟の微動だにしない視線を追いかけてわりと納得した。

 

 しまったな。妹と二人だけになって隠す必要がなかったから裸だったわ。

 

「ごめんごめん。わざわざ謝りに来てくれたのに、嫌なものを見せちゃったね」

 

「バッ……別に嫌じゃねーけど油断してんじゃねーよ、ドブス」

 

 真っ赤になった弟が口汚く罵って退散する。

 

「……女心は複雑だって言うけど、男の子のほうがよっぽどじゃない?」

 

 相変わらず、この手の機微がわたしは苦手だ。

 

 見られまいと堅固に隠せば落ち込むし、見られても構わないとガードを緩めれば怒られる。

 

 家の外では隠すのが正解だと学んだが、家の中ではどちらが正解なのか、家族なんだからもう少しハッキリしてほしかった。

 

 前世の記憶があるんだから、それくらい知ってろって言われそうだけど、あれ、わたしが外部から参照しているような感じだから、あまり参考にならないんだよね。

 

 他人の記憶を主観視点で参照できるソフトがないか、今度サブちゃんに聞いてみようかな……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お風呂から上がると、今日は土曜で全員揃ってるからかちょっと早めの夕食となった。

 

 お母さんいわくわたしのお祝いで、普段よりかなり豪華だ。さっきまで機嫌の悪かった弟も大喜びで、わたしとしても大助かり。そのまま7時くらいまでのんびり長居してしまった。

 

 随分と長いこと待たせてしまったサブちゃんが拗ねてるんじゃないかと心配だったが、別にそんなことはなく、自分の部屋に戻ると「おかえりなさい、ゆかり」と、いつものように歓迎してくれた。

 

 ただいつもより若干食い気味で、社長さんの依頼にあった絵の資料をすでに集めていたのは微笑ましかった。

 

「ところで至高神磐田肇さま直々のご依頼で、背景に京の都を用いた絵をお描きになるんですよね? すでに3万5千点の写真と風景画を取り揃えてあります。どうかご活用ください」

 

「う〜ん、ちょっと多すぎない?」

 

 やっぱり気になるんだと笑いながら見てみると、サブちゃんが見やすいようにスライドした映像からイメージが湧いてきた。

 

 何枚かの写真と風景画を合成した実在しない景色──でも社長さんに言われたことを思い出すと、これがベストだと確信できる構図。

 

 わたしはサブちゃんに「ちょっと待って」と伝えると、液タブを使って正確に写し取った。

 

「タイトルは『クリスマスの夜。雪化粧が施される京の都に、北の国から電子の妖精が舞い降りる』ってとこかな?」

 

 我ながら自分で描いたとは思えない完璧な仕事ぶりに、感動しつつも居心地の悪さを自覚する。

 

「相変わらず変態的な技量ですね。定規も使わず1ピクセルの狂いもない完璧な円と直線を引けるのですから。……くれぐれも描いているところ見られてはいけませんよ? お絵描き配信などもっての外です」

 

 ほら、サブちゃんの評価もこんなんだし、お絵描き配信はマウスを使おうかな? それならさすがにチート能力さんも手こずって、いい塩梅になるかも……。

 

「ところで社長さんがこの絵を広告に使いたがってるのは聞いてると思うけど、いま送ったら明日の朝刊に載ったりするかな?」

 

「まさか。向こうもこんなに早く描き上がるとは思ってませんよ。……まあ手元に届き次第、月曜の朝刊には間に合わせそうな勢いでしたが」

 

「だよねー」

 

 あの社長さんならやりかねない──その確信が今のわたしたちにはあった。

 

「となると、絵をメールで送る前にアーニャのほうをどうにかしないとね」

 

「チャンネルの凍結が解除されたことは、私のほうからWisperで告知しましたが、ゆかりが気にしているのはN社の体面ですね?」

 

 サブちゃんの指摘にわたしは素直にうなずいた。

 

「うっかりエッチな配信をしてBANされたアーニャじゃ、せっかくの広告も逆効果になりそうだし、なにより社長さんたちに悪いしね。……ようはテコ入れだけど、その前に謝罪会見を開いた方がいいのかな?」

 

「ふむ……」

 

 わたしが訊ねると、サブちゃんは暫し黙考した。おそらく人間では確認することもできない膨大なデータを検証して、最善の未来を模索してるのだろう。

 

 わたしはそう考えてサブちゃんの邪魔にならないように、今日一日で随分と自覚した身体の凝りを解していたら、やがて応答があった。

 

「ゆかり……今から歌えますか?」

 

「えっ? 歌えるけど……それってアーニャの配信で歌うってこと?」

 

「はい、今回は余計なことは言いません。全力で歌っていいですよ」

 

 それは……全力で歌えたほうが気持ちいいけど、急にどうしたんだろ?

 

「ねぇ、前にわたしが全力で歌ったら、世界中の音楽関係者の心が折れるって言ってたのに……今度は何を企んでるの?」

 

「企むとは人聞きの悪い。それに現在では『アーニャはそういうものだ』と関係者も理解していますから、全力で歌っても影響は誤差の範囲ですよ」

 

 本当かなぁ……サブちゃんがこういう勿体ぶった話をしてるときは、イマイチ信用できないんだけど。

 

「それと配信中に謝罪の言葉を口にする必要はありません。むしろイチャモンをつけたほうが悪いという態度でお願いします」

 

「うーん、サブちゃんがそう言うなら従うけど、せめて何を狙ってるのかくらいは聞かせてよ」

 

 わたしが妥協すると、サブちゃんはとっても悪い顔をして笑った。いつものように表示されるサーニャがわたしの手を離れ、どんどん悪い娘になっていくことをこっそりと嘆く。

 

「ゆかりが懸念するような動きはすでに確認されており、ファンとの間で大きな論争が起きています。……ですから援軍を送ってやろうというのです。それはもう盛大にね」

 

 サブちゃんの言う大きな論争とやらが、どこで行われているのか見当もつかないわたしだったが……この子がひどく一方的な鎮圧を企んでいることは分かった。

 

「ついでにあの曲でファンレターの返事もしましょうか。全5曲……ではゆかりも物足りないでしょうから、即興で新曲でっちあげてもいいですよ」

 

 こういうのを阿鼻叫喚(あえんびえん)というのかな? いよいよ漆黒の気炎《オーラ》というエフェクトまで駆使して、内心を表現する凝り性のサブちゃんに、わたしはこれ見よがしにため息をつくのだった。

 

 

 

 

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