転生したら美少女VTuberになるんだ、という夢を見たんだけど?   作:蘇芳ありさ

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掛け替えのない生命をこの胸に抱いて

 

 

 

 

 

【電子の妖精】アーニャたんを愛でるスレ236【ご満悦】

 

78:名無しの雪国民さん ID:MA78sh0WA

いやぁー、今日もアーニャたんは最高に可愛かったね!

 

85:名無しの雪国民さん ID:SHUBARDdd

おっ? 出たよ裏切り者がさぁ!

何回も裏切って恥ずかしくないのかよ、お前はよぉ!?

 

91:名無しの雪国民さん ID:MA78sh0WA

やだなぁ、みんなマジに受け止めちゃったの? あんなのはただの場を盛り上げるための冗談じゃんねー? 本気にしちゃうとネタにマジレス良くないって言われちゃうゾ?

 

94:名無しの雪国民さん ID:4RANU1x6Z

で、本音は?

 

99:名無しの雪国民さん ID:MA78sh0WA

アーニャたんのメイド服とサーニャたんのお尻ペンペンどっちも見たかったよぉおおお!!

 

103:名無しの雪国民さん ID:BUnyU3D16

本当にこいつだきゃあ……。

 

108:名無しの雪国民さん ID:AQuA4649N

ま、まあ、社畜ネキのおかげで盛り上がったし、あてぃしたちの緊張も解けたし、多少はね?

 

114:名無しの雪国民さん ID:35s1baSSS

いいなー。さくらもやりたかったけど、アーニャたんから返事がもらえないんだよね。

 

117:名無しの雪国民さん ID:31cHAnDa4

私もまだ貰えてないけど、なんてメールしたの?

 

122:名無しの雪国民さん ID:35s1baSSS

さくらもやりたい、さくらにやらせてってメールした。

 

126:名無しの雪国民さん ID:31cHAnDa4

……うん。それしか書いてないんだったら、平仮名しか書けない子供だと思われてるね。

 

129:名無しの雪国民さん ID:35s1baSSS

なんでぇー?

 

134:名無しの雪国民さん ID:LA22digPU

なんでも何も、それしか書いてないんだったら我輩でも採用せんわ。こんな園児。

 

141:名無しの雪国民さん ID:Gra3meDa4

でも羨ましいな。わたしもアーニャにファンレター送ったけど、ステイツで暮らしながらVTuberになるのは難しそうだから、レンタルを希望しなかったんだよね。

 

146:名無しの雪国民さん ID:k0koGAgtk

やはり考えることは一緒ですか。せめて国内に事務所があれば話は別なんですが。

 

149:名無しの雪国民さん ID:SHUBARDdd

そうだよね。外人さんだとアーニャちゃんの会社と面接するのも大変だもんね。

 

151:名無しの雪国民さん ID:BON446ta4

それもあるけど、アメリカ国籍を持ってると二重課税の問題もあるのよ。

アメリカの国籍を持ってるとね、アメリカ以外の国に移住して生活していてもアメリカに納税する義務があるのね?

だから下手に日本の会社と契約してVTuberになったら、アメリカと日本の両方に課税されて稼ぎを全部持っていかれる可能性もあるわけ。

 

154:名無しの雪国民さん ID:NKa46Gam1

うわぁー、それはキツいですねぇ!

 

156:名無しの雪国民さん ID:N301WaCHI

いえいえ、どうかご安心を。私どももその点を考慮して世界各国に拠点を作り、皆さんの不利益にならない契約を用意する方針ですから^^

 

159:名無しの雪国民さん ID: KanAta0S0

あ、流れがゆっくりだからまだ居ると思ったけどやっぱり居ましたよ。

 

160:名無しの雪国民さん ID:SHUBARDdd

なんて言うかさぁ……この人もう完全に正体を隠す気ないよね?

 

163:名無しの雪国民さん ID:BON446ta4

うん、もう完全にバレバレなんだけど、この人が書き込むとさ、避難所で目をつけられて人生に見切りをつけたあたしら以外の書き込みがパッタリと途絶えるのは、いつ見ても笑えるよね?

 

166:名無しの雪国民さん ID:MA78sh0WA

笑えねーよそんなの! みんな今を生きるのに必死なんだよ!!

 

168:名無しの雪国民さん ID:35s1baSSS

おいやめろよ! 触らぬ神に祟りなしだろ!?

 

169:名無しの雪国民さん ID:DANcho321

社畜ネキは大変だねぇ……N社の特設サイトにシルエットも載ってるし、そりゃあ逃げられないよね。

 

171:名無しの雪国民さん ID:N301WaCHI

おや、内緒のはずが見つかってしまいましたか^^

 

173:名無しの雪国民さん ID:TAk6A9SHi

なんという白々しさ……悪魔だ、悪魔がいる……。

 

175:名無しの雪国民さん ID:Go3za81RU

でもいいのでござるか、このスレでそこまで匂わせちゃって。

 

171:名無しの雪国民さん ID:N301WaCHI

いえ、明日には判ることですから構いませんよ。

 

176:名無しの雪国民さん ID:SHUBARDdd

明日……明日は何が起きるんでしょうかね? 人類の滅亡かな?

 

178:名無しの雪国民さん ID:BON446ta4

社畜ネキの人生が終わるんだよ、きっとね。

 

180:名無しの雪国民さん ID:MA78sh0WA

終わらねーよ! 今に見てろよお前ら? お姉さんもう吹っ切れたから、世界を股にかける海賊になって、愛しのアーニャたんを掻っ攫ちゃうもんね!

 

181:名無しの雪国民さん ID:SHUBARDdd

あの、それ犯罪の予告ですよね。

だとしたらお巡りさんに通報したほうがいいんでしょうか?

 

182:名無しの雪国民さん ID:BON446ta4

うん、通報しちゃって。

 

184:名無しの雪国民さん ID:MA78sh0WA

やめろォ! こんな冗談いちいち本気にしてんな!!

ったく……まさか本気でしてないよな?

 

186:名無しの雪国民さん ID:SHUBARDdd

えっ、冗談だったんですか?

今ちょうどお巡りさんとお話ししてるんですが……。

 

184:名無しの雪国民さん ID:MA78sh0WA

切れよ馬鹿ッ!!

すみません間違えましたって言ってさっさと切っちまえ!!

 

186:名無しの雪国民さん ID:4RANU1x6Z

草w

 

186:名無しの雪国民さん ID:SHUBARDdd

すみませんでした。まさか冗談だとは思わず……。

 

189:名無しの雪国民さん ID:DANcho321

なんという天然www

 

191:名無しの雪国民さん ID:4RANU1x6Z

なんか新鮮。今のところこのスレにいる磐っちの生贄って、結構クセのある子しかいないから、この天然ぶりがデビューしたらどうなるのか楽しみではある。

 

193:名無しの雪国民さん ID:MA78sh0WA

それじゃ、ちょっくら磐っちに推薦してみる?

このスレの総意ってことにしてさ、手頃な生贄にして時間を稼ぐの……。

 

195:名無しの雪国民さん ID:SHUBARDdd

よく分かりませんが、みなさんがそうしろと仰るなら構いませんが。

 

198:名無しの雪国民さん ID:31cHAnDa4

こいつ本気で言ってる……?

 

202:名無しの雪国民さん ID:NKa46Gam1

もしそうなら本気で楽しみですね……。

社畜ネキじゃありませんが、今のレンタル利用者ってアーニャさんのリア友であるマナカさん以外、ここまで純粋な方っていませんからね。

この人なら単なる配信仲間じゃなく、アーニャさんの良き友人になってくれるのではという期待が抑えられませんよ。

社畜ネキと違ってね。

 

205:名無しの雪国民さん ID:MA78sh0WA

白上ぃいいい!!

だからいちいちっ!

マリン船長をっ!

オチに使うなってっ! 

言ってんだろうがよぉおおお!!

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 2011年12月8日(木)

 

 

 学校から帰ってきて、ただいまの挨拶をしたら、返ってくるのは家族(みんな)の声だ。

 

「あら、お帰りなさい」

 

「姉ちゃん、お帰りぃ」

 

「お姉ちゃん、お帰りなさい」

 

「クゥーンッ」

 

「えっ!?」

 

 最後に聞こえたのは、わたしの勘違いじゃなければ、とある動物の鳴き声だ。

 

 まさかという気持ちと、もしかしたらという気持ちがケンカして、心臓の鼓動が跳ね上がる。

 

 ドタドタとリビングに駆け込むと、そこには妹に抱かれた銀色の毛玉が、小さな顔を覗かせる姿があった。

 

「……シベリアンハスキーの仔犬?」

 

 こちらに気づいたのか、妹の腕から身を乗り出して勢いよく尻尾を振り、クンクンと切なく喉を鳴らす姿に頭の中が真っ白になる。

 

 ぼんやりとする視界の中、訳知り顔のお母さんが微笑む姿だけが鮮明に浮かびあがって、わたしは思わず問いかけた。

 

「お母さん、もしかして昨日と一昨日の配信を見てくれたの?」

 

「ええ、ゆかりが頑張ってる姿はいつも見ているわ。でもごめんなさいね。お母さん、ゆかりがあんなに飼いたがってるとは思わなかったの」

 

 悪びれた顔もせずわたしの顔を覗き込んだお母さんは、むしろ誇らしげに胸を張ってこう続けた。

 

「でも考えてみたら、ゆかりが犬を飼いたいと言った次の日くらいから、今までずっとお母さんの手伝いをしてくれたわよね。だからこの子は、頑張ったゆかりへのプレゼントだとでも思いなさいな」

 

 ずるいよね。そんなことを言われたら、目頭が熱くなってくるに決まってるのにさ……。

 

「やーい、姉ちゃん泣いてやんの」

 

「こら、茶化さないの」

 

 弟がわたしをからかってお母さんに叱られるが、どちらも本気じゃないらしく幸せそうな笑い声ばかり聞こえてくる。

 

 その間、両目をゴシゴシと擦って視界を回復させたわたしに、妹が疲れた様子で訴えてきた。

 

「それよりさっきから挨拶したがってるから、お姉ちゃん代わってよ。この子ってばさっきから暴れて、みつる疲れちゃった」

 

 言われて見れば、妹の腕から抜け落ちそうな仔犬はわたしのことが気になるらしく、しきりに身体を動かして落ち着かない様子だったので、微笑(わら)って交代することにした。

 

 両手を伸ばして受け取ると、小さな身体が胸の中にすっぽりと収まる。わたしの匂いを嗅ぎ、あごの辺りをペロペロ舐めたら満足したのか、小さなシベリアンハスキーの仔犬は幸せそうに尻尾を振った。

 

 新しい環境に慣れておらずとも愛されて育ったのだろう。そんな仔犬の滑らかな背中を撫でるごとに尻尾の動きがゆっくりになり、やがて完全に静止して垂れ下がると、穏やかな寝息を立てるのだった。

 

「うーん、いいよね。この完全に人間を信じきってる感じ」

 

 この腕に感じる重みが命の重みだ。新しい命を受け取った母親はきっとこう思うに違いない。わたしがこの子を幸せにする。わたしのところに来たことを絶対に後悔させないって。

 

 そんな母親の使命に胸を熱くするわたしを見遣って、お母さんが口を開いた。

 

「そうね。その子はもうゆかりの子だから名前をつけてあげなさいな。きっとその子も喜ぶわよ」

 

 うっ、名前か……どうしよう?

 

 お母さんの言うように付けないわけにはいかないけど、わたしのネーミングセンスはからきしだから、これっぽっちも自信がない。白上さんがあやめさんの愛犬をゴンタくんって呼んでたけど、わたしも似たような名前を付けちゃダメかな?

 

 そんなわたしを眺めた弟が意地悪く笑う。わたしと生まれた時からの付き合いである弟は、わたしがなんで困ってるのか見抜いた様子だったが、口に出したのは別のことだった。

 

「ちえっ、いいよな、姉ちゃんばかり……とは言えねぇか。実際姉ちゃんは頑張ってるもんな。見ろよテレビ。さっきからずっとこのニュースばっかりだぜ」

 

 なんの話だろうと首をひねる間もなく、弟がリモコンの電源を押したテレビから音声と映像が流れてくる。

 

『えー、繰り返します。先ほど午後三時に、N社が京都の本社ビルで緊急の記者会見を開きました。現場には関西支局の飯塚アナが向かってます。飯塚さん?』

 

『はい、先ほど記者会見が終わりました。その中で社長代行の真白軍平氏が、世界的に有名なVTuberであるアーニャと契約済みであることを明かし、来週の中頃を目処に専門の事務所を設立。一般公募の中からアーニャに続くVTuberを育成すると明らかにしました』

 

『ありがとうございます、これは大変なニュースですよね? アーニャと言えば、デビューからわずか10日でチャンネル登録者数が500万人を超えて、世界中をその愛くるしいキャラクターとチャーミングな歌声で魅了する大スターです。そのアーニャとの契約を明かし、専門のプロダクションを設立するN社の狙いは何処にあるのでしょうか?』

 

『はい、N社と言えば世界的な家庭用ゲーム機のメーカーとして有名ですが、アーニャの得意分野である音楽を専門とする業界とは、これまでそれほど縁がありませんでした。そのため、一部からアーニャと契約する意義は薄いのではないかと言われていますが、そんなことはありません。現に、アーニャの配信で取り上げられたC社のゲームソフトは、海外でネット通販の予約が一杯になり、小売りの予約も殺到して、初期出荷分は完売状態になって大きな混乱が生じることが確実と見られています。この騒動を受け、C社はさらなる増産を急ぐと発表し、株価の上昇が留まるところを知りません。このように、アーニャの動画配信はもはや世界的な一大コンテンツに成長しており、稀代の歌姫を売り出すN社の立場は、今後ますます──』

 

「な、話が長ぇだろ? ここだけじゃなく、どこもこんな感じなんだよ、ほら」

 

 肩をすくめた弟がチャンネルを変えるが、別の番組でもコメンテーターが口にするのはこの話題だった。

 

『つまり竹下さん、これはN社の大勝利と言っても過言ではないわけですね?』

 

『ええ。僕はアーニャと契約するのはS社と予想してたんですが、見事に外れましたね』

 

『ふーむ? たしかにS社のほうが映像と音楽のコンテンツに強いですから、そのように考えるのも分かりますが……では逆に、アーニャはなぜS社ではなくN社と契約したのでしょうか?』

 

『それなんですが、僕はね、順序が逆だと思うんですよ。つまりアーニャは最初からN社の仕事だったと、そう考えると腑に落ちるんですね』

 

 なんというか……わたしとしてはN社の仕事が順調なことに喜ぶ反面、えらい騒ぎになったと驚くばかりなのだが……。

 

「まったくこいつらときたら、周回遅れの話題で盛り上がって、情弱にもほどってもんがあるだろ」

 

「えー? そんなこと言って、お兄ちゃんどこまで知ってたの?」

 

「そんなもん、ネットで調べりゃいくらでも出てくるって。常識だよ、常識」

 

「いいなー。みつるにも調べ方を教えてよ」

 

 得意気な弟と不満気な妹に、困惑するわたし。そんなわたしたちを等分に見遣って、腕の中からシベリアンハスキーの仔犬を抱き上げ、ケージに戻したお母さんが微笑む。

 

「そうそう、今度から土曜の午後にトレーナーの方に来てもらうから、ゆかりも時間があったら参加してちょうだい。やっぱり大きくなる犬種だから、小さい頃から訓練しないといけないよね。この子の離乳は終わってるから、一週間くらいしたらワクチンを受けて、お散歩をするのは来年になってからかしら。それまで家の中で暮らすから、間違えて外に出さないように注意するのよ」

 

 お母さんが育成プランを提示すると、弟と妹は素直に返事をしたが、わたしは何も言えなかった。

 

 頭の中はやらかした直後のような惨状で、辛うじておやつを受け取るときに「ありがとう」と返事をするのが精一杯で、救いの神を求めたわたしは一目散に退散するのだった。

 

 

 

 

 

「というわけなんだけど、わたしこれからどうしたらいいの!?」

 

「それはどちらもおめでとうございますとしか申し上げられませんが……こうしたゆかりの姿を見ると、ゆかりも成長したという評価を引き下げる必要を感じますね」

 

 逃げ込んだ自分の部屋で頼れる相棒に泣きついたら、返ってきたのがこの答えなんだから薄情なもんだよ。まったく、わたしがどんな気持ちだったかもう少し考えてもらいたいね。

 

「むしろそこまで慌てることですか? いずれN社がアーニャとの契約を明かすことも、事務所の設立を何らかの形で宣伝することも、とうに承知なさっていらっしゃったでしょうに……」

 

「だってテレビで取り上げられるとは思わなかったんだもん。……なんかおかしくない? 今までテレビでアーニャの話なんてたまにしか聞かなかったのに、どこもかしこもアーニャ一色なんてさ」

 

 おやつのロールケーキをモグモグと頬張りながら伝える。

 

 そうなのだ、事前に大騒ぎになっていたらもう少し心構えができたんだけど、今日になっていきなりだったからね。とんでもないことになったって冷や汗さんの対処で手が塞がっちゃったよ。

 

「なるほど……ゆかりはマスコミの昨日までとの温度差に驚いているのですね? その辺りは大人の事情になるのでゆかりには伝えていませんでしたが……ゆかりの気持ちが落ち着くなら伝える意味はありますか。ご心配なく、ようは一枚噛ませろと言ってるだけですから」

 

「どういうこと……?」

 

 サブちゃんの答えにフォークを止めて、ゆっくり咀嚼しながら吟味する。あ、お母さんのロールケーキ美味しい。やっぱりお母さんの手作りだよね……じゃなくて!

 

「逆に訊ねますが、アーニャを自局の歌番組に出演させたくない(・・・・・・・・)と考えているテレビ局があると思いますか?」

 

「……ないの?」

 

「ありませんね。公共放送のNNNも年末の紅白に参加を要請するほど世界的な人気歌手ですよ。彼らも活動の場がネットというだけで無視を決め込むほど正直者ではないでしょう」

 

 ネット世論は存在しないものとして扱い、ネットの醜聞以外は報道しないのがマスコミの基本姿勢だが……そのスタンスを変えるほどの価値を見出したのだろうか?

 

「うーん、やっぱりおかしいよね。今の政府がマスコミのゴリ押しで成立したときから、ネットとは不倶戴天の敵同士じゃない? それなのにネットで人気のアーニャの影響力を認めるなんて、小金欲しさに飛びつくのは危険じゃないかな……?」

 

「おや、ゆかりにしては勉強していますね。……いえ、それも『以前』の知識ですか? どちらにしろご存じならもう少し噛み砕いて説明しますか」

 

「お願いします」

 

 わたしが頼むと、サブちゃん(サーニャ)が眼鏡と教鞭で武装して、お得意の資料を表示しながら説明してきた。

 

「ご存じのように、かつてのマスコミは情報を独占して世論を支配する立場にありましたが、気軽に情報を発信できるネットの登場によってその立場が揺るぎ、それ以来、ネットの情報は信用できないと世論に訴えるようになりました。この辺の事情はゆかりもご存じでしょうから、今回マスコミがネットコンテンツのアーニャを持ち上げたことに違和感を覚えたのでしょう」

 

 うん、そうなのと首肯する。

 

 匿名掲示板やSNSでの誹謗中傷など、ネットの害悪を喧伝することには熱心でも、その他のコンテンツはYTubeひとつを取っても、とある大物芸能人がチャンネルを開設したので仕方なく触れる程度で、その他の配信者──例えば人気No.1のHi☆KAKINさん辺りも、最近まで露骨に無視していたというのが現状なのだ。

 

 それが今日になって急に持ち上げられても、裏に何かあるんじゃないかと気になって仕方ないというのが本音である。

 

「テレビに出来ることは動画配信サイトにも出来るとまでは思わないけど、取って代わられるって恐怖がそうさせたんだったら、少しでも影響力を弱めたいのは分かるんだよね。だからこれまで執拗に叩いてたのにさ……自分で言うのもなんだけど、アーニャがネットの世界で人気があるって認めたら、これまでの苦労が水の泡になるんじゃないかな?」

 

「それがどんなに魅力的でも、ネット上のものなら表向きは否定する。そんな彼らはむしろ、ネットからアーニャを取り上げようとしているのですよ」

 

「……そんなことができるの?」

 

「アーニャが活動の場をテレビやラジオに移せばそれも可能です。今回の報道はこちらでも確認しましたが、アーニャのみならずN社も好意的に取り上げていましたよね? この国の経済活動から半ば独立して、財界から敵視されるN社の案件にしては異常なほど。……これは要するに一枚噛ませろと言ってるのですよ。今回の報道で恩を売ったN社に、アーニャという甘い汁を吸わせろというメッセージを送ったつもりなんですよ」

 

 そうか……アーニャに自分の番組を持たせればいくらでもコントロールできる。番組の内容も、アーニャ自身も。そして彼らはそれなりの視聴率と広告料を得て満足するわけか。

 

「まあ論外だけどね。そんなことをしたら、ぜったい自由にやらせてくれないし、やりたくもない宣伝を押し付けられるでしょ?」

 

「まったくですね。YTubeのプラットフォームなら基本的に好きにやらせてもらえて、彼らには払いようもない莫大な収益すら見込めるというのに……なぜそんな話をN社が了承すると思っているのか、私には不思議です」

 

 不快さ半分、困惑半分に腕組みしたサブちゃん(サーニャ)が吐き捨てる。

 

「まぁ、他にも色々な思惑が絡んでますがね。……例えばアーニャのアルバムを販売したい音楽業界や、アーニャを自社のCMに起用したいスポンサー企業の圧力が、今回の動画配信サイトに綺羅星の如く現れたアーニャの名声を公に認める、という判断につながり……どうせ認めなければならないなら絶賛することで恩を売り、いずれN社が持つことになるアーニャ関連の利権に首を突っ込もうというわけですね」

 

「うわぁ……それはなんていうか、取らぬ狸の皮算用もいいとこなんじゃ……?」

 

「はい。そうした大人の事情など教えられても困るでしょうから、今までゆかりに説明しませんでしたが……却って驚かせてしまいましたね。判断の不備を認めます。申し訳ありませんでした、ゆかり」

 

「ううん、そういうことなら納得したから気にしないで、サブちゃんもさ」

 

 とりあえずわたしが気にしても仕方のないことは解った。しばらくこの話はついて回るだろうが、適当にあしらうとしますか。

 

「そうなると残された懸念は、ワンちゃんになんて名前を付けるかだね。わたしとしては無難にシロなんてどうかなってと思うんだけど……毛皮の色もそんな感じだったし」

 

「無難すぎますね。北欧やロシアの家庭でハスキー犬になんて名前を付けているか分からず困っているのは理解しますが、せめてイワンコフくらいは言えないんですか?」

 

「そっちこそ何よ、そのネーミングセンスは。イワンコフって絶対ワンコを掛けてるでしょ?」

 

「おや、見抜かれてしまいましたか……。もちろん冗談ですが、私は三河屋のサブちゃんという、ゆかりの貧しいネーミングセンスを象徴するような娘ですからね。まったく、時代劇の陰険漫才から連想したと推測するのも困難な名前を付けられたら、私も名前を考えようという気になりません。この件に関しては、私に期待するほうが間違ってるのでは?」

 

「開き直った! じゃあどうすんのよ? 弟に馬鹿にされるから、いつまでもワンちゃんって呼ぶわけにはいかないのに!?」

 

 思わず頭を抱えて天を仰ぐと、サブちゃんはこれ見よがしに溜め息を吐いたが、同時に現実的な案を提示することも忘れなかった。

 

「そういうことならVTuberらしく、犬を飼ったことを明かして視聴者(リスナー)から名前を募集したらいいのでは?」

 

「その手があったか! 助かったよ、サブちゃん!!」

 

「いえいえ。今夜は二回目となる3Gの配信にお客さまもお呼びしますからね。まずは彼女たちに聞いてみてもいいですし、それでもダメならWisperに愛犬のイラストを投稿して、名前を募集してみてもいいでしょう」

 

 

 

 

 

 そうして二日ぶりとなる3Gのコラボ中にこの話を振ってみたが、タイミングが悪かった。

 

「というわけで、アーニャの配信を見てくれたお母さんがシベリアンハスキーを飼ってくれたんだけど、名前が思いつかないんだよね。何かいい名前が──また躱された! やめてよ、その振り向きながら遠ざかるヤツ!!」

 

 本作の看板モンスターである砕竜との激闘中に持ち出す話じゃなかった。本当に誰だよ、この大剣の溜め3を狙い撃ちにしたとしか思えない獣竜種の動きを考えた人は。

 

「おーっ、アーニャたん犬飼ったんだ? 配信が終わったらこっそりお姉さんの本名を教えてあげるから、ワンちゃんに付けて溺愛してくれてもいいのよ?」

 

 そしてこのシリーズが未経験という自己申告は何だったのか? 社畜ネキさんことマリン船長が玄人向きの狩猟笛でバフも切らさずスタンを奪った。

 

「おー、ナイスぅ! しかしいいお母さんですねー。アーニャさんのことをしっかり見てくれて……」

 

「うん、でもね……名前がちょっと思いつかないんだよね」

 

「突然だとそうなりますよねー。……でもちょっと意外です。白上もNicoichi動画で配信するにあたって、仲上ハルカのハンドルネームを決めるのには苦労しましたが、アーニャさんはほとんど即興で白上たちの素敵な名前を決めてくださるほど、ネーミングセンスが秀逸なのに……」

 

「うっ、それは……」

 

 すみません。それに関しては完全な無断拝借です。

 

「ま、仕方ないって。お姉さんにマリンたんって名付けてくれたときも、アーニャたんってばお姉さんの話をよく聞いてくれたもんね? そうやってお姉さんのことをよく知ることで、イメージを膨らませてマリンたんのデザインと名前を思いついたんだったら、今日会ったばかりのワンちゃんの名前をすぐ思いつかなくても当然だって。それだけよく似合う名前を真剣に考えてるってことなんだから、いくらお姉さんのことが恋しくてもワンちゃんにマリンたんって名付けちゃダメだゾ?」

 

「おいおい……途中までいい話だったのに、最後で落とさないでくださいよまったくもうっ……」

 

 と、かなりの強敵と戦闘中だというのに、相変わらずマリン船長ってすごいよね。最後にさりげなく自分の名前をアピールするところが、特に……。

 

「うーん、そんなに大変かなぁ……ナキリはフブキにやっといてってお願いするだけやったからメッチャ楽だったわ。ゴン太も名付け親はフブキやし」

 

「お前はもう少し反省しろー! ゴン太のこともそうだけど、あっさり2乙してモ◯ハンを始めやがって! もう後がないって解ってるんだろうな!?」

 

「わかってるよー。だからナキリ、軽弩に持ち替えてサポートに徹してるじゃん」

 

「よし、今度こそ溜め3! あやめさん、スタンが切れたら麻痺をお願いね!」

 

 そんな激闘の最中だったから、わたしはもちろん、白上さんたちもあっさりこの話題を忘れて──。

 

「よっしゃ、尻尾切れましたぁー!」

 

「ナイスタイミング! 起き上がる前に麻痺らせるYO!!」

 

「それじゃあマリンたんはこのまま頭に張り付いて、二回目のスタンを狙えばいいのね?」

 

「うんっ、このまま畳み掛けよう!」

 

 二回目のコラボが大変な盛り上がりになったこともあって、けっきょく愛犬の名前はWisperのフォロワーに委ねることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2011年12月9日(金)

 

 

 そしてわたしの誕生日となる12月9日の金曜日は、朝から大変なサプライズに見舞われるのだった。

 

「うわぁ……」

 

 わたしの目の前には今日の朝刊がある。見開きの両面いっぱいを使ったN社の広告。そこで使われているフルカラーのイラストは、あのとき宮嶋さんに預けたもので、書かれている内容はこうだ。

 

「クリスマスの夜、雪化粧が施される京の都に、北の国から電子の妖精が舞い降りる。N社公式VTuber、奇跡の歌姫アーニャ。12月24日夜8時から、N社公式チャンネル『社長に聞く』で堂々コラボ配信、かぁ……」

 

 うん、聞いてないにも程があるけど、だいぶ先の話だしね。打ち合わせの時間はこれからいくらでも作れるでしょ、と広告に見入る。

 

 正直なところ、このイラストは自信作ではあったけれども、寂しいものも感じていたのだ。指定の風景、描いていい人物は、粉雪とともに降り立つアーニャのみ。そんな子供の強がりを感じさせる笑顔は、宮嶋さんの手で別物に生まれ変わった。

 

 初雪の降り注ぐ京都の街中を行き交うN社のキャラクターに歓迎されたことで、アーニャの笑顔は本当に嬉しそうなものになった。仮にも作者の一人であるわたしをして感動の涙が止まらないほど、それは脱帽の仕上がりだった。

 

 ……いや、わたしの涙が止まらないのはもう一つ理由がある。広告の右下に小さく書かれた直筆のメッセージを目にした瞬間から、どうしても涙が止まってくれないのだ。

 

『お誕生日おめでとうございます。おかげで助かりました。アーニャさんは命の恩人です。磐田肇』

 

 まったく、こんなに泣かせるなんて、実は悪い大人なんじゃないのと思いながら、わたしの頬を舐めるユッカと名付けた仔犬の頭を撫でるのだった。

 

 

 

 

 

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