転生したら美少女VTuberになるんだ、という夢を見たんだけど?   作:蘇芳ありさ

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家なき娘を抱きしめて

 

 

 

 

 

 2011年12月12日(月)

 

 

 改めて振り返ってみると、先週は正気とは思えないくらい濃密な一週間になった。

 

 何しろアーニャの配信に限っても、レンタルVTuberなんてものをでっち上げてみんなをデビューさせたり、発売前の3Gをやったり、宮嶋さんのM人狼をやったりしてたもんね。

 

 おかげで8日くらいお休みせず配信したのかな? 

 

 他にもマスコミの関係者に尾行されたり、わたしがデビューさせた人たちが引き抜かれそうになったり、誕生日前に愛犬(ユッカ)をお迎えしたり……最後のは癒し要素だけど、とにかく色んなことがあって息をつく暇もなかった。

 

 別にそうしたことが重なって心身の疲労が蓄積してるわけじゃないけど、気分的にはここらでゆっくりしたかったので、今週は無理をしないようにするかな。

 

 幸いと言ってはなんだが、3Gも昨日の配信で一区切りがつき、レンタルVTuberのみんなも、マナカ(アーリャ)以外は今週木曜の事務所開設に先立ち、 0期生という扱いで今日から研修の準備に大忙しだとか。

 

 研修ではコンプライアンスとネットリテラシーを重点的に説かれ、適正を見ながらVTuberに必要な各種技能のトレーニングも行われるとのこと。

 

 N社のVTuber事業に協力する、J事務所の経験豊富なスタッフによって行われる研修は、最短でも96時間を予定しているらしく、まだ学生のぽぶらさんたちは大変だろうけど、最寄りの事務所から送迎の車も出してくれるみたいなので頑張って完遂して、二週間後の正念場までには帰ってきてほしいところだ。

 

 うん、クリスマスの夜に予定がないなら、ぜひ大舞台にご同行を……。

 

 それはさておき、すでに社会人で、退職前のブラック企業から十分な研修を受けているマリン船長の復帰はかなり早いらしく、今週の土曜か日曜には帰ってくるって豪語してたけど……うん、楽しみだね。

 

 まだちょっぴり苦手意識は残ってるんだけど、なんだかんだ言ってもあの人の明るい性格に助けられてるんだよね。

 

 正式に自分のチャンネルを持つのは他の0期生(みんな)と歩調を合わせて、事務所とも相談するそうだけど、わたし(アーニャ)の配信には変わらず出演するそうなので頼りにさせてもらいますか。みんなもパワーアップしたマリン船長に期待してね!

 

 というわけで今週は視聴者参加型の3Gをやったり他のゲームもしながら、レンタル希望者を無理のない範囲でデビューさせていく方針。

 

 まぁ、新しい子を紹介するときは決めとかないといけないことが色々あるから、スケジュールに余裕があるのはいいことだ。先週は見切り発車でワタワタしちゃったから、今度はそうならないように報連相を徹底しよう。

 

 そんなわけで学校から帰宅したら家族とのんびり過ごしながら、愛犬を抱いて過去を振り返るわたしだったが……残念ながらそうは問屋が卸さなかったみたいた。

 

 玄関のチャイムが鳴って、お母さんが「あら、予定より早かったわね」と訳知り顔で立ち上がる。これが新たな波乱の始まりになった。

 

 玄関先で何やら話し込んでいたお母さんが戻ってくると、その背後にボーイッシュな女の子の姿が見えた。どうやらお客さんのようなので、お母さんに叱られないように居住まいを正す。

 

 背は147cmのわたしより少し高いくらいだけど、結構ガッチリした体を包んでいる運動着(ジャージ)の胸の部分に、市内の高校名が刺繍されているからだいぶ年上だろう。

 

 緊張しているのか顔色はあまり良くなかったが、とても美人で視線の合ったわたしに深々とお辞儀するなど、礼儀正しく真面目そうな印象を受ける。

 

「みんな聞いてちょうだい」

 

 お母さんが手を叩いて、主に寝そべったままゲームをする弟と、背中越しにユッカを奪おうとする妹を視線で咎めてから、背後の娘さんを紹介する。

 

「この方はゆかりの同僚になる鴨川昴(かもがわすばる)さん。今日からしばらくこの家でお世話することになったから、みんな仲良くしてちょうだいね」

 

「ご紹介に与りました鴨川昴と申します。ご迷惑かと存じますが、昴に決定権はないのでどうかよろしくお願いします」

 

 えっ? 鴨川昴さんって! それに同居!? 聞いてないにも程があるよって頭が混乱したが、わたしが何か言うより早く弟が爆発した。

 

「なんだよそれ! 聞いてないにもほどがあんだろ!?」

 

「そうね。いま教えたんだもの」

 

「開き直ってんじゃねぇよ! だいたい父ちゃんは知ってんのかよ? 父ちゃんに無断でこんな美人の姉ちゃんを連れ込んだら、色々とマズイだろうが!?」

 

「あの人は快諾したから心配無用よ。だいいちこんな若い娘さんが火事に遭って野宿をしてるって知ったら、知らん顔できないでしょ。それもゆかりと同じ会社のお世話になるって知ったら余計にね」

 

 ははぁ……おおよその事情を知らされたわたしは鴨川さんに深く同情した。火事のこともそうだけど、お母さんに目をつけられたことは、特に重点的に。

 

 お母さんはこうと決めたら突っ走る傾向にあり、直近ではユッカの件もこれに相当するが、他にもPTAや町内会でも色々とやらかしてる。たぶんお父さんがうっかり漏らしたんだろうけど、鴨川さんの災難が本当なら、聞きつけたお母さんが黙っていられるはずがないのだ。

 

 そう察したわたしは早々に逆らっても無駄だと割り切ったが、微妙な年頃の弟にとって鴨川さんのような美人の同居人が増えることは大問題らしく、しばらく粘っていたが……。

 

「わたしは賛成! ねぇ、すばるちゃんって呼んでいい? わたしはみつる。よろしくね!」

 

「アッハイ。どうか自由に呼んでください、美鶴さん」

 

 ようやく一時的な家族が増えることに気が付いた妹が大喜びすると、ガックリと肩を落として不貞腐れた。

 

「まぁ、みんながどうしてもって言うなら認めるけどよ……姉ちゃんのようにおれを風呂に連れ込もうとすんなよ? 裸でウロウロしやがったらタダじゃおかねぇからな?」

 

 負け惜しみにしては切実にお願いする弟に、「そのようなことは致しません」と快諾した鴨川さんがもう一度頭を下げると、少しだけ怖い顔をしていたお母さんも笑顔になった。

 

「みんな分かってくれてお母さん嬉しいわ。それじゃ、ゆかりは鴨川さんを3階の客間に案内してあげて。お母さん順平に用ができたからよろしくね」

 

「はぁい」

 

 怒られる前に返事をして、ゲッという顔をする弟を横目に、愛犬を妹に託したわたしは「こっちですよ」と鴨川さんを案内した。

 

 元は和室を含めて6LDKだったこの家も、何年か前に子供部屋を解消して個別の部屋をもらったときに増築して、余った部屋を泊まりにきた親戚用に確保してある。

 

「可愛らしいワンちゃんでしたね。シベリアンハスキーですか」

 

 そちらに向かう最中に話しかけてきた鴨川さんに、「そうですよ。名前はユッカっていうんです」って応じると、彼女の顔色はますます悪くなった。内心どうしたんだろうとかなり心配になったが、そんな疑問は程なく解消された。

 

 空いてる客室のうち女性用の部屋に案内して、「それじゃあこの部屋を使ってくださいね」と口にするわたしに、「ありがとうございます」と頭を下げた鴨川さんが、恐る恐るといった様子で尋ねてきた。

 

「あの、つかぬことをお伺いしますが、ゆかりさんはやっぱり、アーニャさんの中の人ですよね?」

 

「そうですけど」

 

 今さら隠すことでもないので認めると、鴨川さんが膝を折って平伏してきた。なんだこれ。

 

「誠に申し訳ありません! この鴨川昴、何と言ってお詫びしたらいいか……!」

 

「ちょ、ちょっと鴨川さん、落ち着いて……」

 

 きれいな土下座だと思うけれど、お客さまにこんな格好をされているところをお母さんに見られたら、なんて言われるか判ったものじゃない。とりあえず鴨川さんを客室の中に引っ張り込んでドアを閉めると、頑なに土下座の姿勢を崩さない彼女に訳を訊くのだった。

 

「つまりですね、この鴨川昴はネットでの軽率な発言により、アーニャさんのマネージャーが実のお父さまであるという説に信憑性をもたらしてしまったんですよ」

 

 なので死んでお詫びすべきでは、って物騒なことを言い出した鴨川さんには悪いんだけど、わたしとしてはなんだその話かって感じだった。

 

「その話ならさっきテレビでやってたけど、最近の過熱ぶりを考えるとまだやってるんじゃないかな? 見てもらえれば鴨川さんの心配事も消えると思うよ?」

 

 そう言って客室のテレビを点けると、予想通りさっきの番組がまだやってたいた。

 

『しかしN社がアーニャさんを演じる真白ゆかりさんの実名を、写真付きで公表するとは驚きましたね。稲田さんはどう思います』

 

『私も驚きましたが、よく考えれば英断だと思いますよ? 先日も週刊誌の編集者が大阪市内で不審者として拘束されるという事件がありましたが、これもゆかりさんの正体に迫ろうとしたんでしょうね。以前からN社の真白社長代行のお嬢さまがアーニャさんではないかという噂があったわけですし、アーニャさんの正体が不明な限り、こうした不心得者は後を絶たないでしょうからね』

 

『横からすみませんが、僕も英断だと思うんですよね。会見でN社はゆかりさんの身元を明かすのと同時に、未成年であることを理由にマスコミの接触を禁止したわけでしょう? 会見にはD2の鶴見社長と、J事務所の鯉戸会長の他にも、白鳳堂の杉本社長も同席したわけですから、これに逆らえるマスコミは存在しませんよ。具体的な条例にも違反するわけですしね』

 

 番組の内容はわたしたちの予想通り、今回の方針に理解を示すものばかりだ。

 

「最近マスコミがうるさくってね、もう公表するって決めちゃったんだ。だからそんなに気に病まないでください」

 

 わたしがちょっと(おど)けたふうに念押しすると、鴨川さんは床の上に座ったままヘナヘナと腰が砕けるという器用な真似をしてみせた。

 

「そうでしたか。よかった、ゆかりさんにもしものことがあったらと思うと夜も眠れませんでしたよ……。しかし身元を明かしてしまっては、マスコミ対策にはなっても、学校のお友達に騒がれることになりませんか?」

 

「うん、でもそれくらいはね? それに弟たちも学校でアーニャの話題が出ても知らん顔しなきゃいけなかったから、色々と潮時だったんだよ。わたしも学校でユッカの自慢ができなかったしね」

 

 わたしが悪戯っぽく舌を出してみると、鴨川さんはようやく笑えるような心境になったのか、照れくさそうに微笑んでみせた。

 

「というわけで家族としても後輩VTuberとしても歓迎するのでよろしくね」

 

「はい、こちらこそ……のっけから迷惑のかけ通しで恐縮ですが、よろしくお願いします」

 

 そう言って笑顔できれいなお辞儀をする鴨川さんだったが、わたしとしては不満だった。

 

「もしかしてさ、家主の娘とか先輩VTuberだとかで遠慮してるかもしれないけど、鴨川さんのほうがお姉さんなんだから敬語なんか使わないで、もっと妹みたいに雑な口調でいいと思うんだけどな?」

 

「そうはおっしゃいますが、スバルは普段、家族や友人には『なんだお前、ふざけんのは顔だけにしろよ』と、こんな感じですからね。配信中のリスナーやご両親に聞かれたら、お前こそなんだって話ですよ」

 

 鴨川さんは打ち解けたように言葉を崩しながらも一線を守るが、少しだけ地の部分も見せてくれた。

 

「あはは、すごい声量だね。それに男の子みたいに低い声」

 

「そうなんですよ。地味にスバルのコンプレックスの一つなんですが、ゆかりさんの石動ゲンゾウには負けましたね。あれどこから声を出してるんですか?」

 

「え? そう言えばサブちゃんも、普通の人は6オクターブ以上の声域を1人でカバーできないって呆れてたけど、そんなに変だった?」

 

「変かもしれませんが、アーニャさんは奇跡の歌姫ですから、天才の世界では普通なのかもしれませんね」

 

 声の大きい社畜ネキさん以上の声量と、淀みなく紡がれる軽快なトーク。これは大変な逸材を引き当てたと確信するわたしの耳に、少し呆れたようなお母さんの声が聞こえてきた。

 

「返事がないから開けさせてもらったけど、床に座って何をしているの?」

 

「あっ、お母さん」

 

「鴨川さんもお風呂を沸かしたから入ってくださるかしら? 着替えの持ち合わせがなかったら、ひとっ走りして買ってくるけど?」

 

「えっ? いやいや、服は一通り用意してありますが、居候の身で一番風呂はあまりに僭越と申しますか……」

 

「そうは言うけど、ゆかりの配信に出る予定なんでしょ? 夕食の後は混み合うから、今のうちに入っていただけると助かるのよね。ゆかりも鴨川さんと一緒に入る? 入るんだったらお風呂に案内してもらえるかしら」

 

「うん、分かった。今日は一緒に入るね。そういうわけだから一緒に行こ?」

 

「いっ!? いやいやいや、そんなことをしたらどこかで聞きつけた社畜ネキに死ぬほど恨まれますから、勘弁願えませんかね……?」

 

「社畜ネキさんなら大丈夫だよ。ああ見えてまともな人だから、普段のも半分くらいは冗談だろうし。ほらほら、観念して連行されなさい」

 

「ああもうっ! この母娘、強引なところが本当に瓜二つじゃねーか!!」

 

 鴨川さんも本気で抵抗する気はないのか、やがて着替えの詰まったバッグを手にすると、素直に立ち上がって「お手柔らかにお願いします」と大人しく連行されたので、「こちらこそよろしくお願いします」と言っておいたんだけど……強引に混浴を決めておいてなんだが、脱衣所で服を脱ぎ、お風呂で二人きりになると途端に恥ずかしくなった。

 

 なんていうか一糸纏わぬ鴨川さんの姿を目にしてから、自分でも自分のことが解らなくなった。

 

 えっ? これはもしかして、鴨川さんに自分の肢体(からだ)を見られるのが恥ずかしい? なんで? お父さんと弟に見られても平気なのに、なんで同性の鴨川さんにだけ?

 

 まあ、チンケな小娘の肢体だからね。目の前に完成品があればあまりの不恰好に恥ずかしくなるのも、なくはないかな……? でもそれなら鴨川さんの肢体にドキドキするのはなんでだろうね?

 

 まさかわたしは社畜ネキさんのように女の子が好きというか、そっちの気があるのかな? 嫌だよ、そんなの……というわけで鴨川さんの首から下を見るのは禁止!!

 

 そんなわけで洗い場では人知れず羞恥に悶えていたが、湯船に浸かって首から下が見えなくなるとだいぶマシになった。身体だけではなく心までポカポカしてリラックスできたのもあって、ぎこちなかった会話も弾んだ。

 

「というわけで、アーニャさん発祥の地と呼ばれる匿名掲示板は非常に気やすい雰囲気もあって、ついうっかり、口にしてはいけないことを書き込んでしまったわけなんですよ」

 

「ふうん、そうなんだ。鴨川さんのようにしっかりした人でもネットでやらかしたりするんだね」

 

「はい、あとでその話を知った社畜ネキに、もっとネットリテラシーを勉強しろって叱られましたね」

 

「ネットリテラシーなら研修で教わると思うけど、それまで個人情報を口にするのと、差別的な発言をしないように気をつけてね? 具体的には背の低い人をチビと呼んだり、太ってる人をデブって呼ぶのも差別的な発言になるから。あと放送禁止用語もうっかり口にしないようにね。ファッ◯とかそういうのも……」

 

「承りました。ところで長湯は体に良くないのでそろそろ上がりましょうか」

 

「うん、上がったらわたしの部屋に行こうね。サブちゃんもその時に紹介する」

 

「サーニャさんですか。そういう愛称で呼べる関係っていいですよね。憧れます」

 

 話は纏まったが、立ち上がった鴨川さんが湯船を跨ったときに、見えてはいけないところが見えそうになって、わたしはお湯の中に顔面を沈め込んだ。

 

 本当にどうしたんだろうね、わたしは。これが一時の気の迷いならいいが、念のため今後は鴨川さんとの入浴は控えよう。

 

「うん、何もかも社畜ネキさんが悪い」

 

 わたしに妙なことを意識させるに至った社畜ネキさんを恨みつつ、不思議そうな顔をする鴨川さんの肢体を見ないように気を付け、軽く清掃したお風呂を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 そうして知りたくもない自分の一面を自覚したあと、台所から顔を出したお母さんに「今日の手伝いはいいから鴨川さんの相手をしてあげなさい」と言われたわたしは、予定通り自分の部屋に向かって、パソコンのモニターに映ったサーニャ(サブちゃん)を鴨川さんに紹介した。

 

「この子がサーニャで、こっちが鴨川さん。二人ともこれからしばらく一緒にやってくことになるからよろしくね」

 

「ただいまご紹介に与りました鴨川昴と申します。サーニャさんの活躍ぶりには常日頃から感心させていただいております。右も左も分からぬ若輩者ですが、どうかご指導ご鞭撻をよろしくお願い申し上げます」

 

「これはどうもご丁寧に。ですがゆかりになんと言われたかは知りませんが、私に礼は不要ですよ。どうか自宅のメイドのように接してください。なんならこの牝豚と罵ってくださっても構いませんよ」

 

「いやそんなこと言われたって、自宅にメイドがいるような上流階級じゃないんだから分かるわけねぇし、仮にいたってそんな酷いこと言わないからね!?」

 

 すると鴨川さんはあまりの言い草に悶絶したが、相棒(サーニャ)の表情を見るに、思うことはわたしと一緒のようだ。

 

「この声量にツッコミのレスポンス、そして切れ味……逸材ですね」

 

「逸材だね。そんなわけで鴨川さんをレンタル犠牲者に仕立てていくんだけど」

 

 そこでわたしはサーニャが以前に送ったというレンタルVTuber用のソフトが気になった。

 

「ねぇ鴨川さんのお家は火事になったって聞いたんだけど、モーションデータ収集用のソフトが入ったパソコンは無事だった?」

 

「あ、それなら昴の部屋は火の手を免れましたので、ノートパソコンは無事です。いまは客室のバッグに入ってますが持ってきましょうか?」

 

「うん、お願いします」

 

 わたしが頼むと鴨川さんはそそくさと退室して、ほどなく自前のノートパソコンとACアダプターを持参したので、さっそくUSBで接続してサーニャに確認してもらった。

 

「はい、これなら十分に差別化したものが作れそうです。ご協力に感謝を」

 

「いえいえ、こちらこそ……って今から作るんですか?」

 

 鴨川さんが時計を見ながらそう言うが、時刻はまだ5時になったばかり。今日は家事手伝いを免除してもらったし、十分余裕がある。

 

「うん、今からわたしが描いて、サーニャがテストするんだけど、鴨川さんは自分のアバター(ガワ)をどんなふうにしたいか希望はある? 例えば金髪の外人さんがいいとか、年齢は12歳くらいがいいとか?」

 

「いえ、スバルにそんな贅沢は……アーニャの生みの親であるゆかりさんに描いていただけるだけで十分かと」

 

 うん、丸投げか……まあこれまで十分にお話しできて、イメージも固まってるからそんなに苦労しないかな? ササッと液タブを引き寄せてパパッと描いていこう。

 

 礼儀正しく、物腰も柔らか。それでいて活動的で、声とリアクションも大きい鴨川さんのイメージ。

 

 雄大な山々と湖を背景として、飛び交う小鳥の中心に佇んで、静かに微笑むレンジャーの少女。大自然の守り手こそ鴨川さんには相応しい──そんなわたしのイメージは完成したが、そろそろ来るかなと待機してると、どこからかあの人の気配が。やっぱりね。

 

 もうすっかり慣れっこなので、両社のイメージを融合するのは苦にならなかった。相変わらず鴨川さんがそうだという根拠は何もないが、類似点も多いし、仮に違ってもその時はその時だ。本人のクレームなら喜んで対処しようと描き上げる。

 

 そうして完成したのは、カラフルな野球帽を被った巨大なアヒルだった。その背に鴨川さん本人としか思えないボーイッシュな女の子を乗せて、大空を飛翔する躍動的なイラスト。あまりの展開に強風オールバックな女の子は驚きながらも大喜びだ。

 

「素晴らしいイラストですが、アヒルの背中で笑ってるのがスバルなんですよね?」

 

「ううん。そっちは巣に持ち帰る餌で、アヒルのほうが鴨川さんだね」

 

「なんとなくそんな気がしてたけど聞くんじゃなかった!! というかスバル似の女の子を餌にするなよゆかりさんもさぁ……!!」

 

「ウソウソ。本当の鴨川さんはこっちね」

 

 予想通りのリアクションに笑いながら提示したのは、最初のイメージにちょっとだけ手を加えたものだ。足元に群がるアヒルの子供達と、鴨川さんを餌ではなく親として見ている巨大アヒル。

 

「というわけで、国際的な森林警護隊に所属するレンジャー見習いの女の子になりました。年齢は15歳くらいで、国籍は日本人。外見はあえてオリジナルに寄せつつ、アーニャとは仕事中に出会ったという設定です。こんなものでどうかな?」

 

 さっそくサーニャがL2Aを適用すると、止まっていた時間が流れたように小鳥たちが飛び交い、アヒルの親子にたかられた鴨川さんが頬を染めながら、はにかむように笑った。

 

「これがスバルのLive2A……大変素敵で、不満など微塵も存在しません」

 

 感動したようにつぶやく鴨川さんに、じゃあ次はハンドルネームだねと問題提起する。

 

「ハンドルネームですか?」

 

「うん、まさか本名で活動するわけにはいかないから、白上さんやぺこらちゃんのような名前を決めてもらいたいんだ」

 

「なるほど……しかしそう言われても思いつきませんが、ゆかりさんに任せるわけには?」

 

「いいよ。0期生のみんなもそうしたし」

 

 鴨川さんの懇願を快諾したわたしは、しかしてかなりの勇気を振り絞ってその名を口にする。

 

「ちょっと本名と被っちゃうけと……大空スバル、なんてどうかな?」

 

「……いいですね。それならリアルとネットの使い分けにも苦労しませんし」

 

 そう口にして、「ゆかりさん、ありがとうございました」と一礼した鴨川さんは、まるで魅了されたようにパソコンのモニターを見つめる。これからVTuberとして歩むことになる鴨川昴の化身である、大空スバルのLive2Aを──。

 

「あ、パクってやったね」

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛!? やっぱりエサって思われてんじゃねーかッッ!!!!」

 

 そんなスバルちゃんをパクってやらせたのは、サーニャのご愛嬌だ。予想以上のリアクションに、お代官さまと悪徳商人が目と目で通じ合う。

 

「……スバルもアーニャさんたちがかなりはっちゃけたことをするのは知ってましたが、まさかリアルでもこんなだとは思いませんでしたよ」

 

「ふふ、そろそろ緊張も解けてきた? 今のところ0期生ってツッコミ役として頼れるのはぺこらちゃんしかいないから、鴨川さんには期待してるんだよね」

 

「はい、アーニャも基本的にボケ役ですし、白上フブキさまのツッコミも、相方の百鬼あやめさまとマリンさま以外には遠慮が見られますから。鴨川さまにおかれましては、どうか後輩だということに遠慮せず、ボケ散らかすアーニャたちにキレ散らかして頂ければと」

 

「なるほど、そういうことでしたか……。この不肖鴨川昴、ゆかりさんたちに親切にしていただいた御恩に報いるため、喜んでそうさせていただきます」

 

「うんうん。ツッコミの切れ味も抜群で、どんな大規模コラボでも絶対に埋もれそうにない鴨川さんのキャラには大いに期待しているよ」

 

 ……なんて焚きつけたのがフラグになったのか、嬉しそうに応じた鴨川さんは「ではさっそく」とこちらの痛いところに突っ込んできた。

 

「ところで昴はあまり詳しくないのですが、こんなにも素晴らしいイラストを10分かそこらで描けるものなのでしょうか?」

 

「ま、まぁ、ゆかりですからね……そのうち慣れますよ」

 

「そ、そうだね……慣れればわりと普通かな?」

 

 いかんいかん。どんどん突っ込んでってお願いしたのはこっちなのに、思わず息に詰まるようではボケ役失格だ……じゃなくて、危なかった。ついうっかりいつもの調子で描いちゃったよ。

 

 わたしには絵の他にも歌とか、サブちゃんの正体とか、他の人に見せられない秘密がいっぱいあるからね。しばらく鴨川さんと一緒に暮らすんだし、油断しぎて鴨川さんをこっちの秘密に巻き込まないように気をつけないと……。

 

「まぁ、社畜ネキさんも早かったよね……下書きもしないでどうやってんだろ?」

 

「そうですね。あの方も変態的な技量で……それより、少しいいでしょうか?」

 

 咄嗟に社畜ネキさんをダシにして誤魔化したが効果のほどは疑問で、サーニャが多少強引に話題を変えてくれて助かったよ。

 

「いいよ、なに?」

 

「鴨川さまを次のレンタルVTuberに考えているのは分かりましたが、今夜の配信はこの方のプロデュースを? 時間的に十分に準備できますが……」

 

「いやいや。こっちは良くても、鴨川さんはまだこの家に来たばかりなんだし、いきなりジェットコースターに乗せたりしたら可哀想だよ。わたしもずっと配信ばかりしてたから、今日はのんびりしたいし……」

 

「いえ、それならいいのです。私もゆかりのスケジュールが殺人的な有り様なのに気を揉んでいましたから、本日は次のレンタルVTuberとなる鴨川さまを告知するのにとどめましょう」

 

「あっ、でもサーニャのほうから報告があるならもちろん聞くよ? あれから色々あったけど大丈夫だった?」

 

「はい、どうかご安心を。ゆかりがアーニャの中の人であると公表した件も、一部限定解除した未来予測の範囲内に収まりました。今後はマスコミも大人しくしてくれるでしょう」

 

「そっか、さすが悪徳商人(サーニャ)。完璧だね」

 

「いえいえ、お代官さまほどでは……という冗談はさておき、YTubeのシステムを刷新するG社の依頼の件ですが、進展がありました。G社が既存のシステムへの接続と更新を許可したのでさっそく閲覧しましたが、あまりにお粗末な構成なので、一からプログラムを書き直すことになりそうです」

 

「やっぱりそんなにひどい?」

 

「いえ、この時代のエンジニアにしては頑張っていると思いますよ? ですが、設計の段階で全体を見通しているわけではなく、後から必要に迫られて継ぎ足してるわけですから、それはもう見事なスパゲッティぶりで……あれなら一から作り直したほうがよほど効率的ですね」

 

「うーん、やっぱりそうなるのか……」

 

「まあ実際には仕様が固まれば一瞬ですし、完成すれば負荷も10分の1以下になりますから、将来を見据えて色々な機能を追加できそうです。具体的にはこの時代にはない投げ銭機能や、こちらで使っている自動翻訳を全ての言語に対応させたり、ポンコツAIをこちらで使っている自意識封印型第13世代超AIに変更して、無断転載や著作権侵害、悪質ユーザーのアカウント停止に対応させるという仕様変更を行ったところ、こちらの提案は本社の会議で正式に採用されたそうです」

 

「そっか、それは何より。これで将来の暴露系や迷惑系YTuberに対処できるね」

 

「はい、彼らには登場前に退場していただいて……おや?」

 

 あまりの進展ぶりに、はっはっはと気楽に笑ってたわたしたちなんだけど、そこでサーニャが視線をやって首を捻ったので見てみると、鴨川さんが引きつった笑顔を浮かべていた。

 

「あ、ごめんね。こっちの話ばかりしちゃって」

 

「いえ、そのことはいいのですが……今のはスバルが聞いてもいい話だったんでしょうか?」

 

「えっ? 別に全然構わないけど……?」

 

 鴨川さんが何を気にしているのか本気で解らなかったので訊いてみたが、当人は仰反るように立ち上がって絶叫した。

 

「別に全然構わないじゃねぇよ! 今の話を聞いてたら、まるで二人がマスコミの対応を予測して自分たちの正体をリークしたみたいじゃねぇか!? しかもさぁ、G社の依頼とかYTubeのシステムの更新とか色々とおかしいだろ!! スバルもサーニャさんが天才だって知ってるけど、それだけ詰め込んで一瞬でできるとか絶対おかしいって! ゆかりさんも当然のような顔をしているし……頭が、スバルの常識が、おかしくなる……!!」

 

 ……やらかした。油断しないように気をつけようと言った側から、ついうっかりいつも調子で作戦会議をしてしまった。

 

 鴨川さんの言いたいことを理解したわたしの体内で、冷や汗さんが久しぶりの出番に張り切る。それを誤魔化すように──。

 

「はっはっは。そんなことを考えていたとはお主も悪よのう、三河屋」

 

「いえいえ、お代官さまほどでは……おのれ何奴!?」

 

「そんなことを言われても、余の顔を見忘れたかって言いませんからね! それと無駄に凝った声真似はやめてもらってもいいですか!?」

 

 そんなことを言いながらも乗ってくれる鴨川さんを誤魔化すのは苦労したが、最終的にわたしたちのやることに常識を当て嵌めても無駄だと納得してくれた。

 

 色々とひどい割り切り方だと思ったが、文句を言える立場じゃなかったので甘んじて受け、今日の会議は終了になった。

 

 

 

 

 

 それから暫くするとお父さんが帰ってきたので、鴨川さんに付き添って挨拶するのを見守った。

 

「家内から話は聞いています。今回のことは災難でしたが、どうか気を落とさずに頑張ってください。弊社もできる限りのことをしていく所存です」

 

 どうやらお母さんの先走りじゃなかったようで、お父さんは鴨川さんの姿を見かけると温かい言葉をかけてくれた。わたしは誇らしい気分になるのと同時に、お父さんの口から弟が言ったような言葉が出るのではないかと心配したことを恥じた。

 

「はい、ありがとうございます。重ね重ねのご厚意、本当になんて申し上げたらいいか……」

 

 人の情けが身に染みるというのはこういうことだろうか? 鴨川さんが言葉に詰まり、目尻に涙が溜まっていく。

 

「すばる姉ちゃん。おれさっき酷いことを言った。だからごめん……」

 

 そんな鴨川さんに弟が気遣わしげに見上げて、いつになく神妙に謝罪する。お母さんに叱られたのもあるのだろうが、そこで意固地にならず素直に謝罪するあたり、やっぱりいい子なんだと思う。

 

 もっとも本人は感極まった鴨川さんに抱きしめられて、かなり居心地が悪そうしていたが、まぁ、これくらいはね。罰として受け止めてもらわないと……。

 

 とまあ、そんな感じで。すべてのわだかまりがなくなった夕食は、とても楽しいものになった。鴨川さんはさすがのトークとレスポンスでみんなの質問に答えつつ、お母さんの料理を次々と胃袋に収めていった。

 

 お母さんいわく、鴨川さんの好みが分からなかったので色々と作ってみたそうだが、持て余したのは少食のわたしくらいで、他のみんなはペロリと平らげてしまった。

 

 そんな少しだけ胃もたれのする夕食のあとは、わたしの配信がお休みというのもあって久しぶりの一家団欒となった。愛犬のユッカをみんなで囲って、仲良く3DNS版3Gをやってみたり。

 

 鴨川さんもすでに上位まで上がっていたので、明日は視聴者(みんな)の参加を呼びかけつつ、二人で一緒にやっていこうかなと思ってみたり。

 

 ユッカは新しい家族になった鴨川さんが気になるのか、しきりにクンクンと匂いを嗅いで甘えたそうにいていたし、鴨川さんも鴨川さんでユッカが気になるみたいなので、一戦ごとにユッカタイムを設けるのも忘れなかった。

 

 時刻が夜の10時になり、お母さんが就寝を呼びかけると解散になったが、自分の寝床に戻ったユッカは最後まで鴨川さんに尻尾を振っていた。

 

 久しぶりにみんなと一緒に歯を磨いて、途中で手抜きをする弟を注意する頃には、わたしたち4人は実の姉弟も同然になった。

 

 鴨川さんは見た目通りおおらかな性格なのか、甘えたがりの妹や口の悪い弟の粗相を気にする素振りもなく自然体で、わたしたちの心を温かく包み込んでくれた。

 

 そしてお休みの挨拶をしてから自分の部屋に戻り、サーニャと一言、二言交わしてから横になったが──夜中に目を覚ますと意外なものを目にすることになった。

 

 聞き覚えのない物音から、鴨川さんがトイレに起きたのかと思って、ついでにわたしも行っておこうと部屋の外に出たら、二階と三階の階段に座って、ぼんやりと窓の外を見上げる鴨川さんを目にしたのだ。

 

「眠れないの?」

 

 不安になって声をかけると、鴨川さんは初めてわたしの姿に気づいたようにびっくりしながら答えてくれた。

 

「あ、ゆかりさん……別にそういうわけではないのですが、少し家族のことを思い出しまして」

 

「鴨川さんのご家族のことを?」

 

「はい、元気にやっているのかな、と」

 

 しょんぼりと肩の落とした鴨川さんの姿は、まるで迷子の子供のようだった。

 

「先ほど少し話しましたが、スバルの部屋はわりと平気だったのですが、他はもう酷いもので……着るものも十分になく、親戚の家に転がり込んだ家族が苦労しているのは間違いありません。だというのにスバルだけこんなに恵まれて、許されるのかなと……」

 

「そんなこと──」

 

 咄嗟に口にしかけた言葉を苦労して飲み込む。過ぎた施しが心苦しいのはわたしにも理解できる。自分の身を鴨川さんに置き換えれば、わたしだってこんなに良くしてもらっても返せるものがないと苦悩するだろう。

 

 だからわたしは何も言わずに鴨川さんの手を握って、彼女のぼんやりした瞳を見つめるのだった。

 

「ゆかりさん……?」

 

「そういうことならひとつお願いしてもいいかな?」

 

「はい、スバルにできることなら何なりと」

 

 両目をパチクリさせた鴨川さんに、図々しいと思いながらも頼み込む。

 

「わたしね、長女だから甘えられる相手が少なくって、お兄ちゃんとお姉ちゃんに憧れてたんだ。だから今日だけ一緒に寝て、甘えさせてくれないかな?」

 

「そんなことでいいんでしたら、スバルとしては喜んで……と言いたいところですが、スバルはゆかりさんの兄と姉、どちらとして求められているのでしょうか?」

 

「うーん、お兄ちゃんが3割くらいで、あとはお姉ちゃんかなぁ……?」

 

「あ。思ったよりお姉ちゃんの成分が大きいんですね。兄10割で求められたらどうしようかと緊張しましたよ」

 

 自然と笑い合い、重なる手の平の感触に戸惑いながらも自分の部屋に誘う。

 

 この胸の高鳴りがなんなのかわたしは知らないが、今ははっきりと余分だった。わたしは夜泣きした弟と妹を寝かしつけたときのように寄り添って、鴨川さんとベッドの温もりを共有する。

 

「ところで鴨川さんはどうしてVTuberに?」

 

「うーん、難しい質問ですね……純粋にアーニャさんに憧れたというのもありますが、とても楽しそうに見えたというのが一番大きな理由ですか」

 

「わたし、そんなに楽しそうだった……?」

 

「はい、それはもう。アーニャさんの配信自体とても楽しいですが、いつも中心にいるアーニャさんの笑顔はとっても楽しそうで……自分もあんなふうに純粋な心を取り戻したいと、そう思いまして。歳をとると、楽しいものを楽しいという純粋な心が少しずつ失われていきますからね……」

 

「そうかなぁ……社畜ネキさんとか人生を全力で楽しんでる気がするけど……」

 

「アレは例外中の例外です。特にゆかりさんのようなお嬢さまが参考にしてはいけないと思いますが」

 

「ふふ。鴨川さんってば、サブちゃんみたいなことを言って、おっかしい……」

 

「スバルもみんなと楽しくやって行きたい……だって、本当に好きになれたから……」

 

 次第に重くなるまぶたに逆らって見届ける。間近にある鴨川さんの安らかな寝顔に先ほどのような陰はない。

 

 それが嬉しくって、最後に何事かつぶやいたわたしの意識は、急速に眠りの底に落ちていくのだった。

 

 

 

 

 

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