転生したら美少女VTuberになるんだ、という夢を見たんだけど?   作:蘇芳ありさ

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懐かしい顔ぶれに口元をほころばせて

 

 

 

 

 

 2011年12月14日(水)

 

 

 学校にいるときもお父さんに見せられた朝刊の一面が気になって、休み時間にスマホで調べはしたが、これといった目新しいニュースはお目にかかれず。

 

『家庭用ゲーム機市場を巡ってN社と争うS社がVTuber事業でも対立』

『Nicoichi動画を運営するD社の株式を取得したS社が独自のVTuber事業を推進か?』

『S社の担当が豪語! 誰も見たことのないフル3Dの動画配信が世界の常識を変える!?』

『動画配信以外のマネジメントを行わないN社は、アーニャという世界的な大スターを活かしきれておらず、所属企業として相応しいとは言えない』

 

 どれもこれも今朝の特報の焼き直しで、わたしの知りたいことは何一つとして書かれていない。

 

 別にN社のVTuber事業がS社の妨害で頓挫する、なんて心配をしているわけではない。

 

 そんなことは物理的に不可能だし、むしろS社がVTuber事業に意欲的なのは心強いとすら思っているぐらいだ。

 

 何故ならVTuberを世界に広めたいと思ってるわたしにとって、みんなをプロデュースする事務所がホロライブ一社だけでは心許ない、というのが実情だからだ。

 

 昨日の会議で2万の応募を20まで絞ったように、わたしたちだけでは手が足りないのもあるが、それ以上に色んなVTuberを応援したいと思うのだ。

 

 こちら(・・・)のホロライブはアーニャの影響もあってエンタメ路線が定着しそうだけど、かつて(・・・)のより視聴者との距離が近いアイドル路線を否定するものではないし、男性VTuberの起用による女性ファンの開拓をしたいところがあるなら、わたしとしても協力したい。

 

 だからC社のように自前のVTuberを持ちたいという会社には前向きな回答をお願いしたし、N社のように専属の事務所を興すつもりなら配信用のソフトはもちろん、ノウハウの提供も惜しまないつもりである。

 

 早くからN社と交渉していたというS社はそうした会社の最有力候補だったが、今朝の記事で雲行きが怪しくなった。

 

 N社と決別して独自の技術でVTuberをプロデュースすると宣言し、対決姿勢を鮮明にしたS社は何を考えているのだろうか?

 

 失礼だと思うけど、この時代の技術では、どんなに頑張っても紙芝居に毛が生えたような2Dしか作れないんだし……いや、これはモーション連動式の2Dをあんなに動かせるサーニャ(サブちゃん)のLive2Aが時代を先取りしすぎなんだけど。

 

 まあ、だからこそ2Dじゃ勝負にならないとフル3Dに走ったのかもしれないけど、それだって参考動作を提供したら勝手に動かしてくれるサーニャと違って、普通の3Dは一体のモデルを作るのにそれなりの時間とお金が掛かるし、動かすのにモーションスーツの着用が必要になるから、普段使いに向いているとは思えないんだよね。

 

 ぶっちゃけた話、とても成功するとは思えないというか……肝心のプロデュースも史実だとかなりアレだったし、S社の失敗が業界全体の出足を引っ張るんじゃないかと思えば、わたしだって気になりもするよ。

 

 おかげで授業に身が入らず、久しぶりに先生に怒られてクラスのみんなに笑われたが、放課後に直帰してテレビに齧り付くと、今朝の朝刊は何だったのかって言いたくなるほど状況が変わっていた。

 

『するとD社の親会社であるK書店は、N経の記事を明確に否定したんですね? S社がD社を買収して、Nicoichi動画を自社のコンテンツにするという……』

 

『はい。ご存知のように、K書店はNicoichi動画を運営するD社の株式を独占的に保有していますが、今回の報道は寝耳に水のようで、驚いてる様子でした』

 

『うーん、肝心のS社も、これだけ大きな発表をしたにしては正式な記者会見も開かないし、こちらの問い合わせにも口を濁してるんでしょう? いったい何がどうなってるんですかね?』

 

『僕はN経お得意の飛ばし記事だと思いますよ。あそこのN社アレルギーは有名ですから、まだ確証はないけどN社の嫌がらせになるなら書いてやれ、みたいな』

 

『そうなるとN経の信用に関わると思いますが、浜面さんは専門家としてどうお考えになります?』

 

『私も今回の記事は酷いと思います。そもそもフル3Dの配信なんて現実的じゃありませんよ。ライバーが決まっても、3Dモデルが完成するまで下手をしたら何ヶ月も待たせるんだし、モーションスーツを着るのも大変なんですから。しかもN社がサーニャたん……失礼、タカマキ博士の画期的なソフトを無償で提供してくれるというのに、それを蹴るなど正気の沙汰とは思えませんので』

 

『なるほど。確かに多額のライセンス料を吹っ掛けられたのでしたら蹴るかもしれませんが、そこはN社も明確に否定しているわけですし……そうなるとどうやら、今回の報道はN経の先走りになりそうですが、S社の混乱ぶりを拝見すると、全くの事実無根というわけでも……』

 

 アーニャ関連の報道で定評のある番組でも確かなことは掴めていないようだったが、それでも判明したことが一つ。今回の記事はS社の正式発表ではなく、社内の誰かが勝手に書かせた物だということ。

 

 問題は誰が、どんな目的で書いたかなんだけど……そのタイミングでスマホが鳴った。相手はサーニャで、用件は昨日と同じ会議に出席してほしいとのことなので、ある意味ちょうどよかった。

 

 さっそく自分の部屋に向かおうとすると、当然のように愛犬が追いかけてきたので同席してもらうことにした。

 

 小さな銀色の体を抱っこして、あごのあたりを舐められながら階段を上って自分の部屋に向かうと、扉の前で待ち構えていたサーニャの姿に驚きながらも挨拶してから準備する。

 

 そうして机に向かうと、サーニャが指も動かさずに起動したDScord(ディスコ)の会議室には昨日と同じメンバーが揃っていたので、お待たせしましたと挨拶したら磐田社長が裏面の事情を説明してくれた。

 

「どうも今回のことは、S社のお家騒動に巻き込まれたという感じですね」

 

「S社のお家騒動ですか?」

 

「はい。今でこそ音楽や映像、家庭用ゲームなどのデジタル分野。投資信託や金融業など幅広く手掛けるようになったS社ですが、そうなったのは90年代以降になりまして……元はアナログな技術者を大事にする家電メーカーだったんですね。ですから、当然のように自社のデジタル部門を毛嫌いされてる方々もいらっしゃいまして……ウチもCD-ROMの一件で、先代が煮湯を飲まされたんですよね」

 

 その話ならわたしでも()っている。

 

「たしか、S社の久里山さんがCD-ROMを売り込んできたときですよね? 当時のハードにCD-ROMを搭載するか、次のハードで採用するかを決めるときに、S社の上層部が横槍を入れてきたとか?」

 

「おや、よくご存知ですね。私も当時はHALO研の社長だったので又聞きになりますが、先代がS社のCD-ROMを採用するにあたって、色々と注文をつけたことが本社の勘気に触れてしまったようで」

 

「久里山さんも自社の携帯ゲーム機の会見で似たようなことを言ってましたけど、ようするに自分たちは世界で一番いいもの作ってるのにケチをつけるとは何事か、というワケですよ。技術者の驕りですね」

 

 当時は部外者だった磐田社長と違って、相当不快な思いをしたらしい宮嶋さんが口を挟んでくる。

 

「向こうはN社のことを所詮はゲーム屋風情と見下してますし、S社にデジタル部門を創設した久里山さんのことも嫌ってますからね。今回、S社の鈴木さんでしたっけ? その人がウチに協力したいって真白さんと交渉したことも、本社のトラウマに触れたんでしょうね。正直、個人的な感情を持ち込むなんて、企業人としてどうかと思いますけど」

 

「まあそう言ってやるなよ。その件に無心でいられなかったのは、先代だって例外じゃないんだしさ」

 

 磐田社長が宮嶋さんを宥めているあいだに、脳にインプットされた情報を整理するとだいぶ状況が見えてきた。

 

 とりあえず、S社にN社と一緒に仕事をするのはプライドが許さない、という人が大勢いるのは解ったつもりだ。

 

 でもそれなら、N社との決別を謳ったあの記事は正式なものじゃなければおかしい。S社が今になっても記者会見を開かずにいることを考えると、あの記事を書かせたのは、やっぱり……。

 

「S社の鈴木さんからは、父さんのところに謝罪があった。あの記事はとんでもないデタラメだとな」

 

「私のところにも謝罪に来られましたわ。少なくとも鈴木さんのメディア部門は、今後もゆかりさんのホロライブに協力したいと」

 

 お父さんと中村さんの説明で確信する。アナログな技術者の巣窟だというS社の本社はともかく、実際にVTuber事業と関わる人たちはこの件の火消しに躍起だ。

 

「ともかくS社との交渉は、今後も引き続き私たちが担当します。ゆかりさんの願いであるVTuber事業が躓かないように取り計いますので、どうかご安心ください」

 

「わかりました。ご苦労をおかけしますが、どうかよろしくお願いします」

 

 結論を出すように締め括った磐田社長に頭を下げ、会議の場であるDScordからログアウトすると、わたしはこの件の仕掛け人にジト目を向けて問いただすのだった。

 

サーニャ(サブちゃん)だよね? N経の記者の人に、S社の内部でこんな動きがありますよって教えたのは?」

 

「はい、このままではホロライブに協力的な鈴木さんが失脚しそうだったので、先手を打たせていただきました」

 

「やっぱり……こんな話、お父さんたちには聞かせられないよ……」

 

 わたしがぐったり突っ伏すと、机の上でいい子にしてたユッカが頬っぺたを舐めてくれた。うん、癒されるけど、構ってあげるのはもう少し待ってね?

 

「ふふ。その顔は私がこんな娘に育って悲しいといったところですか? 私もそんなふうに思われるのは心外なので説明しますが、実はS社から依頼があったんですよ。画期的な3Dシステムの構築を頼みたいとね」

 

「えっ、そうだったの?」

 

「はい。当初はN社の仕事と思われたLive2Aも私が手がけたことは広まってますし、月曜の会見でYTubeのシステムを刷新したことも知られてますから、金を払えば作るというなら作らせればいい。そうすればN社が権利を持つLive2Aは必要ないと、そのような皮算用を立てた方々が良からぬ動きをしそうだったので、この機会に一掃してしまおうと」

 

 なるほど……そういうことならわたしからは何も言えないけど、やっぱりそれって……。

 

「発想が完全に悪徳商人になってない? 向こうはサーニャを信じて仕事を頼んできたのに、勝手にリークするなんて守秘義務はどうなってるの? 今ごろ本社の人たちは色々とまずい立場に置かれてると思うんだけど?」

 

「仕事を受けると言った覚えはありませんから、守秘義務は存在しませんよ。それに気に入らないという理由だけで仲間の足を引っ張ろうとしたのですから、キッパリと自業自得では?」

 

 ダメだ、やっぱり口では敵わないけど、敵わないなりに抗議して、わたしまで悪代官にならないようにしないと。

 

「まぁ、昨日は会議が長引いちゃったから相談する時間がなかったし、わたしに聞かせたら余計な心配をさせるって考えてるかもしれないけど、今度からできるだけ相談して? わたしもサーニャのしたことに半分くらいは責任を持ちたいからさ」

 

 わたしが不安そうに見上げてくるユッカの頭を撫でながらお願いすると、何事か考え込む素振りを見せたサーニャがニヤリと笑ってきた。

 

「そういうことなら早速ゆかりの心臓に悪い話を報告するとしますか」

 

「なんでそうなるの? もっと地球に優しく、わたしに優しくでいいと思うんだけど?」

 

「さて、心臓に悪いかどうかは、未成年の子供でありながら余計な責任を抱えたがるゆかり次第ですが、すでに鴨川さまが帰宅なさっている件はご存知ですか?」

 

「えっ、鴨川さんもう帰ってきてるの? ずいぶん早いね?」

 

「鴨川さまは高校3年生で、本来なら就職するか進学するかで忙しい時期ですが、すでに株式会社カバーさまから事実上の内定をもらってますからね。今日はゆかりより早く帰宅したので、ご自分のノートパソコンで配信の準備をなさってますよ」

 

「ええっ!? 配信の準備って、今日は鴨川さんが一人で配信するってこと?」

 

「はい、鴨川さまご本人がそのようにおっしゃられたので、私のほうで環境を整えて……3時から配信するとのことなので、実際に見ていただいたほうが早いですね」

 

 言って、サーニャがYTubeを起動して、鴨川さんのチャンネルを表示させる。鴨川さんのチャンネルがいつできたのかは判らないが、すでにチャンネル登録者は87万9千人を超えていて、視聴者もこんな時間だというのに10万人に迫る勢いだった。

 

『今日はこの大空スバルの配信にようこそお越しくださいました。というワケでですね、今から昨日の続きをやって行くのですが、あれ、アーニャさんは一緒じゃないの? という意見はよくわかります。スバルもね、このゲームを一人でプレイするのは正直怖くて震えが止まりません。でもですね、スバルがこんな調子じゃ、クリアするまで何日かかるか分かりませんし、それまで他にも大事なお仕事をいっぱい抱えておられるアーニャさんを付き合わせるのは申し訳ないと思うんですよ。ですので、スバルは怖くてもやります。おしっこを漏らさないようにトイレにも行ってきました。そういうコトでですね、アーニャさんの配信は時間になるまでお待ちください』

 

 本人が口にしたように、真っ青になりながらコントローラーを手にした鴨川さんは、わたしに迷惑を掛けまいと歯を食いしばっていた。

 

「わかりますか? みなさんご自分の責任において全力を尽くしているのですよ。ゆかりもそろそろ他の方々が負うべき責任まで、ご自分で抱え込むことから自由になってもいいと思うのですが?」

 

 うん、サブちゃんが何を言いたいか理解できたような気がする。

 

 鴨川さんはVTuberになることを選んだ。だからわたしは鴨川さんの力になりたいと思った。

 

 でもわたしにできるのは手助けだけで、最終的な責任まで奪うことはできない。

 

「ねぇ、サーニャ……これ、鴨川さんの配信に小さな枠を割り込ませて、そこにわたし(アーニャ)を表示することはできる?」

 

「できますよ」

 

 わたしが頼むと、サーニャはすぐに実行してくれた。鴨川さん(スバルちゃん)の配信画面の背景にある窓が開いて、そこからひょっこり顔を出したアーニャが表示されたので、わたしは激励することにした。

 

「『応援してるから頑張ってね、スバルちゃん』」

 

 驚いて振り返る後輩に手を振ってから窓を閉めると、サーニャの粋な計らいを理解した鴨川さんは奮い立った。

 

『アーニャさん、そしてサーニャさんも、ありがとうございました。おかげでスバルは勇気をもらいました。おそらくスバルはゾンビを見かけるたびにビビり散らすでしょうが、どうかご安心を。とりあえず、アーニャさんたちとお風呂をご一緒する5時ごろまでは、歯を食いしばっても続ける予定なので、視聴者の方々におかれましては大空スバルの醜態にお付き合い願います』

 

「なんか余計なことも言ってるけど大丈夫だと思う?」

 

「鴨川さまの発言はリアルタイムでチェックしてるから大丈夫ですよ」

 

「それなら一緒のお風呂に入ってることも内緒にして欲しかったけど、今さらか」

 

 わたしの手がけた後輩が、また一人巣立っていく。それを寂しいと思うのはもうやめにしよう。わたしがみんなの母親を自認するなら、あれこれ世話を焼くだけじゃなく、お母さんのように温かく見守ることも覚えないとね。

 

『ねぇ、やっぱり怖い怖い! この配置ぜったい悪意あるって! お前らそんなにスバルを怖がらせて楽しいか? ちょっ、ストップ! 何かいる何かいる! 水の中に何かいるって!!』

 

「それじゃあ今夜の配信をどうするか考えようか? サーニャのことだから、もうどうするか決まってるんでしょ?」

 

 鴨川さんの悲鳴をBGMにして訊ねると、サーニャは優雅にお辞儀して微笑んできた。

 

「決めるのはゆかりですよ。ですがアドバイスはできます。とりあえず残りの候補生をどうするか、優先事項があるとしたらそれくらいですね」

 

 すでにデビュー済みの鴨川さんを除いたホロライブ1期生の詳細なデータを表示させる。

 

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 谷村翠(たにむらみどり)(19歳) 女性 掲示板ID:31cHAnDa4

 

 得意分野:歌、ダンス、パズルゲーム?

 希望するアバター:ロリ巨乳!

 本人から一言:生まれてきてすみませんでした!

 

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 志村牡丹(しむらぼたん)(18歳) 女性 掲示板ID:BON446ta4

 

 得意分野:リアルサバイバル、人をぶっ殺すゲーム(FPS)

 希望するアバター:なんでもいいよ。

 本人から一言:忙しかったらあたしのことは後回しにしていいからね。

 

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 御子柴さくら(15歳) 女性? 掲示板ID:35s1baSSS

 

 得意分野:なんでもやる!

 希望するアバター:エリートなのがいい!

 本人から一言:さくらもやる! さくらにもやらせて!

 

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 グラディス・スチュワート(13歳) 女性 掲示板ID:Gra3meDa4

 

 得意分野:歌、ダンス、下ネタ?

 希望するアバター:アーニャみたいなのがいい!

 本人から一言:アーニャ大好き。いつかファッ◯させてね?

 

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 コーデリア・コリングウッド(20歳) 女性 掲示板ID:k0koGAgtk

 

 得意分野:歌、ダンス、極道になれる日本の家庭用ゲーム全般。

 希望するアバター:格好良いのがいいです!

 本人から一言:日本語に不慣れな面がありますがよろしくお願いします!!

 

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 …………うん、前回よりツッコミどころが増えてるのは解った。

 

「どうですか? なんていうか、こう……人類特有の閃きと申しますか、ゆかりのセンサーにビビッとくる方はいますか?」

 

「とりあえず、掲示板IDって何かな?」

 

 心配そうに喉を慣らす愛犬を抱っこしながら訊ねると、わたしの反応に興味津々だったサーニャの顔色が変わった。

 

「それは匿名掲示板に『アーニャたんを愛でるスレ』というスレッドが存在しまして……まぁ私が立てたんですが」

 

「ねぇ、前から思ってたんだけど……サーニャの趣味ってだいぶ変わってるよね?」

 

 わたしがジト目を向けると、生身の実体があることもあってか、サーニャの焦り具合は傍目にも微笑ましかった。

 

「別に好きで立てたわけではありませんよ? これは……そう、匿名掲示板を管理するなら自分でしたほうが得策だったからで、ネット上の同志たちとゆかりのアーニャの愛らしさを語り合いたいと思ったわけでは……」

 

「なんだ、そういうことなら怒ってないから安心して?」

 

 正直なところ笑ってるのを気づかれないようにするのが大変だった。やっぱりこの子ってオタク趣味なんだね。

 

「でもさ、そうなるとみんなのデータに掲示板のIDがあるってことは、そのスレに書き込んでたってこと?」

 

「はい、そのスレは世界的にも有名なので……ちなみに磐田社長もかなり初期から入り浸っておられまして、面白そうな人たちは根こそぎ収穫(スカウト)された次第で、今のところアーリャさまを除いた0期生と1期生の全員がこれに該当します」

 

「うわぁ……かける言葉が見つからないよ、それ……」

 

 まさか全員が社畜ネキさん(マリン船長)の同類とは……うん、できれば知りたくなかったかな?

 

「いいや、鴨川さんへの見方が変わりそうな話はもうやめにしよう」

 

「鴨川さまはノーマルですからご安心を。スチュワートさまも掲示板ではまともですから、本人のコメントもアメリカン・ジョークだと思いますが……」

 

 二人揃ってため息を吐くと、ユッカが不思議そうにわたしたちの顔を見比べた。

 

「どっちにしろこれだけじゃどんな人か判らないから、できれば直接話したいんだけど……」

 

 そう呟いたわたしの頭に閃くものがあった。

 

「ねぇ、もうディスコが使えるんだったら、この人たちにも配布して一緒に話せないかな?」

 

「可能ですよ。DScordは事務所の方針で候補生にも配布済みですし、鴨川さま以降の方々用に1期生のチャンネルも用意してありますから、あとはメンバーを招集すれば……全員捕まりましたね。すぐにログインしてくるでしょう」

 

 そう答えるサーニャだったが、実体があると念じただけでPCを操作しているようで違和感が半端ない。ユッカも行動が伴わないサーニャに不気味なものを感じている様子だった。

 

「あのさ、わたしと二人きりのときはいいけど、人目があるときはマウスで操作するフリくらいはしたほうがいいと思うんだけど?」

 

「ふむ? ゆかりの愛犬が違和感を覚えているのですね?」

 

 探るように覗き込まれたユッカが怯えたように首をすくめた。

 

「なるほど……どうやらこちらの想像以上にゆかりを通して人類の生活習慣を学んでいますね。私も気をつけましょう」

 

 どうやら納得してくれたらしいサーニャがわたしの横に来て、若干前屈みになりながらPCを操作すると、慎ましい胸元がモニターに反射された。

 

「サーニャ、胸元、胸元に気をつけて?」

 

「おっと、これは失礼を」

 

 別に見えたところで恥ずかしいわけじゃないけど、今のサーニャは実体があるからね。放送事故になったら可哀想だと椅子を半分譲る。

 

「ほら、立ったまんまじゃあれだから座ってよ。それともエレクトーンの長椅子を持ってくる?」

 

「いえ、その……よろしいのでしたら、この椅子に、是非」

 

 すると急にしどろもどろになったサーニャが遠慮がちに座ってくる。触れ合う肌の柔らかな感触と優しい温もり。こうしてこの子も生きてるんだと感じると嬉しくなる。

 

「はい、ユッカも膝の上でいい子にしててね? 今なら広さが倍になってるから安心して寝られるよ」

 

 そうして膝の上に下ろすとユッカは戸惑っていたが、しばらく匂いを嗅ぐと安心したようにわたしたちの間に寝そべった。

 

「……一歩前進というところですか?」

 

 サーニャが左手で撫でても嫌がる様子はなく、大きなあくびをした愛犬はやがて穏やかな寝息を立てるようになった。サーニャの言うように、ユッカがこの子に懐かないことを気にしていたわたしとしては一歩前進といったところだ。

 

「ね、こうしていると仲良し姉妹に見えるのかな?」

 

「モデルとした人種が異なりますから、姉妹というのは厳しいかと存じますが、そのように見ていただけるのでしたら私としても悪い気はしません」

 

 そう答えたサーニャの端正な横顔はいつもより赤かったが、わたしはそのことを指摘しなかった。少しだけ照れくさく感じてるのはわたしだって一緒だから。

 

「まあ、鴨川さんに誤解されないように気をつけて……あ、入ってきたね」

 

 なんてちょっとだけ甘酸っぱい雰囲気になっていたら、1期生のみんなが続々とログインしてきた。

 

 谷村翠さん、志村牡丹さん、グラディス・スチュワートさん、コーデリア・コリングウッドさん、最後に御子柴さくらさんの順だけど、L2Aが表示されているのはわたしたち二人だけなのでちょっと寂しかった。

 

「初めまして。今日は急な話なのにきてくれてありがとうね」

 

 なんて感慨はわたしが挨拶した途端に吹き飛んだ。

 

「おー、アーニャさんよろしくー。すごいね、こっちでもLive2Aが動くんだ」

「ゆかりちゃんごめん! すいちゃんずっと謝りたかったの!!」

「やっと会えた! 大好きだよ、わたしのほっぺにチューして?」

「黙りなさい! 会って早々に盛るとは何事ですか!」

「アーニャたんだ! アーニャたんがさくらのパソコンに引っ越してきた!!」

 

 VTuberの卵たちが一斉に喋り出すことの喧しさたるや、いつか視たあの人たちのパッションのそれに匹敵した。

 

 スピーカーから放たれた大音量をマイクが拾って増幅し、思わぬハウリングに驚いたわたしが両手で耳を押さえると、サーニャが身を乗り出して事態を収拾した。

 

「皆さま、興奮するのは理解できますが、初対面で一斉に口を開いては、誰が何を言っているのか把握するのは難しいでしょう。まずは順番に挨拶する。よろしいですね?」

 

 薄い胸を張ったサーニャが注意すると、先ほどよりだいぶ抑制された声で全員が了解を告げた。

 

 うん。わたしもビックリしちゃったけど、この胸のときめきには覚えがある。

 

 たんに声が似ているだけでは説明がつかない。先ほどの興奮は、まるで──。

 

「では、順番に谷村さまからご挨拶を」

 

「はい、ええと、その……すいちゃんは谷村翠って言います。下の名前は翡翠のすいを、みどりと読ませて……変な名前だって言われることもあるけど、個人的に気に入ってるので、ハンドルネームでも下の名前は使っていきたいなって思ってますが、大丈夫かな。……あ! あと、ゆかりちゃんのファンです。いつか一緒に歌いたいなって思ってるんだけど、迷惑だったりします?」

 

 目を瞑れば自然と湧き上がるこのイメージ。鮮烈なまでの爽やかさ。一人称も同じだけど、この人にファンって言われると照れくさいな。だってしがない35Pの一人であるわたしにとって、その女性(ひと)こそ限りない憧れなんだから……。

 

「……ううん、ぜんぜん迷惑じゃないよ。そういうことなら谷村さんのために歌を作るから一緒に歌おうね」

 

「えっ? もしかしてアーニャちゃんって、作詞と作曲もやってるの……?」

 

「演奏もですね。わりと即興で汎人類史に燦然と輝く歴史的な名曲を連発しているというのに、自身を天才だと認めたがらないのですから困ったものです」

 

「あ、あはは……」

 

 サーニャが余計なことを言うと、谷村さんは打ちひしがれた様子で「どうしよう。とんでもない化け物をライバル認定しちゃった」と漏らした。解せぬ。

 

「終わりかな? じゃ、ログイン順だと次はあたしだね。どうも初めまして、アーニャさんのファンをやってる志村牡丹と言います。とりあえず磐田社長にスカウトされたんでVTuberになってみようかと思ってますが、別に急いでないんで、あたしの紹介は後回しにしてもらっていいですから」

 

「志村さんのコメントにも同じことが書いてありましたが、他の子に譲ってあげるなんて優しいんですね。わたしの負担を気にしてるんですか?」

 

「いや、どっちかっていうとあまり心配してない。だって磐田社長とかアーニャさんのお父さんが見てくれてるんでしょ? だったらあたしなんかが心配するようなことにはならないでしょ?」

 

「ふむ? それならばなぜ後回しにしても構わないと?」

 

「だって他のヤツらの醜態、じゃなかった配信を見てるのが楽しいんだもん。だからあたしは最後でもいいかなって。とりあえずそういうことで、何をするか全然決めてないけど、アーニャさんが船か飛行機を使って旅行するときは一緒に連れてってほしいかな?」

 

「旅行好きなんですか?」

 

「ううん。あたしなら遭難しても助けてあげられるから、そうなったら無人島で二人暮らしをして、社畜ネキを悔しがらせてやろうかなって」

 

 なるほど……なんか身も蓋もないような気もするけど、とりあえずいい性格をしているのは判った。あと、あやめ殿に勝るとも劣らないほど笑い上戸だということも。

 

 ゲラゲラと楽しそうに爆笑する志村さんの姿が、とあるVTuberと重なる。ワイルドかつ繊細で、笑い上戸。この人も当たりかなってほくそ笑むと、次は自分とばかりにグラディスさんが「はい、はい」と声を挙げた。

 

「じゃあ次はわたしだね? グラディス・スチュワート、13歳だよ。日本語はリアたちに教わって、匿名掲示板でも練習したの。まだ難しい漢字は読めないし、日本語の文章を書くのも翻訳サイトに頼ってるけど、もっと勉強してアーニャと一緒に配信したいなって思ってるよ」

 

「すごいね。アーニャの友達のマナカも外人さんで、漢字の読み書きに苦労してるから一緒に勉強できるといいね」

 

「そうなんだ? わたしアーニャも好きだけど、マナカも好きだから知ってるつもりだったんだけど、アバターが日本人だから外人さんだと思わなかったよ。わたしと同じなのに、あんなに日本語ペラペラってすごいよ」

 

「いつから日本語を学んでいるのか存じませんが、スチュワートさまの日本語も実用レベルに到達していると思いますよ。優れた教師に教わったのもあるのでしょうが、スチュワートさま本人の真摯な姿勢の賜物でもあるのでしょうね」

 

 うんうん、わたしより年上だけど、こんなに素直ないい子だと妹にしたくなっちゃうよねと思ったら、なんかとんでもないことを言い出した。

 

「うん、日本語は従姉妹のリアと、リアの友人のアメリアに教わったの。でもまだ不安だから、アーニャがマナカと一緒に勉強するときはわたしも呼んでね。終わったら女の子同士、仲良くファッ◯しようね」

 

 配信中なら普通に放送事故になるFワード……冗談のつもりでも清楚な声でこんなことを言われるとドキリとする。堪らず、グラディスさんの従姉妹だというコーデリアさんが怒声を張り上げた。

 

「冗談でもそんなこと言うなと注意したでしょうが!!」

 

「なんで? わたしやアーニャくらいの年齢の女の子は、そうやって友情を育むんだってアメリアが言ってたよ?」

 

「彼女は日本の間違った百合文化に毒されているって言いましたよね!? 貴女は日本語より前に常識を学びなさい!!」

 

「リア、落ち着いて。みんなビックリしてるよ」

 

「ハッキリと貴女のせいでしょうが!? すみませんみなさん! この子にはよく言って聞かせますので、何卒ご容赦を!!」

 

 ハァハァと息を切らせたコーデリアさんが謝ってくる姿は、まさにお姉さんだった。

 

 わかるよ。姉たる者、弟妹の不始末は真摯に謝罪しないとね。

 

「大丈夫ですよ、コーデリアさん。配信中はサーニャがいるから、Fワードは発信されませんから」

 

「そうですか、お世話になります。コーデリア・コリングウッドと申します。生まれはイングランドですが、5年ほど前にアメリカへ移住して年齢は20歳になりますが、高校を飛び級して大学に進学しているので、現在は社会人です。会社勤めをしながら趣味の日本語を教えていましたが、このほど従姉妹のクローディアともども株式会社カバー様に招かれ、ホロライブに所属してVTuberを目指すことになりました! ご迷惑をお掛けすると思いますが、よろしくお願いします!」

 

「いえいえ、こちらこそよろしくお願いします」

 

 なるほど、わりと最近になってアメリカに移住したから日本に来ることに抵抗がなかったのかと納得したら、横から御子柴さんが当然の疑問を口にした。

 

「あれ? コーデリアさんの従姉妹はグラディスって名前じゃなかった?」

 

「グラディスは英語圏の女性名で、ウェールズ語の王女やグラジオラスの花を意味するグラドゥスに由来することから、向こうではクローディアと呼ばれることがあるんですよ。おそらくスチュワートさまも同時期に英国から米国へ移住したのでは? それならコリングウッドさまが昔の呼び名が咄嗟に出たのも頷けます」

 

「はい、まさしくサーニャさんのおっしゃる通りで、普段はディアの愛称を使っています」

 

 コーデリアさんがサーニャの深読みを肯定すると、御子柴さんが納得したように「なるほどね」と呟いた。

 

「同じ英語なのに、地方によって呼び方が異なるなんて難しよね。それに比べたら、日本語は漢字以外は簡単かな?」

 

「そんなことないよ、日本の方言は同じ日本人でも理解不能だもん。特に鹿児島弁は暗号だよ、暗号」

 

「へえ、どんなの?」

 

「おまんさまこてもじょかおごじょじゃっど……なんて言ってるか分かる?」

 

「全然分かんなかった……」

 

「これはね、あなたは本当に可愛らしい女の子ですねって言ったんだよ」

 

「そうなんだ! ねぇ、わたしも使いたいからもう一度教えて?」

 

「だから貴女は未知の言語を覚えたがるのはやめなさい!」

 

「うはは! なんでアーニャさん鹿児島弁なんて使えるんだよ!!」

 

「やっぱり色んな方言にも詳しいんだ……本当に天才っているのね」

 

 そうしてグラディスさんに請われて鹿児島弁を披露したことで場が盛り上がったが、まだ挨拶できずにいる人がいたのでサーニャが再び手を叩いて「静粛に」と呼びかけた。

 

「それでは最後に御子柴さま、自己紹介をお願いします」

 

「わかった」

 

 サーニャに促された御子柴さんはそこで間を取り、時間にして10秒くらい沈黙した。突然の静寂に何事かと愛犬が顔を上げ、わたしとサーニャが困ったように見つめあった後に、御子柴さんの特徴的な声が静かに聞こえてきた。

 

「さくらは、御子柴さくらです。どうぞよろしく」

 

「えっ? それだけだったら、なんであんなに間が空いたの?」

 

 他の人と比較して随分と短いのはいいとして、途中の沈黙はなんだったのかと谷村さんがツッコむ。

 

「ええとね、さくらも何か面白いことを言おうとしたんだけど、思いつかなかったから普通にあいさつしたの」

 

「えっ? それ本気で言ってるの? アーニャの配信を見れば、VTuberがどんな仕事か分かるよね? 配信中もずっと喋ってるんだよ? せめて喋りながら場を繋がなきゃやってられないよ?」

 

 谷村さんが舌鋒鋭く批判し、サーニャが困ったように見つめてくる。わたしには谷村さんの言い分も、サーニャの視線の意味も十分に理解できた。磐田社長が御子柴さんをスカウトした理由は今のところ視えてこない。

 

 でも、そんなことは関係なかった。

 

 だって確証はないが確信はある。今のやり取り。舌っ足らずな独特の淀み。まさかという疑念を吹き飛ばすほどの歓喜──わたしの様子がおかしいことに気がついたサーニャが「ゆかり?」と肩を揺らしてくる。

 

 ……いけない、いけない。わたしはまた考え無しに突っ走るところだった。結論を出すのはもっとお話ししてからでも遅くないだろう。

 

「──まぁまぁ。最初の挨拶は緊張しちゃうからね。わたしだって、最初はなんて挨拶したらいいか分からなくって、ずっと心臓がバクバクいってたしね」

 

 ケンカになりそうな気配はなかったけど、谷村さんが憎まれ役になるのも違うからね。ここは私情を抑えてお母さんが仲裁するよ。油断したら何を口走るか自分でも解らないけども。

 

「配信中のトークに不安があっても、そのあたりは事務所がフォローしてくれるし、研修中に学んでいけばいいだけだから、御子柴さんも焦らないで?」

 

「う、うん」

 

「ごめん、私も言い過ぎた……私っていつもそうだ。気が短くって、いつも失敗する。さくら、本当にごめん」

 

「いいよ。さくらも、向いてないのは分かってるから」

 

 わたしの言葉に御子柴さんが遠慮がちに頷くと、谷村さんも素直に謝ってくれた。

 

「大丈夫だよ、二人とも。わたしも磐田社長も、事務所の人たちも、ぜったいに見捨てないから」

 

「まぁコラボ中なら、問題のある発言は配信に乗らないようにできますし、いざとなったらアーニャの一人二役でいくらでも場を繋げますからね。今から失敗したらどうしようと気に病むことはありませんよ」

 

 サーニャの視線が柔らかくなったことを喜びながら、わたしはみんなに集まってもらった理由を説明する。

 

「それじゃ、挨拶も一通り終わったから、みんなに集まってもらった理由を説明します。一つは、みんなのデビュー戦をどんなふうにするか相談したかったんだけど、もう一つ大きな理由があってね。みんなが配信で使うアバターを設定するにあたって、みんながどんな人か知りたかったの」

 

 そうだ、みんなの為人(ひととなり)を知って無限のイメージが紡がれる。それを抽出して精密に複写することがわたしの技能だ。

 

「えっ? もしかしてこの場で描いてもらえるの?」

 

「もう描いてるよ。はい、まずは谷村さんね」

 

 箒星に貫かれる黎明の(ソラ)を背景にして、鮮やかに輝ける藍色の星が舞い降りる。少しだけ気難しく、しかして性根は真っ直ぐなアイドルの少女。身に纏う衣装に派手さはなく、夜の湖畔のような落ち着きがある。

 

「はい、完成」

 

 宣言すると同時にサーニャがLive2Aを適用して、画面に谷村翠という女性が(かたど)られる。

 

「これが、すいちゃん……?」

 

「うん、名前は星街すいせいでどうかな? 気に入らなかったら自分で付け直してもらって構わないし、デザインも谷村さんが納得するまで描き直すから、遠慮しないで言ってね?」

 

「変えないよ……。貴女が私のために、星街すいせい、って……VTuberになっても、すいちゃんって一人称を使いたって話まで、汲んでくれて……」

 

 途端に喉を詰まらせるすいちゃんに釣られてもらい泣きしそうになるが、我慢して

みんなのイメージを具現化することに注力する。

 

 サバイバルが得意だという志村さんは、わたしの中で野生の象徴となった。サバンナの荒野を背景として、黒いタンクトップと迷彩柄のズボンと、コンバットブーツを着こなした女性は、しかし、深い知性を感じさせる蒼い瞳と、自信に満ちた笑顔が魅力的な姿となった。

 

 そして銀色の流れる毛皮のような髪は、成犬になったユッカのイメージを重ねたものであり──とあるVTuber(ホロメン)のそれを重ねたものでもあった。

 

「すげっ……これがあたしかぁ」

 

「……うん。名前は獅白ぼたんでどうかな? 勿論さっきすいちゃんにも言った通り、デビュー前ならいつでも変更可能ね」

 

「いや、あたしもこれがいい……ついでにあたしもすいちゃんの真似をして、一人称をぼたんに……ダメだ、死ぬほど似合わねぇーよ!!」

 

 ぼたんさんのゲラ笑いにかき消されるすいちゃんの「ゆかりちゃんがすいちゃんって呼んでくれた」との声──すいちゃんが不満そうに睨むも、ぼたんさんは気にせず爆笑を続ける。

 

 そんなぼたんさんの姿が生命を宿したかのように躍動する。Live2Aが適用された二人の姿は、そう表現するより他になかった。

 

「次はグラディスさんとコーデリアさんだけど、ちょっと待ってね」

 

 こんな短時間に集中して描いたのは初めてだったから、さすがに息が弾み、汗が滴ってくる。

 

 でも達成感も半端ない。危なくなったらサーニャが止めてくれると信じて、いまは突き進む。

 

 海の向こうからやってきたグラディスさんはとても純粋で、無垢な印象もあるけど、子供らしく悪戯好きで、理解してやってる節もある。相反する二つのイメージが膨れ上がり、そして収束すると、そこには様々な海洋生物が集った浜辺に、サメをモチーフにした衣装で身を包んだ少女の姿があった。

 

 ライトグレーの髪とダークブラウンの瞳。どこかアーニャと似通った少女の隣には、大きな角と尻尾を持つ女性の姿もあった。竜人。そう呼ぶしかない橙色の髪と赤紫色の瞳を持った女性は、まるで少女の従者のようにその傍らに控えるのだ。

 

 ──なんだかわたしとサーニャ(サブちゃん)みたい。

 

 自然と右隣を見上げると、あの子もそう思ったのかこちらを見て微笑んでいた。

 

「すごい、すごい! この子、本当に生きてるみたい!」

 

「すごいですね! まさに竜が如く……ふふ、いいじゃないですか!」

 

「とりあえず名前はサメの子はがうる・ぐら。ドラゴンの女性は桐生ココ。こちらも変更可能だからよろしくね」

 

 喜ぶ二人の姿を元気に変えてもう一踏ん張りする。いや、ここが正念場だ。

 

 最後のイメージは、桜並木の中心に佇む女の子だった。まだ何者でもない普通の女の子。だけど彼女は生きている。きっと成長する。誰にでもなれる。

 

 そんな祈りが込められた少女は昔のわたしによく似ていたけれども、芯の(つよ)さを感じさせる表情は完全に別物だった。

 

 どうか失敗を恐れずに立ち向かってほしい。そうすれば、貴女は必ず大成する。証拠なんてどこにも無いけど、私はそう信じる。

 

 あの人が幼い姪っ子を見守るような気分で応援した、その子の名は──。

 

「……さくらみこ。こんな感じでどうかな?」

 

「さくら、みこ。さくら、みこか……。うん。スーパーエリート巫女さくらみこの誕生だね!?」

 

 歓喜を爆発させるさくらちゃん(みこち)の笑顔に、わたしの疲労は……ごめん。そんなに都合よくどこかに消えたりはしなかったか。

 

 いつもはこんなに立て続けに描いたりしないから気付かなかったけど、絵を描くのって大変なんだね。

 

 集中しすぎて頭がぼんやりするし、右手も力が入りすぎて痛くなるしで疲れちゃったけど……。

 

「あのさぁ、自分のことをスーパーエリートだとか、その自信はどこから来るわけ? 自画自賛ほど虚しいものはないって、すいちゃん思うんだが?」

 

「フッ、嫉妬か星街? みこ確信した! やっぱりさくらはアーニャたんと一緒に世界の頂点に立つ女だって!!」

 

「ま、いいんでないの? ホロライブのVTuberとしてやってくんだったら、それぐらい設定を盛っても」

 

「そうですねぼたんさん! 私も桐生組の会長なんて設定が込み上げてきますから、事務所と相談して問題がないか確認してみます!!」

 

「あ。出たよ、リアのゴクドー好き。ねぇ、聞いてアーニャ? リアってばジャパニーズマフィアのゴクドーが大好きなんだよ」

 

 ……でもこんなに喜んでもらえるんだったら、クリエイター冥利に尽きるってものだよ。

 

 わたしもみんなと一緒に、今後の話を……ダメか。サーニャに支えてもらわないとこのままバタンキューしそうだ。

 

「皆さま、お喜びのところを申し訳ありませんが、アーニャがだいぶ疲れているようなので休憩を取らせたいのですが、構わないでしょうか?」

 

「あ、待って?」

 

 わたしを抱えて立ちあがろうとしたサーニャを制止して、心配そうに見上げてくる愛犬の頭を撫でたわたしは、休憩をとる前にみんなにお願いした。

 

「あのね、みんなと同期のスバルちゃんが一人で配信してるのは知ってるかな?」

 

「知ってるよ。すごいビビり散らしながら昔のホラーをやってるんでしょ?」

 

 素早く気を利かせた相棒がスバルちゃんの配信画面を表示させると、ぼたんさんの言うように阿鼻叫喚(あえんびえん)の光景が広がってた。

 

「うん、だからわたしもやったけど、みんなにも励ましてもらえないかなって思って」

 

「いいんじゃない? 1期生の絆を見せてやろうよ」

 

「すいちゃんも賛成。なんてったってゆかりちゃんのお願いだしね」

 

「うん、わたしもやる。スバルもいい子だし力になりたい」

 

「いいですね。初めての顔合わせになりますから、気づいてもらえるか不安ですが」

 

「みこもやる。1期生の力を見せてやるぞ」

 

「うん、ありがとう。きっと伝わると思うよ」

 

 その言葉を最後にベッドに運ばれたわたしは静かに息を整えたけれども、そんな光景を見逃すなんてもったいないことはしない。むしろ特等席から最高の撮れ高を見物する。

 

 サーニャの制御下で、背の低い順に顔を出した1期生のみんなにスバルちゃんは驚いたようだけど、やがて事情を理解すると晴れ晴れとした笑顔になった。

 

 これはわたしにとって最高のプレゼントだ。サーニャの手でこちらに運ばれるなり心配そうに顔を舐める愛犬を抱きしめながら、わたしはそんなふうに思うのだった。

 

 

 

 

 





思えば遠くに来たものだ……というわけでみこちたち新1期生が揃いました。

次回から新しい話も書いていく予定なので、応援よろしくお願いします。
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