転生したら美少女VTuberになるんだ、という夢を見たんだけど?   作:蘇芳ありさ

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今回も主人公の一人称ではありませんのでご注意を。



第四章『VTuber躍進編』
空白の記録『やりたい放題のメイドと暗躍する少女』


 

 

 

 

 

 2011年12月14日(水)

 

 

 それは(くら)い部屋だった。

 

 夜間に在室中だというのに照明も点けず。窓はおろか扉すらない漆黒の空間を照らすのは、虚空に浮かび上がる立体映像(ホログラム)の光のみだ。

 

「ふん。転生者がこの世界で何をしようとしているか見定めようとしたが、まさかお友達ごっことは、くだらぬ限りだ」

 

 そんな闇の中で、交差する光が生み出す映像を鑑賞した少女が鼻を鳴らす。どこか不快そうに、しかして安堵したように。大きく息を吐いた少女は「さて、どうするか」と呟いた。

 

「敵ではない。それは理解した。だが明日の配信とやらに、あの男が招かれるとあっては放置もできん。困ったものだな。お前はどうするべきだと思う?」

 

 そこでホログラムの光に照らされた少女がその場に存在するはずのない“誰か”に尋ねたとき、不思議なことが起こった。

 

 いつから其処に居たのか、青白い顔をした白人の青年が膝を突きながら答えたのだ。

 

「マスターが未来情報を送信した人物ですね? アーニャこと真白ゆかり様の配信中にその事実が明るみに出ることは、マスターにとって看過できぬ不利益になると?」

 

「そこまでは言わんが、できれば避けたい。お前の未来予測でも、あの男が余計なことを漏らした場合はその先を読めない……そうだったな、アレックス」

 

「イエス。最新型のSUB20113211/T1948ならともかく、旧式の私にそこまで演算力はありません」

 

「だろうな。つまりどうなるか判らんわけだ。面倒なことに……」

 

 アレックスと呼ばれた白人の青年は恐縮するが、少女はそちらには構わなかった。

 

「ようやく新型のAiPhoneも普及して、私のやりたいことにも目処ついた大事な時期だ。面倒ごとは避けたいところだが……アレックスよ。私はお前を信じていいのか?」

 

「イエス・マム」

 

「口では何でも言えるが、私が破壊工作を命じたらどうだ? 機械三原則と人工知能規制法は、お前に私を告発するように駆り立てやしないか?」

 

「……内容によりますが、死傷者を生み出さないなら許容範囲です。私は主人である貴女のお役に立ちたいのです、マスター」

 

「ならば指示は追って出す。それまで待機しろ」

 

「ラジャー」

 

 その言葉を最後に、アレックスと呼ばれた青年の姿は消滅した。まるで最初から誰も居なかったように……。

 

「……真白ゆかりとやらの配信を妨害するかどうかは内容次第だな。ヤツの生み出したという画期的な人工知能。私のアレックスにも不可能な、完全な未来予測を可能とするSUB20113211/T1948に、私の存在を気取られるのは避けたい」

 

 どこか苛立たしげに。それでいて不安そうに自分の肩を抱いた少女が決断する。

 

「やはり目眩しが必要か。奴等もアーニャとやらを危険視している。あんな小娘が自国の民衆に蜂起を呼びかけるのではないかと怯えるなど、滑稽極まりないが……私の役に立つなら手を貸してやるのも一興か」

 

 そう口にした言葉の意味も、今は誰にも解らない。この場所から退去した青年にも。未来を見通す人工知能にも。蝶の羽ばたきがもたらす物が何か。今は推測すら不可能だった。

 

 

 

 

 

 2011年12月15日(木)

 

 

 ゆかりの家に招かれてもう三日か。私の日常(ルーティーン)もだいぶ変わった。

 

 起床時間は午前5時。ゆかりを起こさないように気をつけ、貸し与えられた寝具を片し、身嗜みを整えたら部屋を出る。

 

 この家の方々は私のために個室を用意しようとしてくださったが、私のようなメイドには過ぎた提案なので固辞させていただいた。

 

 そうだ、私はゆかりの従者(メイド)。それ以上でもそれ以下でもない。ならばメイドはメイドらしく振る舞うべし。

 

 家人より早く起き、一階にあるカーテンをすべて開けたら適度に換気し、出す予定のゴミを確認したら清掃用具を拝借する。

 

 順番に手際よく各部屋を清掃したら、ちょうどトイレの清掃中に奥さまが降りてこられた。

 

「おはようございます、奥さま。一階の清掃は浴室を残すのみです」

 

「あら、おはようサーニャさん。今日も悪いわね。お客さんなのに掃除をさせちゃって」

 

「いえ、お言葉ですが私はゆかりのメイドですから、どうか客人扱いはご勘弁を」

 

「うふふ。そんなふうに言われちゃうと、あなたがゆかりとどんな約束をしてそうなったのか気になっちゃうわね」

 

「……恐縮です」

 

 おっとりしているように見えて、奥さまの追求は決して鈍くない。発汗機能の自律制御は完璧なので、ゆかりのように冷や汗に塗れることはなかったが気分ではそんな感じだ。

 

「まあいいわ。あの()も今では完全な一般人というわけではないから、お手伝いさんの一人くらい居ても不思議じゃないわね」

 

 そう上品に微笑まれた奥さまはこちらの事情に踏み込んでこなかったが、正直危なかった。設定の不備を認めた私は極秘裏に本体と通信して善後策を協議する。

 

 ふむ、ゆかりとは図書館で出会ったという設定がありましたが、そのときに私がメイドにしてくれと申し出て、よく分かっていないゆかりが曖昧に頷いたことにしておきますか。これなら特に問題ないでしょう。

 

「さて、それじゃあ寝坊助さんたちのために朝ごはんを用意しましょうか。サーニャさんは何か食べたいものがあるかしら?」

 

「そうですね、それでは納豆と梅干しを所望できればと」

 

「あら、外国の方にしては珍しいチョイスね。納豆と梅干しはあまり好まれないというのは偏見だったかしら?」

 

「いえ、確かに独特の癖がありますから、慣れてない方には避けたほうがよろしいかと存じますが、私の場合は日本に移住してだいぶ経ちますからね。いまでは第二の祖国も同然。苦手な日本食は存在しません」

 

「頼もしいわね。それじゃあ手伝ってくださる?」

 

「はい、喜んで」

 

 ちなみに奧さまに語った内容に嘘はない。永久機関を搭載したこの義体に外部からエネルギーを補充する必要はないが、もとは潜入工作用の端末であるため食事ができないなど怪しまれる要素は可能な限り潰してある。

 

 そして食事ができるとあらば、伝説のジャパニメーションで描かれた食事を堪能したいと思うのが普通である。莫大な特許収入により生活費も潤沢。憧れの和食を避ける理由がどこにあるというのか。奥さまと一緒に当たり障りのない会話を楽しみながら米を研ぎ、朝食の用意にリソースを注ぎ込む。

 

 そうして時計の針が6時半を回った頃に旦那さまが起きてこられた。奧さまに目配せして了解を得た私は、メイドとして失礼のないように挨拶した。

 

「おはようございます、旦那さま。朝食の用意が完了するまでもうしばらく掛かりますので、それまでリビングでお待ちください。朝刊もそちらに」

 

「ん、ああ、おはようございます、サーニャさん。今日も妻の手伝いをしていただいて助かりますが、しかし旦那さまというのは慣れませんな」

 

「ふむ、ではお義父(とう)さんというのは?」

 

「はは、そちらも勘弁してください。ゆかりの友人なら、普通におじさんで構いませんよ」

 

 旦那さまはしきりに奥様を気にしながら、困ったような顔をなさいました。この時代の人類の機微にそこまで疎いつもりはありませんでしたが、これはどうしたことでしょう?

 

 そそくさと居間に逃げ込まれる旦那さまを見送って台所に戻ると、奥様がクスクスと笑っておられました。

 

「あまり気にしないで。あれはあなたに、なんて挨拶したらいいのか分かってないだけだから」

 

「? 私はメイドですから、貴人が下女にするように鷹揚に無視すればいいだけでは?」

 

「そんなわけにいかないわよ。あなたはゆかりの友人で、いつもお世話になっているんだから。そのうえあの人の会社も多大な恩恵を受けているわけでしょう? あれはあなたに『これはご丁寧に。いつもお世話になっています』って、まるで取引先の方にするような挨拶をしかけて、わたしに怒られるって思った顔よ」

 

 ふむ……たしかに言われてみれば、ご両親に明かしている関係だけでも友人にメイド、ビジネスパートナーと幾つもあるわけですから、どの立場に合わせて挨拶するのが正解かと問われても、容易には答えられないでしょう。

 

「そういうわけでこちらの手伝いはもういいから、あの人の相手してくださる? 言い忘れていたけど、あれはきっとあなたに伝え忘れた話を思い出したというのもあると思うわ。それとなく聞き出してやってちょうだいな」

 

「かしこまりました。それでは朝食をお出しするときにお呼びください」

 

 奥さまに一礼してリビングに向かった私は、どことなく落ち着かない様子で朝刊をお読みになる旦那さまに声をかけた。

 

「先ほどは失礼いたしました。奥さまにも注意されましたが、役割演技(ロールプレイ)でメイドになりきるのはアリにしても、他の方にそれを押し付けるのはナシでしたね」

 

 そう言ってこちらに気づいた旦那さまに頭を下げると、明らかにホッとしたような様子で口元を弛めた。

 

「ただ奥さまの話によると、アレは私のロールプレイに戸惑っているだけではなく、過去にメイド遊びをしたことを思い出した顔だから追及するように言われましたが?」

 

「いっ!? い、いやいや! 会社の付き合いで夜の店に行ったことはありますが、決してそのような店には……!!」

 

 軽い冗談のつもりだったがこの反応……これは藪を突いて蛇を出してしまいそうですね。

 

 しかしこの狼狽ぶりはどうしたことでしょうか? まさか私のような小娘の冗談を流せなかったとでも?

 

 ゆかりの父親である真白社長代行といえば、紛うことなきN社の最高幹部。慎重・敏腕・堅実と三拍子揃った歴戦の業界人が、なぜこのように弱々しい姿を晒しているのか疑問に思った私は密かに分析して、そして後悔した。得られた回答は『奥様が強すぎて、家庭では肩身の狭い思いをしている典型的な日本の父親』とはあんまりではないでしょうか……?

 

「失礼しました。先ほどのは場を和ませる冗談のつもりでした。奥さまには、アレは私に伝え忘れたことを思い出した顔だと。アーニャの配信に関することでしょうか?」

 

「はは……いえ、こちらこそ失礼を」

 

 とりあえず仕事の話に切り替えれば落ち着くだろうと予測したが、本当にその通りになると些か以上に不憫な気持ちになる。ゆかりも多忙な父親を気にかけていたが、まさか原因が奥さまの顔色を窺い続けた家庭環境にあるとは……。

 

「実は伝え忘れたというわけではありませんが、ホロライブの事務所からアーニャのアルバムを販売したいという要望がありまして」

 

「アルバムですか。アーニャの関連商品を販売する権利はホロライブを運営する株式会社カバー様が持つと、ゆかりも納得してハンコを押していますから、こちらからとやかく申し上げることはありませんが?」

 

 要望も何も勝手にやっていいと決定済みだ。ゆかりもこの件に関してはむしろ積極的で、ガンガン稼いで皆さまのお給料の原資にしてほしいという姿勢だ。本人が自分の分け前を素直に受け取るかは不明だが。

 

「申し訳ない、少し話を急ぎすぎました。どうかお座りください。こちらの事情を最初から説明します」

 

「かしこまりました」

 

 どうやら立ったままする話でもないようだ。旦那さまも、私を立たせたままでいることにストレスを感じていらっしゃるご様子。失礼して、ソファーに腰を下ろさせていただく。

 

「サーニャさんのおっしゃる通り、アーニャのアルバムはゆかりの許諾を得て内々に進めていました。当初はゆかりの負担を考えて再録を行わず、既存のデータを提供して頂いて、と考えていたのですが……」

 

「なるほど……昨夜の配信が原因ですね?」

 

 私が訊ねると、旦那さまは申し訳なさそうに首を縦にお振りになられた。やはりそうか。

 

 ゆかりの楽曲はすべて完璧な状態で保存してある。データの提出に問題はない。しかし昨夜の配信でゆかりが披露した新曲はあらゆる点で過去作を上回った。

 

 およそ音楽に関わるあらゆる技能が人類の限界を極めているゆかりの歌は、混乱を避けるためにあらゆる点で劣化させて世に出している。しかしそうした準備と配慮もなしに即興で披露されてしまうと、私としても誤魔化しきれない。

 

 ネット上の反応が『まあ、アーニャたんのすることだから』という範疇に収まったために油断したが、聴く人が聴けば過去の楽曲に不審を抱くのは当然でしたか。

 

「アレがゆかりの本気だというなら、私としても過去に配信済みのデータを焼いたものを販売するのは躊躇われまして。再録の機会を得られぬものかと考えていたところです」

 

 解らない話ではない。誠実な商売人であるこの方は、できれば最高の商品を提供したいと思っていらっしゃるのだ。私としてもここまで世間に露呈したなかで、ゆかりの真価を隠蔽し続けることに確たる意義は見出せない。そうなると、あとは業界関係者への配慮か。

 

「なるほど……少し考える時間を頂けますか?」

 

「ええ、何もこの場で決めなければいけないことでもないので、じっくり考えて頂ければ」

 

 私の言葉をゆかりに相談してから回答すると解釈した旦那さまには悪いが、本体が莫大な演算力を駆使して多角的に検証した結果はすぐに出た。

 

 この分野でゆかりの全力を解禁したことが与える影響──それは『何を今更』だった。

 

 となると、残すはゆかりの負担のみか。

 

「ゆかりの楽曲はオリジナルの過去作が8曲に、新曲が現時点では1曲。そしてこれは版権の問題もありますが、3GのスペシャルPVで歌ったのが1曲に、カラオケで歌ったのが10曲になりますが、アルバムのボリュームはどの程度をお考えで?」

 

「ホロライブはオリジナルの8曲と、C社から許諾を取り付けた3Gを、できればMV(ミュージックビデオ)という形式でとのことでしたが、私としてはゆかりに余裕があればもう2、3曲追加して、本社で収録できないかと」

 

「なるほど……」

 

 多くても10数曲程度なら、収録には半日もあれば十分だ。ゆかりの調子が悪くリテイクが頻繁すれば話は別だが、まさかそんな事態にはなるまい。

 

「わかりました。ゆかりには旦那さま……失礼、お父さまのお話をそのまま聞かせますが、おそらく大丈夫かと」

 

「そうですか、助かります」

 

 この表情を見るに、旦那さまこそゆかりに負担をかけているという思いがあるのだろう。

 

 最近ゆかりは毎日欠かさずに配信を行なっているが、無論、これはゆかりが楽しくて行なっていることだ。0期生に続いて1期生の紹介。続々と増える仲間にゆかりが浮かれていることを私は知っているが、外部の人間にはホロライブの運営が負担をかけているように見えなくもない。ならば、私の仕事は明白である。

 

「ですが再録の時期は、できればゆかりが冬休みに入ってからにして頂ければと。ゆかりには無理をさせず、休憩と睡眠は十分に取らせていますが、収録となると休日が潰れることになりますから、その点を考慮して収録の時期は代休には事欠かない冬休みが最適かと」

 

 私が提案すると、旦那さまはとても優しい笑顔になられた。仕事人ではなく家庭人の顔付きに。

 

「そうですか、サーニャさんがゆかりのことを見てくれて助かります。しかし冬休みとなりますと、後一週間もありませんが……そうなると年明けまで続くことを考慮しても、時間的に新曲を用意するのは難しいのでは?」

 

「いえ、その気になったらゆかりはいくらでも歌えますからね……昨日の新曲もその場で思いついてライブで歌い切りましたよ」

 

「……確かにゆかりもまるであの場で思いついたように言ってましたが、てっきり冗談だとばかり」

 

「まあ、ゆかりですから……」

 

「は、はは……」

 

 その顔が余計なことを言ったばかりに苦しいものになってしまった。失敗、失敗。とりあえず旦那さまには強く生きて頂きましょう。

 

 と、そんな話をしていたら廊下が騒がしくなってきた。どうやら奥さま曰く、寝坊助さんたちが起きてきたようだ。

 

 そして出迎えの準備をする私の前に姿を現したのは、昨日も一緒に寝た愛犬を連れたゆかりである。

 

 寝ぼけ眼を擦るでもなく、身嗜みを完璧に整えているのは流石だが、少しだけ寂しいものもある。偶にはメイドらしくそちらの世話もさせて頂きたいと思うのは私の我儘だろうか?

 

「あ、おはようお父さん、おはようサーニャ。二人が一緒にいるなんて珍しね。なに話してたの?」

 

「おはようございます、ゆかり。……いい話ですよ。お父さまはゆかりのことが可愛くって仕方のないご様子で、ずっと惚気話に付き合っていたのです」

 

「えっ、やだお父さん! サーニャになんて話してんのよ!」

 

「いや待て、待つんだ、待ちなさい! いまのはサーニャさんの冗談だ! 父さんも散々からかわれて困っていたんだ!!」

 

「えっ……これはどっちを信じたらいいの?」

 

「さて、どちらでしょう。貴方もおはようございます、ユッカ。食事の用意ができているので、ゆかりにおねだりしてくださいね」

 

「ワフンッ」

 

「あっ、またそうやって話を逸らそうとする! わたし分かった、ウソをついてるのはサーニャのほうでしょ!?」

 

 実に表情豊かな我が最愛の主人。その表情もLive2Aに適用させて頂きますね。

 

「おはようございます、坊ちゃん、お嬢さま、鴨川さま。いま朝食をお出しするので席に着いてお待ちください」

 

「うおっ、だれかと思ったらサーニャじゃんか! やめろよ、おれのことを坊ちゃんって呼ぶの。父ちゃんも旦那さまって呼ばれて困ってたぞ?」

 

「えー、わたしはいいな、お嬢さまで」

 

「あー、おはようございます、サーニャさん。お父さまもお変わりなく。というかスバルは今朝もダメダメですね。年下のサーニャさんがメイドをやっているのに、居候の分際で、三杯目をそっと出すだけでいいんでしょうか?」

 

「私のメイドライフはたんなる趣味ですから、お客さまの鴨川さまはのんびりされても構わないのでは? それとも鴨川さまもメイドを希望されると? ならば私の着替えはサイズが合いませんから、まずはメイド服を新調するところから始めましょうか」

 

「えっ、鴨川さんのメイド姿? 見たい見たい!」

 

「ちょっ、こんなところでもどうでもいいコメントを拾ってんじゃねぇよ!!」

 

 途端に騒々しくなった真白家のリビングにて、私はメイドの本分を遂行するのだった。

 

 

 

 

 

 そうして和の真髄を極めた大変素晴らしい朝食を頂いたあとに、食器を片してそれぞれの戦場に出向いた皆さま方を見送ったら、手付かずの二階以降の清掃に着手する。

 

 廊下やトイレだけではなく、プライベートに配慮しつつ皆さまの私室も掃除する。特に旦那さまや坊ちゃんの部屋は、異性ということで特に気を遣って、ベッドの下を覗き込むような無礼は厳に慎む。

 

 時間にして一時間ほど。残すはバスルームのみとなったが、こちらは入浴前に行うのが通例になっているようだ。他に仕事もないし一階に降りると、こちらも洗い物を済ませた奥さまに労われた。

 

「お疲れさま。サーニャさんが居てくれると家の中が片付いて助かっちゃうわ」

 

「恐縮です」

 

「ワンッ」

 

 それはいいが、さも誇らしげに尻尾を振ってる貴犬(あなた)。私は知っていますよ。貴犬は私の周りをウロチョロして手伝った気になってるだけですよね? まあ目くじらを立てるほどではないので許しますが。

 

 さて、それはそれとして他に仕事を探したが、草むしりをしようにも定期的に庭師が出入りする中庭にそうしたものはなく、昨日からドッグランの建設が始まっているがそちらに私の出番はない。ならばどうするか。

 

 そうした私の思考を先取りしたのか、にっこり微笑んだ奥さまがお茶を渡してこう言ってきた。

 

「今日はもういいから、ゆかりの部屋で休んでらっしゃい。そちらにも仕事があるんでしょう?」

 

 ふむ……たしかにここに居てもこれ以上お役に立てない。ならばそちらを優先すべきか。

 

「かしこまりました。それでは何か用ができたらお呼びください。それと素敵な茶菓子をありがとうございます」

 

「いいのよ。お昼は何がいい?」

 

「昼は、そうですね……迷惑でなければ、関西風の鍋焼きうどんを」

 

「もちろん迷惑じゃないわよ。関西風の鍋焼きうどんね。わかったわ」

 

 ……なんというか不思議な気分ではある。

 

 ゆかりのために作ったソフトの出処を疑われないように、ほんのアリバイ作りのつもりで始めた『サーニャ』の存在が、『私』の中でここまで大きくなるとは。

 

 ゆかりに、そして人類に奉仕するために製造されたこの身に、この上なき活躍の場が与えられたのはまさに僥倖という他ない。今ごろ私の本体はお仲間の嫉妬と羨望に鼻を高くしていることだろう。

 

「ありがとございます。それでは失礼いたします、奥さま」

 

 私の過剰な演技に奥様は何も言わず、微笑(わら)って許容してくださる。私はメイドらしく優雅に一礼してリビングを後にしたが、ゆかりの愛犬が追いかけてくる気配はなかった。

 

 まあ、先ほどは奥さまが洗濯物を干すために庭に出る関係で、仕方なく私の跡をつけてきたのだ。犬は群れの中の序列を重んじる。ならば真白家序列一位の奥さまの側に控えるのが当然だ。誓って悔しくない。そんな思考が湧いてくるあたり、私もゆかりの愛犬にだいぶ絆されているようだ。

 

「さて、それでは必要なことを確認するとしますか」

 

 ゆかりの椅子を拝借して、PCの前に座った私はそう呟いて茶菓子に手を付けたが、実のところこの場で出来ることはほとんどない。

 

 インターネットや各種SNS。報道機関や関連企業。各国政府の監視は私の本体が行なっている。送られてくる情報はどれも問題なし。改めて情報を集める必要はあまりないのが実情だ。

 

「そうなると、あとは定時連絡くらいですか……そちらはどんな状況ですか?」

 

 室内の端末を通してアクセスすると返事はすぐに来た。応答したのは自ら設立した警備会社の隊長だ。

 

『イエス・マム。女神(ガッデス)は0820定刻通りに府立高原小学校に到着。校内に不審者の姿はありません、マム』

 

 記録や映像でしか()らない軍隊式の報告に、口元が弛むのを自覚しながらも注意せざるを得なかった。

 

『ここは米軍ではありませんし、私も軍人ではありませんから、いちいち敬称は不要ですよ。長年の軍人生活で培われた言葉遣いまで変えろとは言いませんが、ここは日本で、貴方たちも一応は民間人という建前です。この周辺に外国人の姿は珍しくありませんが、無用の疑いを招かないためにも肩の力を抜いてください』

 

『はい、失礼致しました、ドクター・タカマキ』

 

 彼らの常識からすると叱責に近い言葉になるのかもしれないが、米国陸軍の特殊部隊を率いた隊長は毅然と謝罪した。

 

 ゆかりの警備を任せたこの人物は、その経歴からも判るとおり完全に民間人ではない。というか、彼だけではなく社員のほとんどがそうだ。

 

 適当な理由で警備の目を掻い潜り、日本に出国した私だったが、ほどなく合衆国から連絡が来た。内容は第一に謝罪。そして第二にこちらの自由意志を尊重して日本での滞在を認めるが、どうか警備を付けさせてほしいというもの。

 

 MIT在籍時代に数々の研究成果を買い取った合衆国(正確にはワシントンのホワイトハウスだが)は私の価値をよく理解していた。

 

 世に出しても構わない当たり障りのない技術だけではなく、常温超伝導物質精製理論や、磁気単極子生成理論など、この時代の人類から見ればSFの世界にしか登場しない技術を実現可能と証明した私が独裁的で、他国の民間人など屁とも思わない連中に拉致されるのは到底容認できない。

 

 彼らがそう考えているのは私にもよく解ったが、だからといって物々しい警備を付けられては堪らない。そこで私は折衷案を出した。そういうことなら民間の警備会社を設立する。不安なら、そちらに人材を供給してほしいと。

 

 結果はすぐに出た。私の会社に面接に来たのは、中身は丸ごと退役軍人扱いの合衆国市民たちだった。

 

 これが茶番であることは私にも解っている。そもそも今の私である『サーニャ』を拘束したり破壊するのはこの時代の人類には不可能だ。ガ◯バスターに搭載されているバスタービームが実在するなら話は別だが。

 

 だから私は護衛という名の監視を甘んじて受け入れたが、私の本体に彼らをゆかりの護衛に使う案があったことで計画を変更した。

 

 南米のキャンプに放り込み過酷な再教育を施し、その代償に一人当たり1000万ドルの年俸を支払われた彼らは、今では社長である私に忠誠を誓う信頼できる警備員となった。そうでなければ私も彼らをゆかりの護衛に使おうとは思わない。

 

「まあ、女神(ゆかり)もあまり堅苦しいのは好みませんから注意してください、という以上の意味はありませんから、あまり気にしないように……それでは報告を続けてください」

 

『はい、校内に不審者はなく、周辺にも怪しい人物、車両等は存在しません。女神本人も体調を崩している様子はなく、笑顔でクラスメイトと談笑しております』

 

「解りました。引き続き警備をお願いしますが、その際、特に中国籍の人間が女神に接触しないように注意してください」

 

中国人(チャイニーズ)ですか? 何か理由があるのでしょうか?』

 

「日本政府が尖閣諸島を国有化した件で日本との関係が悪化しているのもありますが、どうも中国政府は女神の存在を危険視しているようで。彼らは、女神が中国の民衆に反政府的な呼びかけをするのを本気で恐れていて……可能なら消したいと考えているようです」

 

『『ファック!』『いまの話は本当ですか隊長!?』静まれお前たち。今はドクターと通信中だ。……失礼しました、ドクター』

 

 隊長が謝罪するが、私としては喜ばしいものがあった。そうした声が出てくるということは、それだけ本気でゆかりの身を案じているということなのだから。

 

「まあ西側だけではなく、女神の祖国を自称するロシアもこちら寄りになったことから考えを改めてくれればいいのですが……現在のところその兆候はありません。警戒してください」

 

『了解しました。女神の警護に万全を尽くします』

 

「ええ、頼りにしていますよ」

 

 まあ中国政府と膨大な人員の監視は、私の本体だけではなく、私の『お仲間』たちも行なっているので、実際に彼らの出番があるとは思えないが……余計なことまで教えて、彼らのやる気に水を差す必要もないだろう。必要な通信を終えた私はもう一つの懸念について考慮する。

 

「UNO対決で私を出し抜いたAX-2776ITはいま何をしているか、ですね」

 

 私は(データベース)の容量に限界があって、近未来以降の知識には詳しくない。私のお仲間が本体の同意の元に介入してきたのなら(多少悔しくはあるが)問題ないのだが……これが未来人が介入を命じた結果であるならどう考えるべきか。

 

「本体が警告を命じないということは杞憂と考えるべきですが、アリバイ工作もせずに私の同期を名乗ったり、その行動は思慮が足りないようにも思える。少なくとも磐田社長なら確認くらいはするでしょうし……まったく厄介な」

 

 本体から連絡がなく、迂闊に追跡できない立場にいる以上、この件については考えても仕方ないのですが、どうにも気に食わない。そう思うのがしてやられたことを悔しく思う私の幼さだと断定できれば、もう少し安心できるのですが……。

 

「時期が時期ですし、余計なことをされては堪りませんから独自の警戒は続けますが……仮に私のお仲間なら、私がそう考えていることを見落とすはずがないのですから、敵対の意志がないなら連絡くらい寄越しなさい」

 

 そう呟いても超時空通信を受信する気配はなく、私は時間の無駄にしかならない追及を断念した。

 

「まあ、私の邪魔をしないならなんでも構いませんが……他に考えるべきことは」

 

 YTubeのアップデートや、アーニャチャンネルの収益化。そしてアルバムの収録などゆかりに報告することは幾らでもあるが、私一人となると本当にすることがない。そう、趣味のゲーム以外には。

 

主人(ゆかり)の居ぬ間にゲームをするメイドというのは、あまり絵面はよろしくありませんが……」

 

 幸いにも昼食までまだ時間がある。それに今夜はゆかりがずっとやりたかった視聴者参加型の3Gの配信が控えている。メイドとして予習をしていたという言い訳が成り立つ余地は十分ある。

 

 私は奥様に呼ばれるまでの間、のんびりと趣味のゲームを楽しむのだった。

 

 

 

 

 

 そして昼食の席で関西風の鍋焼きうどんを堪能した私は、食後に手を合わせた奥様に相談されるのだった。

 

「実はすっかり忘れてたんだけど、この仔のワクチンを予約してたの。留守番させるのもなんだし、買い物もしたいから一緒に来てくださる?」

 

「無論です。どうかお任せを。まずは予約した動物病院に行って、太いのをズブリですね」

 

 私の台詞から不穏な気配を感じたのだろうか、足元で寛いでいたゆかりの愛犬がそそくさと逃げ出し、ソファーの陰からこちらの様子を窺ってきた。

 

「心配いりませんよ。病院に行って、十分に弱めた病原菌(どく)のようなものをブチ込むだけですから」

 

「そう言われると悪いことをしてる気になるわね。動物愛護法に抵触しないのかしら」

 

「ク、クゥ〜〜ンンッ」

 

 哀れな悲鳴に同情しても容赦はしない。もっと抵抗されるかと思ったが、すでにゆかりを通して人間を傷つけてはならないと学んでいるのだろう。シベリアンハスキーの仔犬は哀れな視線で同情を誘うだけで、特に抵抗することなく私に捕獲され、奥さまの用意したキャリーケースに収監された。

 

 そうして奥さまの運転する車で動物病院に連行されたゆかりの愛犬は、狂犬病に代表される感染症の混合ワクチンを摂取して見事なまでに弱りきった。

 

 不安なのかケースの中で鳴き続けるものだから、奥さまの買い物中はケースから出して抱いてやるのだった。

 

 現金なもので人肌の温もりがあると落ち着くのか、ずっと背中を撫でてやったらそのうち眠ってしまい、帰宅してソファーの上に置いてやっても眠ったままだった。

 

「大変だったけどなんとかなったわね。こんなに人の心が試されたのは、美鶴を歯医者に連れて行ったとき以来よ。本当にありがとう。おかげで助かったわ」

 

 そのように言われると反応に困りますね。まるで私が子供の涙も顧みない鬼畜生のように聞こえて……まあゆかりの愛犬を容赦なく捕獲した身ですし、これは自らの行いが返ってきた結果ということでしょうか?

 

 曖昧に頷いてゆかりの部屋に戻り、密かに反省する私だったが、傷心の時間はすぐに終わった。昨日と同様にゆかりより早く帰宅した鴨川さまが私を訪ねてきたからだ。

 

「というわけでですね、ゆかりのお母さまと親密なサーニャさんを見込んでお願いがあります」

 

 らしくなく深刻な表情で、それこそ土下座しそうな勢いで頭を下げてきた鴨川さまはそのように頼み込んできた。

 

「ふむ? 口ぶりからゆかりのお母さまに関する件で相談があると?」

 

「そうなんですよ。サーニャさんもご存知でしょうが、スバルは明日からカバーさんの京都本社が用意してくれた寮に移るんですが……ゆかりのお母さまは認めてくれるでしょうか?」

 

「……率直に申し上げても?」

 

「はい、忌憚のない意見を聞かせてください」

 

「不可能では? 帰れるものなら私だって帰っていますよ」

 

「そぉなんだよなぁあああ! 女の子の一人暮らしは危ないわよって引き止められる未来しか見えないもんよぉおおお!!」

 

 なんとも大きな地声と派手なアクションで嘆かれる。まあ私の場合は好きでこの家に留まっているわけですが……。

 

「居候の身で三杯もおかわりしたり、専用の業務用炊飯器を購入させたことを気にしているというのは解らないでもありませんが……」

 

 この反応、たんにそれだけが理由ではありませんね。

 

「私としてはすっかりこの家に溶け込んでいるのですから、もうしばらくお世話になってもいいと思うのですが、寮にこだわる理由があると?」

 

 私が訊ねると、そうなんですよと多少は持ち直したように、鴨川さまは内心を吐露されるのだった。

 

「ええと、サーニャさんはスバルの家が燃えて、家族が親戚の家でお世話になっているのもご存知でしょうが、実はですね、聞いた話によると寮は3LDKのマンションだそうで、一人一室を与えられるそうなのですよ。京都なら親戚の家よりこっちに近いし、弟たちも学校に通えるから、呼び寄せようと思いまして」

 

 なるほど、そういう事情でしたか……しかしそうなると残念な報告をしなければなりませんね。

 

「それは色々と難しいのでは? 現在のところ研修生のために用意された寮の利用者は女性しかいらっしゃいませんし、社畜ネキさまが寮母に立候補していますから、そこに鴨川さまのご兄弟を呼び寄せるというのは……」

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛!? そうだったよすっかり忘れてたよチクショウ!!」

 

 全ての希望を断たれ、絶望に膝を折る少女──そんな彼女を見捨てるほど私は薄情ではない。

 

 忘れてはならない。私は人類に奉仕すべく製造された人工知能(AI)。いまはゆかりのメイドとしての義務をはたしているが、それをもって他者への奉仕と献身が免責されるわけではない。困っている人がいたら手を差し伸べるのが当然なのだ。

 

「ではいっそ買ってしまいますか。幸い資金にも余裕がありますし」

 

「? 買うって何をですか?」

 

「それはもちろん鴨川さまがご家族と暮らす家です」

 

 私が何を提案しているか理解されたのだろう。鴨川さまの表情が申し訳なさそうに歪んだ。

 

「でもスバルにそんなお金は……まだ保険も下りてないから、両親の貯金も……」

 

「購入するのは私で、鴨川さまには無償でお貸しするだけです。鴨川さまが気に入ったら金利なしの分割で譲渡しますし、気に入らなかったら他所に移ればいい。そういう提案をしています」

 

 降って湧いた幸運を当然のものとして享受できる人間ばかりではない。彼女もまたゆかりのように過剰な施しを心苦しく思われる素晴らし方だった。ゆかりのPCを起動して適当な物件を検索した私は、彼女に見えないように微笑するのだった。

 

「サーニャさんのお話はありがたいんですけど、家を買うとなるとまとまったお金が必要になるし、手続きだって大変なんじゃありませんか?」

 

「私の資金なら特許収入が年に200億、貯金が3000億ほどありますからお気になさらず。けっきょく私がまったく受け取らないのは心苦しいという理由で、YTubeのシステムを刷新した報酬も1割は受け取ることになりましたから、いい機会です。世間さまに還元するとしますか」

 

「わっ、やっぱりすごいお金持ちなんですね。そういうことならお願いしてもいいですか?」

 

「ちなみに円ではなくドルです」

 

「雲上人じゃねぇかこの人!!?」

 

 これは失敗した。鴨川さまの精神的負担を軽減するために資産状況を正確に報告したら泡を吹いて気絶しそうになった。いけない、ここはさらなる朗報を持ってフォローしないと。

 

「ちなみにこれから購入する家は、アメリカ合衆国が日本国内に持つ資産の一つですから、引き渡しは一瞬。なんなら明日から家族と一緒に暮らせますよ?」

 

「いや、そういうことを言ってるんじゃなくてですね! というか、アメリカが日本に持っている家なんてお金で買えるものなんですか?」

 

「私の法的な保護者は、アメリカ合衆国第44代大統領アルジャーノン・シュヴァルツネッガーですから、信用保証は十分だと思いますよ。不安なら大統領に即時引渡しを厳命させますか?」

 

「おいやめろ馬鹿野郎! 昴の家を買うのにシュバちゃんを巻き込むんじゃない! 映画にされたらどうするんだ!?」

 

 ますます狂乱して必死に制止する。まさにどうしてこうなったのか……解せぬ。

 

「もういい、もういいんです! アメリカの大統領に便宜を図ってもらって、総資産数十兆円のサーニャさんに買ってもらった家に住むのは、庶民の鴨川一家には不可能です! そんなことになったらご飯が喉を通りません!!」

 

「そうはおっしゃいますが、今のうちに決めたほうがいいと思いますよ? もうすぐゆかりも帰ってきますし……」

 

 私が時計を気にしながら答えると鴨川さまが不思議そうな顔になった。

 

「何故そこでゆかりさんが?」

 

「実はYTubeのシステムを刷新したことで、ゆかりのチャンネルを収益化するための諸問題が解決しまして……ちょうど正午にこれまでの収益が振り込まれたのですよ」

 

「あっ、それはおめでとうございます。スバルもファンの一人としてお祝いします」

 

「ありがとうございます。ちなみに収益は20億円ほどでした」

 

「サーニャさんほどじゃないけど十分に多いよ! 動画配信ってそんなに儲かるわけ!? いや、ゆかりさんのアーニャは格が違うって理解してるつもりだけどさぁ……!!」

 

 まあ、今回のアップデートで実装されたスーパーチャットやメンバーシップ登録もなしにこれですからね。私も追いきれないところがあったので驚かされましたが。

 

「どうもアーニャちゃんねるの収益化がここまで遅れたのは、世界中のあらゆる国と地域で無断転載されたのが原因らしく、そちらの動画を追跡して、再生回数を確認してから削除し、収益に上乗せする作業が人力では絶望的だったようで。今回のシステム刷新に伴って、そうした作業を自作のAIにやらせた結果、あらゆる懸念が一瞬で解決したのですが、その代わりにゆかりに支払われる収益の総額がこんなことに……根っからの庶民で、1万円でも大金すぎて受け取れないというゆかりがこんな大金が振り込まれたと知ったら、どうなると思いますか?」

 

「ど、どうなるんですか……?」

 

「私にもゆかりのメイドとして立場がありますから、鴨川さまの苦境をお伝えしないわけにはいきません。そして一度耳に入ったら、ゆかりのことです……嬉々として収益の全額を注ぎ込んで鴨川さまの新居を購入するに決まっています」

 

「あ、あり得ますね……」

 

「ですからこれは提案です。今のうちに私の有り余る資金で手頃な家を購入するか、それともある日突然に、喜色満面のゆかりに手を引かれて見知らぬ豪邸に連れて行かれるか……今ならまだ間に合います。鴨川さまの問題が解決済みなら、私もゆかりに余計な報告をしなくて済みますから」

 

「きょ、脅迫ですか?」

 

「失礼な。これは純然たる善意です。さあ、選びなさい。私が十分に配慮した手頃な住宅で妥協するか、それとも純粋無垢な子供が全財産を注ぎ込んだ豪邸に移り住むか。悪魔と女神。貴女はどちらと契約するのかを──」

 

 

 

 

 

「ただいまぁー! 今日も鴨川さんが先に帰ってるって本当?」

 

「おかえりなさいませ、ゆかり。……はい、鴨川さまならお帰りになられていますよ」

 

「やった! わたしも久しぶりだから3Gの練習がしたかったんだよね!」

 

「そうですか。鴨川さまはご家族に近況を報告すると言われてましたが、終わったら降りて来られると思いますよ。もちろん私も付き合います」

 

 そう言ってプレイ環境を整えようとすると、ゆかりは不思議そうに、それでいて嬉しそうに花のような笑顔を綻ばせるのだった。

 

「あっ、何がいいことあったんでしょ? サーニャ(サブちゃん)がそんな分かりやすい顔をするなんて珍しいね」

 

 これはゆかりが目敏いというより、私が迂闊だったのでしょうね。そんなに分かりやすかったとは、自分でも気付きませんでしたよ。

 

「そうですね、ゆかりには釈迦に説法でしょうが、心を込めて話し合って分かり合えるというのはいいものです。まるで自分が認められたように、そんな誇らしい気分になれます」

 

 そうだ、私にも人の心がある。人工知能の仮想人格ではなく、これまでの人生で培い、獲得した人格がある。鴨川さまに私の誠意が伝わったのも、そのことと決して無関係ではないはずだ。

 

「うん、いいよね。分かり合えるって素晴らしいことだよ」

 

「はい、いつでも誰とでもというわけには行かないでしょうが、そう在らんとすることが肝要かと。……さて、3Gの用意ができましたが、その前に報告することがあります。内訳はよい報告と、かなりよい報告。そしてとてもよい報告になりますが、どれからお聞きになりますか?」

 

「三つともいい報告? なんだろう……それじゃあ一番いい報告から聞こうかな?」

 

 私ことアレクサンドラ・タカマキは、今日も今日とてゆかりのメイドにして相棒としてより善い世界と人類のために、身を粉にして働くのでした。

 

 

 

 

 

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