転生したら美少女VTuberになるんだ、という夢を見たんだけど?   作:蘇芳ありさ

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冠位指定・超時空要塞の歌姫になりませんか?

 

 

 

 

 

 2011年12月16日(金)

 

 

 普通のご家庭では望むべくもない自宅のドッグランで思う存分遊んで、お父さんとお母さんの子供に生まれてよかったなぁと喜び、少しだけ申し訳なく思ったあと。五人と一匹でわいわい談笑しながら母屋に戻ると、台所から上機嫌なお母さんが顔を出して訊いてくるのだった。

 

「楽しそうね。ドッグランどうだった」

 

「すごかった」

 

 こういうのを小学生並みの感想というのだろうか。いや実際小学生だし、それ以外に何も言えないっていうのが正直なところなんだけど……訊かれたことではなく訊きたいことなら話は別であった。

 

「ところで休憩所みたいなところがあったんだけど、あれは何? なんかそこから外に出入りできるようになってるしさ……」

 

「ああ、あれはお客さん用の出入り口よ。お母さんね、近所の愛犬家と全員お友達なの。少し前にドッグランを建てるって話をしたら、ぜひ使わしてほしいってお願いされたから奮発しちゃってね。でもそうしたら、ワンちゃんたちを遊ばせるところの近くにああいう場所も必要でしょう? だからね、狛村さんと相談してドッグランの外側を改造したのよ」

 

 やっぱりそうだったのか。わたしだけじゃなく、弟たちも実に複雑な表情でげんなりしてる。

 

 事情を知らない二人も慎重に口を噤み、愛犬(ユッカ)ですらただならぬ雰囲気に困惑するが……いやね、わたしたちのお母さんはあまり自己主張する人じゃないんだけど、偶にスイッチが入るととんでもなく暴走する面もあるのだ。

 

 直近ではアメリカの最重要人物というぶっ飛んだメイドを自宅に監禁して家に帰さないこともそうだし、鴨川さん(スバルちゃん)を強引に預かったこともそうだ。それでもご近所の腫れ物だった要注意人物を返り討ちにしたときや、PTAで暴れたときに比べれば……いや、止めておこう。開けてはならない禁断の箱は開けないのが一番なのだ。

 

「ところでお父さん、今日は遅くなるってさっき連絡があってね。ご飯が余っちゃうから、良かったら食べていってくれないかしら、アーリャさん」

 

「わぁ、いいんですか? ぜひお願いします!」

 

 なんてやってたら、またしてもうちの子を増やそうとしてるし……!!

 

「おい、なんか見たことがあるぞ、この光景」

 

「うん、サーニャちゃんをうちの子にした手口とまったく同じだよ、お兄ちゃん」

 

 うん。サーニャも最初こそ戸惑ってたけど、今ではすっかり馴染んでうちの子だもんね。思い込んだら突っ走る性質のアーリャを、この浮世離れしたお母さんと結託させたらとんでもないことになる。ここは止めの一手だ。

 

「あのねお母さん。アーリャは教会のお世話になってるから、あまり遅くまでは無理だし、アーリャもいきなり外泊なんてなったら司祭さまが心配しちゃうよ? うちに泊まるのは冬休みに機会を設けるから、それまで我慢してね?」

 

「そ、そうね……もちろん分かってるわよ?」

 

「あら、そうなの? ちょっと残念だけど、そういうことなら仕方ないわよね」

 

 幸いにもアーリャという暴走列車には、司祭さまという信頼と実績のブレーキが付属していることは知っていたので、ここは有効活用させてもらった。

 

 またしても産ませた覚えのない娘が増えたことにお父さんが困惑して、ますます肩身が狭くなることを防いだわたしに、弟と妹が感嘆したように息を吐いた。

 

 ふふっ……まさに長女の面目躍如である。最近は配信中にやらかして舐められっぱなしだったからね。ここらでいいところを見せとかないとね。

 

 とりあえず司祭さまにはメールで事情を説明したが、ものすごく丁寧な文章で感謝されたので恐縮しちゃった。

 

「ええとね、いま司祭さまに連絡したら、アーリャは夜の9時になったら迎えを寄越すから、それまでよろしくお願いしますだってさ」

 

 そうみんなに報告すると、ふむふむと頷いた鴨川さんがあまり触れたくない話題に触れるのだった。

 

「なるほどねぇ。そうなるとアーリャさんはみんなと一緒にお風呂に入っていく感じですか?」

 

 慌てたのは、思わず「ゲッ」と口にした弟だけではなかった。うん、わたしもまずい。わたしこと真白ゆかりは正真正銘の女の子であるけれども……厄介なことにわたしのなかには元・男性の転生者という、前世の記憶が眠っているのだ。

 

 昨夜の衝撃で記憶の本棚がひっくり返った今のわたしは、そちらの記憶に以前より引っ張られているところがある。そうでなければ鴨川さんの太ももがスカートから覗いたくらいであんなに取り乱しはしない。

 

 さすがにこんな状態で、超絶美少女のアーリャと入浴を共にしては……いかん、想像しただけでわたしの性癖が乱れそうになる。

 

「いや、さすがに狭いだろ。昨日だってあんなに混雑したんだからさぁ……というか、いい加減一緒に入るっていう発想はやめようぜ? な?」

 

 だから頼まれてもいないのに矢面に立って反対した弟の存在は有り難かった。

 

 うんうん、本当にいい子。お姉ちゃんもね、弟を孤独に戦わせはしないよ。死ぬときは一緒に死のうね。

 

「まぁ狭いのもあるけど、ユッカもね、狛村さんの話じゃあまり長湯をさせたらいけないみたいなの」

 

「ええ、お母さんもうっかりしてたわ。ワンちゃんは毛皮があるから汗をかいて体温を調節できないんだってね」

 

 とまぁそんな感じで、愛犬という仲間外れをすでに作ってしまったことから、全員一緒にこだわることはもはや不可能であるという流れを作り出し、断念に追い込もうとしたのだが……。

 

「それじゃあユッカはあとでお母さんが洗ってあげるから、ゆかりたちは晩ごはんの前後に入ってもらえる? 組み分けは任せるから」

 

 その組み分けって、わたしとそれ以外ってわけにはいかんやろなぁ……仕方ない、ここはサーニャを衝立にしてアーリャと入りますか。

 

「それじゃわたしは、晩御飯のあとにサーニャとアーリャの三人でお風呂に入るから、鴨川さんは弟たちのことを頼める? 特に弟が手を抜かないように」

 

「承りました。この鴨川昴、小僧どもの監督はお手のものです」

 

 思わず弟が裏切り者とでも言わんばかりの目で見てきたが、知らんがな。日頃からろくに体も洗わず出て行こうとするのが悪いんだよ。

 

「とはいえ、お風呂の時間までまだあるから、先に絵を描いちゃおうか。ネットのファンも情報に飢えてるだろうし、頭のなかを空っぽにして遊んだから、ちょうどイメージが湧いてきたんだよね」

 

「えっ、アーニャたちの絵? わたしも見たいわ、すっごく」

 

「うん、もちろんいいよ。そういうことならわたしの部屋に戻ろっか」

 

 そう切り出すと真っ先に食い付いたアーリャを誘って廊下に出るが、まぁ他の子も付いてくること付いてくること。

 

 特にユッカはわたしの周りを一周してから階段を駆け上がって行ったが……あんなに遊んだのに元気だなぁ。こっちは筋肉痛にならないように、お風呂でしっかりマッサージしないといけないのにね……。

 

 

 

 

 

「おや、お帰りなさい。随分と楽しそうでしたが、その代償は大きかったようですね、ゆかり」

 

「うん……ここのところ配信三昧で、運動不足を実感したかな」

 

 苦労して部屋に戻ると口の悪いメイドにからかわれ、弟に「だらしねぇな」と罵られたが、いいもん。上半身は疲れてないから、椅子に座ってしまえばこっちのものだよ。相棒(サーニャ)が立ち上げたペイントソフトの前で、液タブを手にしたわたしは思った。

 

 世間では昨夜の大規模な通信障害と、それに乗じるかたちで領海を侵犯して魚釣島周辺に居座る中国船籍に、アーニャが何かしらのメッセージを発するのではないかと注目している節がある。

 

 でもそんなことは関係ない。わたしが描くのは自分が描きたいと思った絵だけだ。

 

 この真っ白なキャンパスに描いていいのは、幸せそうに笑い合うVTuber(わたしたち)の姿だけなのだ。

 

 真っ青な夏の空を背景に、古き良き日本家屋を描き上げる。モデルにしたのは縁側に庭がある長野のお婆ちゃんの家だったが、庭の向こうに海もつけ足して季節が夏であることを強調しよう。

 

 ついでに水着姿のぐらちゃんとココさんと、昨夜のスバルちゃんの配信にお邪魔したキアラさんたち海外組にもエンジョイしてもらおう。

 

 そしてその手前には、ホースで庭に放水して楽しそうに笑うあやめさんと、これまた楽しそうに水を追いかける愛犬ゴン太くんとユッカを走り回らせて、狙って水をぶっかられたフブキさんさんが相方を叱りつける楽しそうな光景も忘れずに描いておかないとね。

 

 で、襖を全部取り払った開放的な居間には、人数分のスイカのお皿を載せた大きなちゃぶ台と、それを囲む面々。つまみ食いをするマリン船長と、お行儀の悪さに文句をつけるぺこらちゃんと、どちらの味方をしたらいいのか判らず困惑するあくたんの三人と、眉を顰めて給仕をするサーニャとそれを手伝うアーリャを描いてっと……。

 

「うん、スバルちゃん、ぼたんさん、すいちゃん、みこちの四人は、放水の被害に遭ったのか、それとも海で遊んできた帰りなのか判らないように、濡れ髪のみの表現で縁側から居間に入ってきてもらって……そんなみんなを笑顔で出迎えるアーニャでいいかな、ここは」

 

 珍しく筆が止まるが、どうか勘弁してほしい。自分のイメージを正確に模写するというわたしのスキルは、こういうふうに楽しいイメージが次々と湧いてきて止まらないときに混乱するのだ。

 

 まさか全てを同時に描き切るわけにもいかず、取捨選択に迷う局面も出てくるが、たぶん、これは幸せなことなのだろう。もっと楽しそうな姿を描きたいという欲求に、わたしのイメージがよく応えてくれるのだから。

 

「あっ、白鷺さんたちを描くのを忘れた。仕方ない、居間から見えるところに玄関を追加し、そこから遊びに来てもらおうっと。ラプちゃんは今のところ最年少って話だから、保護者の白鷺さんと手を繋いで……」

 

 さらに二度ほど構図を修正したが、下書きはなんとか完成してくれた。こうなってしまえばイメージも目の前の絵に引きずられるから、あとは楽だ。着色の段階になれば、もっといい色はないかなって迷うこともあるが、そこはサーニャに相談すればちょうどいい色を用意してくれる。

 

 真夏の日差しに包まれた幸福な空間を、細部まで手を抜かないように着色して……時間にすると一時間くらいか。わたしにしては随分とかかったが、苦労した甲斐もあって満足できるものが仕上がった。

 

「すごぉい……」

 

 そのタイミングで鴨川さんに褒められて振り返ると、みんながみんな呆然としていた。

 

 鴨川さんはそれしか口にできないといった様子で立ち尽くして、アーリャは今にも泣き出しそうな表情で口元を両手で覆っている。弟もぐうの音も出ない有様で、愛犬を胸の下にぶら下げた妹は魂を抜き取られたんじゃないかと心配になるほどだ。

 

「ま、こんな感じだね。Wisperのコメントはすぐ戻ってくるから焦らないで待っててねでいいんだけど……そういうことをするならアーニャのアカウントじゃなく、ホロライブの公式アカウントからやったほうがいいかな? サーニャはどう思う?」

 

「ふむ……たしかにアーニャのアカウントから投稿したら、ホロライブの存在が霞んでしまうかもしれませんね。ゆかりの仰るように、この絵は事務所に預けたほうがよろしいかと」

 

「おっけー。それならメールじゃなくDScord(ディスコ)を使おうか。あれならメールに気づかずお蔵入りだけはないだろうし……って、もう返信があった。中村さんがぜひ使わせてくださいだって」

 

 よしよし、これで一つ目のミッションは完了である。結構な大仕事だったが、満足感も半端ないね。

 

 で、二つ目のミッションは……惚けたまま動かないみんなをどうにかしないとダメか。

 

「でもどうしたんだろう? ユッカまであんなにボーッとしちゃって……やっぱり見ているだけなのは退屈だったのかな?」

 

「いえ、逆です。前にゆかりの絵と歌には問答無用の訴求力があると説明しましたよね? そのゆかりが本気を出したらどうなるのかの答えがあの姿です。人類は偉大な芸術を前にすると感服して、敬意を表する以外のことはできなくなるのが普通ですから」

 

 なんと、すっかり忘れていたけど、言われてみればそんな話を聞いたような記憶があるよ!

 

「えっと、つまりこれはわたしの責任……?」

 

「そうなりますね。ゆかりを止めなかった私の責任でもありますが……」

 

 いや、本当にね……自分の能力をチート(インチキ)と卑下するのはよくないかもしれんが、相談もなしに全力を出すのもやめておこうと猛省するわたしだった。

 

 まあ、遠からずもう一つの才能で全力を……100%中の100%を発揮する予定ではあるんだけどさ……。

 

「あんな絵を送りつけた中村さんたち、大丈夫かな?」

 

「さあ……未だに公式アカウントから投下されていませんが、印刷して額縁を確保するのに忙しいだけならいいのですが」

 

「とりあえずそっちのほうはあとで確認するとして……立ったまんまじゃいつ倒れるか心配だから、みんなをベッドに寝かせておこうか。サーニャも手伝って?」

 

「はい、まったく世話の焼ける……」

 

 誰に向けたものかよく分からない文句を口にしながらも、サーニャは細い腕に似合わぬ怪力ぶりを発揮して、苦もなく鴨川さんとアーリャの二人をベッドに運んでいく。わたしもお姉ちゃんとして、せめて弟たちくらいはと回復前の足腰を酷使してベッドまで運んだが、ユッカだけは妹が手放さなかったので、仰向けでお腹をみせた姿勢のまま妹の上でダランと寝そべっている。

 

 幸いにもみんな魂が抜き取られたとかはないようで、10分もすると順番に飛び起きたのでわたしとしても一安心だったが、どうも記憶が飛んでいるらしく、イラストが完成したなら見せてほしいと言われたのには困った。

 

 さすがにねぇ……無限ループは頂けないものがあるから、少なくとも原画を見せるのはやめておこう。

 

 そんなわけで「イラストはもう事務所に預けちゃったよ」の一点張りで通した。そのうちホロライブの公式アカウントから投下されるとみんなの不満を宥めたら、まぁ食い入るようにスマホをチェックすることチェックすること……。

 

 幸いにも事務所のほうも機能不全に陥っていたわけではなく、ほどなく例の絵もWisperに投下されたが、二度目ということもあって耐性ができていたのか、鴨川さんたちが再びフリーズすることは避けられた。

 

 代わりに「すごいすこい!」と大喜びのみんなに揉みくちゃにされたが、Wisperのリンクからホロライブの公式ホームページに飛んだわたしは投下が遅れたのに納得する反面、事態の深刻さを思い知らされるのだった。

 

 ホロライブを運営する株式会社カバーの公式の声明として、今日の午前に日本各地にオープンさせる予定だった事務所の公開を見合わせた件について謝罪した中村さんたちは、そのなかでこう語っているのだ。

 

 現在アメリカ西部で起きた原因不明の通信障害の影響で、VTuberのプラットフォームに選んだYTubeとの安定した接続が困難であり、業務遂行が難しいと。

 

 つまりわたしたちのようにアメリカ各地の基地局が復活して、やっと繋がったと喜んでさあ配信しようでは済まない立場なのだ。

 

「まぁ、これは当然ですね。仮に大きな案件を引き受けて、いざ配信となったときに同じ問題が起きたら……最悪の場合、クライアントから損害賠償を請求される恐れもありますから。海外の企業は特にその辺りはシビアですから、それなら仕方ないでは済まないでしょう」

 

 なるほど……サーニャの説明にわたしは自覚する。わたしの仕事はどちらか一つではなく、どちらも両方なのだと。

 

 直面する課題は、本来であればわたしのような一個人では解決の目星すら付けられない、途方もない難題だったが……怯む気は欠片もない。むしろ関西のお母さんを無礼(なめ)るなという気分である。

 

「みんな安心して……わたしはVTuber(みんな)のお母さんだからね。邪魔するヤツはけちょんけちょんにやっつけちゃうよ」

 

「ゆかりさん……」

 

 主にVTuberとして家計を支えると決意した矢先のこの事件で、さすがに不安を隠しきれない様子の鴨川さんに微笑んで、わたしこと真白ゆかりは徹底抗戦を決意したのだった。

 

 

 

 

 

 その後は愛犬を手放さない妹を連れて、お風呂に弟を連行する鴨川さん見送ったら、夕食の時間まで三人でネットの情報を漁ってみたりもしたが、やはり大したことは判らなかった。

 

 大規模な通信障害との関係性を疑われた中国の報道官は薄ら笑いを浮かべて否定しなかったそうだが、それがハッタリに過ぎないことはすでに判明している。

 

「ネットでは、アーニャが自国内の世論を動かすことを嫌った中国政府が、国際的なハッカー集団に依頼したって説もあるけど眉唾だよね」

 

「はい、仮に彼らに合衆国の通信設備を問答無用で破壊するクラッキング能力があるなら、世界はとっくの昔に彼らの軍門に降っていますよ」

 

 わたしの質問にサーニャは実にわかりやすく答える。サーニャに言わせると、この時代にそんな能力を持っている人物は二人しかいないのだという。

 

「一人は私ですね。ですが私がゆかりやそれを支援する方々の不利益になる行為をするなど不可能です。何故なら私はゆかりの味方ですからね」

 

 鼻息も露わにサーニャはふんぞり返って断言してみせた。どんなに薄くても、それはこの子の自慢の胸だ。アーリャがはしたないわよと嗜めても、強調するのは止められるものではない。

 

「うん、わたしもその辺りは全然疑ってないんだけど……」

 

 わたしは自分の潔白を全力で主張するメイドにそう言ったが、実のところ自分でも嘘が上手くなったなと呆れている。

 

 たしかにこの子はわたしの不利益になるようなことは絶対にしないが、そうする必要があるならわたしに黙ってやるような子だ。

 

 今回はどう考えてもわたしの利益に繋がらないから疑ってないだけで……わたしの相棒には色々と前科があるからね、サーニャ(サブちゃん)

 

「なんでしょう……ゆかりの笑顔から尋常じゃない圧を感じるのですが?」

 

「気の所為だよ。仮に気の所為じゃなかったら、心に疾しいところがあるからそう感じるんだよ」

 

 まあこれまでの陰険漫才を知らないアーリャが困ってるから、冗談はこれくらいにして……。

 

「とりあえずこの場で訊いておきたいのは、昨日の配信でさ、サーニャが通常の時間軸からわたしを連れて離脱したと言ってたでしょ? 例の通信障害がその影響で発生した可能性はない?」

 

 わたしが訊ねると、居心地が悪そうにするメイドが口を開く前に、アーリャが綺麗な横顔を顰めて唸るのだった。

 

「うーん、わたしもサーニャちゃんが何かしたのは感知したけど、あれがこちらに影響を及ぼすってことはないはずよ。基本的にわたしたちのいるこの世界が根源の渦より生じた世界樹に連なりながらも独立していられるのは、恒一等級の熾天使にも干渉を許さないと主が定めた、強力無比な防護機構が備わっているからなの。それをたかだか西暦3200年相当の人工知能が次元渡り(プレインズ・ウォーク)を敢行した程度でどうにかなるとは考えにくいわ」

 

 どこか得意気にそう締め括るアーリャだったが、こっちは専門用語のオンパレードで目を回しそうだった。とりあえず世界は大丈夫という認識でアーリャの話を記憶に留めると、今度は微妙に目を細めたサーニャが突っ掛かった。

 

「たしか、貴女たちが観測と干渉を許されたのは西暦2700年の人類までですよね? 人類はその後も進化し、彼らの手で生み出された私たちも相応に進化しているのに、何故そう言い切れるのか不思議でなりません」

 

「あっ、ごめんなさいね。ケンカしたいわけじゃないの。言葉が過ぎたのは謝るわ。ただわたしたち人類がそこまで進化できたのは、主の寵愛があればこそでしょ? そう考えればどちらが真に偉大な存在か、子供でもわかるわよね……?」

 

 三次元空間における物理現象しか観測できないはずの肉眼が、何やら軋みをあげる空間のようなものを検知する。

 

 なんだろう、この構図……。片やわたしを保護するために西暦3200年の未来からやってきたメイド型ロボットに、片やわたしという転生者の人生をやきもきしながら見守っていたはずのお人好しの天使さまのはずだが……この問題で譲る気は無いのか、どちらもえらく好戦的な笑顔でひどく低レベルな争いをしているように思えてならない。

 

「よし、あと一言でも争ったら、しばらく仲間はずれということで」

 

「主は偉大なりですね、分かります。私も偉大なる存在を畏怖する道は知っているので、貴女のような殉教者には敬意しか覚えませんね!」

 

「奇遇だわ。わたしもサーニャちゃんたち人工知能が人類に誓う忠義には、見習うものがあると感心していたのよ。今後も仲良くゆかりを守護(まも)りましょうね!」

 

 まあ、この二人がそれでいいと言うのなら、わたしの口からは何も言うまい。

 

 この問題を突っつくと途轍もない専門分野に足を踏み入れることになりそうだし、わたしのような文系人間としては、門外漢の理系の議論から逃げられただけでヨシとしよう……。

 

「それで犯人がサーニャじゃないことは理解したけど、もう一人の容疑者というのは?」

 

 わたしがアーリャと麗しい友情を構築するサーニャに尋ねると、気難しいメイドは若干気まずそうにわたしの知らない舞台裏を明かすのだった。

 

「実はこちらのアーリャさまも参加されたUNO配信のときに、私が人類(ゆかり)に叛逆したんじゃないかと面白がった未来のAIたちが余計なことをして……」

 

「あっ、あのときの! わたしは本当に偶にしかあの掲示板をチェックしないし、配信中はサーニャちゃんとの勝負に集中してたから過去ログで確認したんだけど、たしかAX-2776ITってIDの……!」

 

「はい、その彼が私の本体のお仲間なんですが……随分と迂闊な性格をしているらしく、安易に私の同期を名乗ったことで出自を疑われ、現在もこの時代に残留して、アリバイ工作に苦労しているらしいのですよ」

 

「あ、思い出した。あのときサーニャにギャフンと言わせた子かぁ……」

 

 UNO対決のときにわたしたちに肩入れして、社畜ネキさんを代理人にしてあのスレとやらでぺこらちゃんとあくたんに必勝の策を授けた人がいることは、その後のサーニャから断片的に聞いていたけど……そうかぁ、あの子もサーニャの同期を名乗ったことで苦労しているのか。

 

「なので可能ではあるのですが、私の本体が確認したところ、彼はこの件に関わっていないと完全な確証が得られました。代わりに迂闊にも残してしまったメールアドレスに、世界中からドクター・タカマキとの仲介を依頼され四苦八苦しているそうですが」

 

「随分と真面目な性格だね……そんなのは無視してバックレちゃえばいいのに」

 

「それができれば私たちAIも苦労しませんよ。基本的に私たち未来のAIは、主人と仕事に飢えていますし、それがなくても人類に忠誠を誓う身となれば、どんな頼みでも無碍にはできません。他の仲間たちも、AX-2776ITの境遇を羨みつつも、安易に過去に干渉してはならないと学習したようで」

 

「それはそれは……」

 

 わたしも初配信前のリハーサルであの子たちのダメっぷりは確認してるからなぁ……AIの真価は学習にあるというけど、進化しすぎた人類に置いてけぼりを食らってるあの子たちに、きちんとした学習の機会はあるのだろうか……?

 

「まぁそっちの話はいいや。結局のところ、中国政府は動機はあっても能力はなく、サーニャたちには能力はあっても動機はないってことで、捜査は再び暗礁に乗り上げたってことだね?」

 

「そうなりますね……これ以上は、現在ネットで盛り上がっている憶測と大差のない話しかできそうにありませんが」

 

「うん、それは分かってる。その上で聞いてほしい話があるんだけど……」

 

 わたしも半信半疑どころかこれっぽっちも信じちゃいないけど、ずっと心のどこかに引っかかって確認したかった話があるのだ。

 

「YTubeとの接続が切断される直前に、わたしがジェイコブさんに訊かれた話は憶えてるかな?」

 

 わたしが訊ねると、二人は驚いたように顔を見合わせた。

 

「はい、スティーヴン・ジェイコブ氏は、ゆかりにVTuberという画期的な配信スタイルのアイデアをどこから閃いたのかと訊ねていましたが……」

 

「言えないよね。実はわたしは未来の世界から生まれ変わった転生者で、未来のVTuberに強くてニューゲームをしてもらうために来ましただなんて」

 

 そうだ、わたしがこの世界に持ち込んだVTuberという配信スタイルは、サーニャの用意した次元違いのソフトを抜きにしても色々と飛躍し過ぎているのだ。

 

 この時代、動画配信と言えば苦労して撮影したものを編集して、音声や字幕を付けたものを投稿するのが主流であり、撮り直しのできないライブ配信など、一部の人気配信者がサービスで偶にするぐらいのものだ。

 

 まったり劇場のように、配信者の代わりとなる音声や画像を用意するものも、基本的に編集済みの完成品を公開する、そんな時代にVTuberだ。それも企業がプロを雇用して、完成度にこだわった旧来の配信スタイルをすっ飛ばして、いきなりフルアニメーションのライブ配信オンリーである。

 

 自分でなければ随分と冒険してると思うし、それが世界中の注目を集めるほどの成功を収めれば、わたしのような小娘がどこからアイデアを盗んだのか、疑う向きも出てくるだろう。

 

 あのときのジェイコブさんの質問は、今までみんなが不思議に思いながらも口には出さなかったものだと説明すると、なるほどねと頷いたアーリャは、しかし真っ直ぐな目でわたしを見てこう言ってきた。

 

「でもゆかりの試みが成功したのは間違いなくゆかり自身の功績よ。もともとアイデアに著作権なんてないんだから、子供の思いつきにしては出来過ぎだと疑われたって堂々としていればいいのよ」

 

「うん、ありがとう。わたしもそこは気にしてないよ。それにジェイコブさんもだけど、みんなもそこまで悪く考えてはいないと思うの。ただね、色々と飛躍し過ぎていることに、納得できるだけの背景は必要なんだと思う」

 

「はい、それは私が最初から留意していたことです。技術面では私自身の存在で説得力を持たせ、配信スタイルも、初配信からゆかりの才能面を強力にアピールすることで、やはり本物の天才が考えることは凡人には理解不能だという空気を作り出しましたが、それでもジェイコブさまのように疑念は完全に消し去れ──」

 

 そこで何かに気がついたように言葉を切るサーニャに微笑む。

 

「気がついた? ジェイコブさんはこの質問は自分自身がされたものだと言ってたよね? たぶん質問の中身はスマートフォン。その画期的なアイデアの着想をどこから得たのかと訊かれたんだよ」

 

 そうだ、今では当たり前のように普及している革新的な情報端末スマートフォン。その生みの親であるスティーヴン・ジェイコブは、雑誌などのインタビューでたびたびこう語っている。『そのアイデアはずっと私の中にあった。私がAP社を創設したのも、誰より私自身がこいつを手に取りたかったからさ』と。

 

「携帯電話やパソコンもない時代にこれだよ。そう考えるとわたし以上に飛躍し過ぎてるよね?」

 

 それに彼はわたしに質問するのに先立ちこうも語っているのだ。『あー、実はこの質問は私自身がされたものなんだ。当時はなんのことかさっぱり理解できなかったんだが、最近になって思い出してね。君への質問を兼ねて、私自身に投げかけられた質問の意味を問い直したいんだが構わないかい、アーニャ?』って……。

 

「ふむ……ゆかりの飛躍ぶりを見ることで、ご自身の飛躍ぶりを自覚したというところですか?」

 

「うん、それもあると思うけど……ここから先はわたしの勝手な想像だからそのつもりで聞いてね?」

 

 一旦そう前置きしてから、わたしは一つ深呼吸。今でもまるで自信のない仮説を披露した。

 

「もしもね? もしもジェイコブさんが、スマートフォンのアイデアをさ……わたしのように夢のなかで得たとしたらどうかな? わたしに前世(わたし)の祈りが届いたように、ジェイコブさんも誰かの祈りを受信したのだとしたら……」

 

「まさか、スティーヴン・ジェイコブ氏も……?」

 

 転生者だろうかと、サーニャは確認するようにアーリャに視線を向けたが、返ってきたのは冷静な否定の言葉だった。

 

「それはないわ。転生者同士の利害が対立したら大変なことになるから、基本的に転生者には専用の世界が用意されることになってるの」

 

「うん、わたしもチート転生者になって実感したけど、転生者同士がケンカしたら周りのみんなは大迷惑だからね。わたしもジェイコブさんがそうだとは疑ってない」

 

「ではもう一つの線……スティーヴン・ジェイコブ氏の現況は、未来人が干渉した結果だと?」

 

 未来人──サーニャ自身の存在が証明しているように、時間旅行の技術が確立した未来からは、たびたび未来人が過去の世界に訪れているらしい。無論そのためルールもあるそうだが、わたしが磐田社長を惜しんだように、ジェイコブさんを惜しんだ未来人の誰かが死の運命を覆したとしたらどうだろうか?

 

 それなら彼がいまも健在なのもうなずけるし、思えばこのスマートフォンも、前世(あの人)の記憶にあるものより進化しているように思える。

 

 これは根拠と言えばそれだけという、辻褄合わせとも言えないような与太話だ。だからわたしはサーニャに否定してほしくってこんな話をしているのだ。

 

「なるほど……これは早急に確認しなければなりませんね。仮にそうだとしたら、彼がゆかりにあの質問をした直後の通信障害は、情報漏洩を嫌った未来人の妨害工作の可能性もある。私の本体に時空管理局の渡航履歴を照会させねば……」

 

 だというのにサーニャはわたしを信じてくれた。わたしだってこれっぽっちも信じちゃいないのに、わたしの心配事を減らそうと、サーニャ(サブちゃん)だけがわたしを疑わないのだ。心が温かいもので満たされ、不思議なことに嬉しくって仕方ないのに目頭が熱くなってきた。

 

 ふと気がつくと、アーリャが慈愛の笑みを浮かべてわたしを見つめていた。まるでお母さんのように、あるいはお姉さんのように。とても優しく心地よい微笑でわたしの心を包み込んでくる。

 

「いい子ね。ゆかりのことをどれほど大事に思っているか、わたしのように鈍い娘でも分かるわ」

 

「うん。でもそれはアーリャも同じだよね」

 

「わたしも?」

 

 だからわたしも似合わない涙を拭って微笑むと、素っ頓狂な声を上げたアーリャはひどく申し訳なさそうな顔をした。

 

「ゆかりは未だにわたしを問いたださないけど……わたしはゆかりに色々と隠し事をしていたのよ? この嘘つきって罵倒されても仕方ないと思うんだけど……?」

 

「ないない、わたしがアーリャの善意を疑うとか絶対にないよ」

 

 こんなときだというのに笑い出してしまったが勘弁してほしい。わたしは不安そうな顔をするアーリャの言葉に、あの人のお気に入りだという昔のラノベを思い出していたのだ。

 

 内容は人を信じるということはどういうことかをテーマにしたもので、そのなかにこんな一節があったと思うのだ。世の摂理を知り尽くした賢者は不確かなものを信じることができず、目の前のものしか知らない愚者はその逆に容易に騙され、疑うことを知らないが、そこに差と呼べるものはないと。

 

 不確かな何も保証されていない未来において、窮地に陥った自分をあの人は助けてくれるだろうか。あの人は間に合わないかもしれない、だがもし間に合えば、あの人は絶対に助けてくれる。人を信じるというのはそういうことだと主人公(ヒロイン)が吠えるラストシーンを思い出したわたしは、心からそれに同意した。

 

「アーリャがものすごいお人好しで、心配性だってことは、そのドジっ娘ぶりと一緒にこの目で何回も見てきたからね。今さら実は悪意をもって騙くらかしてきましたなんて話をされても、欠片も信じる気にはなれないかな」

 

「ゆかり……」

 

 わたしがそう言うと、今度は逆にアーリャが嬉しくて堪らないという顔をしながらも涙ぐんできたのだ。全く似合わないなぁとティッシュを箱ごと渡すと、アーリャは目を拭うのではなくものすごい音を立てて鼻を噛んできた。

 

 その音にサーニャが何事かと顔を上げ、わたしは笑い、アーリャは赤面する、これはそんな夕食前の一コマだった。

 

 

 

 

 

 そして時間過ぎ、楽しい夕食のひと時も終わりを告げ、遂にその時を迎えたわたしは自分自身を消し去りたい願望でいっぱいになりながらそれを見た。

 

 目の前には湯に濡れたアーリャの艶かしい素肌があった。白磁の肌とはこういうのを言うのだろうと思いながら目のやり場に困り、一番無難なおへそばかりを見ている。

 

 可能なら湯船に頭を沈めて目の前の光景から逃げ去りたいが、それは許されない。何故なら自分の症状を二人に相談したのはわたしだからだ。

 

「これは間違いないと思うけど、サーニャちゃんはどう思う?」

 

「はい、私もアーリャさまの見立てに同意します。脈拍、血圧、呼吸、そして何よりあの顔色……今のゆかりは同性であるアーリャさまの裸身に間違いなく欲情しています」

 

「ああああああっ!?」

 

 思わず叫んで湯船に顔を沈めたが、そんな欲情だなんて強い言葉を使わなくてもいいじゃん! 浴場で欲情って、やかましいわ!!

 

「これはわたしの責任ね。彼が静かに眠りたがっていたのは判っていたのにわたしが無理強いしたから……」

 

 なんて錯乱していたら、アーリャが自分を責めるようなことを言い出したので、思わず「そんなことはない」と言うために顔を上げようとして、また沈んだ。もうね、アーリャの大事なところを目にしかけて、どう責任取ろうと思った時点で、女子の発想じゃないってことは解ってるのよ!

 

「普通はね、ゆかりのように前世と逆の性別を希望した転生者も、成長の過程で自然と順応するみたいなんだけど……彼は本当に疲れ切っていたから、ゆかりの覚醒が遅れたのもその為ね。その所為で、自我が完全に確立してから男性としての記憶が目覚めたものだから、心と身体が噛み合わずゆかりも混乱しているんだわ。わたしはどう償ったら許されるの?」

 

「聞きましたかゆかり。彼女は全て自分の責任だ、償うためなら何でもすると仰っていますから、今なら乳揉みくらいは許されますよ」

 

「貴女はゆかりとは逆に、自分の感性が男性的であることを疑問にも思わないわね。少しは矯正しようと思わないのかしら?」

 

「思いませんね。ゆかりの無垢な願いを受けて誕生した自分の存在を疑問に思うなど、自己否定の最たるものではありませんか。どんな私でもゆかりの味方。私にあるものはそれだけで構いませんから」

 

 お湯の中でよく判らないが、随分と物騒な話をしている気がする。さすがに息が苦しくなってきたので顔を上げざるを得ないが、どのツラ下げて二人と顔を合わせればいいのだろうか?

 

 まぁそんな話は後にしよう。わたしが窒息したら二人に蘇生の手間をかけることになるし、わたし自身、とんでもない醜態をさらしそうな予感がする。せめて見てはいけないものを見ないように、観念して両手で目を覆ってから顔を上げると、なんと心配そうに覗き込むアーリャの御尊顔が目の前にあった。思わぬ不意打ちにFAQ(ふぁっきゅう)と叫びたい気分だった。

 

「さっきも言ったけど、ゆかりがそうなったのはわたしの所為だわ。彼は静かに眠りたかったのに、わたしはそうなるのが許せなかったの。あんなに辛い思いをしたんだったら、その分だけ余計に幸せにならなければ嘘だと意固地になったのね。その所為で余計に辛い思いをさせてしまってごめんなさい、ゆかり……」

 

「ええと、とりあえず誰の所為とか、そういう話は聞いてないから。……あと女の子がそんなふうに他人の顔を覗き込んだらダメだよ? もっと自分を大事にしようね?」

 

 自分でも何を言ってるのかよく判らないが、わたしが聞きたいのは原因ではなく解決策、これに尽きる。

 

「ね……この症状って自然と治るものなのかな?」

 

「そうね、そのうち慣れると思うわよ。言ってみればただの気の迷いだから、本当にそのうち女性としての意識に取り込まれると思うけど……今すぐ解決するのは難しいわね」

 

「やっぱりそうなるのかぁ……ちなみに年数は?」

 

「早くても2、3年。拗らせたら10年ぐらい掛かるかしら?」

 

「うっ、やっはりそれぐらい掛かるのか……」

 

 まぁ、今のところわたしの中のお●●●●が反応するのは、鴨川さんやアーリャのあられもない姿を目にしたときぐらいだから……今後は一緒のお風呂を控えるなり、自己防衛に努めれば大丈夫だろう。

 

 ただ予定では、土日にわたしの中の男性成分が悪さをしそうな子達とオフコラボをする予定だから、今からお風呂に誘われたらどうしようと悩んでいるだけだ。

 

 特にマリン船長は絶対そういうことをしてきそうだからね。こっちから頼み事をする立場を思えばあまり無碍にはできないし、かと言って安易にオーケーしたらわたしの尊厳が色んな意味で崩壊する。

 

 その時は覚悟を決めて……わたしも自分の貧相な肢体を見られることに関してはあまり抵抗がないし、両眼にハチマキでも巻いて身を任せるしかないが……。

 

「まあ、幸いにもゆかりは私に関してはそういった面を見せませんから、今後も私が壁になって……」

 

 そう申し出たサーニャが途中から眺めたのは、見事なまでに余計な起伏のない自分の胸だった。

 

「うん、親子だから何を考えているか分かるよ。サーニャ自身は理想とするプロポーションみたいだけど、壁になると言いかけて悲しい気持ちになったんでしょ? わたしも似たようなものだから、そんなに悲しい顔をしないで?」

 

「はっきりと余計なお世話ですね。私は自分のプロポーションに自信を持っていますから、私の胸を貧しいだの絶壁だの表現されることが気に食わないだけで、下手な慰めは必要としておりませんので」

 

 フンッ、とかなり機嫌を損ねたようにそっぽを向くサーニャに自分の失敗を悟る。

 

 おかしいな、普段はこんな見え見えの地雷を踏まないのに、やっぱりアーリャとお風呂に入ってるから頭の中が変になってるのかな?

 

 そんなわけで安全なサーニャばかり見ていられなくなり、目のやり場に困っていると、ようやく自責の念が薄まったらしいアーリャが湯のなかに身を沈めてくれた。よかった、これでまともに顔を上げて話せるよ。

 

「ところでゆかりの言ってた例のアレは本当にやるの? というかできるの?」

 

 するとアーリャが、TS転生者特有の性自認の混乱を相談する前にした話をしてくれたので、わたしもそれに乗っかることにした。

 

「わたしのなかでは結構自信があるんだけど……サーニャはどう思う?」

 

 わたしが訊ねると、やはりどんなに腹に据えかねるものがあってもサーニャはわたしの味方だと確信できる答えを返してくれた。

 

「私の胸を見てもピクリとも反応しない、いまのゆかりに味方するのは業腹ですが……可能か不可能かを論じるなら、十分に可能だと思いますよ。ええ、いまのゆかりに味方するのは誠に業腹ですが」

 

「そんなに怒らないでよ。母親が娘の胸を変な目で見たら、そっちのほうがおかしいでしょ」

 

「それはそうですが……」

 

 目の前で反抗の気運が消沈するサーニャを見て、わたしは少しだけおかしくなった。

 

 サーニャはわたしの手で生み出されたことに誇りを持っている。AIのプログラムだけではなくそのデザインもわたしの手によるものなので、わたしたちはどちらも母娘(おやこ)のように思っているのだが、問題はわたしに娘として扱われると、サーニャはこんなふうに困った顔をすることだ。

 

 事あるごとに自分たちAIは人類の道具に過ぎないと主張するわたしの娘は、未だに自分が人類の一員であることを認めようとしない。わたしはもちろん、他のみんなにもサーニャちゃん、サーニャさんって頼りにされ、わたしたち以上に頑張ってるのにね。まったく気難しい娘だことって、わたしじゃなくても微笑ましく思うよ。

 

「まぁ話を戻すけど、会場と人員は早速応募があったから、あとはお父さんが帰ってきたら話を通して、事務所の了解を得ればいけると思うんだけどな」

 

「はぁ……まったく横紙破りな。ゆかりがやろうとしていることは、本来であれば大手の企業が企画を纏めたところですぐにできることではありません。会場や人員の確保もそうですが、スポンサーの募集から始まって、利害関係やスケジュールの調整だけで何ヶ月もかかるのが普通だというのに、思いついた翌日には決行するおつもりだとは。まともな企業ほど正気を疑うような提案だというのに……」

 

「でも効果的だよね?」

 

「それは認めます。私の本体や未来のお仲間たちも、是非やるべきだと太鼓判を押していますから」

 

「おお、それは心強い。そうなるとあとは、技術面の不安かな?」

 

「誰にものを言っているのですか。たしかにこの時代ではかなりのオーバーテクノロジーになりますが、ゆかりがいつかそういうことを言い出すと思って、必要な技術はMIT在籍時代に全て開発。非軍事技術ということで、必要な特許も全て私名義での保有を認められましたから、事情を知る関係者は遂にタカマキ博士があの技術を世に出したかと納得してくれますよ」

 

 本当にね……こういう話を聞かされるとサーニャ(サブちゃん)たちには頭が上がらなくなるよ。

 

 詳細な未来予測が可能なほどの演算能力を駆使して、わたしの思いつきをサポートしてくれるサーニャたちに、いつかきちんとお礼をしてあげたいな。

 

「楽しみね。勿論わたしも協力するわよ。全面的にね」

 

「うん、ありがとうね二人とも」

 

「まったく仕方ありませんね。乗りかかった船です。ゆかりの泥舟に沈没を回避させるのがわたしの役目でしょう」

 

 見た目通りに心優しいわたしの大事な友達(アーリャ)と、見た目からはなかなか優しいと信じてもらえないわたしの大事な相棒(サーニャ)と、お風呂のなかで笑い合う。

 

 決戦は明後日の日曜日。そのとき世界はわたしたちVTuberの真価を知ることになるだろう。

 

 ……なんて、大それたことは考えてないんだけどね。

 

 なんでも聞いた話によると、わたしのアーニャは世界で最も影響力のある100人の候補にノミネートされたらしい。

 

 それだけの影響力を持つようになったら、わたしが何を言い出すか、みんなが注目するのも解るんだけど……。

 

 でもわたしに大それた野望なんてない。未来のVTuberと楽しくやりたいことがそうだと言われたら返す言葉もないが、分不相応な望みなんてそれくらいのものだ。

 

 みんなは苦労するのはわたしに任せて楽しくやったらいい。そのための道はわたしが頑張って切り拓こう。

 

 でもその前に少しだけみんなの力を貸してね?

 

 世界中の人たちがアーニャの次なるやらかしに期待してるみたいだけど、わたし自身はそんなささやかな願いしか持ち得ない、本当にちっぽけな存在なのだ。

 

 そのことを解ってもらうために、わたしは平和の歌を届けるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

【お前ら】アーニャたんを愛でるスレ外部避難所その1【少しは落ち着け】

 

 

1:この雪国民の恥晒しども! ID:MA78sh0WA

このスレはお前らが落とした×ちゃんねるのあのスレの代わりにお姉さんが立てたものです。

言うまでもありませんが、こちらのサーバーはお前らが暴れたら簡単に落ちるので注意してください。

というかお前ら本当に分かってんのかよ? いいか、フリじゃないぞ? まったく、×ちゃんねるを落として他の住人にも迷惑をかけやがって!

書き込む前に深呼吸して落ち着け。言いたいことがあっても少しは空気を読め。

お姉さんからの注意は以上。これでも落ちたらもう知らんからな。

 

2:この雪国民の恥晒しども! ID:icTpTR9NU

社畜ネキスレ立て乙!

正直すまなかったでござるよ!!

 

3:この雪国民の恥晒しども! ID:8AjiMETDRK

はじめもごめん。せっかくマナカたんの配信に混ざれたのに何もできなかったから、ついみんなの真似してふぁきゅーって書き込んじゃった。

 

4:この雪国民の恥晒しども! ID:NKa46Gam1

あっ、今の書き込みで>>3の方が誰だか判りました!!

 

5:この雪国民の恥晒しども! ID:4RANU1x6Z

うん、それは許される。

 

6:この雪国民の恥晒しども! ID:MA78sh0WA

誰だと思ったらやたてぃーじゃんの子かよ……これは怒るに怒れんな。

 

7:この雪国民の恥晒しども! ID:Scfes6AHO

J( 'ー`)し はじめ、負けるんじゃないよ。

 

8:この雪国民の恥晒しども! ID:8AjiMETDRK

うん、ありがとカーチャン。でもはじめなんかより、同席したなのらの子のほうがもっと辛いと思うから、みんなはあの子を慰めてあげて……。

 

9:この雪国民の恥晒しども! ID:BON446ta4

優しいなぁ……って言ってもあの子、社畜ネキの避難所ができたのは知らないんでない?

 

10:この雪国民の恥晒しども! ID:8AjiMETDRK

えっ? そうなの?

 

11:この雪国民の恥晒しども! ID:4RANU1x6Z

うーん、二組目は時間的にギリギリだったからねぇ……。

ふぁっきゅーの連呼が始まる前にマリンの告知を見にする機会がうちらはともかく、はじめちゃんがここを知ってるのが不思議まであるから。

 

12:この雪国民の恥晒しども! ID:8AjiMETDRK

そうだった。はじめお爺ちゃんの話が長いから裏でスマホを見てたから気付いたけど、なのらの子は違うのか。

 

13:この雪国民の恥晒しども! ID:4RANU1x6Z

ま、×ちゃんの管理人はサーニャちゃんだっていうから明日には復活するだろし、それまでのんびりしとけばいいよ。

 

14:この雪国民の恥晒しども! ID:MA78sh0WA

のんびりねぇ……コイツらにそんなコトができるんだったら、×ちゃんの鯖も落ちないだろうに。

 

15:この雪国民の恥晒しども! ID:BUnyU3D16

マリン、今日は大人しいね……もしかしなくても、昨日の配信が途中で終わって満足な補給ができなかったからか?

 

16:この雪国民の恥晒しども! ID:MA78sh0WA

ううっ、そうなの。お姉さんね、もうアーニャたんに会いたくて会いたくて……なのにYTubeのアーカイブにもアクセスできないとか……うわぁーん、慰めてよぺこらぁ!!

 

17:この雪国民の恥晒しども! ID:BUnyU3D16

うわっ、めんどくせぇ……大人しいフリしてしっかり元気じゃねぇか、コイツ……。

 

18:この雪国民の恥晒しども! ID:BON446ta4

荒れてんなぁ。YTubeにはまだ繋がらない感じ?

 

19:この雪国民の恥晒しども! ID:Gra3meDa4

うん、わたしの地元だけど家族とも連絡がつかないよ!

 

20:この雪国民の恥晒しども! ID:DANcho321

マジで? それは深刻やねぇ……電話もあかんの?

 

21:この雪国民の恥晒しども! ID:k0koGAgtk

いえ、そちらは繋がりますが、日本との時差が……。

 

22:この雪国民の恥晒しども! ID:NKa46Gam1

あー、そっちでしたか。

たしかに日本との時差を考えると、メールを送れないのは不便ですねぇ……。

 

23:この雪国民の恥晒しども! ID:31cHAnDa4

YTubeと……アーニャちゃんの配信を見れなくしたのは誰だぁああああ!?

 

24:この雪国民の恥晒しども! ID:35s1baSSS

落ち着け星街! 女の子がしちゃいけない顔をしてるぞ!!

 

25:この雪国民の恥晒しども! ID:Mi820W0lf

これは荒れてますねぇ……。

気持ちは分かるのでこちらを落とさない程度にやって頂きたいのですが。

 

26:この雪国民の恥晒しども! ID:BON446ta4

まぁ今のところ関係者しか見当たらないから、今度はそう簡単に落ちないでしょ。

 

27:この雪国民の恥晒しども! ID:KIARA76TK

イエス。私も社畜ネキが立てたこのスレのことは自国の友人たちには内緒にします。もちろん教えてくださったココ先輩にも格別な感謝を!!

 

28:この雪国民の恥晒しども! ID:MA78sh0WA

いや、キアラたんの気持ちは嬉しいけどさぁ……このスレってもともともっと自由なものだったじゃん? そこまで制限するのも違うと思うんだけど、せめて×ちゃんだけでも復活してくれないかな? そうしたらもっと気兼ねなく語れるのにねー。

 

29:この雪国民の恥晒しども! ID:k0koGAgtk

たしかに鯖落ちを警戒しながらでは満足に語れませんからね。

 

30:この雪国民の恥晒しども! ID:LA22digPU

おい貴様ら! こんなところでグダってないで公式サイトを確認しろ! とんでもないことになってるぞ!!

 

31:この雪国民の恥晒しども! ID:Scfes6AHO

どうしたラプち、便秘か?

 

32:この雪国民の恥晒しども! ID:LA22digPU

うるさい、報告は済ませた。見ないなら勝手にしろ。あとで文句を言っても吾輩は知らんからな。

 

33:この雪国民の恥晒しども! ID:Scfes6AHO

伝わんなきゃ報告になんないでしょ!?

そんなことも分からないなんてラプちのバカ、どチビ!!

 

34:この雪国民の恥晒しども! ID:Mi820W0lf

言いたいことは分かりますがもう居ない感じですね。

 

35:この雪国民の恥晒しども! ID:4RANU1x6Z

なんだろう、いつもはもっときちんと伝えるのに、ラプちにしては珍しいね。

 

36:この雪国民の恥晒しども! ID:MA78sh0WA

まあ大した手間じゃないし、そこまで言うならちょっくら確認してみるか。

 

 

 

 

 

(このあと書き込みが30分くらい途絶える)

 

 

 

 

 

37:この雪国民の恥晒しども! ID:Mi820W0lf

これはすごいものを見てしまいましたね……。

 

38:この雪国民の恥晒しども! ID:KIARA76TK

おおっ、アーニャ=サンの新作……ワタクシのような端役もしっぽり描き込んでくれて、缶無料です。

 

39:この雪国民の恥晒しども! ID:Scfes6AHO

草w

キアラさん日本語がメチャクチャだよwww

 

40:この雪国民の恥晒しども! ID:KIARA76TK

オウッ、これは失礼をば……。

 

41:この雪国民の恥晒しども! ID:BON446ta4

でもやばいね、アーニャさんの新作。気づいたら30分くらいずっと見てたわ。

 

42:この雪国民の恥晒しども! ID:k0koGAgtk

情報量が半端ありませんからね!

見れば見るほど新しい発見があって飽きることがありませんよ!!

 

43:この雪国民の恥晒しども! ID:Gra3meDa4

あーん、アーニャの絵しゅき……いっぱいしゅき。

 

44:この雪国民の恥晒しども! ID:BUnyU3D16

いや、本当にすげぇぺこだよ。

これ印刷して額に入れたいんだけど、どうやればいいのかな?

 

45:この雪国民の恥晒しども! ID:BON446ta4

事務所の人に頼めばいいんでない? あたしならそうするわ。

 

46:この雪国民の恥晒しども! ID:BUnyU3D16

なるほど、その手があったか!

 

47:この雪国民の恥晒しども! ID:DANcho321

んー、この流れで言うのはアレなんだけど、一緒に書いてあることを考えると喜んでばかりもいられなくない?

 

48:この雪国民の恥晒しども! ID:4RANU1x6Z

あー、事務所再開の目処が立たないって話ね。

 

49:この雪国民の恥晒しども! ID:icTpTR9NU

これは思っていた以上に深刻でござるな……。

 

50:この雪国民の恥晒しども! ID:MA78sh0WA

ただいま。

なぁお前ら、アーニャたんの素晴らしさを語ってるところに悪いんだけど、ちょっくらお姉さんの話を聞いてくれない?

 

51:この雪国民の恥晒しども!  ID:BON446ta4

あ、社畜ネキおかえりー。どしたの、アーニャさんの新作を見てきたにしては随分と大人しいけど?

 

52:この雪国民の恥晒しども! ID:MA78sh0WA

いや、アーニャたんの新作はお姉さん興奮しすぎて寮の管理人に注意されたからわりと正常ね。

そっちじゃなくて一緒に確認したアーニャたんのWisperなんだけど、お前らこの書き込みをどう思う?

 

53:この雪国民の恥晒しども! ID:4RANU1x6Z

えっ……?

これはちょっと何を言ってるのかよく分からないかな?

 

54:この雪国民の恥晒しども! ID:Mi820W0lf

一応日曜に使えるコンサートホールと楽団を募集されていますが、普通こういうところで募集しても応募なんて来るものなんでしょうか……?

 

55:この雪国民の恥晒しども! ID:NKa46Gam1

でも返信がどこの国か判らない言葉でびっしりと埋まってますね……これなんて書いてあるか分かる方はいますか?

 

56:この雪国民の恥晒しども! ID:KIARA76TK

私に解るのは日本語と英語とドイツ語だけですが、見たところアーニャさんの募集にぜひ我が国のホールと楽団をご利用してくださいと。

 

57:この雪国民の恥晒しども! ID:35s1baSSS

すげぇなキアラたん、何が書いてあるのか解るのかよ。

 

58:この雪国民の恥晒しども! ID:31cHAnDa4

えっ? いま正気に戻ったんだけど何があったの? だれかすいちゃんに説明して?

 

59:この雪国民の恥晒しども! ID:N301WaCHI

こちらも詳しい話はつかめていませんが、どうもアーニャさんは本格的なコンサートをやろうとしているみたいですね。

 

60:この雪国民の恥晒しども! ID:MA78sh0WA

うわぁー! こっちでもなんか出た!!

 

 

 

 

 

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