転生したら美少女VTuberになるんだ、という夢を見たんだけど?   作:蘇芳ありさ

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『目標、ジュネーブ国際空港。フロンティア・スピリッツ号、発艦せよ』の巻

 

 

 

 

 

 2011年12月17日(日本時間18:15)

 

 

 急遽開催の運びとなったアーニャのファーストライブに関して、わたしは弁明の言葉を持たない。

 

 なにしろやると決めた2日後には本番だからね。この性急さを正確に表現する日本語も見つけられないよ。

 

 さすがに相棒(サーニャ)に相談してから決めたんだけど、あまりにトントン拍子で決まっていくものだから、言い出しっぺのわたし自身が誰よりもビビってみたり。

 

 まぁ本当にね。こんなことだから『思い込んだら一直線の暴走列車』って揶揄(からか)われるんだろうけど……それだけに気持ち良く共演を快諾してくれたホロライブのみんなには感謝しかない。

 

 うん、誰かな? 日頃からわたしの暴走ぶりにすっかり慣れっこだから、そりゃあねって言ったのは……?

 

 ま、まぁ、そうした理由で練習の時間がそんなに取れないことはわたしも分かってたから、みんなの為に用意した新曲はちょっと特殊な制作過程を踏ませてもらった。

 

 楽曲で使用される音域はみんなの声域に合わせたものだし、場合よっては前世(あの人)の記憶を大いに発掘……さすがに丸パクリはしなかったけども、みんなが気持ち良く歌える歌を作成した。

 

 おかげで練習の時間は少ししか確保できなかったものの、みんなも海外から招いたという講師の方々が驚くほどの仕上がりを見せ、通しのリハーサルを終えた結果は満場一致で100点満点!!

 

 ……いや、本当にすごかったよ。この興奮をもっとみんなにも伝えたいけど、今はごめん。さすがに時間がない。

 

 何しろ問題のライブが行われるのはこの日本ではなく、ほとんど地球の裏側のスイスなのだ。そこまでシビアなスケジュールが組まれてるわけじゃないけど、わたしたちの送迎に関わる人たちをお待たせしているからには急ぐしかない。

 

 そんなわけで慌ただしく準備して、何とか落ち着ける段階になると急に不安を覚えたのか、星街さん(すいちゃん)が若干引き気味の笑顔でこう尋ねてきたのだった。

 

「あのさ……自分から言い出しておいてなんだけど、すいちゃんホントにあんな大役をもらっちゃって良かったのかなぁ? マリンたちを差し置いて私だけデュオったりした挙句、2回も出番を貰ったりして……」

 

 自信家のすいちゃんらしくもない弱音にわたしが反応するまでもなく、真っ先に気勢を上げたのはやはりこの人。

 

 その全身から自信と気合をみなぎらせて、我らがみこちが未来のベストパートナーを叱咤激励する。

 

「怯むな星街! 自分を信じられないならこのさくらを信じろ。大根判(たいこばん)を押してやる」

 

「いらんわ! そんな頼りない太鼓判! あとその太鼓判、ぜったい使う漢字間違ってるだろ!?」

 

「えっ? たいこばんって大根を使うんじゃないのぉ?」

 

「使うかそんなモンッ」

 

 今やすっかり名コンビとして認知されたすいちゃんとみこちのどつき漫才に、みんなの笑顔がほころぶ。

 

「星街さん安心して? リハーサルの手応えはわたしのなかでは100点満点……ううん、それ以上! だから安心してわたしとのデュエットに専念してくださいね」

 

「う、うん。すいちゃん頑張るから……」

 

 わたしが口にしたのはリップサービスでも何でもなく、現時点における正当な評価のつもりだったけど……やはりこの自信に満ちた女性でも緊張と無縁でいられないのか、途端にハーハーと息が荒くなるすいちゃんの背中を、真顔のみこちが頼まれてもいないのにさすってあげる。うん、やっぱりいいコンビだ。

 

 すいちゃんも口に出しては文句ばっかりだけど、不器用な女の子の善意そのものは否定する気がないらしく、いつしか痒いところを掻いてくれるようになったみこちに「あ、そこ……うん、ありがとう。もうちょっと強めに」と満更でもない様子だった。

 

 ネットには『あくぺこ』や『ぺこマリ』など非公式な組み合わせもあるらしいけど、正式なものは『フブあや』に続いて二組目。早速あの人の記憶を参考に『みこめっと』の尊称を提案したいところだけど……いいや。あまり押し付けがましくなってもあれだし、もう少し見守ることを選択する。

 

 そうしてみんなを見渡すと、すいちゃんほど緊張している子は他にいなかったが、やはり自信と不安、興奮と緊張の間で揺れているらしく、それはいつもと変わらない様子で膝を組むぼたんさんとて例外ではないようだ。

 

「ゆかりさん、あたしたちも大丈夫? 特にあたしなんかは音楽に合わせてゆかりさんと会話形式で歌ってただけなんだけど?」

 

 このあたり、口に出して説明するのは難しいので信じてもらうしかないが、伝える努力を欠かすわけにはいかない。

 

「うん、もうバッチリ。想像以上に楽しい曲になって大満足だよ。持論だけどね、歌っていうのは上手く歌おうと頑張りすぎるよりも、楽しくってつい歌い出したくなる曲のほうが上手くいくものだと思うの。だから大丈夫、きっとみんなも楽しんでくれるよ」

 

 だからみんなが楽しめなかったらわたしの負け。そう説明すると、みんなのなかでわたしへの信頼が上回ったのか、責任感の強いぺこらちゃんもようやく笑ってくれた。

 

「まあすごかったよね。すいちゃんもだけど、ココさんとマリンもさ……あれでアニソンしか歌ったことがないって反則だろ?」

 

「ええっ? ぺこらの目は節穴かよ……マリン初配信でアーニャたんと一緒に歌ったサ◯ラ大戦も上手かっただろぉ?」

 

「そうですよね! 私も盛者必衰が如くシリーズなら自信がありますから、決してアニソンオンリーではありません!」

 

「いやぁー、それは申し訳ないけど同じジャンルじゃありませんかねぇー」

 

 すると、たしかな手応えを思い出してくれた未来のVTuberたちの笑顔が花開き、そのタイミングで同乗(・・)した中村さんが自信たっぷりに頷いてくれた。

 

「ええ、近くで聴かせてもらったけど、ゆかりさんの言うとおり、あれに文句をつける人がいるとは思えない完成度よ。みんな、もっと自信を持って。貴女たちは世紀の歌姫に見込まれた共演者なのよ」

 

「よく回る口ッスよね。ゆかりさんのライブをぶち壊しにするんじゃないかって、あんなに反対しといて……ねぇ、のぞみちゃん?」

 

「あはは、ノーコメントでお願いしますね」

 

 みんなを鼓舞する中村さんに、舞台裏を暴露する北上さん。そしてノーコメントを貫く日向(ひむかい)さんだったが、ホロライブの運営を任された立場を思えば中村さんの苦悩も無理はないのだ。

 

 すでに実績があるわたしだけならまだしも、そこに研修をまだ受けていない1期生まで参加する流れになったら、ホロライブを預かる中村さんとしては慎重な立場を取らざるを得ない。

 

 そんな中村さんをわたしとサーニャ、そしてお父さんで説得して、通しのリハーサルを見てもらった感想はご覧の通り。中村さんの複雑な立場はみんな理解しているので、大先輩をからかった北上さんをして冗談半分。話の流れに便乗したに過ぎない。

 

 翌日の大舞台を想像してどこか緊張し、それでいて楽しげに笑っているわたしたちはいま、大統領自らわたしたちのエスコートに責任を持つと明言したアメリカが好意で用意してくれた大きなヘリに揺られていた。

 

 わたしとサーニャは勿論のこと、アーリャを含めた0期生6人に、鴨川さんたち1期生6人の計14名。加えてスタッフとして現地入りを希望した中村さんと北上さん、そして日向さんの3人に、飼い主不在の留守番を嫌ったゴン太くんと、すっかり懐いて寄り添う我が家の愛犬ユッカ。総勢で17名と大型犬を詰め込んでもなお余裕のある大型の軍用ヘリに乗り込んだわたしたちだったが、残念ながらそこにお父さんの姿はなく、今ごろ自宅で渡航の準備をしていることだろう。

 

 お父さん本人はわたしの保護者として同行の意思を示したが、マリン船長に「いやマズイでしょ。産むわ。確実に産むことになるわ。こんな素敵なおじさまと空の旅をしたら」って言われると慌てて前言を翻した。

 

 ……うん、見事なほど女の人しかいないもんね。ユッカたち愛犬以外。

 

 しかもマリン船長やココさんのように、本人にその気がなくても男の人なら気付いたら誘惑されそうなご婦人方もいるし。うっかり談笑してるところを見られでもしたら、お母さんと顔を合わせづらくなるよね。

 

 そんなわけでお父さんを残して飛び立ったヘリの中で揺られること30分あまり。

 

「ところでさ、このヘリがどこに向かってるか聞いていい? ゆかりさんは(ふね)って言ったけど、さすがに船旅は無理があるから普通に飛行機で現地入りするのかな?」

 

「ええ、この場合はどちらも間違っていませんね。飛ばすのは艦艇ですが、向かっているのは空港設備のある基地ですから」

 

 このヘリがどこに向かっているのか不明だが、まさかこのまま現地入りするわけじゃないだろうと訊ねるぼたんさんに、サーニャがよく分からない説明する。

 

 いや、それじゃあ説明になってないでしょ……ほらみんなも、ますます『ん?』という顔をしてるし。

 

「いや、そっかそっか、それなら大丈夫か」

 

 だが、ぼたんさんにとっては今の説明で十分だったのか朗らかに笑っている。

 

「もしかして飛行機が苦手なんですか?」

 

 ふと思うところがあってそう訊ねると、ぼたんさんは「うん、実はあんまりいい思い出がなくてね」と口にしてこう続けるのだった。

 

「どういうわけかあたしが乗ると飛行機が墜落しちゃうんだよね。それも3回中3回とも。あたしがサバイバルを学んだのは無人島で生きるために必死だったのもあるんだ」

 

「わぁ……ソウナンですね?」

 

 思わずダジャレで誤魔化そうとしたが、誤魔化しきれなかったようで……。

 

 漫画やアニメじゃよくあるけど、空気って本当に何気ない一言で引き攣るんだねと思ったら、顔面蒼白のあくたんとぺこらちゃん、そして半ベソのスバルちゃんが泣き出した。

 

「おい、それ本気で言ってるぺこか……?」

 

「終わったぁー! 第三部完!!」

 

「おまえら落ち着けって……もしそうなってもスバルがなんとかしてやるからさぁ……!!」

 

「大丈夫よ、みんな安心して。鴨川さんも知ってるでしょ? わたしが愛と平和の魔法少女だって。飛行機が墜落しても奇跡を起こしてみんなを助けてあげるわ」

 

 そんな居た堪れない雰囲気を吹き飛ばしたのはアーリャだった。アーリャは自信に満ちた笑顔で、サーニャのそれとは違い、年相応の起伏に恵まれた胸を張って請け負った。

 

「具体的にはこうやって主にお祈りしてね……慈悲深い主は決して貴女たちを見捨てないわ。だから安心して」

 

 いや、そんなことを言っても、みんなはアーリャの正体を知らない(鴨川さんも含む)んだから、安心できないでしょと思ったけど……キリスト教圏の二人はいまの言葉に納得したようだった。

 

「見事な信仰心ですね! 私も主の慈愛には感謝する次第です」

 

「うん、わたしも日曜は教会でお祈りを欠かしていないよ」

 

「あー、ごめんね不吉なことを言って。落ちたことがあるのは飛行機だけだからみんな安心してー」

 

 そうしてココさんとぐらちゃんもお祈りして、危機感の欠片もないぼたんさんが朗らかに謝罪すると場の空気は完全に元に戻るのだった。

 

「まったくあくたんとぺこらもスーくんも心配性なんだから困っちゃうよねー。アメリカのヘリならパラシュートくらい積んでるだろうし、同行するヘリもいるんだから仮に落ちても救助してもらえるに決まってるじゃんねー」

 

「うん、ごめんぺこ……」

 

「あたしもごめん……つい幸せすぎて、いつかこの夢も終わるんじゃないかって不安だったから……」

 

「スバルもごめんなさい。空を飛んだのは初めてだったから不安でした」

 

 ちなみにそう締めくくる直前にぼたんさん見て、「ヤベェな、こいつも天然かよ」と吐き捨てたマリン船長の顔が青いままだったのは、ここだけの秘密にしておこうか……。

 

「ところでちょっといいかしら……たしかトイレがあるって聞いたんだけど……」

 

「おっ、いまので漏らしたんスか、先輩」

 

 やはり初めての空の旅には不安もあるようで、途端に騒がしくなるヘリの中で、窓の外を確認したサーニャの横顔が苦虫を噛み潰したものになった。

 

「どうしたの?」

 

「いえ、もうすぐ着きそうですが……予測以上にフリーダムな男ですね、あれは」

 

 そう苦りきったサーニャの真意は判らなかったが、釣られて窓の外を確認するとヘリの旅が終わりを告げようとしているのは判った。

 

 京都のRe:live本社ビル屋上のヘリポートから飛び立って1時間とかからず、関東平野の夜景を捉えたこのヘリは、大きな半島に向かって高度を下げつつあった。

 

 行き先はおそらく三浦半島──このヘリが所属するという在日米軍の基地があるという横須賀。

 

 そこにわたしたちをスイスのジュネーブまで、既存の旅客機には到底不可能な短時間で輸送する……この子が開発に関わったとんでもない(ふね)が待っているのだ。

 

 

 

 

 

 わたしの予想は当たり、横須賀の在日米軍の基地に着陸したヘリから降りると、随伴のヘリから降りてきた護衛の人たちに案内されたが……いやいや、とんでもないね。

 

 夜間にも関わらず多数の照明にてらされて、昼間と変わらないほど明るい基地の中で待っていたのは、わたしたちを歓迎するように整列した軍人さんの壁だった。

 

 わたしたちの通行を妨げないよう、道の両端に分かれて整列した軍人さんの先頭には、見るからに地位の高そうなお爺さんと、ひょろりと痩せて眼鏡をかけたさえない感じのおじさんの姿があった。

 

 その二人の前で護衛の人たちが敬礼し、立派なお髭に鼻から下が覆われたお爺さんが満足そうに敬礼を返したときだった。

 

気をつけ(アテンション)!!」

 

 お付きのさえないおじさんが、鴨川さんの次くらい大きな声を出すと、整列中の軍人さんたちは一斉に背筋を伸ばした。

 

「我らが合衆国に並々ならぬ貢献と厚情を示されたアレクサンドラ・タカマキ博士と、我らが合衆国民に勇気と感動を与えてくださったユカリ・マシロ嬢、そしてその同胞たるホロライブの方々に、全員、最大の謝意をもって敬礼っ!!」

 

「……これですよ、ゆかり」

 

 そうして向けられるアニメのような光景に、お口の行儀がなってないメイドはこれ見よがしに溜め息をついて見せた。

 

「どうして軍人というのはこうも見栄えにこだわるんですかね。様式美こそ評価しますが、そちらの流儀に付き合わされるこちらにとっては時間の無駄でしかないというに」

 

 なんてこと言ってるけど、この子のお母さんであるわたしは騙されないよ。

 

「またそんなことを言っちゃってさ……本当は漫画やアニメのようなワンシーンに立ち会えて喜んでるのに」

 

「さて、何のことか分かりませんね。ゆかりまでくだらないことを言わないでほしいのですが」

 

 わたしがそう指摘してもサーニャは認めなかったが、この子と付き合いが長そうな護衛の人たちと、目の前の人物は笑いを堪えるのに苦労してる様子だった。

 

 サーニャがジロリと白眼を向けると護衛の人たちは表向き恐縮したが、とても優しい目元をしたお爺さんはむしろ楽しそうに笑い出した。

 

「君も変わらないね。相変わらず気難しそうで分かりやすい顔を見れて、嬉しいよサーニャ」

 

「艦長は分かりますが、提督こそ横田基地の司令官を差し置いて何をしているのです? ただでさえあの筋肉ダルマが色々とやらかしているのですから、ワシントンに苦情がいくような真似は慎むべきでは?」

 

 米軍の研究所でもあるMIT時代から面識があるのか、お孫さんをからかってるような顔をするお年を召した軍人さんに、サーニャが表面上は毅然と抗議すると、傍らの号令係のおじさんが生真面目にうなずくのだった。

 

「言われてしまいましたな。閣下にもそろそろ地位にふさわしい自覚が必要かと」

 

「おいおい、人聞きが悪いな。私は新設されるアメリカ航空宇宙軍を預かる身だぞ? あの艦に乗り込むついでに挨拶をして何が悪いのかね?」

 

「程度の問題です」

 

「まったくです。年寄りの長話に邪魔されてゆかりたちが足止めを喰らっているのをお忘れなく」

 

「いえ、みなさんの会話を楽しく聞かせてもらってるので、わたしのことは気にしないでください」

 

 失礼かと思ったけど英語での会話に口を挟むと、提督というよく分からない官職のお爺さんが嬉しそうに口元をほころばせた。

 

「ありがとうございます。そう言っていただけると口うるさい副官と孫娘に叱られずに済みます。ようこそ横田基地へ。そしてようこそ我が艦に。歓迎しますよ、みなさん。そしてミス・ユカリ。貴女にお会いしたことは家内と孫には内緒にしていただきたい。妬かれますからな」

 

 お爺さんがわたしだけでなく、みんなにも笑顔を向け、聞き取りやすいようにゆっくり挨拶すると十分に伝わっだろう。

 

 英語の心得がある中村さんたちや、ぼたんさん。生粋の米国人であるココさんたちは英語で。そちらに不慣れな子たちは日本語になるが、みんな精一杯の敬意と謝意をもって口々に挨拶する。

 

 ……もっとも、中にはまともに挨拶もできない無礼者もいて。

 

 真顔で「お爺さんがなんか言ってる」と口にして、もうすっかりお馴染みのすいちゃんに頭を引っ叩かれて……みこち、わたし恥ずかしいよ。

 

「失礼しました。あの子はちょっと変わってるんで、許してあげてくださいね」

 

「いえいえ、どうぞお構いなく。彼女がジャパニーズエリートシスター=ミコ・サクラですな? むしろ想像通りで笑い出したい気分ですよ」

 

 お爺さんは寛容に、そして親しげに笑ったけど、随分とわたしたちに詳しい様子だった。

 

「では立ち話も何ですし、そろそろ艦に向かいましょうか。孫娘も年寄りの長話に苛立っていますし、あまり待たせちゃならん男もあの船に乗り込んでおりますからな」

 

 その言葉に孫娘と呼ばれたサーニャが「やっぱり」と吐き捨てる。

 

「そうなるとあの塗装もあの男の趣味ですね……まったく恥晒しな」

 

「眼がいいな。だが異論もあったが、たしかにあのデザインは平和の艦に相応しいものだ。君もそう思わんかね?」

 

「はい、閣下。懸念は唯一、著作者の許可は得たのかという点のみです」

 

「その点は心配いらん。許可ならあの男が磐田社長から取り付けたさ。むろんあのスレでな」

 

 最初は何の話をしているのか分からなかったが、わたしたちの案内をするお爺さんの後ろについて行くと色々な事実が判明した。

 

 たしかに夜の海に浮かんでいるそれは飛行機ではなく、艦と呼ぶしかないような代物だった。近くに浮かんでいるアメリカの艦艇とはデザインが根本的に異なる、近未来的なフォルム。どちらかというと漫画やアニメでお馴染みの宇宙船……そう表現するしかない見た目はとりあえずいい。だが問題はあのペイントだ。

 

「アーニャたんだ。アーニャたんがいる」

 

 能天気に喜ぶみこちの指摘に顔が赤くなるのを自覚する。著名人が自分の痛車を発見したら、きっとこんな気持ちになるんやろなぁ……。

 

「……あれはサーニャの趣味?」

 

「失敬な。知っていたら私も描かれたゆかりの作品を推していましたよ」

 

 以前にN社が広告用に採用したイラストと同じものが大々的にペイントされているのだから、わたしとしては苦笑するしかない。うん、クリスマスの夜、雪化粧が施される京の都に、北の国から電子の妖精が舞い降りるっていう例のアレだ。

 

 N社のキャラクターも一緒にペイントされてるし、お爺さんの話によると磐田社長がノリノリで許可したんだろうけど……まぁいいや。鴨川さんじゃないけど、見なかったことにしよう。

 

 そんなふうに顔を背けると、たまたま目の合った号令係のおじさんが申し訳なさそうに説明してきた。

 

「……失礼。あんな見た目ですが、性能のほうに問題がないことは艦長として保証します。何しろテストフライト代わりに日帰りで木星まで往復しましたが、二度の徹底検査で分解点検を行ったエンジンは勿論のこと、艦の装甲からもデブリ痕一つ発見されませんでしたからな。非常にタフな造りです」

 

「うむ、やはりこの子の頭脳は素晴らしいな。最初は眉唾物だと思ったが、この艦に搭載されているモノポール・エンジンはいずれ民間にも公開され、世界を席巻するだろう。そうなる日が楽しみだ」

 

 そしてその説明を引き継いだお爺ちゃんの言葉に、わたしは冗談と悟られないようにジト目を向けるのだった。

 

「やっぱりサーニャの仕業じゃんか」

 

「ですからそれは誤解だと言っているのです。たしかに私はエンジンの製造と艦の設計こそ行いましたが、実際の建造には──」

 

「ちょちょ、サーニャたんちょっといい?」

 

 すると思わぬ疑惑の視線に焦り出し、必死に否定しようとするサーニャだったが、気がついたときには後ろからマリン船長に腕を引っ張られれていた。

 

 周囲の評価いわく『意外に常識人』である彼女は、お爺さんたちに「すみません、すぐ済むんでサーニャたんをお借りしてもいいですか?」と頭を下げた。

 

 残念ながら日本語だったので代わりに通訳すると、お爺さんは「無論、構いませんとも」と快諾。その旨を伝えると「ありがとうございます」と感謝したマリン船長は、周囲の耳目を気にして控えめに訊ねるのだった。

 

「いまね、マリンの聞き間違いじゃなかったらなんだけど、お爺さんの口からモノポール・エンジンって単語が飛び出してこなかった?」

 

「はい、あの艦に搭載されているモノポール・エンジンなら、MIT時代に私が実用化しましたが?」

 

「マジで!? でもモノポールってたしか地球上には存在しないんじゃなかったっけ?」

 

「詳しいですね。たしかに自然発生したものは地球上には存在しませんが、生成理論は以前から存在しました。もっともそちらは生成のための施設を作るのにもコストがかかりすぎて誰も手をつけなかったので、私が磁気単極子生成理論として再構築。MITの設備を用いて実証し、もっともシンプルな構造の核消滅炉を提案しました」

 

「マジかよスッゲェ! 完全にSFじゃん!!」

 

 なるほど、マリン船長のおかげでようやく判明した。サーニャが実用化に漕ぎ着けたというモノポールとやらが何なのかよく分からなかったけど、どうやらこの時代ではSFの用語だったみたいだ。

 

 本人いわく『古のオタク』だというマリン船長はそちらの造詣にも明るいらしく、思わぬ理解者に恵まれたサーニャはどこか得意げだった。

 

「おい、何かと思ったら完全に興味本位の質問じゃんか。やめろよ、そんなくだらない質問でサーニャちゃんたちに迷惑をかけるの」

 

「馬鹿かぺこらおまえ! これがどんだけスゲェことか分かんねえのかよ!?」

 

「そうッスね。これは本当にすごいことッスよ」

 

 だが興味本位の質問であることも判明してぺこらちゃんに叱られたが、それに待ったをかけたのは本人いわく『結構なオタク』であるという北上さんだった。

 

「普通の磁石には必ずNとSの両方があるんですが、どちらか一方しかないモノポールは磁気単極子、単一磁極粒子と呼ばれてますが、ものすごく重いんスよね。たしか素粒子なのにバクテリアくらいの重さがあって、それが原子核と衝突すると、どんな原子核でも壊れてしまうッス」

 

「ねぇー? しかもさぁ、核分裂だとたんに原子核が割れちゃうだけだけど、こっちは陽子や中性子、陽電子や電子まで残らず食べちゃうんだよね。おかげでメチャクチャ効率がいい。ぶっちゃけにこれ比べたら水素を燃料にした核融合とか時代遅れもいいところだって」

 

「そうですね。しかも原子核は壊れますがモノポールは決して壊れず、どんなものでも燃料にできます。それこそ放射性廃棄物だろうが産業廃棄物だろうとです。まさにモノポールこそエネルギーの問題とゴミの問題を解決する人類の救世主です」

 

「サーニャさんマジ半端ねえッス! ブラックホールでさえ質量の半分しかエネルギーにできないのに、丸ごと100パーセントっすよ? そんなモノポール・エンジンがあるなら、もしかしてアレもあるんスか? 物質をエネルギーに変換して射出するという、あの伝説の縮退砲も……?」

 

「さて、どうでしょう。先ほど申し上げたように、私はあの艦の設計にこそ関わりましたが、建造には関わっておりませんので、採用されたかどうかは……まぁ縮退砲なら、宇宙開拓時のデブリ粉砕用に複数のプランを提案しましたがね! 他にも艦の材料に鋼鉄の600倍の強度を持つ発泡合金や、融点が2万度を超えるハイパー・セラミック合金なども開発しましたが、それらは既存の合金とは比べ物にならないほど軽いので、あの艦の重量も見た目ほどではないはずです。宇宙世紀の機動兵器の重量が異様に軽いのも、故あってのことなのです。他にも、他にも……」

 

 そうしてオタク談義に花を咲かせる3人だったが、他の人はチンプンカンプンとまでは言わないにしろ、不要不急な議論であることに変わりはなかった。中村さんの表情を見るに、そこにサーニャが混ざっていなかったら止めていたのは確実だろう。

 

 そんな中村さんの手前、なんとか自重してる白上さんやココさんも目を輝かせて混ざりたそうにしてるし……別にいいんだけどね。サーニャも楽しそうだし、お爺ちゃんもニコニコして、お付きのおじさんも優しい目をしてるしさ。

 

 MIT時代もこんなふうに周りが見えなくなって、あとでお爺ちゃんたちにからかわれたであろうオタクのメイドはさておき、やはり一行の責任者である中村さんとしては、今度はこっちが足止めを食らわせたお爺ちゃんたちを気にして、ペコペコと頭を下げざるを得ないようだ。

 

 見かねてわたしが代わりに「うちの子たちがすみません」と謝ったけれども、お爺ちゃんはどこまでも寛容に「いやいや、どうかお気になさらず。私とて日本語が話せたらあの中に加わっていたでしょうからな」と笑ってくださり、号令係のおじさんは「それに搭乗用のタラップを用意していますから、まるきり時間を無駄にしているわけではありません」とフォローしてくれた。

 

 別に軍人さんに偏見があったわけじゃないけど、本当にいいお爺ちゃんたちだなぁ。わたし、お婆ちゃんはいるけどお爺ちゃんはいないから、ちょっと羨ましい。

 

 しかし北上さん。社畜ネキさんたちの話について行けるのは分かったけど、あれぜったい通訳に酷使されてるわけじゃないよね。自分からウッキウキで食いついたし、サーニャも完全に目的を忘れてるよね。

 

「ま、そんなわけでモノポールの生成理論とモノポール・エンジンの現物は合衆国に買い取られてしまいましたが、それは構いません。私の提案した巨大ロボット(ガ◯バスター)を却下しておきながらあちらを採用したのも、今となっては理解していますから。思えば開拓者の末裔である彼らが喉から手が出るほど欲しかったのは、星海に乗り出すこともできるあの艦でしょうからね」

 

 わたしの視線に気がついたのか、得意げなメイドが時ならぬ議論を名残惜しそうに締めくくろうとしたまさにその瞬間、周囲の照明が一点に集中した。

 

その通り(ザッツライト)!!」

 

 そしてわたしの知る最大音量には及ばないものの、号令係のおじさんに劣らぬ声量の日本語(・・・)が響き渡り──。

 

「えっ! キャップぅ!?」

 

 まさに格が違うとしか言いようがない大空スバルの大音響が、基地の騒音すら吹き飛ばす勢いで響き渡った。

 

「ふ、フフフ、さすがすばぅだ。この距離なのに鼓膜をやられるところだったよ……お嬢さんたちは大丈夫そうかね、提督」

 

「はい大統領。見たところ数人ほど目を回していますが、幸いにも治療が必要な方はおられないようです」

 

「そりゃ良かった……とばかりは言っておれんな」

 

「まったくです! どこまで迷惑をかければ気が済むのですか貴男は……!!」

 

 すでに何度か経験しているので「キーン」と耳鳴りがする程度で済んだ鼓膜を労っていると、なにやらサーニャが出待ちをしていたらしいアメコミのヒーローみたいな人を怒鳴りつけていた。

 

「いや、本当にすまなかった。よく考えてみれば、私の姿を目撃したすばぅの反応は十分に予想できることだった。驚かせるつもりでそれ以上に驚かせてしまった。重ねてすまない」

 

「いえこっちこそ大きな声を出してごめんなさい。あとすばぅじゃなくてスバルです。ところできれいな日本語ですね。あれから勉強したんですか?」

 

「いや、これは娘……サーニャの自動翻訳を内蔵したインカムさ。基本的にYTubeで採用されたものと同じ物だが、そちらを通さなくても使えてね。ようやく調整が完了したので記念すべき第一号を受け取ったのさ」

 

「羨ましいことだ。あれさえあれば私も一押しのぺこらたんとお話しできたのに……」

 

「提督、私情はほどほどに」

 

 とまあ、そんなやり取りもあったものの、ようやくわたしたちはライブ会場のあるジュネーブに向かって発てそうな雰囲気になるが……どうやらその前に、こなすべきイベントがもう一つあるようだった。

 

「まぁ、積もる話は中でゆっくりしようじゃないか。……そう、あの(フネ)

 

 そこでキャップが視線を向けると、提督のお爺ちゃんが満足そうに頷き──副官のおじさんが整列した兵隊さんたちに合図すると、なんと彼らはラッパを取り出し、ある曲を演奏したのだ。

 

「こ、これはガ◯バスターのマーチ!?」

 

「ならば、次に来るのは──」

 

 俄然盛り上がるマリン船長と北上さんを筆頭に、その他の面々も興奮を隠しきれない様子だ。

 

 そんな観客を満足そうに見やったお爺さんがつぶらな眼を大きく開き、日本語で吠えた……!!

 

「アメリカ合衆国航空宇宙軍所属! 第一世代型太陽系外宇宙探査船!!」

 

「核消滅炉搭載型垂直離発着式星間飛行用大型輸送艦」

 

「その名はフロンティア・スピリッツ一号!! 今こそ私たち人類の心を一つとする平和の架け橋へようこそ、お嬢さんたち……フフフ、ご清聴に感謝するよ」

 

 おそらく、この日のために練習したのだろう……お爺ちゃんはやり遂げた(おとこ)の顔で。巻き込まれたおじさんは見事なまでの無表情で。そしてキャップは実に晴れ晴れと、沸き立つ観客(マリン船長)たちを眺めるのだった。

 

 なんだかなぁ……サーニャまであんなに鼻息を荒くしちゃってさ。

 

 別に僻んでるわけじゃないけど、あの喜びを共有できないわたしは、オタクはオタクでもかなりにわかな部類かもしれない、と複雑な気分を味わうのだった……。

 

 

 

 

 

 そんな紆余曲折を経てサーニャが設計したSFもどきの艦に乗り込んだわたしたちだったが、これが色んな意味でとんでもなかった。

 

 近未来的な艦内を案内され、好意で艦橋(ブリッジ)を見学させてもらったわたしたちは、創作の中にしか存在しない光景に色めき立った。

 

「報告します! モノポール・エンジン一番から八番、稼働率二十三パーセントの現時点においても、総出力二億キロワットオーバー! これは完全宇宙空間において時速一億キロメートルを実現できる数値です!!」

 

「全六十四基の可動式直接噴射口、ならびに全二百五十六基の艦体姿勢制御用噴射口のチェクも完了! システムオールグリーン! 行けます!!」

 

「電磁流体制御システムも、予備基を含め、いかなる異常も確認できません!!」

 

「相互監視型スーパーAIの回答も同様です! 本艦はいかなる異常、いかなる損傷とも無縁の状態にあります!!」

 

「よろしいようですな、提督」

 

「うむ……」

 

 無敵の声帯を酷使して、臨場感たっぷりに翻訳すると、艦長のおじさんに答えた提督のお爺ちゃんが重々しく右手を掲げた。

 

「フロンティア・スピリッツ号、発艦せよっ!!」

 

 その光景にうちの子(ホロメン)たちは大喜びだ。メインスクリーンに映し出される横須賀基地がどんどん小さくなり、あっという間に見えなくなった。

 

「フローティング・アブソーバーは正常に作動中。本艦内部に作用する慣性は全て吸収され、重力は一Gで安定しています」

 

「現在高度八千。時速五万八千キロメートルでジュネーブに向かって航行中。ソニックブームの発生は認められません」

 

「現在中国国内の北京市北北西四百キロメートルの上空。離陸した中国軍戦闘機はあっという間に見えなくなりました」

 

「よし、相手をするな。本艦を目撃させる。それだけでよい」

 

「ロシア空軍より入電。貴艦の入国を歓迎する。礼儀知らずな田舎者の相手は自分達に任せ、貴艦は女神を約束の地へとのことです」

 

「うむ、貴国と貴官らの好意に感謝すると伝えろ。よろしいですな?」

 

「ああ、勿論だとも。……フフフ、さてはあの熊野郎、ジャパニメーションを横目にノリノリだな」

 

 そんなやり取りに興奮した子たちの多くは、ブリッジ周辺のロビーのあちらこちらで、この感動を共有しているようだ。

 

「見ろよ星街。雲がとんでもない速度で流れていくぞ」

 

「あぁ、そうだねぇ……時速6万キロかぁ。目が回るぅ」

 

「しかし、それにしてはえらい静かですね。私たちが来日するときに搭乗した旅客機でももう少し揺れたと思いますが?」

 

「うん、なんか全然飛んでる気がしなくて、早送りの景色を眺めてるみたい」

 

「それは船体を大きく取っているのもありますが、流体制御装置が機能してるのもあるでしょう。周囲の大気を制御下に置き、多層的に高速循環させることでソニックブームを抑制する。もとは恒星の近くを通過するときの防護機構でしたが、大気圏内でも問題なく機能しているようですね」

 

 窓の外を見学する1期生たちに説明するサーニャによると、この艦の正式名称は核消滅炉搭載型垂直離発着式星間飛行用大型輸送艦フロンティア・スピリッツ一号、らしい。

 

 この艦に乗り込むなり、見慣れない制服を着た人たちが誇らしげに敬礼してくれた意味が、いまは分かる。木星との日帰り旅行すら可能にしたというこの艦は、人類が未知の居住惑星に乗り込むために必要なものだ。

 

 この艦を設計したサーニャがアメリカに恩人として扱われているのも、むべなるかなというものだった。

 

「それではあらためてフロンティア・スピリッツ号にようこそ、アーニャ=タンたち。多忙な艦長たちに代わって歓迎するよ」

 

 そう言って両手を広げて笑ってるのは、アメコミの世界から飛び出したヒーローのようなコスプレをした白人男性。

 

 ボディービルダーから俳優に転向したという、日本でも有名な元ハリウッド俳優『シュバちゃん』のお孫さん。現職のアメリカ合衆国の大統領アルジャーノン・シュヴァルツネッガーがその正体のはずだが、それは言わないお約束である。

 

「先ほどはこの格好でかえって驚かせてしまって済まなかったね。文句があるならいつでも辞めてやるが口癖の私としては、別に正体を明かしてしまっても構わんのだが……それは我が国の大統領ではなく、ただのコスプレ好きの男性では? と、惚ける余地が必要らしくてね。ホワイトハウスのスタッフに交換条件として出されてしまったんだ。なので私の正体はバレバレだと思うが、ここはキャップで通してくれると有り難いな」

 

「ありがとうございます。こちらも色々と後ろ暗いところのある身ですもの。深くはお聞きしませんわ、キャップ」

 

 一行を代表してお礼を言ってるのは中村さんなんだけど、ちょっと気になる事も言っていた。中村さんの言う色々と後ろ暗いことって何のことだろう?

 

「なぁに、気にすることはないさ。あの連中に知らせたところで妨害してくるだけだ。君たちは地続きのアメリカ国内を通過してジュネーブ入りするだけ。スイス政府も同意しているし心配無用さ、ミユキ」

 

「重ねてありがとうございます。あの子たちにはよく言っておきますが、もしものときは頼りにさせていただきますわね、キャップ」

 

 そうして何やら話をまとめたらしい中村さんが振り返り、手を鳴らして呼びかける。

 

「みんな時間がないから集まってちょうだい! この艦が現地に到着する前に話しておきたいことがあるのよ!」

 

 そう言ってみんなに呼びかける中村さんはかなり焦っている様子だ。直前のトラブルで目を回すも、今はすっかり回復してキャップたちの好意で船内を見学している子たちだったが、ただならぬ気配に気づいた北上さんと日向さんが顔を見合わせると、手分けしてロビーの外に散っていた子たちを呼び集め、ほどなく17人の関係者と2匹の愛犬はロビーに隣接したゲストルームに集合することができた。

 

「で、どうしたんスか先輩、そんなに焦っちゃって」

 

「焦りもするわよ。私もキャップに言われるまで失念してたんだけど……このなかにパスポートを所持してる子はどれぐらいいるかしら?」

 

 その言葉にほぼ全員が「あっ」と悲鳴に近い声をあげる。

 

「私は合衆国が発行したものを持っていますし、ゆかりも数年前に取得したものを旦那さまから預かっていますが、他の方はお持ちでないと?」

 

「わたしはロシア政府が発行したものを持ってるけど……」

 

「あたしもパスポート自体は持ってるけど、手元にはないね。まさかゆかりさんに同行してスイスまで行くことになるとは思わなかったからさ」

 

「私もです。グラディスと入寮したときに、備え付けの家具に保管を……」

 

「この様子だとあとは自分とのぞみちゃんくらいっすよね、日本政府が発行した正式なパスポートを持ってるのは……」

 

 その言葉にほぼ全員が「はい」と同意する。例外は未だに何のことかよく分からないみこちくらいのものだ。

 

「いちおう今回のケースはね、在日米軍の基地から受け入れを表明している現地入りをするという超法規的なものだから、パスポートを使う機会はないけど、中国寄りの姿勢を隠す気もない日本政府が罪に問おうと思えば十分に可能だわ。だから筋書きはこうよ。現地入りするのは私と北上、日向の三人と、ゆかりさん、サーニャさん、アーリャさんの六人だけ。他の子はカバー本社に留まって、いつもの配信のようにネットを通して参加していることにしておきなさい。幸いと言っていいものか微妙だけど、親御さんには時間がなかったのもあって、今夜はお預かりしますとしか伝えてなかったから……いいわね、誰に聞かれてもそれで押し通すのよ。それともゆかりさんたちを降ろしたらこの艦でUターンする?」

 

 説明の最後にそう確認した中村さんに、今度は全員が首を横に振った。

 

「まあみこはね、いずれ世界を征服する女だから、この歳で前科がついても気にしないけど……星街は迂闊だったな。同じ失敗をしないように反省しろよ」

 

「おまえこそしっかりしろ! VTuberの設定とごっちゃになってるぞ!」

 

 いつもなら笑わずにはいられない二人のやり取りに、いまは涙が滲んできた。

 

 これはわたしの責任だ。みんなと遊ぶことに夢中になって周りが見えてなかった。謝ろう。それくらいしかできないけど──そう思って腰を浮かせたとき、ちょうど横から声をかけられて、その無垢な笑顔に驚かされた。

 

「みんな何を言ってるの?」

 

 そう言って一同の沈鬱ぶりを他所に、無邪気に微笑んだアーリャは旅行用のカバンから取り出したものを卓上に並べた。

 

「えっ? これって……?」

 

 何年か前に一度だけ見せてもらったものと同じものにはこう書かれている。日本国旅券、JAPAN PASSPORTと。

 

 慌ててめくった中には写真付きで、蛍崎海音、宇多田琴子、皆川あずさと、みんなの本名が記載されていて──。

 

「みんな忙しくって忘れちゃった? いつゆかりと海外に行くか分からないから取得して持ち歩いてるけど、嵩張って邪魔だからそんなに大きなカバンがあるなら纏めて保管してくれないって渡してきたじゃないの……ね?」

 

 クスクスと楽しそうに笑ったアーリャが「ね?」と強調すると、みんなはやらかしに気付いたような表情で「あっ、あーっ」と羞恥に悶えた。

 

「ごめんすっかり忘れてたけど言われてみればそうだったわ」「うわ、恥ずかしい……逆の意味でやらかしたよ」「あ、あてぃしもすっかり忘れてた……」「白上もです! うわぁー、これは恥ずかしい!」「いや余もすっかり忘れてたわ」「あー、そう言えばスバルもゆかりさんに言われて取ったばかりだったのにぃー」「あー、あたしも便乗して渡してたわ」「す、すいちゃんもアイドルになると決めたその日に申請してたっけ……」「……パスポートって何?」「あら、そうだったの? ごめんなさいね、私の早とちりだったわ」「はぁー、忙しいのは知ってるけど、あんまりビビらせないでください。本気で焦ったッス」「でもよかったですね。これで大手を振って現地入りできますよ」「そうですね、結果オーライです」「うん、わたしは無くてもぜったい引き返さないけどね」

 

 アーリャの説明に誰一人疑問を抱くことなく、二匹の愛犬だけがわたしを見上げるなか、そっとゴン太くんの頭を撫でてユッカを抱き上げたわたしは訳知り顔のアーリャに訊ねるのだった。

 

「……何をしたの?」

 

「因果干渉。限定的な世界改変ね。月島さんって知ってる? そういう過去を天使の権能で発行したのよ」

 

 チロリと可愛らしい舌を見せて、悪戯っぽく微笑したアーリャは続ける。

 

「ここでみんなを同行させても同行させなくってもゆかりは傷つくわ。言ったでしょう? ゆかりはわたしが守護(まも)るって……うふふ、ゆかりの守護天使として初めて役に立てたわ。ここでの会話も聴かれないようにしたからみんなには内緒よ?」

 

「なんという力技ですか……まあ似たようなことをしようとした私が言えた義理ではありませんが、やはり天使の権能は侮れませんね。遅れをとったのは忌々しい限りですが、ゆかりの小市民根性に配慮したのは評価しましょうか」

 

 いつもわたしに味方して、わたしの我が儘を全部聞いてくれるサーニャと、わたしがピンチにならないよう、ずっと見守ってくれるアーリャに抱きついて泣くことを、わたしは恥ずかしいと思わなかった。

 

 時間にして数分。互いの失敗を楽しそうに笑い飛ばすあの子たちが、こちらの異変に気が付かなかったのは有り難かった。

 

 例外は二匹の愛犬。ユッカはわたしの腕のなかで背伸びをして顔を舐めてくれて、ゴン太くんは心配そうに尻尾を振ってわたしを慰めてくれた。

 

「……どうかな? まだ目が赤い?」

 

「それくらい誤魔化せるから、気にしなくても大丈夫よ」

 

「無差別の認識障害ですか。これだから貴女がたは……」

 

 サーニャは不満そうだったけど、わたしとしては有り難いことに変わりはない。こんなに情けないお母さんだけど、あの子たちの前ではもう少ししっかりしたいからね。

 

 とりあえず手鏡で自分の顔をチェックしてから振り返ると、ちょうど落ち着きを取り戻した室内でキャップが口を開くところだった。

 

「どうやら問題ないようだね? まあ私としてはあのファッキン・シットどもが何か言ってきたら、この艦に備え付けの縮退砲で吹き飛ばしてやるつもりだったが、そうならずに済むなら子供達のヒーローとしても有り難いさ」

 

 物騒なアメリカン・ジョークで場を和ませたキャップが少しだけ真面目な顔になって確認してくる。

 

「さて、日本との時差が8時間ほどあるから、この艦がジュネーブ空港に着陸して、君たちが現地入りする時刻は、現地時間の12月17日土曜日の正午前だ。空の旅に慣れていない君たちは日本との時差に戸惑うかもしれないが、こればかりは慣れるしかないね」

 

 キャップが日本との時差に注意喚起をしつつ、その視線はわたしと中村さんに注がれる。

 

「アーニャのファーストライブは、日本時間の日曜としか聞いていないが、具体的なスケジュールは決まってるのかい?」

 

「ゆかりさん?」

 

「はい、いろいろ考えましたが、いつも通り日本時間の午後8時……現地時間の正午ピッタリに開演して、YTubeや各国のTV中継を通して世界中に配信の予定です」

 

「なるほど、つまり現地入りしてから丸一日猶予があるわけかな?」

 

「はい、代わりに2時間で全10曲の公演が終わったら、日本時間でもう午後10時ですから、月曜は寝不足にならないように注意しないといけませんね」

 

「ふむ、そういうことなら帰りはこの艦で一泊してはどうかな? そうすれば朝になったらゆっくり送ってあげられるが?」

 

「ありがたいんですけど、そこまでしてもらっていいんですか?」

 

「構わないとも。私は君たちのエスコートに責任を持つと約束したからね。それを守れないほうが大問題さ」

 

 そこで何かに気がついたのか、キャップは失敬失敬と頭を掻いて訂正してきた。

 

「いや、その約束をしたのはあの筋肉ダルマだったね。……まあ、アイツもそう見捨てたもんじゃないし、ピンチになったら助けてやるのもヒーローの役目か。そういうわけで私としてもアイツの顔を立てる必要がある。そういうことにしておいてくれたまえよ」

 

「……何この茶番?」

 

「だからおまえはぁあああ!?」

 

 そして思わず本音を漏らしたみこちを、ベストパートナーのすいちゃんが容赦なく揺さぶる。他のみんなも苦笑する中、ただキャップだけが変わらぬ笑顔で好意を示してくれる。

 

「一つ個人的な質問をしてもいいですか?」

 

「おや何だい? もちろん大歓迎さ。オフレコにしてくれるならどんな質問にも答えるよ」

 

「キャップもご存じの筋肉ダルマさんはサーニャの法的な保護者だと伺ったんですけど、どうしてその人はこの子のお父さんを引き受けてくれたんでしょうね」

 

「なんだ、そんなことかい?」

 

 そう笑ったキャップは正直に答えてくれたが、その内容はわたしが想像した通りだった。

 

「この娘にはずっと合衆国に留まって欲しかったんだけどね、他に行きたいところがあるなら強制するのは不憫な話さ。だが私の知らないところで悪い大人に拐われたら大問題だ。だからうちの娘に手を出したら承知しないぞと悪い大人を威嚇するために私の娘になってもらったのさ」

 

 政治家としては完全に素人だというこの人の本音に、サーニャがさも迷惑そうな表情を取り繕うが、その目はわたしたちに注がれるものと変わらなかった。

 

 もちろんわたしだってアメリカにいろんな思惑があることは承知している。でもこの人は本気でそう思ってサーニャに味方をしてくれた。アメリカもそんなこの人を大らかに許容して、多少のお茶目は黙認している。そんな人たちを信じて好きになることができたんだから、わたしにとってはそれで十分だった。

 

「ありがとうございます。この子のお父さんになってくれて……この子の母親としてお礼を言わせてください」

 

「ゆかり、その話は……!!」

 

「なんだって? 君たちはそんな関係だったのかい!?」

 

 サーニャに制止されるまでもなく失言の類であることは分かっていたが、構わなかった。むしろ記憶にとどめてほしいとみんなを見渡すと、たちまち色めき立った社畜ネキさんたちに質問攻めにされた。

 

「えちょ、今のはマリンの聞き間違い? いまゆかりたんがサーニャたんのお母さんだって聞こえたんだけど?」

 

「リアリィ!? えっえっ、ゆかりいつ産んだ子なの? わたし知りたい!」

 

「えぇええええっ!? ゆかりさんがサーニャさんのカーチャン? 聞いてないにもほどがあるんですけどぉ……?」

 

「待って待って、どう見てもサーニャちゃんのほうが年上やろ? 物理的に無理があるんやない?」

 

「ふふ、どうだろうね。でも直接産んであげた子じゃなくても、お母さんになってあげるのは簡単だよ?」

 

 わたしの腕のなかで幸せそうに微睡む愛犬の頭を撫でたわたしは思う。

 

 例えば頼まれたわけでもないのに、この子や鴨川さん(スバルちゃん)を引き取ったわたしのお母さんのように。ただあるがままの世界は、そこに生きる人たちの努力次第でいくらでも優しい世界に変えられる。

 

 ほんの小さな親切。ほんの小さな幸せだって構わない。やがてそれらが巡り、飽和した世界はみんなに優しいものになるだろう。

 

 そうした人類の善性に触れて助けられ、励まされたわたしはそのことを学び、恩返しの旅を続けるのだ。

 

 

 

 

 

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