転生したら美少女VTuberになるんだ、という夢を見たんだけど? 作:蘇芳ありさ
??????(マイクラ生活14日目)
不幸な事件のあった洞窟を大きく迂回して、さらなる地下を目指して掘り進めた螺旋階段はほどなく深層岩のエリアに到達し、やがて人力では破壊不可能な岩盤にぶち当たった。
そこから高さにして5ブロックほど上に戻り、採掘場の拠点となる7×6マスの広間を構築する。ベッドや
「ここをね、すいちゃんは右、みこは左を50マスくらい掘ったらね、入り口に近い方の壁を3マス掘って、そこからこっちに向かってもどってくるの」
これで高さ2マスと天井1マス、幅6マス、奥行き50マスの計700ブロックをチェックできる。この手順を二人で行うことで1400ブロック。10往復で14000ブロックをチェックできるので、目当てのダイヤモンド鉱石を見逃すことなく効率的に確保できるはずだ。
「じゃ、ダイヤ以外は大量に持ち込んだ石のツルハシで、ダイヤは鉄のツルハシで掘っていこうね」
「やだ」
だが星街すいせいはこの提案を変わらぬ笑顔のまま断固として拒否した。
「すいちゃああん」
「なんて言われようとヤなもんはヤなの。すいちゃんみこちからゼッタイ離れないからね」
この件に関して議論する気はないと言わんばかりに顔を背ける星街すいせいに、彼女の顔色を窺うさくらみこは困惑するばかりだ。なまじ相方がこうなった理由に心当たりがあるだけに強く出られない。
どうやら彼女は自分がクリーパーの爆発に巻き込まれて、目の前でしめやかに爆裂四散したことにトラウマに近いものを抱えるようになったようだ。
おお、ゴウランガ──さくらみこは「これゲームなんだけどな」とこっそりため息を吐いた。
実のところゾンビなどの敵対MOBに攻撃されても痛くなかったように、地面に墜落したときも『さくらみこは高い所から落ちて死んだ』というポップアップメッセージが表示され、淡々とリスポーン地点に移動させられただけだったので、当人はまるで気にしていないのだが。
まぁ落としたアイテムの回収ができなかったことは痛手と言えるが、それとて過去の経験からマグマダイブによる全ロスを警戒していたため、大したものは持ち込んでいなかった。
数本の石のツルハシと一スタックのたいまつ。その程度の被害でここまで来れたのだから万々歳。さくらみこはそう考え、ゲーム内の死亡を過剰に警戒する星街すいせいをどう説得したものかと頭を悩ませた。
「すいちゃんはそう言うけど、みこ結構ね、すいちゃんの見てないところで死んでるんだよ?」
「えっ!?」
「ほら、すいちゃんの服……革なら黒じゃなきゃやだって言ったじゃん? そのときにね、みこ染料の元になるイカ墨を集めるために海に潜ったら、槍を持ったゾンビに攻撃されて、三回くらい死んでるんだよね」
それは想像すらしないことだったのか、星街すいせいは明らかに気勢を失って弱々しく応じた。
「ごめん、そんなことになってただなんて想像もしなかった。本当にごめん……私の我侭でみこちを危険な目に遭わせて……」
「いいよ、ゲームだもん。死んだってへっちゃらだよ」
「そうだね、みこちの言う通りなのかもしれない。でもね……すいちゃんやっぱりイヤなの。私はみこちを死なせたくない。だから一緒に居させてっていうのも、我侭になるのかな……?」
己の死をゲーム内の出来事と割り切る少女と、割り切れない女性が折り合うのは、やはり時間がかかりそうだった。
純粋に自分のことを評価して一目置くようになり、気にかけてくれるようになったのは有り難いことだが、これはちょっとやりすぎではないかと思うのだ。
ただの同僚からゲーム内の師弟のような関係になり,友人同士の関係になれたのはいいが……昨夜は危うくその先に進みかけ、いまや彼女は自分に依存しようとしているのではあるまいか?
それとも、やはり──微かに頬を染めた少女の脳内に浮かんだ想像は、ちょっと人様にはお見せできない代物だった。
さくらみこの演者である御子柴さくらという少女は配信者、もしくは芸人と見れば紛れもない天才である。だが生まれ持った能力がその方面に著しく傾き、その偏向を補う人生経験も不足しているが故に、彼女はこんな簡単な問題にも気がつかない。
星街すいせいの演者である谷村翠の想いはとても真摯で、純粋なものだ。彼女はたとえゲームの中でも大事な友人死なせたくないと、ただひたすらにそう願っているに過ぎない。
噛み合っているようで、致命的に噛み合わない二人。急拵えの凸凹コンビはまだまだ擦り合わせが足りず、こうしてギチギチと摩擦を引き起こしてしまう。
だが──足りないなりに漠然と察したからこそ、さくらみこは星街すいせいとのコミニケーションを諦めなかった。
分かり合おうと努力しているのは自分だけではない。目の前のこの気難しくも気高い年長の友人だってそうだ。触れ合う唇と素肌の感触を思い出すのは気恥ずかしいが、昨夜の件も、自分と分かり合いたいと願った彼女が努力した結果なのだから……。
(こんなときアーニャたんならどうするんだろ?)
そんなとき指針となるのは、自身が目標とするあの少女だ。
すでに社畜ネキという厄介なファンを抱えながらも上手く付き合ってる(ように見える)あの娘も、自分たちの見えないところで色々と苦労しているのだろうか……。
その苦労は想像するしかないが、あの娘なら人の嫌がることを無理強いはすまい。
どちらにしろ単独行動をここまで嫌がっているのだから、彼女が慣れるまではもう少し付き合ってもいいはずだ。
多少効率は落ちるが、タイムリミットが決まっているわけでもないのだ。のんびりやっていけばいいかと思い直した少女は、ここ数日で急速に覚えた妥協をこのときも発揮した。
「わかった、一緒にやろうか。みこが掘るから、すいちゃんは暗くなったらたいまつを置いて……あとマグマを掘り当てるかもしれないから、そのときは水バケツを使ってね」
「うん、わかった……みこち、ありがとう」
そうして表面上は笑顔で和解したが、内心では気まずくって仕方なかった。
険悪な雰囲気ではない。それどころかこの世界で一緒になって数日後には、自分に敬意らしきものすら払うようになった。何をするにも自分に意見を求め、その指示を尊重する。そうした姿勢はいまも変わらず、なんだかんだと親しくなった女性は有り難いことに本音で話してくれるようにもなった。
そのことは純粋に嬉しい。だからこそもっと対等の関係になりたいと願わずにはいられない。
もう白状しよう。自分はこの女性をクラスの友人たちよりも好きになった。だからもっと自由に気兼ねなく遊びたいと思ったのだ。
だが、その為にはやはり……。
「星街も一度死んでみるか?」
「えっ……みこちを死なせたことを死んで償えって言うならそうするけど?」
「違ぁああう! どうしてそうなる!?」
一心不乱に石のツルハシを振るいながらもジト目を向けて、さくらみこはとうとう観念して洗いざらいぶち撒けた。
「聞いて驚け。みこはここ数年、友達と遊びに出かけた記憶がない」
「うん、ぼっちなんだよね。それぐらい見りゃ判るし」
「ぼっちじゃねぇ! いいから黙って聞けや!!」
ハイハイと適当にあしらう姿に、やっぱりこいつムカつくなと思いながらも自分の結論は変えなかった。
「とにかく、みこは嫌なんだよ……星街に気を使われるのが。違うだろ、そうじゃないだろ。もちろんムカつくこともあるけど、星街は仲間としても頼もしいし、相方としても相性バッチリだし、友達としても嫌いじゃないから、ようするに好きってことなんだよ! 分かれよ、それぐらい……!!」
さくらみこが魂の咆哮を放ったとき、星街すいせいの理解は少し遅れた。なに言ってんだコイツという顔が驚きに塗り替えられ、そして鮮やかな朱に染まった。
「だから、その、なんだ……そんなに遠慮すんなよ。もっと振り回せよ。迷惑なんざいくらでも掛けていいんだよ、友達なんだから……」
そうした相方の反応を目の当たりにしているうちに自分まで恥ずかしくなったのか、赤面した少女はブツブツと口にしながら振り向き、ツルハシを振るって採掘を再開する。
「まぁね……余計なことも言ったような気がするけど、ようするにみこはね、すいちゃんともっと楽しく遊びたいんだよ。アーニャたんも言ってるじゃん。せっかく面白いゲームが目の前にあるのに楽しめないのは損だって……」
「うん……アーニャちゃんならそう言うよね……」
「すいちゃんもさ、みこにムカついたらその斧で頭をかち割って、何すんだよってもどってきたら指をさして笑えばいいんだ。……なぜって、マイクラはそういうゲームだからさ」
「わぁ……マイクラって野蛮なゲームなんだね」
「元はコテコテの洋ゲーだからな。ジー・ティー・エーって知ってるか? ギャングになってブイブイ言わせて、警察にミサイルを撃ち込むゲームがあるんだ。楽しいぞ。元の世界にもどったら一緒に遊ぼうぜ」
実際にしようとは思わないが、ゲームならそれもありだ。そしてどうせやるならつまらないことは気にせず、この年上の友人と頭を空っぽにして楽しみたい。
「だからさ、みこは昨日くらいがいいんだ。あれくらい遠慮なくどつき回されたほうが楽しいよ。楽しいんだよ、すいちゃん」
口調こそ変わらないものの切実に訴えるその言葉に、星街すいせいはバツが悪そうに頭を掻いた。
「あー……今日は謝ってばかりだけど、最後にもう一回だけ言わせて? ごめん、いつの間にかアンタとの関係を見誤ってたわ」
そうだ。親切にしてもらったことに感謝するのは
星街すいせいにとってさくらみこは同期の仲間であり、頼りになる先輩プレイヤーではあっても、師匠でもなければ保護者でもなく、ましてや自身の所有物でもない。そこを見誤った。
「まあ星街とはね、ビジネスくらいの関係でちょうどいいんだよ。みこがボケ役で、すいちゃんがツッコミ役。もちろんすいちゃんがボケに回った時は、みこがツッコミ。相性は悪くないし、海千山千の同期たちに対抗するために、利害が一致したから手を組んだってぐらいの関係でさ」
「そうだね、それぐらいでちょうどいいね」
そう言って笑い合った二人は、だが一番大事なことを口にしなかった。
むしろなぜ口にする必要があるのか。この二週間あまりの時間で育んだ友誼は本物であり、いちいち口に出して確認するのは照れくさいにもほどがある……。
「よぉーし、それじゃあ言わせてもらうぞ! 星街はサボるな! たいまつはもう少しこまめに置け! モンスターが湧いたらどうする気だ!!」
「そっちこそ前見ろバカッ! それって溶岩なんじゃないの!?」
「あっちゅ! あっちゅ!!」
「あぁああ! このっ馬鹿みこちぃいいい!!」
うっかり掘り当てた溶岩の処理が遅れて
そうしてさらに五日ほど経ち、地底から帰還した二人の装いは一変していた。
一人は北欧神話の
その全身をダイヤモンドの装備で固めた
「んー、強くなったねぇウチらも……うーん、この手ごたえ気持ちいい〜!」
「まあ最強装備だからね。盾もあるし、もうゾンビだスケルトンだのは敵じゃないよ。でもな星街……みこたちはまだ強くなるぞ?」
「まだこの先があるんですか先生?」
「うん、溜め込んだ革と紙を使って本を作ったら、本棚と司書台が作れる。目指すは修繕、耐久力、ダメージ増加とダメージ軽減。全部揃えばみこたちは無敵だ」
すでに
「自宅にもどって準備したらすぐに向かうぞ。遠慮は無用。逆らうヤツは皆殺しだ」
「ヒャッハー! 汚物は消毒だぁー!!」
久しぶりの地上で開放感のあまりハイになったのか、彼女たちは物騒な掛け声を挙げてクリーパーに襲いかかった。
二人揃っての全力ダッシュからのジャンプ斬り。あのときの恨み晴らさでおくべきか。因果応報とばかりに吹き飛ばされたクリーパーは、自慢の爆発を阻止されて露に消えた。
「うわぁー気持ちいい! miComet最高!!」
「すいちゃん見て見て、向こうにスケルトンがいるよ! 弓も欲しいからあいつもぶっ殺そうぜ!!」
そんな徹夜明けのハイテンションで拠点周辺のモンスター殲滅して、自宅で最低限の補充だけした二人は地図に記された村に向かったが……こんな二人を迎えることになった村人たちは堪ったものではなかった。
「おぉ〜、いいね、いいね。畑にじゃがいもとニンジン、ビートルードがフルコンプじゃん。これでみこたちのご飯がもっと豪華になるよ」
「見て見てみこち! すいちゃん保管庫からダイヤと鉄を見つけちゃった! これ貰っちゃっていいんだよね?」
「おう、貰っとけ貰っとけ。……あ、チェストを荒らすのはいいけど、ついでにベッドと職業ブロックも回収しといて? 鍛治台とか溶鉱炉とかそういうのね!?」
「もうそれっぽいのは根こそぎ回収したわ。あと鐘みたいのも」
「おーっ、さっすがすいちゃん! 話が早くて助かるよぉ〜!!」
「えへへ、もっと褒めて、もっと褒めてぇ……」
仲良きことは美しき哉──されども、やっていることは蛮族の略奪と変わらない。寝床と同時に職業を奪われた村人たちは、そこはかとなく困り果てているようでもあった。
「それでこの辺の開けたところにベッドを並べればいいんだっけ?」
「うん、みこはゾンビが入ってこれないように柵で囲って湧き潰しをしとくね。夜になったら村人が集まってくるから、そうしたらベッドの前に司書台を置こうね」
「わぁ〜い、司書ガチャだ司書ガチャぁ」
ルンルン気分で寝床に群がる村人たちを監禁して、ついでに『みこめっとのマネージャー養成所』と書かれた看板も立てる鬼畜ぶり。
睡眠中だというのに職に就かされた村人たちは、柵の上に設置された鐘を鳴らされる音で跳ね起きる。
「オラァ、みこめっとじゃ!!」
「ハロぉ〜? エンチャント本寄越せコラァ!?」
そうして始まるのはカツアゲじみた持ち物検査だ。目当てのアイテムを持っていない村人の職業ブロックは速やかに壊され、再設置によって取引項目を一新される。
「コイツもハズレ。コイツは……むっ、シルクタッチがエメラルド8個か。よし、一旦保留で、その次は……キタァー! 目当ての修繕がエメラルド5個だ!」
「こっちもダメージ増加Ⅴを持ってた! エメラルド26個と交換だって!!」
「でかした! 手持ちの紙を取引してエメラルドと交換して、取引内容を確定しちゃって!!」
「おっけぇー! さて、こいつは……ねぇ、みこち。ダメージ軽減ってⅣで最高なんだっけ? エメラルド20で出てるけど?」
「うんそうだよ! こっちも耐久力Ⅲがエメラルド11で出た! やったよすいちゃん、これでウチら最強になるよ!!」
「やったぁー! みこち大好きぃー!!」
思わず抱き合って喜んだ二人は、さっそく大量に溜め込んだ紙の取引を済ませ、目当てのエンチャントアイテムを購入したが、やはり全てを確保するには至らなかった。
「んー、修繕10個に、ダメージ増加2個、ダメージ軽減8個は揃ったけど、他のものは買えないか……」
「まぁそっちはあとで揃えればいいよ。一度自宅にもどって持ち物を整理してから考えよう」
「うん、わかった。じゃあね、村人さんたち、また来るよー」
その言葉に村人たちの視線が「自分たちも家に帰っていいですかね」と訴えているように思えたのは、たぶん気のせいだ。
柵の上に置いたカーペットに飛び乗れるのはプレイヤーの特権であり、村人たちはこの場に隔離されたままだ。意気揚々と引き上げる二人組を見送る村人たちがどう思ったかは、余人の想像が及ぶところではなかった……。
最強装備と最強エンチャントという特大の戦果に喜び、ホクホク顔で帰還した彼女たちが六日ぶりの自宅で何をやったかのというと、まずは素っ裸になっての入浴だった。
「んんっー、生き返るぅ! モーモーさんのお乳も美味しいーっ!!」
なにがモーモーさんのお乳なんだか、と笑みがこぼれる。直前までのはっちゃけぶりをそのままに、幼児退行した女性はバスタブとして使っている丸石の階段に腰掛けて、前も隠さず手にしたコップの中身をあおる。
以前は胸が小さいと
「すいちゃん、アーニャたんの配信で胸が小さいって言ってごめんね。きれいだよ。すいちゃんのカラダは」
「ふふ、ありがと。そう思ったら包み隠さず白状しろって言ったのは私だけどさ……あらためて言われるとちょっと照れくさいし、恥ずかしいものがあるよね」
そんなふうに言いながらも、彼女は自身の大事なところを隠そうともせず、むしろ足を組み替えて見せつけてくる。
ジャパニーズHENTAI文化に精通しているさくらみこには分かった。アレは俗に言う『当ててんのよ』というヤツだ。
あえて際どい部位を見せつけることにより、その反応を愉しむこの手法──何度か自身のそこを手鏡で確認した記憶を掘り返したさくらみこは、悪趣味なヤツだとゲンナリした。
あの勝ちを誇ったような間違いない。自身の局部を見せつけてくるくらいだから、当然こっちのも確認済みだろう。茂みの手入れなどしたことのない少女は、見えないところにも手を抜かない女性に、一旦は敗北を認めるのだった。
だが……せめて一矢を、と。
「……すいちゃんってさ。普段は見えないところも綺麗だよね。みこ敵わないよ」
「まぁね……。すいちゃんこれでもアイドルだから、ムダ毛の処理にも気を使ってるんだよ」
「うん、でもさ……女の子同士でも、あんまりそういうトコロを見せちゃダメだと思うな。すいちゃん恥ずかしくないの?」
「ないね、まったく」
「……今はそうでも、みこが勘違いして触ってきたらやっぱり恥ずかしいでしょ?」
「そんときゃみこちが満足するまで触らせてやるだけよ。……どうよ? やっぱり一発ヤッとく?」
「しないしない。そういうのはね、もっと手順を踏んでからだよ」
ダメだ、やっぱり敵わない──そう素直に敗北を認めた少女は、しかし悔しさとは無縁の心境だった。
だってすいちゃんはこう言ってた。みこちならそう返してくるって信頼感があるから、安心してはっちゃけることができると。
むろん興味がまるでないわけではない。でもこの信頼は裏切れない。星街すいせいはさくらみこを信用して、ここまで自分に心を許してくれたんだから……。
「じゃあしたくなったら言ってね。すいちゃんそんときゃケツの穴を掘られるつもりで身を任せるから」
「なんでだよ! お前やっぱり嫌なんじゃねぇーか!!」
「ウソウソ。みこち可愛いよ。すいちゃん大好き」
「あ゛ぁっ、照れクセェー!! やっぱりヤメヤメ、もうやめようすいちゃん、みこ恥ずかしいよ……」
恥ずかしいと言ったのは可愛いと褒められたからだろうか。それとも暗に本気だと伝えたからだろうか。星街すいせいは年下の少女をからかって一通り満足すると、湯の中に身を沈めて顔を洗った。
「ま、勘違いするのも分かるよ。アタシの認識だとさ、みこちとマイクラをする夢を見てるになるわけね?」
「うん、そうなるよね」
「だったら、仮にそうなったとしてなんか変な夢を見たってなるはずなのに、そうは思えないから困るんだよね……。ついうっかり、あんなトコロまで見せちゃったすいちゃんが言うのもなんだけどさ」
「すいちゃん、やめよう。その話は……その辺は深く考えれば考えるほどドツボにハマるだけだよ」
例えば自分たちはついさっき、柵で囲った村人にパンを与えて子供を作らせたが、その繁殖行動がマイクラのシステムに基づいたゲーム的な処理なら当面は問題ない。
だが、微妙に現実の物理法則が生きているこの世界で、実際にそうした行為が可能であったとした場合は……何しろオッサン同士としか思えない村人たちにも子作りが可能なマイクラである。
システムに「ん? お前らいま子作りしたよね?」と思われたら最期……自分たちのどちらかが出産を経験しても不思議ではない。
「うん……禁止だろ禁止。もう誤解されかねない行動も禁止ね、みこち」
「うん。分かってくれて嬉しいよ、すいちゃん……」
彼女もその可能性に行き当たったのか、顔を真っ赤にした星街すいせいの提案にさくらみこは感激して飛びついた。
それはさておき……。
「まぁ、今さらながらに思い知ったけど、本当にどうなってるんだろうね。この世界はさ……ウチら本当に生きて帰れんのかな?」
もはやゲームの世界に取り込まれたという前提は動かし難いが、この
伐採の途中で放置した樫の木が宙に浮いたままだという、ゲーム特有のご都合主義的な部分に目を瞑れば……五感がほぼ十全に機能するこの世界は、手にした牛乳のほのかな香りすら伝えてくる。
ここは本当にゲームの世界なのだろうかと、星街すいせいはあらためて疑問に思った。
「なんかアレだね、ハンターのGIみたいだよね」
「……どんな漫画なの?」
ふと興味を覚えて訊ねると、オタク知識を披露した少女は相方が一般人であることを思い出し、軽く赤面すると解りやすく翻訳してくれた。
「ええとね、今のみこたちみたいにゲームを直に体験できるって触れ込みなんだけど、実際には実在の世界に作られた場所に飛ばされてたってオチだったの。だからみこたちも似たような経験をしてるのかなって……」
「だとしたらウチらを拉致した敵は、最低でも重力操作ができることになるな」
「なるほどね。いったいどこのサーニャたんだろ……」
二人して宙に浮かんだままの微動だにしない木々を眺めて出した結論に戦慄する。
ネットのウワサ話を参考にするまでもなく、たしかにあのトンデモ博士ならアニメや漫画のような、先進的なVR空間の構築くらいお手のものだろうが、仮にもアーニャの後輩である自分たちに何の説明もせずに巻き込むとは思えない。
いや、むしろあの悪戯好きのメイドなら、この光景をニヤニヤと見守ることもあり得るのか……?
「あー、ヤメヤメ! こんな話をしたら次にサーニャちゃんに会ったとき、どんな顔したらいいのか分からなくなるぅ……!!」
「うん、そうだね……そうじゃないことを祈ろう……」
どっちにしろ手掛かり一つない現状では、この世界の考察にも限界がある。不毛な議論をするくらいなら、もっと有意義なことに時間を使いたいものだ。
「ところですいちゃん、マイクラ面白い?」
「すっごく面白い! すいちゃんもう完全にハマってるけど……」
「けど?」
勿体つけたわけじゃないだろうが、ひどく続きが気になって尋ねると、彼女はニンマリとした笑みを浮かべて身を寄せてきた。
「……すいちゃん?」
その笑みに不吉なものを感じて後退りするも、それほど広くない浴槽に逃げ場などなく、さくらみこの進退はすぐに窮まった。
「けどね、それはみこちと一緒だから……私一人じゃこのゲームを手に取ろうとも思わないし、仮にやったとしても何をしたらいいのか判らなくて、すぐに投げ出していたと思うな」
追い詰められたネズミのように身を竦ませる少女にそう語りかけた星街すいせいは、そこで満足したように悪戯っぽく
「キスされると思った?」
「……思った」
からかわれたことに気がついた少女は憮然と答えるが、油断するのは少し早かったようだ。
その不意打ちは実に効果的で、赤面する少女を解放して舌なめずりをした女性は、ふたたび湯のなかに身を沈めると少しだけ照れくさそうに笑うのだった。
「まあこのゲームって自由度が高すぎて、初心者お断りみたいなところがあるでしょ? だから私一人じゃ、何が楽しいのか分からないで辞めちゃっただろうなって話よ」
「いいけど……いちいちみこの純情を弄ぶのはやめてもらっていいですかね? それと子作り禁止はどうなったんだよ?」
「いいじゃん。二度目なんだし、キスは子作り扱いされないのは判ってるんだから、そんなに目くじら立てなくっても……みこちだって本気で嫌がってるワケじゃないでしょ? もしそうならすいちゃん悲しいな」
さすがにいまのは悪戯の範囲を超えていると抗議するも、実にあっけらかんと一蹴される。
思春期の少女にとって四歳の年齢差は思いのほか大きく、このところ翻弄されっぱなしの彼女は一抹の悔しさとともに、やっぱり敵わないやと自身の相方に微笑み返すのだった。
「ところでこのゲームってパソコンでも遊べるんだよね? だったら研修が終わったらさ、一緒にこのゲームを紹介していこうよ。こんないいゲームが埋もれるのは勿体無いし、これってすごいアドバンテージになると思わない?」
そんな甘酸っぱい雰囲気のなか、その元凶たる小悪魔が行ったのは至極まともな提案だったが、ドキドキと胸を高鳴らせる少女はどこか残念そうにこう答えるのだった。
「ええとね……みこの記憶違いじゃなきゃ、このゲームは今年いっぱいでサービス終了しちゃうの。すいちゃんの言うように初心者ウケしなかったから、思うように売れなくてって、開発を継続するのが困難だって言ってた」
「マジぃ? それは……なんていうか、勿体無いね……」
「うん、みこもそう思うから、アーニャたんに頼んでみる? このゲームの会社が潰れそうだから宣伝してくれって」
「うーん、3Gがすごい売れたって聞いたし、アーニャちゃんなら効果覿面だろうけどさぁ……仕方ない。潰れてからじゃ遅いし、帰ったら頼んでみようか? 本当はウチらの配信でバズらせたかったんだけどねぇ……」
これでまたデビュー後の戦略を練り直さないといけない。いいアイデアだと思ったがなかなか思うようにならないと、星街すいせいは若干悔しそうだ。
そんな相方をさくらみこは素直にすごいと思った。自分は隠れた名作であるこのゲームの魅力を知っていても、それを活かそうとは思わなかった。そういう意味でも自分にないものを持っているこの女性とのコンビは魅力的だ。
「だったらアーニャたんじゃなくて磐田社長に相談してみる? すごく面白いゲームを見つけたんだけど会社が潰れそうだから何とかしてくれって、うちらの手柄を強調してさ」
「おっ、いいねみこち。それくらい貪欲のほうが相方として頼もしいよ。んー、miComet最高ぉ」
どちらも悪い顔してやがんなコイツと思いながらも、そのことに満足した二人は、ほぼ同時に「さて」と立ち上がった。
「もうすぐお昼になるけど、今日はどうするみこち?」
「一応このゲームって寝なくてもペナルティはないけど、昨日は徹夜しちゃったし、疲れてるって感じてるんだったら今日は軽めにして、早めに休むのもありかなって思ってるんだけど……」
「んー、あんま疲れてるって感じはしないんだけど、無理をしてもろくなことにならないのは学習したからね。今日は持ち物を整理したり明日の予習をしておこうか」
「そうだね。それじゃあ身体を拭いて服を着たら畑も広げてみよう。じゃがいもとニンジンを植えたいんだよね」
「あー、そっちもあったか。じゃがいもはともかくニンジンなぁ……」
「すいちゃんニンジン嫌いなの?」
「好きではない……けど、嫌いだなんて言ったら、好き嫌いすんなって言われそうだからね。食べるよ。喜んで食べます」
「まあニンジンはね、みこもあまり好きじゃないし、シチューの具にするくらいしか思いつかないから、お互いに頑張ろうね」
「うん、ありがとう……すいちゃん頑張るよ」
気がつけば自分の弱みすら当たり前のように晒せるようになった。
虚勢はなく、過度の依存もなければあくまで自然体で。好きなことや楽しいことだけではなく、嫌いなことや苦手なことまでさらけ出せるようになったことが何よりも嬉しいと、二人の笑顔が物語っている。
「それじゃあ裸で突っ立ってるのもなんだし、そろそろ出ようか。忘れ物ないよね?」
「ないよ。はいタオル」
「ア゛ア゛ッ!?」
と、ちょうどそのタイミング二人の間を横切るものがあった。
「『は……?』」
2頭のラマを引き連れた青い衣の行商人は、無遠慮に生まれたままの姿の少女たちの間に割り込み、下品に痰を吐き捨てた。
そんな行商人に二人だけの時間を邪魔された二人は瞬時に武装し,にっこりと微笑むと即席の裁判を開始した。
「えー、それでは検察のさくらみこさんはこいつの罪状を述べてください」
「はい裁判長! こいつは女風呂に侵入して、みこたちの裸を見ながらかぁーペッてしやがりましたがどう思いますかね?」
「うーん、死刑で」
その行商人がどう処されたかはここでは語らない。
だが温厚なことで知られるとある未来の猫系VTuberが、作業の邪魔だという理由で排除しようとしたほどのマイクラ界一の迷惑MOBだ。
??????(マイクラ生活21日目)
昨日は予想外のアクシデントで露天風呂を作り直すことになった二人だったが、今朝は気分を一新して元気にラジオ体操から開始した。朝食は余った野菜を活用して、鶏肉とじゃがいも、ニンジンのあやしくないホワイトシチューをでっちあげてみたが、これがなかなかの味だ。
「なんか最近ね、こっちの生活が充実しすぎて、もう帰れなくてもいいかなっ思ったりもするんだよね」
「わかる。だって毎日楽しいんだもん。ご飯も美味しいしさ」
贅沢にカリカリのベーコンエッグを乗せた焼きたての食パンに齧り付きながら、さくらは熱心に応じる。
食事ひとつとっても融通の利くこの世界なら組み合わせは無限大だ。ビートルートもあるし、今夜は世界三大スープの一つといわれるボルシチに挑戦してみるのもいいかもしれない。
「お風呂もさ、災い転じて福となすの精神でメッチャ豪華に作り直したし、ラマも手に入ったからさ。……まぁあの行商人は許さんけども」
「うん、ラマ可愛いよね。チェストも付けられるし、お風呂にもお花を飾ったからめっちゃいい匂いする。……まぁあの行商人は許さんけどな」
今度は自宅から専用の通路を使わなければ出入りできないようにしたが、やはり乙女の自尊心を傷つけた罪はあまりに重い。
自分たちの裸を見て痰を吐くってなんじゃい。地獄でウチらに詫び続けろ行商人とばかりに憤る。
「ま、イヤなことは忘れるとして……今日は装備をエンチャントするんだっけ? 本を使おうとしてもできなかったけど、どうやってやるのか訊いてもいい?」
「うん。エンチャントはね、金床に装備とエンチャントの本をセットして強化するんだよ」
実際に金床を設置してみせた少女は上機嫌に実演する。
「強化にはね、経験値を消費するの。ほら、敵を倒すと丸っこい緑のヤツがドロップするよね? アレを集めてレベルが上がるとティロリーンって音がするんだけど、最初の強化は1レベル分、次の強化は2レベルくらいと 装備一つにつきだいたい10レベル分くらいの経験値が必要になるの」
「なるほどねぇ……アレにはそういう意味があったのか。そうなるとウチらのやることは一つしかないね」
「うん、近くの洞窟を残しといたのもこのためなんだ。まずは付けられるだけエンチャントを付けて、残りは金床をもって洞窟のなかで強化しよう。低レベル帯なら一瞬でレベルが上がるからそんなに苦労しないよ」
「オッケー、まずは何から付けたほうがいい?」
「最初は修繕一択。これね、耐久値が減ってるとね、経験値を拾ったときに回復するの」
「えっ? それって無限に使いまわせるってこと?」
「うん、そうだよ。で、その次は斧にダメージ増加Ⅴを付けて、防具にはダメージ減少Ⅳを付けるの。これで斧がますます強くなるし、防具全部にダメージ減少Ⅳを付けると、被ダメがだいたい3分の1くらいに減るんだよね」
「無敵じゃん! あーっ、miComet最高ぉ!!」
「あ、あと名前もつけられるよ。すいちゃんのサイコアックスみたく」
「マジで? やばい、どんな名前を付けたらいいのか全然思い浮かばない……」
「まぁ、名前はあとでいくらでもつけ直せるから……最後に今回は買えなかったけど、耐久力Ⅲを付ければだいたい完成。本当はシルクタッチと幸運Ⅲの司書もいるから、斧にシルクタッチを付けて、ツルハシにも幸運を付けたいんだけどね」
「うーん、悩むね……本当に悩ませてくれるよ、このゲームは……」
「そうだよね。建築ひとつとってもさ、ブロックの置き方で受ける印象がまるで違うし……でもそんなところが楽しいんだよね、すいちゃん」
「うん、私みこちと一緒にこのゲームができて本当に幸せ……」
「またオマエはそんなことを……まぁ頑張ろうよ、すいちゃん。これからも一緒にさ」
「はいはい。一緒に頑張ろうね、みこち」
朝食も終わり、今後の方針もまとめた二人は笑顔で立ち上がる。そんなときだった。
「あれ?」
その声に驚いて振り返った二人の視線の先には村人ではなく、もちろん行商人でもない角張った人物が自分たち以上に驚いていた。
二人にはない名前も頭上に表示されて、そこには『iwacchi』というアルファベットが綴られている。マルチプレイも経験済みの少女は、ならば目の前の人物もマイクラのプレイヤーかと驚き、同時に安心もするのだった。
ワールド生成時のリスポーン地点に拠点を構えたのは、決して狙ってのことではなかったが……こうして後発のプレイヤーと出会え、閉ざされた世界ではないと証明されたのは大きかった。
「お二人はホロライブの星街すいせいさんと、さくらみこですよね? どうしてアバターも設定せず現実世界の姿でここに……? おーい、アレックス君! これはどういうことか説明してもらえるかな?」
「はいはぁーい……ええっ!? す、すすすすみません! どうやら将来的に招待する予定の方々のパーソナルデータを入力したときに、お二人の紐付けを解除するのを忘れていたようです、磐田社長……」
「おいおい……」
そんな会話を耳にした二人は顔を見合わせてため息を吐くしかなかった。
まず自分たちの目の前に現れたのはN社の磐田社長であることと、そして自分たちが内緒のテストプレイに巻き込まれたこと……そしてこのアレックス君とやらがかなりのおっちょこちょいであることは間違いないようで、磐田肇が責任者として平身低頭するのも道理だ。
「本当に申し訳ない! こちらの手違いでお二人には大変なご迷惑を……!!」
「あ、別に迷惑ってほどじゃないんで……おかげでいい思いをさせてもらったよね、みこち」
「うん、すいちゃん。すっごく楽しいよね、マイクラってさ」
「うわっ、それは羨ましいですね……実は私、つい先程まで仕事に追われておりまして、こちらにログインするのが楽しみで楽しみで仕方なかったんですよね」
だというのゲームの話になった途端に子供のように目を輝かせる磐田の姿に、二人の考えは一致した。
この様子なら向こうでもそんなに時間は経ってないだろうし、まさか帰れないということもないだろう。
ならばやるべきことは一つしかない。
「そういうことなら磐田社長も私たちと一緒に遊ぶっていうのはどうですか? 一人より三人でプレイしたほうが楽しいと思いますけど?」
「うん、ここまで来たら最後までやろうよ、磐っち。マイクラ楽しいよマイクラ」
「ええっ、いいんですか? いやぁ、ご迷惑のかけ通しになりますが、どうかよろしくお願いします」
「はい、その代わりにひとつお願いが……」
「ええ。勿論ひとつと言わず何でもお聞きしますが?」
「うん、磐っちがさ、このゲームを気に入ってくれたらさ……」
◇◆◇
2012年7月20日(土)
「というわけで、内緒のテストプレイに参加したみことすいちゃんはみこめっとを結成して、磐田社長をエスコートしてさ。マイクラのことがすっかり気に入った磐田社長は、アーニャたんのファーストライブが終わったら、その足でマイクラを作った人たちを口説き落として……こうしてN社の傘下でサービスを継続できるようになったってワケよ」
「そうなんだ……うん、貴重な話を聞かせてくれてありがとうね? それじゃあみこちがこっちに到着するのを待ってるから……」
そんな話を聞かされた真白ゆかりは久しぶりに冷や汗が止まらない気分だった。
何ということだろうか。ライブの前日には何があったのか不思議に思うほど息がピッタリだったけど、まさかそんなことがあっただなんて……。
さくらみこに何度も礼を言いながら通話を打ち切った真白ゆかりは、しみじみと嘆息すると、傍の少女たちに困惑しきった顔を向けるのだった。
「また
「おい、なんだその結論は……まるで私に似たように言うな!!」
そんな
非正規の参加者が現実の動作を持ち込むなどかなりカオスな様相を呈したようだが、まあテストプレイの最中だったというし、完成版は服を脱ぐなど放送事故を防げるような仕組みになっていることを祈ろう。
「でも楽しそうだったな……あんなに仲良くなってたし、わたしも参加したかったな」
そんなVTuberならではの心配事に頭を悩ませながらも、真白ゆかりは一緒に遊ぶことになりそうな友人たちの顔を思い浮かべて、ひとり微笑むのだった。