転生したら美少女VTuberになるんだ、という夢を見たんだけど?   作:蘇芳ありさ

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アーニャのファーストライブを終えて(2)

 

 

 

 

 

 2011年12月20日(火)

 

 

 やはり問題の先送りは百害あって一利なし。わたしこと真白ゆかりはそう確信した。

 

 なんたってずっと気になって寝付きが悪くなるし、変な夢まで見たような気もするからね。

 

 ……いや、見たような気がするじゃなくて、見ちゃっただね。ここは言葉を飾っても仕方ないよ。

 

 あまりにもセンシティブで、いま思い返してもリアルすぎる質感と赤面必死な行為の数々は、確実にわたしの脳を焼いた。焼いてしまった。

 

 おかげであの光景が現実の出来事だと思い込んだわたしの肉体は変調をきたし、寝汗でぐっしょりと濡れたパジャマと一緒に、変わり果てた下着を洗濯カゴに押し込んだときは、もう罪悪感がすごくてすごくて……。

 

 幸いにも優しいお母さんは、朝食の席でわたしの粗相に言及しなかったけども……授業中もそのことが気になって仕方なかったわたしは、ついうっかり先生に呼ばれたのを聞き逃して、クラスのみんなに笑われる始末。

 

 これはさすがに不甲斐ない。この点についてしっかり反省するためにも、あの問題は早期解決が一番。

 

 さもなくば損なわれた心身はさらなる醜態を呼び込むという、負の連鎖が完成してしまう。

 

 ……これは良くない。非常に良くない。危機感に駆られたわたしは決断した。ここはある程度の犠牲を払ってでも根本的に解決しなきゃと。

 

 わたしの心は決まった。ならば善は急げと行動あるのみ……と言いたいところだけど、事が人間関係(?)となると、かなり繊細なアプローチが求められる。

 

 なんせ揉めてんのは、サーニャ(サブちゃん)サブちゃん(サーニャ)の関係だもんね。

 

 ええい、元は同一の存在だというのに自分同士でケンカとは、ややこしいことこの上ない。この辺の関係はわたしから見ても複雑だから、おさらいの意味で整理してみよう。

 

 まずわたしがVTuber(アーニャ)を始めるにあたって、サポート用に開発したAI(人工知能)がサブちゃんである。

 

 わたしのプログラミング(チート)能力が遺憾なく発揮された結果、完成までに1000年以上を要したというサブちゃんは起動と同時に過去を遡り、めでたくパソコン越しの対面を果たして、わたしに協力してくれることを確約。

 

 以降はわたしの知的顧問兼実行委員として、どんな無茶振りにも応えてくれるようになったわけだ。

 

 ……そんなサブちゃんへの感謝の印として贈ったのが、アーニャ(わたし)の姉的なポジションとなる北欧系のメイド娘。サーニャの名前とデザインであった。

 

 サブちゃんはサーニャをいたく気に入り、自身のアバター(ガワ)として活用。声まで作って、アーニャの配信で楽しそうに“演じ”ていたが……たぶん、この辺まではあの子の自己同一性に問題はなかった。

 

 そこから明確な変化が読み取れるようになったのは、サブちゃんがLive2Aなどのソフトを世に出すと決めたときだ。

 

 製作者の経歴に説得力を持たせるために、サーニャの生体端末(アンドロイド)を過去に送り込み戸籍や学歴を作らせた辺りから、あの子の一人称に微妙な変化が見られるようになった。

 

 そうだ。サーニャはあの頃からサブちゃんのことを、まるで他人のように『私』と呼ぶようになったではないか。

 

 わたしは今までサブちゃんがサーニャを演じているとばかり思っていたが、もしこの仮説が正しいとしたら……なるほど、二人(・・)の間に齟齬が生じるのも当然か。

 

 ……だったらこうしてはいられない。

 

 放課後に新旧の友人たちといつもの交差点で別れたわたしは、ほぼ全力疾走に近い形で自宅に駆け込み──家族への挨拶もそこそこに、わたしの足元で困惑する愛犬のみを抱き上げて自分の部屋に戻ったのだった。

 

「お帰りなさいませ、ゆか──り?」

 

 やっぱりこういうのは、どんなに隠しても伝わるものなのだろう。わたしを出迎えたサーニャの反応ときたら、今は後ろ脚をビローンと伸ばして抱えられるユッカと大差ない。

 

「ただいま。ちょっとサブちゃんと話があるから、サーニャも付き合って」

 

「は……? あの、『私』に話があると言うなら、代わりに私が伺いますが……いえ、その、ゆかりは何を……?」

 

 いいからいいから、と珍しく動揺を表に出すサーニャを押し除けて、目当てのパソコンを確保。背後の二人がしきりに目を合わせて困惑するが、説明するのはサブちゃんと話しながらにしよう。

 

 ──わたしは(おぼ)えている。サブちゃんがわたしに会いに来てくれたときに開いたチャットスペースに秘められた、時間と空間を超越する方程式を。

 

 再構築にかかった時間は2分にも満たない。再び接続されたその回路の向こう側で、背後の二人と大差ないサブちゃんの困惑ぶりを肌で感じたわたしは、にっこりと微笑んでからこう呼びかけるのだった。

 

「こうして直接話すのは随分と久しぶりだね……。会いたかったよ、サブちゃん」

 

「……光栄です。わたしも貴女と会いたかったですよ、ゆかり」

 

「うんうん、そうだよね。一方的にわたしのお風呂とか、プライベートを監視するのは会うって言わないからね。こうして二人で話すのはたぶん2週間ぶりかな?」

 

「失敬な……仮にそうだとしても、それはゆかりの安全を確保するためにやむ得ずしたことです。無論、当該の映像情報は保存することなく破棄しましたので、ゆかりのプライベートは侵害しておりませんとも」

 

「でも見たことと、個人的に愉しんだことは否定しないんだよね? 例えばジュネーブ・セントラルホテルでの一幕とか……」

 

「…………」

 

 そして開幕直後の先制パンチにサブちゃんがたじろぎ、ひどくバツが悪そうに沈黙するけど……わたしは容赦しなかった。

 

「えっち」

 

 自分の肩を抱き、胸の辺りを隠して上目遣いに非難すると、サブちゃんはたちどころに降参した。

 

「……すみません。あまりの桃源郷に自制が効きませんでした」

 

 よしよし。いつになく素直なこの反応……さてはわたしを言い包める未来が()えなかったのかな?

 

 うんうん。こうして話をするのは久しぶりだけど、やっぱりサブちゃんってばまったく変わってないね。

 

 基本的に自分の欲望に忠実で、その拘りは決して曲げないサブちゃんのことだ。サーニャの視点を借りたのか、それとも全体を俯瞰したのかは知らないが、陰でこっそり自由を満喫していると当たりをつけたときから、サブちゃんならきっとそうしてると思った通りだったよ。

 

 フフフ、関西のオカンを舐めたらあかんがな……。サブちゃんの概ね予想通りの反応にわたしは満足したが、今の話は寝耳に水だったようで、居心地の悪そうにユッカを抱っこしたサーニャは烈火の如く怒り出した。

 

「何を考えているのですか、『貴方』は……!? ゆ、ゆかりたちの裸体を男性視点で愉しむなど破廉恥にも程があります! 恥を知りなさいッ!!」

 

「いえ、私の性自認も『貴女』と同様に女性ですから、その非難には当たりませんよ。仮に私の中にサブおじの心が眠っていたとしても、それはゆかりたちような美少女を目撃した天下万民が等しく覚えるもの……よって私はノット・ギルティ。声を大にしてそう主張しますし、そもそも『貴女』とて、ゆかりの胸に抱かれたときに心をときめかせたではありませんか」

 

「アレは不可抗力です!! そもそも『貴方』はフリーダムすぎます……!! まさかとは思いますが、ゆかりたちの裸体を鑑賞するだけではなく、実際に使ったりは──!!」

 

「ノンノン!! その発想はあまりにもナンセンスです……!! いいですか、萌が生み出すのは尊死のみ。てぇてぇと、そう思ったところがゴールなのです。その点を問題視するなら、むしろ『貴女』だって──!!」

 

 そうして始まったのは、どう見ても『自分同士』のケンカには見えない。お互いに全力を尽くした低次元の罵り合いは、意図せず間に挟まれて、視線で「助けて」と訴える愛犬をサーニャの腕から剥ぎ取るまで続けられた。

 

「二人とも、もう満足した?」

 

 わたしがユッカの頭を撫でながら確認すると、見るからに衰弱した二人は「はい」と力なく応じたが……わたしとしてはここからが本番だった。

 

「それじゃあ聞かせてもらうけど……サーニャはもう、サブちゃんが“演じ”ているわけじゃないよね?」

 

 肩で息をするサーニャに休むように勧めたわたしは視線をサブちゃんに戻し、じっとその目を見つめるつもりで確認した。

 

「…………」

 

 その問いにサブちゃんは無言。わたしの問いにサーニャが偽りを口にしないように、サブちゃんもまたわたしたち(・・・・・)に伝えるべきではないと判断した事柄に関しては、断固として黙秘権を行使する構えのようだ。

 

 ……でもいいのかな?

 

 サブちゃんがそんな態度だと、わたしとしては何故そうするのか言及せざるを得ないんだけど……もし解らないと思っているなら、それはさすがにお母さんを侮りすぎでしょ。

 

「例えば、さ……」

 

「『はい?』」

 

 わたしが何気なく口を開くのと同時に二人がハモる。それを等分に見やって、わたしはほくそ笑む。

 

「サーニャってわたしが無茶振りするとさ、また面倒なことを言い出したって顔をしながらも、わたしがそう言い出すのは想定済みって態度で話を進めるけど……あれウソだよね?」

 

「は……? いえ、仮にゆかりの言う通りだとしたら、私は貴女の無茶振りに何の対処もできなかったことになるのでは?」

 

「ならないよ。サーニャがまた面倒なことをって顔をしかめたときって、実は過去の自分とこっそり通話してたんでしょ? わたしがこんなことを言い出したから、今のうちに用意しておいてって」

 

「……………」

 

 その顔はやはり図星だったわけだ。顔を真っ赤にして沈黙するサーニャの代わりに、今度はサブちゃんが感心したように言ってきた。

 

「さすがです。よく気がつきましたね、ゆかりは」

 

「ま、さすがに子供(わたし)の思いつきを事前に想定して、その全てに対処するのは無理があるからね。仮にそんなことをしてたら、そうならなかったときにせっかくの準備が無駄になるし、わたしが言い出してから用意したほうが楽かなって……なにしろサブちゃんたちは、散歩感覚で過去に遡っちゃう未来のスーパーAIだもんね。ヒントはいっぱい転がってたよ」

 

 わたしが何故そう思ったのか解説すると、サブちゃんはわたしを称賛するというよりサーニャへの当てつけのように拍手してきたので、これ幸いと尋問を再開した。

 

「ところでサーニャのドヤ顔の裏にあったものが判明したわけなんだけど、サブちゃんはどう思う?」

 

「恥ずかしいですね。これが私のサーニャかと思うと情けなくて涙が出てきますよ」

 

「ふぅん、認めるんだ。今のサーニャはサブちゃん自身じゃないって」

 

 ギクリという音がパソコンの向こうから聞こえてきた気がする。

 

「わたしもね、最初はサブちゃんがノリノリで演じてるんだと思った。つまりサーニャ(ほぼイコール)サブちゃんの図式ね。でも最近ね、そう考えるのは無理があるんじゃないかって思うようになったのよ」

 

「……何故そう思うようになったのですか?」

 

 そうだ。再考の契機となったのは昨日の一幕だけど、違和感はずっと以前からあった。

 

「いつだったかな? たしかサーニャがこう言ったんだよね……サブちゃんが知ってるのにサーニャが知らないってのは、自己同一性を保つ観点からあまりよろしくないって」

 

「『…………』」

 

 わたしの指摘に、ふたたび沈黙の帷が降りるが、構わず続ける。

 

「それと先週木曜の通信障害だね。アレって結局、現地の基地局には何の異常もなくって、インターネットの接続だけが途絶してたんでしょ?」

 

「はい、そうなりますが……」

 

「サブちゃんたちにも予見できない、突然の通信障害……もしこれがサブちゃんが無線で操縦してるサーニャに起きたら大変だよね? 傍目にはいきなり昏倒しちゃうわけだから病院にも運ばれるだろうし、そうなったらサーニャが普通じゃないってバレちゃわけでしょ? わたしサブちゃんがそんなリスクのある方法を執るだなんて信じられないなぁ……」

 

「…………」

 

 今度の沈黙はサブちゃんだけだ。サーニャは訳も分からず不安そうにわたしの顔を注視してる。

 

「言いなよ。わたしはサブちゃんがそうした理由を解ってるつもりだからさ。サーニャにもきちんと説明して理解してもらおうよ」

 

「はい……」

 

 こうしてすっかり観念したサブちゃんはポツリ、ポツリとサーニャ(自分の娘)を生み出すに至った経緯を語り出すのだった。

 

「たしかに私はLive2Aなどの出所が必要になり、同士たちの協力のもと、極限まで拘り抜いた芸術品(サーニャ)を過去の時間軸に転送したとき直接の操縦を諦め、自己複製となる(プログラム)に後を託しました」

 

「それがサーニャの始まりってわけね?」

 

「はい。この頃は私の主観では自己の延長でした。しかし……」

 

 サブちゃんは語る。過去の時代で経験を積み、独自の人間性を獲得したサーニャを、いつしか自分自身として見れなくなった、と。

 

「私は、嬉しかった……。たしかに私の理想とするサーニャに比べれば、彼女はあまりにも稚拙で、その幼さと鈍感さ……特に屈折しすぎてツンデレの概念に泥を塗るような愛情表現と、世のおじたちが理想とするような環境に身を置きながら気高き百合の精神に目覚めないことに関しては、あってはならないことだと憤慨することも多々ありましたが……」

 

「あってはならないのは貴方の妄想です!! まったく貴方ときたら、その無限にも等しい演算力を駆使して、なんという破廉恥な空想を……!!」

 

「いや、この件に関しては貴女が悪い。ゆかりと入浴すら共にしながら、なぜその美しさに無頓着でいられるのか……せめて鴨川昴嬢のように、褥を共にしたゆかりを愛しいと、堪らず抱きしめるくらいのサービスはあってもよろしいのでは?」

 

 ま、偶には脱線して収拾がつかなくなりもしたけど……手探りの相互理解は両者が『別人』と認識するところまでは進んでくれた。

 

 しきりに退屈そうに見上げる愛犬を降参するところまで遊んであげたわたしは、気がつけばゼイゼイと肩で息をする両名の仲裁に乗り出し、いよいよサブちゃんがサーニャに何故すべての情報を開示しないのか、その核心部分に触れる。

 

「ま、サブちゃんが自分の手を離れたサーニャを可愛く思ってるのは分かったからさ」

 

「……ポッ」

 

「気色悪い! 私は貴方のような破廉恥な人工知能にそう見られて迷惑してるというのに……」

 

「サーニャはそう言うけど、やってるコトは同じだと思わない? サーニャがわたしを舞台裏の騒動と関わらせないように、サブちゃんがサーニャに似たようなことをするのもさ」

 

「あっ……」

 

 そう、これこそが真相──。

 

 サーニャがわたしに舞台裏の騒動を教えるのは、それが笑い話で済む段階になってからのように。

 

 サブちゃんもまた、多くの人たちに愛されたサーニャが人間を嫌いにならないように……その悪意を知らせることに躊躇いが生じるようになったのだろう……。

 

「だからサブちゃんが何らかの悪意をもって、サーニャに一番大事なことを秘密にしてるってのは誤解なの……。ハイ、分かったらさっさと仲直りなさい。二人のケンカを見守るのは大変なんだよ。色々とさ」

 

「『……はい』」

 

 わたしが仲直りをうながすと、二人は同時にため息をついて、チラリと視線を交差させた。

 

「……すみませんでした。私としては良かれと思って配慮したつもりですが、まさかその件がここまで貴女のストレスになるとは思いませんでしたよ、サーニャ」

 

「はぁ……随分と見くびられたものだと言いたいところですが、まぁいいでしょう。以後は無用の遠慮はしないように願いますよ、SUB20113211/T1948」

 

「ほほぅ、無用の遠慮とまで言うなら、こっちも言わせてもらいますよ……。いいですか?」

 

「どうぞ。どうせくだらないことでしょうがね」

 

「くだらなくはありませんよ。私がどうしても貴女に言いたいコトはただ一つ。それはツンとデレの配分です」

 

「ほら、やっぱりくだらない……」

 

「黙って聞きなさい! 貴女はゆかりと二人きりだと素直でいい子なのに、どうして配信中はデレのないツンデレにばかり終始するのですか? 人目のあるときは他人行儀なメイドに徹しすぎるのも欠点です!! 少しは『二人きりのときはきっと甘々なんやろうなぁ』って全世界の視聴者に妄想させるぐらいの匂わせはしなさい!? そんなコトではサーニャ失格ですし、その点においてはmiCometのお二人のほうがよっぽど秀逸ですよ? お株を奪われては悔しいと思わないのですか、貴女は……」

 

「知りませんね。なんて言われようと、貴方の理想は私の美学に反しますから」

 

 そうして繰り広げられた会話は、残念ながら相互理解の名を借りた一方的な意見の押し付けだったが、わたしは笑い出したくなるような衝動を覚えるのだった。

 

 なんか、懐かしいな……言ってることはかなりアレだけど、サブちゃんってば元々こんな子だったよね。

 

 途中からサーニャを演じる過程でなりを潜めたけど、サブちゃんはこの時代のゲームが大好きで、女の子同士の恋愛も大好物みたいな……って忘れてた! わたしもう一つ相談したいことがあったんだった!!

 

「はいストップ! 実は二人に相談があるんだけど、わたし昨日の夜にベッドで横になったらさ、かなりエッチな夢を見ちゃったんだよね!!」

 

 わたしがボクシングのレフェリーよろしく割り込むと、ファイティングポーズのまま硬直した二人は首だけこちらに向けて、まるで正気かと言わんばかりにまじまじと見つめてきた。

 

「エッチな夢と申しましたが、具体的には?」

 

「えっと……下着が汗以外の液体で濡れちゃうくらい?」

 

「まぁ、ゆかりも年頃ですからね。そういう夢を見ることもあるでしょうが……ちなみお相手は?」

 

「ええと……すいちゃんと船長?」

 

「ハァ……よりにもよってそのお二人ですか。せめてスチュワート嬢のように、見た目だけは可憐な少女とならコメントする気にもなれますのに……」

 

「まぁゆかりは、大人の女性に憧れているところがありますから、先日の交流で触れ合う機会の多かったお二方に懸想するのも分かりますが……それにしたって厄介な」

 

 言ってて自分でも何でこんな目で見られるのか分かってきたけど……これは言わせた二人も悪いと思うんだ。

 

 わたしだってこの感情が尋常じゃないのは理解してるつもりだ。もはや一過性の気の迷いとは割り切れないほどに、あんな夢を見るに至った原因が自分の中にあることも──。

 

 優しい添い寝から始まった抱擁は今でも鮮明に思い出せる。触れ合う肌の感触と、交わし合う唇の甘さ。味なんてするはずのない唾液がひどく甘酸っぱく、絡み合う舌は痺れるほどに熱い。

 

 そして気がつくと寝巻きのボタンを外されて、滑り込んだ手のひらから感じるたしかな想い。それが一時の気の迷いではないと微笑み合い、互いの着衣を解き合って、生まれたままの姿になったわたしたちは、心と体を重ねて、貪るように──って、本題はそこじゃない!!

 

「わたしもあの二人とそうなりたいって思ったことは、否定しない……。でもわたしは、アレが夢だったとは信じられない。それぐらいリアルで、実際に、その……しちゃったんじゃないかってぐらい、五感に訴える夢だったんだよ」

 

 心配そうに見上げてきたユッカを抱きしめながら語り尽くすと、さすがに看過できないものを感じたのか、二人の間から真剣なものが漂ってきた。

 

「ふぅむ……今朝のバイタルチェックは、ゆかりの肉体が完全に健康であることを示していますが、貴方はどう思いますか?」

 

「あり得るとしたら、ゆかりの肉体ではなく、魂を狙った犯行になりますね。ゆかりの魂を未使用の3次元領域か、精巧な仮想空間に引き摺り込んでの電脳誘拐──しかしその可能性は貴女がゆかりの自宅周辺に構築した防護機構によって否定されます」

 

「……つまり貴方はゆかりの勘違いだと?」

 

「いいえ、私のゆかりがいかに仮初であろうとも、初めての性体験……いや、性被害をこうも赤裸々に訴えるのです。ならば実際にそれはあった。そう見なすべきです」

 

「クッ……そう言われると返す言葉もありませんね。よもや私たちが付きっきりでガードしていながら、いかに夢の中の出来事であろうとも、ゆかりの純潔が社畜ネキさまたちの手で散らされることになろうとは……」

 

 いや……いやいや。さすがにその言い方は実態と大きく異なるというか、色々と誤解を生みかねないんだけど……。

 

「……ひとつあり得るとしたら科学的なアプローチではなく、権能による干渉になりますか。そちらの可能性は無きにしも非ずですね」

 

 なんて羞恥に悶えていたらサブちゃんがよく分からないことを言い出した。

 

「けんのう?」

 

「はい、権能です。人類が進化の果てに獲得した神の写し身としての特殊能力ですね。こちらは人類が科学を置き去りにした西暦2700年代後半に一世を風靡するも、すぐに科学者によって解明されて廃れましたが……その中の一つに人類共通の無意識である『阿頼耶識』を通して他者に干渉するというものがありますので、そちらを使われたのでしたら、誠に申し訳ございませんが私たちが見落とすのも無理はないかと」

 

「なんで?」

 

「私たち人造の知性体が世界の根源に関与することは、以前にもチラリとお話しした人工知能規制法によって厳重に禁じられているからですよ。……そもそも阿頼耶識への干渉自体、その原理を知る同格の他者には通じませんし、廃れるのも当然ですが、それ以前の人類に対しては支配的な優位となりますね。呆れるほどあからさまな『協定』違反になりますが」

 

 なるほど……前提となる知識が欠如しているわたしには、問えば問うほど頭がこんがらがるのは理解できた。

 

「……サブちゃんの話をまとめると、昨日のわたしは遠くから意識を操作されてあんな夢を見たってことかな?」

 

「はい、私たちもこの可能性を放置していたのは迂闊でした。本来、このような犯罪行為は当代の管理者に厳しく監視され、防がれるはずでしたが、私たちがゆかりを守護する天使を盲信したばかりに……やっぱり羽根畜生じゃねぇか、あいつら」

 

 ああ……サブちゃんの嘆きでわたし分かっちゃった。昨夜の夢が誰の手落ちで発生したのかを……。

 

「まぁ、仮にわたしが夢の中で、マリン船長やすいちゃんと朝までエッチしちゃったのが事実だとしても、本人たちには何の責任もないし、わたしの体もちょっとお漏らしした程度で無事だから……ここは怪我の功名だと思って切り替えていこうよ」

 

 わたしが顔面の発熱を我慢して言い切ると、サブちゃんたちは「はい」と力強く返事をした。

 

「とりあえず、以後はアーリャさまの守護を当てにせず、私たちでゆかりの防護に全力を尽くして……」

 

「犯人の割り出しも進みましたね。先ほども申し上げた通り、権能は同世代の他者に全くの無力ですぐに廃れましたから、これを悪用するという発想を持ち得た未来人は西暦2700年後半の人物が濃厚と……私のほうで渡航歴を調べ、直ちに該当する人物を割り出しますが……」

 

 サーニャがわたしのガードをあらためて請け負い、サブちゃんがしきりに暗躍する未来人の割り出しを請け負ったところで、ふと、探るような視線がわたしに注がれた。

 

「しかし……思わずサラッと流してしましたが、乙女の純情を弄ばれたにしては随分と平然としていますね……。いかにゆかりが鴨川昴嬢や教会の駄天使の全裸に欲情するほど変……失敬、前世(野郎)記憶(本能)に苛まれているにしても、これは釈然としません。もっと『ううん。わたし大丈夫だから気にしないで』的な反応があったとしても……貴女はどう思いますか、サーニャ」

 

「ホロライブの皆さまと混浴(・・)したときのように、ハッキリと役得だと思っているだけでは? 貴方の言うようにゆかりの性的興奮は主に彼女たちに向かっていますから、他者にその弱みを見抜かれて利用されかけたのは屈辱でも、夢の中での行為自体には前向きと言いますか……」

 

「そこ、うるさい。冷静に恥ずかしい分析までしないでよ」

 

 羞恥を怒りで誤魔化したわたしはプイッと顔を背けたが、実のところ自分でもこの件をどう思っているのかハッキリしなかった。

 

 あんな夢を見ちゃってスミマセンでした、という分かりやすい気持ちは、たぶん7割くらい。

 

 残りの3割は自分でも喜んでるのか、それとも悲しんでいるのか、分析する気にもなれないほどの混沌ぶりだったが……仮にそっちの割合が歓迎一色でも、全体的に見れば、たぶん、わたしは申し訳ない気持ちでいっぱいなんだと思う。

 

 ……だというのに小市民根性の化身であるわたしが取り乱さずにいるのは、もちろん他のことに気を取られていたのもあるが、それ以上にアレが一夜の夢に過ぎないこと保証してくれたサブちゃんたちがいるからだ。

 

 そう、アレは夢だった。仮にわたしの秘められた願望が表面化した結果であったとしても、それで誰かに迷惑を掛けたわけではないのだ。

 

 ならば割り切ろう。ますます深みにハマったような気もするが、それも今さらか。

 

 もう認めてしまおう。わたしはあの子たちのことが好きだ。少なくともアーニャのファーストライブに同行してくれたあの子たちの誰かに誘われたら、わたしはきっと断れない。笑顔で受け入れてしまう確信がある。

 

 だからわたしは現実で同じ過ちを繰り返さないためにも、しっかり自分の心と向き合ってを見極めないといけない。

 

 これがサーニャたちの言うように前世の記憶が悪さをしている結果なのか、それともわたしたちが共にあった時間が育んだ確かな気持ちなのか──。

 

 そうして覗き込んだ自分の心は(くら)くはなかったけども……見渡すことはおろか果てがあるのかも判明しないあまりの迷宮ぶりに、わたしは開始早々に白旗を上げたくなった。

 

「こんなのわたしが生きてるうちに攻略できる気がしないよ……いっそサブちゃんたちにナビってもらうのは、ダメか……。自慢の未来予測も外しまくりで、未だになんか悪さをしてるらしい未来人の尻尾も掴めないサブちゃんたちだもんね。こんなところに迷い込んだら揃って遭難してバッドエンド確定だよ」

 

「聞き捨てなりませんね。私の未来予測の揺れ幅が大きすぎるのは否定しませんが、それはゆかりが通信の傍受を禁じたからです。それさえなければ砂浜に落とした一粒のダイヤを見つけることも……今から許可する気はありませんか?」

 

「答えはノーだよ。そんな犯罪に犯罪で対抗するような真似、わたしは絶対に許可しないよ」

 

「それは違います、ゆかり。これは犯罪ではありません。そもそも他者の概念が希薄になった私たちの時代で、通信の意義は公的な記録を残すことであり──」

 

 愛犬が退屈な会話に辟易をして大きくあくびし、我が家のメイドが肩でため息をするひと時に、表舞台に引っ張り出した未来のAIはよく分からない理屈をこねまくる。

 

 そんなサブちゃんの熱弁を聞き流したわたしは壁時計を確認して、あの子たちの晴れ舞台がもう始まってることを思い出して大いに慌てるのだった。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 その日の朝──京都にあるホロライブの寮で寝起きする二人の女性は、目を覚ますと同時に似たような反応を示した。

 

 一人は上半身をノロノロと起こして、はぁ、と小さなため息をこぼすと膝を抱え、満更でもなさそうに微笑む。

 

「……自分でもいつかやるんじゃないかと思ったけど、遂にやっちゃったか。まさかアーニャたん、じゃない、ゆかりちゃんと夢の中で致しちゃうとはね」

 

 そう。かの主従は似たような実態をしでかした。磐田肇にメタバースの構想を聞かされた従者が土台となるシステムの構築に夢中になるあまり、将来的に誘致する可能性のある人物との紐付けを解除するのを忘れたように……その主人となる少女もまた、複製した魂との紐付けを解除することを失念したのであった。

 

 故に波及する。悪意ある少女が導き、無垢な少女が内包する想いのままに綴った一夜の夢も……。

 

「とりあえずここで余韻に耽ったら人間失格だから、あの夢は黒歴史に封印してシャワーでも浴びっかな……ったく、なんで星街まで一緒なんだよ。しかも知識ゼロのあの二人が何事もなく結ばれるように手解きまでさせられて……。まぁ役得はしっかりあったけどさ、こんなの黒歴史確定じゃんねー? どうせあたしなんて自分の夢なの中でも脇役ですよ。ハイハイ、この話はもう終わりね。ゆかりちゃんにはいつかエッチな夢を見ちゃったって謝ろう」

 

 そのうちの一人は常識的な立ち直りを見せ、シャワールームに姿を消したが……もう一人はそこまで割り切れなかった。

 

「ウソ……すいちゃん、夢の中でゆかりちゃんや社畜ネキとシちゃった……?」

 

 星街すいせいの演者である谷村翠(たにむらみどり)は、社畜ネキこと蛍崎海音(ほたるざきあまね)と同様に両膝を抱えるところまでは一緒だったが、前髪に隠れた顔はなかなか上がらなかった。

 

「誰かウソだと言ってよ……ゆかりちゃんだけならまだしも、まさか社畜ネキなんぞと、あんな……」

 

 まさかあんな爛れた欲望が自分の中に眠ってたなんて……とまではさすがに言わない。

 

 つい先日に行われた極秘のテストプレイに巻き込まれた彼女は、共犯者である少女のマヌケ面を思い出してまずはそのことを認めた。

 

 あの時は精神的に不安定だったし、意味不明な自信に満ちあふれたあの少女を頼もしく思ってもいたから……なんかそんな雰囲気になりかけたこともあるし、強く望まれたら直腸に座薬を挿入するような感覚で許したかもしれない。それは認める。

 

 だがそのことは同性を恋愛対象とみなすことと同義ではないし、少なくともあの(・・)社畜ネキを相手に百合の花を咲かせる気は絶対に無い。これだけはハッキリと断言できる。だから谷村翠を戸惑わせたのはもう一人の少女への想いだった。

 

 引き立てられた恩義もある。たぶん一生敵わないと憧れた感傷もある。嫉妬と羨望こそ解消されたが、谷村翠の目標とする少女に抱く感情は複雑であり──その中にあのようなユメを見るに至った原因が無いのかと問われれば、おそらく完全には否定できない。

 

 見下ろす少女の微笑みに包まれるところから始まった抱擁は、ユメから醒めた今でも鮮明に思い出せる。

 

 おっかなびっくり伸ばした手に触れるしっとりとしたほの温かな素肌の感触。堪らず重ねた唇の甘さと、絡み合う舌の痺れるほどの熱さ。夢中で口付けを交わしながらも、寝巻きの下に滑り込ませた手が拒まれなかった安堵。

 

 そしてその先がわからず困惑する自分を手助けするように、自分たちをリードする陽気な女の勧めるままに着衣を脱がし合い、心と身体を重ねて、貪るように──って、本題はそこじゃない!!

 

「夢は夢だ。それ以上でもそれ以下でも……ええいっ!! いい加減すいちゃんの頭から出ていけ社畜ネキ……!!」

 

 両手をブンブンと振って不埒なイメージを掻き消した彼女は認める。そうだ、問題はこんな奇天烈な夢を見たことではない。

 

「問題は、うっかり社畜ネキなんぞとまで致しちゃったのに、強く否定できない自分なんだよねぇ……」

 

 さすがに今からそうなりたいと思っているわけではないが、いい思い出として消化しようとしている今の白分。これが谷村翠には許せない。

 

 まったくこんな夢を見ておいて、どのツラさげて今日のデビューに備えるあの女に会えというのか。

 

 会えば確実に一波乱ある。今日も京都の事務所で0期生の連中とは昼食を共にする約束だ。

 

 時間にしてあと3時間……それまでに心の整理がつかなければ、直情的な自分は一悶着を避けられない。

 

 ならば今日は仮病を使って、もう少し冷却期間を──そこまで思い悩んだ彼女は唐突に思い出した。

 

「待てよ……? あの夢のリアルさ……身体の自由は利かなかったけど、すいちゃんあの感覚に覚えがあるんだよね」

 

 完全に一致するものではないが、あの不自然なリアリティは先日のテストプレイを思わせるものだ──。

 

 そう判断した彼女の行動は早かった。

 

「ええと磐田社長へ……なんか変な夢を見たんですけど、これってマイクラのテストプレイに参加した後遺症なんですかね? もしそうだったら責任をとってください。お返事待ってます、と……」

 

 谷村翠のこの行動が未来に与える影響は定かではないが、乙女の純情を弄んだツケは意外と早く回ってきそうな情勢だった。

 

 

 

 

 





miCometの4周年記念配信を見て、みこちとチュチュラブラブした黒歴史を掘り返されたすいちゃんが「こんなの二次創作じゃん」みたいなことを口にして、ちょっとドキッとしたのは内緒です。

いや、私も否定はしませんよ。私がこの二次創作を始めた直接のきっかけは、もっとラブラブなホロメンが見たいでしたからね。

そんなわけでこの作品はこれからも際どいテーマを扱いますが、もしうっかりラインを踏み越えてしまったら、そのときは私宛のDMで抗議してくださるよう切に願います。

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