ようこそスクールカウンセラーのいる教室へ   作:ああ

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運命の出会い

 

 

 

 格闘の訓練を初めて1年。僕は5歳になった。

 1年もずっとカリキュラムに出てこないとなると、当時の僕でもあの教官が解雇されてしまったことは理解できた。

 生徒たちに一切愛情を与えずに接する方針のホワイトルームにおいて、あの対応は異常だったのは明白だ。僕の方に何かしらのペナルティが掛かってもおかしくはなかったが、特に何かを咎められることなく日々が過ぎていった。

 

「これより第23回成績発表を始める」

 

 場面は月1で行われる知能、運動テストの成績発表。

 同期の生徒達が全員集められ、指定された番号順に点数と順位が書かれた紙を貰っていく。

 そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ホワイトルームは天才を育成するために作れらた機関だ。平凡な才能を持って生まれてきた子供を、後天的な教育によって天才へと改造する。

 その教育とは、徹底的な管理下で心身に負担をかけ続ける厳しい訓練を行うというもの。普通の発想があるなら、こんな

 だが、その教育の甲斐もあって、僕たちは同年代の子供と比べてはるかに秀でた学習、身体能力を有していると言っていい。

 しかし、通常の学校にも赤点が存在するように、ここにも生徒の命運を左右するボーダーというものがある。

 

「次、53番」

 

 僕の前に座る女の子がひどく怯えたように肩を震わせながら、教官の元へと覚束ない足取りで向かっていく。

 確かこの子は前回のテストでボーダーギリギリで合格したはずだ。

 

 今までの子はそのまま無言で成績通知書を渡されていたが、教官の手には何も握られていなかった。

 それを見た女の子は顔を一気に青ざめて、息を詰まらせる。

 

「53番、お前は脱落だ」

 

「えっ……!」

 

 そう言われた瞬間、その子は顔を手で押さえてその場に座り込んでしまった。その様は、さながら死刑宣告を受けた罪人のようだ。

 

「いや……! まだやれますっ! ごめんなさい……痛っ!」

 

 己の足元に縋る女の子の顔を蹴り飛ばす教官。

 

「二度は無い。連れて行け」

 

 顔を腫らして起き上がった女の子を迎えたのは、大の大人2人による拘束だった。

 

 両腕を左右から掴まれ無理やり立たされる。

 振り回した腕が当たったのか、大きな音を立てて机が地面に倒れた。

 

「抵抗するな! お前は脱落だ!」

 

 見た目以上に力が強いのか、それとも決死の抵抗で力を込めているのか。

 両側から押さえつけられているにも関わらず、その子の両腕は教官の手や足を殴打する。

 

「やだっ、だれか! だれか助けてよ!」

 

 慟哭と化した女の子の悲鳴が、真っ白な部屋に響き渡る。

 最終的にその抵抗も虚しく、女の子は両腕を掴まれ教官が出入りする扉に連れて行かれてしまった。

 初めて彼女が露わにした感情は、脱落に対する絶望と恐怖だった。

 

 先ほどの喧騒から一転、部屋の中を再び静寂が支配する。

 もう何度も見た光景だ。今更取り乱したりすることは無い。……いちいち落ち込んでいたらこの施設ではやっていけないからね。

 

「次、54番」

 

 僕の番号が呼ばれた。一番後ろの席から教官の元へと歩いていく。

 どうやらさっきの子みたいに通知書が用意されていないということはなく、教官の手には1枚の紙が握られていた。

 

「……今回もお前が最優秀成績者だ」

 

 通知表を無言で受け取る。面白くなさそうにこちらを睨みつける教官を無視し、踵を返して机に戻る。

 僕が席に着いたのを確認した教官は、生徒全員に目を配ってマイクを持った。

 

「以上で成績発表を終了する。10分の休憩の後次のカリキュラムを行う」

 

 その言葉を期に教官は壇上から降りる。

 いつもなら出口から出ていくのだが、そのまま何故か僕の机の前まで歩いてきた。

 

「お前はこのまま私について来い。綾小路先生がお呼びだ」

 

 綾小路先生。1年前突如僕の前に表れたスーツの男のことだった。それっきり話したことは無かったが、教官たちの話を聞くにこの施設で最も立場が高く、運営と管理を行っている人物ということは知っている。……そして、()()()()()()だということも。

 

 一体何の用だろうか。一瞬教官に対する態度で処罰を受けるのかと思ったが、それならもっと早いタイミングで何かしらのアクションがあるはずだ。

 この1年間。僕は他のホワイトルーム生と同様に心を閉ざして生活しているからね。

 

 教室を出て、前を歩く教官について行く形で廊下を歩く。

 いつも居住スペースと往復している道と反対の方へと歩く教官からは、一切感情を読み取ることは叶わない。

 

「ここからはお前1人で行け」

 

「はい」

 

 案内されたのは大きな両開きの扉の前。中央のプレートには『応接室』と書かれている。

 とりあえず扉を3回ノックする。授業で習いはしたがいざ実践するのは初めてだった。

 

「入れ」

 

 扉の奥から男の声が聞こえてくる。1年前の記憶にあるスーツの男と同じ声だった。

 

「失礼します」

 

 扉を開くと、目に入ったのは豪勢な装飾が施された、教室や部屋とはかけ離れた雰囲気の内装だった。

 部屋の中心には木のテーブルが置かれ、それを挟むようにして革張りのソファが置かれている。

 

 そして、その男は向かって左のソファに、足を組んで座っていた。

 

「来たか。そこに座れ」

 

「はい」

 

 言う通りにテーブルを挟んで対面のソファに腰掛ける。

 見た目通り高級なものなのだろう。座ると深く沈みこむため足が付かない。

 

「何故呼び出されたか、見当もつかないと言った様子だな」

 

「……そうですね。特に問題を起こした覚えはありませんし」

 

 仮にその場合でも折檻を行うのは教官たちだ。わざわざこの人が出て来るところはこの5年間一度もなかったはずだ。

 

「そうだ。そして、これはお前の成績をまとめたものだ。座学、運動に関してはここ1年首位をキープし、苦手だった格闘科目に関しても5位以内を安定して取り続けている」

 

 男はテーブルの上に置かれた、ホチキスで止められた紙の束を持ち、それを一枚一枚捲りながら言葉を続ける。

 

「少し前まで見られた問題行動も改善の傾向にある。現状、お前は優等生と呼ぶに値する評価を受けている自覚はあるだろう」

 

「あまり教官からは好かれていなさそうですが」

 

「実力を有する者は妬まれるのがこの世の常だ。将来社会に出た際には、それもコントロールしなければならない」

 

 僕のような子供に大人が嫉妬するとは到底思えないが、確かに言っていることは間違いではないだろう。

 当時の僕はこの年ながらにも、自分より体格に恵まれた子供や覚えが早い子供には、もやもやとした気持ちを感じていた。

 

「お前は俺の言った勝ち続けろいう助言をよく守っている様だ。私はお前の所有者として、命令を遂行した対価を与えることを決定した」

 

「対価……ですか?」

 

 所有物と言う単語を強調して語った綾小路先生だが、言葉の内容が意外過ぎてそこに反応する余裕もなかった。

 

「ああ。お前はこの施設に生まれ育っておきながら、他者からの愛を求める異端児だ。お前の同期も、1つ下の2期生を含めた100人以上の生徒で、そのような傾向を見せたのはお前だけだ」

 

 ここでサラッと教育を受けているのは自分たちだけではないという事実が明かされる。

 

「……お言葉ですが、それは昔の話だと思います。今の僕は周りの生徒と何ら変わりありません」

 

 あの教官が速攻で解雇された段階で、このままだと何かしらのペナルティを食らう可能性を考慮したため、僕はそのような感情を表に出すことを辞めたのだ。

 

「巧妙に隠す術を覚えたのだろうが、所詮は子供のやることだ。誤魔化す必要は無い」

 

 しかし目の前の男には通用しなかったようだ。

 

「お前が私の実の息子ということには、薄々感づいているようだな」

 

 無言で頷くことで肯定すると、男は足を組み直して再びこちらを睨みつけた。

 

「だがお前に愛情を与えることはあり得ない。俺が血縁などという下らないものに振り回されないということは、お前も分かっているはずだ」

 

「……」

 

 分かってはいたが、いざ面と向かって言われてショックが無いかと言われれば嘘になる。

 そんな僕の反応をどう見たのか、男は小さく鼻を鳴らして立ち上がった。

 

「ついて来い。お前に()()()()()()()を紹介する」

 

「もう一人の家族?」

 

 この言い方からすると、僕の実の母親ということだろうか。

 だとしたら綾小路先生がしている事は悪手もいいところな気がする。愛情を欲している子供と母親なんかを引き合わせたら、そこから離れないと駄々をこねられてもおかしくはないだろう。

 仮に無理やり引きはがしたとして、その後の成績に影響を及ぼすことは自明の理だ。

 

 しかし、僕は綾小路先生の後を無言でついて行った。

 逆らうことが許されないということもそうだが、単純に気になることがあったのだ。

 それは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そのまま数分程歩き続け、たどり着いた扉の横には『4-34 清隆』という文字が書かれたプレート付けられている。

 ポケットから取り出したキーカードとのようなものを機械に認識させ、扉を開ける綾小路先生。

 

「えっ……」

 

 部屋の構造は僕の居住室と全く同じだった。部屋の左奥には食事をとるための小さなテーブルが置かれており、その反対にはベッドが置かれている。

 だが、最初に目に入ったのはその上にちょこんと座る、僕よりも小さな、幼児ともいえる子供の姿。

 

 ────()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ん」

 

 突然入ってきた僕たちに対して動揺することもなく、ただこちらを見つめる子供。

 子供と言ったのは、余りにも幼すぎて男女の判別が出来なかったからだ。見たところ2歳になるかならないかと言った具合だろう。

 

「……だれ」

 

 ゆとりのある真っ白な服装に、幼児特有のもちもちした真っ白な肌。

 薄紅色の唇はぷっくりと結ばれていて弾力がありそうだ。

 髪はサラサラで前髪の下が透けて見える。生えてきてから幾ばくも無いのだろう。

 

 そして何より印象に残ったのは、こちらを見つめる、まん丸でやる気の無さそうな瞳。

 

「こいつの名前は清隆。お前と同じく俺の────おい、待て」

 

 綾小路先生の言葉を待たずして、僕はその子の前へと駆けだしていた。

 直感で分かったのだ。この子が僕の、血の分けた兄弟だということに。

 

「ぐえっ」

 

 怪我をしない程度に抱きしめ、そのままベッドへ押し倒す。

 少しだけ苦しそうな声が出てしまったのは、思った以上に勢いがついてしまったからだろうか。

 

「……くるしい」

 

 ベッドに仰向けに横たわりながら、両脇を抱えて自分の上に来るように持ち上げる。その子は両手足をだらんと下に垂らしながら小さく呟いた。

 天井から差す真っ白な光が、ふんわりとした髪の毛に透けて茶色くなっている。

 こちらを見つめるその瞳はどこか不満げな様子だが、僕は1つの感情に体を支配されていた。

 

「……?」

 

「か、かわいい……」

 

「えっ」

 

 

 

 ────これが、僕とその実の弟である、綾小路清隆との出会いだった。

 

 

 





 綾小路兄:5歳
 綾小路弟:2歳

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