TCGアニメの世界で硬派なドラゴン使いになりたいのに、美少女カードにしか縁がない 作:織葉 黎旺
「ワタシのターン、ドロー」
命がかかっているとは思えないほど静かに、戦況は進んでいく。
こちらはいつも通り《ベビー・ドラコキッド》と《ドラグ・フィールド》の設置で、エースの着地に向けた準備を進めている段階。対する綾吊は、服と同じく黒色のカードを使用し、パッシブスペルや墓地肥やしで展開の準備を進める。
「ワタシは、黒を含む4エナで、中央左列に『
ゆらゆらとした動きと共に、体に見合わない大きなシルクハットを被った少年が現れる。
「ターンを終えます」
「俺のターン」
きな臭いスピリットだ。4コスト1000/1という、コストに対して明らかに低いスタッツ。恐らく何らかの強力な効果を持っている。黒という色を考えると、恐らく破壊時に起動するだろう。となると、動きを止めたい。
「俺は青2エナを含む6エナで、《氷龍ブリザード・ワイアーム》を召喚!」
「手堅く参りましょうか」
「《ドラグ・フィールド》の効果で、ドラゴンが出たから山札からエナチャージ。更に、《氷龍》の召喚時効果で《ウィリー》を『フリーズ』」
「策略ごと凍らせて差し上げます」
リザが扇を一振りすれば、舞う吹雪でウィリーは氷像と化した。
「アタックフェイズ。《氷龍》で攻撃!」
「通しましょう」
「はあっ!」
「…………」
放たれた氷の礫が綾吊を襲うが、奴は卓上でプレイしている時のように、何の反応も示さない。ライフ減少が真なる
「ターンエンドだ」
「ワタシのターン」
淡々と、慣れた手つきで、それでいてスムーズに、ターンの処理が進んでいく。緊張感を感じさせないことが不気味で、俺は少しカマをかけてみることにした。
「なあ、お前は
「ええ。ワタシは、己の全てをあの方に捧げております」
「それなら、何故あの戦いには出てこなかったんだ」
「情報戦のつもりですか?」
流石に露骨すぎたか。「いや、少し気になっただけだ」と誤魔化したが、疑いの目がこちらを向いていた。
「クフフ、いいでしょう。冥土の土産に教えてあげます。恥ずかしながら、件の戦争の際には、まだワタシはあの方の素晴らしさを拝領する前でして。ですから、参戦できなかったことを非常に苦々しく思っているのです」
つまり、前回の戦いの時点では闇札会にいなかったということ。
やはり闇札会のボス、諸悪の根源のあの女は……!
「ですから──あのお方の邪魔をした、貴方を屠れるこの時を、ずっと心待ちにしておりました。是非、甘美なる絶望を味わいくださいませ」
俺の思考と動揺を他所に、綾吊は恭しく右手を胸に当ててお辞儀して、それからカードをプレイした。
「ワタシは黒含む3コストを支払い、クイックスペル『等価交換の剣』を発動。自分スピリット1体を破壊することで、相手スピリット1体を選んで破壊できます。ワタシは《傀儡廻見習いウィリー》と《ベビー・ドラコキッド》を指定します」
少年が何処からか現れた剣に腹を貫かれると同時に、《ベビー》の腹部の同じ部分にも刺し傷が現れ、2体は絶命した。
「クソ、警戒して止めておいたのに……!」
しかも破壊の仕方がきな臭い。『エナガード』を持っているとはいえ、リザではなく、ほぼ用済みのベビーを破壊するなんて。
「破壊された《傀儡廻見習いウィリー》の効果発動」
「あっ……!」
「リザ!?」
何処からか降ってきた細い糸が、リザの身体に付き、磔にされたような姿勢を取らせる。
「相手のスピリット1体に、『
実質的な置物と化すということか。しかし、それだけに留まらないような、とてつもなく嫌な予感がしていた。
「アタックフェイズ。ワタシは、パッシブスペル【オースティンの傀儡劇場】の効果を発動します。『傀儡』1枚のクオリアを1点上昇」
「え……!?」
リザの姿勢が変わった。起立の姿勢から、ギクシャクとぎこちない動作で歩かされて──こちらに近づいてくる。
「更に1ターンに1度、相手の『傀儡』を持つスピリット1枚で、攻撃することができます。《氷龍ブリザード・ワイアーム》で、プレイヤーを、攻撃っ♪」
「い、嫌……ッ!」
──冷たく、重い拳が腹部に刺さった。
きゅ、と肺から絞り出されたような声が漏れる。倒れ伏したくなるのを無理矢理堪えて、リザの肩に手を置く。
「……だい、じょうぶだから……気にすんな」
「そんな、そんなわけないです……! わたくし、が、旦那様を……この手で……!」
「ぜんぜん、こんなの痛くない……お前の受けたダメージより、マシだよ」
リザは優しい娘だ。ダメージが実体化する環境で、自分の手で仲間を傷つけてしまったことは、自分自身の痛みより余程傷つくだろう。糸で操られているにも関わらず、ぷるぷると全身が震えている。もし自由だったら、自傷すら行っていたと思う。
「傷つけて、ごめんな」
「そんなの……! むぎゅっ!?」
「はい、時間切れです」
抱き寄せようとした腕の中から、リザは消えた。糸で引き寄せられたらしく、盤面上のあるべき場所に戻された。
「いやあ、泣ける展開ですね。主従の絆とはかくあるべきというお手本を見せられたようで、涙がちょちょぎれるかと思いました。とはいえこれ以上の傷の舐め合いは蛇足ですので、一度口を塞がせてもらいます」
「…………!」
こちらを見るリザの口は、一文字に固く閉ざされている。だというのに目は大きく開かれ、そこからは大粒の雫がボロボロと零れていく。
「そこで静かに、伝わらない謝罪でも懺悔でもし続けてください。その絶望が! 悲哀が! 物語にビターな深みを生みますので♪」
「……はあ」
深く息を吐いてから、俺は、絞り出すように言う。
「さっさとターンを回せよ……遺言が長ぇんだよ」
「それは失礼しました。ワタシのターンはこれで終了です」
「俺のターン」
久方ぶりに、胸の内がグツグツと熱く煮え立っている。仲間を玩具のように弄ばれて、黙っていられるような人間はいない。コイツだけは、絶対に倒す。
「リザ、いま解放してやるからな……俺は4エナ払って《バドラタッチ!》を発動。《氷龍》を山札に戻し、それと同じか1大きいコストで違う色のドラゴンを場に出す!」
「旦那様……申し訳ございません。お心遣い、痛み入ります」
「《刻輝龍アンフィスバエナ》を召喚!」
「敵討ちと洒落こみますかっ♪」
腕を組んで、純白の黒ギャルが盤面に降臨する。
「《バドラタッチ!》の効果で、ライフを3点回復する。アタックフェイズだ。《刻輝龍》で攻撃!」
「ワタシはカウンタースペルを──おっと」
「《刻輝龍》の攻撃時/防御時効果で、このターン俺が回復した数値以下の手札のカードは使えないぜ!」
「これはリザの分!」
アンの放った閃光が、綾吊を焼く。
「それからマスターの分!」
素早く駆け寄り、彼女の拳が綾吊の腹へと刺さる。
「《刻輝龍》の『ドレイン』で俺は、4点のライフを回復している。計7点以上の回復をトリガーに、カウンタースペル、《ハイヒール・シャイニング》を発動! 《刻輝龍》のクオリア分のダメージを相手に与える!」
「そして……わらわの怒りッ!」
天高く飛び上がったアンが、その勢いを乗せた全力の蹴りを綾吊にお見舞いした。
「ターンエンドだ」
「……やれやれ」
綾吊は服についた土埃を払い、ゆらゆらとフラつきながら立ち上がる。表情こそ変わらないが、死の淵にしてようやく、綾吊の様子に乱れが出た。
状況としては、相手の残りライフは2点。対してこちらは、計7点の回復で、13点まで持ち直している。
「雨降って地固まる──みたいな安っぽい絆が、一番反吐が出るんですよね」
ターンが返ってくればきっと、と、心の奥で少しだけ期待してしまっていた。
「全部操って、ぐちゃぐちゃに壊したくなる」
しかし、そんな期待をへし折るように、綾吊からはドス黒いオーラが漏れ出る。
「ワタシのターン。ワタシは、黒3エナを含む8コストで、《慢心の
フィールドに、深くシルクハットを被った、不気味な笑みの長身が現れた。
「ターンに1度、盤面にスピリットが登場した時、手札を1枚捨てることで、《慢心の傀儡廻オースティン》は相手のスピリット1体に『傀儡カウンター』を置きます」
「や……ッ!」
「クソが……!」
アンが縛られ、先程のリザと同じような磔状態にされた。
「アタックフェイズ。まずは、《慢心の傀儡廻オースティン》でプレイヤーに攻撃」
「ぐっ!?」
オースティンが何かを放つような仕草をすると、肌に細く、燃えるような痛みが走った。有刺鉄線のように鋭い糸が肌を撫でたようだった。
「まずは4点。更に、《オースティンの傀儡劇場》の効果で、クオリアを2点上昇させた《刻輝龍アンフィスバエナ》で、プレイヤーに攻撃♪」
「あるじ、ごめん……!」
「気にすんな……ッ!?」
勢いよく振り上げられた足が、脇腹へと刺さった。一気に8点のダメージ、ライフは5点まで減る。だが、綾吊の場にはもう攻撃できるカードはない……!
「終わり、と思いましたか? 黒1コストで、クイックスペル《屍越え》を発動。自分のスピリットを1体破壊し、その後、スピリット1体をスタンドできます」
「『ガード』効果での耐久込みで殴れる回数を増やす戦法か……!?」
「ええ、察しがいいですね。《慢心の傀儡廻オースティン》を破壊」
「ぅッ!?」
「アンっ!?」
綾吊が指を鳴らすと同時に、アンが倒れ伏した。
「《慢心の傀儡廻オースティン》は『傀儡ガード3』を持っています。場を離れる際、他の傀儡を切り捨てれば生き延びられるのですよ。丁度いいところに傀儡があって助かりましたね」
「卑怯にも程があるだろ……ッ!」
「更に、《慢心の傀儡廻オースティン》の前では、壊れた傀儡すらも有効に活用されます」
今度はオースティンが指を鳴らす。するとアンの身体が爆発し、熱と閃光が俺の身体を焼いた。
「相手の《傀儡》が場を離れた時、1ターンに1度だけそのクオリア分のダメージを与えられます。さて、それでは幕引きといきましょうか? 《慢心の傀儡廻オースティン》で、プレイヤーに攻撃」
「カウンタースペル、《龍の遺志》発動! 破壊されたドラゴンのクオリア分、ライフを回復する……! ぐ……ッ!?」
放たれた糸が首に巻き付き、俺の身体をキリキリと締め上げる。じたばたと藻掻こうにも、宙に浮いてしまった足では地面を蹴ることすらできず、苦しさと無力感に脳が支配されていく。
「……ぅ、ゲホッゲホッ!!」
意識を失うすんでのところで、糸は俺を解放した。喉が乾ききって、咳が止まらない。本当に死ぬかと思った。目頭が熱くなり、視界が滲む。
「あーあ、あとちょっとで楽になれたのに、勿体ないですねえ。それでは、ターンエンドです。最後のターンをどうぞ」
「……おれの、ターン」
肩で息をしながら、どうにか立ち上がる。
状況はかなり不利になってしまった。ライフ自体はどちらも風前の灯だが、問題はあの《オースティン》だ。
手札コストを要するとはいえ、カウンターを乗せる能力は本体の
でも────
「お前みたいなやつに負けるわけにはいかない! ドロー!」
俺は、引いたカードを見てから、手札のカードをプレイする。
「緑2エナを含む7コストで、《緑龍ファフニール》を召喚!」
「出番だよぉ〜〜〜」
「召喚時効果発揮! 山札から2枚、裏側でエナチャージ」
「ですが、《慢心の傀儡廻オースティン》の効果で、手札を捨てて『傀儡カウンター』を乗せさせて頂きます」
「カウンタースペル、《龍の覇気》発動。自分のドラゴンが効果の対象になった時、俺のライフが3以下ならそれを無効にできる!」
「あたしたちをさ〜〜〜……あんまり舐めんなよな?」
ふに子がプレッシャーを放つと同時に、地面から生えてきた木が彼女の身体を覆うようにして糸から守る。これで、傀儡とならずに済んだ。
「甘いですねえ。ワタシはいま捨てた、《傀儡廻バーゲン》の効果発動。このカードが手札から捨てられた時に、場に傀儡カウンターが乗ったカードがない場合、このカードにカウンターを乗せて『特殊召喚』できます。更に更に、《オースティンの傀儡劇場》がある時、相手はターン中1度は必ず《傀儡》を含むカードを攻撃しなければなりません」
つまり、実質的な攻撃ロック。どちらを殴っても《オースティン》の効果が発動してライフを削られる、詰みの盤面。
「さあ、大人しくサレンダーでもしますか?」
「しねえよ。絶対にぶちのめす」
手札の最後の1枚を、俺は見せつける。
「3コストでプッシュスペル、《登龍門》を発動! 盤面のドラゴンを1枚選び、それよりコスト+2以下のドラゴンを1枚、重ねて場に出す。顕現しろ──《
「久々に、本気出しちゃうよ?」
光に包まれたふに子の姿が変わる。緑のアクセントが入った、オーバーサイズのフリフリとしたワンピース。髪も編み込まれ、普段と違いお淑やかな印象を与える。その首元には、エメラルドの宝石が入ったバングルがあった。
「バトルだ。《殻緑龍ファフニール》でお前に攻撃」
「むざむざ死にに来ましたか?」
「ぶちのめすって言ってるだろうが。攻撃時効果発揮!
「いただきまーす♪」
ふに子が、己の周りに漂うエナを
「《殻緑龍》はターンに1度、自分のエナを墓地に置くことで、その種類に応じた効果を発揮できる。いま置いたのはスペルだ、そのコスト分ライフを回復する」
「フ……ですが墓地に置かれたのはカウンタースペルのようですね。コストがない以上、回復はないはずです」
「それでいいのさ──この効果でカウンタースペルを墓地に置いた時、発動条件を無視して発動できるからな!」
「《龍星群》、いくよ〜〜〜」
ふに子が放ったエネルギー波が、空から無数の弾丸になって降り注ぐ。本来なら自分のドラゴンが3体以上破壊されたタイミングでないと使えないカウンタースペル。その効果は──
「相手スピリットすべての効果を無効にし、そのうち1枚を破壊する! これで『傀儡ガード』も、《オースティン》の効果も無効だ!」
龍の力は、邪なモノを祓う。死して尚その意思は人を導くのだ。
盤面が壊滅したのを受けて、それでも綾吊は不気味に笑う。
「クフフ……」
しかしその表情は、先程までのニヤケヅラに比べたら余程人間らしかった。悔しがっているのか悲しんでいるのか、その真意までは伺い知れなかったが。
「ふに子──『二回攻撃』」
「消えな、下郎」
ふに子の拳が、綾吊の身体を、糸の切れた人形のように地に伏せさせた。
──勝者、俺。