TCGアニメの世界で硬派なドラゴン使いになりたいのに、美少女カードにしか縁がない 作:織葉 黎旺
「……また勝てなかったか」
博物館の、冷たいリノリウムの床に大の字で寝っ転がって、彼女は独りごちた。その周りには、彼女と共に戦ったカードたちが、ケースをひっくり返したみたいに散らばっている。
「これでワタシの計画はすべておじゃんだ。雪辱を晴らして、キミも手に入れて、万々歳のハッピーエンドになるところだったんだけどね」
はああ、と深く嘆息する皇凪。万華鏡のような瞳が、ゆっくりと閉じられる。
「さあ、誓約を──勝者の権利を履行しなよ。君はワタシになんでも命令できる」
「本当になんでもいいのか?」
「ああ。煮ても焼いても、殺しても犯しても、ワタシはそれを受け入れることしかできない」
「じゃあ」
悩むことなくノータイムで、俺は答えを出す。
「もう、悪いことすんなよ」
「………………え、それだけ?」
「それだけ」
「本当にいいの? こんな美女になんでも命令できるんだよ? 美しいだけじゃなくて、天才で、頭が良くて、非人道的な技術をいくらでも開発させられるのに……」
言葉の内容だけ見たら、かなり頭が悪そうだった。
「ならこれで正解だろ。悪いことできないってのが、お前にもっとも相応しい罰だ。精々罪を償って、お前が弄んだ人やスピリットたちの未来のために、その頭の良さを活かせよ」
俺が言い終わると同時に、皇凪の胸元に大きな十字架のネックレスが出現する。誓約が履行されたことの証明だろうか。
「……キミは甘いね」
「んなこたないだろ。そんなよくわからん代物でお前の行動を縛り切れるとは思ってないし、捕まえて罪を償ってもらうぜ」
「──いいや、甘いよ。スクラファム
その言葉は、博物館の奥、展示されたティラノサウルスの脇の暗がりから聞こえてきた。
床を叩く、規則正しい革靴の音。現れたのは長身で壮年の男。草臥れたジーンズに皺の寄った白衣。
同じく顔にも皺が寄っているが、天才的な白黒バランスの髪の毛と、ギラギラとした瞳が、アンバランスな若さを見せている。
男を見て、皇凪が目を丸くした。
「パパ……」
「パパぁ!?」
見比べてみると、たしかにその野心に満ちた瞳は血筋を感じるというか、かなり似通って見える。
「やあ、娘よ。素敵なアクセサリーじゃないか」
「うん、彼に貰ってね。パパに紹介しとこうかな?」
「結構。無駄な時間は過ごさない主義と言っているだろう?」
男の眼がこちらを射抜く。皇凪のそれと同じ、こちらを値踏みし検分するような瞳。ただ彼女と違って、どこか背筋が粟立つような、薄ら寒いものを感じた。
「焔龍一。闇札会壊滅の立役者。《インフェルノ・ドラグーン》、《ブリザード・ワイアーム》、《アンフィスバエナ》、《ファフニール》の四龍を主軸に闘う。叔父は『
「……他人のプロフィールを羅列するのは無駄な時間じゃないのかよ?」
「失敬。ワタシの主義でね、散り逝く者の情報は吐き出すようにしているのだよ。
その言葉に思わずデッキを構えると、「そのようなことをする必要はないよ。ワタシは別に、スピストプレイヤーではないのだから」と言って、指をパチンと鳴らした。
「なんだ……!?」
先刻感じたような、強い地響きが聞こえる。思わず膝を着くと同時に、空間に複数の裂け目が広がった。
「頼むよ、『
男の影から飛び出した、サイケデリックな格好の兎が、手に持つ指揮棒を振る。すると裂け目は瞬く間に増殖し、俺たちを取り囲む。
「これは……! そうか、各地の襲撃もあんたの『滅びを刻む秒針』の力だったのか!」
「ご名答。彼とは利害関係で贔屓にしていてね。こうして、有用な能力で邪魔者を処理してくれる」
言うと同時に、裂け目から強い引力が発生し、足を取られかける。目の前でティラノサウルスの化石が吸い込まれていった。
それは傍らにいる皇凪も例外ではなく、彼女のカードは無数の裂け目に散っていく。
「なっ、その裂け目は《アナザー》に繋がってるんじゃ……!?」
「そう、《アナザー》の秘境に繋げている。灼熱の火山地帯、極寒の氷雪地帯──およそ人が生存できないであろう場所なら、手を汚さずに処分できて合理的だ」
「違う、そんな答えが欲しいんじゃない。娘のカードじゃないのかよ!?」
「そんなことを気にする人ではないよ」
七色の髪束を靡かせながら、淡々と彼女は言った。
「この人は、無能な味方と厄介な敵にトコトン容赦がないからね。それらをまとめて処理できて万々歳なんじゃないかな?」
「説明の手間がない上に、理解と諦めが早くて助かる。流石我が娘だ。行先くらいは選ばせてやってもいい」
引力は、足が浮きそうな程に強くなる。必死に地面に縋り付いていたところで、俺のデッキケースが光った。
「やばそうだね〜〜〜、手貸すよ〜〜〜」
「助かる、ふに子!」
近くに出現したふに子の手──ならぬ足に掴まる。強風の中でも、巨木のような安定感がある。
「な、ふに子ばかりずるいぞ……!」
「そんなことを言っている場合ですか!」
「現状維持じゃ、ちょーっと分が悪いかもね……!」
三人が俺を囲うように現れ、風避けになってくれる。しかしアンの言う通り、それでは何も解決していない──それどころか。
「計算通りだ。それでは──」
「主、危ない──!」
アンが俺の手を振り払い、突き飛ばす。刹那、俺が先程までいた場所に空間の裂け目が出現し──アンはそれに飲み込まれ、そのまま閉じた。
「な……っ!?」
「さて、次だ」
「え〜〜〜っ!?」
叫びとともに、ふに子が地面へと落ちていき──そして、消えた。地面に直接裂け目を開かれたらしい。
「フェル、リザ、着地してちゃ駄目だ! いつでも飛べるように逃げてくれ……っ!」
「……それでは負け戦です」
吹き荒ぶ風の中──リザが、扇子を構える。
「戦わなければ、各個消されて終わります。フェル、貴方
「リザ……!?」
言うや否や、リザから凍てつくような冷気が発される。扇子から放った吹雪の多くは裂け目に吸い込まれていくが、自身に届き得る明確な攻撃を警戒したのか、少しだけ吸引力が弱まる。
「……任された。主、手を!」
「ッ、ああ!」
差し出された手を掴むと、フェルは力強く羽ばたき、男たちから距離を取る。
振り返ると、吹雪の一部が男の頬へと当たり、その表情が歪む。
「まったく──殉教者ほど厄介な者はないよ」
*
「はあっ、はあっ……」
博物館の入口──公園の芝生で、俺は息を整えていた。
何もしていなかった──何もできなかったが、吸い込まれないよう踏ん張るのに体力を使ったし、何より相棒たちが吸い込まれたことで、精神力を削られた。
そんな俺の肩を、フェルが叩く。
「……主よ、気に病むことはない。スピリットはそもそも《アナザー》で生まれ育っているのだから、故郷に送り返されたところで、問題はなかろう。何より、奴等はその程度でくたばるタマではないじゃろう?」
「……ああ、そうだな」
再び立ち上がる。まだ戦いは終わっていない。恐らくいまも、《
「ふむ、まだこんなところにいたのか」
「は……!?」
声に振り返ると、そこには──サイケデリックな兎を肩に乗せた、男の姿があった。
「やれやれ、行き先として五個ほどピックアップしておいたのに、すべて無駄になってしまった」
「リザはどうした……!」
「分かりきったことを聞かないでくれたまえ。ワタシがここにいるのが答えだろう?」
「主、ここから疾く離れろ……! こやつらは刺し違えてでも止める……ッ!」
「フェル……っ、駄目だ。俺一人逃げたところで何も解決しない……!」
移動手段がある以上、人一人追うのは容易いだろう。フェルの言う通り、ここで刺し違える覚悟を決めた──その時。
「……ふむ。まあ、頃合いだろう」
「ッ!?」
感じる浮遊感。男が見えなくなり、加速した思考の中で、フェルの驚いた顔がゆっくりと遠くなっていく。
伸ばした手が届かない絶望。それを味わいながら、俺は暗闇へと落ちていく。背中に走った痛みと、お腹に降ってきた、肺が潰れて呼吸が困難になったような衝撃に、俺の意識は遠のいていった。