お茶を渡した相手はありがとうと笑みを浮かべて話を続けようとした。
これはきっと私が私として生まれる前の時間なのだろう。
きっとこのことは忘れてしまうけれど、そんなことは気にならないくらい楽しい人生を送れるのと言われて、そうなのかと受け入れた。
ナターシャ、ナターシャ、と肩を譲られてふわりと意識は浮上していく。
眠っていた私を起こしたのは妹のエマ。
エマはナターシャにご飯の時間だよと伝えてくる。
それに、分かったと言って、2人でご飯を食べる部屋であるリビングへ向かう。
母のジュスティヌが朗らかに朝食を出す。
「ホラ見ろ。母が試行錯誤を重ねて作ったベーコンエッグだ」
「ジュスティヌママ上。黒焦げの炭にしか見えない」
ナターシャは率直に胃が死ぬぞ、と警告した。
真っ赤なルビーレッドの髪を艶めかせていても、大きな胸にスタイル抜群の体を持っていても、顔が美人でも、食べられるものを作ってもらわなきゃ、食べられない。
「ねえちゃん。ねえちゃん。ベーコンエッグ作って」
どうやら妹が起こしにきたのはこの結末を予測していたかららしい。
母は元軍艦専属の傭兵だったので、料理が出来ずカロリーバーを常に食べていた。
なので、今も料理は壊滅的だ。
「えっ……」
ジュスティヌ母は妹の反応にショックを受けてしょんぼりした。
慰めるには、あまりにも真っ黒の焦げ過ぎる。
「エマ。母の真っ黒な、ごほん。ベーコンエッグを供養してあげなさい」
「供養……母の最高傑作が」
母よ、これが最高傑作で逆にいいのか?
これから先、上手く言ったら最高傑作が泣くよ。
「父は?」
料理が不評だった事に唸りながら、母は続ける。
「ぐぬぬぬ……ハインベルトは向こうで植物の世話をしている。母が呼ぶから暫し待て、次号」
「ナターシャ先生の次回作をお楽しみに、だよママ!」
家族間でこんな専門用語が飛び交う理由は、私が転生した元人間だからである。
説明ってこんな感じでいいかな。
母は、人工の惑星太陽の庭で、植物の世話をする父を迎えに行く。
「今のうちに、ベーコンエッグ作って!」
妹が急かす。
父が慰めて、SAN値復活した母がまた作ると言い出す前に、料理を作ってしまいたいのだろう。
なんてカワイイんだろか、ウチの家族。
見た目からしてヤバヤバなのだ。
うちの家族は全員ルビーパールな髪色でツヤッツヤ。
目も透き通るような宝石みたいな澄んだ瞳、赤。
私達姉妹も、母と父のDNAを受け継いでいて、スタイルも見目も可愛くて綺麗。
お目々ぱっちり。
いや、私は垂れ目で、眠そうって良く言われる。
なにを隠そう、元地球人から現宇宙人へと生まれたのだ。
生まれた時には既にこの場所に居て、ここが巨大な宇宙船と知ったのはすぐ。
大きさが豪邸みたいだから、広い。
「それと、お金もちだから、快適」
父が元艦隊総督なので、給料とか、退職金とかでめっちゃ悠々自適。
脱サラならぬ脱軍人。
母も勇名な傭兵なので貯金が凄かった。
「ナターシャ、ナターシャ!マーマが戻って来る!焼こ!」
急かされて卵(ナニカの)とベーコン(ナニカの)をフライパンで焼く。
このフライパン、自動で調節してくれるはずなんだけど、母は己を過大評価しすぎて手動モードでやったみたい。
(思い切りが良すぎて焦がした……あれは焦がしたとかいうカワイイレベルじゃない)
最後まで焼き切ったやつ。
ジュウウという美味しい音に妹が何度も鼻をくんくんさせる。
「エマ。お皿お願い」
「うん!」
エマが、念力でお皿をキッチンへ移動させてくれたので、ベーコンエッグ(これが最高傑作というのだよ母)を乗せた。
「ナターシャの料理にはハズレがない。私だけだったらマーマを船から追放してた」
真面目な顔で言うエマにこの子、マジやん、とほろりとなる。
「まあまあ、母だって、あれで本気で頑張ってクッキングしてるんだから、広い心で見てあげなきゃ」
野菜を丸ごとテーブルに並べられた日を私は覚えている。
どんと、そして、ドヤ顔で。
パパは気にせずイケメン顔でバリバリ食べてたけど、赤ん坊のエマとクレヨンでお絵かきする年齢の私はそれを死んだ目で見つめた。
百歩譲って私は食べれるからいいけど、エマは赤ん坊ですよ?
エマが殺気混じりで私の作ったミルク入り哺乳瓶を加えながら両親を睨んでいたのを見た時、家庭崩壊が起こる前に鍋とお玉を手にキッチンへゴーした。
(あの日、私のひっくい料理スキルは極上であったのだと、知れた)
元地球人なのでレンジでチンの料理が主になっていたものの、炊飯器でご飯を炊くことすら出来ない家庭に生まれると、最高の料理人枠になってしまう現象を体感した。
それから、続々とエマと共に調理道具を探して、無いならエマが作った。
どうやらエマは天才肌らしく、説明しただけで類似の機器を探して、足りない機能を追加した機器へと改良出来る子と成長した。
『私がやらなきゃ、私達が死ぬ』
やらねば飯ハザードが起こるとエマは語っている。
かくして、母の料理スキルは自動モードであれば人並みのハズなのだが、調味料とか適当で、レシピを見るのもおざなり故に炭にならないだけで、下手なまま。
頼みの綱の筈な父は長年母の料理により、味覚を破壊されているかもしれず、どんな料理もなんのその、普通に食べていた。
「ナターシャのベーコンエッグ出来たから、食べよ!」
私の料理大好きっ子が嬉しすぎることをいう。
「母たちは呼ぶ?」
「マーマはいらない。パーパもいらない。2人で食べよ」
無表情で言い放つ妹に頷いて、2人で食べだす。
「美味しい!美味しい!」
「うん、いける。上手く出来た」
ホッとした。
自動モードだから失敗するわけない。
自動調理道具なのだから、手動をやめればいいのにやめない母は恐らく天然さんなのだろうな。
「むう。先に食べていたのか」
母達が戻ってきた。
父も来た。
父の見た目も母の男バージョンだ。
性格とかは逆なんだけど。
母は男勝りで、父はおっとり。
おっとりで味覚破壊されてちゃ、世話無いが。
そんな父は本当に元軍人、元総督なのだろうか。
「ハインベルト父。ベーコンエッグは私が作り直しておいたよ」
「そうなのかい?私はジュスティヌのベーコンエッグでも食べられたのに」
「今からでもアレ食わせてやろうか?」
エマが怨嗟の滲む声音で父へ凄んだ。
私のご飯が唯一食べられるものなので、敏感になってしまったのだろう。
彼女は地雷を踏むと人格が変わったかのようにキレる。
赤ん坊のときに生野菜を置かれた時の絶望が蘇るのだろう。
ナターシャもあれは流石に酷かったなと思う。
赤ん坊がどう食べろと。
同情も禁じ得ない。
「落ち着いてエマ。供養した物体Bは襲ってきた襲撃者のご飯にでもすれば、無駄にならないよ」
「ねーね……そうだね」
「エ……」
ジュスティヌのエが聞こえたが、スルーした。
最高傑作を捕虜に下げ渡されるのが悲しいらしい。
仕方ない。
アレの使い道は捨てるか口の中に捨てるかしかない。
だって、炭だもん。
「ベーコンエッグ美味しいね」
父はほわほわと花を咲かせて食べていた。
「当たり前!ナターシャだよ。ナターシャの調理スキルは特上なんだから」
エマがぷりぷりする。
調理スキルが特上なんだ、私って。
って、んなわけないわ!
カップラーメンとかお湯入れて3分で食べるだけの現代っ子なんだよ。
うちの親の生活力が死滅してるだけ。
私は何故ここまで生きていけたのかわからなかった。
しかし、謎が解けたのは私が妹の誕生にうきうきしていた時。
母の妹から連絡が来たのだ。
「ちょっと、何故連絡先を教えないで行ってしまわれたの!?わたしくがどれほど苦労して通信しているか知らないでしょう!?」
と、ある日唐突に連絡してきて、叫んでいた。
「私の姪は元気ですの!?餓死だけは許さなくってよ!」
「我が妹よ、ナターシャは元気だ。今は妹の面倒を甲斐甲斐しく見てくれている」
「なんですってえ!?妹!?どの面下げて二人目を産んだの!ろくにご飯を作れない癖してッ!」
というてんやわんやな連絡により、叔母の存在のおかげで私は今の今まで、育っていけたらしい。
ありがとう、母の妹。
餓死は私の転生した大人脳によりギリギリ回避されているよ。
叔母にご飯を作る様子を映して見せると、母に対してさめざめと泣く。
よりによっていたいけな幼児に食を作らせ、それを食べているなどと、と。
「大丈夫です。私は料理出来るので。妹だけは無事に育てます」
「その域ですわ!」
絶賛いただいた。
「ナターシャ……母も育てるぞ?」
育てることを正しく理解してない人がなにか言ってるよ。
という経緯でエマはすくすく育ちました。
エマは両親に辛辣なときもあるが、戦闘に関しては、それだけはすごいと思っていると認めている。
私もトレーニングルームで母父らの戦闘訓練を見ていたが、早すぎて見えないという現象をいつも繰り広げている。
母はともかく、父もだ。
ハインベルト父は凄かったのだな。
元総督というのは嘘じゃないっぽい。
でも、総督って戦うのメインじゃなくない?
基本、指揮する側じゃ?
そんな感じで宇宙船に乗って生活している一家の長女、私の現在だ。