フリーレンと一京の魔法使い   作:練菓子

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時系列飛び飛びです。

ご了承くだせぇ。


フリーレンと一京の魔法使い ①

 ───勇者ヒンメルの死から29年後。

 北方諸国キュール地方

 

 

「…………レン様…………フリーレン様。起きてください」

 

 暗闇にあった意識が、振動と声によって呼び起こされる。

 

 水面を目指すように、眠りの底からゆっくりと意識を持ち上げ、浮上していく───

 

「……フガッ!」

 

「フガッつったぞ、フガッて」

「いちいちそんなこと言わない」

 

 いけない。どうやら、馬車に揺られるうちに眠ってしまっていたらしい。

 

 顔をプルプルと左右に振り、眠気を飛ばす。

 

 ここは北方諸国、魔法都市オイサーストへ向かう街道。北方諸国への通行証明として、弟子のフェルン、前衛のシュタルクと一緒に一級魔法使いの試験を受けに行く道中だった。

 

(随分、懐かしい夢だったな)

 

 ゆっくり眠気を飛ばしながら、ぼうっと夢の内容を思い返す。夢……といっても、あれは実際過去にあったことだが。

 

 一体、何十年前のことだったか。魔法使いの国に行くというから、思い出さずにはいられなかったのかもしれない。

 

 自分を遥かに凌ぐ天才。それすらをも足蹴にする、史上最強の人外のことを。

 

「それで……なんだっけ」

「ですから。私が試験を受けずとも、フリーレン様の魔力であれば、どんな試験でも通るという話です」

「ああ、その話ね」

 

 一級魔法使い選抜試験。明らかに面倒くさそうな名前を聞いたその時から、フリーレンは弟子に丸投げする気満々だった。

 

 長年生きる自分がコロコロと変わる魔法の管理資格を取っても意味がないと言うものあるが。単純にフェルンの実力が現代魔法使いの中でも抜きん出ているのもある。

 

 彼女の実力であれば、合格は確実だろう。一人でも合格すれば良い以上、自分が受けるなんてめんど……時間の無駄だ。そんなことより、魔法が発達したオイサーストでじっくりの魔法の研究がしたい……

 

(何考えてるんだろ、この人……)

 

 と師が思っているのを、フェルンは知らない。

 

 フェルンは、自身の実力の程度を知らない。

 

 原因としては、師匠足るフリーレンが圧倒的な強さを持っていることや、田舎育ちで比較対象がいなかったことなどだろう。

 

 特殊な生い立ちかつ、ハイター、フリーレンなどの上澄みと幼いうちから関わってしまった彼女は、自分の実力をかなり過小評価してしまっていた。

 

 フェルンなら大丈夫、の一点張りをするフリーレンの思考は、フェルンにとっては理解不能なものだったのだ。

 

「あのね。魔力が魔法使いにとっての全てじゃないよ。魔法使いに必要な素質は様々だ。技術や経験、扱う魔法にコントロール。あと努力と根性」

「なんか熱血戦士みたいなの混ざってんな」

「そして───」

 

 そして。

 

 実際目の当たりにすればわかる。それらではどうしたって埋まることのない、生まれながらにして生まれる差。

 

「そして、才能」

 

 それは間違いなく、目の前の弟子に備わっているものだった。

 

 フェルンがフリーレンに敵わないのは、単純に年季の差だ。魔力の量というのは鍛えた年月に比例して増えていく。

 

 単純計算で、フリーレンはフェルンの50倍以上の年月を生きているのだ。魔力量だけなら生涯彼女に劣ることはあるまい。

 

 それでも。

 

「私は今まで、自分より魔力が低い魔法使いに11回負けたことがある」

「腐敗の賢老、クヴァールもそうでしたね」

「そう。そのうち4人は魔族。1人は私と同じエルフ。そして残り6人は───フェルンと同じ人間だよ」

 

 それでも、負けることはあるのだ。単なる魔力量の差で、魔法使い同士の戦いは決まらない。

 

 そういう意味で言えば。

 

 フリーレンは才能だけで言えば、フェルンは自分よりも上だと確信している。

 

 彼女こそ、人間の時代を作る。それほどの才能が、フェルンにはある。

 

 

「にしても、意外だな。フリーレンみたいな凄い魔法使いでも、負けることがあるのか」

「そりゃあそうだよ。そもそも、負けた回数だけならもっと凄い奴だっている」

「もっと凄い、ですか?」

 

 そんな会話の流れで。ふと、フリーレンは思い出した。

 

 そういえば。彼女のことについて、二人には話したことはなかっただろうか。

 

 というか。ここ数十年、彼女の姿を見なかった気がする。魔王討伐の旅をしていた頃は、数年に一度は会っていたような気がしていたが……

 

 まぁ、彼女は彼女なりに忙しいのだろう、と結論づける。

 

 放置していて害になるようなものでも無いし、そもそもフリーレンがどうこうしようとしてどうにかなる相手でも無い。悩むだけ無駄というものだろう。

 

「私はそいつに、240回挑んで226回負けた。まぁ、実戦じゃなく訓練みたいなものだったけど。残り14回は相手にやる気がなかっただけだから、ほとんど全敗」

「おいおい、嘘だろ? そんなバケモンがいるのかよ」

「バケモンって……私が人外みたいな言い方しないでくれないかな」

 

 人外……ではなく、心外そうにするフリーレン。それを傍目に、師の実力を知るフェルンは考える。

 

 フリーレンは、毎朝寝坊するし、整理整頓は苦手だし、人の感情の機微がわかっていないし、鈍いし、たまに脳筋だけれど

 

 それでも世界屈指の魔法使いだ。

 

 実力、経験、才能、魔力量。総合的に見れば彼女に敵う存在は指で数えられるほどだろう。

 

 かくいうフェルンも、模擬戦で師に勝てたことは一度もない。

 

 相性が極端に悪いという可能性もあるが、フリーレンの口ぶりからするにそれもなさそうだ。

 

 それでなお彼女にそんな扱いができるということは、つまり────

 

「その相手は……魔族かエルフか、どちらかでしょうか」

 

 フリーレンの強みである、生きてきた年月。それを覆せる長名種(どうるい)ということだ。

 

 そして、フェルンの考察は当たっていたらしい。銀髪のエルフは微笑み、満足げに頷いてみせる。

 

「勘がいいね、フェルン。あれは人間じゃなく、人外だった。尋常じゃない強さでね。私が知る中で一番強いエルフの魔法使いですら、彼女に勝てるかは怪しい」

 

 そんなことを宣う彼女に、フェルンは驚かされる。1000年以上生きる彼女の知識は、多少時間的に古いことはあれど、特に魔法に関してほぼ全知と言って差し支えない。

 

 その彼女の言う、エルフで最強の魔法使い。そしてそれすら上回るという、フリーレンが敗北し続けた魔法使い。

 

 フェルンも魔法使いとしてそれなりの実力があるつもりだったが、自信が砕かれそうだ。聳える先人の高みに、眩暈さえ覚えてしまう。

 

「その。彼女という相手は、どんな方なのですか」

 

 彼女をそこまで打ち負かす相手。さぞ、高名な魔法使いに違いあるまい。

 

 それこそ、伝説に出るような大魔法使いフランメのことだろうか。或いは、神話に出てくるような賢者エーヴィヒのような魔法使いか…………

 

 そんな風に、思案を巡らせたのだけれど。

 

「彼女の名前は安心院(あじむ)なじみ」

「あじ……む……?」

 

 聞き馴染みのない響きに、フェルンとシュタルクは首を傾げる。

 

「誰もが親しみを込めて、安心院(あんしんいん)さんと呼んでいたよ」

 

 誰もが、そう呼んだのだという。

 

 誰もが、呼ばざるを得なかったのだという。

 

「まぁ、最近は見てないけど。旅をしていればいずれ会うこともあるだろう。この話はまた今度にして。とりあえず、一級魔法試験の対策を考えようか」

 

 フェルンが自信なさげにしているのを見て。仕方あるまいと、フリーレンは重い腰を上げる。

 

 安心院という相手への興味は尽きなかった。

 

 けれど、どうでも良さげ───というよりも、物理現象について解説させられたような顔をするフリーレンに、フェルンは口を噤んだ。

 

 けれど、確かに。今は、いつか会うかもしれない相手のことを考える余裕はあるまい。口ぶりから察するに、危険な相手というわけでもないだろう。

 

 旅を続けていれば、きっと知ることもできると考えて。

 

 そんな彼女との邂逅が、すぐそこに迫っているとも知らずに。

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