魔星宮と称される城が各地に存在していた。
「太尉!間もなく竜虎山です!」
中原への進出を企てる東方諸国と黄海沿岸への進出を目論む西方諸国が血みどろになって争う極東、その中心に位置する辺境の小国たる宋の地にて、一人の男が行動を起こそうとしていた。名を
それほどの男が俗世から離れた仙人たちの墓所となった竜虎山に訪れたのは、一つの目的があっての事だった。それは
しかし今現在の中原は戦国乱世真っ只中で、宋の周囲には単独で相手取る事のできない強国ばかりが名を連ね、しかも宋の立地自体も他国と同盟を結ぶにおいて満足な返礼ができるような豊かな土地ではない。何をするにもにっちもさっちもいかない最悪の状況におかれている現状を打破するには、もはや人外の力に頼るほかに手段はなかったのである。
(百八魔星の協力を得られれば御の字だが、果たして事はなるか……!)
むき出しの土が見えているだけで全く整備されていない道を進み、
馬車が止まったのを確認して扉を開けて馬車を降りると、麓に敷かれた石畳と山頂へ続く石段が目の前に現れるが、その恐ろしさ足るや五里霧中という言葉で言い表せそうなほど濃く深い霧が周囲を包み込み、もたもたしていると四方はおろか自分の手さえ見えなくなってしまうほどである。
もとより格下の相手に気の大きい態度をとる
「太尉、ここからは……」
同じ異境とは言えどとても仙人が暮らし修行していた場とは思えない、あまりの居心地の悪さにすっかり心をやられた馭者が、声を震えさせながら
万が一にも「ここから先は一人で」の後に泣き言の一言や二言が続けられれば、つられて自分も失禁しかねないほどの恐怖が全身を包んでいるのだ。もしもここで心が折られてしまえば魔星の調伏どころではない。
「今は黙っていよ……言われずとも理解しておる」
がちがちと歯軋りしながらも答えを返し、がたがたも震える足をようやく石段の一段目にかけ、伏魔殿を目指して雲錦山を登り始めた。馭者は馬車と馬を停めている麓にとどまっているため、
石段を一つ上がるごとに霧はさらに深く濃くなり、また石段を踏む靴の音もだんだん小さく聞こえる錯覚に陥り、「後ろから得体の知れないものが迫っている」という強迫観念さえもある中で、振り返る素振りさえ見せず一心不乱に階段を上がり続ける。
雲錦山の頂上はまだ見えない。しかし一歩近付くごとに悪寒と不安は増していき、素人目にしても体にかかる負担が重くなり、その心身に容赦なくのし掛かって来るのが容易に感じ取れる。
(これも仙人にとっては修行の一貫にすぎなかったと言うのか……!)
常人であればまず間違いなく途中で引き返すであろう、と心の中で舌打ちをするものの、
今この状況で出きる事と言えば、ひたすら石段を上がり続けて伏魔殿にたどり着くことのみ。だが全身の穴と言う穴から脂汗を流すほどの緊張で、生きた心地さえしない中石段を登り続けた。
どれ程の時間が経過したのか、
よもやと思い恐る恐る階段を見下ろしてみると、既に小さくなっているがあれほど怯えきっていた馭者が、こちらに向けて何かを呼び掛けながら手を振っているのが見える。また馬たちも落ち着きを取り戻したらしく、平然と辺りの草を
今目の前で威容を放つのは有史より千年以上に渡りこの竜虎山、ひいては雲錦山にて百八の魔物を封じる強固な結界、伏魔殿である。その外観は良く言えば絢爛豪華、悪く言えば華美過大の様相であり、鋼鉄製の黒色の瓦が屋根に敷き詰められ、杉を切り出した柱は辰砂の顔料で朱色に染められている。
また扉と壁の装飾にも金箔の他様々な顔料や金属が用いられており、やはり仙人が暮らす隠れ里としての機能はない事が分かりやすく感じられ、ひたすら「魔星を封じるための結界」としての機能が強調されている。
「はてさて、鬼が出るか蛇が出るか」
霧が晴れてまた日の光を見ることができたかと思えば、またもひっきりなしに全身を襲う悪寒に苛まれる。
隙間から苔や草が頭を覗かせている石畳をある程度進み、ようやく伏魔殿の扉の前に立ったその時だった。伏魔殿の扉を開けるため錠を壊そうと持参した金槌を右手に、目の前の錠を手に取った時、錠に刻まれた四文字が目に入ったのである。
その四文字とは「
その数は実に、百八体。
(この濃厚な気……!……間違いない……伝承は真実だったか!)
石像の台座には【天魁星】の三文字が刻まれ、他の木像にも目立つ部分に魔王たちの名が刻まれている。これらがまさしく天罡地煞の魔星を封じる
大黒柱が折れると言う事は建物が崩れる事と同義であり、大黒柱に支えられていた連鎖的に他の柱や梁には次々と亀裂が生じ、みしみしと嫌な音を響かせながら木像を押し潰しつつ崩れてゆく。
はじめは茫然自失としていた
「はあ……はあ……はあ……危なかった……」
九死に一生を得た
だがこれだけでは終わらない。瞬きをする間もなく倒壊したはずの伏魔殿の残骸が地面に沈み始めたかと思えば、わずか数秒後にはいつの間に出現していた大穴の奥底に吸い込まれるように瓦礫一つ残さず落ちていく。
これには開いた口が塞がらず、その場にへたりこんで一歩も動けなくなるが、怪現象はとどまる様子を見せない。伏魔殿の残骸をきれいに吸い込んだ大穴の奥底から、得体の知れない巨大な生物の唸り声のような音が聞こえた直後、今度は色とりどりに点滅する無数の光が穴から飛び出して来たのだ。
この幻想的とも禍々しいともとれる摩訶不思議な光景を前に、