生温かい目で見てください()
(1976年)昭和51年 5月4日 工藤邸
…………ブウウ――――――ンンン――――――ンンンン………………。
…時刻は丁度昼の十二時になったようだ。
私は寝室のドアのすぐ側で今か今かとその瞬間を待ち侘びている。
その瞬間とは…私たちの子が生まれる時である。
数ヶ月前に有希子の妊娠がわかった時は驚いたが、それ以上に有希子の喜びようは凄まじかったものだ。
彼女といったら喜びのあまり、まだ生まれてもいないのに将来は名俳優にしてやるわと意気込んでいたものだ。
それにしても私に子供が…それも結婚してすぐに生まれるとは思いもしなかった。彼女とは出会った瞬間から特別な関係になれそうだとは思ったがそこからすぐにここまで辿り着くとは…。人生とは何が起こるかわからないものだ。私の子供…工藤新一は果たしてどんなふうに育つのだろう…私は彼がとても重大なことをことに関わっていきそうだが…。さてさて、どうなるのかな…。
それはそれとして…妊娠がわかって親族が集まった時に1人妙な爺さんがいたなぁ…。有希子と親しげに話してて、その腹に向かっても何か話しかけていたから有希子にあの爺さんは誰かと聞いた覚えがあるのだが酒でベロンベロンに酔っていて覚えていない…。そういえばあの爺さんは腹になんと語りかけていたかなぁ。確か…
「胎児よ胎児よなぜ踊る
母親の心がわかって恐ろしいのか」
とかなんとか言っていたような言っていなかったような…。言っていたとしてもどういう意味なんだろうか…。
オギャアオギャア
その声に工藤優作の思考は急停止し、彼の意識はその声に全て向けられた。
もしかして…
その声が聞こえた直後、部屋の中から助産師が出てきた。どうやら無事に出産は成功し、赤子も母体もどちらも無事なようだ。
よかった…、彼の心は母体と赤子の無事に安堵の気持ちで満たされた。そしてその直後には彼の息子たる工藤新一…そして妻である工藤有希子に一刻も早く会いたいと思うようになった。
そして、先程までの彼の思考は出産の成功による喜びでかき消され、思い出すことはなかったのであった。
(1906年)明治40年 4月 福岡医科大学 斎藤寿八准教授の部屋
斎藤寿八准教授の部屋では2人の男が机を向かいあって座っていた。
「いやはや、君のあの弁舌ぶりには感激したよ。今時のものは皆学問から身を立てよと口々に言うが、ほとんどのものは学問の本質を理解していない愚か者ばかりだ、かつて学問の重要性を説いた福沢諭吉先生もきっと黄泉国で嘆いているはずだ。そんな中でそれをズバリと言った君は大したもんだよ。」
そんな風に言っているのは斎藤寿八准教授である。彼はここ、福岡医科大学(のちの九州大学の前身の九州帝国大学の前身)の医学部において、唯一の精神科専攻の学者として細々と講座を置いている人物である。
「いえいえ、私はただ私の思うところを述べただけにすぎませんよ。」
それに対してこのように答えるのは福岡医科大学の大学生である正木敬之である。彼はつい先ほど、福岡医科大学の三周年創立記念日における演説において学者たちの最近の振る舞いについて、
「近頃当大学の学生や、諸先生が、よく花柳の巷に出入したり、賭博に耽ったりされる噂が、新聞でタタカレているようであるが、これは決して問題にするには当らないと思う。そもそも学生、学者たるものの第一番の罪悪は、酒色に耽る事でもなければ、花札を弄ぶことでもない。学士になるか博士になるかすると、それっきり忘れたように学術の研究をやめてしまう事である。これは日本の学界の一大弊害と思う」
と、大学の教授や学者たちの前で批判したところである。
「いや、しかしこれが当たり前のことにもかかわらず誰一人として、その現状を批評していない事実を考えれば君の行動は非常に有意義なことだと思うがね。」
「そうですかね、まあでも私はいずれ20年ほどもしたらこの現状を変える大きな成果を挙げるつもりですがね。」
「ホウ、毎度毎度君はそんなことを言うがどんなことをなすつもりかね。」
「そのことについて、私は先生と話したくここに来たのですよ。」
そういうと彼は椅子から立ち上がって部屋をぐるぐると歩き回りながら語り出した。
「私はですね、常々現在の精神科学の現状について非常に憂いているのです。世間では精神病患者のことは気狂いだのなんだの酷い扱いをして、一部のそういった患者は火炙りにかけられたり、座敷牢に入れられたりするのです。」
「ウム、そのことなら私が君を除くなら少なくとも日本の中では一番知ってるはずだ。私が集めた精神病患者に関係する品物の中にはそういった患者の遺書があって、その中でその患者は悲痛の断末魔を書き連ねていたわい。」
「ハイ、つい最近では欧州の方でフロイトという名のユダヤ人が夢判断という本を出して、精神病研究における大きな前進となるであろう成果を出して私も大いに影響を受けたところであるのですが、それでも少なくともこのまま何もしなければ、精神病患者に対する人々の考え方は根本的に変わらないでしょう。」
「フム、それで?」
「今私は、そうした精神病患者を救うにあたってとある重大な研究をしており、今その尻尾を掴みかけているところです。しかし、本体を捕まえるにはまだ遠い、おそらく非常に長い年月…ひいては人生をかけねばならんでしょう。しかし、もしその研究が証明されて人々の間にこの研究成果が一般常識となれば…、おそらく世界の人々は精神病を目に見える傷や病気となんら変わらないものとして認識するようになるでしょう。」
「フム、そりゃあ結構なことじゃあないか。」
「エエ…、ですがこの研究成果は…、おそらくデカルト以来の唯物論に真っ向から楯突くことになるでしょうね。」
その言葉に斎藤寿八は背筋を伸ばし…、その目を大きく見開かせた。
「ホウ、近代科学の土台たる唯物論の否定と…、近代科学の恩恵を享受している大衆にとっては相性は最悪だな…。」
斎藤博士はなぜこんなふうに言ったのか…それは近代科学の源流に遡る。近代以前は神や霊のような何か超自然的な力があると信じられていた。ところがデカルトによる物心二元論によってそういった要素を排除して人間の精神を第一にするという考えを皮切りに次第に唯物論という考え方のもと近代科学は大きな進歩を遂げたのである。正木は続けた。
「エエ…、ですが少なくとも現時点では唯物論は私の研究とは相反するものです。何せ唯物論では精神や心は全て物質から生じるとしていますが…、私の今の研究の経過を先生だけにお話しすると…記憶というものは遺伝するものです。そしてそれは唯物論では説明がつかない。全く持って説明がつかないのです。そしておそらくこれをそのまま発表すれば…様々な学者から科学の紛い物とか頭のおかしい宗教の教祖とか非難され挙句闇に葬り去られるでしょうね。」
「ウーム、ではどうするのだというのだね?」
「私の研究成果を世界に根付かせるには…強大な後援者…それも日本どころではなく世界規模の後援者が必要です。そして、そのことに関して私は一つ先生にお願いしたい。」
「なんだね。」
「先生、私は来年卒業する際の論文を発表するに当たって取り敢えず今までの私の精神医学研究の成果をある程度の発表してみるつもりです。そして、そこである程度の反応を見る。その際先生にお願いしたいのはなんとしてもその論文をよしとするようにして欲しいのです。」
「オイオイ、私が医学部では腫れ物扱いされていることは知っているだろう?」
「そこをなんとか粘っていただきたい。実は…ある人の誘いで私は来年卒業した丁度そのタイミングで欧米や亜細亜、阿弗利加を一周して私の研究材料及び…後援者を見つける旅に出る予定です。そして…来年卒業しなければ…その旅には連れて行けないというのです。もしこの旅が成功すれば…、私の研究は大きく前進するでしょう。そうすればさっき言ったように多くの人が地獄から抜け出せるかもしれないのです。どうか先生、多くの人が助かると思って…ネ…ネ…ドウカ…ドウカ…」
「…そこまで言うのであれば仕方がない…。私も男だ、君の研究を存分に後押ししよう。」
「…!有難うございます!先生には感謝しても感謝しきれません。いつかこの恩返しをします。」
「イイヨイイヨそんな…。私のような大したことのない人間に…。だがその代わり絶対に研究を成功させてくれよ!」
「勿論ですよ。必ずや先生の度肝を抜くような成果を御覧じてみせます。」
現在 帝丹小学校
朝、江戸川コナン──本当の名前を工藤新一──が学校に来た。彼は元々高校生でありながらその頭脳でもって名探偵と讃えられた存在であったものの、彼の幼馴染である毛利蘭とともに遊園地に行ったところ、そこで彼が黒づくめの組織と呼ぶ組織の構成員による取引を目撃し、そのことで彼は構成員達によって殴られた後に毒薬一 APTX 4869 一を飲まされ、その結果幼児化したのである。その後彼は正体を隠して毛利蘭の父親である毛利小五郎が運営する毛利探偵事務所において居候しながら黒の組織を追っていた。
さて、今日も今日とて彼は彼にとっては全く有意義でない時間を学校で過ごすこととなる。何せ元々高校生だったのが小1に戻ってすでに知っていることを延々と授業するのを聞く羽目になったのである。休み時間ならともかく授業に関しては殆ど脳死状態で聞いているといえよう。だが、それ以外では彼はそれなりに学校に置いて満足感を得ることができていた。元が高校生ということもあって他のクラスメイトの幼稚さには馴染めてはいなかったが、同時に学校の中で最も賢く、かつ運動神経も抜群だったこともあってクラスの中では常にすごいすごいと言われ続けており、その点に関しては元々高校生である彼にとっても嬉しかった。また彼には学校における友達と言える存在もできていた。
「おはよー!コナンくん!」
まずはこの声の主である吉田歩美。コナンが幼児化して日が浅い時に真っ先にコナンに声をかけた人物である。
「よお、コナン!」「おはようございます。コナンくん!」
その次に声をかけたのは小嶋元太と円谷光彦である。彼らは元々吉田歩美と友達であり、コナンに歩美が声をかけたことをきっかけに彼らもコナンと親交を深め、コナン、歩美、元太、光彦の4人で少年探偵団を結成することになったのである。
「哀ちゃんおはよー!」
その次に歩美が声をかけたのが、コナンと一緒に登校してきた灰原哀──本名 宮野志保──である。彼女は元々黒の組織において科学者として毒薬であるAPTX4869の開発に携わっていたものの、彼女の姉の宮野明美が組織に殺されたことで組織に反抗、その結果彼女は組織と敵対していると扱われ、一時は死を覚悟して自らAPTX4869によって自決を試みるが偶然にもコナンと同じく幼児化、その後工藤邸の前まで逃げ延びたところをコナンが工藤新一の時から懇意にしている阿笠博士によって保護され、以降彼女もコナンと共に黒の組織を追っている。そして現在はコナンと同じく帝丹小学校に通っており、彼女もまた吉田歩美らの友達として少年探偵団の一員となっている。
彼らが一通り挨拶を済ませるとまず歩美が口火を切って話し始めた。
「ネー聞いたー?このクラスにまた転校生がくるって!」
「本当ですか?イヤーどんな人が来るんでしょうねー?」
「オレ、かわいい子がいいぜ」
「ハハハ、来たとしても元太くんには関係のないことですよ。」
「ナ、何だと光彦〜?」
(ハハハ…、なんで転校生が来るぐらいでこんだけ騒げるんだろうな…)
そんなことを内心コナンが思っていると、
「ねーねー哀ちゃん、今度の転校生どんな人が来ると思う?」
「さーね。でも転校生は男子だと思うわよ。」
「えー男子かよ。」
「でもどうしてわかったの?」
「あの子の会話が偶々耳に入ったからよ。」
そう言って灰原が目を向けた先にはコナンとは別のクラスに入っていく1人の女の子がいた。
「ちょっと待って、あの子ってもしかして………」
「そうよ、この前コナンくんのロッカーにラブレターを置いて行った子よ。」
灰原が言ったラブレターを置いていった女の子…この子は江戸川コナンと同じように転校生であった。最もこの女の子は少年探偵団とはまるで接点がなく、コナンもただこの女の子は学校の憧れの存在として片思いしただけのものだと思っていた。
「あーアイツかぁ。なぁそういえばアイツの名前はなんていうんだっけなぁ。光彦は知ってるのか?」
「確か…虹野ミギワっていう名前だったと思います。」
「フーン。変な名前だなぁ。そういやコナンは結局あのラブレターにはなんて返したんだ?」
「イ、イヤ〜、恋愛には興味がないもんだからね。丁重に断ったんだよ。」
「エ〜、もったいねぇなぁ。もし断るんなら俺が代わりになってやったっていいのによー」
「ハハハ、元太くんの場合はすでに鰻重という恋人がいるじゃないですか。」
「オイ」
「全く、よくそんなにモテるわね…。」
「ハハハ…言っとけ。」
(それにしてもなんであの子がそんなの知ってるんだろうなぁ…)
そんなことを思いながらコナンたちは自分たちの教室に入っていったのであった。
ちなみにラブレターを出した女の子は2012年のコナンのエンディングの「恋に恋して」に出てきた女の子です