ヴァンガード・スターダスト&ダスト   作:栗山飛鳥

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第一想「これが恋ってやつか」

 少年は一目で心奪われた。

 夜空に溶ける黒檀の髪に、星空の如く憂いを帯びて潤む瞳。

 柔らかそうな唇。薄布のロングドレス越しに浮かぶ、しなやかな肢体。

 そして両腕から伸びる、すべてを優しく包み込まんとする大きな翼。

 彼女と巡り合ったその日から、少年の闇夜に星明かりが差し込んだ。

 

 

 

 

 Vanguard stardust&dust

 

 

 

 

「おら! さっさとレアカードを出しやがれ!」

 すえた匂いが漂う薄暗い路地に、品の無い怒号が響き渡る。

 壁を背にした一人の小柄な少年を、ガラの悪い男三人が取り囲んでいた。

「知ってるんだぜぇ? 今日は『ばんがーど』の発売日だってな」

「当たったカード、俺達にも見せてくれよぉ?」

「い、嫌だ……」

 メガネの奥にある瞳に涙を滲ませながら、囲まれている少年は勇気と共に声を絞り出した。

「面倒くせーな。抵抗するんじゃねーよ!」

 だがそれは相手の神経を逆なでしただけだった。肩を勢いよく突き飛ばされ、背中を壁にぶつけた少年が、抱えていたビニール袋を取り落とす。その中から色とりどりのカードがバサリと音をたてて吐き出された。

「へへへ、いただき」

 男の一人がカードを拾い上げようと身を屈めた、その時。

「おい」

 男達よりずっとドスの利いた声が路地裏に響き渡った。決して大きな声ではないのだが、本能的に身を竦めさせるおっかない声だった。

 一瞬ビクリと肩を震わせた男達と少年が、揃って声のした方へと顔を向ける。

 いつしかそこにはひとつの人影が立っており、路地裏の出口から差し込む逆光に照らされるそれはまるでヒーローのように見えた。

「俺の獲物に手ぇ出してんじゃねぇよ」

 だが、言葉を続けながらこちらへと近づいてくる人影、その姿が露わになるにつれて、さらなる絶望が少年を打ちのめした。

 それは少年の通う学校でも札付きの(ワル)で、界隈で最も有名な不良にも数えられている。

 たった独りで数多くの不良グループを壊滅に追い込んだ生ける伝説。そこからついた異名は――

「“孤皇(ここう)”」

 男達の誰かが、少年の物思いを引き継いだ。

「へっ、へへへへ……とんでもねぇ。あんたが狙ってたとは知らなかったんだ」

 男達が急におべっか使うような口調になって言った。

「まだあんたとやりあうつもりはねぇよ」

「こんなガキ、煮るなり焼くなり好きにしな!」

 そう言って男達は脱兎の如く逃げ出した。

 取り残された少年と、彼にゆっくりと迫り来る伝説の不良。蛇に睨まれた蛙の如く、少年はそれを凝視することしかできない。

 細身に見えて引き締まった体躯に、多くの人を殴り倒してきたのであろうゴツゴツした拳。ボサボサに渇いた黒髪に刻まれた二筋の赤いメッシュは、血塗られた彼の武勇伝を彩っているかのようで、少年と歳こそ近いように見えるが、その風格はまさしく皇の名を冠するに相応しいものだった。

“孤皇”が、ついに少年の前に立つ。彼はゆっくりと身を屈めると、落ちていたカードを拾い上げた。

「…………え?」

 少年がポカンとしている間に、“孤皇”は拾い上げたすべてのカードをビニール袋に入れ直すと。

「大切なものなんだろ。そう簡単に手放すんじゃねぇ」

 粗雑な言葉と共に、乱暴に少年へと押し付けた。

「あ……ありがとう」

 どうにか受け取って礼こそ言えたものの、少年は先程とは異なる理由で動けなくなっていた。

「……なんだよ。まさか俺にまでカードを巻き上げられるとか思ってたんじゃねぇだろうな?」

“孤皇”がただでさえ鋭い目付きをさらに半眼にして少年を睨みつける。

「……!!」

 思ってた少年は、その迫力に気圧されたのもあって、何も言葉にすることができなかった。

「ちっ」

 それを肯定として受け取った“孤皇”は不愉快そうに舌打ちすると、少し離れたところに裏向きになって落ちていたカードに気付き、それも拾い上げると何とはなしに表返した――

 

 

 ――次の瞬間、“孤皇”と呼ばれる少年は見知らぬ場所に降り立っていた。

 薄暗いがたしかにまだ昼過ぎだったはずの裏路地は、今や夜の帳が下り、それを無数の星が飾り付けている。

 立っている場所も水面、のようだが少年の体は沈むことなく、不思議な感触を靴越しに感じさせていた。

 空気は清浄。視界はどこまでも開けており、水平線のその先に一人の女性が、水と、星と、戯れるように唄い踊っていた。弾ける水滴が星明かりを浴びて煌めき、女性の怜悧な美貌を、白妙の肌を、美しく際立たせる。

「……おい! あんた――」

 大声をあげ、ばしゃばしゃと派手な水しぶきをあげながら、炎に惹かれる羽虫のように少年は女性へと近づいていく。

 よく見るとその女性の両腕にあたる部分は大きな翼となっており、人ならざるものであることは明らかであったが、そんなことは関係ない。ただ少しでも近くで彼女の姿を見たかった。彼女の歌声を聴きたかった。

 少年がようやく女性に手の届く距離まで辿り着くと、その女性は舞を止め、軽蔑するような視線を向けた。冷たいなどという言葉では生易しい、絶対零度の視線が矢となって突き刺さり、少年は思わず硬直する。

「もう一度、さっきの歌を……」

 それでもなお手を伸ばそうとした瞬間、翼がそれを弾き落とすと同時に、少年の頬を打った。

 女性は翼を広げ、最後に少年を蔑むように一瞥すると、その手をするりと抜けて夜空へと飛び去ってしまった。

 

 

《Absolute Zero サジッタ》

 そのカードには“孤皇”がつい先程まで向かい合っていた女性と、その名を示すのであろう銀色の文字が刻まれていた。

「な、なんだこの女……めちゃくちゃ美人じゃねぇか。それにかわいくて……美人で……かわいくて……美人だ……!!」

 足りないボキャブラリーで、必死に女性を称える言葉を紡ぐ。

「あ、あの……」

 その様子に少し恐怖が和らいだのか、メガネの少年から“孤皇”に話しかけようとしたが。

「おいっ! どうすればこの人にまた会える!? 教えろっ! いや……教えて、くださいっ!!」

 それよりも早く“孤皇”が少年の両肩に手をかけ、ガクガクと揺さぶった。

「えっ!? えええええええっ!?」

“孤皇”の突拍子も無い頼みと、物理的に――二つの意味で目を回しながら少年は悲鳴をあげた。

「あっ! わ、悪ぃ……」

“孤皇”が慌てて手を離す。

「い、いや……。けど、会いたいって……その子は現実に存在しないと思うんだけど」

「そうなのか!?」

 ガーンという擬音が聞こえてきそうなくらいに“孤皇”がショックを受ける。伝説の割に表情豊かだ。

「いや! そんなはずはねぇ! あの蔑まれるような視線と、頬を張られた痛みは間違いなく現実だった!」

「いったいサジッタと何があったの!?」

「頼む! どんな小さなヒントでもいいから教えてくれっ!!」

「う……うーん。やっぱりヴァンガード……このカードゲームで遊んでみるのが一番じゃないかな? 上手い人はユニットの姿をはっきりイメージできるって話も聞くし……。

 その……興味があるなら教えてあげようか?」

「いいのか!? お前いいやつだな!!」

 おずおずとした提案に、“孤皇”が色めき立ちながら少年の背中をバシバシ叩く。小柄で細身の少年はそれだけで吹き飛び、壁に叩きつけられそうになった。

「ああっ! 何度もすまねぇ!」

「あ、あはは……大丈夫だよ。気にしないで。

 とりあえず近くにカードショップがあるから、そこに行こうか……えっと」

「ああ。まだ名乗ってなかったな。俺はお前と同じ星歌(せいか)学園で、学年は2年……」

“孤皇”は着崩した制服をつまみながら自己紹介を始めた。薄暗いのもあって気付かなかったがなるほど。確かに着ている服は、きちっと着こなした少年の制服と同じデザインをしている。

御導(みどう)ソロだ。よろしくな、ダチ公!」

“孤皇”と恐れられる少年はそう名乗り、意外と人懐っこい笑みを浮かべた。

 

 

 ふたりが通う星歌学園に最も近いカードショップ『シンデレラ』のファイトスペースで、少年とソロは改めて向かい合った。

「僕は水無月(みなづき)カケルって言うんだ。同じ2年生だよ。よろしくね、御導君」

 学校指定のバッグからいくつも小さな箱を取り出しながら、少年も名乗った。

「ソロでいいぜ。同じ学年なんだろ」

「う、うん……けど、僕はまったく学校でソロの姿を見た覚えがないんだけど」

「だいたいサボってるからな」

 ソロがつまらなそうに返した。

「そ、そうなんだ……」

 それ以上触れてはならないような気がして、カケルは目の前の作業に集中する。

 箱からカードの束を取り出し、手際よく中身を入れ替えていく。提げていたビニール袋から《Absolute Zero サジッタ》のカードも取り出し、それを仕上げとばかりに束の上へと乗せた。

「はい、これがソロのデッキだよ。クイックスタートデッキのヴァンガードだけサジッタに入れ替えてある」

「?」

「えっと……初心者でも分かりやすくて、サジッタもちゃんと使えるよ」

「おお! サンキューな!」

 そう言って分からないなりに礼を言う姿は、どこにでもいるような気さくな少年だった。

「僕はケテルサンクチュアリのクイックスタートデッキを使うよ。

 まずはデッキとは分けてある4枚のカードの中から、左上に0と数字が書かれたカードを真ん中に置くんだ」

「おう!」

 カケルに少し遅れて、ソロも見様見真似でカードを置く。

「次に山札から5枚を引いて……本来ならここでカードを引き直せるんだけど、今日はこのままでいいかな。

 準備ができたら『スタンドアップ ヴァンガード』の掛け声に合わせて最初に置いたカードを表に向けるんだ。

 いくよ……スタンドアップ……」

「ヴァ、ヴァンガード!」

 慣れない手つきで、ソロがファーストヴァンガードを表返す。

「《大望の翼 ソエル》!」

「ワ、《ワンダーラベンダー ユルシュール》!」

「さあ、イメージして」

 カケルがまるで物語を詠むように語り掛ける。

「今の僕達は地球によく似た惑星クレイに降り立った霊体なんだ」

「惑星、クレイ……」

 それは初めて聞く単語のはずなのに、ソロにどこか親しみのようなものを感じさせた。

「僕達は霊体のままでは長く生きられない。そこで惑星クレイの生物に憑依(ライド)する必要がある。ライドされたユニットは先導者(ヴァンガード)となって、仲間を勝利へと導くんだ」

「先導者……」

「ソロがライドするのは、空飛ぶクジラの上に創られた学園国家で活躍するアイドル達だよ。歌と踊りに祈りを込めて、世界に平和を届けるんだ」

 気が付くと、ソロは七色に煌めくステージの上で、老若男女問わないたくさんのファンに囲まれていた。

「!? ここが……惑星クレイ」

「え?」

「い、いや。何でもねぇ」

 次の瞬間には、周囲の風景はもう何の変哲もないカードショップに戻っていたが。

「じゃ、じゃあ説明を続けるね。

 グレード0のままでは、惑星クレイで生き抜くにはまだまだ力不足。だから、より高いグレードのユニットに成長しなければならない。

 手札を1枚捨てることで、今のグレードから一つ上のグレードを持つユニットにライドできるんだ。

 ライド! 《ケアリング・セージ》! さらに《エネルギージェネレーター》をセットする!」

「えねるぎーじぇねれーたー?」

「これはカードの効果を使うためのコストになるんだよ。

 僕のターンはこれでおしまい。さあ、ソロもやってみて」

「お、おう……。俺のターン……っと、まずは1枚引くんだったな。

 手札を1枚捨て、《ハートウォーミング ロリカー》にライド! 《エネルギージェネレーター》もセット!」

「そしてこのターンからアタックができるよ。カードを傾けて、相手のヴァンガードにアタック宣言するんだ」

「世界に平和を届けるアイドルなのにアタックするのか!?」

「うん……。その理由は僕もよく分かってないんだけどね」

 というより全ヴァンガードファイターにとって永遠の謎である。

「とにかくヴァンガードにアタックだ! うおおおっ!」

 戦い方と言えばこれしか知らない。アイドルが腕を振り上げ殴りかかる。その拳は賢者の頬にクリーンヒットした。

「ヴァンガードのアタック時、ドライブチェックが発動する。山札の上から1枚をめくって」

「こうか……?」

 めくれたのは右上に★が描かれたカード。

「これは(クリティカル)トリガー。アタックしたユニットのパワーが相手のパワー以上ならアタックは成功。相手にダメージを与えるんだけど、ドライブチェックでこのカードを引いた場合、パワーをさらに+10000して、2ダメージを与えるんだ。

 そして、ダメージを受けたプレイヤーは山札の上から1枚めくってダメージゾーンに置く。★トリガーでもう1枚……」

 盤面の端に1枚、2枚とカードが置かれていく。

「これが6枚になった時、ライドは解かれ、僕達は地球に強制送還されてしまう。その人の負けってことだね」

「つまりお前にあと4点与えれば勝ちってことだな!」

「そうなるね。けど、そう簡単にはいかないよ。

 僕のターン! スタンド&ドロー!

《静黙の騎士 スウィズヘルム》にライド!

 僕達に与えられた能力はライドだけじゃない。コールと言って、自分のグレード以下のユニットを手札からリアガードとして呼び出すことができるんだ!

《トレランス・ウィザード》と《煌杖の貴女 シーア》をコール!

 いくよ! スウィズヘルムでヴァンガードにアタック!

 ドライブチェックでめくれたのは★トリガー! スウィズヘルムの★+1! トリガーのパワーはヴァンガード以外のユニットにも与えることができるので、トレランスのパワーを+10000するよ」

「ダ、ダメージ……」

 ソロがダメージゾーンに置いた2枚目のカードには前の文字。

「ダメージチェックでもトリガーは発動するんだ。それは(フロント)トリガー。前列のユニットすべてのパワーを+10000するよ」

「な、なるほど! これで俺のパワーは18000に……」

「けどまだリアガードのアタックは通るよ! 後列のリアガードは、前列のリアガードにパワーを与えることができる!

 シーアのブースト! トレランスでヴァンガードにアタック! これで合計パワーは18000! さらにトリガーの10000も足して28000だ!」

 カケルが2枚のカードを次々に傾けていく。

「くっ……これをくらったら逆転されちまうぜ!」

「そういう時はガードすればいいんだ。さっきの★トリガーをよく見てみて。左側に15000って書いてあるでしょ? これはシールドって言って、アタックされた時、手札のカードをヴァンガードの前に出すことで、そのシールド分だけパワーを上げることができるんだ!」

「そうか! つまりパワー18000のヴァンガードに、★トリガーの15000を足して…………足して、いくつだ?」

「小学生レベルの算数なんだけど!?」

「じょ、冗談だ、冗談! 合計は43000だぜっ!」

「10000多いよ!?

 ま、まぁ33000でも、28000じゃ届かないから、これでガードは成功だね」

「ヴァンガード……とんでもねぇ知的スポーツだぜ」

 額から湧き出す汗を拳で拭いながら、ソロが戦慄する。

「それは間違いじゃないんだけど、たぶんそこじゃないかな」

「とにかく俺のターンだな!」

 ごまかすようにソロが宣言する。

「うん。ターン開始時に、レストしているユニットはすべてスタンドできるよ」

「ならヴァンガードをスタンドさせて……ドローッ!

 ライド! 《歌いきる覚悟 ルイーズ》!

 そしてコール! 《すくすく花壇 セリーン》!

 いくぜ! ルイーズでヴァンガードにアタック!」

「僕はノーガードだよ」

 アイドルの拳が、騎士の顎を的確に捉えた。

「ドライブチェック……ん? 右上に何もないぜ?」

「もちろんトリガーじゃないカードを引くことだってある。その場合は何も起きないよ」

「くそっ! なら、セリーンでヴァンガードにアタックだ!」

「待って! 僕はダメージチェックで★トリガーを引いてる! ヴァンガードにアタックは通らないよ」

「なっ!?」

「こういう時にはリアガードにアタックすればいいんだよ」

「そういうこともできるのか! なら、リアガードにアタックだ!」

「僕はノーガード。アタックに成功した場合、アタックされたリアガードは退却するよ」

「よし! このターン、3点目を与えたぜ。あと3点だ。

 俺はこれでターンエンド!」

「僕のターン! スタンド&ドロー!

 ヴァンガードが面白くなるのはここからだよ! 《救翼天使 ザレヴサエル》にライド!!」

 厚く垂れこめていた雲を切り裂くようにして光が差し込み、そこから精悍な顔つきの天使が降臨する。

 天使は携えていた剛弓をギリリと引き絞ると、ソロの心臓に狙いを定めた。

「な、なんだこいつは!? 今までのやつとは何かが違う……!!」

 修羅場で生きてきたソロは強者の気配に敏感だった。だがそれをまさか1枚のカードに感じるとは。

「そう! これがヴァンガードの最高到達点、グレード3(例外あり)!!

 ザレヴサエルのカウンターブラスト!」

「カウンターブラスト!?」

「表向きのダメージを裏返すことで、ザレヴサエルはスキルを発動することができるんだ!

 山札からザレヴサエルを手札に加え、パワー+10000!!」

「パワー+10000だとぉ!? それに手札まで増やしやがった……」

「それだけじゃないよ。ヴァンガードと同名のカードが手札にあるということは、このカードゲームにおいて大きな意味を持つんだけど……それは次のターンで説明するね。

 僕は《ブライトグラス・ドラゴン》と《リサージェンツ・ドラゴン》をコールして、バトルだ!

 リサージェンツでルイースにアタック!」

「ノーガード……これでこいつは退却か……」

「ザレヴサエルでヴァンガードにアタック時、僕はここで蓄えていたエネルギーを使うよ!」

 それはターン毎に3枚ずつ《エネルギージェネレーター》に溜まっていたカード。今、カケルのジェネレーターには6枚のエネルギーが輝いている。

「ザレヴサエルのスキル発動! エネルギーブラスト4……エネルギーを4枚消費することで、ドロップから《トレランス・ウィザード》をコールし、パワー+10000!」

 エネルギーから魔力を吸収した天使が手を高く掲げると、空から光が降り注ぎ、その傍らに魔術師が蘇る。

(さっき倒したユニットが復活しやがった……。それもパワー+10000だと!?)

「ザレヴサエルのアタックは継続してるよ! どうする?」

「つっ……ノーガード!」

「ツインドライブ!!」

「ツインドライブだとぉ!?」

「グレード3のユニットはドライブチェックを2回行うことができるんだ!

 1枚目……はトリガーじゃない。

 2枚目は……よしっ、(ヒール)トリガー!!」

「治ってまさか……」

「そう! 治トリガーはダメージを回復する! 裏向きのダメージを1枚ドロップに置いて、パワー+10000をトレランスに!」

 天使から放たれた矢が、ソロの胸を貫通する。

「ぐあああっ!?」

 イメージにしかすぎないはずのそれから確かな痛みを感じ、ソロは絶叫した。

「ど、どうしたの!?」

「き、気にすんなって……。ちょっとびっくりしただけだぜ」

 片手で胸を押さえ、カケルを制しながら、ソロは山札の上からカードをめくる。

「……くそっ。トリガー無しか!」

「シーアのブースト! ブライトグラスでヴァンガードにアタック」

「ノーガード……」

「トレランスでヴァンガードにアタック!」

「ノーガードッ……!」

「あの……ガードはしないの?」

 一切の迷いなく宣言されるノーガードに、たまらずカケルは尋ねた。

「できねぇんだよ……」

「え?」

「できねぇんだよ! 手札にシールドを持ってるカードが1枚も無ぇんだ! ていうか4枚中3枚がサジッタなんだよ!」

「え……えええええっ!?」

 たしか前のドライブチェックで引いていたカードもG3だったはずだ。なるほど、それでは確かにガードはできないだろう。

「……ごめん。僕が引き直しのタイミングでこのままでもいいだなんて言ったばっかりに。ちゃんとアドバイスすべきだった……」

「気にすんなって。これはこれで眼福だしな」

 絶体絶命の割には幸せそうだ。

「け、けどそれならまだチャンスはあるかも。さっきも言ったようにヴァンガードと同名のカードが手札にあるのは悪い状況じゃないよ。

 それにサジッタのスキルはトリプルドライブ! 治トリガーを引けたら、まだ十分に巻き返せる!」

「そうか……俺のデッキにも治トリガーは入っているのか。

 よっしゃ! 俺のターン! スタンド&ドロー!」

 気を取り直してカードを引き、いよいよ待ちに待った瞬間が訪れる。

「ライド!! 《Absolute Zero サジッタ》!!」

「サジッタはクールなパフォーマンスでファンを魅了する、リリカルモナステリオが誇るトップアイドルの一人!

 風紀乙女(ジャッジメイデン)と名付けられた風域委員の委員長でもあり、学園の規律を守るため日夜奔走しているんだ!」

 とカケルがサジッタの設定を解説してくれる。

(規律を……どうりで)

 それを聞いてソロの腑に落ちるものがあった。水面の上で出逢った彼女が風紀委員であったなら、不良の自分とは確かに相容れないだろう。初対面から嫌われるわけである。

(だが……今は目の前のケンカ……いや! ファイトに集中する!!)

「エネルギーブラスト4して、サジッタのスキル発動!! ……でいいのか?」

「うん! これでサジッタのパワー+10000、ドライブ+1! サジッタは3回ドライブチェックができるよ!」

「それなら! サジッタでヴァンガードにアタック! トリプルドライブだ!!!」

 サジッタのカードを勢いよく傾け、山札のカードを掴み取る――

 

 

 ――気が付けば、ソロは再び水面の上に立っていた。

 星の流れる夜空も、どこまでも伸びる水平線も、何もかも路地裏の時と同じで、サジッタもそこにいた。

 相変わらず汚物を見るような冷たい視線をこちらへと向けている。

 少しゾクゾクした。

「サジッタ! ……いや! サジッタさん! サジッタ様! ……サジッタ大明神!」

 あらん限りの敬意を込めて、ソロがサジッタに呼びかける。

「……頼むから普通に呼んで。呼び捨てでいいから」

 たまらずサジッタはそう返した。

「サジッタ……は風紀委員なんだってな。そりゃあ俺みたいな不良は好きになれないよな……」

「ええ。わかったら……」

「ならもう金輪際ケンカはしねえ!」

「ええ!?」

「学校もサボらねえ! 授業もちゃんと受ける! 先生の言うことはきちんと聞く! 早弁しねえ! テストだって全教科満点を取る!」

「最後のは……すぐには難しいのではないかしら」

 テストはともかく、ソロは本気だった。サジッタに気に入られようと口から出まかせを言っているのではない。

 自分に言い寄るたくさんのファンを見てきたサジッタだからこそ、それはすぐに分かってしまった。

「俺はあんたに相応しい男に生まれ変わる! だから……」

 ソロがサジッタに手を伸ばす。それは力強いようでいて、母親を求める幼子のようにどこか頼りなくも見えた。

「今だけでいい! 力を貸してくれ! どんな勝負だって俺は簡単に諦めたくねえ! 負けたくないんだ!」

「……わかりました」

 サジッタがいかにも渋々と言った様子で首を振った。深い艶のある黒髪がさらさらと揺れ、そんな仕草でさえも絵になるほど美しい。

「負けたくないのは私も同じです。今だけは力になってあげましょう」

 熾烈な競争を勝ち抜いてきたアイドルの顔になって宣言する。

「そこから先は――」

 絶対零度の表情がふっと和らぎ、温かい翼がソロの手を包み込んだ。

「すべてあなたの素行次第よ」

 

 

「1枚目! ★トリガー!! 効果はすべてサジッタに!

 2枚目! ★トリガー!! これもすべてサジッタに!

 3枚目! ★トリガー!! 当然すべて……サジッタに捧げるっ!!」

「どっ! ええええええええっ!?」

 トリガーゾーンで瞬く3つの星を見て、カケルは椅子からひっくりかえらんばかりに驚いた。

「そっ、そんな……もう山札にはその3枚しか★トリガーは残ってなかったはずなのに……」

「さあ! 4点のダメージ……受けてもらうぜ!」

 ビッと人差し指を突き付けながらソロが勝ち誇る。

『人を指差さない。減点1』

 とどこからか呆れたようなサジッタの声も聞こえてきた。

「ダメージチェック……」

 ずり落ちかけたメガネの位置を直しながら、カケルが山札の上からカードをめくっていく。

「……僕の負けだね」

 4枚目のカードも治トリガーではなく、それをダメージゾーンに置くことでカケルの負け――そして、ソロの勝ちが確定した。

「っしゃあ!!」

 両拳を握りしめて大きくガッツポーズ。

「これがカードゲーム……ヴァンガード……」

 その拳を開き、掌を見つめる。

 憧れの人と一つになれたという実感が、まだかすかに残っていた。

「あはは……結局、ペルソナライドの説明ができなかったね」

 そんなソロに、カケルが苦笑する。

「ああ! トラブルも色々あったけど、そんなことも全部ひっくるめて楽しかった! 面白ぇよ、ヴァンガード!」

「うん。僕も負けちゃったけど楽しかった!」

「な、ならもう1回やろうぜ! こんな楽しいゲーム、1回で終わらせるのはもったいねぇ! ぺるそならいどとか、まだまだ俺の知らねぇルールもいっぱいあるんだろ!?」

「うん! 今度は負けないよ!

 ……そうだ! 今度はライドラインにもAbsolute Zeroのメンバーを入れてやってみようよ!」

「ああ! よく分からねぇが、まかせたぜ!」

 そんなやり取りを経て、その日、二人の少年はファイトに明け暮れた。

 

 

 店内に穏やかな音楽が流れはじめる。どうやら閉店の時間らしい。

「えっ! もうこんな時間!?」

 壁にかかった8時を指し示す時計を見て、カケルが悲鳴をあげた。

 7月に入って日が落ちるのも遅くなったが、この時間にもなるとさすがに窓の外は真っ暗である。店内が明るいとは言え、そんなことにすらまったく気付かなかった。

「つい夢中になっちまった。悪いな。親御さんが心配するんじゃねぇか?」

 ソロが気遣うように声をかける。

「え? ああ……大丈夫だよ。けどこれで終わりにしようか」

「だな。くそっ! 結局、勝ち越せなかったぜ」

 最初のファイトも含めてカケルとファイトしたのは10回。結果は4勝6敗で、僅かにソロの負け越しである。

「でもお前の言う通りだ。負けても楽しかった。ありがとな。デッキは返すぜ」

 負け惜しみではなくそう思いながら、後ろ髪引かれる思いでデッキを差し出す。

 カケルはしばらく何かを考えているかのようにじっとそれを見ていたが、やがて差し出されたデッキを優しく押し返した。

「いいよ。このデッキは君にあげる」

「いいのか!? でも、レアカードって高いんだろ? サジッタとか光ってるし……」

「うん。けど、それ以上に嬉しかったんだ。君がヴァンガードに興味を持ってくれたことが。僕と対戦してくれたことが。高校生になってから、対戦相手がいなかったから。

 だから、その代わり……と言ってはなんだけど、これからもたまに僕と対戦して欲しいんだ」

「当たり前だろ! たまにと言わず、毎日やろうぜ!」

 そう言ってソロがカケルの肩をバンバン叩く。相変わらず力加減が下手で痛かったが、もう悪い気はしなかった。

「うん! ……これからもよろしくね、ソロ」

「ああ! あの時はノリで言ったが、今なら心から言えるぜ。よろしくな、ダチ公!」

 おずおずと差し出された手を、ゴツゴツとした手がそれを引き寄せるようにして掴み取り。

 二人は固く握手を交わしたのだった。

 

 

 店を出て、カケルと別れてからも胸の高鳴りは止まらなかった。

 最高のゲームに出会えたこと。

 友達ができたこと。

 もちろんこれらもこれまでソロが歩んできたケンカばかりの人生を思えば大変な出来事だったが。

 ソロはデッキと共に譲り受けたデッキケースから1枚のカードを抜き取り、夜空に掲げた。

 それはもちろん《Absolute Zero サジッタ》のカードだ。星明りを浴びたそれは女神の如く燦然と夜空に輝いている。

 その姿を見ているだけで幸福感に心が満たされる一方、想いの届かない切なさで胸が締め付けられるようでもある。

 これからは何処にいても彼女の事を探すだろう。何をしていても彼女の事を想うだろう。

 甘くて酸っぱくてほろ苦い、古今東西ありとあらゆる物語で語られる普遍的な感情。

 その名は――

「これが恋ってやつか」

 この日、少年は1枚のカードに恋をした。




はじめましての方ははじめまして。
おひさしぶりの方はおひさしぶりです。
栗山飛鳥と申します。

ヴァンガードの小説を書き続けてはや5年。
この作品が3作目となります。
これまでのノウハウを総動員して作り上げた自信作です。
どうか主人公・御導ソロとサジッタの恋物語を見守って頂ければ幸いです。
感想等もお待ちしております当作。
※当作は7月7日公開と予定しておりましたが、都合により7月5日公開とさせて頂きました。

↓私のX(旧twitter)アカウントです。大したことは呟いてませんが、こちらでも感想とか宣伝とか頂けますと幸いです。
https://x.com/YuufbF2hziuKQYB
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