「いってきます」
淡い色をしたオフショルダーのワンピース。花弁のようにひらひらとしたそれを翻し、
「よう」
が、玄関を出たところで待ち受けていたボサボサした黒髪の男に声をかけられ、陽気な足取りが止まった。
「ソロ君」
アヤメが感情の抜け落ちた声音で男――
「ひさしぶりだね。会いに来てくれて嬉しい。――けど、家の場所を教えた覚えはないんだけど?」
すぐにへらへらとしたいつもの調子で笑みを浮かべる彼女の態度には、らしからぬトゲがあった。
「それについては返す言葉もねーな」
もちろんアヤメでなくとも不愉快になって然るべきことをしている自覚はある。だが、アヤメの過去を知ってしまったソロには、彼女は家を知られたくなかったのではなく、見られたくなかったのだと思えた。
それは一見すると普通の一戸建てだった。
だが穿って見ると、あえて個性を削ぎ落して普通に見えるよう装っているようにも感じられる。
何故ならそれは家というよりは――例えば父親から日常的に暴力を受けていた母娘が逃げ込む避難先として建てられた施設だったからだ。
★彡
幼い頃のアヤメは、父親から暴力を受けることが当たり前の生活を送っていた。些細なことで殴る蹴る。ひどい時にはタバコの火を押し付けられたこともあった。母親が助けてくれることもなく、今日は自分でなくてよかったという安堵の息をついて、アヤメから目を逸らすだけだった。
父親が狡猾だったのは、顔など露出している箇所は狙わず、胸や腹、尻など、服を着ている限りは見えない箇所を殴っていたことだ。よって父親の暴力が明るみに出ることはなく、仮に気付かれたとしても、地元ではそこそこの有力者であった父親はいくらでもその罪を誤魔化すことができた。
そんな絶望的な生活の中、当時小学5年生だったアヤメは技に救いを求めた。
家の近く、だがその裏の目立たないところに道場があった。ガラス張りになった一面からは練習風景がよく見え、そこではアヤメとそう歳の変わらないであろう女の子が、年上の男の子を投げたり、関節を極めたりもしていた。
(自分にもこれだけの力……いや技術があれば、あの男にだって勝てるかも知れない)
毎日のように道場を覗きに来るアヤメは、やがて道場主である初老の女性の目に留まり、何かのっぴきならない事情をアヤメから感じたのだろう。何も聞かず、特別に無料で道場に通うことを許してくれた。
そこで教えていたのは、江戸時代から細々と伝わる古武術だった。スポーツ化した空手道や柔道のようにメジャーではないが、それ故に殺人技としての型を色濃く残す。とは言え、本当に人殺しの技を教えていたわけではない。武道を通して心身を鍛えるという趣旨は、他の現代武道と何ら変わりは無かった。だが、アヤメがそれに我流でアレンジを加えてしまった結果、真の殺人術を現代に蘇らせてしまったのだ。彼女の類稀なる素質と、死と隣り合わせの生活がそうさせたと言えよう。
1年ほど道場に通い、その裏でも
階段の近くで父親を挑発し、襲い掛かってきたところで足を引っかける。階段から転げ落ちた男に素早く跳びかかり、手足をへし折って自由を奪うと、馬乗りになってその顔面に何度も何度も拳を叩きつけた。人を殴る時は掌底でと教えられていたが、この時ばかりは積年の恨みを握り込んだ拳でぶつけなければ気がすまなかった、というより単純に余裕が無かったのだろうと今のアヤメは振り返る。男との体重差は歴然で、どれだけ有利な体勢であっても力づくで暴れられると跳ね飛ばされてしまう危険があったからだ。
だから「動かなくなれ、早く動かなくなれ」と祈るように拳を振るい続けた。
母親が泣きながらアヤメにしがみついて止めなければ、彼女は父親が死ぬまでそうしていただろう。
(ああ、お母さんは私を一度だって助けてくれなかったのに、この男は助けるんだ)
怒りを通り越して絶望したアヤメはようやく両腕をだらんと垂らして動きを止めた。
そして、死んだように気絶する男を見下ろし沸き上がってきた感情は、全身が打ち震えるほどの快感だった。
「あは、あはは……」
渇いた笑いが自然とこぼれる。
この日、アヤメは人を傷つけることの悦びと愉しみを知った。
鮮烈な成功体験がそうさせたのか。単に生まれついての性癖か。
恐らくは後者だろう。
だって自分は、実の娘を殴ることで快感を得ていた変態の娘なのだから。
割れた拳の先から、血と男の返り血が混ざり合って滴り落ちる。
それはどうしようもないほどに同じ色をしていた。
ほどなくして現れた救急を通じて、父親の家庭内暴力も明るみに出た。娘の蛮行に心的外傷を負った男に利用価値はもはやなく、周囲から切り捨てられた彼はあっさりと逮捕された。
一方、母親も今回の件で心身を病み、とても働ける状態でもなかったことと(トラウマになりそうなのはこっちだったと言うのに、つくづく自分勝手な両親だとアヤメは思う)、万が一の復讐を回避するため、母娘は施設で暮らすことになったのだった。
★彡
「そう、私の過去を知っちゃったんだ」
「ああ。悪いとは思ったんだけどな」
「いいよ。嫌な思い出ばかりじゃないし。終わってしまえば、私が本当の私に気付けた記念日だよ」
「……で、ここはどこなんだよ?」
アヤメに先導されて辿り着いたのは廃屋だった。
窓ガラスは割れ、壁にはいくつもの穴が空き、腐りかけた床がミシミシと嫌な音をたてている。
「ここは私の秘密基地だよ。なんて少し子どもっぽかったかな」
言って、まさしく子どもっぽく茶目っ気のある笑みを浮かべる。
「家には気の狂いかけたお母さんがいて、少し居心地が悪いから。リラックスしたい時や、ゆっくり考え事をしたい時は、よくここへ来るの。デッキもだいたいここで組んでいるんだよ」
リラックスとは程遠い環境のように思えたが、彼女がよく使うのであろう椅子や机は比較的に新しく手入れもされていた。そこら中に消臭剤も置かれており、不快な臭いもあまりしない。
「適当に壁紙や床板を剥がしたら得体の知れない虫が湧いてきて、とってもかわいいの」
その気持ちは分からなかったが。
「それで今日は何の用かしら? こっち? それともこっち?」
アヤメが右半身だけ古武術の構えを取り、左手で蜘蛛の描かれたデッキケースを持ち上げる。
「もちろんこっちだぜ」
ソロは左を指さし、自分もデッキケースを取り出した。
「残念。ソロ君、こっちはあんまり強くないからな」
「あの時の俺と同じだと思うなよ」
「ふぅん。楽しみにしてるね」
ソロとしては最高の啖呵を切ったつもりだったのだが、アヤメはさして興味なさそうにそっぽを向くと、机を部屋の真ん中に移動させ(その拍子に、彼女の足元で黒い何かが蠢き、サッと床のひび割れに隠れたような気がしたが、ソロは見ないフリをした。きっと廃屋に住む妖精さんだ)、白いハンカチを敷いて即席のファイトテーブルを作り上げた。
「それじゃ、始めましょ」
「ああ。だがその前に言っておきたいことがある」
ファイトの準備を終え、いつでもゲームを始められる段階になって、ソロは厳しい表情になってアヤメを見据えた。
「いい加減、ヴァンガードで人を傷つけるのはやめにしろ。お前はけっして怒らせちゃなんねー組織に目をつけられてる。このままだとマジで消されるぞ」
「なにそれ? 警察? それとも反社? そんなの別に怖くもなんともないんだけど」
「生徒会だよ」
「本当に怖くなかった!」
「ま、言って聞いてもらえるとは思ってなかったさ」
しょうがないとばかりに固い黒髪をバリバリとかく。
「じゃあ賭けをしようぜ。ファイトで俺が勝ったら、お前はヴァンガードで人を傷つけるのをやめる! どうだ?」
「……気に入らないわね」
「何がだ?」
「君まるで私が人を傷つけることを止めたいんじゃなくて、私が人を傷つけることで破滅するのを止めたいみたい」
「どっちもだよ。俺はヴァンガードもお前も救いたいんだ」
「そう」
心底不愉快そうに嘆息したかと思うと。
「さっき賭けって言ったよね?」
不意にねじくれた笑みを浮かべて言う。
「もちろん私が勝った時の条件も提示していいんだよね?」
「ああ」
「私が勝ったら、君を殺してもいい?」
「……っ、いいぜ!」
逡巡は一瞬。早くも走馬灯のように仲間の顔が脳裏をよぎったが、それらを振り払うようにして力強く頷いた。
「いいね。賭けは成立だ」
『ソロ!』
さすがにサジッタがたしなめるような声をあげる。
(悪い。けどここで退くわけにはいかねーんだ)
アヤメのことだ。冗談の可能性もある。もちろん本気の可能性も大いにあった。アヤメのことだ。
次に何処へと進むか見当のつかない虫の如く。
死亡率100%のデスゲームよりタチが悪い。
「じゃあ今度こそ始めましょ」
機嫌を直したアヤメが、ファイトが始まるのを待ち侘びた様子でファーストヴァンガードに指をかける。いや、彼女が待ち侘びているのはファイト後か。
ソロも覚悟を決めてファーストヴァンガードに触れた。
「「スタンドアップ! ヴァンガード!」」
「《Absolute Zero リックス》!」
眠たそうな瞳をした梟の獣人が星空に飛翔し。
「《幸福な時間 ラスカリア》」
まだあどけない顔立ちをした芋虫怪人の少女が大地に音無く降り立った。
★彡
「俺のターン! ライド! 《Absolute Zero クラウ》!
ライドコストとして捨てられた《安らぎの天色 風紀乙女 アルハ》のスキルでエネルギーチャージ! クラウのスキルで山札の上から7枚を見て……《密かな祈り 風紀乙女 クラーリ》を手札に加えるぜ!」
「私のターン。《鍛錬の日々 ラスカリア》にライド。G0ラスカリアの効果で1枚ドロー。
ラスカリアでヴァンガードにアタック」
「ノーガード」
「ダメージチェック……ノートリガーだよ」
「ダメージチェック……」
ソロがダメージゾーンにカードを置いた瞬間、鈍器で殴られたような鈍い痛みが脳天を打った。前回、はじめてダメージを受けた時はまだ針で刺すような痛みだったのだが。明らかにイメージが強くなっている。
(こいつは本当にイメージだけで人を殺してしまえるんじゃないか……?)
彼女との賭け以前に、6点目のダメージを受けた瞬間、自分の命は無いかも知れない。心臓が悲鳴をあげるように警告を鳴らす。
「どうしたの?
とぼけたようにアヤメが言ってくる。
「……ああ。引トリガーで1枚ドロー。ターンをもらうぜ。
スタンド&ドロー!
ライド! 《Absolute Zero カシュア》!
ライドコストとして捨てられた《随喜竜 プリストロ》をスペリオルコール!
《小悪魔的メソッド ヴァレフル》をコールして、ソウルチャージ&ドロー!
《クーリング・ハート ユイカ》もコールして、バトルだ!
カシュアでヴァンガードにアタック!」
「ノーガードだよ」
「ドライブチェック……
「ダメージチェック……」
ダメージゾーンにカードを置く瞬間、アヤメはソロに気付かれないよう歯を食いしばり身構えた。
ヴァンガードは楽しいし、それを通して人を傷つけるのはもっと楽しい。だがダメージを受けた時、イメージを通して自分まで痛みを受けるのは辛かった。
痛いのは嫌いだ。父親に殴られていた時のことを思い出すから。
意を決して山札からカードをめくる。
~♪
痛みはなかった。
代わりに穏やかな音色が耳朶をくすぐった。
「……何をしたの?」
「ん、何がだ?」
ソロが首を傾げる。アヤメのようにすっとぼけているわけでもなさそうだ。
「次のアタック、いくぜ! ヴァレフルでヴァンガードにアタック!」
「《ティアーナイト ロティオン》でガード。このカードはソウルへ」
「ユイカのブースト! プリストロでヴァンガードにアタック!」
「……ノーガード」
~♪♪
まただ。
痛みは無く、どこからともなく音楽が聞こえる。
「俺はまだあんたほどのイメージはできない」
そんなことを言いながら、綺麗な音楽に似つかわしくない人相の悪い男が胸を張っていた。
「だがあんたのイメージしている光景が俺の想像通りであれば、きっとそれが俺の理想の戦い方だ」
「ふざけないで」
ギリリと奥歯を噛みしめる音が、こちらにまで聞こえてきた。
「私は君と殺し合いをしているつもりなんだけど?」
「俺にそのつもりはないってことだ」
「……ダメージで引トリガーが出たので1枚ドローさせてもらうね」
「俺はユイカのスキルでプリストロを手札に戻してターンエンド」
「私のターン。スタンド&ドロー。
《母の剣に誓って ラスカリア》にライド。G1ラスカリアのスキルで、山札から《夢刃泡影》を手札に加える。
《ヴェレーノ・ソルダート レフォノハイラ》をコール。スキルで山札の上から7枚見て……《夢刃の剣姫 ラスカリア・ヴェレーノ》を手札に加える。
《ハルシナトリィ・モルフォ》と《ヴェレーノ・ソルダート グルドーリ》をコールして、バトルよ。
ラスカリアでヴァンガードにアタック」
「《Spiny∧Spiky ヒース》でガード!」
「ドライブチェック……
「退却したヒースはソウルに置かれるぜ」
「……グルドーリでヴァレフルにアタック」
「ノーガード。ヴァレフルは退却」
「レフォノハイラのブースト。モルフォでヴァンガードにアタック」
「ノーガードだ」
2点、3点のダメージと共に激痛が奔る。
「俺のターン! スタンド&ドロー!!
唄え、我が最愛の人! ライド! 《Absolute Zero サジッタ》!!」
星灯りを背にして、漆黒の翼持つワービーストが天高く舞い上がる。
絶対零度の美貌と、情熱的な舞。相反する要素を完璧に同居させた稀代の歌姫は、その場にいる者を敵味方関係なく釘付けにした。
「ソウルからクラウとカシュアをスペリオルコール!
ライドコストとして捨てられたプリストロもスペリオルコール!」
「……なるほど。新しい前トリガーを入れてプリストロとユイカを回しやすくしたんだね。強くなったというのもあながちハッタリじゃなかったみたい」
「まだまだこんなもんじゃ終わんねーぜ!
《花園を巡る光 風紀乙女 ルリーニア》をコール! スキルで山札の上から5枚見て……サジッタを手札に加えるぜ!
手札を1枚捨てて、クラウのスキル発動! 前列+5000のスキルを得る! 捨てられたクラーリはソウルに! カードが捨てられたので、サジッタの
もうひとつのサジッタの
ユイカのブースト! ルリーニアでヴァンガードにアタック!」
「《晴朗の乙女 レェナ》でガード。グルドーリでインターセプト」
「ユイカのスキルで、ルリーニアは手札に戻るぜ! ユニットが手札に戻ったので、プリストロはブーストを得る!
プリストロのブースト! サジッタでヴァンガードにアタック! アタック時、ドロップからアルハをスペリオルコール!」
「……ノーガード」
「トリプルドライブ!!!
1枚目……引トリガー! 1枚引いて、パワーはアルハに!
2枚目、3枚目はノートリガーだっ!」
「ダメージチェック……ノートリガー」
サジッタが翼を大きく広げ、天から歌声が降り注ぐ。
(ああ……俺にも聞こえるぜ。クールで力強く、そして優しい、サジッタの歌声が)
きっとそれはアヤメにも届いているのだろう。何かを振り払うよう、しきりに首を振っていた。
「どんどんいくぜ! クラウのブースト! カシュアでヴァンガードにアタック! スキルでカシュアのパワー+5000!」
「ブリッツオーダー《夢刃泡影》!」
「よしっ! G3にライドされる前に《夢刃泡影》を切らせたぜ!
カシュアを退却させて、1枚ドロー!
手札を1枚捨てて、アルハでヴァンガードにアタック!」
「ノーガード……ダメージチェック」
ここでは
「くそー。俺はこれでターンエンドだ」
「私のターン。スタンド&ドロー。
ライド! 《夢刃の剣姫 ラスカリア・ヴェレーノ》!」
畳まれていた蝶の翅が勢いよく広がり、嵐のような突風を巻き起こした。
歌声をも斬り払うかのように大剣を一振りし、蒼い鱗粉が残光となって散る。
剣に生きると誓ったその日から、歌に耳を傾けて過ごすような平穏など……捨てた!
「さっきからよくも人の耳元で鬱陶しい歌声を聴かせてくれたわね。けど、いつまで呑気に歌っていられるかしら?
まずはライドコストとして捨てた《海虹竜 ヴラニオーソ》のスキル発動。ヴァンガードがペルソナライドを持つので、ペルソナシールド・チケットを1枚手札に加える。
さらにG2ラスカリアのスキルで山札の上から5枚見て……《ヴェレーノ・ファミリア アグリジアス》を手札に加える」
「!?」
それらは以前にアヤメと戦った時には見たことのないカードだった。
「強くなったのは自分だけとでも思った?
アグリジアスをコール。EB2でアグリジアスのスキル発動! グルドーリをスペリオルコールして、さらにグルドーリのスキル発動! ドロップからシディラッカをスペリオルコール!」
妖艶なる蝶の怪人がふわりと舞い降りると、白く輝く鱗粉を蝶の形に変えて四方へと飛ばす。それに誘われた昆虫怪人が、地の底から、草木の間から、まさしく虫の如く増援として姿を現した。
「1枚で……3つのサークルを埋めやがった……!」
「相変わらず気持ちのいい反応してくれるね。
さあ、バトルだよ。
アグリジアスでヴァンガードにアタック」
「《澄み渡る雪夜 ベレトア》でガード!」
「シディラッカのブースト。ラスカリアでヴァンガードにアタック! アタック時、アグリジアスはスタンドしてパワー+5000!」
「それだけは通せねえ! 《暖かいうちに召し上がれ ウォルミア》で完全ガード!」
大剣の一閃が紙袋を弾き飛ばす。ボトボトと地面に落ちた肉まんを、通りすがりの少女は涙目になって拾おうとするが、とりあえず彼女もサジッタも無傷だった。
「ツインドライブ!!
1枚目……ノートリガー。
2枚目……★トリガー! 効果はすべてアグリジアスに。
レフォノハイラのブースト。モルフォでヴァンガードにアタック。ドロップにブリッツオーダー《双つに連なる守護の法陣》があるのでスキルも発動。パワー+10000だよ」
「ノーガード……ダメージチェック……前トリガー! 前列のパワー+10000!」
「バトル終了時、モルフォを退却。山札から《夢刃泡影》を手札に加えるね」
「さあ、次のアタックは手札を1枚捨ててもらうぜ!」
「わかってるよ。私は手札から《夢刃泡影》を捨てて、グルドーリでブースト! アグリジアスでヴァンガードにアタック!」
「2枚の《柔らかな光 プルエル》でガード! アルハでインターセプト!」
「ターン終了時、シディラッカを山札の下に置いてスキル発動。ドロップの《夢刃泡影》2枚を手札に加えるね。私はこれでターンエンドだよ」
このターンは、どうにかダメージを4点に抑えることができた。
「俺のターン! スタンド&ドロー!
ペルソナライド! 《Absolute Zero サジッタ》!!
ルリーニアをコール! スキルで山札の上から5枚見て……アルハを手札に加える! アルハをコールして、クラウとサジッタのスキルをそれぞれ起動!
バトルだ!
ユイカのブースト! アルハでヴァンガードにアタック!」
「ノーガード」
これでアヤメも4点目。トリガーも出なかった。
「ユイカのスキルでアルハは手札に戻る!
プリストロのブースト! サジッタでヴァンガードにアタック!
アタック時、アルハをスペリオルコール!」
「《ハニカム・ザイラス》で完全ガード」
「トリプルドライブ!!!
1枚目、ノートリガー!
2枚目、引トリガー! 1枚引いて、パワーはアルハに!
3枚目、★トリガー! 効果はすべてアルハに!
アルハでヴァンガードにアタックだ!!」
「ドロップの《双つに連なる守護の法陣》を除外して、ラスカリアのパワー+15000! さらに《夢刃泡影》! グルドーリでガード! アグリジアスでインターセプト!」
蒼月の軌跡を描く一閃が、形無き歌声をも両断する。
「ブリッツオーダーをプレイしてアタックがヒットしなかったので、1枚ドローとカウンターチャージさせてもらうわね」
「クラウのブースト! ルリーニアでヴァンガードにアタック!」
「ペルソナシールド! 《デュアルプレッシャー・ドラゴン》でガード!
アタックがヒットしなかったので、ラスカリアのスキルで1枚ドロー!」
「俺はこれでターンエンドだぜ」
「私のターンだね。スタンド&ドロー。
それじゃ、そろそろ終わりにしましょ。ペルソナライド! 《夢刃の剣姫 ラスカリア・ヴェレーノ》!!」
ヴァンガードに重ね合わされたのは、どこから拾ってきたのか血塗られたカード。
それに合わせてラスカリアの纏っていた鱗粉が血潮の如き赫に輝き、その瞳も狂気に染まる。
「アグリジアスをコール! SB1でドロップからエラフスをスペリオルコール。《共謀怪人 アドマンティス》をコールして、アグリジアスのパワー+5000!
さあ、バトルだよ。
エラフスでヴァンガードにアタック!」
「《青空を舞う翼と アンティア》でガード! アルハでインターセプト!」
「アグリジアスでヴァンガードにアタック!」
「アルハ、クラウ、ベトレアでガード! ルリーニアでインターセプト!」
「アドマンティスのブースト! ラスカリアでヴァンガードにアタック! アタック時、アグリジアスはスタンドする!」
これまでとは比較にならない速度と殺気で灼光を纏う大剣が迫る。
(★2のこれを受けるわけにはいかねぇ。だがどうやって防ぐ……? 2枚貫通にはできるが、それをしたら……)
残り6枚の手札を見比べながら悩んでいると……。
『大丈夫』
珍しく、ファイト中にサジッタが声をかけてきた。
『このアタックは通さない。私を信じて』
「ああ! 信じるぜ! プルエル、プリストロ、ユイカでガード! 1枚貫通だ!」
「ツインドライブ!!」
勝利を確信したような笑みを浮かべ、アヤメが山札に指をかける。
『ラスカリア! あなたほどの誇り高い人が、いつまでそんな女にいいように使われているの!』
瞬間、サジッタが鋭く叫んだ。ラスカリアの剣筋が僅かに鈍り、文字通り間一髪のところを薙いでいく。
「……なにこれ?」
そして、ツインドライブでめくれたカードを見て、アヤメが呆けた声をあげた。彼女が引いたカードは2枚ともが《夢刃の剣姫 ラスカリア・ヴェレーノ》
それはまるでラスカリアがアヤメの支配に抵抗しているかのようだった。
「……別にいいわ。次のペルソナライドは確定したし、もう1枚はサジッタのコストにすればいい。私の有利は揺らがない。
バトル終了時、エラフスをスタンド。
手札を1枚捨てて、グルドーリのブースト、エラフスでヴァンガードにアタック!」
「ノーガード」
5枚目のカードをダメージゾーンに置いた瞬間、振り下ろされた豪槍のイメージがソロの顔面を抉る。視界が朱に染まるが、もう怯まない。サジッタ、そしてラスカリアがくれた千載一遇のチャンスを決して逃さぬよう目も見開き盤面を見据え続ける。
「手札を1枚捨てて、レフォノハイラのブースト、アグリジアスでヴァンガードにアタック!」
「《神恩天唱 グリザエル》でガード!」
「
「そいつはどうかな?」
ブラフや強がりにしてはあまりにも不敵にソロは笑った。
「俺のターン! スタンド&ドロー!!
ペルソナライド! 《Absolute Zero サジッタ》!!」
サジッタは何度でも飛翔する。けっして諦めない、不屈の先導者に触発でもされたかのように。
「クラウのスキル発動! 手札を1枚捨て、前列のパワー+5000の効果を与える! そして、サジッタのスキルで1枚引く! これが最後のチャンスだ――」
ソロが山札に触れ、その手に翼が重ね合わされる。
「ドロー!! ……来たぜ!」
引いたカードを見て、口の端をニヤリと上げる。
「これが俺の切り札だ! コール! 《月に寄り添う幻想曲 アーデルハイト》!!」
ゴシック調のドレスに身を包んだ
「アーデルハイト……ああ、そういうこと」
「カシュアをコールして、サジッタのスキルも発動! バトルだ!
クラウのブースト! カシュアでヴァンガードにアタック!」
「……ノーガード。ダメージチェック……引トリガー! 1枚引いて、パワーはラスカリアに!」
これで5点目。今のアヤメにはどんな歌が聴こえているのだろう。
「カシュアを退却させて1枚ドロー!
ユイカのブースト! アーデルハイトでヴァンガードにアタック! ダメージチェックでトリガーが出ているなら、アーデルハイトはパワー+10000だ!」
「《夢刃泡影》! シディラッカでガード! アグリジアスでインターセプト!
ラスカリアのスキルで1枚ドロー&カウンターチャージ!」
「アーデルハイトのスキル発動! ユイカを手札に戻し、ドロップから超トリガーを1枚除外することで、手札から1枚コールできる!!」
「君は超トリガーなんて狙っていなかった。超トリガーをドロップに落とすことこそが狙いだった」
「そういうこった! これならサジッタでも5回アタックができる! カケルと一緒に考えた必勝コンボだぜ!
俺がコールするのはもちろん……《Absolute Zero サジッタ》だ!!」
その親友からもらった魂のカード。
「プリストロのブースト! ヴァンガードのサジッタでラスカリアにアタック! アタック時、ドロップからアルハをスペリオルコールし、アーデルハイトは退却! ……ありがとうな」
幽霊の少女は最後まで迷惑そうに軽く肩を竦め、最愛の女性を探して消え去った。
「《四精織り成す清浄の盾》で完全ガード! コストとして捨てるのはラスカリア!」
「トリプルドライブ!!!
1枚目……ノートリガー!
2枚目……前トリガー! 前列のパワー+10000!
3枚目……治トリガー! ダメージ回復! このパワーはサジッタに捧げる!」
「ブリッツオーダーをプレイしたので、1枚ドロー!」
これでアヤメはこのターンにブリッツオーダーは使えない。残る手札はあと4枚。だが次のペルソナライドを放棄してまで守りを固めてきた。
「手札を1枚捨てて、アルハでヴァンガードにアタック! 俺が捨てたのは、さっきドライブチェックで引いた《休息の羽衣 風紀乙女 クルノール》! そのスキルでアルハのパワーをさらに+5000だ!」
「《ティア―ナイト コスタス》と《戦場の歌姫 ドルセア》でガード! 引きは悪くなかったけど、あと一手足りなかったね。アーデルハイトでアタック回数を増やすアイデアもよかったけど、おかげで手札を2枚も捨てなきゃならないんじゃ次のターンは……」
「ああ、本当にまいったぜ。おかげで俺は……もう1枚クルノールを捨てなきゃならなくなっちまった!」
「!? もう1枚……!?」
「クルノールを捨て、サジッタでヴァンガードにアタック! クルノールのスキルでサジッタのパワー+5000! あと一手、届いたぜ!」
ソロが残り2枚の手札を指さして勝ち誇る。
アヤメは何度も手札と盤面を悔しそうに見返していたが、やがて諦めたかのように息をつき、彼女らしからぬ晴れやかな笑顔を浮かべた。
「そのデッキの切り札はアーデルハイトでアタック回数を増やすこと……だけじゃなかった。サジッタとクルノールでパワーを底上げするところまでが想定されたコンボだった」
「ああ。ここまで完璧に決まるとは思わなかったけどな」
「面白いね、ヴァンガード。もっと続けたかったな――」
「? それってどういう――」
ソロが問い質すより早く、アヤメが山札の上からカードをめくり、そこから溢れ出た光に視界が覆い尽くされた。
★彡
満点の星空の下、漆黒の羽根を撒き散らすサジッタと、赫の燐光に包まれたラスカリアが、空中で激しく交錯し合っていた。
ラスカリアの大剣は、舞い踊るようなステップに避けられ、あるいは音の壁に阻まれ、有効な一撃は一度もサジッタに届いていない。だがそれも紙一重で、丁寧に整えられていた髪は乱れ、ドレスは裂け、白い肌にはいくつもの切り傷が赤い筋となって浮かんでいた。
それほどの猛攻に晒されながらも、サジッタはけして歌うことを止めない。
Absolute Zeroらしいクールでハイテンポな曲調は、夜空を舞台に繰り広げられるドッグファイトすらも芸術へと昇華させ、気が付けばラスカリアに従う昆虫怪人の軍勢も、それらを押しとどめていた風紀乙女も、固唾を吞んで見守って――もとい見惚れてしまっていた。
だがその歌声が、今のラスカリアにとってはただただ耳障りだった。それを聴いていると自分が自分でなくなってしまうような感覚に陥る。赫の翅が蒼の輝きを取り戻してしていく。
「その歌を……やめろおおおおおおおおっ!!!」
すべてをかき消すように絶叫し、自らの身を顧みない急加速と急制動を繰り返す変則的な軌道でサジッタの死角から斬り掛かった。
それすらもすんでのところで空を斬る。だがラスカリアは構わず、その勢いのまま全身でサジッタにぶつかった。鳩尾に体当たりを受けたサジッタの歌声がくぐもった悲鳴とともに止まる。
(捉えた――!!)
勝利を確信した瞬間、その背から致命的な音と共に激痛が奔った。無理な機動に耐え切れず、翅が破れたのだ。飛行能力を失ったラスカリアは、サジッタともつれ合ったまま落ちていく。このままではお互いに地面に叩きつけれれるのは必至。いや、サジッタの翼は健在なのだから、しがみつくラスカリアを振り払えばいいだけだ。
だが、彼女はそれをしなかった。翼を大きく広げるとラスカリアを包み込み、自らの背を地面に向けた。身を挺してラスカリアを守ろうとしているのだ。
そしてこんな状況でさえもサジッタは歌い続けていた。ラスカリアを安心させるような穏やかな歌声だった。
(……私の負けだな)
赫の鱗粉が星屑のようにたなびき、流星となって宵闇をまっぷたつに斬り裂いた。
昆虫怪人と風紀乙女が慌ててそれを追い、彼女らの目の前でふたりの少女が海辺に叩きつけられる。
まさしく隕石でも墜落したのではないかと思わせるような水柱が立ち昇り、誰もがその絶望的な光景を茫然と見つめる中、やがてその奥からひとつの人影が現れた。
それはラスカリアを翼に抱いたサジッタだった。ラスカリアは気を失ってはいるものの息はあり、翅の色もいつしか鮮やかな蒼を取り戻していた。
昆虫怪人が喝采をあげ、風紀乙女も負けじと歓声をあげる。
敵味方だった者達がハイタッチをしたり抱き合ったりとする中で、赫い蝶がひらひらと宙を彷徨い、やがて誰にも気づかれることもなく溶けるようにして消え去った。
★彡
「私の完敗だね」
気が付けば、6枚目のカードがアヤメのダメージゾーンに置かれていた。
「私は君を本当に殺すつもりでファイトしていた。けど君は私を最後まで傷つけたりしなかった。それが君の答えなんだね」
「ああ。俺はもう二度とケンカはしねぇ。せっかくお袋が人より強く頑丈に生んでくれたんだ。この
それでもし……俺と同じことを考えているバカなやつがいるのなら、俺はそいつの盾になってやりてぇんだ」
そう言って、ソロはリアガードサークルに置かれていたサジッタのカードに無骨な指で優しく触れた。
「ふぅん。難しいとは思うけれど、せいぜい頑張って。私は君が『できませんでした』って吠え面かくのを楽しみにしてるね」
「言ってろ」
「けど今日は私の負け。もちろん賭けもね。約束通り、私はヴァンガードをやめるわね」
「!? そこまでしろとは言ってねぇ! 俺はヴァンガードを通して人を傷つけるのをやめろと……」
「同じことだよ。私がイメージしたら、対戦相手が勝手に傷ついてしまうのだもの」
「あ……」
「それとも何もイメージせずにヴァンガードを続けろというのかな? そんなの坊主めくりでもしている方がまだマシだよ」
「…………」
さっそく吠え面をかくことになってしまった。結局、自分はアヤメのことを何一つとして理解できてはいないのだ。
「そんな顔しないで。高校も卒業しちゃったし、就職しないといけなかったから、いい機会だよ。
――そうだ、ひとつ面白いことを教えてあげる」
きっとろくでもないことの前置き。
「私とお母さんの生活費のほとんどはね。お父さんからの慰謝料でできているの。
さんざん暴力を振るわれて、暴力で排除した男のお金に私は生かされてるの。滑稽でしょ?」
ろくでもなかった。
「だから私はうんとお金を稼いで、お父さんのお金に頼らず生きられるようになって、これまでもらったお金も全部返済して、あの男との縁を完全に断ち切りたい。
けど――でも、もしもだよ? 君のように生きられたのなら、お父さんとは違う結末もあったのかな?」
「……それはないだろ。同じ男の立場から言わせてもらうと、実の娘を殴る父親なんてどうかしてる」
「ソロ君は娘ができたら溺愛しそうだものね。
でもね、君が私達のことを何て聞いてるのかは知らないけれど、お父さんだってたまには優しかったんだよ? お人形を買ってくれたり、虫捕りに連れていってくれたり。お人形はすぐに壊
知ってる? カマキリって獲物を狩る瞬間、両手を合わせて祈るんだよ。心にもない祈り。まるで私みたい」
そう言って、アヤメは祈るように両手を合わせた。
「ま、その子は機嫌が悪い時のお父さんに踏み殺されちゃったんだけどね。
思えば、あの時からかな。この男を殺さないと、次に殺されるのは自分だと悟ったのは」
生徒会から与えられた事務的なデータでは、けして知ることのできなかった真相。八雲アヤメという怪物が生まれたのは家庭内暴力が原因ではなかった。
どんな仕打ちを受けても捨てきれなかった肉親の情。そんな愛憎の果てに、多感な少女の心はじわじわと軋み歪み腐り果てていったのだ。
「暴力に対抗できるのは暴力だけだと、私は今も信じてる。だけど暴力は他者との未来を閉ざす行為だということもよく分かってる。
だからソロ君の理想は叶わないし、それでも叶うのなら素敵だと思うよ」
へらりと浮かべられた心にもない笑み。それは彼女なりの忠告であり、エールでもあったのだろう。この時、はじめてこの女性が年上のように見えた気がした。
「……ありがとな、アヤメ先輩」
「? どういたしまして」
本人にその自覚はなかったのか、首を傾げるだけだったが。
「じゃ、私はそろそろ帰るわね」
いつの間にかカードを片付けていた(ソロのカードは出しっぱなしだ)アヤメが踵を返そうとし、ソロが「待ってくれ!」と慌てて呼び止める。
「何? 私は君のせいで就職活動の準備をしなくちゃならなくなったんだけど?」
彼女がどのような職種を希望しているのか気にはなったが、今聞かなくてはならないのはそこではない。
「先輩にヴァンガードを教えたやつのことを教えてくれ。俺の師匠が言うには、そいつが黒幕なんだそうだ」
「ああ、アレのこと……」
アヤメは心底面倒くさそうにかぶりを振った。例えるなら、夏休みの最終日に宿題をすべて終わらせたと思ったら、自由研究が残っていたことを思いだした小学生の顔だ。
「たしかにアレをそのままにしておくと禍根を残すよね。……わかった。アレは私が始末しておくから、ソロ君は何も気にしなくていいよ」
「そっか。じゃあ頼んだぜ」
「ずいぶんとあっさり私を信じるんだね」
「先輩の強さは俺がよく知ってるからな」
「そうじゃなくて……」
アヤメはなおも何かを言おうとしたが、諦めたように嘆息すると、今度こそ踵を返し、肩越しに軽く振り返った。
「さようなら、ソロ君。今日は楽しかった」
「俺もだよ。またな、アヤメ先輩」
そしてソロが手を振るのを見届けもせず、アヤメはさっさといなくなってしまった。
★彡
その背にソロの気配が感じられなくなってから、アヤメは適当な塀にもたれかかって片手で頭を抱えた。
(……まったく、私が口から出まかせを言っているだけだとか、裏切るだとかは露ほどにも疑わないんだね)
その信頼には先輩として応えてやらねばなるまい。億劫だが。
必然、もうひとつの約束は反故にすることになるが、この八雲アヤメに多くを期待するのが誤りである。
アヤメはデッキケースから1枚のカードを取り出すと、それを高々と掲げた。
「最後にもう一度だけ……力を貸してもらうわよ、ラスカリア」
カードがそれに応えるように、銀色の文字を血塗られた刀剣の如く煌めかせた。
アヤメとの因縁はこれにて決着。
書きたかった回のひとつを書くことができ、少し肩の荷が下りました。
これも応援してくださる皆様のおかげです。いつもありがとうございます。
また感想等頂けたら幸いです。
いよいよフィナーレが見えてきましたが、もう少しだけ続きます。
未定ではありますが、全メインキャラ最低1回ずつファイトさせてあげられればいいなという感じです。
引き続きよろしくお願いいたします。