ヴァンガード・スターダスト&ダスト   作:栗山飛鳥

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第十二想「蛆虫が蝶になる夢でも見ていたか?」

 カードショップ『眠り姫』からの帰り道。

「今日も俺のハーゼリットちゃんはかわいかったぜェ!」

「俺のキョウカちゃんも負けてなかったぜェ!」

「なんの! 大きさなら俺のリルファちゃんが一番だぜェ!」

 星灯(せいとう)学園カードファイト部の面々が今日の感想を述べあっていると。

「――っ!?」

 カケルが突然息を呑むようにして言葉を止めた。

「ヒィッ!?」

「ヒィッ!?」

「ヒィッ!?」

 続いてイチニィサンが揃って情けない声をあげる。彼らの視線の先にはひとりの少女。夕闇が落とす暗がりに虫の如く潜んでいた。

「ひどい反応だね。傷つくな」

 彼らに何をしたのか忘れたわけではないだろうに、白いワンピース姿の少女――八雲(やくも)アヤメがへらへらとした笑みを浮かべながら姿を現す。街灯の仄白い明かりに照らされた彼女は、そこを飛び回る蛾によく似ていた。

「カケル、イチニィサン、お前らは先に帰れ」

 仲間を庇うように一歩前に出て、アヤメを睨みつけながらソロが指示を出した。

「用があるのは俺だけだ。だろ?」

 そして、悪友にするように笑いかける。

「うん。少し時間をもらえないかな? どうせ門限なんて気にしないでしょ?」

 その悪友は人の家庭ルールを勝手に決めつけ、返答も待たずに歩き出す。

『それでも親御さんに連絡はしておきなさい』

 彼女の背を追おうとすると、心の中の風紀乙女(サジッタ)が口うるさく言ってきた。

 

 

★彡

 

 

 カードショップ『赤ずきん』の狭い店内を、八雲アヤメがひらひらとしたワンピースの裾をなびかせ通路をまっすぐ進んでいく。人目を惹く可憐な容姿でありながら、店員も客もその存在に気付かない。気付かせない。

 そうしてファイトスペースに辿り着くと、部屋の隅で腕組みをしながら眠っている男のファイトテーブルにバン! と手のひらを叩きつけた。

「……今さら何の用だ?」

 浅黒い肌、黒髪を短く刈り込んだ30代ほどの男がゆっくりと目を開き、軽い驚きと共にアヤメを見据える。音に驚いたというよりは、予想外の来訪者に驚いているようだった。

「また負けたんだけど?」

 不機嫌そうな笑顔を浮かべてアヤメが非難する。

「今のお前が? 対戦相手は? 例の女子中学生とやらか?」

「ひとつ年下の男の子。ヴァンガードをはじめて1年足らず。ほとんど初心者だよ」

「……お前のことを買い被りすぎていたか? いや、そんなはずは。……それでまた鍛え直して欲しいのか?」

「まさか。あなたに師事しても強くなれないことが分かったもの」

 これまで無表情に近かった男の顔が僅かにしかめられた。

「ならさっさと消えろ。……いや。お前が別れの挨拶になど来るはずもないな」

 虫のように恩知らず。もしくは虫と同じで恩という概念すらない。アヤメが誰かと袂を分かつと決めたなら、何も言わずに姿を消すだろう。

「何の目的でここに来た?」

 男が鋭くアヤメを睨みつける。

「死んでくれないかな?」

 その言葉からは、子どもが軽口で口にするそれとは違う重さが感じられた。店員に聞かれていれば、即座に警察を呼ばれていたかも知れない。

「私ね、ヴァンガードがけっこう好きになっていたみたいなの。人殺しをイメージできる道具としてじゃなく、ね。だからヴァンガードを終わらたいというあなたの目的にはもう賛同できないし、はっきり言って邪魔なの。だからあなたにはここで退場してもらう」

「はっ。その男の子とやらに感化でもされたか?」

「うん。あなたよりはよっぽどマシかな」

「ではどうやって俺を殺す? 実力行使と言われたら、俺に抗う術は残されていないが」

 男が挑発するように両腕を広げる。

「まさか。私もそこまで野暮じゃないよ。あなたを殺すのに相応しいのはこれしかないでしょう?」

 アヤメがデッキを取り出しテーブルにトンと置いた。

「いいだろう。しばらく会わないうちに俺の強さを忘れたと言うのなら、今度はその身に刻み込んでやる」

「プロを決定するアマチュア限定の大会で、あと1勝でプロになれるというところで負け。それを5年連続で繰り返したんだっけ?」

 かつて聞いた男のプロフィールを反芻する。

「それで精神を病んでファイターを引退。今は自分を認めなかったヴァンガードに逆恨みして、ヴァンガードを終わらせようとしてる。あなたもとんだ悪党よね」

「そうだな。だがお前のようなアマチュア未満の素人とは、それでも天地ほど強さに開きはあるぞ」

 いつの間にかカードを引いていた男の全身から、アヤメすら萎縮させるほどの殺気が溢れ出す。プロになれなかった男でこれなら、プロの世界とはどれほどの魔境なのだろうか。

 それとも皮肉なことに、絶望が彼に力を与えたか。その感情が人を強くさせることを、アヤメは身をもって知っている。

「それでも今日だけは私が勝たせてもらうね」

 なんとも八雲アヤメらしくない話だが、ヴァンガードの楽しさに気付かせてくれた少年との約束を守るために。

 そしてなんとも八雲アヤメらしい話だが、自分が今まで勝てなかった相手に、ここぞという場面で吠え面をかかせるために。

 内心の不安をおくびにも出さず、少女は決意を込めてカードを引いた。

 

 

★彡

 

 

「「スタンドアップ ヴァンガード」」

「《士官候補生 カリクレス》」

「《幸福な時間 ラスカリア》」

 ファイトスペースに嵐が吹き荒れる。

 黒い海に頼りなく浮かぶ木片に、昆虫怪人となったアヤメがひらりと軽い足取りで降り立った。

 顔を上げると嵐の中に際立って輝く純白の軍艦が聳え立っており、その舳先から艦と同じ色の真新しい軍服に身を包んだ少年が毅然とこちらを見下ろしていた。

「俺の先攻だ。

《インロード・シューター》にライドしてターンエンド」

「私のターン。スタンド&ドロー。

《鍛錬の日々 ラスカリア》にライド。1枚ドローして、ラスカリアでヴァンガードにアタック」

「ノーガード」

「ドライブチェック……(クリティカル)トリガー。効果はすべてヴァンガードに」

 トリガーをめくった瞬間、男の頭部が僅かに傾いだ。いつも通り、アヤメのイメージは対戦相手を傷つけたはずだ。

「ダメージチェック」

 だが男は何も無かったかのようにゲームを続行する。2枚ともトリガーは出なかった。

「俺のターンでいいな? スタンド&ドロー。

《アセンダンス・アサルト》にライド。アセンダンスにライドされたインロードをコール。

 ライドコストとして捨てられた《海鳴のブレイブ・シューター》の効果で1枚ドロー。

 バトルだ。

 アセンダンスでヴァンガードにアタック」

「ノーガード」

 銃口がアヤメを捉え、引き金に指がかかる。

 次の瞬間、アヤメの左腕が吹き飛んだ。

「――!?」

 鮮血が飛び散り、男の顔にまで返り血がかかる。

「あ……あ……?」

 カードを取り落とし、左腕があったところを押さえると柔らかい感触が返ってきた。左腕は繋がっている。

 アヤメが他人へのダメージのみならず、自分へのダメージまでイメージしてしまうのはいつものことだったが、それはこれまで受けたどんなダメージよりも生々しく現実感に満ちていた。

「……何をしたの?」

 テーブルに落ちたカードを拾いながら、アヤメが問い質す。

「何の話だ? などととぼけるのはやめておこうか。お前のようにはなりたくないしな。

 簡単な事だ。お前にできることが、俺にできないとでも思ったか?」

 悪意と狂気を孕んだ暗い瞳がアヤメを見据えた。

 そう。この男もイメージだけで人を傷つけることができるのだ。

「他人を痛めつけるのは好きなくせして、自分が痛めつけられるのは大嫌いだとか言っていたな? 実に虫のいい話だが……6点目のダメージを受けた時、お前は果たして生きていられるかな?

 さあ、お前のダメージチェックだ。早く引け」

 男がドライブチェックでめくった完全ガードをひらひらと見せつけながら促してくる。

「……ダメージチェック」

 アヤメ側にもトリガーは出ない。

「インロードでヴァンガードにアタック」

「《ヴェレーノ・ソルダート シディラッカ》でガードッ!」

「ターンエンド」

「私のターン……スタンド&ドロー。

《母の剣に誓って ラスカリア》にライド。G1ラスカリアの効果で《夢刃泡影》を手札に。

 ラスカリアでヴァンガードにアタック」

「インロードでインターセプト。これで1枚貫通だ」

「ドライブチェック……ノートリガー……」

「では俺のターンだな。スタンド&ドロー。

 ライド……進撃せよ! 《旗艦竜 フラッグバーグ・ドラゴン》!」

 黒き海がふたつに割れ、そこから島の如き巨竜が浮上する。

 全身に飛竜と海竜を満載した、伝説の系譜を継ぐ絶対正義の決戦兵器。号砲の如き咆哮をあげ、嵐と共に進軍す!

「手札からフラッグバーグを見せることで、ソウルのアセンダンスをスペリオルコール。

 レガリスピース《魂魄封ぜし禁忌の形代》を使用。《蒼砲竜 インレットパルス・ドラゴン》と《巨海竜 ボートペラジック・ドラゴン》をスペリオルコール。

《戦場の歌姫 エレフテリア》をコールしてEC2。

 バトルフェイズ開始時、エレフテリアのスキルでボートペラジックに能力を与える。

 アセンダンスでヴァンガードにアタック」

「《晴朗の乙女 レェナ》でガード」

「エレフテリアのブースト、ボートペラジックでヴァンガードにアタック。アタック時、エレフテリアの与えたスキルでパワー+5000」

「《デュアルプレッシャー・ドラゴン》と《ヴェレーノ・ソルダート レフォノハイラ》でガード」

「このターン2回目のバトルなので、EB3でボートベラジックはスタンドし、パワー+10000。

 フラッグバーグでヴァンガードにアタック。このターン3回以上アタックしているので、1枚ドローする」

 ちっぽけな怪人ひとりを相手取るには過剰な武装がすべてアヤメへと向けられる。

「……ノーガード」

 こくりと喉を鳴らしてアヤメは宣言した。

「ツインドライブ!!」

 男が宣言した瞬間、全砲門が弾け、破壊の嵐がアヤメの意識を呑み込んだ。

「う……ああああああっ!!」

 全身が千切れて吹き飛ぶような感覚に、アヤメは人目を憚らず叫んだ。そうでもしなければ痛みで気を失っていただろう。

「さあ、お前のダメージチェックだ」

 いつしか砲撃は止み、立ち昇る黒煙の中、男がドライブチェックでめくったカードを見せつける。トリガーは無かったようだ。

「……ダメージチェック」

 荒い息を吐きながらアヤメはカードをダメージゾーンに置く。トリガーは無し。これでまだ2点目だという事実に軽く眩暈がした。

「ボートベラジックでヴァンガードにアタック!」

 間髪を入れずに男が宣言する。

「ノーガード……ッ!!」

 先ほどに勝るとも劣らない砲撃を、今度は歯を食いしばって耐える。

「ダメージチェック……(フロント)トリガー……」

「俺はこれでターンエンドだ。エンド時、このターン4回以上アタックしているので、インレットパルスをソウルに置いて1枚ドロー」

「私のターン。スタンド&ドロー。

 ライド! 《夢刃の剣姫 ラスカリア・ヴェレーノ》!!」

 蒼海よりも蒼き翅を広げ、蝶の怪人が木片を蹴り嵐の只中へと飛び立った。

 薄い翅は荒れ狂う風を捉え、小さな体躯を烈風の如く加速させる。

 そう、蝶の羽ばたきは世界の果てで嵐を起こすのだ。

「G2ラスカリアのスキルで山札の上から5枚見て……ラスカリアを手札に加えるね」

 アヤメが血のこびりついたラスカリアのカードを見せつける。

「レフォノハイラをコール! レフォノハイラのスキルで山札の上から7枚を見て……《ヴェレーノ・ファミリア アグリジアス》を手札に加える。

 アグリジアスをコールして、EB2でドロップから《ヴェレーノ・ソルダート グルドーリ》をスペリオルコール。さらにグルドーリのスキルでドロップから《ヴェレーノ・カポレジューム エラフス》をスペリオルコール!

 バトルだよ。

 エラフスでヴァンガードにアタック!」

「レェナでガード」

「アグリジアスでヴァンガードにアタック!」

「デュアルプレッシャーでガード」

「ラスカリアでヴァンガードにアタック! ラスカリアのアタック時、アグリジアスをスタンドしてパワー+5000!」

「《ティアーナイト コスタス》でガード。アセンダンスでインターセプト。2枚貫通だ」

「ツインドライブ!!

 1枚目……ノートリガー。

 2枚目……ノートリガー。

 ……っ、ラスカリアのバトル終了時、エラフスをスタンドしてパワー+5000!

 レフォノハイラのブースト! アグリジアスでヴァンガードにアタック!」

「ノーガード」

「グルドーリのブースト! エラフスでヴァンガードにアタック!」

「ノーガード」

 怪人の放つ魔力弾が男の腹を貫き、剛槍が頭を叩き割る。相応のダメージを与えているはずだが、男は微動だにせず4枚目のカードをダメージゾーンに置いた。

「そんなものか?」

 軽い落胆を含ませて男がアヤメを見据えた。

「その程度では、俺を殺すばかりか痛みすら感じぬな。

 プロ入りのかかった俺の最後の公式戦。四炎に焼かれ、俺はけっしてプロにはなれない、なれたとしても目の前の少年には一生届かないのだと悟らされた瞬間……!! その全身を焦がす絶望の痛みと比べれば、お前の与える痛みなど児戯に等しい! 今からその一端だけでもお前に味わわさせてやろう!

 ペルソナライド! 殲滅せよ! 《旗艦竜 フラッグバーグ・ドラゴン》!!」

 絶対正義の象徴が、憎悪の炎に抱かれ黒く染まる。赤く濁った瞳が無機質な照準となってアヤメを捉えた。

「《賢明のブレイブ・シューター》をコール! スキルでドロップから《蒼昊竜 シェリングカノン・ドラゴン》をスペリオルコール!

 手札からインレットパルスもコールして、バトルだ!

 バトル開始時、エレフテリアのスキルでインレットパルスに効果を与え、シェリングカノンは自身のスキルで後列からアタックできるようになり、パワー+10000!

 ブレイブ・シューターのブースト! インレットパルスでヴァンガードにアタック! エレフテリアから与えられたスキルでパワー+5000!」

「ノーガード! ……ダメージチェックはノートリガー」

「1回目のバトル終了時、インレットパルスはスタンドする!

 エレフテリアのブースト! ボートペラジックでヴァンガードにアタック!」

「ノーガード! ……これもノートリガー」

 これまで受けたことのないような激痛がアヤメに襲いかかる。例えるのなら、爆風で全身が粉々に吹き飛んでいるのに痛覚は生きていると言ったところか。

「2回目のバトル終了時、ボートペラジックをスタンドさせ、パワー+10000!

 シェリングカノンでヴァンガードにアタック!」

「《夢刃泡影》! ラスカリアのスキルで1枚ドロー!」

「ボートペラジックでヴァンガードにアタック!」

「《夢刃泡影》! アグリジアスでインターセプト! 1枚ドロー!」

「フラッグバーグでヴァンガードにアタック! このターン5回目のアタックなので、1枚ドロー! エラフスとグルドーリを退却! フラッグバーグのパワー+10000し、お前は手札からガーディアンサークルにコールする時、3枚以上同時でなければならない!」

「デュアルプレッシャー、レェナ、アグリジアス、レフォノハイラでガードッ!!」

「ツインドライブ!!

 1枚目、ノートリガー。

 2枚目、ノートリガー。

 ……まあいい。

 インレットパルスでヴァンガードにアタック。エレフテリアの与えたスキルでパワー+5000」

「《ハニカム・ザイラス》で完全ガード!!」

 これで手札はラスカリア1枚。

「……相変わらずしぶとさはゴキブリ並みだな。俺はこれでターンエンドだ。エンド時、インレットパルスをソウルに置いて1枚ドロー」

 対する男の手札はこれで8枚。

「私のターン……スタンド&ドロー」

 引いたカードを見てアヤメは小さくため息をついた。

「大したカードは引けなかったようだな。へらへらしているようで、不機嫌はすぐ態度に出る」

 それに男が目敏く気付く。

「今ならまだ許してやらぬこともない。カードを置いて降参しろ。俺のお前に対する評価は変わってはいない。お前の素質は本物だ。

 だが今のお前は腑抜けている。お前の強さは義理や情に根差したものではない。他者を平然と傷つけようとする害意あってこそだ。

 まさか、蛆虫が蝶になる夢でも見ていたか?」

「…………」

「俺ならお前の強さを取り戻させてやれる。いや、それ以上にずっと……」

「少し考えさせてくれないかな……?」

 言って、アヤメはファイト中にも関わらず、夢見るように瞳を閉じた。

 

 

★彡

 

 

 殺意で黒く塗りつぶされた闇の世界。それはアヤメの心象風景。闇の一際濃いその中心部では、周囲から伸びる蜘蛛糸がラスカリアの手足を絡め取り宙にぶら下げている。その眼前に降り立ったアヤメが腕を一振りすると、蜘蛛糸がぷつんと切れ、ラスカリアは戒めから解放された。

「どういうつもり?」

 未だ蜘蛛糸のまとわりつく腕をさすりながら、警戒心も露わにラスカリアが問う。

「私が死ぬ前にあなたを自由にしてあげようと思って」

「あの男の軍門に降るというの?」

「いいえ。けど旗色が悪いのは事実だし、最期に挨拶もしておきたくて。

 ラスカリア、今までありがとう。そして、本当にごめんなさい」

「……へらへら笑いながらの謝罪は受け入れられません」

「謝るのに慣れてなくて」

 というより人生で初めて謝った気がする。

「私はあなたを好きにはなれません」

 ラスカリアはきっぱりと言い切った。

「けれど、すべてあなたが悪いとも思っていない。あなたの悪意に呑まれたのは、私の弱さが招いた結果。

 私達ヴェレーノ組は、私達なりのやり方で正しく生きようとしているけれど、支配と闘争を好む怪人の血も確かに私の中に流れている。そのことを今回の件で思い知りました。

 それこそ絶対正義を掲げる彼らからしてみれば、私達メガコロニーはまだ等しく無法者でしかないのでしょう」

 闇の一部が溶け、そこに猛り狂うフラッグバーグの巨躯が映し出される。

「だからこそ、これからはより厳しく己を律していかなければならない。それに気付かせてくれたことだけは感謝しています」

「マジメだね。やっぱり私はあなたのようにはなれないな」

 明らかに被害者であるラスカリアから感謝され、誰よりも欲望の赴くままに生きている少女は肩をすくめてかぶりを振った。

「けど今だけは、互いの想いは一致しているはず」

「え?」

「勝たなければならないのでしょう?」

 ラスカリアがフラッグバーグを凛と見据えた。

「私と同じように、人の心の闇に囚われた者。私は彼を解放してあげたい。あなたは彼を操る男に勝ちたい。はじめて目的が一致しましたね」

 ずっと厳しい表情を浮かべていたラスカリアの口元がふっと和らいだ。

「私と一緒に、戦ってくれるというの……?」

 アヤメがおずおずと尋ねる。

「我が剣を捧げましょう、我が先導者(マイ・ヴァンガード)

 いつしか握られていた蝶の意匠が施された大剣をラスカリアが掲げると、闇に一筋の蒼光が差し込んだ。

 

 

★彡

 

 

「ペルソナライド!! 《夢刃の剣姫 ラスカリア・ヴェレーノ》!!」

 アヤメがヴァンガードにカードを勢いよく重ね合わせた瞬間、そのカードにこびりついていた血が吹き飛び、虚空に消えた。

(どれだけ拭っても落ちなかったのに……)

 本来の輝きを取り戻した銀色の文字が剣の如く煌めき、鮮やかな蒼が視界いっぱいに広がっていく。

(でも、とてもきれい……)

 その姿は闇の中を歩んできたアヤメにとって、あまりにも眩しすぎた。

「それが答えか」

 男がさして残念でもなさそうに言う。

「グルドーリをコール! グルドーリのスキルでドロップからエラフスをスペリオルコール! その後列に……《天恵の源竜王 ブレスファボール》をコール!」

「ドローしたのは(オーバー)トリガーか。やはりお前に勝ちは無い。諦め――」

「思ったんだけど」

 アヤメがマイペースに男の言葉を遮る。

「?」

「私、あなたの名前を聞いてないよね?」

「俺達の関係にそれが必要か?」

「うん。あなたはそういう人だよね。不愛想で合理的。けど、よくよく考えたら不自然だよ。あなたはかつての戦績を話してくれるくらいには自意識も高い」

「何が言いたい」

「もしかしてあなたは期待していたんじゃないかな? 私か、もしくはここを訪れるお客さんに『もしかして、アマチュア大会で活躍していた××さんですか!?』って気付いてもらえることを」

「!?」

「はじめて顔色が変わったね。図星だった? やっぱりヴァンガードは楽しいね。ファイトを通して人と分かり合える」

 そのことに気付かせてくれた少年がこの話を聞いたら『それを煽り合いの道具にするなよ!?』と怒りそうだが。

「けど残念。私はあなたのことを知らないし、誰もあなたのことなんて覚えてない」

「黙れ……」

「そして何も成せないまま、あなたはここで私に殺されるの。栄華を究めた英雄にも、すべてを壊した大悪党にもなれず。誰にも知られることなく、場末のカードショップの片隅でひっそりと」

「黙れと言っている……!! 手札を使い切ったのなら、さっさとバトルフェイズに入れ!」

「はいはい。エラフスでヴァンガードにアタック」

「ブリッツオーダー《大義の進軍》! フラッグバーグのパワー+20000!」

「ラスカリアでヴァンガードにアタック」

「2枚のドロセアでガード! 2枚貫通だ!」

「ツインドライブ!!

 1枚目……(ドロー)トリガー! 1枚引いて、パワーはラスカリアに!」

「貫通を狙ってきたか。だが、ただトリガーを引くだけでは俺の命には届かんぞ? ★トリガーを引けなければな」

 男が己の心臓に親指を突き付ける。

 アヤメは引トリガーで引いたカードを横目で見た。

 ★トリガー。

 これで山札の★トリガーは残り1枚。

 それがどうした。

「あなたの言う通りだ……」

 

 八雲アヤメは

 

 蠍のように毒を持ち

 

 百足のように残酷で

 

 蜂のように容赦なく

 

 蜘蛛のように狡猾で

 

 花螳螂のように無害を装い

 

 蝗のように災害と呼ばれ

 

 蛆虫のように汚泥にまみれる

 

 けれど誰からも愛される蝶にだけはけっしてなれない。

 

(それでいい。このおぞましい力をもって、あなたを殺せるのなら……!!)

 

「2枚目……★トリガー!! 効果はすべてラスカリアに!!」

「!?」

 蒼く輝く鱗粉を煌かせながら、麗しき蝶が弾幕を潜り抜け、逆巻く波を斬り裂き、大剣を海竜の首へと突き立てる。

「がっ!?」

 瞬間、男が吐血した。

「俺が……俺達が……こんなところで……」

 その声にヒューヒューと異常な息が混じる。手札を取り落とし、テーブルに這いつくばるようにして突っ伏しながらも、伸ばされた手は山札へと――。

 アヤメはそれをただ憐れむように見ていた。

「ダメ、ジ……チェック……ノートリガー」

 5枚目のダメージが、ダメージゾーンとは大きくずれた場所に置かれ。

「セカ、ンド……チェッ……」

 6枚目のダメージを見た男がふっと笑み。

「フラッグバーグ……俺は、お前を……」

 最後のカード《旗艦竜 フラッグバーグ・ドラゴン》を握りしめたまま、男は動かなくなった。

 

 

★彡

 

 

 カードを握りしめたまま動かなくなった男の腕を取り、アヤメは脈を測る。ほんの僅かだが、とくんとくんという血液の流れる気配が感じ取れた。

(……まあそう簡単にイメージだけで人を殺せたら苦労はしないよね)

 落胆とも安心ともつかない大きな溜息をつく。

 目を覚ましたら自宅で首でも吊りそうな様子ではあったが、そんなことまでアヤメの知った話ではない。

(強かった……私がこれまで勝てた中で誰よりも)

 先ほどのファイトを思い返す。アヤメが勝てた理由はただひとつ。

 彼はファイト中、一度たりともトリガーを引けなかったのだ。

 どこかで1枚でも有効トリガーを引かれていれば、勝負は分からなかった。男がそれに気付いていなかったわけはないだろうが、それでも彼は黙々と最善を尽くし続けた。これがアヤメならぶつくさ文句を言いながらファイトも雑になっていただろう。

(いつもは憎らしいほど引きも強いくせして……)

 実力も風格も品位もプロの称号を冠するに相応しい男だった。ただ運だけが足りなかった。

 彼もそれをどこか自覚はしていたのだろう。故に狂気に憑りつかれた。

「私はね……お父さんとはあんなことになったから、年上の男の人に何かを教わるという経験がなかったの」

 男の手の中で握り潰されそうになっていたカードを抜き取り、優しく握り直させてから、アヤメはポツリと独り言のように語りかけた。

「だからあなたにヴァンガードを教えてもらう時間を、こう見えてけっこう楽しんでいたんだよ? ……あなたのことをお父さんみたいに思ってただなんて言ったら、あなたは笑うかしら? それとも怒るかしら?

 いずれにしろ……私はどんな生き方をしても親不孝(ゴミクズ)からは逃れられないみたいだね」

 諦観の笑みを浮かべながら立ち上がる。

「……さようなら。何者にもなれなかった惨めな人」

 最後にそれだけ言い残して、アヤメは振り返ることなくファイトスペースを後にした。

 

 

★彡

 

 

「以上が事の顛末だよ。私の才能を利用してヴァンガードを滅ぼそうとしていた男は、私に裏切られて滅ぼされましたとさ。めでたしめでたし」

「あと1歩でプロに届かなかった……言い換えればアマチュア界では最強だった男か。とんでもないやつが黒幕にいたもんだぜ」

 人気の無い路地裏で、アヤメからの報告を聞き終えたソロは、正直な感想を口にした。素人からしてみれば、十分すぎるほど雲の上の人である。それでは満足できなかったのだろうか。野心の無いソロには一生理解できない話なのだろう。

「私はそれに勝ったんだよ。すごいでしょう?」

「はいはい。すげーすげー」

 棒読みで褒めそやしてから。

「で? 今日は何の用で会いに来たんだ?」

 鋭い目をさらに鋭くして問いかける。

「え? だから君との約束を果たしたから、その報告に……」

「とぼけんなよ。先輩がただ約束を守るだけなら人知れずそれを果たして、勝手にどこかへ消えるだろ?」

 報連相(ホウレンソウ)などという模範的な行動が最も似合わない女である。……本当に就職できるのかこいつは。

「私のこと、よくわかってくれてるね。嬉しい」

 ソロの心配を余所に、アヤメは無邪気に両手を合わせた。

「気になること……というか、やり残したことがあるの」

「やり残した?」

 ソロがオウム返しに尋ねる。

「私とソロ君、本気で闘えばどっちが強いのかしら?」

 言って、アヤメが半身になって構えた。その全身を覆うように殺意が織り成し網と化す。

「よせよ。何度も言っているが、俺はもうケンカはしない」

 ソロは両手を掲げて降伏の意思を示した。

 というより、互いのスタイルを鑑みて、真正面に立たれて構えられた時点でソロに勝ち目はない。

 アヤメに勝つには背後から忍び寄って鈍器で後頭部を殴打するか、正面からであれば5メートル以上の距離をおいてのマシンガンが有効だ。

「これはケンカじゃない。試合だよ。それならいいでしょう?」

「……ルールは?」

「手足のいずれかで私の頭か胴体に当てることができれば君の勝ち。君の手足を私が掴めば私の勝ち。簡単でしょ?」

「…………」

「まさか私を怪我させてしまうことを心配してる? 私に当てることができると本気で思ってるの?」

 挑発するようにアヤメの指が蟲のように蠢いた。こうなった彼女は止まらない。踵を返したところで、背後から襲い掛かってくるだろう。

「……わかった」

 ソロは観念したように両手を下ろし、不意を突くように一瞬でアヤメとの間合いを詰めると拳を突き出した。

 拳がアヤメの眉間に突き刺さる寸前で止まり、色素の抜け落ちた長い髪が風圧でぶわりと広がる。

 その間、アヤメは微動だにしなかった。

「……防ぐつもりなかっただろ?」

「あら、バレちゃった?」

 まったく悪びれた様子もなくアヤメが首を傾げる。。

「怖いことはマジでやめろよ。無抵抗のやつを殴ったとあっちゃトラウマになるぜ」

「殴られてもいいくらい、君にはたくさん迷惑をかけたと思ってるけど」

 ようやく構えを解いて、アヤメが肩をすくめた。

「私ね、悪いことをしてきた人は必ず報いを受けるものだと思ってるの。

 私とお母さんをさんざん傷つけたお父さんは報いを受けた。

 たくさんのファイターを傷つけようとしたあの男も報いを受けた。

 ならそのふたりを傷つけた私も報いを受けるべきだと思わない?」

「けど、そいつらは……!!」

「……と、ほんの少し前まで思ってた」

「え?」

「ソロ君に見逃されて、気が変わったんだよ。

 そもそも報いを受けたがっている人が報いを受けたなら、それはもう罰じゃなくてご褒美だよね」

「そりゃまあ……そう、なのか?」

「だからね。私、幸せになってやろうと思うの。私が不幸にしてきた人間が妬ましく思うくらいに。うんと頑張って……私は幸せなんだと心から思えるようになった時――」

 アヤメが虚空に手を伸ばす。それはまるで何かに縋ろうとする赤子のようで。

「――私はそれを奪われるの」

 それを断ち斬るように腕を振り下ろした。

「それこそが報いというものでしょう?

 ああ、楽しみだわ。私はどんな惨めで愉快な末路を迎えるのかしら?」

 夢見る乙女の瞳が、まるで泥を見るように星を見ていた。

「じゃあ、ソロ君。そろそろお別れだね」

「……ああ」

「さようなら。もう二度と会うこともないでしょう。

 もしまた会えるとしても、その時はきっと敵同士だね」

「それでもいいさ。また会えるのなら」

 アヤメがふっと微笑み踵を返す。

 ふわふわとしたその背は、闇に紛れてすぐに見えなくなった。

 

 

★彡

 

 

 ソロと別れてからも、アヤメはステップを踏むようにして路地裏を歩いていた。

 見るからに上機嫌だが無理もない。これまで一度たりとも勝つことのできなかった相手に勝つことで短いファイター人生に有終の美を飾り、また新たな人生の目標を見つけたのだ。

 そんな彼女の前に、路地裏の曲がり角から見知らぬ若い男が現れ、立ち塞がった。

「あなたはだぁれ?」

「“女帝”だな?」

 質問に返答が無いばかりか呼ばれたくない名で呼ばれ、眉をひそめる。だが男の手に握られている、黒光りする金属塊を見て顔色が変わった。

 日本人には馴染みの無い。だがその名と機能は誰も知っている歪な凶器。

「“群王”の仇だ! 死ねぇ!」

 パァンと季節外れの花火が咲いて、真紅が闇を彩った。




蛆虫が好きです。
おぞましい見た目で腐肉にたかり、生まれ変わった姿はハエと、人に嫌われるために生まれてきたかのような生物ですが、彼らはそんなこと一顧だにしていないのでしょう。
その生き方に深い敬意を抱きます。

そしてファイトではフラッグバーグが登場です。
カードが公開されてから、ずっと書いてみたかったユニットのひとつで、個人的にはようやく書けたーという感じですが、いかがでしたでしょうか?

フラッグバーグの人(仮)も初登場からずっと、書いていてすごく楽しいキャラのひとりでした。
バックボーンはありそうなんだけど、それらがすべて明かされることなく退場するくらいの悪役が大好きです。

最後に予告となりますが……スターダスト&ダストは、残すところあと3回になります!
引き続き応援よろしくお願い致します。

感想等も頂ければ幸いです。
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