これはアヤメがソロにあえて語らなかった話――
アヤメが男とのファイトを終えてファイトスペースを出てすぐのところで、小学校高学年くらいの小さな少女とぶつかりそうになった。位置的にはアヤメがいたファイトスペースがよく見える場所だ。ファイト中、視線は感じていたが、恐らくはこの子のものだったのだろう。
「あ……ご、ごめんなさい」
少女がオドオドと目を伏せながら道を譲る。
その何かに怯えるような態度には見覚えがあった。自分を見つめていた、憧れと羨望の入り混じった熱い視線にも。かつて、古武術の道場を覗いていたガラスに映る自分の姿だ。
アヤメはおもむろに少女のブラウスに手をかけると、躊躇なくそれを左右にはだけた。
「うびゃあーっ!?」
少女が変な悲鳴をあげる。その肌着の下には、紫色の痣や煙草を押し付けられたような火傷痕が覗いていた。
「……!!」
慌てて衣服を閉じようとする少女を、アヤメが優しくふわりと抱きしめる。
「もう大丈夫、お姉さんが助けてあげる」
人助けも、たまには悪くない。
★彡
「第一回、カードショップ『眠り姫』最強決定戦ー!」
間延びした小さな声を精一杯に張り上げて、夢見弥ネネが宣言する。
ボサボサの寝ぐせに童顔。大人とは思えない小柄な体躯を、今日はパステルグリーンの寝間着で包んでいた。
カードショップ『眠り姫』には、ソロをはじめ常連のほとんどが集っていた。ソロの友人である
生徒会が『眠り姫』と交流があることは知らなかったが、どうやら強いファイターを探すうちに辿り着いたらしい。ネネともファイトしたらしいが、どちらが勝ったかは聞かなかった。負けた方の機嫌が悪くなるに決まっている。
「ルールは簡単。ここにいる全員でトーナメントをして勝った人が優勝だよー。優勝賞品はウチの店で使える商品券25000円分に加えて、店にあるお好きなカード、どれでも1枚プレゼントー」
「!?」
ネネの発表を受けて、やおらファイトスペースがざわついた。ファイトで競い合うことではなく、交流を重視している『眠り姫』では、賞品が豪華になるケースは少ないのだ。
「好きなカードだとぉ!?」
「水着ハーゼリットちゃんも!?」
「水着キョウカちゃんも!?」
「水着リルファちゃんも!?」
やたら色めき立ったのはイチニィサンだ。
「もちろんあげるよー。勝てたらの話だけどねー。こういうファイターのギラギラとした目を、たまには見たかったのだー。
さあ競い合え、野郎どもー! カードゲーマーのドロドロとした醜い一面を曝け出せー! 今日だけはネネちゃんが許す!」
「「「おうっ!」」」
変な方向に盛り上がるファイトスペースを――少し離れたところからショーケースの影に隠れてちらちら伺っている少女がいた。
「……おや?」
それに気付いたのは会場の雰囲気に呑まれることなくクロエの傍に直立不動で控えていた副会長だ。
「いかがしましたか?」
長身を屈めてできる限り少女と目線を合わせ、穏やかな微笑を浮かべながら問いかけた。
「あっ、あの……えっと……その……」
少女が言葉を選んでいる間にも、副会長は自然に少女の手を引いてファイトスペースへとエスコートする。
「わっ、私もっ……大会に、参加してみたい……ですっ!」
ファイトスペースの中央に立った少女は勇気を振り絞るようにして声をあげた。
「だそうです。構いませんよね?」
確認するように副会長が改めて問いかける。断られたとしても、この気のいい男は躊躇なく少女に参加権を譲るだろうが。
「もちろんいいよー。『眠り姫』は初心者大歓迎なのだー」
ついさっきまでタチの悪い扇動者だったネネがすっと店員の顔に戻り、快く同意する。
「それじゃー始めようか。参加費は1000円――あ、飛び入りのキミは特別にタダでいいよ――出場したいやつは順番にエントリーしにこーい!」
こうして夢見弥ネネ発案のガチ大会、カードショップ『眠り姫』最強決定戦が開催されたのであった。
★彡
「アルキテのスキルを発動。オーダーゾーンからレイヴィリスとゴウカテラをスペリオルコールし、レイヴィリスでヴァンガードにアタックします。すべてを壊しなさい、レイヴィリス」
2体の巨大怪獣が少女の前に壁となって立ちはだかり、そのうちの1体が氷原を蹴立てて巨体に似合わぬ速度で駆け出すと、目に映る生物すべてを八つ裂きにする。
「ハルムヴェルドのスキル発動! 山札の上から5枚を見て……《戦士の休息》を手札に加える! オーダーを手札に加えたので、イスクディートの列をスタンド! さらに《インフュージョン・エンジェル》の効果で自身の列もスタンド! 行こう、ハルムヴェルド!」
2丁の斧槍を軽々と片手で操り敵陣に斬り込んだ聖竜が、檄を飛ばすかの如く咆哮し、率いる軍勢に勇気と加護を与える。
「猩々童子でヴァンガードにアタック! バインドゾーンからキンランとアンプレセデンをスペリオルコール! バインドゾーンからツクヨダチもコール! ツクヨダチでアタック! キンランでブーストしたアンプレセデンでアタック! この2体をソウルに置いて、さらにツクヨダチをコール! さあ、私のアタックはまだまだ続くよっ!」
荒々しくも妖艶さを感じさせる鬼が、己の背丈ほどもある太刀を優美に振るう。艶やかな舞いは絶え間無き剣戟となって敵を追い詰めていく。
右を見ても左を見ても強そうなファイターとユニットばかり。飛び入りの少女は初めての大会、その雰囲気に圧倒されていた。
「ハーゼリットちゃんでヴァンガードにアタックだコラァ!」
「キョウカちゃんでヴァンガードにアタックだオラァ!」
「リルファちゃんでヴァンガードにアタックだボラァ!」
「さぁここからはアタックしたければサジッタのスキルで手札を捨ててもらおうか!」
ガラの悪い人も4名ほどいた。こわい。
「大丈夫ですよ。落ち着いて自分のペースでプレイしてくれて構いませんからね」
幸い、対戦相手は自分に声をかけてくれた、メガネをかけた優しいお兄さんだ。ほっと安心したのも束の間――
「さぁーって! ここからは処刑タイムだァ! エレドグレーマにスペシャルライドォ!!!」
G3にライドした瞬間、お兄さんが豹変した。
「ヒャアハハハッァッ!! 初心者だろうと関係ねェ! 貴様のいたいけな心にトラウマを刻み込んで、二度とカードを持てなくしてやんよ!!!」
「ひ……い、いやあああああーっ!?」
中指を立てて宣言するお兄さんに、少女は渾身の悲鳴をあげた。
「なんで
早々にファイトを勝って終わらせたソロがネネに詰め寄った。
「うるさいなー。ただのくじ運でしょー。ソロちゃんは過保護だなぁ」
ネネはしっしっと手を振ってソロを追い払おうとする。
「でもあいつは……」
「それにあたしの見立てでは、あの子は言うほどいたいけじゃないよ」
「……え?」
なおも食い下がろうとしたソロが一瞬、ぽかんとしたところで。
「ライド……《夢刃の剣姫 ラスカリア・ヴェレーノ》」
少女がG3のユニットにライドし。
「ラスカリアだとぉ!?」
「っ!?」
「な!?」
「に!?」
「ぬ!?」
一部の人物が過剰に反応した。
「別に驚くことでもないでしょー。ラスカリアは世界に4枚しかないレアカードでもなければ、神のカードでもないんだからー」
「そ、そりゃそうだが……」
周囲から一身に注目を受ける中で、飛び入りの少女は気を落ち着かせるように大きく深呼吸する。
「うん。私は大丈夫。やろう、ラスカリア」
その瞬間、実際に傍にラスカリアがいて、彼女と手を繋ぎながら囁き合っているような、そんな微笑ましい光景を誰もがイメージした。その強すぎるイメージは否が応でも――方向性こそ真逆なれど――とある女の姿を思い起こさせる。
「グルドーリでブースト! ラスカリアでエレドグレーマにアタックしますっ!」
「しゃらくせぇ! 2枚の《柩機の竜 エンバイロ》でガードじゃあ!」
「ツインドライブ!!
1枚目……
2枚目……
こ、これでガード貫通ですっ!」
ふわりと蒼い蝶が白夜に舞い上がり、瞬間、手にした大剣で蝙蝠怪獣を斬り捨てる。
「ほ、ほぎゃあーーーーーーーーっ!?!?」
副会長の衣服がパンツ1枚を残して弾け飛び。
「ぎゃふん!」
勢いよく吹き飛んだ副会長は、頭から地面に落下した。
「あ、あの……大丈夫、ですか?」
勝利の興奮か、それともまったく別の理由か、頬を薄くピンク色に染めながら、少女がおずおずと副会長に問いかける。
副会長は何事も無かったかのようにすっくと立ち上がると、欠けたメガネをかけ直しながら爽やかな笑顔を浮かべた。
「いやぁお強い。楽しいファイトでした。対戦ありがとうございます」
「いやもうツッコミきれませんよ!?」
「ねー、だから言ったでしょー?」
唖然としているソロに、ネネが胸を張る。
「あの子、次の対戦相手はソロちゃんだよー。勝てるといいねー」
手元のトーナメント表で『謎の女の子』(名前を聞けよ……)を勝ち上がらせながら、ネネは意地の悪い笑みを浮かべるのであった。
★彡
「「「勝ったぜ、ソロの兄貴!!!」」」
「なんだとぉ!?」
ショップ大会となれば1回戦敗退が当たり前。部活でもカケルはもちろん、ソロにすらロクに勝てないイチニィサンが揃ってドヤ顔で報告してきたものだから、ソロは目を剥いて驚いた。
「ちょっとソロ、失礼だよ」
カケルが珍しく強い口調でたしなめ、「おめでとう!」と満面の笑みで3人を祝福した。
「へっへっへぇ、いいってことよ」
「兄貴のそんな顔が見たくて特訓したのよ」
「ネネちゃんさん師匠にコーチしてもらってなぁ!」
「ネネちゃんさんに……」
ソロもアヤメに勝つまではネネにコーチを受けていたが、勝ててからは御無沙汰だった。彼女はファイトに妥協を許さないスパルタなので、必要に迫られない限り受けたいものではない。それがまさか入れ違いになっていたとは。
「じゃあ次の対戦相手は……」
「あっ! サン君、勝ったんだ! じゃあ次は私とだね」
話にひょっこりと割り込んできたのはサナエだ。
「おや。次の対戦相手はニィさんですか」
さらに現れたのは余裕しゃくしゃくのクロエで。
「……イチとの対戦相手は僕だよ」
改めてカケルも言葉を続けた。
「……!!」
ソロの知り合いの中では頭一つ抜けて強い3人(サナエとは同格だとソロは勝手に思っているが)が揃い踏みである。
「望むところよ!」
「やってやらぁ!」
「全員まとめて簀巻きにしてやるぜェ!」
だがサンニィイチは一切臆することなく威勢のいい啖呵を切った。
★彡
「あ、あの……よ、よろしくお願いします……」
対面に腰かけた少女はソロを明らかに警戒していた。椅子に深く腰掛け、可能な限り身を引いている。声も哀れなほど震えていた。
怖がられるのは慣れている。……のだが、副会長よりビビられるのはどうにも釈然としない。
「……よろしくな」
「ひぃっ!?」
気を取り直して満面の笑みを浮かべるも、完全に逆効果だった。
「お前には聞きたいことがある」
取り繕うのを諦め、本心をぶつける。
「そのカードの持ち主のことだ。まともに会話ができねーようなら、ファイトで聞かせてもらうぜ!」
「!? 負けませんっ……!」
その言葉を聞いて少女の顔つきが変わる。さぁっと蒼の鱗粉が渦を巻き、彼女を守護するように蝶の剣士が立ちはだかるのが見えた。
ソロの想像は確信へと変わった。
「ペルソナライドォ! 《PhosphorescenceStream ハーゼリット》!
後列からフィーユちゃんでアタック! バトル終了時、このカードを山札の下に置いて1枚ドロー!
さらに後列からセノンちゃんでアタック! 同じくバトル終了時、山札の下に置いてドロー!
ハーゼリットちゃんでもアタックだぁ!」
白兎が跳ねる。観客を惑わすように、脅かすように、楽しませるように、不可思議なステップで翻弄する。
「ペルソナライドォ! 《#Make_A_Wish!! キョウカ》!
《Lyrical ShootingStarS ☆ 増刊号》を読むぜ! ドロップからキョウカちゃんとフレイディースちゃんをスペリオルコール!
さらに《Lyrical ShootingStarS》を読んで、バトルだ!
中央後列からキョウカちゃんでアタック!」
忍の里で得た技をパフォーマンスへと昇華させた鬼が2体に分身し、一糸乱れぬ舞いで観客を魅了し誘惑する。
「《高く尊き至大の夢 リルファ》でガード!
そして俺のターン! 《夜空に高き一等星 リルファ》にペルソナライドォ!
アウアニスちゃんでブースト! リルファちゃんでアタックだぁ!」
その巨体が軽くステップを踏むだけで大地が揺れ、優雅に腕を振るうと最前列にいた観客が吹き飛ばされた。何故か至福の表情を浮かべる彼ら彼女らを、大きくそして柔らかい手のひらが優しく受け止め、会場は大歓声に包まれた。
(あいつら……頑張っているみたいだな)
イチニィサンの声を背中で聞きながら、ソロは改めて目の前の相手に集中する。
「アドマンティスのブースト! ラスカリアでヴァンガードにアタックします!」
「《神恩天唱 グリザエル》でガード!」
「バトル終了時、アグリジアスをスタンド! 手札を1枚捨て、アグリジアスでヴァンガードにアタックです!」
「ウォルミアで完全ガード!」
「私はこれでターンエンドですっ!」
「……よかったのか? エラフスはスタンドさせなくて」
少女の盤面にはもう1枚スタンドできるユニットがいた。しかし彼女はそれをしなかった。
「そっ、そんなの私の勝手です!」
6枚の手札を大事に抱えながら少女が言う。
「そうだな。サジッタのスキルを警戒してアタック回数を抑えるのも作戦だ。
だが少なくともあいつは……こんなもんじゃ怯まなかったぜ!」
「っ!?」
「俺のターン。スタンド&ドロー!
ペルソナライド! 《Absolute Zero サジッタ》!!
《月に寄り添う幻想曲 アーデルハイト》をコール!
サジッタとクラウのスキルを発動して、バトルだ――」
ソロの猛攻を少女も《夢刃泡影》で的確に捌いていく。
「サジッタでヴァンガードにアタック! アタック時、ドロップからアルハをスペリオルコール!」
「!? このターン、5回のアタック!? 自分も手札を捨てちゃうのに……!」
「構わねぇ! このターンに勝つ!」
「えと……《ハニカム・ザイラス》で完全ガード!」
「トリプルドライブ!!!
1枚目、ノートリガー!
2枚目、★トリガー! 効果はすべてカシュアに!
3枚目、★トリガー! 効果はすべてアルハに!
手札を1枚捨て、カシュアでヴァンガードにアタック! 俺が捨てるのはクルノール! カシュアのパワーさらに+5000だ!」
「そんな……防ぎきれない。……ノーガード、です」
絶対零度の歌声が蒼い鱗粉の守護を吹き飛ばし、少女の心に深く突き刺さった。
「ダメージチェック……私の負けです。対戦ありがとうございました」
6枚目のカードをダメージゾーンに置きながら、少女が軽く目を伏せ。
「ごめんなさいっ!!」
さらに勢いよく頭を下げた。
「私、あなたにとても失礼な態度を取っちゃいました」
「気にしてねーよ。怖がられるのには慣れてるからな」
本当はめっちゃ気にしてる。
「私、色々あって男の人が少し苦手で……なんて、それも言い訳ですよね。
けど……こんなことを言うと不思議に思われるかもですけど、ファイトを通してサジッタが教えてくれたような気がしたんです。あなたは優しい人だって。
実際、負けちゃったけど心がとっても温かくなるファイトでした」
「……それよか、改めて教えてくんねーか。そのカードの持ち主のこと」
気にしてるくせ好意を向けられると気恥ずかしくなって、ぶっきらぼうな態度を取る。遠くでネネが「そういうとこだぞー」と呆れていた。
「は、はいっ。お察しの通り、このカードは……いえ、デッキそのものが貰い物です」
言いながら少女がラスカリアのカードを持ち上げる。ソロに挨拶でもするように、銀色の文字がきらりと瞬いた。
「私……少し前まで父親から家庭内暴力を受けていたんです」
「!?」
「家にいたくなくて……門限までカードショップに入り浸るのが日課でした。ヴァンガードには昔から興味があったんです。イメージの中でなら何にでもなれる。騎士にも、魔法使いにも、ドラゴンにだって。それくらい強くなれれば父親の支配からも脱することができる。……もっともカードなんて買ってもらえるはずもなく、普段はショーケースを眺めてるだけでしたけどね。
けどある時、ふとファイトスペース覗いた時に出会ってしまったんです。とっても綺麗なのに、横顔は凛々しくて、年上の男の人を相手に一歩も引かず打ち倒した女の人。私のイメージしていた
「そっ、そいつの名前はっ!?」
「名前は聞いていません。というか教えてくれませんでした。
ただ、ファイトを終えた女の人は私に気付いて……ひと目で私が家庭内暴力を受けていることまで見抜きました」
「まさか――」
少女の父親を暴力で排除したんじゃないだろうなとソロが口を開く前に、少女は興奮気味に話を続ける。
「その後の手並みは鮮やかでした! 私を連れてすぐさま閉まりかけていた役所に駆け込むと、なんだかんだ理由をつけて動こうとしない職員を『これでこの子に何かあったら窓口対応したあなたの責任になるんだよ?』と散々に脅して、その日に監査を家に派遣させるところまで漕ぎ着けました。
私の家に乗り込んだ後は監査の人そっちのけで家を漁りまわって、私が家庭内暴力を受けていた証拠を次々と見つけ出しました」
「…………」
端々にあの女みはあるものの、彼女らしからぬ正攻法でもある。
(だがそうか……そうだよな)
よくよく考えてみれば、父娘の関係性を暴力で解決することなど、あの女ならするはずもなかった。あの過去も罪も顧みない女が唯一、後悔の片鱗を覗かせていたのがそれなのだから。
「指導を受けた父はまだ不服そうでしたが、最後に女の人は父を私の目の届かない別室まで連れ込んで――帰ってきた父は何故か小指が折れていて、ものすごく素直になっていました」
「やっぱり最後は暴力で解決した!!」
「それから――まだまだ全然ぎこちないですけど、父は普通の父親であろうと努力してくれています。暴力を振るわれることも、もうありません。
女の人は私がヴァンガードに興味を持っていることを知ると、1週間ほどルールやファイトの基礎を教えてくれて、最後にラスカリアのデッキを押し付けるように託すと、私の前から姿を消しました。
もちろんはじめはデッキを受け取ることを拒否しましたが、『私にはこの子の先導者である資格はもう無いの。けどこの子はまだ戦えるから』と。あの人は寂しそうな顔をしていたのに、とても断ることなんてできないほど強い意志も感じられて……私はもう何も言えませんでした」
「……そいつのこと、たぶん俺はよく知ってるよ」
「本当ですか!? 教えてくださいっ!」
「ああ。……っと、そう言えばまだ名乗ってなかったな。俺は
「私、
「……ああ。この大会が終わったらゆっくり話そう。……その、蝶野の理想を壊してしまうことになるかも知れないが」
アリスはふるふると小さく首を横に振った。
「あの人がただ正義のヒーローじゃないことは、私も薄々と感じていました。
それでも、あの人がどんな闇を抱えていたとしても――私にとってあの人は、出口の見えない迷いの森から連れ出してくれた……ひとひらの蝶でした」
「……そっか」
思えば、あの女は今頃何をしているのだろうか。別れ際に彼女が口にした通り、あれからは会えていない。家にも尋ねてみたが、いつの間にか引っ越していた。
だがきっとどこかで今も元気によからぬことをしようとしているのだろう。
見上げた視界の端に蝶が舞ったような気がした。
★彡
「レイヴィリスでヴァンガードにアタックします」
「猩々童子でヴァンガードにアタック!」
「……ハルムヴェルドで……ヴァンガードにアタックするよ……!!」
他のテーブルでもファイトの決着がつこうとしていた。
「「「……ノーガード」」」
偶然にもイチニィサンの宣言が重なり合った。
「ダメージチェック……俺の負けだぜ」
ダメージゾーンに6枚目のカードを置いたイチは、いつもなら負けても晴れやかな顔をしているのだが、今日は悔しそうに俯いたままだった。
「イチ……」
カケルもそんな彼にかける言葉が見つからないでいる。
「カケルを驚かせたくて……本気で特訓したんだけどな……」
「十分に驚いたよ! イチは見違えるほど強くなってた!」
「それでもよ……勝ちたかったぜ。負けるのってこんなに悔しいんだな。俺は今まで負けっぱなしだったけど……本当の意味で負けたことはきっと無かったんだ」
イチがボロボロと大粒の涙を零す。そんな彼の頭を小さな手がモヒカンごと鷲掴みにした。ネネである。
「あんたらはよく頑張った。このあたしが認める。だから誇れっ!」
そう言って、イチの頭をぐりぐりと撫でまわす。
「ううう……ネネちゃんさん師匠ぉぉぉぉおおおお!!!」
感極まったイチがネネに抱き着いた。やがて集まってきたニィとサンもネネがまとめて抱き締める。筋骨隆々の男達が寝間着姿の少女に縋りつく、傍から見ていると不可思議な構図だが、それを笑う者はこの場にはいなかった。
★彡
続く第3回戦も終了し、残ったのはクロエ、カケル、サナエ、そしてソロの4人となった。
ソロの知り合いが勢揃いであるが、レベルの高い『眠り姫』ではかなり珍しい。カケルやサナエですら1回戦負けすることだってあるのだ。
その対戦カードは。
「よっしゃ! はじめるか」
「うん! 負けないよ」
ソロとサナエ。
「ちょうどよかった。あの時の勝利が偶然のものであったと思い知らせてあげましょう」
「はは……よろしくお願いします」
そして、クロエとカケルである。
「手札を1枚捨てて、猩々童子でヴァンガードにアタック! アタック時、ソウルに2枚のカードを置いて、キンランとアンプレセデンをスペリオルコール! バインドゾーンからツクヨダチもスペリオルコール!」
「おいおい! このターンもう5回目のアタックだぜ? キンランを使って、ツクヨダチをさらに呼んだら……」
サナエの手札は既に3枚。ターン終了時には、サジッタのスキルでほとんど手札が残らないだろう。
「構わないっ! 私は退かないよ! ソロ君が相手ならなおさらだっ!」
ソロの手札は6枚で、ダメージも5点。残る4回のアタックを防ぎきれるかは怪しいが。
「おもしれぇ! ウォルミアで完全ガードッ! 来いよ、サナッ!」
「いくよっ、ソロ君! ツインドライブッ!!」
荒ぶるようで優美な舞いと、精密でいて激しいダンスが交錯し、互いが互いを高め合うように際限なくキレを増していく。
こうして好敵手と競い合えることがたまらなく楽しく、どこまでも強くなれることが嬉しかった。
「レイヴィリスでヴァンガードにアタックします」
「ノ……ノーガード」
顔を青くしたカケルが宣言する。
跳躍した怪獣の黄金色に輝く爪が白夜の空ごと聖竜を千々に引き裂き――
★2のアタックを受けてカケルは敗北した。
「い、一方的すぎる……」
最前列で観戦していたアリスが少し身を引きながら言葉を零した。
「……やっぱりあの時は手加減をしてくれていました?」
大きく息をついて少し気を取り直したカケルが苦笑しながら尋ねる。
「まさか。これが本来の実力差です……と言いたいところですが、あなたに負けてから私は自分を鍛え直しました。勝って驕らず、敗北は糧に。それが勝負事の基本です。あなたこそ推薦を得てから、少し気が抜けていたのではありませんか?」
「う……」
そこまでは言わないが、部活でいつも通りに時を過ごしていたことは否めない。ヴァンガードの強豪校に行くと決めたのだ。プロすら目指せる進路である。現状維持の平常運転では足りなかった。
「……ご指導ありがとうございました」
「構いません。生徒の模範になることが生徒会の使命ですから。……さて」
不意にクロエが顔を上げる。
「次はあなたの番ですよ?」
その漆黒の瞳には、一足先にファイトを終え、遠くから観戦していたソロの姿が映し出されていた。
★彡
「手札を1枚捨て、レイヴィリスでヴァンガードにアタックします」
「ウォルミアで完全ガード!」
このファイトでもクロエが一方的だった。ソロのダメージは5点。手札はサジッタ1枚にまで追い詰められている。
「手札を1枚捨て、《磁力怪獣 マグニデス》でヴァンガードにアタックします」
為す術もなく6点目のダメージを受けてしまうが。
「まだだっ! ダメージチェック……
「私はこれでターンエンドします」
さほど気にした様子もなくクロエが宣言する。それもそのはず手札は6枚、ダメージはまだ3点。
「俺のターン……スタンド&ドロー!
ペルソナライド! 《Absolute Zero サジッタ》!」
ペルソナライドで引いたカードを見て、ソロがニッと口の端を上げる。
「生徒会長……あんたには感謝してるんだぜ」
「いきなり何の話ですか?」
「あんたと会ってから、俺は他校の生徒にケンカを売られることがなくなった。それまではどこに逃げても誰かにケンカを売られていたのにな」
「話が見えませんね」
「生徒会が裏で手を回してくれていたんだろ? 俺が普通に学生生活を送れるように」
「そんなことをした覚えはありませんが」
「いやいやトボけんなって! そんなことできそうなのあんたしかいねぇ」
「知りませんね。不良の抗争に関わっていられるほど、生徒会は暇ではありませんので」
「普段は自意識過剰すぎるくせして、なんでこういう時だけカッコつけんだよ!?」
「聞き捨てならない侮辱が聴こえたような気もしますが……そういうお話がしたいなら、私に勝ってからにしてはいかがでしょうか?」
クロエの冷たい瞳がメガネ越しにソロを見据える。
「……へへっ、あんたの言う通りだ。まずはファイトで勝つことが恩返しだな!
俺がコールするのはエースユニット《とびきりの愛で抱きしめて オクタヴィア》だ!」
クロエが僅かに眉をひそめる。
「オクタヴィアのユニークスキル! パワー+5000して1枚ドロー! ユイカにスキルを与える!
手札を1枚捨て、クラウのスキル発動! サジッタのスキルで1枚ドロー! クラーリとアルハをコール!
サジッタのスキルも発動して、バトルだ!!
ユイカのブースト! アルハでヴァンガードにアタック!」
「ノーガード。ダメージチェック……★トリガー。パワーはアルキテに与えます」
「ユイカのスキルでアルハは手札に戻るぜ!
クラーリのブースト! サジッタでヴァンガードにアタックだ!! ドロップからアルハをスペリオルコール!」
「ギルグランドで完全ガードです」
「トリプルドライブ!!!
1枚目、ノートリガー!
2枚目、ノートリガー!
3枚目……来たぜ!
「…………」
クロエは動じない。だが、ソロも止まらない。
「クラウのブースト! オクタヴィアでアタック! 相手がG3なのでパワー+5000、このターン2体以上コールしているので、さらに+5000! 合計パワーは73000だぁ!!」
「ノーガード。治トリガー。アルキテのパワー+10000」
「手札を1枚捨て、パワー1億のアルハでヴァンガードにアタックだぁ!!」
「ノーガードです。……まったく、強くなりましたね」
クロエの山札にはまだ治トリガーが1枚残っているはずだが、彼女は負けを確信しているような、晴れやかな微笑を浮かべていた。
「そうなれたのはあんたのおかげだと言ってる。あんたが環境を作ってくれたから……」
「そういうことにしておきましょう。ですが、6点治に、エースユニットに、超トリガー。今回は運がよかっただけというのもお忘れなく」
最後に負け惜しみじみた忠告をしてから。
彼女はまるで歌声に聞き惚れるようにうっとりと目を閉じ、山札からカードをめくった。
★彡
「クロエ生徒会長……対戦ありがとうございました!」
心の底から感謝の念を込め頭を下げてから。
「っしゃあ! 俺の勝ちだ! 優勝だ!
おら、ネネちゃんさん! 25000円分の商品券と好きなカード1枚だ! 忘れたとは言わせねーぞ!」
ソロはすぐさま上機嫌になって立ち上がり、ネネへと詰め寄った。
「情緒も余韻もクソもないねー」
ネネは呆れたように言ってから。
「ここでダブルアップチャンスー!」
一際明るい声でそんなことを言い放った。
「あ?」
「ここでネネちゃんとファイトして、もしも勝てたら賞金2倍ー!」
「2倍だとぉ!?」
「25000円の2倍ってことは!」
「60000円かぁ!?」
「50000円ですよ……」
騒ぎ立てる
「ただしネネちゃんに負けた場合、商品券は没収ー。もちろんソロちゃんはファイトを拒否することもできるけど、どうするー?」
ネネが試すような上目遣いになって首を傾げる。
やけに賞品が豪華だと思ったが、ここで回収する腹づもりだったようだ。優勝候補――プライドの高いクロエや、ノリのいいサナエなど――であれば、迷わずファイトを受けていただろう。
「そ、そんなもん……」
優勝したのがソロということだけはネネも誤算だっただろうが。
「受けるに決まってんだろーが!!」
ソロがそれを受けないはずもなかった。
「ふっふっふっー。そうこなくっちゃー」
ネネが嬉しそう(そして少し安心したように)に笑う。
「ちょっ、ちょっと、ソロ! それでいいの!? ネネちゃんさんには1度も勝ててないんだよね」
メンバーの中で唯一損得が勘定できるカケルが慌ててソロの腕を掴んだ。
「ああ! 25000円と50000円なら、50000円の方が得に決まってんだろ!」
それに馬鹿丸出しの理屈で答える。
「25000円と0円なら25000円の方が得なんだよ!?」
「まあ待て。俺にも勝算が無いわけじゃねぇ。たしかに俺の実力はまだまだカケルにも生徒会長にも……もちろんネネちゃんさんにも及ばねーが、運さえ傾けば覆せる程度には差が縮まってきているぜ。今日の大会で俺はそれを確信した。そして運だけなら、今日の俺は絶好調だ!!」
今日の勝利体験がソロにいらん自信を与えてしまったようだ。
「さあ、ネネちゃんさん! 早いとこおっぱじめよーぜ!」
「いいよー」
ふたりが揃って着席する。
相対するネネからは瘴気のような闇色の気迫が全身から溢れ出していた。店の収益に関わることだからか、本気だ。
(……気圧されるな。ネネちゃんさんのアンドロルドとは何度も対戦してきた。わからん殺しされることはないし、手の内も把握できてる)
ファイトの準備を進めながら、頭をもたげてきた後悔を抑え込むように、心の中で自分に言い聞かせる。
「ネネちゃんが勝っても、好きなカードはプレゼントしてあげるから安心してねー」
「俺が負ける前提で話すなよ。ここでネネちゃんさんに大金星をあげて、50000円ごともらってやるぜ」
「ソロちゃんのそういうところ嫌いじゃないよー。それじゃーはじめようかー」
「ああ!」
「スタンドアップー」
「ヴァンガード!」
「《デザイアデビル タイーダ》」
「《Absolute Zero リッ―― へ?」
それは臓腑の底から吐き出された渾身の『へ?』だった。
(続く!!)
はい、次回に続きます。
何気にちゃんと描写するのは初めてな、ソロVSネネちゃんさん。
楽しみにしていただければ幸いです。
感想等もお待ちしております。