顔面から滝のように汗が流れ出し、次々と顎を伝って落ちていく。9月の初頭だというのに風は冷たく、汗で濡れた全身から体温を奪っていった。呼吸が苦しいのは、激しい運動をしているためだけではないだろう。標高が高くなり、酸素が薄くなっているのだ。
「ご、ごめん、ソロ……。少し、休憩」
ソロも大きく息を吐きながら石段へと腰かける。ペットボトルに入った水はもう半分を切っており、それを大事そうにちびちびと飲んだ。
そして、どうしてこんなことになったのかをゆっくりと回想する。
今週の初め、カケルが面白い情報を仕入れてきた。
曰く、茜山という山にある石段を上った先に、鬼のように強いという以外は謎に包まれた伝説のヴァンガードファイターがいるのだという。
そしてその山は、意外にもソロ達の通う
「せっかくだからその謎のファイターに会いに行こうよ」
「いいねえ!」
好奇心旺盛なふたりの意見はすぐさま一致し、週末、茜山の石段を上り始めた。
30分経った頃には、まだカケルも「まるでハイキングみたいだね」と笑う余裕があった。
1時間経った頃、カケルが一度目の休憩を提案した。
2時間もすると、ふたりの口数はめっきり少なくなった。
3時間後、今に至るというわけだ。
早朝から階段を上りはじめたはずだが、今や太陽は頂点に達しており、にも関わらず体感気温は秋の暮れのように肌寒い。ハイキングというか、完全に登山の様相を呈していた。半袖短パンの軽装で挑むのは今更ながら危険すぎる。
「ソロ。ここはいったん引き上げよう。これ以上進むのは命にかかわるよ」
ソロの内心を代弁するかのように、ようやく息の落ち着いてきたカケルが提案した。
「そうは言ってもよ……ここで諦めたら、ここまで上ってきたものが全部無駄になっちまうんだぜ?」
「落ち着いて考えてみてよ。僕達はこれからこれまで上ってきたのと同じ距離を戻らなくちゃならないんだよ?」
「……!?」
ソロの顔面が青く染まる。はっきり言って、それは考慮していなかった。あと1時間上れば4時間。2時間上れば5時間。往路と同じ分だけ復路にも時間をかけなくてはならないのである。まさかこの山の頂上にエレベーターやロープウェイがあって、帰りは一瞬などということはあるまい。
「……わかった。カケルはここで帰れ」
「うん。……ソロは?」
「俺はやっぱり途中で諦めるなんて性に合わねぇ。もう少しだけ上ってみるぜ」
「でも……」
「心配すんな。自分の体力の限界は分かってる。あと1時間上って何も無かったら、俺も引き上げるぜ」
「……うん、わかった。気を付けてね」
カケルはまだ何か言いたそうにしていたが、もう気力が残っていなかったのか、ノロノロと立ち上がり、石段を下り始めた。その足取りもまだ意外としっかりとしており、復路の心配はなさそうだなと判断すると。
「……よっしゃっ!」
気合を入れ直して、ソロはまた石段を上り始めるのだった。
それから1時間、2時間と経過しても、ソロは宣言をあっさり撤回して石段を上り続けた。あと1分上り続けた先にはきっと何かがあるのだと自分に言い聞かせながら。ギャンブルで破滅するタイプである。
だが今日に関しては、
3時間経ち、いよいよ遭難の二文字が頭をよぎり始めた頃、代わり映えしない気配に変化が訪れたのだ。
それをまず感じ取ったのは嗅覚だった。銀杏の少し腐ったような秋の香りが階段の先から流れてきたのである。
(この先に何かがある……!!)
確信したソロは、最後の力を振り絞って一段一段を踏みしめるようにして進んだ。
そして5分後、大きな赤い鳥居のようなものが見えてきた。
(ここは……神社か?)
石段の終わりにそびえ立つ大鳥居をくぐると、黄や紅、秋色に染まる色とりどりの木々がソロを出迎えた。地上より気温が低いためか、ここは10月頃を思わせる見事な秋模様だった。
1枚の紅葉がはらはらと、ソロの頬をくすぐって石畳へと落ちる。
もしも天国があるのだとしたら、サジッタの膝の上か、もしくはこんな景色をしているのだろう。
そんなことを思いながら、ソロの意識がゆっくりと闇へと落ちていく。
「あっ! 君、大丈夫!?」
薄れゆく意識の中、女の子の声が微かに聞こえたような気がした。
★彡
胸や脇腹に当たる冷たい感触に、ソロの意識はゆっくりと覚醒した。
まず目に入ったのは、心配そうにこちらを覗き込む赤い髪をした少女の顔だった。
「よかった、目が覚めた! ねぇ、目は見える? 私の声は聞こえてる?」
顔をほころばせた少女が、矢継ぎ早に質問を繰り出してくる。それにはまだ答えられず、ソロはぼんやりとした意識のまま、少女の観察を続けた。
まず目を引くのが紅葉のように赤く染まった髪。それが長く腰まで伸びている。
恐らくは同年代。緋袴越しにでも分かるほど綺麗な体勢で正座をしており、手には濡れタオルが握られている。こうしてずっと倒れたソロを看病し続けてくれたのだろう。ソロは上半身裸で、畳の上に敷かれた布団に寝かされていた。それを知覚した瞬間、い草と古い木造建築特有の香りがふと鼻孔をくすぐった。
そしてそう、緋袴! ソロを看病してくれていた少女は純白の小袖に、緋色の袴、いわゆる巫女装束に身を包んでいた。
(うわあ、モノホンの巫女さんだぁ)
次の瞬間、同年代の少女(しかも神職)にずっと汗を拭かれ続けていたという事実に思い当たり、ソロは勢いよく上半身を起こした。頭の上に乗せられていた氷嚢がぼちゃりと落ちる。
「わっ! ダメだよ、まだ寝てなくちゃ!」
「いや大丈夫だありがとうな」
早口で礼を述べながら、傍で綺麗に畳まれていた自分の上着をいそいそと着込む。
「ならいいけど……とりあえず水分補給はしてね。はい、ミネラルたっぷりの麦茶だよ」
巫女が湯呑みを差し出してくる。寝起きの体を驚かせないよう用意されたぬるめの麦茶は、乾いたソロの全身に染み渡り、気が付けば5回もおかわりしてしまった。
「それにしてもムチャだよ。あの石段をこんな軽装で上ろうだなんて」
ソロが落ち着いたのを見計らってか、巫女がきっと表情を厳しくして叱責してきた。その視線はソロの服装と、唯一の装備であると言ってもいい、空になった500mlのペットボトルに向けられていた。
「いや、あんなに長いとは思ってもみなくて……」
「それでも1時間歩けば、これはまずいなって思うでしょ?」
「まだいけるまだいけると歩き続けてたらここまで来ちまったぜ」
「根性だけでここまで辿り着けた人は初めてだよ……」
呆れたように肩をすくめてから、ピシッと音が聞こえるほど居住まいを正して。
「
これまでの気安い調子とは打って変わった、完璧な礼をして見せた。
「私は巫女を務める
続けて名乗る少女は、大人びた柔和な笑みを浮かべていたが、その黒い瞳は好奇心旺盛で人懐っこい猫のように爛々と輝いており、それが一層の親しみやすさも感じさせた。
どこぞの生徒会長も見習って欲しい人間味である。
などといらぬことを考えていると。
「わざわざ遠いところまで御足労頂きましてありがとうございます。本日は真赭神社にどのような御用件でしょうか」
(……そう言えば、俺は何しにここに来たんだっけか?)
ここに来るまで色々とあったソロは、完全に目的をど忘れしていた。
★彡
「いつの間にか、あの階段を上り切ることが目的になっていた気がするし、この景色を見たら、色々とどうでもよくなっちまってな。これを見るために階段を上っていた気もする」
「うんうん、わかるよその気持ち! 私もずっとここに住んでるけど、この季節に見える紅葉が一番好きだな」
悟りを開いてしまったかのような表情で6杯目の麦茶を飲みながらソロが言うと、はじめの調子に戻ったサナエも大きく首を縦に振って同意した。
ソロ達のいる神社の本堂からは、件の紅葉がよく見えた。今は夕焼けに照らされれるそれらは、より赤みを増して輝いており、まるで夕陽がすぐそこまで降りてきたかのようだった。
「とりあえず……ソロ君、でいいかな? 今日は神社に泊まっていくといいよ。一晩寝たら、何か思い出せるかもだし」
「いいのかよ?」
「いいも悪いも、このまま放っておけないでしょ。それとも今から帰る? あの石段には明かりがひとつも無いんだよ。ところどころひび割れたり欠けたりもしてるし、夜中にあそこを降りるなんて死にに行くようなものだよ」
脅すようなサナエの口調に、ソロの背筋がゾクリと凍てつく。どこにでも明かりがついているものだと思い込んでしまうのは、都会っ子の悪癖だ。
「じゃあ、せめて親御さんに挨拶させてくれよ」
「わ、見た目に反して礼儀正しい」
「うっせーよ」
「けど、お父さんもお母さんも今はいないんだ。仕事に出てて、そうなると1か月は帰ってこないの」
「えっ? こんな広い神社にひとりで住んでるのか?」
開け放たれた障子から本堂に風が吹き込み、真紅に染まるサナエの髪を揺らす。
「うん。だから空き部屋には困らないの。ソロ君はお客様用の離れを利用してもらおうかな。
でも、私の寝所に忍び込もうとしたら、天井から槍が降ってくるから気を付けてね」
「忍者屋敷かよ!?」
「あはは! 冗談だよ! そこはソロ君を信用するよ。根性だけであの石段を上りきったそのまっすぐさをね」
「ああ。そこは安心してくれていいぜ。なにせ俺にはもう心に決めた人がいるからな」
「お! なになに? 好きな人? それとも恋人?」
「もちろん恋人さ」
『誰がよ』と心の中の恋人が厳重に抗議してきたが、きっと空耳だろう。
「ほへー、やるー。けど、もしも困ったことがあったら遠慮はせずに訪ねてきてね。ここ、古い建物だから出るんだよね……」
「出るって……虫とかか?」
「幽霊」
「!?」
「お、顔色が変わったね。こういうお話はダメな人? 今日だけはおねーさんに甘えてもいいんだよ?」
慈愛(と俗)に満ちた笑みを浮かべながら、サナエがソロを包み込むようにゆっくりと両腕を広げる。服装もあってか、こうしていると本当に神様の遣いのようにも見えてくる。
「だっ、誰がおねーさんだ! どう見ても同年代だろ!?」(後に確認したところ同い年だった)
「けど大丈夫。幽霊に出会っても適当に挨拶してあげれば、大抵の場合は何もせずに帰っていくよ」
「なんで見てきたかのように喋ってるの!?」
「さて、なんででしょう」
「おい!」
「あはははは! あーっ! やっぱりお喋りって楽しい!」
ひとしきり笑ってから、目尻に浮かべた涙を袖で拭い、サナエはそんなことを言いだした。
「こうして面と向かって人とお喋りできたのは3週間ぶり! だから、ソロ君が来てくれて嬉しいんだ。まだまだいっぱいお話しようね!」
「……こんなことでよかったら、いくらでも付き合うけどよ」
もしかしたら、彼女とお喋りするためにここまで来たのかもしれないなと思いながら。これも
「でも何だってこんなところに神社なんかあるんだよ?」
ソロはずっと気になっていたことに触れた。こんな辺鄙な山奥に神社があるからこそ、このお喋り好きの少女は人ともロクに話せないのだ。
「よくぞ聞いてくれました!」
サナエが勢いよく立ち上がると、ドンと胸を叩いた。かと思うとすぐに正座し直して訥々と語りだす。
「この神社の起源は平安時代にまで遡ります。かつてこの山に茜鬼という妖怪が住み着いておりました。鬼はこの山の上から妖気をばら撒いて、麓にある村の住民を苦しめていたそうです」
恐らくは幾度となく諳んじてきた定型文なのだろうが、それを感じさせない抑揚のある見事な語り口だった。
「そんな時です。勇敢な若者がこの山を登り、手にした大太刀で鬼の首を一刀両断! その時の大太刀もこの神社には祀られています」
サナエが目を向ける先には、朱鞘に納められた見事な大太刀が飾られていた。刀身だけでソロの身の丈ほどありそうな、それこそ鬼の首を落としたと言われても説得力のありそうな代物である。こんな大太刀を振り回せる人間がいればの話ではあるが。
「茜鬼を退治したその若者も、鬼の末裔だった噂されておりますね」
そんなソロの疑問を先回りするかのようにサナエが補足した。
「こうして村には平和が訪れたと思われましたが、茜鬼は死の直前に『この村を末代まで祟ってやる』と呪詛を残して果てたと伝えられています。
恐れた村人は、祟りを鎮めるため茜鬼を神として祀る社を建て、村一番の美人と評判だった若者の妹を巫女とし、その神社に住まわせました。
それからもずっと、この神社に
やたら美しいを強調しながら、サナエが話を締めくくった。
「この神社の起源は分かったけどよ。だからと言ってサナがずっとここにいる必要なんて……」
ソロの言葉は、バッと掌を突き付けられ遮られた。
「同情はのーさんきゅー。私は好きでこの仕事をやってるんだから」
おどけた口調に反して、一切の反論も受け付けない真剣な表情。それをすぐにへらりと崩して。
「それにね。ソロ君が思ってるほど、ここでの暮らしは寂しくないよ。ほら見て」
サナエが指さす先には古ぼけた文机。その上に巨大なディスプレイと、その横にゲーミングPCが置かれていた。機械の疎いソロでも何となく分かるくらい高性能そうな逸品だ。平安時代から続くらしい歴史ある神社のインテリアとしては似つかわしくないどころか最悪の代物ではあるが。
「こう見えて私、ゲームとか大好きなんだ。オンラインRPGから、対戦格闘、FPS……色々やってきたなぁ」
「ネット回線通ってるのかよ!?」
「うん。電気会社の人が頑張ってくれたんだ。めっちゃお金かかったって仕事に出かける前のお母さんは言ってたけど。『でもWifiがあればサナも寂しくないでしょ』って」
「こういう時は、もっと形のあるものを残していくんじゃね!?」
「ゲームを通してできたお友達もたくさんいるし、チャットを通してお喋りもできる。このPCがくれたものは全部、私の宝物だよ」
ソロのツッコミを穏やかな表情で言外に否定して。サナエがPCに歩み寄り、ディスプレイを愛おしそうに撫でる。
「それでね! 最近のマイブームはヴァンガード!」
「!?」
その単語を聞いて、ソロの脳髄に電流が奔った。
「知ってる? 最近はカードゲームの対戦も全部PCでできちゃうんだよ。ランクマッチにも参加してて、自慢じゃないけど結構いい成績も残してるんだ。もうハマっちゃってハマっちゃって。最近はリアルでも……」
「思 い だ し た ! !」
「ひゃあ!?」
ソロが絶叫し、サナエが悲鳴をあげる。
「俺はヴァンガードの対戦相手を探しに来たんだった! あの石段を上った先に、鬼のように強い伝説のヴァンガードファイターがいるって聞いて! サナは何か知らないか!?」
サナの肩を掴みガクガクと揺さぶりながら尋ねる。
「で、伝説のファイター? そんな大層な名前は聞いたことないけど……」
グラグラと揺れながらサナエも答えた。
「たぶんそれ私じゃないかな」
ソロの動きがピタリと止まり、サナエも止まる。その黒い瞳は刀にも似た鋭さでソロを見据えていた。
「さっき言おうとしたんだけどさ。最近はリアルでもデッキを組み始めたんだ。でも対戦相手がいなくて……そのことをお友達に愚痴ったら、この神社のことを広めてくれて。
はじめは『石段の先にネット対戦界隈で噂のファイターがいる』くらいだったはずなんだけど、知らないうちに尾ひれがついちゃったみたいだね」
「な、なるほど……」
「で、私がその『伝説のファイター』だったらどうするの?」
「そりゃもちろん……勝負だ! 伝説のファイター!!」
「そうこなくっちゃ」
サナエがニッと笑った。
「待っててね。デッキを取ってくるから」
そうして本堂を出ていき、すぐに帰ってきた彼女の胸には大切そうに香箱が抱かれていた。蓋を開くと、中からデッキが現れる。
近くにちょうどよさそうな机があったので、それを挟むように座布団を2枚置き、その机の上にはプレイマットを置いた。こうして即席のファイトテーブルは完成し、サナエは座布団にストンと正座した。その対面にソロもあぐらをかいて座る。
「噂を聞いて、本当にここまで来てくれたのはソロ君が初めてだよ。まずはありがとう」
「いいってことよ」
「お友達からはリモート対戦も誘われたけど、断ったんだ。初めてはやっぱり対面でやりたかったから」
「ああ。なんとなくわかるな、その気持ち」
そんなことを話しながらも、ファイトの準備を続けるサナエに迷いは無い。オンライン対戦で鳴らしているだけの事はある。
「それじゃ、はじめよっか」
「おう!」
「ふふ……少し緊張してきちゃった。
いくよ! スタンドアップ!」
「ヴァンガード!」
「《斗酒なお辞せず 忍鬼 猩々童子》!」
「《Absolute Zero リックス》!」
★彡
桜舞う帝国東部の庭園に、霊体となってソロ達は降り立った。
「私のターン! スタンド&ドローッ!!
……ふふっ、これ、1回声に出して言ってみたかったんだ。
ライドッ! 《桜花爛漫 忍鬼 猩々童子》!
スキルで山札の上から5枚見て……《忍妖 イザサオウ》をソウルへ。《忍竜 アンプレセデン》をバインド!
私はこれでターンエンドだよ!」
(バインドゾーン……? そんなところにカードを置いて何の意味が……)
ソロが訝しむが、まさかそれを対戦相手に直接聞くわけにもいかない。
(まあいい! 相手が何をしてくるか分からない方がワクワクするぜ!)
「俺のターン! スタンド&ドロー!
《Absolute Zero クラウ》にライド!
リックスの効果で1枚ドロー! クラウの効果で山札の上から7枚見て……《安らぎの天色 風紀乙女 アルハ》を手札に!
クラウでヴァンガードにアタック!」
「《忍竜 シキンタン》でガード!」
「ドライブチェック! ……くそっ、トリガーは無いぜ」
「私のターンだね。スタンド&ドロー!
ライド! 《鬼も歩けば世に憚る 忍鬼 猩々童子》!
スキルで山札の上から5枚見て……《忍竜 ジャクメツアークス》をソウルに! 《忍妖 フォークテイル》をコール!
さらにフォークテイルのスキルで山札の上から7枚見て……《忍竜 ツクヨダチ》をソウルに!
ツクヨダチがソウルに置かれたので、このカードをバインドしてソウルチャージ!」
「???」
カードがありとあらゆる盤面を行き来して、早くも頭痛がしてきた、その時だった――。
「痛っ」
サナエが小さく悲鳴をあげて、シャッフルしていたデッキを派手に崩してしまった。
「おい、大丈夫か?」
「うん。新品のスリーブが指に刺さっちゃった」
「ああ、あるある」
慌ててカードを集め直そうとするサナエだったが、スリーブの上で指が滑ってなかなか上手くいかない。
(カードの動かし方には一切迷いが無いのに、カードの扱いはてんで素人、か)
強いんだか弱いんだかよく分からない。
「お待たせっ! ほんとにごめんね」
「いや、いいよ。俺も昔はよくやらかしたし」
というか今も部活ではしょっちゅうやらかすのだが、ソロは少し見栄を張った。このファイト、絶対に山札を崩すわけにはいかなくなった。
「それじゃー、気を取り直して……猩々童子でヴァンガードにアタック!」
「ノーガードだ!」
「ドライブチェック……
「うげっ!?」
「★は童子に! パワーはフォークテイルに!」
「ダメージチェック……俺も★トリガーだ!」
「アタックはまだまだ通るよ! フォークテイルでヴァンガードにアタック!」
「アルハでガード!」
「私はこれでターンエンドだよ!」
ふふんと偉そうに鼻で息をつきながら、サナエが宣言する。
「くっ……俺のターン! スタンド&ドロー!!
《Absolute Zero カシュア》にライド!
《花園を巡る光 風紀乙女 ルリーニア》をコール! ルリーニアのスキルで山札の上から5枚見て……《休息の羽衣 風紀乙女 クルノール》を手札に!
さらに《小悪魔的メソッド ヴァレフル》をコール! ソウルチャージして、1枚ドロー!」
「おお、張り切ってるねー」
どこか嬉しそうにサナエが言う。
「いくぜ、バトルだ!
カシュアでヴァンガードにアタック!」
「ノーガードだよ」
「ドライブチェック……
「引きも強い!」
残る2回のアタックは1度だけサナエが防ぎ、これでダメージは2対2で並んだ。
「私のターン。スタンド&ドロー。
ふっふっふ……張り切ってくれちゃってありがとね。
これでこの子のすべてを見せてあげられるよ」
サナエが意味深に微笑みながら、ライドデッキに残された最後の1枚を高く掲げる。
「ライドッ! 《粋の極致 忍鬼 猩々童子》!!」
朱に染まる髪を振り乱し、大太刀を肩に担いで見栄を切る。
無頼の鬼が桜吹雪の舞い散る中、ド派手に参上した。
「ソウルからG1、G2の猩々童子をバインドして、童子のスキル発動!
ソロ君のルリーニアとヴァレフルをバインド!」
「なっ! 俺のカードまでバインドだと!?」
「ターン終了時、これらのカードは手札に戻るよ」
「え? な、なんだ、脅かしやがって……」
(それなら次のターン、もう一度ルリーニアやヴァレフルを使えるじゃねーか。サナのやつ、ミスったな……)
とソロが内心でほくそ笑む。
「《忍竜 ジャクメツアークス》と《忍妖 イザサオウ》をコール! イザサオウのスキルで山札の上から5枚を見て……《鎖道の忍鬼 カゲチカ》を手札に。
カゲチカをコールして、ドロップの《忍妖 コーマアウン》をソウルに。
ソウルブラストして、バインドゾーンにいるG1童子のスキル発動! このカードをスペリオルコール!
さあ、行くよ!
フォークテイルのブースト! ジャクメツアークスでヴァンガードにアタック! アタック時、スキル発動!
バインドゾーンのルリーニアをドロップゾーンに置く!」
「……へ?」
「手札に戻るのはバインドゾーンにあるカードだけ! ドロップに置かれたら、そのカードはもう手札には戻らないよ!」
「そんなのアリかぁ!」
ソロが絶叫した。
「ふふっ。それで、ジャクメツアークスのアタックはどうするの? 防ぐ? 受ける?」
「っ! 《澄み渡る雪夜 ベレトア》でガード!」
「カゲチカのブースト! イザサオウでヴァンガードにアタック!」
「《青空を舞う翼と アンティア》でガード!」
「G1童子のブースト! 猩々童子のアタック時、ジャクメツアークスとイザサオウをソウルインしてスキル発動! バインドゾーンからアンプレセデンをスペリオルコール!
バインドゾーンからスペリオルコールされたので、カゲチカをソウルに置いて1枚ドロー!
バインドゾーンからスペリオルコールされたアンプレセデンのスキルでさらに1枚ドロー!
バインドされたイザサオウのスキルで猩々童子のパワー+5000! ソロ君のバインドゾーンからヴァレフルをドロップ!」
「ヴァレフルまでっ……! くそっ、ノーガードだ!」
「ツインドライブ!!
1枚目……トリガー無し!
2枚目……★トリガー!!」
「!?」
「★は猩々童子! パワーはアンプレセデンに!」
「ダメージチェック……★トリガー! パワーはカシュアに!」
「アンプレセデンでヴァンガードにアタック! このターン、リアガードがソウルに2枚以上置かれているので、アンプレセデンはさらにパワー+10000!」
「これ以上ダメージをもらうわけにはいかねぇ! 《スノウスキップ パルヴィ》でガードだ!」
「私はこれでターンエンドだよ」
「俺のターン! スタンド&ドロー!
唄え、我が最愛の人! ライド! 《Absolute Zero サジッタ》!!」
「……ふーん、ソロ君ってこういうタイプが好みなんだ」
「おう!」
「からかったつもりが全肯定された!」
「好きを好きと言って何が悪い!」
「ていうかソロ君、恋人いるんだよね……?」
さすがの俗なおねーさんも、それとこれがイコールで結びつかなかったのかドン引きされた。
「ライドされたカシュアのスキル発動! このカードとクラウをスペリオルコール!
ライドコストで捨てたクルノールのスキルも発動! カシュアのパワー+5000!
クラウのスキルも発動! 手札から1枚捨てることで、前列ユニットのパワー+5000のスキルを得る。
俺が捨てたカードは……《随喜竜 プリストロ》! このカードは手札から捨てられた時、スペリオルコールできる!
さらに手札からカードが捨てられたので、サジッタの効果で1枚ドロー!」
「ふぅん……風紀乙女以外のカードも的確に使いこなしてる。ソロ君もやるじゃない」
「サジッタのもうひとつのスキルも発動して、パワー+10000、ドライブ+1!
バトルだ!!
カシュアでヴァンガードにアタック! アタック時、カシュアのパワー+5000!」
「《忍竜 マドワズ》でガード!」
「カシュアは退却し、1枚ドロー!
サジッタでヴァンガードにアタック! アタック時、ドロップからアルハをスペリオルコール!」
「ノーガードだよ!」
「トリプルドライブ!!!
1枚目……★トリガー! ★はサジッタに! パワーはプリストロに!
2枚目……
3枚目……はトリガー無しだ!」
「ダメージチェック……!」
サナエのダメージゾーンに3枚目、4枚目とカードが置かれていく。いずれもトリガーは無し。
さらにソロはダメージを3点に回復し、逆転した。
「よしっ! プリストロでヴァンガードにアタック!」
「ノーガード! ……治トリガー! ヴァンガードのパワー+10000! ダメージ回復!」
「サジッタの効果で手札を1枚捨て、クラウのブースト! アルハでヴァンガードにアタック!」
「マドワズでガード! ……ふーっ、あぶないあぶない。
それじゃ、私のターンだね! スタンド&ドロー!
ペルソナライド! 《粋の極致 忍鬼 猩々童子》!!」
サナエがもう1枚の猩々童子にライドすると、流れるように季節は巡り、桜に緑の葉が生い茂る。さらにはそれらも紅に染まり、秋模様が鬼の舞台を彩った。
「エネルギージェネレーターで1枚ドロー!
ソウルのジャクメツアークスとコーマアウンをバインドして猩々童子のスキル発動! アルハとクラウをバインド!」
(くっ、また……! それもインターセプトできるプリストロじゃなく、クラウを潰しにきやがった)
こちらは相手のデッキをよく知らないのに、相手はサジッタがされて嫌なことを把握できている。
「カゲチカをコール! カゲチカのスキルでスキルでドロップのマドワズをソウルに。バインドゾーンにあるG2童子のスキルで、この子をスペリオルコール!
バトルだよ!
アンプレセデンでヴァンガードにアタック!」
「《柔らかな光 プルエル》でガード!」
「カゲチカのブースト! G2童子でヴァンガードにアタック!」
「アンティアでガード! プリストロでインターセプト!」
「ここからが本番……G1童子のブースト! 猩々童子でヴァンガードにアタック!
アタック時、アンプレセデンとG2童子をソウルへ。バインドゾーンからジャクメツアークスをスペリオルコールし、相手がG3なのでパワー+10000!」
ここまでのゲームで、カードの扱いにもだいぶ慣れてきたのか、サナエの手つきにもはやぎこちなさは無い。
「リアガードが2体以上ソウルに置かれたので、バインドゾーンのツクヨダチをスペリオルコール! カゲチカもソウルに置いて1枚ドロー!」
そればかりか所作のひとつひとつが頭から指先に至るまで優雅で、まるで神楽を舞っているかの如く神々しく。
「…………」
いつしかソロは目を奪われてしまっていた。
「――ロ君? ソロくん!? どうしちゃったの!?」
何度も名前を呼びかけられて、ようやく我に返る。
(心に決めた人がすでにいるって言うのに、他の女の子に見惚れちまうとは……)
腹を掻っ捌いてサジッタに詫びたかった。
『頼むから私を理由に死ぬのはやめてね?』
釘を刺すようにサジッタも言ってくる。
「ノーガードだっ!!」
煩悩を振り払うようにソロが宣言した。
「ツインドライブ!!
1枚目……★トリガー!!」
「!?」
サナエが期待に、ソロが悪寒に、それぞれ目を見開く。もう1枚★トリガーがめくれたら、そのままソロは6点のダメージを受けて敗北してしまう。
「★はヴァンガードの猩々童子! パワーはツクヨダチに!」
猩々童子が跳躍し、大上段に構えた大太刀を豪快に振り下ろした。力任せの荒々しい一撃。だが、その剣圧で吹き荒れる風に髪を踊らせ、落葉と戯れる様はどこか艶やかであり、浮かべる勝利を確信した笑みには色気すら感じさせた。
「2枚目っ……!!
…………んー、残念。ノートリガーだよ」
必殺の太刀を紙一重で避けたサジッタだったが、刃がほんの少し翼を掠めただけで、鮮血と共に無数の黒い羽根が風に吹かれて舞い上がる。
「まぁ、そう上手くはいかないか!
サジッタのスキルで手札を1枚捨てて、ジャクメツアークスでヴァンガードにアタック! スキルでバインドゾーンのクラウをドロップ!」
「2枚の《密かな祈り 風紀乙女 クラーリ》とアルハでガード!」
「手札を捨てて、フォークテイルのブースト! ツクヨダチでヴァンガードにアタック!」
「《暖かいうちに召し上がれ ウォルミア》で完全ガード!」
「私はこれでターンエンドだよ」
ターン終了時、バインドゾーンのアルハが手札に戻る。だがこれはあえて見逃してくれたのだろう。アルハは手札にあるよりドロップに置かれている方が、都合がいい。
「くっ……スタンド&ドロー!!
《Absolute Zero サジッタ》にペルソナライド!!」
ペルソナライドで引いたカードを見て。
「…………!?」
一拍遅れて、ソロはある事に気が付いた。
「サナ! お前はひとつミスを犯した!」
そして指さし宣言する。
「え?」
「カシュア、そしてアルハをコール!」
「アルハを? けど、リアガードにアルハがいると、ドロップからアルハをスペリオルコールできなくなるんじゃ……いや、まさか!?」
「そのまさかだぜ! バイトして貯めたカネで買った俺の新たな切り札!!」
手札に残る最後の1枚を引っ掴む。
「《クーリング・ハート ユイカ》をコール!!」
「や、やっぱりぃ!」
「サジッタのスキル発動! サジッタのパワー+10000! ドライブ+1」
サジッタが紅に染まる森を突き抜け、遥か上空からその黒い瞳で狩人の如く猩々の獣を捉えた。
「バトルだ!!
ユイカのブースト! アルハでヴァンガードにアタック!!」
「ノ、ノーガード! お願い、トリガー出てーっ!」
しかし祈りも虚しく、トリガーは出ない。
「ユイカのスキルでアルハを手札に戻す。これでリアガードにアルハはいなくなった!
サジッタでヴァンガードにアタック! アタック時、ドロップからアルハをスペリオルコール!!」
「《護衛忍竜 ハヤシカゼ》で完全ガード!!」
「トリプルドライブ!!!
1枚目! ……
2枚目! ……トリガー無し!
3枚目! …………」
こくんとサナエが唾を吞む音が聞こえた。
「残念だったな。どうやら
『さっきからどうして女神のイメージが全部私なの?』
「前トリガー!! 前列のパワー+10000!!
アルハでヴァンガードにアタックだ!!」
「えーっと、ちょっと待ってね……」
だがサナエの手札はまだ5枚。インターセプトできるユニットも残っており、カードを指さし、何やら数字を数えている。
今度はソロの喉がごくりと鳴った。
「……んーっ、いくら数えてもあと5000足りないかぁ。サジッタに5パンするのは強気すぎた? それとも、コーマアウンでアルハも落としておくべきだったかなぁ?」
悔しそうに紅の髪をぐしゃぐしゃと掻き混ぜる。
「けど、まだ諦めないよ! ノーガードッ!!」
「ああ! 勝負だ、サナ!!」
白銀の毛並みを持つ狼が、降り積もる落ち葉を掻き分け、鋭い爪を閃かせて猩々童子に迫る。童子がそれを捌いた刹那、間髪入れずに上空から漆黒の鷲が飛来する。放たれた鋭い蹴りも大太刀を盾代わりにして防いだ童子だったが、体勢を大きく崩してしまい――そこに白銀の風が再び逆巻き、深紅に染まる葉を吹き散らした。
★彡
「あーっ!! 悔しいーーーーっ!!」
6枚目のカードをダメージゾーンに置くやいなや、広い本堂に響き渡る声量でサナエが叫んだ。もしかして、ネット対戦で負けた時も、いつもこうして騒いでいるのだろうか。ご近所付き合いを考えなくていい、山奥暮らしの特権と言えよう。
「でも、すっごく楽しかった! 相手の表情が見えるだけでこうも違うんだね! ……いや、きっとここまで楽しかったのはソロ君のおかげかな」
「へっ? 俺?」
「だってソロ君、とっても表情豊かなんだもん! 強気になったり、落ち込んだり、またすぐ立ち直ったり!」
(いや、それを言うならサナも大概だったと思うが……)
「だからこの対面ファイトが楽しかったのは、対戦相手がソロ君だったからだよ。私の初めてが君でよかった……ありがとう」
そう言って、手を差し出してくる。
「ああ、俺の方こそ楽しかったよ。ありがとうな」
こうしてふたりのファイターによる熱い握手が交わされた。
「けど、私も猩々童子もぜんっぜん本気じゃなかったんだから、そこんとこよろしくねぇ……?」
かと思いきや、ギリギリと万力のような握力でソロの掌を締め付けてくる。いつしか満面の笑顔に暗い影が差していた。
「お、なんだ? 負け惜しみかぁ?」
ソロも負けじと力を込め返す。
「私が新しい猩々童子をちゃんと仕入れていれば、ソロ君に5ターン目は無かったんだからぁ……!!」
「え? そんなのあるの……?」
ソロの掌から力が抜けた。負け惜しみではなく、あれよりまだ強くなるのか。
「あるよ。知らないの?」
「まだ初心者なんだよ。
というか仕入れるって、そのカードどこで買ってきたんだよ。まさかこんな山奥にカードショップなんて無いだろ?」
「普段は通信販売で済ましてるよ」
「通信販売……」
あの石段を上って宅配便は来てくれるのか。担当者に同情したくなった。
「でもカードショップにも1回は行ってみたいと思ってるんだよね……そうだ! ソロ君、今度一緒にカードショップ行こうよ!」
「え、俺と?」
「うん。ひとりだとわざわざ山を下りるのは面倒かなーって思っちゃうんだけど、ふたりでなら……ソロ君とならきっと楽しそう!」
「……しょうがねぇな。付き合ってやるよ」
本当はソロも乗り気だったのだが、気恥ずかしさに少し斜に構えてしまった。
「やった! ありがとね、約束だよ」
握手したままだった手をパッと離し、今度は小指を差し出してくる。
ほんの少し(かなり?)照れながらソロも小指を伸ばすと、まるで身を預けられる小枝を探す蛇の赤ちゃんのように、細い小指が愛らしくしゅるりと絡みついた。
★彡
「おら! さっさとレアカードを出しやがれ!」
すえた匂いが漂う薄暗い路地裏に、品の無い怒号が響き渡る。
壁を背にした一人の小柄な少年を、ガラの悪い男三人が取り囲んでいた。
「見てたんだぜぇ。お前がカードショップから出てくるところをよぉ」
「買ったカード、俺達にも見せてくれよぉ?」
「ひいっ……」
囲まれている少年は悲鳴をあげながらも、ぶら下げていたビニール袋を抱え込む。
「面倒くせーな。さっさとしろよ!」
だがそれは相手の神経を逆なでしただけだった。肩を勢いよく突き飛ばされ、背中を壁にぶつけた少年が、ビニール袋を取り落とす。その中から色とりどりのカードがバサリと音をたてて吐き出された。
「へへへ、いただき」
男の一人がカードを拾い上げようと身を屈めた、その時。
「あら」
陰気な路地裏に似つかわしくない、穏やかな少女の声が鈴の音のように鳴った。
「そういうのってよくないと思うな。その子、嫌がってるじゃない」
言いながら、少女が三人組と少年の間に割って入る。
ふわふわに波打つクリーム色の髪。オフショルダーのワンピースから覗く白い肩は細く、触れるだけで砂糖細工のように脆く崩れてしまいそうなほど。
「お、おい、どうする……?」
「あ、ああ……」
恐らくは、正義感だけは人一倍の、世間知らずのお嬢さんがたまたま迷い込んできたのだろう。
簡単に折れそうなほっそりとした手足。穢れを知らない無垢な微笑み。嗜虐的な男であれば、本能のままぐちゃぐちゃにして壊したくなる贄の乙女。
そしてこの場には、男達が蛮行に及んだとしてもそれを咎める者などいない。
「へ、へへ……悪く思うなよ」
「こんなところにのこのこ来た、お前が悪いんだからな」
緊張と欲情がない交ぜになった荒い息を吐きながら、男達が一斉に少女へと飛び掛かった。
次の瞬間、男達は地面に転がっていた。
ひとりは目にも止まらぬ掌底で顎を砕かれ、大量の血を吐き散らかしながら。
ひとりは足を引っかけられ転倒し、鳩尾を踏み抜かれてぴくりとも動かない。
そしてもうひとりは――。
「ぎゃああああああっ!! いぎゃあああああああっ!!!」
少女に
まずは関節を極めて手足を折られ、自由を奪われた後は、指の爪を1枚ずつ無造作に剥がされていった。
まるで自由研究と称して虫の手足をもぎ取る子どものように。一切の躊躇も慈悲も無い、無邪気で残酷な手際だった。
「もうっ! やめっ! もうやめてくれえええええっ!!」
すべての爪を剝がされた男が、涙と涎と鼻水まみれになって懇願する。
「やめてあげてもいいんだけど……」
血に染まった男の指を弄びながら、少女が小首を傾げた。
「あなたは人に嫌なことをして、やめてと言われた時に、やめてあげたことはあるのかしら?」
「……っ!!」
男が唇を噛んで押し黙る。
「じゃあしょうがないわね。続けましょ」
そう言って、次に少女は花占いでもするかのように無造作に男の指関節を引き抜き始めた。
男の悲鳴が再び路地裏を震わせる。
「あ……ああ……」
そうしている間に、鳩尾を潰された男が意識を取り戻す。生きながらにして人の形を失っていく仲間の姿がまずは目に入った。
「あら、もう目が覚めちゃったのね。まだ立ち上がれないとは思うけど、そこで大人しく待っててね? あなたも後でゆっくりと壊してあげるから」
虫も殺せぬ優しい笑顔で少女が言ってくる。
「間違いねえ……“群王”に知らせなければ……」
ヒュウヒュウと異常な息を吐き、ズルズルと仰向けのまま後ずさりながら、男が声を振り絞る。
「こいつは『三凶』だ……! 『三凶』の“女帝”だ――」
一瞬で距離を詰めた少女のブーツが、男の言葉ごと顔面を踏み潰した。卵の割れるような軽い音と共に、鼻の骨が砕けたのか、どす黒い血溜まりが男の頭を中心にじわじわと広がっていく。
「その名前で呼ばないで欲しいな。かわいくないから嫌いなの」
“女帝”と呼ばれた少女が懇願するように両手を合わせるが、もう男からの返事は無い。
「うっ、うわああああああああっ!!!!」
そして、恐怖のあまり一歩も動けずにいた、男達に絡まれていた少年から大音声の悲鳴があがった。彼からすれば、男が頭を潰されて死んだようにしか見えなかったのだろう。
少女は少年の存在をたった今思い出したのか、傍に落ちていた血塗れのカードを拾い上げると、少年に差し出した。
「大切なものなのよね? はい、もう放さないであげてね」
「ひいいいいいいいいっ!!! 人殺しいいいいいいいっ!!!」
少年は頭を抱えながら少女の脇をすり抜け、何度も転びつつも一目散に逃げだした。
「……まだ殺したことはないんだけどな」
少女は細い肩をすくめて、何とはなしに裏向きになっていたカードをひっくり返す。
「あら、綺麗な絵」
少女が顔をほころばせ、カードを汚していた血を指で拭う。
《夢刃の剣姫 ラスカリア――
ふと路地裏に差し込んだ月明かりが、そのカードの名を銀色に浮かび上がらせた。
ドラゴンエンパイア枠にして巫女さんゲーマー。
緋口サナエの登場回です。
使用デッキは猩々童子!!
アルキテときたら、こちらもはずすわけにはいきませんでした。
そしてもうひとり、なんだかヤバい女の子も登場しました。
彼女がどのように物語に関わってくるのか。
引き続きお楽しみ頂ければ幸いです。
それでは次回、また10月にお会いしましょう。
感想等もお待ちしております。