30分も早く着いてしまった……。
今日はひょんなことから知り合った少女、
その噴水は待ち合わせによく使われるスポットらしく、ソロの他にも、パリッと整えられた服装をした男や、うんとお洒落した女がおり、果てはカップルが朝早くからイチャついていたりもしていた。
それを見て、鈍いソロもさすがに気付く。
これはデートなのではなかろうか。
ノリの軽い、親しみやすい性格をしているサナエも女の子である。
これがデートとして成立してしまえば、サジッタという心に決めた女性がいながら、浮気行為に及んでしまうことになるのである。
『いや、そうはならないでしょう』
心の中のサジッタから、心底どうでもよさそうな溜息混じりの指摘が入った。
『私とあなたの関係性って、たまにお話するだけの知り合いでしょう?』
「まだそんなレベルだったのか!? も、もう一声!」
『……気の合うお友達』
「もう一声!」
『……放っておけない弟分』
「もう一声!」
『しつこい他人』
「3レベルダウンした!?」
『とにかく。私はあなたがどこの女の子とデートしようと、恋仲になろうと、まったく気にしないから安心してちょうだい』
「参ったな。これが噂に聞くツンデレってやつか」
『私にはあなたを止める権利も止めたい理由も無いというだけの話だけど』
そんな他愛のない幸福なやり取りで時間を潰していると、待ち合わせ時間のきっかり5分前に遠くから声がかけられた。
「ソロくーん! ごめーん、待ったー!?」
上品で清楚な純白の小袖。目の覚めるような明るい緋袴。二色のコントラストが美しい、どこに出しても恥ずかしくない――だが、その姿で街中を闊歩するにはあまりにも浮いている巫女装束姿の少女、緋口サナエが深紅の髪をなびかせ、草履をぺたぺた鳴らしながら、手を大きく振って駆け寄って来るのが見えた。
突如として現れた巫女さんに、周囲の視線は彼女と、それの知り合いと目される
「な、なんで巫女服のままなんだ、お前は!?」
他者から注目されることが苦手なソロに対し、サナエはまったく気にした様子もなく。
「え? 私は
何がおかしいのかすら分かっていない様子で小首を傾げた。
「そんなことよりも、早く行こうよ! カードショップ! 私、もう楽しみで、昨日は10時間しか眠れなかったよ!」
ぐっすりだ。
「まあ
「それで、今日はどこのカードショップに行くんだっけ?」
「ああ、たしか……」
スマホを取り出し地図アプリを開くと、サナの家から最も近かったカードショップ。その名を読み上げる。
「……カードショップ『眠り姫』だよ」
★彡
「――でヴァンガードにアタック!」
こじんまりとしたファイトスペースに朗らかな宣言が響き渡り、
「ぐわあああああああっ!!!」
大袈裟な悲鳴がさらにその空間を震わせる。
この店はカードの品揃えこそ今一つだが、その分ファイトスペースも空いており、仲間内での対戦のみを目的とするならば結構な穴場であった。誰の家からもほどよく近いこともあり、最近の休日はここに集まることが多くなっていた。
「チ、チキショウ……やっぱりカケルは強いぜェ」
カケルの対戦相手をしていたスキンヘッドの
「ちょ、ちょっとタンマ! デッキを調整させてくれ! 俺の手で必ずハーゼリットちゃんを最強のアイドルに育ててやるからなァ!」
「うん、その意気だよ!」
はじめはその見た目と言動に気圧されていたカケルだったが、ファイトを通して親睦を深めるうちに彼らも気のいい普通の高校生だということが分かり、今では良好な関係を築けている。
「後列のキョウカちゃんでヴァンガードにアタックだぜェ!」
「なんの! リルファちゃんでガード!」
「ちっ、ターンエンドだぜ。……そういやぁ、ソロの兄貴はどうしたぁ?」
「スタンド&ドロー……今日は用事があるとか言ってたぜェ。なんでも女の子とデートだとか」
「ぬぁにぃー!? 俺達というものがありながらデートだとぉ!?」
「んじゃ、ペルソナライドだぜ」
「なっ……しまったぁ!?」
隣を見ると、
(でも参ったな……)
対戦相手だったイチは目の前でデッキを広げて調整中。残りのふたりも対戦中であり、カケルは手持無沙汰になってしまった。客の少ないこの店では、他に手の空いている対戦相手も見つからない。
「あら、あなた。もしかして退屈してる?」
不意に背後から声をかけられ、椅子ごと振り返ったカケルは思わず息を呑む。
死角に立っていたのは、可憐で儚げな美少女だった。
淡いクリーム色の髪がふわふわに波打ち、オフショルダーのワンピースから覗く細い肩にかかっている。
浮かべた微笑は柔和で、童顔だがどこか大人びたミステリアスな気配を漂わせていた。
「私もちょうど対戦相手を探していたの。よかったらお手合わせ願えないかな?」
蝶が描かれたデッキケースを間に挟んで両手を合わせ、おねだりするように小首を傾げる。
「それでしたら俺がお相手を致しましょう!」
デッキをバラしていたはずのイチが一瞬で元の束へと組みなおし、すかさず手を挙げた。
「抜け駆けはずりぃぞ! 俺ともファイトしましょう!」
「お、俺ともファイトお願いします!」
さらには対戦していたはずのふたりまで、それを切り上げ少女に殺到し始めた。女の子とファイトしたい――ひいては、ファイトを通してお近づきになりたいという下心が見え見えだ。口調もいつもと違う。
とはいえカケルも男の子。その少女のことが気にならないと言えば嘘になる。それほどまでに男の本能に訴えかけるような魅力を纏った少女だった。
「わぁ嬉しい。じゃあ、順番にファイトしましょ」
そんな男達の視線に気づいていないのか、慣れているのか。カケルが譲った席に、少女が平然と腰かける。
まあどんな下心があろうと、部員達が女の子の嫌がることをするはずはない。筋骨隆々な素肌の上に錨のついた革ベルトを巻き付け、トゲのついた肩パッドで武装こそしているが、根はいい人達なのである。
「私、知らない人とファイトするのははじめてなの。お手柔らかにね」
「へへへ……それじゃあ手取り足取り教えてやらなくちゃあな」
……嫌がることなどしないはずだ。
少し不安になったカケルだったが。
少女が無造作に置いたデッキケースを見てぎょっと目を見開く。
そこに描かれていたのは蝶などではなかった。
巣にかかった獲物を喰らおうとする蜘蛛が描かれたデッキケースだったのだ。
「じゃあ、よろしくお願いするわね」
両手を合わせて少女が微笑む。
無害を装い哀れな餌を誘い込む捕食者の笑みで。
★彡
カードショップ『眠り姫』は、どこにでもあるような平凡なカードショップだった。
広さは平均より少し狭め。品揃えは普通で、その値段にも特筆するようなことは何も無い。強いて言うのであれば全体的に小綺麗で、ショーケースが見やすいことぐらいか。盛況ではあるようで、奥のファイトスペースからは賑やかな声が聞こえてくる。
そんな何の変哲も無い、慣れた人ならあくびの出るようなカードショップで。
「うわぁ~~~~っ!!」
巫女さんが初めて遊園地を訪れた幼女のように目を輝かせていた。
「す、すごいよ、ソロ君! カードが! 本物のカードがこんなにたくさん!
あっ! あれがオウギジシ! そしてこれが夢にまで見た雲水飛動の猩々童子! まだオンラインには実装されてないんだよねー」
サナエはオンライン対戦を主としており、知識こそ豊富だが、実際のカードを使った対戦はソロとしかしたことがない。故に実物のカードが珍しいのだ。
だからと言って、ショーケースにべったり張り付く必要は無いと思うが。見た目が上品なので余計に目立つ。
「サ、サナ……」
どうにかそこから引き剝がそうとソロが近づいた瞬間、サナエがそこからひとりでに離れ、別のショーケースに取りついた。カエルか、この女は。
「おおお! こちらにおわすはSP仕様のドラグヴェーダ! そしてこっちはイラスト違いのパラマ、フレアヴェイル、バーニングフレイル! オンラインってこういう特殊加工のカードって少ないからさー。やっぱり格好いいよねー、このギラギラ感!
そしてあそこにあるのがストレージボックスね!? どうしよう、ドラゴンエンパイアのノーマルカード、一通り揃えちゃおうかなー? ……えっ!? RRのカードまで混じってる! いいの!?
ああもう! この煩雑さも! カサカサに渇いた感触も! 少し古ぼけた紙の香りも! すべてが愛おしいのっ!」
ストレージの中にあるカードを、宝物でも掘り返す勢いで漁り始める。
「サナ……」
「あっ、ごめん! 置いてけぼりにしちゃったね。一緒にカード見よ?」
置いてけぼりになっていたのは体の距離ではなく、心の距離だったが。
「ま、今日はサナが主役だ。サナが楽しければそれでいいさ」
「? よくわからないけど、ありがと。
そうだ! ファイトスペースも覗いてみようよ! もっといろんな人と対戦してみたいんだ」
ソロが答えるよりも早く、サナエが自然にその手を掴んでファイトスペースへと引っ張っていく。
ファイトスペースは予想通り賑やかで、ほぼほぼ満席。そこかしこから真剣だがどこか楽しそうな声が聞こえてくる。
「……すぐ対戦できるやつはいなさそうだな。というかこの雰囲気、ちょうどショップ大会中か?」
「ショップ大会!? うわー、出てみたかったー」
サナエが頭を抱えて悔しがる。
それでもどこかに対戦できる人はいないかとふたりは視線を巡らせていると。
「……ねぇ、あれ。あの子」
サナエがソロの袖を引っ張った。その視線の先へと目をむけると、ファイトスペースの片隅で突っ伏している少女が目に入った。
「あの子、ひとりかな?」
「ああ。行ってみようぜ」
対戦しているファイター達の邪魔にならないよう、その間をすり抜けながらその少女の下へと向かう。
「えっ!?」
「……!?」
だが、その少女の姿がはっきり視認できるところまで近づくと、サナは思わず口元を押さえ、ソロは噴き出しかけた。
その中学生ぐらいに見える小柄な少女が着ているのは、ピンクを基調としたパステルカラーの寝間着だったのである。
さらに近づくと、ぐーぐーと気持ちよさそうな寝息が聞こえてきた。この熱気と喧騒が渦巻くショップ大会中のファイトスペースで熟睡している。その傍らには『対戦者募集中』という札が立てられていた。
「うーん、私が山に籠ってる間、女の子達の間ではこんなお洋服が流行ってたんだね。まるでパジャマだよ」
「まるでも何もなくパジャマそのものだろ。流行ってたまるかこんなもん」
そんな話をこそこそとしていると、件の少女がゆっくりと顔をあげた。
「んー? 対戦希望のひとー?」
眠たそうに目をこすりながら、そんなことを尋ねてくる。
ボサッとした茶色の髪から寝ぐせと思しき髪がバネのようにびょんびょんと跳ねているが、幼い顔立ちとそれらが妙に噛み合っており、不思議と愛らしく見える。そんな雰囲気の少女だった。
「えっと……君はどうしてパジャマなのかな?」
サナエが身を屈めて、少女と視線を合わせながら聞き返した。
「むぅ。質問に質問で返すとは。ここはあたしのパパのお店なのだ。あたしがあたしの家でどんな格好をしようとあたしの自由でしょー?」
「……なるほど」
「いや、その理屈はおかしいだろ!?」
納得するサナエと、納得いかないソロ。
「私は緋口サナエ。サナって呼んでね」
「サナちゃんかー……いいお名前だねー。あたしは
「ありがとう! よろしくね、ネネちゃん!
それで対戦希望とか言ってたけど……」
「ようやく話が本題に戻ってきたねー。そう、ネネちゃんはここでうたたねしながら対戦相手を待ち受けていたのだ」
「熟睡してたじゃねぇか」
「カードショップで生まれ育ったネネちゃんにとって、ファイトの喧騒は子守歌も同然なのだ」
ソロのツッコミに、微妙にズレた答えが返ってくる。
「それでどうするのー? 対戦、するのー? しないのー?」
「それはもちろん……是非ともお願いしたいな! ソロ君、私が先でいいよね」
「ああ。頑張れよ」
「ふふふー。そうこなくちゃー」
ネネは不敵に微笑みながらもう一度目をこすると、それで少し目が覚めたのかくりんとした瞳でサナエを凝視し。
「……え? 何で巫女服?」
真顔になってツッコんだ。
「パジャマの人に言われたくはないかな」
サナエも冷静に切り返す。
「どっちもどっちだろ」
ソロの呟きは、ふたりの少女にスルーされた。
★彡
「スタンドアップー ヴァンガードー」「スタンドアップ! ヴァンガード!」
「《ダイアフルドール とにあ》」
「《斗酒なお辞せず 忍鬼 猩々童子》!」
今宵、霊体となったふたりの少女が降り立つは、暗い森の奥深くに建つ古ぼけた館。
ひとたび扉を開けば、今にも崩れ落ちそうな舞台で恐怖劇場の幕が上がる。
「《ダイアフルドール せれねら》にライドー。ネネちゃんはこれでターンエンドだよー」
「うーん。ダイアフルドールかぁ……」
サナエがやりにくそうに頭をかき、一方のネネは「ふっふっふっー」と不気味な笑みを浮かべている。
「とりあえず《桜花爛漫 忍鬼 猩々童子》にライド!
後攻なので1枚ドロー!
童子のスキルで山札の上から5枚を見て……《忍竜 ツクヨダチ》をソウルに。《忍竜 アンプレセデン》をバインド。ソウルに置かれたツクヨダチもバインドしてソウルチャージ。
《忍妖 フォークテイル》をコールして、山札の上から7枚確認……アンプレセデンをソウルに。
バトルだよ!
フォークテイルのブースト! 猩々童子でヴァンガードにアタック」
「ノーガードだよー」
「ドライブチェック……
「ダメージチェックー……
「私はこれでターンエンド! はい、ネネちゃんのターンだよ」
「うんー。スタンド&ドロー。
《ダイアフルドール ぐりせるだ》にライドー。
せれねらの効果で山札の上から7枚を見てー……《ダイアフルドール ぷろゔぃでんつぁ》と《ダイアフルドール りべらーた》をソウルにー。
《ダイアフルドール ぺらぎあ》をコールして、バトルー。
ぺらぎあのブースト、ぐりせるだでヴァンガードにアタックー」
「ノーガードだよ」
「ドライブチェックー……★トリガー! おかえしだよー」
「ダ、ダメージチェック!」
サナエのダメージゾーンに置かれたカードは、1枚は
「私のターン! スタンド&ドロー!
《鬼も歩けば世に憚る 忍鬼 猩々童子》にライド!
スキルで山札の上から5枚を見て……《忍竜 ジャクメツアークス》をソウルに! 《忍妖 シェンリィ》をコール!
《忍妖 イザサオウ》をコール! イザサオウのスキルで山札の上から5枚見て……《粋の極致 忍鬼 猩々童子》を手札に!
バトルだよ!
フォークテイルのブースト! 猩々童子でヴァンガードにアタック!」
「ノーガードー」
「ドライブチェック……★トリガー! ★は童子に! パワーはイザサオウに!」
「さすがのデッキ圧縮力だねー。ダメージチェックー……2枚目で★トリガー」
「シェンリィのブースト! イザサオウでヴァンガードにアタック! ネネちゃんのリアガードが1枚以下なので、シェンリィのパワー+5000!」
「《ダイアフルドール べさにー》でガードー」
「シェンリィをソウルに置いて1枚ドロー! 私はこれでターンエンド!」
「ネネちゃんのターンー。スタンド&ドロー」
ここまででダメージは2対4。
「4点かー。ずいぶんともらっちゃたなー」
「ふふん! これがサナおねーさんの実力だよ!」
「うんうん。すごいすごいー。
じゃ、あたしも予告しておくねー」
「ん? なぁに……」
「ここから先、あなたがあたしにダメージを与えることはできない。けっして」
これまでの軽い調子から一転、底冷えする声音で言い切ると、サナエが何か言うよりも早く、ライドデッキに残された最後の1枚を高々と掲げる。
「ライドー! 《ダイアフルドール・マスター アンドロルド》!」
舞台奥から、闇に紛れる漆黒のコートを纏い、不気味に捻じれたステッキを携えた紳士が姿を現した。
明滅する壊れかけのスポットライトを浴びた男は感情の読めない微笑を浮かべ、恐怖劇場の主催として恭しく一礼する。
「ず、ずいぶんと大きく出たじゃない。ノーダメージ宣伝だなんて……」
ピクピクとサナエのこめかみが動いている。こう見えて負けず嫌いなのだ。
「これは必然だよ。あたしの手札と、これまでのあなたの手際、公開情報。これらすべてを勘案して、それ以外の結末はもはやありえない。
でもそうだねー。もしあたしに点を与えられたなら……この店の商品、全部5割引きにしてあげるー」
「ごっ……! 半額っ!?」
「どう? やる気でた?」
「う、嘘じゃないでしょうね……」
サナエの目が据わっている。彼女の収入源は不明だが、おいそれとアルバイトなどできるはずもなく、お小遣いに余裕は無いのだろう。
「カード屋の娘に二言は無いよー。そんな賭けをしたってパパが聞いたら泡吹いてひっくり返るだろうけどねー。だから予告通りに勝たせてもらうのだ。
まずはソウルからぐりせるだをスペリオルコールー! ぐりせるだのスキルで手札のぷろゔぃでんつぁをソウルに入れて1枚ドロー。
そして、アンドロルドのスキル発動ー!」
コツン。
漆黒の紳士が手にしたステッキで床を叩くと、物言わぬ人形達が命を宿して立ち上がる。
「目覚めよ、あたしのお人形達!
ソウルからぷろゔぃでんつぁ、せれねらをスペリオルコール!
ぷろゔぃでんつぁでイザサオウにアタックー」
「うーん……《忍竜 マドワズ》でガード!」
「わかるよー。この状況、イザサオウは残しておきたいもんねー」
「ぷろゔぃでんつぁのスキル発動ー! このユニットをバインドー。ソウルからりべらーたをスペリオルコールー。りべらーたのスキルで、ドロップのぷろゔぃでんつぁをソウルにー。
ぺらぎあのブーストー、アンドロルドでヴァンガードにアタックー!」
「ノーガードだよ……!」
「ツインドライブー!!
1枚目ー……★トリガー。★はアンドロルドー。パワーはりべらーたにー。
2枚目はトリガー無しだよー」
「ダメージチェック……!!」
サナエは1枚目で治トリガーを引き、回復はできなかったもののパワーをヴァンガードに与える。
「ぺらぎあのスキルー。このカードをバインドして、ドロップゾーンの《ダイアフルドール しぇるびぃ》とせれねらをソウルにー。
せれねらのブーストー。ぐりせるだでイザサオウにアタックー」
「……しょうがない。ノーガードだよ」
しぶしぶリアガードのイザサオウをドロップゾーンに置く。
「せれねらのスキルでこの子をバインドー。
りべらーたでヴァンガードにアタックー。スキルでパワー+10000ー」
「マドワズでガード!」
「りべらーたをバインドして1枚ドロー。ネネちゃんはこれでターンエンドだよー」
「私のターン! スタンド&ドロー!!
ライド! 《粋の極致 忍鬼 猩々童子》!」
野蛮な蹴りがテーブルを並べられた御馳走ごとひっくり返し、振るわれた太刀が嵐となって調度品を薙ぎ倒す。
恐怖劇場なんのその。こちとら恐れ知らずと畏れ奉られる無頼の鬼。
目を背けたくなる赤き血潮も、誰もが見惚れる桜吹雪へ変えて御覧にいれやしょう。
粋でいなせな仇桜、殺戮の人形劇へと殴り込む。
「まずはエネルギージェネレーターを使って1枚ドロー!
猩々童子のスキル発動! ソウルのジャクメツアークスとG1童子をバインド! ネネちゃんのぐりせるだもバインド!
手札から《忍妖 コーマアウン》をコール! コーマアウンのスキルでバインドゾーンからジャクメツアークスをコール! バインドゾーンからコールされたジャクメツアークスのパワー+5000!
手札からもジャクメツアークスをコールして、バインドゾーンのG1童子も自身の効果でコール!
バトルだよ!
G1童子のブースト! ジャクメツアークスでヴァンガードにアタック! ジャクメツアークスのスキルでバインドゾーンのぺらぎあをドロップ!」
「じゃあネネちゃんは……アンドロルドのスキル発動ー! バインドゾーンからせれねらをガーディアンサークルにコールー! せれねらのシールド+5000ー」
「なっ! バインドゾーンからガードだとぉ!?」
大袈裟に、だが紛れもなく素で驚いたのはもちろんソロだ。
「え、なにこの子? ものすごく気持ちのいいリアクションしてくれるんだけどー?」
「うん。ソロ君はこのままずっとピュアでいてほしいよね。
けど私はそんなこと織り込み済み! フォークテイルのブースト! 猩々童子でヴァンガードにアタック!
アタック時、G1童子とジャクメツアークスをソウルに置いて、バインドゾーンのアンプレセデンをスペリオルコール! パワー+10000! アンプレセデンのスキルで1枚ドロー!」
「ブリッツオーダー《艱難遮る碧の結界》をプレイー」
「!?」
「え? えばーぐりーんとらんすなんとかって確か……」
「パワー1億以上のユニットの★を-1する効果……。簡単に言うと、私が
浅いカード知識を掘り起こすソロに、サナエが丁寧に解説してくれる。
「この子は伊達にノーダメージ宣言をしたわけじゃなかった……。
「当然でしょー。超トリ1枚で崩れるような宣言なんてしないよー。
あ、でもこのままだとダブルトリガーで貫通しちゃうから、アンドロルドのスキルでバインドゾーンのりべらーたもコール。これで合計パワーは43000だよー」
「むむむ……ツインドライブ!!
1枚目……前トリガー! 前列のパワー+10000!
2枚目……トリガー無し!
コーマアウンのブースト! ジャクメツアークスでヴァンガードにアタック! バインドのぐりせるだをドロップ!」
「バインドゾーンのぷろゔぃでんつぁと《ダイアフルドール あれっさんどら》でガードー」
「アンプレセデンでヴァンガードにアタック!」
「べさにー、あれっさんどら、しぇるびぃでガードー」
鬼が振るう大太刀も、忍竜が放つ無数の矢も。すべて人形達が盾となり、漆黒の紳士には届かない。
己の代わりに砕けて爆ぜる人形達の破片を、その主は憂いと慈しみを以って眺めていた。
「……ターンエンド」
「最期のターンは楽しめたー?
それじゃー、ネネちゃんのターンー! スタンド&ドロー!
ペルソナライドー! 《ダイアフルドール・マスター アンドロルド》!!
アンドロルドのスキル発動! 目覚めよ、あたしのお人形達!
2枚のぷろゔぃでんつぁと、せれにあをスペリオルコール! 3枚以上コールしたので、アンドロルドのドライブ+1!」
紳士が再びステッキで床を叩く。
ひとつ叩けば、破片が宙に浮きあがり。
ふたつ叩けば、その破片が再び少女の形を成す。
みっつ叩けば、人形に命が吹き込まれ、はい元通り。
主の手により生まれ、主の盾となり壊れ、主の手によりまた蘇る。
その繰り返しは、延々と同じ曲を奏で続ける悲しげなオルゴールの調べにも似ていた。
「手札からぺらぎあもコールして、バトルだよー。
アンドロルドでヴァンガードにアタックー」
「パワーは23000……けど、トリプルドライブ……ここは《護衛忍竜 ハヤシカゼ》で完全ガードッ!」
「トリプルドライブー!!!
1枚目ー……前トリガー! 前列+10000ー。
2枚目ー……トリガー無しー。
3枚目ー……★トリガー! 右列のぷろゔぃでんつぁに★+1、パワー+10000ー。
ぺらぎあのブーストー。★+1されてるぷろゔぃでんつぁでヴァンガードにアタックー」
「もう1枚っ! ハヤシカゼで完全ガードッ!!」
「ぺらぎあをバインドして、ドロップのぷろゔぃでんつぁとぺらぎあをソウルにー。
ぷろゔぃでんつぁをバインドして、しぇるびぃをコールー。
しぇるびぃでアタックー。アタック時、ドロップからりべらーたをソウルに置いて、パワー+15000ー」
「ノーガード……ダメージチェック……」
ダメージゾーンに置かれた5枚目のカードは前トリガー。
だが……。
「夢見る時間はこれにて
(このアタックを防いだところで、ぷろゔぃでんつぁにりべらーたを呼ばれたら防ぎきれない、か)
サナエは観念して目を閉じ。
すぐさま目を見開いて宣言する。
「ノーガードッ!」
研ぎ澄まされた槍の一閃が、ついに鬼の太刀を打ち砕いた。
舞台が最高潮の盛り上がりを見せる中、中央に進み出た紳士が一礼し、真紅の幕が下りる。
これから起こる惨劇を覆い隠すかのように。
★彡
6枚目のカードがサナエのダメージゾーンに置かれた。
「つ、強ぇ……サナが手も足も出なかった」
「そ、そこまで一方的じゃないし! 健闘はしたし!」
ソロの失言をたしなめるだけたしなめ。
「……けどまぁ、完敗だよね」
赤い髪をガシガシとかきながら素直に認めた。
「私はオンラインでヴァンガードしてるんだけどさ。あそこってたまにプロもお忍びで参加してるみたいなの。前にもやたら強いアーヴァガルタと当たってさ……あれがそうだったんじゃないかって。
今日のファイトは、その時にも似たどうしようもない圧倒的な力の差を感じた。
ネネちゃん……あなた、いったい何者なの?」
「ネネちゃんはネネちゃんだよー。ぐうたらするのが大好きな、カードショップ『眠り姫』の看板娘。
ま、赤ちゃんの頃から20年、カードばっか握り続けてたらこうもなるってー」
「「20年!?」」
サナエとソロの声が重なった。
「ちょっと待って。ネネちゃん、今はいくつなの……?」
サナエが代表して尋ねる。
「今年で22歳。こう見えて立派なレディーなのだ。まさか高校生ぐらいに思ってたー?」
中学生ぐらいに思ってたーと言えば怒られそうなので口にはしなかった。
「……ネネちゃんさん」
「そこは今まで通りでいいよー。ていうかさん付けするところおかしくないー?」
大人の余裕(?)で鷹揚に頷いてから。
「じゃあ、今度はネネちゃんからしつもーん。サナちゃんのデッキ、ちょっと型が古くないー? こだわりや、金銭面の問題があるのかも知れないけどさー」
指摘されてサナエがハッとする。
「そう言えば、ここには新しい猩々童子を買いにきたんだった……」
「そういうのは対戦する前に済ませておきなよー。しょうがないにゃあ……ちょっと耳貸してー」
言うが早いが、サナエの返答を待つより早く彼女の体をぐいと引き寄せ耳元で囁いた。
「『物語の終幕を、華やかな悲鳴で飾ろう』」
「え? え? アンドロルドのフレーバーテキスト?」
「今日の合言葉だよー。お会計の際、レジで伝えたら1割引きしてもらえるよー。
楽しいファイトをしてくれた人にだけ、お礼に教えてあげるようにしてるんだー。これでデッキを強化しなよー。あ、これはパパ公認だから安心してねー」
「あっ、ありがとう! さっそく買ってくるね!」
深紅の疾風となってサナがファイトスペースを飛び出した。
そうして空いた席にソロが腰かける。
「さぁて、ネネちゃんさんよ……」
「キミにまでそう呼んでいいと言ったつもりはないけど許そう。ネネちゃんは寛大なのだ」
「そりゃどうも。じゃあ、次は俺とファイトしてくれねーか?」
「……ふふっ、キミ、面白いねー」
ネネが噴き出すように笑った。
「お友達が為す術もなくやられたのを見て、むしろ燃えてきちゃうんだー」
「勝てると分かってる勝負なんてしてもつまんねーだろ」
「負けると分かってる勝負も同じだと思うけどねー。けど少し気に入ったよ。サナちゃんが何度か呼んでたけど、あえて聞いてあげる。お名前は?」
「御導ソロ。サジッタの
『誰がよ』
「その情報は聞きたくなかったかなー。けど、ソロちゃんね。キミとのファイトも、楽しいものになるといいなー」
「言っておくが、俺はサナよりも強いぜ……!!」
サナエが聞けば「たまたま1勝しただけでしょ!?」と激しく抗議されそうなことを言いながら。
「スタンドアップ! ヴァンガード!」
漆黒の翼持つ歌姫が、カードショップ『眠り姫』に躍動した。
★彡
「お、負けてる負けてる」
小さな紙袋に包まれたカードを手に、サナエがほくほく顔でファイトスペースに戻ってくると、ソロはすでに負けていた。
ダメージ6対3。
自分がネネに与えたダメージより1点少ないことを確認し、小さくガッツポーズする。
「つ、強すぎる……6点のダメージを与えられる気がしねぇ」
頭から煙をあげながら、ソロはテーブルに突っ伏していた。
だが、このくらいではへこたれないのが御導ソロという男である。すぐさま勢いよく跳ね上がると。
「も、もう1回! もう1回だ!」
「あっ、ずるい! 私もすぐにデッキ組みなおすから、その後にもう1回……!」
人差し指を立てたソロ。続いてサナエがネネの眼前に迫る。だが当の本人はマイペースにふわぁと大きくあくびをすると。
「あー、ごめんねー。ネネちゃん、1日に同じ人とはファイトしないようにしてるんだー」
「え?」
サナエが小首を傾げる。
「ネネちゃん、体が弱くてさー。何度もファイトすると体調を崩しちゃうんだー。好きでぐうたらしてるわけじゃないんだよー」
「でも、さっきはぐうたらするのが好きって……」
「休みの日にぐうたらするのと、働くべき時にぐうたらするのは違うでしょー?」
「……ごもっとも」
「それにー、さっきのファイトはー、どっちもいいファイトだったからー、もう体力の限界かなー? ネネちゃんとファイトコーナーもー、今日はもう店じまいー」
もともと間延びしていた口調が、さらにゆっくりしたものになっていき、立てていた『対戦者募集中』の札をひっくり返すと『おやすみ中』に変わった。(その隅にはデフォルメされたネネちゃんが描かれ「ゴメンね!」と謝っていた。かわいい)
「おやすみなさい」
最後にそれだけ言い残すと、ネネはぽてんとテーブルに倒れ込み、初めて出会った時と同じようにぐぅぐぅ寝息を立てはじめた。
「……何だか不思議な女の子、いや、女の人だったね」
子どものようによだれを垂らして眠るネネを見下ろしながらサナエが呟いた。
「ああ。カードショップ『眠り姫』……メチャ強いファイターと、1日1度だけ対戦できる店、か」
(こんな面白いショップ、カケル達にも教えてやらなくちゃな)
とソロもひとりごちる。
(今日はサナとの約束を優先してファイトの誘いを断っちまったけど、あいつらも楽しんでるかな……)
そして、そう遠くない場所で今もファイトしているであろう友人達に想いを馳せた。
★彡
カードショップ『ラプンツェル』から、ひとりの少女が蜘蛛の描かれたデッキケースを大切そうに抱え、何かいいことでもあったのだろうか、鼻歌混じりに店を出ていく。
そして店の奥、ファイトスペースでは、イチ、ニィ、サンが床の上に横たわっていた。3人とも何かに怯え絶叫した表情のまま、死んだように気を失っている。
(あの子は……危険すぎる……)
カケルもファイトテーブルの上に崩れ落ちながら、誰ともなしに助けを乞い手を伸ばす。
「ソ……ロ……」
最後に友の名を呼び、少年の意識もぷつんと音をたてて闇に落ちた。
ダークステイツ枠にして夢見る看板娘。
夢見弥ネネの登場回です。
使用デッキはアンドロルド!!
もう書いているだけで動きが楽しく「イケオジ最高ー!!」と奇声をあげていました。
そして平和な日常に忍び寄る可憐な毒蟲。
いよいよ物語が動き出します。
それでは次回、また11月にお会いしましょう。
感想等もお待ちしております。