ヴァンガード・スターダスト&ダスト   作:栗山飛鳥

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第五想「クズはクズどうし、なかよくしましょう?」

 放課後を告げるチャイムを受けて、御導(みどう)ソロは教室を飛び出した。

 不良から足を洗い、毎日登校できる喜びから真面目に授業を受けているソロだが、それはそれとして勉強は苦手である。

 目下の楽しみはやっぱりヴァンガード!

 早歩きで部室に向かっていると、廊下でばったりカードファイト部員のイチ、ニィ、サンと遭遇した。

「おう、お前ら。早く部活に行こうぜ」

 気さくに声をかけるも、部員達は困ったように顔を見合わせ。

「す、すんません、兄貴……」

「今日は俺達、用事がありまして……」

「お先に失礼させて頂きます……」

 おどおどと答えると、ソロから逃げるように早足で去っていった。

「……ちぇ」

 ソロは寂しげに舌打ちすると、部室に向かって歩き出す。

 部室の前には、扉と向かい合うようにして立ち止まっている水無月(みなづき)カケルがいた。部のエースにして、ソロをヴァンガードの世界に引き込んだ張本人だ。

「よう、カケル。どうした? 入らないのか?」

 なるたけ優しい声音で尋ねると、しかしカケルはビクッと肩を震わせ、恐る恐る振り向いた。

「あ、ソロ……ごめん。今日は、僕、いいや……」

「いいって、どういうことだよ?」

「ヴァンガード、やりたくない」

 ソロの瞳が見開かれる。だが、その言葉を発したカケル自身が、深く傷ついたように涙目になっていた。

「……ごめん」

 それだけを小さく残して、カケルもソロの前からいなくなった。

「…………」

 ソロは無言で扉を開ける。

 うっすら埃の積もったテーブルと、静寂が少年を出迎えた。4人入ればいっぱいになる、狭いはずの部室が、今は妙に広く感じられた。

 ヴァンガードは対戦ゲームだ。ひとりでは何もできない。

 ソロはびしゃりと乱暴に扉を閉めた。

 

 

★彡

 

 

(……くそっ! いったい何がどうしちまったんだ)

 実のところ、こうなったのは今日が初めてではない。

 10月の終わり頃――ちょうどソロがサナエと一緒にカードショップ『眠り姫』を尋ねたあたりだ――から、カケル達は何かと理由をつけて部活に来なくなっていた。

 イチ、ニィ、サンは、かつての恩を売り、半ば強引に連れてきたようなものである。ヴァンガードに飽きたというのなら、その意思は尊重したい。

 だが、カケルまで。あれほど目をキラキラさせてヴァンガードの楽しさをソロに伝えてくれたカケルが! これほど急にヴァンガードに対する熱意を失うことなどありえるのだろうか。

(あーっ! もう! わっかんねー!!)

 ソロが癖の強いゴワゴワとした黒髪を掻き毟っていると。

 ――!!

 ――!!

 何やら騒々しい怒声が脇道から聞こえてきた。

 ここは不良の溜まり場になっている路地裏に繋がっている。辛気臭い場所だが、ソロがカケルと初めて出逢った思い出の場所でもある。

 ソロは小さく嘆息すると、帰路を逸れ、小道に入って行った。

 その先には案の定、ガラの悪いふたりの男が、ひとりの少年に絡んでいた。

「おい」

 ソロが低い声をあげると、ふたりの男が勢いよくこちらを振り向き。

「ああ!? 俺達を“群王(ぐんおう)”の傘下だと知って……ひいっ!?」

「こ、“孤皇(ここう)”!?」

 揃って情けない声をあげた。

「俺は今、むしゃくしゃしてんだ。俺に聞こえるところで、しょうもねぇことしてんじゃねぇよ」

「ひいっ! す、すいませんした!」

「分かったら、帰って“群王”の野郎にもそう伝えろ」

「へ、へいっ!!」

 ふたりの男が、ばたばたと土埃をあげて逃げ出していく。

 男達に絡まれていた少年も、ソロが無言で顎をしゃくると「あ、ありがとうございます!」と礼を言って駆けだしていく。その手には大切そうにカードケースが握られていた。

(あいつもヴァンガードファイターだったのか)

 かつてカケルを助けた件と言い、どうやらこのあたりの不良は、ファイターをターゲットにしているようだ。一部のカードは高値で売れ、持ち運びが容易。なおかつ足がつきにくい。不良グループの資金源とするにはもってこいだろう。

「…………」

『何を考えているの?』

 路地裏の真ん中でソロが思案していると、脳内のサジッタがいつになく心配そうに尋ねてきた。

「ああ、ヴァンガードに何か恩返しができないかって考えてな」

『恩返し?』

「このあたりの不良を仕切ってるのは“群王”って男だ。そいつにカードを狙うのはやめろと説得しにいく」

『……聞いてくれるの?』

「いいや。十中八九ケンカになるだろうな。けど、もういい。力尽くでもあいつを止める」

『でも、あなたは……』

「ああ。二度とケンカはしないと約束した。それを破った以上、俺はもうサジッタとはいられねぇ。ヴァンガードはできなくなるな……」

 ソロは天を仰いだ。そびえ立つ壁が視界を遮り、空はほとんど見えなかった。

「だからこれはヴァンガードへの恩返しなんだ。ほんの一瞬だけでもいい夢を見させてもらった、そのお礼だ」

『ソロ!』

「悪い」

 ソロはサジッタとの会話を打ち切った。自分からそうするのは初めてだったかも知れない。

 わけもわからず唐突に仲間を失い、この時のソロは少し自棄になっていた。

 

 

★彡

 

 

 ソロと“群王”には面識があった。

 ソロがヴァンガードと出逢い、二度とケンカはしないと宣言してから、“群王”とは直接休戦の約束を取り付けたからだ。

“群王”側も、勝てるかどうか分からない、勝てたとしても甚大な被害を及ぼすであろうソロとの諍いは避けたがっており、その時はスムーズに話が進んだ。

 だが、確実にソロに勝てる材料が揃った瞬間、その約束は反故にされるだろうという確信もあった。手段を選ばない狡猾な立ち回りを武器に勢力を拡大し続けてきた、底の知れない恐ろしい男だ。放っておけばいずれ日本中の不良がこの男に呑み込まれるだろうとまで囁かれている。

 故に“群王”

 己の身一つで名を上げてきた(そんなつもりは無かったが)“孤皇(ソロ)”とは対を成す存在と言えた。

 その“群王”が根城にしている廃倉庫に、ソロは辿り着いた。古い油の据えた匂いが漂っており、よくこんな場所に入り浸れるものだと変なところに感心しながら、錆びついた大扉に手をかける。

 すん、とソロの鼻が鳴った。

 油と錆の悪臭に混じって、より本能的な忌避感を及ぼす臭いを嗅ぎ当てたのだ。

(これは……血の匂いか!?)

 それに気付いた時点で、一般人なら回れ右して逃げ出すだろうが、ソロは勢いよく扉を開けた。

 死屍累々。

 そう表現するのが相応しいほどに、幾人もの男が地面に倒れ伏せていた。薄暗くて分かりにくいが、呻き声がそこかしこからあがっており、死んではいないようだが。

「おい! 何があった!?」

 手近な男の襟首を掴んで、むりやり立たせようとする。

「ひぎっ!?」

 すると、男は奇妙な声をあげ、白目を剥いて気絶してしまった。よく見ると、腕がありえない方向に捻じ曲がっており、起こされた拍子にそこから激痛が奔ったのだろう。ソロは情報収集を諦め、男をゆっくりと地面に置いた。周囲を見渡すと、他の男達も似たような状況で、いずれも手足を曲げられ、へし折られている。実に鮮やかな手際だった。

(これをひとりでやったのだとしたら、そいつは武術の達人だな……)

 だが、先に進んでみると、その様相が変化していく。

 これまで最低限のダメージで無力化されていた男達が、ある者は額を割られ、ある者は両目を潰され、ある者は四肢の関節を砕かれと。奥に進めば進むほど、より残酷な手段で破壊されていた。奥へ向かってうつ伏せで倒れている男は、逃げようとしたところを背後から攻撃されたのだろう。

(敵の数が多くなって余裕が無くなったか? ……いや、違うな)

 もはや呻き声すらあげられず、死んだように気絶する男達を見下ろしているうちに、ソロはある事を思い出した。

(これをやったやつは、人を傷つけることを楽しんでいる)

 敵に囲まれ、それを薙ぎ倒していくうちに、だんだんと暴力を振るうことが快感になっていくあの感覚。

 ケンカが終わり、興奮から冷め、自分も不良(こいつら)と同類なのだと嫌でも自覚させられる瞬間が、ソロは一番嫌いだった。

 吐き気をこらえながらそれでも奥へと進んでいくと、この地獄とはあまりにも場違いな、鈴のように可憐な声が響いてきた。

「うん、じゃあもう一度お願いするね」

(女の子の声? こんなところにか!?)

 慌てて駆け出すと、その声の主であろう少女はすぐ目に入った。

 淡い色をしたオフショルダーのワンピース。透き通るような白い肌。緩やかに波打つクリーム色の長い髪。彼女を構成するパーツのひとつひとつが僅かな光を反射させ、薄暗い闇の中で際立っていた。

「カードゲームをしている人達を襲うのは、もうやめてあげて欲しいの。あなた達にとっては金券にしか見えないカードでも、人によっては1枚1枚が大切な宝物なんだよ」

 少女が懇願するように両手を合わせる。ここにいる理由はソロと同じだろう。“群王”の凶行を止めに来たのだ。そして、そのすぐ正面に“群王”もいた。小柄かつ細身な少女よりふた回りは巨大な大男だ。

「やめろ! そいつは正論が通じるような相手じゃねえ!」

 駆けながらソロは声を張り上げた。

“群王”は自分の意に逆らう者は、誰であろうと徹底的に叩き潰す危険人物だ。今もその額に何本も青筋を立てており――

「があっ!」

 獣のような気勢を上げて、少女を押しつぶさんばかりに襲い掛かった。

 少女は流れるような身のこなしで男の腕を掴むと、そのまま後ろに回り込みながら、脚の関節を蹴り飛ばす。かくんと折れた膝を足で踏みつけ、折り曲げた腕を背中で固定し関節を極める。そうして“群王”は少女にあっさりと制圧された。

「ぎゃああああああっ!!」

 無理な方向へと曲げられた腕がみしみしと軋み、“群王”が悲鳴をあげる。

 断っておくと“群王”は柔道の有段者だと言われている。それをこうも容易く組み伏せた少女はいったい――!?

 目の前で起きた出来事をソロが理解できないでいると、顔面からだらだらと脂汗を流しながら“群王”が声を荒げた。

「おい“孤皇”! 何を寝ぼけてやがるっ! こいつは『三凶』だ! 『三凶』の“女帝”だっ!!」

「さんきょう……?」

 どこかで聞いた覚えのあるような無いような響きにソロが首を傾げる。

「その名前で呼ばないでって言ったよね? 人の嫌がることを何度もするのってよくないと思うな」

 笑顔のまま、男の腕を捻じり上げていた少女の手に力がこもる。

「おい待て! それ以上曲げたら……!!」

 

 ミヂッ

 

 ソロが静止するよりも早く、肉を無理やり引き裂くような聞くに堪えない音と共に男の腕が折れた。

「――!!」

 声にもならない悲鳴をあげて男が白目を剥いて気絶する。少女がパッと手を離すと、顔面から地面に落ちてゴヅンと鈍い音をたて、そこから血溜まりがゆっくり広がった。

 配下は全滅。こうして醜態を晒し、右腕も完治はすまい。もはや再起は絶望的だろう。

 警察や反社会勢力からも一目置かれていた“群王”の、あまりにもあっけない最期だった。

「三凶……女帝……」

 それを見てソロも思い出す。イチニィサンが訳知り顔で語っていた。この界隈には『三凶』の名で恐れられる3名の不良がいるのだと。

 ひとりは“孤皇”

 ひとりは“群王”

 ひとりは“女帝”。

 だが“女帝”の正体だけは謎に包まれていた。何でも“女帝”に襲われたと思しき者は、その話になると皆一様に口を閉ざしたという。女に負けたことが恥ずかしくて話題に出せないのだと言うのがもっぱらの定説だったが、真相はそんな可愛らしいものではなかった。

 思い出したくもないのだ。あまりにも恐ろし(トラウマ)すぎて。

 少なくとも、人ひとりを再起不能になるまで傷つけておいて、へらへら笑いながらこちらを振り仰ぐ“女帝”の姿を、ソロは生涯忘れることはできないだろう。

 

 

★彡

 

 

「ここに来るまで、たくさんの男達が無惨に倒されてた。あれはお前がやったのか?」

「見ての通りだよ。この場で五体満足なのは、もう私と君しかいない」

 恐る恐る尋ねると、少女は誇らしげに両手を掲げてみせた。その指には血と肉片がこびりついている。両目を潰された男のことを思い出し、ソロは目を背けたくなった。

「ここまでやるこたねぇだろ。その手際ならもう少し穏便に制圧できたはずだ。こいつも含めて、奥にいるやつのほとんどは後遺症が残るぞ」

 転がっている“群王”だった男を指さしながら問い詰める。

「男の人に襲われて怖かったの! 昔に習った護身術で必死に抵抗しただけなんです! 傷つけたかったわけじゃありません!」

 突然両手を胸の前で抱き合わせ、口調を1オクターブ高くして、上目遣いになってソロを見上げる。その目尻には涙まで浮かんでいた。

「大人にそう言えば、たいていの人は信じてくれるの。これは正当防衛だよ」

 次の瞬間には、ケロリと元の笑顔に戻っている。

「そんなことより、君が“孤皇”なのね? 私、君と一度お話してみたいと思っていたの。こんなところで出逢えるなんて、これはきっと運命だわ」

“孤皇”と呼ばれた時、ソロが無意識に顔をしかめた。少女もそれに目ざとく気付き、素直に頭を下げる、

「あ、ごめんなさい。君も変なあだ名――異名って言うの?――で呼ばれるのは嫌だった? カッコ悪いものね。子どもみたい。

 じゃあ、君のことは何て呼べばいい? お名前を教えて?」

 両手を合わせて尋ねてくる。癖なのだろうか、同じ仕草を“群王”と話す時にもしていた。

「…………」

「おっと失礼。人に名前を尋ねる時は、まずは自分から名乗るのが礼儀よね」

 ソロが黙っていたのは、少女に名前を呼ばれるどころか、名前を知られるのが嫌だったからなのだが。

「私は八雲(やくも)アヤメって言うの。よろしくね?」

 彼女は勝手に勘違いして、胸に手を当て自己紹介を始めた。

「さ。今度は君が私に名前を教えてくれる番だよ」

「……御導ソロ」

 渋々とソロは名乗った。

「綺麗なお名前。私は君のことをなんて呼べばいい?」

「……好きに呼べよ」

「じゃあ、ソロ君? 君はこんなところにまで何をしにきたの? やっぱりこれ?」

 言って、アヤメが半身になって構える。へらへらとした余裕の笑みはそのままに、彼女の全身から隙が消えた。

 合気道に似た構えだが、少し違う。日本の武術のようではあるが。その破壊力は“群王”で証明済みだ。迂闊に手を出せば、彼と同じ末路を辿ることになるだろう。

 ソロを誘うように、少女の細い指先が蜘蛛足のように蠢く。

(後の先に特化した構えのようだが、向こうから仕掛けてくる手段はあるか? いったん距離を取って足技で牽制を……)

 脳内でシミュレートしかけて、いかんいかん! と慌てて首を振った。

「よせよ。俺はもうケンカはしないと誓ったんだ」

 降伏の証に両手を挙げる。と言っても、その誓いを反故にする覚悟でここまで来たのだが。奇しくも目の前にいる少女のおかげで、それをする必要も無くなった。

「ああ、噂は本当だったのね。“孤皇”は牙を抜かれたって」

 アヤメも毒気を抜かれたように両手をだらんと垂らす。

 ソロは「そんな噂が出回っていたのか」と内心で冷や汗をかいていた。今日という日が無ければ“群王”に襲撃を受ける日も、そう遠くなかったかも知れない。

「失望するならしてくれていい。俺はもうそちら側とは関わらない。だから俺にも関わらないでくれ」

「じゃあ、あの噂も本当? “孤皇”はヴァンガードってカードゲームに現を抜かしていると……」

 踵を返しかけたソロにさらなる言葉が投げかけられ、その足が止まった。

「素敵!」

 一瞬で距離を詰めてきたアヤメがソロの手を取り、冷たい両手でその拳を包み込んだ。完全に彼女の間合いだ。その気なら、抵抗する間も無くソロの腕はへし折られるだろう。敵意も害意も無くただ跳びかかってくるその様は、まるで虫みたいだ。

「私もね。つい最近、ヴァンガードを始めたの」

 そう言えば“群王”とカードゲームがどうとか話していたような気がする。ほんの数分の間に、いろいろなことがありすぎて忘れていた。

「あなたもヴァンガードを始めたって聞いて、だから一度会ってお話してみたいと思っていたの。やっぱり噂は本当だったのね。

 ね、私とファイトしましょう? 近くにちょうどいいカードショップも見つけたの」

 拒否権は無い。選択肢を誤り、ひとたび彼女の機嫌を損ねれば、そのまま腕を折られるだろうという嫌な確信があった。

 

 

★彡

 

 

 救急車を呼ぶだけ呼んで、ソロはアヤメに連れ出されるようにして廃倉庫を後にした。ソロはその外見からいらぬ誤解を受けやすかったし、あの場に残っていれば面倒なことになっていたことは想像に難くない。それにどれだけ惨めでも“群王”達の末路は自業自得には違いないのだ。付き添ってやる義理までは無かった。

 何より、自分の手(と命脈)を握ったままの少女が、そんな回り道を許さなかっただろう。自分がさんざん傷つけた男達に対して、彼女はすっかり興味を失ってしまっている――どころか忘却の彼方だ。

「カードショップ『三匹の小ブタ』……かわいい名前のお店でしょう?」

 そんな彼女に連れて来られたカードショップは、童話に出て来る家のように、煉瓦でできたこじんまりとした店で、ファイトテーブルも3席しか無かった。そのうちの2席はしっかり埋まっているあたり、さすがカードゲーム人口1億人時代と言えるが。

 空いた一席にするりと座り込み、アヤメが手招きしてくる。ソロは渋々とその対面に腰かけた。

「じゃあ始めましょうか。ソロ君は噂によると高校2年生だよね」

 蜘蛛が描かれたカードケースを音も無く置き、ファイトの準備を進めながらもアヤメは喋ることを止めない。

「私の方が一学年上だから先輩だね。アヤメ先輩って呼んでもいいよ?」

「……先輩」

 あえてそう呼ぶようにしたのは、名前で呼ぶほど親しくなりたくなかったからだ。

「ふふ、照れてるの? かわいい。

 そろそろ準備はできた? それじゃあ、よろしくお願いします」

「…………」

 丁寧に頭を下げるアヤメに、ソロも最低限の礼儀として軽く頭を下げた。

「「スタンドアップ ヴァンガード」」

「《幸福な時間 ラスカリア》」

「《Absolute Zero リックス》」

 

 

★彡

 

 

 霊体となったソロ達が降り立ったのは、鬱蒼とした薄暗い森の中。

 周囲の茂みからはがさがさと絶えず物音がし、闇には得体の知れない生物の視線が灯となって浮かぶ。

「私の先攻だね。スタンド&ドロー。《鍛錬の日々 ラスカリア》にライド。

 さ、君のターンだよ」

「……スタンド&ドロー。

《Absolute Zero クラウ》にライド。リックスの効果で1枚引き、クラウの効果で山札の上から7枚見て……《安らぎの天色 風紀乙女 アルハ》を手札に加えるぜ。ライドコストで捨てられた《密かな祈り 風紀乙女 クラーリ》をソウルイン。

 クラウでヴァンガードにアタック!」

「ノーガード」

「ドライブチェック……トリガーは無しだ」

 アヤメのダメージチェックでトリガーは出ず、まずは1点。

「じゃあ私のターンだね。スタンド&ドロー。

《母の剣に誓って ラスカリア》にライド。G1ラスカリアのスキルでデッキからブリッツオーダー《夢刃泡影》を手札に加える。

《ヴェレーノ・ソルダート レフォノハイラ》をコール。レフォノハイラのスキルで……《ヴェレーノ・ソルダート シディラッカ》を手札に加えて、この子もコール。

 さあ、バトルだよ。

 レフォノハイラでヴァンガードにアタック」

「アルハでガード!」

「シディラッカのブースト。ラスカリアでヴァンガードにアタック」

「ノーガード!」

「ドライブチェック……ノートリガー」

「ダメージチェック……」

 山札からカードをめくろうとした時、チクッとした痛みを感じてソロは顔をしかめた。まるで脇腹を鋭い針でつつかれたかのような。

「どうかしたの?」

 笑顔を浮かべたままアヤメが尋ねてくる。

「なんでもねぇよ。ダメージトリガーは(クリティカル)トリガーだ」

 平静を装いながら、ソロがダメージゾーンにカードを置く。

「俺のターン! スタンド&ドロー!

 ライド! 《Absolute Zero カシュア》! ライドコストとして捨てられた《随喜竜 プリストロ》をスペリオルコール!」

「カシュアでヴァンガードにアタック!」

「《デュアルプレッシャー・ドラゴン》でガード」

「ドライブチェック……★トリガー! 効果はすべてプリストロに! プリストロでヴァンガードにアタック!」

「ノーガード」

 アヤメが細い肩を軽くすくめて宣言する。2枚のカードがダメージゾーンに置かれ、これで3点目が入った。

「私のターンだね。スタンド&ドロー。

 ライド! 《夢刃の剣姫 ラスカリア・ヴェレーノ》!」

 薄闇が支配する森に蒼光が降り注ぐ。そう錯覚してしまうほど鮮烈に、蒼い蝶の翅を持つ少女が細枝の上に降り立った。

 か細い手足は黒鎧を想起させる外骨格に覆われており、その手には少女の身の丈以上はある大剣が軽々と握られている。翅からは絶えず鱗粉が零れ落ち、それらが蝶となって少女の周囲から舞い上がった。

 かつて惑星クレイを裏から支配した昆虫怪人(メガコロニー)達。その末裔たる少女(ラスカリア)が、悪にしか裁けぬ邪悪を断つ。

(こいつは……なんだかヤバそうだぜ!)

 ラスカリアの怜悧な蒼い瞳に見据えられ、ソロは身を竦ませる。ソロの短いながらも波乱に満ちた人生において、明らかに一般人(カタギ)ではない人物と関わりかけたこともあるのだが、そのカードからはそれに似た気配が感じられた。

「G2ラスカリアのスキルで山札の上から7枚を見て……《夢刃泡影》を手札に」

(またブリッツオーダー……?)

「《ヴェレーノ・ソルダート グルドーリ》をコール。グルドーリのスキルで、ドロップから《ヴェレーノ・カポレジューム エラフス》をスペリオルコール」

 アリの怪人が漂わせるフェロモンに誘われ、他の怪人より一回り大きな体を持つクワガタ怪人が、その巨体に反して音も無く地面に降り立った。虫の怪力と身軽さ。それらを器用な人の姿で行使できることこそ、昆虫怪人の強みである。

「バトルだよ。

 エラフスでヴァンガードにアタック。ヴェレーノの名を持つユニットは、ラスカリアのスキルでパワー+5000されるの。よって、エラフスのパワーは18000」

「っ! プリストロのインターセプトじゃ足りねぇ! 《青空を舞う翼と アンティア》でガード!」

「シディラッカのブースト。ラスカリアでヴァンガードにアタック」

「ノーガードだ!」

「ツインドライブ!!

 1枚目……ノートリガー。

 2枚目……★トリガー。★はラスカリア。パワーはレフォノハイラに」

 ラスカリアが天蓋の如く空を覆う枝葉など意にも介さず舞い上がり、それらの隙間を縫うようにして上空から大剣を振り下ろす。

「ダメージチェック……」

 

 ザクッ

 

 今度は確かな痛みを感じて、ソロが首筋に手を当てる。その手を離してみると、血がべったりとこびりついていた。

「!?」

 思わず息を呑む。

「さっきからどうしたの? 顔色が悪いわよ」

 くすくすと笑いながら、再びアヤメが尋ねてくる。ソロは確信した。これは自分に何が起きたのか分かって聞いている。

「てめぇ……いったい何をした?」

「さぁ、なんのこと? それよりダメージチェックでしょ。早くめくりなよ」

「…………」

 問い詰めたいが、根拠が無い。手のひらの血も、いつしか跡形も無く消えていた。

 ソロのダメージゾーンにも2枚目、そして3枚目のカードが置かれていく。

(……くそっ、トリガーが引けねぇ!)

「グルドーリのブースト。レフォノハイラでヴァンガードにアタック。あ、グルドーリはヴェレーノが3枚以上いるとブーストができるの。かわいい子よね?」

「ノーガード……ダメージチェック……(ヒール)トリガー! ダメージ回復だ!」

「あら残念。私はこれでターンエンド」

「俺のターン! スタンド&ドロー!

 唄え、我が最愛の人! ライド! 《Absolute Zero サジッタ》!!」

 歌声と共に風が渦巻き、木々が薙ぎ倒されていく。そうしてできた即席のステージに、漆黒の羽根を舞い散らしながらサジッタが優雅に降り立った。

「あら、綺麗なカード。ソロ君から大切にされていることが伝わってくる」

「そ、そうだろうそうだろう」

 サジッタを、それも自分との絆を褒められて悪い気はしない。ソロは思わず相好を崩しかけたが、続く言葉に凍りついた。

「この子が血しぶきをあげて倒れる姿は、きっともっと綺麗で素敵なんでしょうね」

「な……!?」

「あ、ごめんなさい。気が早かったわね。今は君のターンだものね。続けて」

「……っ! そんなことさせるかよ!

 皆、サジッタを守ってくれ! ライドされたカシュアのスキル発動! こいつとクラウをスペリオルコール!

《クーリング・ハート ユイカ》もコール!

 手札を1枚捨ててクラウのスキル発動! 前列ユニットのパワー+5000の効果を得る! 手札が捨てられたので、サジッタのスキルで1枚ドロー!

 サジッタのスキルも起動して、バトルだ!

 ユイカのブースト! プリストロでヴァンガードにアタック!」

「ブリッツオーダー《夢刃泡影》をプレイ!」

 幼竜の健気な突進が、蒼い燐光が尾を引く凄まじい斬り上げによって阻まれた。

「!?」

「ラスカリアのパワー+20000! そしてこのターン、私はもう一度ブリッツオーダーをプレイできる。

 それだけじゃないよ。アタックがヒットしなかった時、ブリッツオーダーをプレイしていたら、ラスカリアのスキルも発動するの。カードを1枚引いて、カウンターチャージ」

「なっ!? ガードしたのに手札が減らないだと!!」

「あら、素敵な反応してくれるわね」

「くっ……ユイカのスキルでプリストロを手札に戻す! サジッタでヴァンガードにアタック!!

 アタック時、ドロップから空いたサークルにアルハをスペリオルコール!」

「トリプルドライブか……3点で受けるのは少し怖いわね。《ハニカム・ザイラス》で完全ガード」

「トリプルドライブ!!!

 1枚目……(ドロー)トリガー!! 1枚引いて、パワーはアルハに!

 2枚目……トリガー無し!

 3枚目……★トリガー!! 効果はすべてアルハに!」

 ヴァンガードの攻撃も防がれたが、すかさず次のカードに指をかける。

「クラウのブースト! カシュアでヴァンガードにアタック!」

「《夢刃泡影》! ラスカリアのスキルで1枚ドロー」

「カシュアを退却させて、1枚ドロー!

 このアタックは《夢刃泡影》1枚じゃ防げないぜ! サジッタのスキルで手札を1枚捨てて、アルハでヴァンガードにアタックだ!」

「《四精織り成す清浄の盾》で完全ガード。手札を1枚捨てるけど、ラスカリアの効果で1枚ドロー」

「!? 盾でもドローできるのかよ!」

「盾もブリッツオーダーだもの。

 さて、私のターンね。スタンド&ドロー。

 ペルソナライド! 《夢刃の剣姫 ラスカリア・ヴェレーノ》!!」

 ラスカリアがより大きく翅を広げると鱗粉が広がっていき、やがては森全体が幻想的な蒼い輝きで満たされる。

「《共謀怪人 アドマンティス》をコール。エラフスのパワー+5000。

 レフォノハイラとグルドーリの位置を入れ替えるわね。

 さあ、バトルをしましょう。

 エラフスでヴァンガードにアタック」

「《サリーアルボイス ヒルベルタ》とプリストロでガード! アルハでインターセプト!」

「……さて」

 突然、アヤメが手札をテーブルに置いた。

「ね、イメージして」

 両手を合わせる。

「ここは地球によく似た惑星クレイ。君はそこに迷い込んだか弱い霊体」

 子どもに絵本を読んで聞かせる母親のように、アヤメが朗々と語り出す。

「ヴェレーノ一家(ファミリー)の縄張りである森に踏み込んでしまった君は、これから血の制裁を受けるの」

 瞬間、ソロは惑星クレイに立っていた。噎せ返らんばかりの森の臭気が。肌にべたつく湿気が。足元でじゅくじゅくと沈む腐葉土の感触が。これまでのイメージとは比較にならない現実となってソロの五感を支配していた。

 そして、目の前には昆虫怪人達がいた。

 全身からから生えた刃を念入りに手入れしているアリの怪人。

 大顎を模した戦斧を隙無く肩に担いだクワガタの怪人。

 恐ろしさすら感じさせるほどの冷厳なる美貌を誇るモルフォチョウの怪人。

 そのすべてが、明確な殺意を以ってソロを睨みつけていた。

「……ひっ!?」

 荒事には慣れているソロですら思わず悲鳴をあげて仰け反った。ガタンッと椅子が大きく音を鳴らし我に返る。気が付けば、そこは確かにカードショップだった。

「あら、まだ逃がさないわよ」

 アヤメの甘い声がして、ソロの意識は再び惑星クレイへと引き戻される。

「シディラッカのブースト。ラスカリアでヴァンガードにアタック。ヴェレーノが5体いるので、ラスカリアの★+1。さらにラスカリアのアタック時、エラフスはスタンドしてパワー+5000」

 ソロの首筋目掛けてラスカリアの大剣が振り下ろされる。その肉厚の刀身は断頭台の刃にも似ていた。

「うっ、わあああああああっ!! ウォルミアで完全ガード!」

 これを受けたら自分は死ぬ。

 そんな荒唐無稽にも思えるイメージを振り払うように、ソロは必死にカードを繰り出した。

「ツインドライブ!!

 1枚目……治トリガー。ダメージ回復し、パワーはエラフスに。

 2枚目……★トリガー。効果はすべてグルドーリに。

 アドマンティスのブースト。エラフスでヴァンガードにアタック」

「ノ、ノーガード……」

 昆虫怪人の戦斧が胴を薙ぐ。

「がっ……!?」

 これまでの痛みが気のせいだったと思えるような、確かな激痛がソロの脇腹を襲った。

「レフォノハイラのブースト。グルドーリでヴァンガードにアタック……あ、サジッタのスキルで手札を捨てなくちゃならないんだっけ? なら私は()()()()()を捨てるわね」

「2枚のプルエル、さらにベトレアも2枚でガードッ!!」

 防ぎきった。だが、ソロの息は荒い。脇腹からは血が溢れ、内側から衣服を濡らし、このまま放っておくと失血死してしまうのではないかと悪寒が奔る。

「シディラッカをデッキに戻してスキル発動。ドロップから《夢刃泡影》を2枚手札に加えるわね。

 私はこれでターンエンド……なんだけど、少し休憩にしましょうか」

 そんなソロを見かねてか、アヤメが提案した。

「ちょっとだけ私の話を聞いてくれる?」

「……?」

「私ね、人を殺してみたいと思っているの」

「っ!?」

 突然の告白に、ソロの全身から血の気が引いた。

「私、子どもの頃に古武術を習っていて、そこで人を傷つけることの楽しさを知ったの。対戦相手をわざと怪我させていたら、破門されちゃったんだけどね。

 それからはガラの悪い人を挑発しては返り討ちにすることで、自分の中のどうしようもない欲求を満たし続けていたの。

 いつの間にか不良扱いされて“女帝”だなんて呼ばれだしたのには辟易したけれど」

「やめろ……」

「そうして人を傷つけているうちに、より残酷な方法で人を痛めつけたくなった。そんなことを繰り返していると、ついには人を殺したくなった。

 今では人とすれ違うたび、この人の首を不意にへし折ってあげたら、どんな目をして私を見てくれるんだろう、どんな断末魔を聞かせてくれるんだろうって、そんなことばかり考えるようになったわ」

「聞きたくねぇ……」

「けど、現実で人を殺すのって難しいの。それをやっちゃうと、さすがに正当防衛では済まされないでしょ?

 殺したくても殺せない。そんな辛い日々を送っていた頃に出会ったのがヴァンガード!

 イメージの中でなら、いくらでも人を傷つけることができる! いいえ、人を殺すことだって! あは! あははははははっ!!」

 片手で額を抱えてアヤメが楽しそうに笑う。狂ったように嗤う。

「ねぇ聞いて。不思議なの。私と対戦した人は、ファイトすることが怖くなって、ヴァンガードができなくなっちゃうの」

 さもありなん。ソロだって今すぐにでもファイトを放棄して逃げ出したい。だが、その言葉には引っかかりも覚えた。

「ヴァンガードが……できなくなる、だと?」

 その症状に心当たりがあったからだ。

「ええ。私とファイトした人は、もう二度と惑星クレイの地に立てない。これはもう魂の殺人行為と呼べるんじゃないかしら」

「まさかお前っ……カケルとファイトしたのかっ!?」

「カケル君……? ああ、丸メガネをかけた大人しそうな子よね。個性的な3人組と一緒にいた。ええ、たしかにこの手で殺したわ」

「!!!」

「これまで殺した人のことは、みんな記憶に残しているの。もしかして君のお友達だった? ごめんなさい。けど安心して。君のことも覚えていてあげるから。君とお友達は私の中でいつまでも……」

「……許さねぇっ!!!」

 瞬間、痛みも恐怖も吹き飛んだ。その気迫に、これまで上機嫌に話していたアヤメすら黙り込む。

「やるぞ、サジッタ! こいつだけはここでブッ倒す! ペルソナライド!!」

 銀色の文字が輝く、カケルから譲り受けた大切なカードをヴァンガードに重ね合わせる。

「《花園を巡る光 風紀乙女 ルリーニア》をコール! スキルで山札の上から5枚見て……《休息の羽衣 風紀乙女 クルノール》を手札に!

 クラウのスキルでクルノールを捨てる! 前列パワー+5000! クルノールのスキルでルリーニアに+5000! サジッタの効果で1枚ドロー! ……よしっ! 手札からアルハをコール!

 ここまでパワーを上げれば、《夢刃泡影》だけでは防ぎきれねぇだろ!

 サジッタのスキルを起動して、バトルだ!!

 ユイカのブースト! アルハでヴァンガードにアタック!」

「《夢刃泡影》! さらに《ティアーナイト コスタス》でガード。グルドーリでインターセプト。ラスカリアのスキルで1枚引いて、カウンターチャージ」

「ユイカのスキルでアルハを手札に戻し、サジッタでヴァンガードにアタック!! ドロップからアルハをスペリオルコールする!」

「……ノーガード」

「トリプルドライブ!!!

 1枚目……★トリガー!! ★はサジッタに! パワーはアルハに!

 2枚目……★トリガー!! この★もサジッタに! パワーはアルハに!

 3枚目! ここで★トリガーを引けば、俺の勝ちだ!」

「ふぅん。そう上手くいくかしらね」

「トリガーチェック…………くそっ」

 めくれたカードは《Absolute Zero サジッタ》……ノーマルユニットだ。

 だが、アヤメのダメージゾーンに3枚のカードが置かれ、これで一気に5点目が入った。しかもその中にトリガーはない。

(やつの手札は6枚……いけるか!?)

 自問しながら次のカードを傾ける。

「クラウのブースト! ルリーニアでヴァンガードにアタック!」

「《夢刃泡影》! さらに《晴朗の乙女 レェナ》でガード。1枚ドロー」

「これで《夢刃泡影》はすべて使わせたぜ! 手札を1枚捨て、アルハでヴァンガードにアタック!」

「ドロップから……」

「!?」

「レガリスピース《双つに連なる守護の法陣》をプレイ。ラスカリアのパワー+15000」

「なっ!? そんなカード、いつの間に……」

「君が捨てさせてくれたんだよ。前のターンの4回目のアタック。君の大好きなサジッタのスキルでね」

「っ!?」

「あとは2枚の《戦場の歌姫 ドルセア》でガード。残念、届かなかったわね。ラスカリアのスキルで1枚ドロー」

「……ターンエンド」

 重々しく宣言するが、その目はまだ死んでいない。手札もまだ6枚ある。

「急にどうしたの? 私のことをそんなに睨んで。君だって同じでしょう?」

「何がだよ」

「君も人を傷つけることが好きで不良をやっていて、それだけじゃ足りなかったからヴァンガードをはじめたんでしょう? 違うの?」

「なっ! お前と一緒にするな!」

「本当にそう? 高いパワーで敵を蹂躙する時、ここぞという場面でトリガーを引いて敵を仕留めた時、君は何も感じなかった? 何も満たされなかった?」

「違う! 俺は、違う……っ!」

 ヴァンガードは楽しい。もちろん勝てればもっと楽しい。だが、その時の興奮が、高揚が、ケンカの時に感じていたそれとまったく違うものだとソロには否定できなかった。

 現に今、気に入らない奴をファイト(ケンカ)で倒すことしか考えていなかったのだから。

「所詮、私たちはこの世界に受け入れられることのない異物。戦乱渦巻く惑星クレイにしか居場所が無いの。だから……」

 アヤメが優しく手を差し伸べる。

「クズはクズどうし、なかよくしましょう?」

 ソロは虚ろな目でそれを見ていた。ゆらゆらと勝手に腕が持ち上がり、その手を取ろうとする。

「きっとあんたが正しい。俺はヴァンガードを使ってケンカしていただけで、本質的には何も変わっちゃいなかった」

 だが、指と指が触れ合いそうになる寸前、ソロは力無くそれを払った。

「それでも俺は、先輩みたいにだけはなりたくねーや」

「そう」

 アヤメの表情から笑顔が消えた。

「せっかくお友達を見つけたと思ったのに。そんなに綺麗事に殉じたいのなら、ひと思いに殺してあげる。

 ペルソナライド! 《夢刃の剣姫 ラスカリア・ヴェレーノ》!!」

 蒼く煌めき森を照らしていた鱗粉が、突如として赫く染まった。

「!?」

 だが、ソロが目を見張ったのはそれだけが理由では無かった。

「そのカード……」

 指さしているのは、今まさにペルソナライドされたラスカリアのカードだ。荒事にもまれて生きてきたソロが見間違えるはずもない。そのカードに赤黒くこびりついているのは……。

「何でこんなにも血がついてる!? どこで手に入れた、このカードは!?」

「ああこれ? うーん、どうだったかしら?」

 アヤメがわざとらしく腕を組んで考える仕草をする。

「人から奪ったって言えば、君はどう思うかな?」

「それだけは……やっちゃなんねぇだろうがぁ!」

 猛るが、今はアヤメのターンだ。もはやソロには何もできない。

「グルドーリをコール。スキルでドロップからシディラッカをスペリオルコール。

 バトル。

 エラフスでヴァンガードにアタック」

「アンティアでガード! アルハでインターセプト!」

 振り下ろされた戦斧を白銀の爪が弾き返す。

「シディラッカのブースト。ラスカリアでヴァンガードにアタック。エラフスはスタンド」

(★2のアタックを受けるわけにはいかねぇ! だが手札にも余裕は無い……なら!)

「ヒルベルタとカシュアでガード! ルリーニアでインターセプト! これで1枚貫通だっ!」

 トリガーさえ引かれなければ、完全ガードとノーガードでペルソナ札を残しながら生き残れる。

「ツインドライブ!!

 1枚目……ノートリガー」

 手札を握る手に力を込めながら、次にめくられるカードを祈るように見つめる。

「2枚目……あら?」

 先にカードを見たアヤメが小首を傾げた。

「超トリガー《天恵の源竜王 ブレスファボール》」

「!!!」

「普通のトリガーでもよかったのに。ごめんなさい。希望を持たせちゃった?」

 竜王の宿った大剣が振るわれ、サジッタを守護していたユニットが塵芥の如く吹き飛ばされる。

「さ、イメージして」

 アヤメが両手を合わせる。お願いするように。あるいは死者へと祈るように。

「血の華を咲かせて倒れ伏す、君の姿を」

 その言葉を合図に、ソロはより深く惑星クレイへと入り込んだ。

 視点は完全にサジッタとリンクし、今は膝をついて、大剣を振り上げるラスカリアを見上げている。蒼玉(サファイア)の如く美しかったラスカリアの瞳が、赫く不気味に輝いているのがよく見えた。

「……!!」

 ソロは死を覚悟し目をきつく閉じた。

 だが――

 不意に憑依(ライド)が解除され、ソロは霊体となって宙に浮いた。

 サジッタは肩越しにソロへと振り返ると、普段は滅多に笑わないくせ、こんな時だけ優しく微笑み、ウィンクまでして見せた。

「どういうつもりだよ……! おい! サジッタ!」

 サジッタは凛として立ち上がると、ドレスについた泥を払い、両腕の翼を大きく広げた。まるでソロの盾にならんとしているかのように。

「おい! やめろ! サジッタ! やめるんだ!」

 だがその姿は盾などではなく――生贄に捧げられ、十字架に張り付けられた乙女にしか見えなかった。

「やめろおおおおおおおおおおおおっ!!!!」

 絶叫も虚しく、非情の刃が振り下ろされた。

 

 

 

 

 戦いは終わった。

 ヴェレーノ一家は撤収。赫く輝く鱗粉も消え去り、静寂と薄闇を取り戻した森に、ソロの霊体だけが残されていた。

 その膝の上にはサジッタが抱かれている。その瞳は安らかに閉じられ、まるで眠りについているかのようだった。

 鮮血に染まったロングドレスさえ纏っていなければ。

「うっ……うあっ……」

 ソロが大粒の涙を零しながら何度も嗚咽する。惑星クレイにおいて、霊体は長く生きられない。その輪郭はみるみるうちに朧気になり崩れていく。

「うあああああああああああっ!!!」

 最後に子どものように泣き叫び、その姿も露となって消えた。

 

 

★彡

 

 

 6枚目のカードがソロの手からダメージゾーンへと滑り落ちた。ソロは俯いたままピクリとも動かない。

「さようなら、ソロ君」

 少し寂しげに言うと、アヤメはカードを片付け始めた。

 すべてのカードをデッキケースにしまい、立ち上がりかけたところで。

「……おい」

 俯いたままの、ソロの低い声に呼び止められた。

「待てよ……」

 ギリギリとソロが顔を上げる。その顔は涙でベトベトに濡れていたが、それを笑えないほどの怒りが顔面に浮かび上がっていた

 その怒気たるや、まったく関係の無い隣の席で対戦していたファイター達が思わずこちらを見て「ひいっ!」と悲鳴をあげてしまうほどである。

「そんな……私とファイトして生きているだなんて」

 さすがのアヤメも丸い目をさらに丸くしてソロを見ている。

「……すごい!」

 かと思えば、いつもの笑顔を浮かべてソロの眼前まで顔を寄せた。

「ねえ、どうやったの? 君の強い精神力が死の淵から蘇らせたとか? まるで少年漫画ね」

「そんな大層なもんじゃねぇ。サジッタが俺を助けてくれた。サジッタがいなかったら、俺も今頃カケル達のようになってた……」

「それはそれで興味深いね。やっぱり君は特別だった。ねぇ、もう一度ファイトしましょう? また君を殺したら、今度はどうなるのかしら?」

 実験大好きな子どものように目を輝かせてアヤメがまくしたてる。

「……いや」

 それで少し冷静になったのか、ソロが静かに答えた。

「今の俺じゃ何回やってもお前には勝てねぇ。もうサジッタが傷つくところは見たくない……だが!」

 しょんぼりしかけたアヤメに指を突き付ける。

「俺はもっと強くなる! ファイトも! 心も! そして、次は必ずお前を止めてみせる!」

「いいね。最高の殺し文句だ」

 嬉しそうにアヤメが笑う。

「けど、あまり時間が残されているとは思わないでね?」

「? どういう意味だよ」

「私はこれからも色んな人とファイトする。私に負けた人はファイトができなくなる。それが続くと……どうなると思う?」

「ファイターが……いなくなる」

「そう。君が強くなる前にヴァンガードが終わってしまわなければいいね」

 それだけ言って、今度こそアヤメが席を立つ。

「ばいばい、ソロ君。また殺し合いましょう」

 色素の抜けた癖のある髪を風にそよぐ蜘蛛糸のように揺らして、少女は去っていった。

 

 

★彡

 

 

 ラスカリアのカードを拾った八雲アヤメがまず向かったのは、最寄りのカードショップだった。

 だが店員に聞いても持ち主は分からないと言われた。まず落とし主の顔をあまり見てはいなかったし、カードに名前が書かれているわけではない。

 それでも同じカードショップに足しげく通い、ある時には遠出して他のカードショップも訪れてみたが、事態は進展しなかった。

「あなたをお家に帰してあげたかったんだけどな……」

 カードを拾ってから2週間ほどが経過し、新しく訪れたカードショップ『赤ずきん』でも成果は得られず、さすがに諦めようかと思い始めた、その時。

「お前か。最近、界隈のカードショップでラスカリアの帰る場所を探してる女ってのは」

 と背後から声をかけられた。

 振り向くと、そこにいたのはファイトスペース(この頃はまだそんな言葉すら知らなかったが)の椅子の上でだらしなく足を組んだ、30代後半ぐらいに見える中年の男だった。白髪の混じりはじめた黒髪を短く刈り込み、長身で日焼けしているが、さほど筋肉はついておらず強そうには見えない。アヤメなら1分もかからずに手足をへし折ってしまえるだろう。それなのに眼光だけは異様に鋭く、百戦錬磨のアヤメですら警戒させる何かをその男は備えていた。もし本物の地獄を見てきた人間がいるとするのなら、きっとこういう目をしているのだろう。

「面白い物言いをするのね。まるでカードが生きているみたいな」

 内心の動揺をおくびにも出さず、アヤメが返した。

「そのカードに話しかけていたのはお前だろう? 聞こえていたぞ」

 言いながら男は組んだ足を下ろし、ほんの僅かにアヤメへと身を乗り出した。

「さて、まずは忠告だ。ラスカリアを返すのは諦めろ。一度落としたカードが持ち主の下に戻ってくる可能性は限りなくゼロだ」

「けど……落とした人も、ラスカリアも、寂しがっていると思うわ」

「ならばお前がラスカリアの新しい先導者になってやればいい」

「先導者……?」

「まあ、持ち主みたいなものだと思っておけばいい。今はな」

「それだと窃盗にならない? 私、殺人以外の罪を犯す予定はないんだけど」

「お前はよくやったさ。それだけ歩き回って出会えなかったんだ。その落とし主はたいしてラスカリアのことなど探してはいない」

 試しに爆弾発言を織り交ぜてみたがスルーされた。やはりこの男、どこか頭のネジがはずれている。

 自分のことは棚に上げ、アヤメは男をそう評価した。

「そもそも俺に言わせれば、ラスカリアを見捨てて逃げた時点で、そいつは先導者失格だ。顧みる必要などない」

 顔も知らない少年の事を、男は心底軽蔑したように吐き捨てた。

「そこで提案だ。お前、ヴァンガードをはじめるつもりはないか? 今度はお前がラスカリアを使ってやるんだ。使い方なら俺が教えてやろう」

「…………」

 手にしたカードに目を向ける。

 美しく、凛々しく、その中に強い意志を秘めた蝶の怪人が描かれている。

 一目見た時から、このカードのようになりたいと憧れた。

「……ルールくらいなら聞いてあげる」

「素直じゃないな。ああ、きっとお前なら最高のヴァンガードファイターになれる。強いファイターを幾度となく見てきたが、皆、お前のような目をしていた。強い光を宿しているようでいて、人を人として見ていない。虫のような目だ。お前、殺人以前にとんでもないことをやらかしているだろう?」

「……まいったな。か弱い少女を演じるのは得意だと思っていたんだけど」

「人を試しておいて、よく言う」

 対面に腰かけたアヤメに向かって、男が笑いかける。心にもない渇いた笑いだ。自分と気が合いそうではある。

「さて、もしお前が最強のファイターになれたなら、その時にひとつ頼みたいことがある」

「気が早くない?」

 と言おうとして、アヤメは口をつぐんだ。それほどまでに男の声音も表情も真剣で。より適した表現に言い換えるのであれば……鬼気迫っていた。

「もしお前が最強になれたなら……このクソッタレなゲームを終わらせてくれないか?」

 その呪詛は祈りにも似ていた。




ストイケイア枠にして、ゆるふわ系サイコキラー。
八雲アヤメの登場回。
思うがまま望むがまま邪悪に生きるヤベー子です。
使用デッキは予告通りにラスカリア!

やっぱり悪役が書いていて一番楽しいっ!

それでは次回、また12月にお会いしましょう。
感想等もお待ちしております。
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