ヴァンガード・スターダスト&ダスト   作:栗山飛鳥

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第六想「今一度、僕に力を!」

 ――はっ、はっ、はぁ、はぁっ

 自分の荒い吐息が薄闇の中、嫌に大きく聞こえる。

 鬱蒼と生い茂る木々の枝葉が肩や脚に絡みつくのも構わず、幾度となくつんのめりながら、水無月(みなづき)カケルは泥を跳ねさせ駆け続けた。

 やがて、自らの身を隠せそうなほど巨大な木を見つけ、その幹にぴったりと身を寄せると、大きく息をついた。

 手にしていた武器は落として久しく、全身は傷だらけで、斬り落とされた右の翼は特にひどい。傷口からは今もドクドクと血が流れ続けており、絶え間ない激痛に苛まれているにも関わらず、気を抜くと意識を失いそうになる。

(……翼だって?)

 そこでカケルはようやく違和感に気付いた。

 何故、自分にそんなものがある? 自分は普通の人間だったはずだ。

(そうだ。これはイメージだ。現実なんかじゃない。あるはずがない)

 自分が今いるのは薄暗い森の中などではなく、カードショップ『ラプンツェル』で、偶然出会った少女とファイトしているのだ。

 悪い夢から醒めることを願うように、カケルは現実をイメージしようとする。

「あら?」

 蠱惑的な少女の声。カードショップへと戻りつつあったカケルの意識が、一瞬で森へと引き戻される。

「どこへ行くの? まだファイトは終わってないよ。ここからが楽しいところなのに」

 声のした方へと目を向けると、傍らに蒼い鱗粉で形作られた蝶が薄ぼんやりとした光を浮かべながらひらひらと飛んでいた。

「みぃつけた」

 そんな言葉を残して、鱗粉の蝶が霧散する。次の瞬間、カケルが背にしていた大木が凄まじい力によって両断された。

 メキメキと非現実的な音をたてながら大木が左右に分かれ、大剣を携え蝶の翅を生やした少女の姿が闇の中、燐光を纏って浮かび上がる。冷酷な蒼い瞳が憐れむようにカケルを見据えていた。

「さ、イメージして」

 蝶の少女がその凛とした顔つきを笑みの形に歪ませると、翅が、瞳が、赫く輝き、吹き荒れる鱗粉の嵐が森をも紅蓮に染め上げる。

「血の華を咲かせて倒れ伏す、あなたの姿を」

 そして、断頭台の如き肉厚の刃がカケルの首筋へと迫り――

 

 

「うっ、わああああああああああああっ!!!」

 悲鳴をあげて、カケルは自室のベッドから転がり落ちた。

「また、あの夢だ……」

 激しい運動をした直後のように息は荒く、寝間着代わりに着ていたシャツは汗でベトベトに濡れ、まるで血に塗れているかのようだった。

 寝ている間もよほど激しく暴れていたのだろう。枕元に置いてあったデッキケースもカケルと共に床に落ち、その中身をぶちまけていた。

 そのうちの1枚、自分の分身だったカードを拾い上げる。

「……ごめん。僕はやっぱりファイトが怖いよ」

 零された言葉と共に、一滴の雫がカードの上にぽつんと落ちた。

 

 

★彡

 

 

「うおおおおおおおおおおっ!!」

 そして今、何がどうなったのかカケルは雄叫びをあげるソロに背負われ、石段を上っている。

 そこはかつてカケルがソロと共に挑戦し、途中でリタイアした石段である。上り切った先には鬼のように強い伝説のファイターがいるという噂だったが。

 実際に踏破したソロから話を聞いてみたが、巫女さんがいたとか、ファイトが強かったとか、楽しかったとか、それでも俺が勝ったとか、残念なことに説明が下手すぎて要領を得なかった。

「ソ、ソロ……僕は大丈夫だから、降ろしてくれないかな?」

 1時間以上背負われたままでさすがに心苦しくなり、カケルがソロに提案した。

「いや。カケルには体力を温存しておいて欲しいんだ。この先で待ち受けている奴は、いくらカケルでも消耗した状態じゃ太刀打ちできないからな」

「え、ソロとファイトするんじゃなかったの?」

 カケルがここに来た経緯は、ソロに「あと1回だけ! 1回だけでいいから最後にファイトしてくれないか!?」と頭を下げて頼まれたからだ。

 断れば土下座までされそうな勢いだったのと、何よりソロをヴァンガードの世界へと引きずり込んだのはカケルである。それなのに自分がヴァンガードを辞めてしまっては、いきなり対戦相手を失うことになるソロに申し訳がない。そこでいつでもファイトを中断してもよいことを条件にファイトの誘いを受けたのだが。

「誰も()()ファイトしてくれとは頼んでないぜ?」

 ソロがしてやったりと悪戯っぽく笑う。背負われているので実際に顔は見えなかったが、それは容易に想像できた。

 この地域には滅多に雪が降らないが、標高が高くなってきたのか、石段の上には雪が溶けかかっており足元は非常に悪い。このまま上り続ければ実際に雪も降ってくるだろう。そんな最悪のコンディションで、ソロは人ひとりを背負ったまま、危なげなく石段を上り続けている。

「初めにチャレンジした時は、どこまで歩けばゴールが分からず精神的にも消耗しちまったからな。あれからも何回か上ってるし、もう人ひとり背負ってても余裕だぜ」

 明らかにそんな問題では無いのだが。さすが根は優しいのに身体能力だけで不良の頂点にまで上り詰めてしまった男である。

 そしてソロは実際に、初めは6時間以上かかったという石段を、今日は3時間で踏破してしまった。

「はあ……はぁ……どうよ?」

 とは言えさすがに限界だったのか、勝ち誇ると同時に石畳の上に倒れ込んだ。

「ソロ!?」

 カケルが慌ててその上から飛び降り、助けを求めるように周囲を見渡した。そこは神社らしく、頭上に大鳥居が聳え立ち、奥には本堂と思しき建物が見える。古風な造りに純白の雪化粧が施されたそれらは、ふわふわ舞い散る粉雪と相まって幻想的で美しく、まるで雪と氷の世界に迷いこんでしまったかのようだ。こんな状況でなければいくらでも見ていられただろう。

 そしてカケルは石畳を竹箒で掃き清める巫女の姿を見つけ声をかけようとするが、巫女はいち早くこちらに気付き、竹箒を投げ捨て、慌ててこちらに駆け寄ってきた。

「大丈夫ですか!? ……って、どええええ!? ソロ君っ!?」

 赤い髪をした巫女が上品な見た目とは裏腹にはしたない声をあげ。

「よ、よう、サナ……」

 ソロが倒れたまま弱々しく片手を挙げた。

 

 

★彡

 

 

「ふう……やっぱりサナの淹れるお茶は美味いぜ」

 本堂の縁側に腰かけ雪景色を眺めながら、白い湯気を立てる湯呑を両手で抱えたソロが、やたら老け込んだ表情になって呟いた。

「前の麦茶も、この緑茶もインスタントなんだけど?」

 赤い髪の巫女が半眼になって指摘する。

 ともあれソロが落ち着いたのを見計らってから、巫女はカケルへと向き直った。

「申し遅れました。私はこの真赭神社を預かる緋口(ひぐち)サナエと申します。どうかサナとお呼びください」

「あ、ご、ご丁寧にどうも。み、水無月カケルです。どうもよろしくお願いします」

 上品に一礼するサナエに対し、何度もペコペコと頭を下げるカケル。

「で、今日は何の御用でしょーか?」

 少しくだけた口調になってサナエがソロに尋ねる。

「ああ。ちょっとこのカケルとファイトしてくれねーか?」

「もー、ファイトがしたいならあらかじめ連絡してって言ってるよね?」

「ふと、あー今日はサナと対戦したいなーって思う時があるんだよ」

「思いつきで来れちゃうような場所じゃないでしょ。私がお風呂に入ったりしてたらどうするの?」

「俺はサジッタ以外の裸を見てもなんとも思わんから大丈夫だぜ」

「私がなんとも思うでしょ」

 言葉とチョップでソロにツッコミを入れてから。

「ま、ファイトはもちろんいつでも歓迎だけどね。けど……」

 サナエが心配そうにカケルへと目を向けた。

「そちらの……カケル君は大丈夫なの?」

 カケルがビクッと肩を震わせる。ファイトという単語を聞いた途端、カケルの顔面から血の気が引いて雪のように真っ白になったのだが、サナはそれを見逃さなかった。

「カケル……お前がファイトを嫌がる理由も今なら分かる」

 ソロも真剣な表情をしてカケルへと向き直る。

「……ソロもあの子とファイトしたんだね」

 その時の事を思い出すだけでも辛いのか、カケルの瞳が恐怖で潤む。

「ああ。ひどいファイトだった。

 けど、あんなファイトを最後にヴァンガードを辞めるだなんて、あまりにも寂しいじゃねぇか! 辞めるにしても、お前には最後にいい思い出を作って欲しいんだよ!」

「その役目は、ソロじゃダメなの?」

「ああ。俺もあの女と同類だって気付いてしまったから……お前とやってもさらに傷つけちまうだけだ」

「そんなこと……」

 否定しようとしたカケルを、ソロが首を振って制した。

「けど、サナは俺と違う! 俺の知る限り、最もファイトを楽しんでいるファイターだ! だからきっと! サナとファイトすれば、お前だってファイトの楽しさを思い出せる!」

「え、何の話ー?」

 気を利かせて少し距離を置いていたサナエだったが、自分の名前が出てきてはそうもいかなくなったのか首を突っ込んできた。

「悪い。後でちゃんと説明する。今は何も聞かずカケルとファイトしてくんねーか?」

「ん、わかった」

 聞きたいことは色々とあるだろうに、サナエは迷いなく頷いた。

(僕の信頼しているソロがこの人を信頼して、この人もまたソロを信頼している。なら僕も、この人を信頼できる。信頼しなくちゃならない)

 カケルはぎゅっと拳を握りしめ、おずおずと口を開く。

「僕も……サナさんとファイトしたい、です」

「よしきた」

 カケルの勇気に、サナエが満面の笑みで応えた。

「でも、気分が悪くなったらいつでも言ってね」

 そして気遣いもできる。このひと時だけで、ソロが彼女を頼りにしている理由が分かった気がした。

 

 

★彡

 

 

 ソロ達の通う星灯学園から最も近いカードショップ『シンデレラ』のファイトスペースで、一組の男女がファイトするでもなくどこか偉そうに部屋全体を見渡していた。

 女の特徴は、下ろしたての針金のように鋭く真っ直ぐ伸びた黒髪に、黒縁の分厚いメガネ。休日にも関わらず制服を一切校則違反することなく完璧に着こなしている。背も女子にしては高めだが、その背後に控える男の上背はさらに高かった。女と同じく艶のある短めの黒髪に分厚い黒縁のメガネ、さらには完璧に着こなした制服と、ふたりはまるで姉弟のように瓜二つであったが血のつながりは無い。彼女達こそ星灯学園の生徒会。女はその生徒会長、鏑木(かぶらぎ)クロエ。男は副会長であった。

「我が校の生徒が増えてきましたね」

 ファイトスペースを一通り見渡したクロエが満足そうに頷いた。

「クロエ会長がヴァンガードを始められたことが一因でしょう。生徒会長の御威光は天よりも高く、御慈愛は海よりも深い。その人気と影響力は計り知れません」

 副会長が大抵の女子なら思わず聞き惚れてしまうような渋い声音で、ゴマを擂るようなことを言い出した。

「当然でしょう」

 クロエはそれをさも当たり前のように受け止めてから。

「ですが、それだけではないようです」

 と言って、もう一度部屋を見渡すよう細い顎をしゃくって促した。

「我が校の生徒の中でも、2-Bの生徒がさらに半数を占めています」

「2-Bと言うと……たしか御導(みどう)ソロが所属するクラスでしたか」

「はい。彼はヴァンガードを始めてから真面目に登校するようになりましたが、不良と恐れられる彼に対し、クラスメイトは距離を置きがちでした。ですが、性根は悪い人間では無いと皆も気付き始めている。彼と仲良くなれる取っ掛かりが欲しい。それを求めて彼らはヴァンガードに触れているのです。

 御導ソロが名実共に普通の生徒になれる日も、案外遠くないのかも知れませんね」

 そう言って、クロエがほんの僅かに口の端を上げた。

「……!! さすがのご慧眼。感服致しました。私など足元にも及びません」

「多少なりとも近づけるよう精進することです。

 さて、それでは私達も一戦交えましょうか」

「それでしたら私ではなく我が校の生徒と対戦することを具申致します。生徒達との交流にもなり、生徒会の威光を今一度知らしめる機会にもなるかと」

「なるほど。その案を採用しましょう」

 クロエが頷き、足を踏み出そうとしたその時だった。

「……うぐっ」

 部屋の隅から異常な悲鳴が聞こえ、他校の生徒がテーブルへと突っ伏すように倒れ込んだ。

「いかが致しました?」

 副会長が素早く駆け寄り、その生徒を助け起こす。その生徒は顔面を恐怖の形に引きつらせたまま気絶しており、僅かに心臓の鼓動が聞こえなければ、まるで死んでいるかのようだった。

「対戦ありがとうございました……って、もう聞こえないか」

 その生徒と対戦していた少女が、それを一切顧みることなくふわりと席を立つ。まるで色素の抜け落ちたようなクリーム色の髪を波打たせた細身の少女だ。

 少女がステップを踏むように、されど見る人が見れば一切の隙が見受けられない足運びで、デッキケースをテーブルに置いて暇そうにしていた星灯学園の男子生徒へと歩み寄る。

「待ちなさい」

 その細い肩を、クロエが背後から掴んだ。

「んー?」

 少女がゆっくりと首だけを回して肩越しに振り返る。

「あなたはどこの誰かしら?」

「不審者に名乗る名前はありません。どうしても呼びたければ生徒会長と呼びなさい」

「不審者だなんてひどいなぁ」

 言いながら、クロエの手の中からするりとすり抜ける。

「私は八雲(やくも)アヤメって言うの。よろしくね」

 薄い胸に手を当て、聞いてもいないのに自己紹介をしてくる。

「それで、生徒会長さんがどのような御用件かしら?」

「あなたは先ほど対戦していた相手に何をしました?」

「何って……普通にファイトしていただけだよ。急に倒れちゃったのには驚いたけど」

 まったく気にも留めていなかったくせに、アヤメと名乗る少女は平然と言った。

「なるほど。よく分かりました。あなたのような得体の知れない存在を我が校の生徒に関わらせるわけにはいきません」

「不審者から得体の知れない存在になっちゃった。

 けど私を止める権利は、あなたにはないよね?」

「そうですね。では私とファイトしましょう。ファイトできるのであれば、私でも彼でも違いは無いでしょう?」

「わぁ素敵。私、権力者って大っ嫌いなの。特に自分の地位をひけらかすような人はね。せいぜい無様に泣き叫んで欲しいな」

「やれるものなら。持たざる者とそうでないものの差を思い知らせ、下民の分というものを弁えさせてあげましょう」

 互いの額がぶつかりそうなほど接近して睨み合う、ふたりの少女の間に激しく火花が散った。

 

 

★彡

 

 

「「スタンドアップ! ヴァンガード!!」」

「《起点の魔法 スタリリ》!」

「《斗酒なお辞せず 忍鬼 猩々童子》!」

 カケルとサナエが同時にカードをめくり、先攻のカケルがカードを引く。

「《インシジョン・エンジェル》にライド。僕はこれでターンエンド」

「私のターン! スタンド&ドロー!

《インシジョン・エンジェル》……んー、汎用のライドラインだね。まだ何が出て来るか読めないなぁ」

 楽しそうに悩みながら、サナエが手札を捨て、ライドデッキのカードを掴み取る。

「とりあえず《桜花爛漫 忍鬼 猩々童子》にライド!

 山札の上から5枚を確認……《忍竜 ツクヨダチ》をソウルに置いて、《忍竜 アンプレセデン》をバインド!

 ツクヨダチの効果でこのカードもバインドしてソウルチャージ!

 さらにG0童子の効果で1枚ドロー!

 バトルだよ!

 猩々童子でヴァンガードにアタック!」

「《ブレードフェザー・ドラゴン》でガード!」

「ドライブチェック……トリガーは無いよ。私はこれでターンエンド」

「僕のターン。スタンド&ドロー。

《ディヴァインシスター がとーばすく》にライド。

 ライドコストとして捨てられた《ディヴァインシスター びすこってぃ》のスキルで1枚ドロー。

 インシジョンのスキルで1枚引いて、1枚捨てるよ。

 そして僕は……《ディヴァインシスター かっさてっら》をコール!」

「!?」

 サナエが大きな瞳をさらに大きく見開いた。

「かっさてっらのスキル! 山札の上から7枚見て……《ディヴァインシスター すぷもーね》を同じ縦列にコール!」

「え? えっ? そのカード、使ってる人いたんだ……。オンラインでも見たことない……。

 あっ、ごめん、バカにしてるわけじゃなくて……」

「気にしてないよ。僕は人があまり使わないカードを使うのが好きなんだ。むしろ驚いてもらえて嬉しいよ。

《せるがおん》をコール」

「とか言いつつド汎用カードも入ってる!」

「バトルフェイズ!

《せるがおん》のブースト。がとーばすくでヴァンガードにアタック。

 リアガードの数が相手より多いので、《せるがおん》のパワー+5000するよ。」

「ノ、ノーガード……」

「ドライブチェック……(クリティカル)トリガー!」

「うげっ!?」

「★はヴァンガードに、パワーはかっさてっらに!」

「だ、ダメージチェック……」

 サナエのダメージゾーンに2枚のカードが置かれていく。

「バトル終了時、せるがおんを退却。山札の上から2枚を見て、1枚を手札に。1枚を山札の下に。

 すぷもーねのブースト。かっさてっらでヴァンガードにアタック。かっさてっらをブーストしたので、すぷもーねのスキルで1枚引いて、1枚を山札の下に。さらにすぷもーねのパワー+2000」

「ノーガード……」

 3ターン目にしてサナエのダメージゾーンに3枚目のカードが置かれた。

「わ、私のターン! スタンド&ドロー!

《鬼も歩けば世に憚る 忍鬼 猩々童子》にライド!

 山札の上から5枚を見て……《鎖道の忍鬼 カゲチカ》をコール! 《絢爛たる忍鬼 キンラン》をソウルへ!

 さらにカゲチカのスキルで、ドロップのツクヨダチをソウルへ! ツクヨダチをバインドしてソウルチャージ!

《忍妖 イザサオウ》をコール! 山札の上から5枚見て……《忍竜 オウギジシ》を手札に!

 バトルだよ! 童子でヴァンガードにアタック!」

「《整弓の騎士 サヴァルフ》でガード」

「ドライブチェック! ……よしっ、(ヒール)トリガー! ダメージ回復させてもらうよっ! パワーはイザサオウに!

 続けてカゲチカのブースト! イザサオウでヴァンガードにアタック!」

「ノーガード」

 これでようやくカケルのダメージゾーンに1枚目のカードが置かれた。

(ドロー)トリガーで出たので1枚ドロー。

 僕のターンだね。スタンド&ドロー」

 手札を捨て、ライドデッキに触れたところでカケルの動きが止まった。その指は小刻みに震え、血の気が引いて真っ白になっている。

「大丈夫だよ」

 サナエが優しくその手に触れた。冷え切った指先に温かな熱が伝わり、震えが止まる。

「ヴァンガードに何も怖いことなんてない。カケル君の分身を私に見せて」

「……うん! ライド! 《蒼天騎竜 ハルムヴェルド》!!」

 純白の翼を広げ、斧槍(ハルバード)を両手に携えた聖竜が陽光を受けて蒼天に舞い――

『待ち侘びたぞ、人の子の友よ!』

 と人間臭く笑った。

「うん。行こう、ハルムヴェルド!

 びすこってぃのスキルで1枚ドロー!

 かっさてっらをコール。さらに《ディヴァインシスター あまれってぃ》2枚を後列にコール!」

「や、やってくれるじゃない。巫女さんを前に異教徒(シスター)で盤面を埋め尽くすだなんて……」

 サナエがどうでもいいことで対抗心を燃やしている。

「オーダーカード《戦士の休息》をプレイ! このターン、ブーストされたユニットのパワーは+10000される! さらにユニットが5枚以上いるので1枚ドロー!

 ノーマルオーダーがプレイされたので、ハルムヴェルドのスキルで前列ユニットのパワー+5000! 後列ユニットはブーストできる!」

 聖竜が轟と吼え、その背後に蒼光の魔法陣が浮かび上がると温かな光が降り注ぎ、聖女達に力を与える。

「バトルだ!

 あまれってぃのブースト! かっさてっらでヴァンガードにアタック!

 あまれってぃはかっさてっらとすぷもーねのパワーを+5000するスキルを持つ! 今は後列にあまれってぃが2体いるので、かっさてっらとすぷもーねのパワーは+10000だ!

 合計パワーは47000!」

「まだペルソナライドもしてないのにそんなパワー!? ノ、ノーガード!」

 サナエのダメージゾーンに再び3枚目のカードが置かれる。

「こっちはもっと強いよ! すぷもーねのブースト! かっさてっらでヴァンガードにアタック! すぷもーねのスキルで1枚引いて、1枚を山札の下へ。パワー+2000!

 合計パワーは53000!」

「ノ、ノーガードだよー」

 もはや序盤の手札では防ぐことが困難なパワーで、サナエに4点目のダメージが入る。

「あまれってぃのブースト! ハルムヴェルドでヴァンガードにアタック!

 アタック時、ハルムヴェルドのスキル発動!

 山札の上から5枚見て……《四精織り成す清浄の盾》を手札に加える! オーダーカードを手札に加えたので、かっさてっらとすぷもーねをスタンド!」

「これだけは通せない! 《護衛忍竜 ハヤシカゼ》で完全ガード!」

「ツインドライブ!!

 1枚目……トリガー無し。

 2枚目……引トリガー! 1枚引いて、パワーはかっさてっらへ!」

 聖竜が本来両手で扱う斧槍を両の片手で軽々と振るい、十字に鬼を斬り裂いた。

 四片に分かれた鬼が無数の木の葉を撒き散らして砕け散る。木の葉の嵐が止むと、少し離れたところに鬼は無傷で立っていた。

「すぷもーねのブースト! かっさてっらでヴァンガードにアタック! 1枚引いて、1枚を山札の下へ。パワー+2000!」

「え、すぷもーねにターン1回ないの?」

「それだけじゃない! すぷもーねのパワー+2000はターン中永続! さっきのパワー増加も維持されているので合計パワーは65000だ!」

「防げるかー! ノーガード!!」

 早くも5枚目のカードがサナエのダメージゾーンに置かれた。

「どうだ! カケルはうちの部活で一番強いんだぜ!」

 ソロが我が事のように勝ち誇る。

「……そっか。カケル君はソロ君より強かったんだね。じゃあ、私も本気で行かなくちゃね!!」

「さっきからずっと本気だっただろうが!」

 ソロの野次はスルーして、サナエがライドデッキのカードを掴み取る。

「スタンド&ドロー!

 ライド! 《雲水飛動 忍鬼 猩々童子》!!」

 もはや満身創痍の鬼が、腰に吊るしたひょうたんを手に取り、中の酒を頭から被った。

 胸の傷口から血と酒の混ざり合った液体をひょいと指で掬い取り、艶やかに爪の先から舌の上へと滴らせニィと笑む。

 どんな修羅場であっても意地と見栄だけは捨てちゃなんねぇ。地を踏み鳴らし、真紅の髪を振り乱しながら、鬼は不敵に聖竜を睨みつけた。

「ソウルの忍を3枚バインドして童子のスキル発動! 2枚のあまれってぃをバインド! さらに手札からも1枚バインドしてもらおうかな!」

「……僕は《戦士の休息》をバインドするよ」

「《忍竜 オウギジシ》をコール! 山札の上から5枚見て……キンランをソウルへ。オウギジシのパワー+5000!

 バインドゾーンのG1童子のスキル発動! このユニットをスペリオルコール!

 さあ、バトルだよ!

 オウギジシでかっさてっらにアタック!」

「ノーガード! かっさてっらは退却します」

 カゲチカのブースト! イザサオウでヴァンガードにアタック!」

「《せるがおん》でガード! かっさてっらでインターセプト!」

「G1童子のブースト! 童子でヴァンガードにアタック! アタック時、オウギジシとイザサオウをソウルに置いてスキル発動!

 バインドゾーンからアンプレセデンとキンランをスペリオルコール! アンプレセデンのスキルで1枚ドロー! カゲチカもソウルに置いて1枚ドロー!

 ソウルに置かれたオウギジシとイザサオウのスキルもそれぞれ発動! オウギジシのスキルでバインドゾーンのあまれってぃ2枚をドロップ! 前列のパワー+5000! イザサオウのスキルで《戦士の休息》を山札の下に! 童子のパワー+5000!

 これであまれってぃもかっさてっらも全滅! カケル君のコンボは封じたよ!」

 ふぁさーと赤い髪を手でなびかせてサナエが勝ち誇る。

「……ノーガード」

「ツインドライブ!!

 1枚目……治トリガー! ダメージ回復して、パワーはアンプレセデンに!

 2枚目……こっちはトリガー無し!」

 鬼が口に含んだ酒を、豪快に大太刀へと吹きかけ、艶と妖気の増した刃で聖竜へと斬りかかる。

 2本の斧槍がそれを受け止めたが、その威力に柄が大きくたわんだ。

「ダメージチェック……引トリガー。1枚引いて、パワーはハルムヴェルドに」

「キンランのブースト! アンプレセデンでヴァンガードにアタック!」

「ノーガード」

 これで3点目。

「キンランのスキルは使わない。私はこれでターンエンドだよ」

「僕のターン。スタンド&ドロー!」

「見せてやれカケル! お前はそんな程度じゃ止まらないってことをな!」

「うん!」

 声援を送るソロに、カケルが力強く頷いた。

「ハルムヴェルド……今一度、僕に力を!

 ペルソナライド! 《蒼天騎竜 ハルムヴェルド》!!」

 聖竜がその力を解放し、雄叫びと共に全身から放たれる蒼いオーラが光の柱となって雲を斬り裂き、天を突き抜ける。

「びすこってぃをコール! EB3で山札の上から3枚を見て……《黄宝獣 トールパーズ》をスペリオルコール! トールパーズのスキルで山札を5枚見て……かっさてっらをスペリオルコール!」

「う……またかっさてっらとすぷもーねが揃った」

「《碧天白鱗 アスプロニア&サフィラ》をコール! スキルでドロップから《戦士の休息》を手札に加え、プレイ!

 バトルだ!

 すぷもーねのブースト! かっさてっらでヴァンガードにアタック! すぷもーねのスキルで手札交換!」

「ノーガード! ……トリガーは無いよ!」

「トールパーズのブースト! びすこってぃでヴァンガードにアタック!」

「2枚の《忍竜 シキンタン》とカゲチカでガード!」

「アスプロニア&サフィラのブースト! ハルムヴェルドでヴァンガードにアタック!

 アタック時、山札の上から5枚見て……よし! 僕は《ごるどがおん》を選択する!」

「《ごるどがおん》!? ということは……」

「そう! まずは《ごるどがおん》をスペリオルコール! そして《ごるどがおん》のスキルで、手札から《せるがおん》もスペリオルコールする!」

「このターン5回のアタック……ならハヤシカゼで完全ガード!」

「ツインドライブ!!

 1枚目……★トリガー!! 効果はすべて《せるがおん》に!

 2枚目……これも★トリガーだ!! 効果はすべて《ごるどがおん》に!

《ごるどがおん》でヴァンガードにアタック!」

「《再起の竜神王 ドラグヴェーダ》でガード!」

「《せるがおん》でヴァンガードにアタックだ!」

「これでサナの手札は3枚! いけるか!?」

「……いや」

 ソロの言葉に、カケルが首を振る

「童子のスキル発動! アンプレセデンとG1童子をソウルに! バインドゾーンからシキンタンをガーディアンサークルにスペリオルコール! 手札からマドワズも出してガード!」

「ツクヨダチのソウルチャージで入ったトリガーをバインドしてやがったのか……」

 感心したようにソロが呟き。

「……僕はこれでターンエンドです。あぁ、やっぱりあまれってぃを除去されると辛いなぁ。ペルソナライドしたのに5ターン目ほどのパワーを出せなかった……」

 カケルも無念そうに振り返る。

「じゃあ私のターンだね。スタンド&ドロー!

《雲水飛動 忍鬼 猩々童子》にペルソナライド! 童子のスキル発動! 《ごるどがおん》と《せるがおん》をバインド! 手札も1枚バインドしてもらうよ!」

「僕はハルムヴェルドをバインドするよ」

「オウギジシをコール。山札の上から5枚を見て……ツクヨダチをソウルに。ソウルに置かれたツクヨダチをバインドしてソウルチャージ」

「これでバインドゾーンにツクヨダチが3枚……」

「ライドンクナイとキンランをコール! バインドゾーンのG2童子を自身の効果でスペリオルコール!

 行くよ! バトル!

 キンランのブースト! オウギジシでヴァンガードにアタック!」

「ノーガード。ダメージチェック……トリガーは無いよ」

 だがまだこれで4点目。

「キンランのスキル発動! このカードとオウギジシをソウルに置いて、ドロップからイザサオウを手札に加える! オウギジシのスキルでハルムヴェルドとせるがおんをドロップ! 前列パワー+5000の効果を得る!

 そして!!

 リアガードが2枚以上ソウルに置かれたので、バインドゾーンからツクヨダチをスペリオルコール!

 キンランのブースト! G2童子でヴァンガードにアタック!」

「ノーガード……引トリガー! 1枚引いて、パワーはハルムヴェルドに!」

「そんなんじゃ私の猩々童子は止められないよ! キンランのスキルでこのカードとG2童子をソウルへ! オウギジシを手札に加えて、ツクヨダチをスペリオルコール!

 ツクヨダチでヴァンガードにアタック!」

「すぷもーねでガード!」

「もう1回! ツクヨダチでヴァンガードにアタック!」

「《閃裂の騎士 カルブレ》でガード!」

「ライドンクナイのブースト! 童子でヴァンガードにアタック! アタック時、2枚のツクヨダチをソウルに! バインドゾーンからアンプレセデンとキンランをスペリオルコール! バインドゾーンのツクヨダチもスペリオルコール! ソウルインした2枚のツクヨダチは再びバインドゾーンへ!」

「《四精織り成す清浄の盾》で完全ガード!」

「ツインドライブ!!

 1枚目……治トリガー! ダメージ回復! パワーはツクヨダチに!

 2枚目……引トリガー! 1枚引いて、このパワーもツクヨダチに!」

「っ!?」

「ツクヨダチでヴァンガードにアタック!」

「《水界の精霊王 イドスファロ》でガード!」

「キンランのブースト! アンプレセデンでヴァンガードにアタック!」

「《アイジスメア・ドラゴン》で完全ガード!」

「キンランのスキルでこのカードとアンプレセデンをソウルに! ツクヨダチをスペリオルコール! ライドンクナイをバインドしてツクヨダチのパワー+5000し、カウンターチャージ! そのコストでもう1体のツクヨダチをスペリオルコール!」

「おいおいおいおいおい! サナのやつ、何回アタックするつもりなんだよ!?」

「それはもちろん……私が勝つまでだっ!

 パワーの低いツクヨダチでヴァンガードにアタック!」

「アスプロニア&サフィラでガード!」

「これで最後! ツクヨダチでヴァンガードにアタックだぁ!」

「……!!」

 もはやカケルに手札は無い。

(僕は……また、死ぬの?)

 あの時の記憶が脳裏をよぎる。

 自分の分身ごと首を斬り落とされた、イメージと呼ぶにはあまりにも生々しい死の体験。

「あ……あ……嫌だ……」

 ゲームを続けなければならないのに、震える指が山札に触れるか触れないかのところで止まり、これ以上動かない。

「よっぽど怖い目にあったんだね……」

 サナエがそっとカケルの手を取りながら言う。

「大丈夫。怖かったら逃げてもいいんだよ。そんな苦しい思いをしてまでヴァンガードを続ける必要なんてないよ……」

「サナ……さん……」

「……だなんて言うと思ったかぁっ!!」

 これまでずっとお行儀よく正座していたサナエが片膝を上げてダァンと畳を踏み鳴らした。

「「ええええええええええっ!?」」

 カケルとソロが揃って仲良く悲鳴をあげる。

「だってもったいないでしょ!? オンラインでハルムヴェルドとは何回か対戦してきたけど、ここまで完成度の高いデッキは初めてだった! カケル君はそれだけずっと研究を続けてきたんだよね!? そんな大切なデッキを捨てられるの!? 本当にヴァンガードをやめられるの!?」

「そうだ! カケルは毎日誰よりも早く部室に来て、誰よりも遅く部室に残って、ずっとデッキの調整を続けてる! それなのに俺達にも色々と教えてくれて……とにかくカケルはすげぇやつなんだよ!!」

 拳を振り回してソロも力説する。

「私はもっとカケル君とファイトしたい! だからヴァンガードをやめるだなんて悲しいこと言わないでよ!」

「俺も同じだ! これからも俺とファイトしようぜ! あんなやつに負けんじゃねーよ!!」

「サナさん……ソロ……。

 僕も……僕だって……もっと皆とファイトしたい……ヴァンガードをやめたくなんて、ないよ……」

 カケルの目尻に涙が溢れ、ボロボロと零れ落ちる。

「僕、ヴァンガードを続けるよ。まだ少し怖いけど……それよりも好きの気持ちが強いんだ」

「よしっ! よく言ったぜ、カケル!!」

 ソロも大粒の涙を流しながら両拳を握りしめた。

「まずはこのファイトを続けよう。……サナさん」

「おーけー。それじゃ改めて……ツクヨダチでヴァンガードにアタック」

「……ノーガードです」

 まだ少し震えの残る声音で、されどそれよりずっと力強くカケルが宣言した。

 

 

 大太刀を構えた赤髪の鬼がまるで神楽でも舞い踊るかのように、優雅に回転し始める。

 その動きに合わせて振るわれる太刀筋もゆっくりとしたものだったが、受け止めようとした聖竜の斧槍は凄まじい力によって弾かれた。

 二回、三回。

 鬼が回転を加えるごとに太刀の威力は増し、四回目を受け止めた片側の斧槍が砕かれた。

 五回、六回、七回。

 八回目を受け止めたもう片側の斧槍も砕けた。

 無防備になった聖竜の首筋に、最大速度まで加速した九回目の大太刀が唸りをあげて迫る。

 敗北を受け入れ、死を覚悟し目を閉じた聖竜の首に、とんと優しく刀のみねが当てられた。

 何が起こったのか理解できぬまま目を見開いた聖竜の視界に、ひょうたんをちゃぷんと掲げた鬼の姿が映る。

『いい喧嘩だったなァ、聖域の旦那。

 ところでこれはいけるクチかい? 今夜は吞み明かそうぜ』

 春の嵐の如き鮮烈な剣戟を見せた鬼が、今は悪戯っ子のような笑みを浮かべていた。

 

 

★彡

 

 

「ふーん。そんなことできる人がいるんだねー」

 ソロ達から八雲アヤメの話を聞いて、サナエがイマイチピンとこない返事を返した。

 イメージを通して人の心まで傷つけることができる人物がいるなど、それこそ想像(イメージ)もできないのだろう。ソロが同じ話を聞いても、きっと同じ反応をしていたに違いない。

「ありがと。カードショップに行く時は気を付けるよ」

「ま、滅多に行けないんだけどねー」と自嘲気味に付け足してから、サナエは真面目な顔つきになってカケルへと向き直った。

「カケル君。たしかにヴァンガードは国家間の争いをテーマにしたゲームかも知れない。けど私達のしているファイトのすべてが殺し合いだなんて私は思わないよ。

 他愛のない喧嘩かも知れない。互いを高め合うための模擬戦かも知れない。惑星クレイが戦乱渦巻くだけの世界だなんてその子の勝手なイメージだよ」

「うん。サナさんのイメージは僕にも伝わったよ」

 そしてカケルはソロへと振り向く。

「ソロの使っているリリカルモナステリオ……その前身であるバミューダ△はね。歌と踊りで戦争を終わらせたって逸話があるんだ」

「マジかよ」

「ライブのある日は銃声が止むなんてエピソードもあったよね」

 とサナエも補足する。

「うん。だから少なくともリリカルモナステリオは……サジッタの戦いは、けっして敵を傷つけるための戦いじゃない。歌と踊りで敵を戦いから解放するための戦いを繰り広げているんだと僕は思うんだ」

「そうだったのか……」

 ソロがデッキケースを取り出し、その中からさらにサジッタのカードを引き抜いた。それに応えるよう、銀色の文字がきらりと輝く。

「それともうひとつ。ラスカリアは確かに悪の組織(メガコロニー)の出身で、街を牛耳るファミリーのトップだけど、無益な殺生は好まない心優しい性格なんだ。だからきっと……こんな無差別の殺戮なんて望んでない。僕は彼女を救ってあげたいんだ」

 カケルな真摯な願いを聞いた瞬間、ソロの意識はまったく別の領域へと引き込まれた。

 

 

「方針が定まったわね」

 気が付けば、ソロの隣にサジッタが腰かけていた。

「サジッタ!? 無事だったのか、よかった……」

 アヤメとファイトしてからまったく姿を現さなくなっていたので心配していたのだ。

「さすがにあの時のファイトはこたえたけどね。でも、あんなファイトを見せられて。バミューダ△の名前まで持ち出されて。その後継としては黙っているわけにもいかないでしょう」

 微笑するその横顔は、いつものクールで頼りになる、ソロの憧れた風紀乙女サジッタだった。

「悪かったなサジッタ。俺がケンカしか知らないばかりに、無謀な戦い方をさせちまってた……」

「いいのよ。私もノせられてしまっていたし。

 けど次に彼女と会う時は、リリカルモナステリオの戦い方というものを見せつけてあげましょう」

「ああ! サジッタの唄であいつを倒す……じゃなくて、ラスカリアを救い出す!」

「気を付けてね。あなたは私の先導者なのだから。あなたのイメージひとつで、私は勇ましい狩人にも、希望を振り撒くアイドルにも……残酷な殺人鬼にだってなれてしまうのだから」

 そう言って翼を広げたサジッタは、夜色の羽根を撒き散らしながら星空へと飛び去っていった。

 

 

「ソロ!? ソロ!!」

 急にぼんやりとして動かなくなったソロに、カケルが何度も声をかける。その肩にゴツゴツとした手が優しく、されど力強く置かれた。

「……安心しろ。次は絶対に負けねぇ。ラスカリアも必ず助け出す」

「ソロ……!!」

「けど、まずは夢刃抱擁の守りを突破できなきゃ話にもなんねーな。来週から対ラスカリアの猛特訓だぜ!」

「うん! けど、僕達ふたりじゃ……」

「ああ、そうだ! あいつら(イチニィサン)も回復させてやらなきゃだな!」

「え? まだ被害者がいるの?」

 サナエが尋ねる。

「ああ! 待ってろ、3人まとめて連れてきてやるから。サナには悪いけどそいつらともファイト頼むわ」

「それなら明日、私が山を下りるから! もう二度とあんな無茶はしないで!」

 やおら屈伸運動を始めたソロに、悲鳴にも似た叱責が飛んだ。

 

 

★彡

 

 

 白の研究所。

 液体で満たされたカプセルが所狭しと並び立つとある部屋では、今やそのすべてが破壊され、グズグズに崩れた中身を鈍色の床に晒している。

 その狼藉を果たした張本人である蝶の怪人(ラスカリア)が、へたりこむ研究員(アルキテ)の首筋に大剣を突き付けていた。

「これでもうあなたに為す術は無い。私の勝ちね」

「はい、そうですね」

 大量の手札を抱えたアヤメが、すべての手札を使い切ったクロエに勝ち誇る。ダメージも2対5と、アヤメの圧倒的優勢であった。

「偉そうな割に呆気なかったね。生徒会長と言ってもファイトは素人だったのね」

「はい、そうですね」

「……あなた、本気でファイトしていないでしょ?」

 これまでへらへらとした笑みを絶やさなかったアヤメが、はじめて不機嫌を露わにした。

「はい、そうですね」

 クロエはまるで壊れたテープレコーダーのように繰り返してから。

「何回かあなたのアタックを受けて気付きました」

 虚ろだった瞳に僅かな知性を宿らせ、続けた。

「類稀なる想像力で、自らの残酷なイメージを他者にすら押し付ける。実に恐ろしい能力です。ソロさんやカケルさんのような、ファイトに入れ込むタイプの人だとひとたまりもないでしょうね」

 ソロの名を聞いて、アヤメの眉が僅かに動いた。もちろんそれをクロエは見逃さない。

「……すでに遭遇してしまっていましたか。

 ですが生憎、私はヴァンガードを彼らとの付き合いで始めたものですので、彼らほどの熱意はありません。

 何もイメージせず適当にファイトしてしまえば、あなたに傷つけられることもないのです」

「だからと言って、プレイングが雑になってしまっては意味が無いでしょう?」

「そうでしょうか。私の目的はあなたに勝つことではなく、はじめから時間稼ぎでした」

「時間稼ぎ? そんなことをして何の意味が……」

「やはりファイトに夢中で気付いていなかったようですね。イメージを止めて周りを見てみてはどうですか?」

 言われた通りにアヤメが顔を上げ、周囲を見渡す。いつしかあれだけいた客がひとりもいなくなっていた。

「な……?」

「この店の客は私がすべて退店させました。生徒会の権力をもってすれば、他校であろうと生徒を動かすことなど造作もありません」

 ひとり残っていた副会長が、几帳面にメガネのズレを直しながら当たり前のようにとんでもないことを言う。

「……っ!」

 アヤメが クロエへと苛立たしげに視線を戻す。

「私があなたに勝ったとしても、私を無視して我が校の生徒に対戦を申し込まれたらそれまでですからね――」

「もういい。死んで」

 クロエの言葉を断ち切るように、アヤメが血のこびりついた銀文字のカードを傾けた。

 ラスカリアの瞳が赫く染まり、アルキテを袈裟懸けに斬り捨てる。

「……なるほど。対策を講じてもこれほどの威力ですか」

 胸に手を当て、それを放したクロエが、手のひらを凝視しながら呟いた。彼女にはべっとりと粘ついた血が見えているのだろう。

「やはりあなたは危険です。対策をソロさん達と協議しなくてはなりませんね……」

 それだけを言い残し、クロエはテーブルに頭を打ち付けるようにして倒れた。

「会長!」

 彼女に駆け寄る副会長の横をすり抜け、アヤメは店を出た。

(厄介なのにマークされちゃった。しばらくこの店には近寄らない方がいいな)

 あの女の思惑通りになるのは癪だが。

(仕方がないか。カードショップはいっぱいあるし。次はどこに行こうかな……)

 スマホを取り出し、界隈のカードショップを検索する。

(……あ、かわいい名前。次はここにしましょう)

 瞬時に機嫌を直した彼女のスマホには、カードショップ『眠り姫』の名前が映し出されていた。




ケテルサンクチュアリ枠にして、ソロの先導者。
水無月カケルの分身がついにお披露目です。
この子に何を使わせるかはギリギリまで悩みました。
ここ最近のカードでケテルサンクチュアリの、それもアニメで使われていないヴァンガードってほとんどいないんですよね。
モーダリオンはさすがにキャラのイメージがかけ離れすぎてるし……。(というかモーダリオンのキャラが濃すぎる)
ということでもう自分の趣味を最優先してハルムヴェルドwithディヴァインシスターとなりました。
お楽しみ頂けたなら幸いです。

それではまた1月にお会いしましょう。
感想等もお待ちしております。


カケル君、お掃除三姉妹や、迅骸魔境や、アミカル・パティシエールなんかも使ってそう。
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