「よーしっ! 今日も練習を始めるぞお前ら!」
ソロの号令に、
サナエの活躍により完全復活を遂げた
「……いや、ひとり足りなくないかな?」
カケルが小さく手を挙げて改めて指摘すると、残りの部員達が狭い部室を見渡した。確かにスキンヘッドがひとつ足りない。
「ニィのやつ、何処に行きやがった……?」
一時部員を失ったのがよほどトラウマだったのか、ソロが不安そうな声をあげる。
「ウ○コじゃねぇのか?」
イチが品の無いことを言ってゲラゲラ笑った。サジッタの溜息が聞こえてきそうだ。
『あなたのお友達、悪い人ではないことは分かるのだけど、もう少しお行儀よくできないのかしら』
「男子高校生に品性を求めないでやってくれよ」
とその時、ソロのスマホが鳴った。画面を見ると『アホ2号』と表示されている。
『た、大変だ! ソロの兄貴!』
電話に出ると、切羽詰まった
「……ニィか? 今どこにいる?」
不安を押し殺しながら、ソロが努めて冷静に尋ねた。
『あ、あの女が……! “女帝”が……!』
「いいから落ち着け。どこで何があったか説明しろ」
『現れたんだ! 八雲アヤメが! カードショップ『眠り姫』に!』
それを聞いた瞬間、ソロの目の前は真っ赤になり。
気が付けば仲間を置いて、扉を蹴破らんばかりの勢いで部室を飛び出していった。
★彡
――カードショップ『眠り姫』
カケル達の復帰後、そのカードショップはソロによって全員に紹介されていた。
『眠り姫』のファイトスペースは今日も盛況で、埋まり切ったテーブルのそこかしこから楽しそうな声があがっている。ニィはその隅っこでテーブルにうつ伏せになって寝ている小さな人影を見つけると、そこに向かって歩を進めた。
「があああああっ!」
その時、すれ違った席に座っている男から悲鳴があがった。足でも踏んでしまったのかと思いニィが振り向くと、声をあげたと思しき男が事切れたかのようにテーブルへと倒れ込み、彼の対面にいた豊かに波打つ髪をした少女がゆっくりと立ち上がる。
「おやすみなさい。いい
と祈るように両手を合わせながら。
「ひぃっ!?」
その少女を見た瞬間、ニィの全身がビクンと跳ねた。
「……あら?」
少女――八雲アヤメもニィに気付き、鈴を鳴らすような可愛らしい声をあげる。
「あなたは……二階堂ニィ君、だっけ? どうしてこんなところにいるのかしら?」
親し気な表情とは裏腹に、その問いかけには微かな苛立ちが含まれていた。
「あなたは私が殺したはずよね? 殺そうとして殺せなかった人はいるけれど、殺したのに生き返ったのははじめて。それってルール違反じゃないかな?」
首の折れた死体のように小首を傾げながら、アヤメがにじり寄ってくる。
「ねぇ、どうやって生き返ったの? 私に詳しく教えて?」
「…………!!」
体と体が触れ合いそうになるほど迫られながら、ニィは必死に口をつぐんだ。恐怖で声をあげられなかったのもあるが、ここで口を割ってしまえば、この女はサナエのいる神社まで飛んでいくだろう。ヴァンガードを再びはじめる切っ掛けをくれた恩人を売るわけにはいかなかった。
「……そうだ! ならまた私とファイトしましょう?」
アヤメは不愉快そうに嘆息したかと思うと、急に上機嫌になって提案してきた。
「私も一度殺した人をもう一度殺すのははじめて。そうしたら、今度はあなたどうなるのかしら?」
楽しい実験を前にした子どものように、アヤメの黒い瞳がきらきらと輝いている。
「ね、だから私とファイトしましょう?」
「……!!」
か細い指が顎に触れ、ニィの喉がごくりと鳴った。
この女とは二度とファイトしたくない。
はずなのに、その仕草に目を奪われ、瞳には吸い込まれそうになり、声を聞いていると意識が朦朧となる。
彼女とファイトしたい。
たったそれだけのことで頭の中が埋め尽くされてしまう。
思えば、初めて彼女と出会った時も、イチとサンが文字通り次々と倒される異常な光景を前に、どれほど身の危険を感じても彼女に誘われると断ることができなかった。
その一挙手一投足が、人を誘惑するフェロモンのようだった。
「……は、は、」
ニィが本能を抑えきれずに「はい」と頷きかけた瞬間。
「すとっぷ」
覇気の欠けた声と共に、横から伸びてきた小さな手が、ニィに触れていたアヤメの手首を鷲掴みにした。
「ちょっとキミうるさい」
寝ぐせがビンビンと跳ねた茶髪に、パステルイエローの寝間着。寝ぼけ眼をこすりながら、ついさっきまでファイトスペースの隅っこで熟睡していた中学生くらいにしか見えない女が、いつしかふたりの間に割り込んでいた。
「……ネネちゃんさん」
ニィが女の名を呼ぶ。
「それ定着しちゃったねー」
ニィは一礼すると、スマホを手に店の外へと駆け出して行った。
★彡
「そんなに騒がしくしていたつもりはないんだけど?」
逃げていくニィが見えなくなるまで、しっかりと目で追ってから。
獲物を逃した蜘蛛のように切り替え早く。されどどこか未練がましく。無表情よりも感情の読めない笑顔で、アヤメが器用に片方だけ肩をすくめた。彼女の技術をもってすれば、掴まれている腕を振り払うことは容易だっただろうが、できなかった。百戦錬磨のアヤメすら警戒させるほど、目の前にいる寝間着姿の女からは異質で危険な気配が漂っていたのだ。
「んー、そういうことじゃないんだよねー」
禍々しい気配を漂わせたまま、ネネは可愛らしく小首を傾げた。
「ネネちゃんはファイトの喧騒を子守歌代わりにうたた寝するのが好きなんだけどー」
「あなた熟睡してたよね?」
「うたた寝するのが好きなんだけど、キミが来てから雑音が混じったのー。ちょっとうるさくて寝ていられないかなー。
申し訳ございませんが、退店頂けますか? お客様」
不意にネネが断固としたスタッフの顔つきになって言った。
「そんな理由でお客を追い出すの? ひどいお店だね」
「まあ聞いてくれるとは思わなかったよー」
その表情はすぐにだらしなく崩れた。面倒くさそうに寝ぐせだらけの髪をボサボサとかく。
「じゃあこうしよう。ネネちゃんと君がファイトして、ネネちゃんが勝ったら君は店を出ていく。キミが勝ったらネネちゃんはもう君に干渉しない。どう?」
「素敵な提案だね。けどあなたが負けたら、干渉しないんじゃなくって、できなくなると思っておいてね」
アヤメが楽しそうに両手を合わせ。
「きまりだね」
ネネも不敵に微笑んだ。
★彡
「ライドー! 《ダイアフルドール・マスター アンドロルド》!」
ダークゾーンの奥地に人知れず建つ洋館にて、今宵も血に染まった幕が上がる。
精悍な顔立ちをした壮年の紳士が舞台の中央で恭しく一礼し、人気の無い洋館から何処からともなく小さな拍手が鳴った。
ファイトが始まって5ターンが経過しており、互いのダメージは2対2で並んでいる。
「ソウルから《ダイアフルドール ぐりせるだ》をスペリオルコール。ぐりせるだのスキルで手札から《ダイアフルドール りべらーた》をソウルに置いて、1枚ドロー。
アンドロルドのスキル発動! 目覚めよ、あたしのお人形達!
ソウルから《ダイアフルドール りべらーた》と《ダイアフルドール せれねら》をスペリオルコール!」
薄緑色の淡い光が灯るステッキを紳士が大仰に振ると、床に転がっていた人形達に命が宿る。彼女達は思い思いの武器を手に取り、紳士を守るようにして立ち上がった。
「りべらーたでドロップの《ダイアフルドール しぇるびぃ》をソウルイン。
バトル――」
「あら。あなた、お人形さんが好きなの?」
ネネの宣言に割り込むようにして、アヤメが茶々を入れてきた。
「私もよ。子どもの頃、お父さんがたまたま機嫌のいい時に買ってもらった人形があったの。とっても大事にしてたなぁ……」
「…………」
「まずは足を折って逃げられなくしてから、腕を手首から肩までゆっくりともいでいくの。最後に首に指をかけて、ぐって力を込めると頭がぽろりと落ちるんだ。
壊しては繋ぎ直して、手足がくっつかなくなるまで、何度も繰り返して遊んだな――」
「悪いけど、キミとおしゃべりに興じるつもりは無いんだ」
今度はネネがアヤメの話をぴしゃりと遮り。
「《ダイアフルドール ぺらぎあ》のブースト。アンドロルドでヴァンガードにアタック」
冷淡にアタックを宣言する。
「ノーガード」
「ツインドライブ。
1枚目……トリガー無し。
2枚目……
「ダメージチェック。
1枚目……トリガー無し。
2枚目……
「ぺらぎあをバインドして、ドロップのぷろゔぃでんつぁとぺらぎあをソウルに。
せれねらのブースト。ぐりせるだでヴァンガードにアタック。せれねらはスキルでパワー+5000」
「《ティアーナイト ロティオン》でガード。このカードはソウルへ」
「スキルを使用したせれねらはバインド。
りべらーたでヴァンガードにアタック。スキルでパワー+10000」
「《ティアーナイト コスタス》でガード」
「スキルを使用したりべらーたはバインド。1枚ドロー。
あたしはこれでターンエンドだよー」
「私のターン。スタンド&ドロー。
じゃあ今度は私のお人形さんを見せてあげるね。
ライド! 《夢刃の剣姫 ラスカリア・ヴェレーノ》!」
薄暗い館の中で、ぽつり、ぽつりと蒼い燐光が灯る。燐光はやがて蝶の姿を成し、それらを従え闇の奥から大剣を携えた蝶の女怪人が姿を現した。
「G2ラスカリアのスキルで……《夢刃泡影》を手札に加えるわね。
《ヴェレーノ・ソルダート グルドーリ》をコール。
グルドーリのスキルで《ヴェレーノ・ソルダート レフォノハイラ》をドロップからスペリオルコール。スキルで山札の上から7枚見て……2枚目のグルドーリを手札に。
もう一度グルドーリをコールして、スキルでドロップから《ヴェレーノ・カポレジューム エラフス》をスペリオルコール。
そして……《ビュープレスティンガー》をコール!
スティンガーのスキルで、山札から《甘やかな蜜に誘われて》を手札に加えるわね」
「ふーん。新しい
「その通り。いいカードよね。
それじゃ、バトルしましょう。
エラフスでヴァンガードにアタック」
「アンドロルドのスキル発動。バインドゾーンのせれねらでガード」
まずは挨拶代わりとばかりに、クワガタの怪人が豪槍で人形を叩き潰す。
「スティンガーのブースト。ラスカリアでヴァンガードにアタック。ドロップに《双つに連なる守護の法陣》と《甘やかな蜜に誘われて》があるので、スティンガーのパワー+5000! ヴェレーノが5体いるので、ラスカリアの★+1! エラフスもスタンドしてパワー+5000!」
「バインドゾーンからぺらぎあでガード。手札から《ダイアフルドール べさにー》でガード」
「2枚貫通ね。ツインドライブ!!
1枚目……★トリガー! 効果はすべてエラフスに!
2枚目も★トリガー! 効果はすべて前列のグルドーリに!」
怪人が燐光をたなびかせて跳び、蝶の意匠が施された大剣を容赦なく振り下ろす。
紳士はステッキを振るうと、人形達がその盾となり粉々に砕け散った。
「レフォノハイラでブースト! グルドーリでヴァンガードにアタック!」
「ノーガード」
続けて迫るアリの怪人の振るう爪が、紳士の胸を斬り裂き――
現実でもネネの胸元に傷が奔り、鮮血が飛び散った。
「……へえー。こんなことできるんだねー」
傷口に手を当て、ネネが興味深そうに呟いた。パステルカラーの寝間着がみるみるうちに赤黒く染まっていく。
「あんまり驚いていないみたいじゃない?」
「そんなことないよー」
試しに指についた血を舐めてみると、鉄錆臭い味までした。
「けどね……キミにこんなイメージを押し付けられなくても、戦ってくれてるユニットの痛みなんて、あたしはいつも感じてるよ!」
言いながら拳を握りしめると、血の跡も傷もすべてが幻となって霧散する。
「ダメージチェック!!
1枚目……治トリガー! ダメージ回復できないけど、効果はすべてアンドロルドに!
2枚目はトリガー無し!」
これでネネに4点のダメージが入った。
「じゃあ、死ぬのは体感したことあるかしら?
グルドーリのブースト! エラフスでヴァンガードにアタック!」
「バインドゾーンからりべらーた! 手札からべさにーでガード! ぐりせるだでインターセプト!
りべらーたのスキルで、ドロップのせれねらをソウルイン」
「私はこれでターンエンド。次のターンを楽しみにしていてね? きっと殺してあげるから」
9枚の手札を手に、アヤメが不気味に笑う。
「あたしのターン。スタンド&ドロー」
対するネネの手札は7枚。そのうちの1枚を掴み取る。
「ペルソナライドー!! 《ダイアフルドール・マスター アンドロルド》!!
アンドロルドのスキル発動! 目覚めよ、あたしのお人形達!」
ネネが高く手を掲げると、イメージの中で紳士も手を掲げ、壊れた人形達が蘇る。
「ソウルからぷろゔぃでんつぁ、ぺらぎあ、せれねらをスペリオルコール。アンドロルドのドライブ+1!
手札からもぷろゔぃでんつぁをコールして、バトル!
ぺらぎあのブースト、ぷろゔぃでんつぁでヴァンガードにアタック!」
「ブリッツオーダー《夢刃泡影》!」
人ではけっして不可能な構えから突き出された人形の槍を、大剣が苦も無く弾き返した。舞い散る鱗粉の放つ仄かな光が、怪人の怜悧な美貌を暗闇に浮かび上がらせる。
「さらにスティンガーでガード。グルドーリでインターセプト。
ごめんね。私、傷つけるのは好きだけど、傷つけられるのは大嫌いなの」
「酌量の余地も無くなるような告白をありがとう。
ぺらぎあをバインドして、ドロップのぺらぎあとぐりせるだをソウルへ。ぷろゔぃでんつぁをバインドして、ソウルからりべらーたをスペリオルコール。
りべらーたのスキルで、ドロップからべさにーをソウルに」
「効果処理は終わった? じゃあ私もスキルを解決させてもらうわね。
ブリッツオーダーをプレイしてアタックがヒットしなかったので、ラスカリアのスキルで1枚ドローしてカウンターチャージ」
「せれねらのブースト。ぷろゔぃでんつぁでヴァンガードにアタック!」
「《夢刃泡影》! さらにロティオンでガード!」
再びぶつかり合う槍と剣。激しく散った火花が鱗粉へと飛び火し、小さな閃光がいくつも弾けた。
「ぷろゔぃでんつぁをバインド。ソウルからしぇるびぃをコール。せれねらもバインド」
「ラスカリアで1枚ドロー! ロティオンはソウルへ!」
「アンドロルドでヴァンガードにアタック!」
「《ハニカム・ザイラス》で完全ガード!」
「トリプルドライブ!!!
1枚目……トリガー無し。
2枚目……前トリガー。前列パワー+10000。
3枚目……
「……あら?」
淡泊に告げられた超トリガーの宣言に、アヤメが小首を傾げる。
「りべらーたにパワー+1億。あたしはヴァンガードのパワー+10000、★+1の効果を得る。
しぇるびぃでヴァンガードにアタック。アタック時、ドロップからりべらーたをソウルに置いて、パワー+15000」
「ブリッツオーダー《甘やかな蜜に誘われて》! さらに《デュアルプレッシャー・ドラゴン》でガード!
ラスカリアのスキルで1枚ドロー!」
「しぇるびぃはバインド。
りべらーたでヴァンガードにアタック」
「ノーガード」
アヤメのダメージゾーンに4枚目のカードが置かれる。
「残念。せっかく
「りべらーたをバインドして1枚ドロー。……ターンエンド」
「じゃあ約束通り、このターンで殺してあげる。
スタンド&ドロー!
ペルソナライド! 《夢刃の剣姫 ラスカリア・ヴェレーノ》!!」
アヤメが血で汚れた銀文字のカードをヴァンガードへと重ね合わせた。
怪人の纏う鱗粉が赫く輝き、館全体を覆うように膨れ上がる。冷徹だが確かな理性を宿していた蒼い瞳は、今や狂気に染まり血走っていた。
「《財厳者 タラスバキ》をコール。このカードをソウルに置いて《夢刃泡影》1枚を山札の下に。もう1枚を手札に。さらにエラフスのパワー+5000。
もう1枚エラフスをコール。
どう? これが私のお人形。私の思うがままに動き、望むがままに傷つけるの」
ピンと伸ばした5本の指から無数の蜘蛛糸が伸び、怪人達のイメージに絡みつく。
「バトルだよ。
レフォノハイラのブースト。エラフスでヴァンガードにアタック」
アヤメがくいと指を動かし糸を手繰ると、クワガタの怪人が豪槍を大きく振り上げた。
「ノーガード」
ぐしゃりと肉の潰れる音がして、ネネの顔面、その左半分が痛々しく血で染まる。
ダメージゾーンに5枚目のカードが落ちるが、トリガーは出ない。
「もう一人のエラフスでヴァンガードにアタック」
「バインドゾーンのせれねら、手札の《ダイアフルドール あれっさんどら》でガード」
「スティンガーのブースト! ラスカリアでヴァンガードにアタック! エラフス2枚はスタンド!」
「バインドゾーンからりべらーたでガード。りべらーたのスキルで、せれねらをソウルに。
《四精織り成す清浄の盾》で完全ガード」
「ツインドライブ!!
1枚目……トリガー無し。
2枚目…………超トリガー!! 《天恵の源竜王 ブレスファボール》!!」
顔面を歪めてアヤメが宣言する。
「……っ!?」
そして、これまで冷静にファイトを進めていたネネが鋭く息を呑んだ。
「あなたが超トリガーを引いたのだもの。私も引かないと不公平よね?
このカードを除外し、1枚ドロー。
もう1枚引いて、前列のパワー+10000! ★+1はパンプされていない方のエラフスへ! さらにパワー1億をそのエラフスに与える!」
「…………」
アヤメの効果処理を、ネネは顔面を蒼白にし、唇を噛みしめながら黙って聞いている。
「グルドーリのブースト。エラフスでヴァンガードにアタック」
「バインドゾーンからぺらぎあでガード。ナタリア、あれっさんどら、べさにーでガード……」
「ここは防がないとだよね。でもこれでおしまい。
パワー1億のエラフスでヴァンガードにアタック」
アヤメが勝ち誇りながらカードを傾け。
「さ、イメージして」
両手を合わせて語りかける。
意地悪な姉が、怖がりな妹に怖い話を読んで聞かせるように。
「血の華を咲かせて倒れ伏す、あなたの姿を」
「《リディキュール・ディスラプター》で完全ガード」
「…………え?」
顔を歪ませたままアヤメが固まった。
「聞こえなかったー? 完全ガードだよー」
ネネがガーディアンサークルに出したカードをひらひらと振る。
「そ、そうじゃなくて、何でまだ完全ガードを持っているの?」
「そりゃー持ってるよ。超トリをケアできる完全ガードの1枚くらい」
「けどあなた、私が超トリガーを引いた時、明らかに動揺していなかった?」
「うん。楽に勝てると思ってたファイトが、想定以上に苦戦しちゃったら誰だって動揺するよねー?」
そんな高みから見下すような動揺は知らない。
「キミはあたしの想定を超えて善戦した。それだけは認めよう。うんうん、すごいすごいー」
ぱちぱちとおざなりに拍手をしてから。
「で、それがどうかしたのかな? 真剣勝負は勝てなきゃ意味がないんだよー」
幼さを多分に残した大きな瞳に、アヤメの闇など容易く呑み込めそうな真黒を湛えて言い切った。
「……まだ私が負けたわけじゃないでしょう? あなたは私のターンを耐えきっただけ」
されどアヤメもさるもの。持ち前の余裕をすぐさま取り戻し、7枚の手札を見せつける。
「んー、まだわかんないかなー」
ネネはパワハラ上司のようなことを言い出して、寝ぐせだらけの髪をかく。
「あたしと対峙した時点で、キミはもう詰んでるの。それを今から証明してあげる。
ファイナルターン!!」
そして、毅然とした宣言がファイトスペースに響き渡った。
「スタンド&ドロー!
ペルソナライドー! 《ダイアフルドール・マスター アンドロルド》!
アンドロルドのスキル発動ー! 目覚めよ、あたしのお人形達!」
盾となり壊れた人形を、主は慈しみ深く修復する。
何度でも何度でも。
その掌の中で、輪廻の輪が巡る。
何度でも何度でも何度でも。
「ぷろゔぃでんつぁ、ぺらぎあ、せれねらをソウルからスペリオルコール!
手札からもぷろゔぃでんつぁをコールしてバトルだよー
ぺらぎあのブースト。ぷろゔぃでんつぁでヴァンガードにアタックー」
「……ノーガード。……トリガー無し」
人形の放つ槍が今度こそ敵を捉えた。蝶の怪人は剣を盾代わりにして直撃こそ避けたものの、その衝撃で彼女を操っていた蜘蛛糸が何本かプツンと切れる。
「ぺらぎあのスキルで2枚のりべらーたをソウルへー。ぷろゔぃでんつぁをバインドして、りべらーたをスペリオルコールー。
せれねらのブースト。ぷろゔぃでんつぁでヴァンガードにアタックー」
「《夢刃泡影》! さらにコスタスでガード」
今度は赫く輝く剣閃が槍を弾き返す。だがその反動に耐えきれず、さらに多くの蜘蛛糸が千切れ、剣圧が起こす突風に流されていった。
「ぷろゔぃでんつぁをバインドして、りべらーたをスペリオルコールー。
アンドロルドでヴァンガードにアタックー」
「ドロップから《双つに連なる守護の法陣》をプレイ……」
「これで《夢刃泡影》は打ち止めだねー」
「さらに《戦場の歌姫 ドルセア》《晴朗の乙女 レェナ》でガード! これで2枚貫通よ」
「トリプルドライブ!!!
1枚目……トリガー無し。
2枚目……トリガー無し」
2連続のノートリガーに、アヤメが小さく安堵の吐息をつく。
「3枚目……前トリガー」
「あ……」
が、続く3枚目のトリガーを見て、呆けた声をあげた。恐らくはトリガー1枚までなら防ぎきれる算段だったのだろう。
「……まだラスカリアのドローが残ってるよ」
往生際悪くアヤメがカードを引くが、その笑顔を引きつらせただけだった。
「今さら《夢刃泡影》でも引いたかなー?
それじゃ、りべらーたでヴァンガードにアタックー」
「……ノーガード」
「最期にひとつだけ言っておくねー」
人形の突き出したチェーンソーが、数多の攻撃を防ぎ続けてきた大剣をついに打ち砕いた。その勢いのまま回転する刃が怪人に突き刺さり、高々と掲げられる。
「あなたのは
怪人の首にかかっていた最後の蜘蛛糸が切れ、他の人形も彼女に殺到した。
無数の凶器が華奢な体を次々と貫き――
「いやああああああああああああああっ!!!」
甲高い悲鳴をあげてアヤメがテーブルへと倒れ込んだ。その拍子に山札を崩してしまうが、一番上に置かれていたカードは《夢刃の剣姫 ラスカリア・ヴェレーノ》だった。
★彡
「……やるね。それとも私が未熟だったってことか」
派手に倒れた割にすぐ蘇生したアヤメは、顔面から血のように脂汗を垂らしながらもいつものへらへらとした笑みを浮かべていた。
「ネネちゃんが強すぎるんだよー」
答えながら、ネネは目の前の少女をよく観察する。
手や肩、顔など、肌の露出した部分に無数の切り傷のような痣ができていた。それはイメージで見た、ラスカリアが最期にドール達の攻撃を受けた箇所と一致する。
(催眠術で、ただの鉄棒を「これは焼きごてだ」と思い込ませた人に押し付けると火傷するって聞くけれど……)
アヤメの強すぎるイメージは、さながら催眠術の如く自らも傷つけてしまうのだろう。
(少なくとも一方的にイメージを押し付けていたわけじゃなかったってことだね)
恐らくはダメージを受けるたび、相応の痛みが彼女にもフィードバックしていたはずだ。
だからと言ってネネの立場上、彼女を赦すわけにもいかない。
「この世界にキミを裁ける法はまだない」
まさしく裁判官になった心地で告げる。
「だけどあなたのしていることは紛れもない暴力行為。
カードショップ『眠り姫』のスタッフとして言い渡します」
細い指をピシッと突き付ける。
「キミ出禁」
宣告されたアヤメは、死刑を言い渡された罪人のように深々と溜息をついた。
「ファイトに負けた以上、仕方がないわね」
存外素直に受け入れると、カードを片付け、椅子にかけていたコートを羽織り、ふらふらとした足取りでファイトスペースを出て行った。
「……あー疲れたー眠いー」
アヤメの姿が見えなくなるや否や、ネネはだらしなく椅子の上に崩れ落ちた。
「さすがにあのレベルは1回やるだけでしんどいなー。今日はもう店じまいなのだ」
独り言を言いながら(滑り込みで対戦を申し込まれないようにする自衛策でもある)ネネは立てかけてあった『対戦者募集中』の札をひっくり返そうとした――
「大丈夫かあああ!! ネネちゃんさん!!!」
ところでファイトスペースにソロが飛び込んできた。
「うわ騒々しいのがきた」
ネネは迷惑そうに眉根を寄せる。
「ネネちゃんさん! ここに八雲アヤメってヤバい女が来なかったか!?」
「んー? 名前は聞いてないけど、薄い色の髪をしたヤバい女はついさっきまでいたよー?」
「そいつだー! あれにヤバいことされなかったか!?」
ふたりともボキャブラリーがヤバい。
「あー、ソロちゃん心配して来てくれたんだー」
「あ、当たり前だろ!」
「心外だなぁ。あたしがあんなのに負けるとでも?」
「う……」
ネネの冷たい視線にソロは射竦められた。
「んなこと言ったってよぉ。ふたりとも俺とは差がありすぎて、どっちが強いか分かんねーよ」
と唇を尖らせる。
「あははー。冗談だよ冗談ー。心配してくれてありがとねー」
いつも以上に棒読みでひらひらと手を振る。
「自己評価も的確だと思うよー。そんなソロ君に伝えておきたいことがあるのだー」
「?」
「あたしは立場もあって力尽くであの子……アヤメちゃんだっけ? を排除するしかなかった」
「けどそれじゃ何も変わらない。あの子は別のところで同じことを繰り返す。これからも罪の無いファイターが――あの子の言葉を借りると――殺されていく。
あの子を止めるには、ただ勝つだけじゃ足りない。あの子の性根そのものを叩き直してやる必要がある。
それができるのは……ソロちゃん。あたしはキミだと思ってるよ」
「俺がそれだけ強いからか!?」
期待を込めてソロが聞き返す。
「んなわけないでしょ。むしろキミの実力は最大の課題だよ」
最大の課題だった。
「あたしがそう思ったのは、キミとあの子に同じものを感じたから。キミは嫌がるだろうけど。ごめんね」
「……いや。それはあいつとファイトして、嫌というほど自覚させられたばかりだぜ」
「そう。そしてもうひとつ。それはキミがリリカルモナステリオの先導者だからだよ。
あの子はイメージを通してダメージを押し付けているだけじゃない。自分もダメージを受けている。
じゃあ戦いそのものを目的としていない、リリカルモナステリオのユニットでダメージを与えたら……?」
「ああ。サナやカケルにも戦うばかりがリリカルモナステリオじゃないって言われたよ」
「あのふたりも勘付いてたかー。じゃ、それについてはもうネネちゃんからは何も言うまい。
あたしはサナちゃんみたいな聖人じゃないからねー。気に入らない相手とは分かり合うんじゃなく、ボッコボコにしたくなるから、こういうのに向いていないのだー」
「…………」
そうしてボッコボコにされたアヤメに少しだけ同情したのか、ソロが表情を引きつらせた。
「じゃー、最後にもうひとつだけー。むしろこれが一番の問題なんだけどー……あの子の強さは異常すぎる」
「あ? だから誰も勝てなくて困ってんだろ」
「違う違う。そうじゃないよー。
ネネちゃんが言いたいのは、ヴァンガードを始めた期間に対しての成長度合いが異常ってことだよー。
あの子、たぶんヴァンガードを始めて半年くらいだよねー?」
「あ、ああ。俺より少し後にヴァンガードを始めたって言ってたな」
「ものすごい練習の跡は見て取れるんだけど、カードの動かし方がまだちょっと拙かったかなー。長い間ショップ店員やってると、そういうのって分かるんだよねー」
ましてネネはファイトスペースに常駐しているのである。寝ている時間を除いたとしても、誰よりも多くファイターを見てきたうちのひとりだろう。
「さっきはイジったけど、ソロちゃんも半年にしては強い方だよ。
けど半年でアヤメちゃんほどの強さに至ろうと思ったら、普通じゃ絶対に無理。よっぽどいい先生に恵まれるのは大前提。あとは本人の素質次第かなー」
「つまりは、あいつの素質に気付いて鍛え上げた師匠がいるってことか?」
「そういうことー。それも、その素質を悪い方向に伸ばした黒幕とも言うべき存在がねー」
「!?」
「気を付けて、ソロちゃん。
アヤメちゃんを倒したとしても……この騒動はまだ終わりじゃない、よ」
最後に預言者の如く告げて。
もうとっくに限界だったのか、カードショップ『眠り姫』の守護神は、テーブルにぱたんと突っ伏して寝息を立て始めた。
★彡
カードショップ『赤ずきん』の狭い店内を、アヤメは怒りのままに進んでいた。にも関わらず、その足音も気配も一切感じさせない。事実、レジで暇そうにしていた店員も、真面目にショーケースのカードを整理していた店員も、彼女がすぐ傍を通ったことに気付かず「いらっしゃいませ」と声をあげることもなかった。
彼女が
そんな
アヤメは奥にあるファイトスペースへと飛び込み、その隅で腕組みしながら眠っている男の前に立った。浅黒い肌をした痩身の男だ。
その男の脛をこつんと蹴り飛ばす。
「……ああ、お前か。そろそろ帰ってくる頃だと思っていたぞ」
男が面倒くさそうに片目を開く。
「私を最強にしてくれるって約束したよね? 負けたんだけど? どういうこと?」
微笑むアヤメの全身から殺気が溢れ出し、男の頬を撫でた。
あのアヤメである。返答次第では殺すという脅しに等しかったが、男は平然とそれを受け止めている。
彼が只者ではないというわけではない。自分の命に頓着していないだけだ。
彼の望みは世界を滅ぼすこと。それが叶わぬのなら自らが滅ぶこと。故に脅しも通じない。
「その途中で、お前が『もう練習なんて必要ないわ。あとは実戦で勘を掴むから』とか言って、ここを飛び出したのだろうが」
「?」
アヤメが
「今のお前はせいぜいアマチュアの中でなら一目置かれるレベルだ。プロ級には到底及ばん」
「女子中学生に負けたんだけど?」
「中学生……? ……まあいい。鍛え直してやる。強くなりたければそこに座れ」
男が促すように顎をしゃくり、アヤメはようやく殺気を抑えてちょこんと席についた。
「まったくお前はいつも殺すことばかり考えているな。まるで虫のような女だ」
「あら。虫の方がよっぽど高尚よ。彼らは生きるために殺すけど、私は殺すためだけに生きているもの」
「救いようのないクズだな」
「それはお互い様でしょう」
「違いない」
男がくつくつと笑い、アヤメもにへらと相好を崩した。
「どうせ私達は人様に迷惑をかけることしかできないクズなのだから、せいぜいそれを楽しみましょう」
言いながら、星屑を仰ぐようにして殺風景な天井を見上げる。
「いずれ報いを受けるその日まで」
それは悪党に許された、たったひとつの祈りだった。
私の書く作品、ダークステイツ(ゾーン)枠が最強になりがち。
あけましておめでとうございます!
ネネVSアヤメ回をお送りさせて頂きました!
これまでファイトした登場人物の中では最強格の激突です。
お楽しみ頂けましたでしょうか?
感想等頂けますと嬉しいです。
以下、オマケというかボツネタ。
ソロが『眠り姫』に到着した直後、ネネと最初にする予定だったやり取りです。
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「ニィちゃんがソロちゃんに電話するために店を出て、まだ20分くらいしか経ってないと思うんだけどー。
星灯学園から電車で来ても30分はかかるよねー?」
「俺がチャリを本気でこげば電車より早い」
「バケモノかキミは」
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ソロの神バイタルを表現できる貴重な会話ですが、テンポが悪くなってしまうため泣く泣くボツにしました。
この作品はカードショップをはじめとした重要拠点が多いため、位置関係を調整するのが大変です。