魔転の勇者   作:シーチキン佐々山

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0.プロローグ

 魔人への勝利。その一報は瞬く間へラシル大陸の全土へと広まった。

 

 魔人。それはかつて神話の時代に純人達によって大陸を追放された“忌まわしき者共”の一種。

 

 二千年もの時を経て半ば御伽噺の存在にすらなっていたそれらは、ほんの二年前に突如としてラシルの地へ舞い戻り、純人へ宣戦布告した。

 

 当初、戦況は芳しくなかった。純人と比べ、はるかに戦う(すべ)に長けた魔人たちの侵攻によって期間に純人の国家は次々とその手に落ちることとなった。一部の強国を残し、純人の敗北は間近に思われた。

 

 ただ、その戦況を一転させる出来事があった。後に勇者と呼び称される者の台頭である。

 

 彼のものは人の身を超える圧倒的な力でもって魔人の攻勢を退け、数多の戦場で純人側に勝利をもたらした。

 

 二年に渡る戦いはたった一人の力により、純人の勝利でその幕を下ろした。

 

 

 

 

 日が傾き、薄暗くなった庭園に人影がふたつ。

 

「まだあっちは賑やかだよ? こんな時までわざわざ抜け出してこなくてもいいだろうに」

 

 少女はどこか呆れを滲ませながら、目の前のまだ表情にあどけなさを残す青年にそう言った。

 

「いいんだよ、もう挨拶も大体は済ませたし……あんまり得意でもないんだ、ああいう雰囲気」

 

 苦笑を浮かべながら、青年が肩をすくめて返した。ふと視線を向けた方向には煌びやかな光を纏う城が見える。

 

「主役の勇者様がこれじゃあ会場も白けるんじゃないかい?」

 

「……リタ、怒ってる?」

 

 青年の問いに、リタと呼ばれた少女はぴくりと肩を揺らす。

 

「…………怒ってなんかいないさ。契約も……君に肩入れするのも私が選択したことだ。複雑な気分ではあるけどね」

 

「……そっか」

 

 場を満たすしばしの沈黙。やがて、何事か言おうと青年が口を開きかけた時。

 

「あー! 勇者様、やっと見つけました!」

 

 愛らしい声が響き渡った。青年が声のした方向を振り返ると、声に違わず愛らしい容姿の少女が走り寄ってくるのが見えた。

 

「リリィ」

 

 リリィ、そう呼ばれた少女は青年が最も信頼して背中を預けてきた戦友の一人であった。彼女は青年のもとにたどり着くや否や傍らの少女には目もくれず——というよりはまるでその存在を認識できていないかのよう——にまくしたてる。

 

「もう、探したんですよ! どうしてこんなところに()()で?」

 

「ん、いや、ちょっと涼みたくて……」

 

「えー……?」

 

 胡乱気な目で青年を見つめるリリィ。やや傾けた顔の横からは特徴的な尖った耳が覗いていた。

 

「それで、どうしたの?」

 

「もう、舞踏会が始まっちゃうから探していたんですよ!」

 

「え、舞踏……あっ」

 

 うかつにもそう漏らした青年にリリィは信じられないといった表情を向ける。

 

「まさか、忘れてたんですか!?」

 

 怒り心頭な様子で詰め寄ってくるリリィ。整った顔を目前まで近づけられて、思わずどぎまぎしてしまう。

 

「そ、そんなことは……いや、うん忘れてた。ごめん」

 

「やっぱり!」

 

 リリィは一瞬まなじりを吊り上げたかと思うと、すぐに緩めて微笑んだ。

 

「もういいです、ちゃんと謝ったので許してあげます」

 

「あはは……ありがとう」

 

「ちゃんと反省はしてくださいよ? さあ、急ぎましょう」

 

「おっとと」

 

 リリィに引っ張られるままに歩み出した青年。ここまで成り行きを静観していたリタは青年に向けて小さく手を振って送り出した。

 

 

 

 

「っふぅ……」

 

 会場には舞踏会の参加者達が集い、その始まりを待っていた。走ってきた甲斐あって、どうやら間に合ったらしい。

 

「危うく遅刻するところでした」

 

「もう許してくれたんじゃ……」

 

「それとこれとは話が別です」

 

 すまし顔でそう言うリリィに、青年は苦笑を返した。走ってきたことで少し渇いた喉を潤すべく、視線を彷徨わせる。

 

「どうぞ」

 

「あぁ、ありがとう」

 

 様子を見て察したらしい給仕からグラスをふたつ受け取る。

 

 グラスを呷り、空にしたところで丁度舞踏会は始まった。

 

 落ち着いた曲調に合わせ、緩やかにステップを踏む。ただ、優雅に踊るリリィと比べれば青年の動きは何ともぎこちない。

 

「もう、勇者様、へたっぴです」

 

「あはは……」

 

 その後もリリィは青年に対し、ここが駄目だ、そこを直すべきだといったダメ出しを繰り返し、その度に青年は苦笑交じりの返事を返した。

 

 ころころと変わるリリィの表情を、青年が微笑ましげに見つめる中、やがてダンスは佳境を迎える。同時に、それまで絶えず何かを話していたリリィが急に真剣な顔で黙り込んだ。

 

 おや、と思う青年に、リリィはおずおずと口を開いた。

 

「あの、勇者様にお願いがあるんです」

 

「お願い?」

 

 リリィは小さく深呼吸をした。心なしか頬が上気し、瞳は潤んでいる。

 

「な、名前で。本当の名前で呼んで欲しいんです」

 

「本当の……名前?」

 

「はい。リリィっていうのは渾名のようなもので、本当の名前があるんです」

 

「そういえば……」

 

 彼女の生まれにそのような風習があったことを思い出す。

 

「ダメ……でしょうか?」

 

「まさか、ダメなわけないよ」

 

 上目遣いで問いかけるリリィに、青年は多少どぎまぎしながら答えた。

 

「そ、それでは! わ、私も勇者様を…………」

 

「え?」

 

 後半は声が小さく、他の音にかき消されてよく聞こえなかったため、思わず聞き返したが、リリィは気にせず続けた。

 

「で、では私の名前を教えますね」

 

「うん」

 

「私の本当の名前は————」

 

 聞こえなかった。

 

 今度は声が小さいからでも、周りがの音が大きいからでもない、そもそもリリィの声が全く聞こえなかった。いや、リリィの声だけではない。ホール中に響いていた演奏も、人々の話し声も、ステップの靴音も、何もかもが聞こえない。代わりだとでも言うように、耳朶を蝕むような激しい耳鳴りだけが頭に響きだす。

 

 青年は思わず立ち止まった。ダンス中にも関わらず急に動きを止めたため、リリィがぶつかってしまい、何か言葉を発しているのが見えるが、やはりそれも聞こえない。

 

 そのうち、青年の様子がおかしいことに気付いたリリィが心配げな表情になる。周囲の人々も訝しげに青年らを見ていた。

 

 しばし呆然としていた青年を、すぐに次の異変が襲った。

 視界が歪みだしたと思うと、世界が反転。気が付けば床に仰向けに倒れていた。四肢に力が入らない。五体の感覚が急速に薄れていく。

 

 何が起こったのかもわからぬまま意識が暗転していく中、青年が最期に見たのは、必死な顔で何事か呼びかける()()の姿だった。

 

 ——あぁ、ごめん。約束……守れないみたいだ。

 

 

 

 例えそれが細く頼りない糸だとしても。

 

 必ず手繰り寄せて見せる。

 

「————あぁ、待ってる」

 

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