魔転の勇者   作:シーチキン佐々山

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11.家庭教師

「今日から君たちの教育を仰せつかることになった。カトレナ・メルヘリナールだ」

 

「シスカよ!」

 

「ファリスです。……よろしくお願いします」

 

 ユースティアの一件からしばらくしてアールストロム邸に一人の女性が訪れた。

 

 まだ年若く見える彼女はローガンの伝手で呼んだ優秀な教師ということだが、その容貌はなんと言うべきか、えらく気怠げだった。

 

 ぼさぼさの髪にうっすら隈の浮かぶ目元。ゆったりとしたつくりのローブも何だかだらしない着こなしだ。左目を覆う片眼鏡(モノクル)は知的な印象を与えなくもないが、他の要素のせいで取ってつけたような印象が拭えず浮いていた。

 

「一応まだ院生の身でな。専攻は創術と刻印文字(ルーン)研究だ」

 

 僅かに目を見張るファリス。

 

 院生という言葉が指し示すのは即ちミーテリオン王立騎士学園の最高学府、創術院に在籍しているということだ。名前こそ騎士学園となっており、実際最も力を入れているのは騎士科ではあるが、他分野においても国内で比肩することのない高度な教育が施される。

 

 初等科、中等科、高等科を経て限られた者のみが進むことを許される大学院では、課程を修了した者はまず間違いなく宮廷に召し抱えられることとなる。

 

 言ってしまえば院生とは掛け値なし正真正銘のエリートなのだが、そんなエリートが何故一貴族の家庭教師など、とファリスは首を傾げた。

 

「ところで、ファリス君はその歳でもう創術が使えるとのことだがどの程度のことが出来るんだい?」

 

「えっと……」

 

 問いかけに、ファリスは早速体内の創素(マナ)を操作する。数秒の集中を経てファリスの掌に小さな水球が現れた。

 

「ほお……本当に使えるのか。いや大したものだね」

 

「いいなぁー、わたしもやってみたい!」

 

 うねる水球にカトレナが感心の声を、シスカが羨望の声をそれぞれ上げる。ユースティアやファリスの創術を目の当たりにしたシスカは創術にも興味を示し、それならばシスカも一緒に教わればいいということになった。

 

「シスカ君もこれくらいすぐ出来るようになるさ。今日はまず創術の基礎から学ぼうか。ファリス君にはちと退屈かもしれないがね」

 

「いえ、基礎は大事ですから」

 

 ファリスの創術は前世由来の知識を元にしてはいるものの、あくまで独学でのものに過ぎない。ここでしっかりした専門家によって指導してもらえるのなら、例え基礎的な内容でも大いに有意義な筈だった。

 

 言いながら、いつもの手癖で水球の形状を変化させる。今回は鳥の形を象らせた。

 

「わあ、鳥さん!」

 

 シスカが目を輝かせてファリスの手元を覗き込んでくる。

 

「他には!?」

 

「じゃあ……」

 

 乞われるままに今度は水をナイフの形に変化させた。普段から準備運動感覚でやっていることなので、それくらいはお手の物だった。

 

「おぉ~!」

 

 シスカの反応にやや気を良くしつつ、顔を上げると信じられないものを見たような顔のカトレナと目が合った。

 

「え、えーっと……?」

 

「おいおい、形状まで操作できるのかい? それもそんなに細かく……」

 

「は、はい。一応準備運動でいつもやっているので……」

 

「準備運動って……」

 

 その声は驚きを通り越して、やや呆れすら含まれていた。

 

「いや、まあこれまで誰かに師事していなかったわけだから、その認知でも仕方ないのか……? それこそ独学でそこまで出来ているのはどうかしているが……」

 

 顎に手をあて、考え込むように何やらブツブツと呟くカトレナ。

 

「……一応確認したいんだが、本当に忌想者(イミジナ)ではないのだよね?」

 

「体外の創素には干渉できないので……」

 

「ふぅむ……ちなみに水以外にも何か出せるのかい?」

 

 その問いにファリスは一瞬だけ考えて首を横に振った。

 

 創術を使えることが露見して以降、ある種開き直りのような境地でいたが今のカトレナの反応で考えを改めた。

 

 別に力を誇示するために創術を修めているわけではないのだ。現状ですら異常な子どもと思われているだろうに、これ以上不用意に目立つことは避けたかった。

 

「……流石に水だけか。いや、そうだろうとも……気を取り直して、早速授業を始めようか。二人は……特にシスカ君は創術に対してどういった認識だい?」

 

「火を出したり、水を出したりして戦うのよね!」

 

「あぁ、優れた創術士であれば戦場に立って戦う者もいるね。ただ、そこまで使いこなすことが出来るのは少数派だ。大抵は日常で活用できるちょっとした術に落ち着く」

 

 言いながら、カトレナは人差し指の先に小さな火を灯す。

 

「これが出来れば道具無しでも簡単に火が起こせる。この家でも誰かがやっているところを見たことがあるんじゃないか?」

 

「お母さまが竈に火をつけるときにやっているわ!」 

 

 実のところ、小さな術であればヘレナに限らずローガンや一部の使用人でさえもしばしば使用している。特に厨房などを始めとして万事において火が起こせるのは便利なため、働き口を確保するために灯火の創術を覚える者は多い。

 

「なら創術が便利なものであるというのは何となく分かると思う。だがその一方でだ」

 

 言葉を切ったカトレナはファリスとシスカから身を離した。

 

「戦いに使えるんだ、当然こういうことも出来る」

 

 瞬間、蠟燭の火程度だった灯火は大人の頭部程もある火球に姿を変えた。やや離れていても確かに感じる火炎の熱量。もし人に当たりでもすれば参事は免れないだろう。

 

 そしてそれは、カトレナが噓偽りなく大学院に身を置くエリートであることの証左でもあった。先ほどカトレナが言ったように、創術を攻撃に使える者はそう多くなく、そこに至るまでには相応の才覚(センス)と努力、あるいはその両方が求められる。

 

「この火球はこのまま撃ち出すこともできる。簡単に他者を傷つけ得るんだ、恐ろしいだろう?」

 

 そう、創術は決して便利なだけのものではない。用法を誤れば容易に他者を、自身すらも傷つけ兼ねない危険性を孕んでいる。カトレナはまだ年端もいかない子どもに創術を教えるにあたって、まずそれをしっかり認識させたかった。

 

 この火球はそのためのパフォーマンスだった。実際に見ればその恐ろしさは実感として伝わるだろうと思ってのことだ。

 

 しかし。

 

「ふーん」

 

「……」

 

「お、おや?」

 

 思っていたのと違う反応にカトレナが戸惑う。既に創術を習得しているファリスはともかくとして、シスカまで全く動じないのは些か思惑を外されていた。

 

「ユティの方がすごかったわよね、ファリス?」

 

「えっ……それは、はい……」

 

 残念ながら二人は既に忌想者(イミジナ)であるユースティアの創術を見ている。実質的な被害こそそう大きなものではなかったが、術の規模は比ぶべくもなかった。

 

 危険性についても、その一件でシスカはきっちりと理解はしていた。

 

「ふぅむ……以前にこれより大きな術を見たことがあるということかな? ……それならそれでいいか。とにかく、何が言いたいかというとだな、創術とは正しい知識と認識を持った上で修練すべきということだ」

 

 出鼻をくじかれながらもそう締めくくったカトレナは続ける。

 

「まずは基礎中の基礎、創素(マナ)の知覚からだ。ファリス君も復習がてら取り組んでくれ給えよ」

 

 そう言って、カトレナはおもむろに二人の手を取った。

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