魔転の勇者   作:シーチキン佐々山

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13.角

 世界には大きく分類して五つの人種が存在する。

 

 原初の種である純人をはじめとして、森人、獣人、竜人、そして魔人。

 

 それぞれが一目見てそれと分かる身体的特徴を有している。

 

 その中で魔人を魔人たらしめる最大の要素は角の有無だ。むしろ角以外では魔人と純人ではさしたる外見上の違いはないと言える。

 

 では双方に外見的な特徴以外の差異がないかといえば、もちろんそんなことはない。魔人には、もっといえば魔人の角には相応の機能が備わっている。

 

 魔人の角は創素(マナ)(つかさど)る器官だ。体外に満ちる創素の吸収、放出から体内の創素のバランスを整える役割までもを一手に担っている。魔人が純人に比して創術の扱いに長ける所以だ。

 

 角を失った場合の脆さなどはあるが、それは明確に魔人の優位性といえるだろう。

 

 他の種族も同様だ。純人に比べて独自の優位性を持っている。個々の能力、その平均値を取り上げるならば純人はその他全ての種族に後れを取っていると言わざるを得ない。

 

 ただ、その上で。

 

 

 純人からしてみれば魔人も獣人も、そして竜人も——古の大戦で邪神による加護(のろい)を受けた『忌まわしき者共』でしかないのだが。

 

 

 

 

「とまぁ、そういうわけで我々魔人は角によって創術を行使しているわけだ」

 

 そう言って自らの角をトントンと人差し指で叩くカトレナ。穏やかな眠気を誘う昼下がり。今は歴史の授業だったのだが、そこは専攻が創術というだけあって、カトレナは話の節々に創術についての小話を挟む。

 

「……すぅ……すぅ……」

 

「ね、姉さん……!」

 

 ファリスがお利口に授業に臨んでいるのに対し、隣のシスカはうつらうつらと船を漕ぎ始めていた。ファリスが呼びかけるも反応はない。

 

 少なくとも表面上は全く気にする素振りも見せずにカトレナは続ける。

 

「こと創素(マナ)絡みの事象に関しては最も鋭敏な部位と言えるだろうね。仮にそこの調子が乱れるとどうなることか……ファリス君?」

 

「た、体調そのものが崩れます」

 

 問いへの答えに満足げに頷くカトレナ。

 

「創素は何も創術を使うためだけのものではないからね。欠乏すれば身を襲う負担に意識を失いかねないし、均衡が乱れれば体に悪影響だって出る」

 

 言いながら、さりげなく、極々自然な動きでカトレナは絶賛居眠り中のシスカに、その角に手を伸ばした。

 

「前にやったことの応用だね。こっちの方が()()()()

 

 薄く笑みを浮かべるカトレナ。ファリスはそっと両耳を抑えた。

 

 

「……すぅ……ッひゃわあああぁぁぁッ!!?」

 

 直後、部屋にシスカの絶叫が響き渡った。

 

 

 

 

「あのねぇ、シスカ君。昼食後にこの気温だ、眠くなるのは仕方ないが目の前で寝られても困るよ」

 

「……ごめんなさい」

 

 突如身を苛んだ何とも言い難い感覚に、たまらず跳ね起きたシスカは、そのままカトレナからお小言を頂いていた。

 

「別にファリス君のように、とは言わないさ。ただ授業は真面目に受けたまえ」

 

「……はぁい……」

 

 これも仕方ないといえば仕方ないのだが、カトレナによる授業が始まって以来こうして怒られるのはほとんどがシスカだった。対してファリスは見た目とはかけ離れた精神年齢によって至って真剣に授業に取り組んでいるし、何なら日頃の読書も相まってカトレナが舌を巻く程に優秀だ。

 

 しゅんとするシスカにカトレナは小さく溜息をつく。

 

「ちょうど一区切りついたところだし、少し休憩したら創術の授業にしようか」

 

「! ほんとっ?」

 

 一転して表情を明るくするシスカ。真に優秀な騎士は剣術に限らず創術さえも高い水準で扱う。そう説明を受けたことでシスカの創術習得に対する意欲は旺盛だ。

 

 加えて、座学ばかりとなる他の科目に対して創術は七割方が実技となる。シスカにとっては他の退屈な授業に比べれば創術の授業は唯一積極的に取り組める科目なのだ。

 

 

 しばしの休憩を挟み、宣言通りに創術の授業が始まる。

 

「今日こそは創素の操作をものにしてみせるわ!」

 

 意気込むシスカ。カトレナが家庭教師としてやってきてからしばらくが経つが、シスカは創素の知覚を確かなものにして現在はその操作を習得すべく奮闘していた。

 

 強引な手段で早期に身につけられた知覚と違い、操作は一朝一夕で身につくようなものではない。ただそこにあることを認識するだけの知覚はあくまで当人の感覚の問題でしかないが、それを意のままに操るとなれば、それ相応の技能が必要になるのだ。

 

 ではそれを身に着けるにはどうすれば良いかといえば、ひたすらの反復練習である。筋力が足りなければ重いものは持てない。それと同じことだ。

 

 最初に体内の創素を動かす感覚、その取っ掛かりを覚えた後は自在に操れるまで地道にやっていくしかない。

 

 そんなことに指導者が必要かと思うかもしれないが、ただ無暗に動かせればいいというのもでもない。誤った動かし方を定着させてしまうと体に悪影響を及ぼす危険性もあるからだ。ひとりで勝手にする創術の鍛錬にはそういったリスクが伴うが故に、それを御せる指導者が必要なのだ。

 

「やる気満々だねぇ。ならまずはシスカ君から見ようか」

 

 そう言ってカトレナはシスカの手を取る。優れた創術士は他者の創素の流れも見通せる。中には接触を介さずにそれを成せる者もいるが、少なくともカトレナはその例からは漏れるらしい。

 

「ふぅむ、順調に良くなってきているね。今のところ矯正も必要なさそうだ」

 

「ふふん!」

 

 得意げなシスカにうんうんと頷き、その手を離す。

 

「さて、ファリス君は……」

 

 ファリスに視線を移したカトレナが顎に手を当て、束の間思考する。

 

 実のところ、カトレナが当初予定していたカリキュラムの全てをファリスは達成してしまっていた。教えるまでもなく最初から出来ていたというべきか。

 

 そうなってくると次に教えていくのは応用、学園基準でいうと中等科以上での内容になるか。通常、創術の鍛錬とは心身の成長とともにその負荷を上げていくものだで、もうここまで出来るからといって考えなしにより高度な内容に移行するのは推奨されない。

 

 ならば今できていることの練度のみを上げさせるべきかと考えるが、それだと最早授業の意味がなくなってしまう。

 

「……まあ状態を見て問題なさそうなら応用に触れていこうか」

 

 迷った末にカトレナはそう判断を下した。ファリスの創素の流れを、その負荷を観測して覚えさせる項目を慎重に選ぶことにする。

 

 シスカにしたようにファリスの手を取る——のではなく角に手を当てた。先ほどの一件が脳裏に浮かんだのか、ファリスの体がびくりと震える。

 

 その様子にカトレナは思わず小さく噴き出した。

 

「ふふ、創素を見るだけさ、安心したまえよ。ただ今回はより正確に、深く見たい」

 

 故に角に触れる。魔人の角は創素を司る器官だ。他者の創素を測る上でそこ以上に適した部位などない。

 

創素操作(マナコントロール)……はいいや、いつものように創術を使ってみてくれ。それで見る」

 

「わかりました……」

 

 指示された通りにファリスが創術を使う。間もなくして、ファリスの翳した手に水球が浮かぶ。

 

 ファリスにしてみれば何てことはないお馴染みの術。だが、そのよどみない行使の様は一般的なその年頃を大きく逸脱している。

 

 こうして観測してみて改めて、術の完成度に感心する。だが感心するためにこうしてわざわざ角に触れているわけではない。しっかりとファリスの技能と負荷、そのバランスと猶予を見定めなば。

 

 その思いでカトレナはより集中を高め、

 

「……んん?」

 

 ある違和感に気づいた。

 

「ど、どうかしましたか……?」

 

 手の平で水球をうねらせながら、ファリスが問いかける。カトレナはすぐには答えず、眉を顰めながら首を傾げる。そのあとやや間を置いて口を開いた。

 

「角が……活性していない……?」

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