魔転の勇者   作:シーチキン佐々山

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17.それぞれの

「ふたりとも、おかしい」

 

「お、おかしいってそんなこと……」

 

 シスカは否定の言葉を口にするも、それはどこか歯切れが悪い。訝し気なユースティアにじっと見つめられ、シスカは目を逸らした。

 

「…………何かあった?」

 

 ファリスは静かに息を呑む。一体、ユースティアはどこまで見通しているのだろうか。確かに、今朝方までならその異変に気付いてもおかしくはない。ファリスも、シスカでさえも自覚できるくらいには露骨に態度に出ていた。

 

 だが、ユースティアを迎えるにあたっては違う。ローガンの言う通り、極力普段通りに振舞えていた筈だ。少なくともローガンが安心する程度には。

 

 それなのに。こうして会うのが二度目の、言ってしまえばまだ付き合いの浅い目の前の友人に看破されてしまっている。その事実にファリスは素直な驚きを覚えた。

 

「絶対におかしい」

 

 ずい、と盤越しにユースティアがシスカへと顔を寄せる。

 

「……! じゃあ、何がおかしいっていうのよ!」

 

 思わず、といった様子で声を荒げたシスカにユースティアは動じない。そうして、ユースティアは問いへの答えを出す。

 

「どうして……どうしてふたりはずっと目を合わそうとしないの」

 

「な……え、目……」

 

 ハッとしたようにファリスを見るシスカ。一瞬だけ、その視線は交差してすぐに逸らされる。その挙動が既に言い訳の効かない何よりの証左となってしまう。

 

「そ、それは……」

 

「争棋の時も」

 

「…………」

 

 口ごもるシスカ。

 

「あと、もうひとつ」

 

 続けるユースティアにもはや返事は返らない。そんなことにはもちろん構わずに、

 

 

「今日のシスカは……私の手しか、取らなかった」

 

 決定的な一言を放った。

 

「ッ…………!」

 

「…………」

 

 シスカは顔を歪め、ファリスは目を伏せる。

 

 そう。

 

 今日、迎えに出た時、シスカはユースティアの手だけを取って歩き出した。()()()()()()()()——

 

 普段ならありえないことだった。シスカはいつだってどこだって、ファリスの手を引いて振り回してきたのだから。

 

「…………って……」

 

 シスカから声にならない声が漏れる。

 

「だって……だって! わ、わたし、ファリスに……! あんな……ど、どんな風にぃ……!!」

 

 涙声で発せられる言葉は断片的で、支離滅裂で、しかしその感情だけは痛いほど伝わった。

 

「姉、さん……」

 

 シスカと違って表面上に出てはいなかったが、ファリスもその内面は不安定に揺れ動いていた。悲しいのか、寂しいのか、はたまた腹立たしいのか。ぐちゃぐちゃした感情は自分でも整理がつかぬまま、故に今掛けるべき言葉も見つからない。

 

「え」

 

 そんな中、急に頭を引っ張られたと思うと、コツン、と角が何かに当たる音がした。同時に顔を覆う温かな感触。

 

 シスカともどもユースティアに抱き寄せられたのだと気づいたのはすぐだった。

 

「ユティ……?」

 

 呆けたような声を出すシスカ。

 

「どうしたのか、話してみて欲しい」

 

 言いながら、ふたりの頭を撫でるユースティア。

 

 少しして、落ち着きを取り戻したシスカがぽつぽつと()()の起こりを説明し、胸の内を吐露し始めた。

 

 自分は姉なのに、ファリスに比べて学業や創術で後れを取っていること。

 

 創術に関しては行き詰っていることへの焦り。

 

 そのことで両親がファリスを構いがちになっていったことへの嫉妬。

 

 

 そして、ファリスが剣術が苦手なことをあげつらって傷つけてしまったこと。

 

「こんなの、お姉ちゃん失格よ……」

 

 そう言って項垂れるシスカ。場をしばしの沈黙が満たす。

 

「シスカ」

 

 ユースティアの呼びかけに、シスカが少しだけ顔を上げた。

 

「私に剣術を、教えて?」

 

 

 

 

「災獣被害の増加傾向、ね……」

 

 執務室で紙束の資料に目を通すローガンが顔を(しか)める。

 

「あぁ、件数やら場所やらはそれを見ての通りで、近頃不自然に増えてる。こないだはぼかしたが、俺達がカイネフィアから引き上げさせられたのもその兆候があったからだろうな」

 

 ダリルの言葉に資料をぱらぱらと捲る手を止めて、ローガンが深く溜息を吐く。

 

「まるで十年前を思い出すな」

 

「全くだ。……なあログ、また団に顔を見せに来てくれよ」

 

「俺が? ……今更どの面下げて」

 

 どこか自嘲したように言うローガンに、ダリルは困ったような顔を作る。

 

「あのなぁ、ログ。うちの団にゃお前に感謝こそすれど、お前を恨んだり軽蔑したりしてるやつは一人もいない」

 

「…………」

 

 そう言われても、ローガンはどこかバツの悪そうな表情を崩さずに黙り込む。

 

「お前が労いに行ってやればヨハンのやつなんかは絶対に喜ぶだろうよ。あれから新入りもそれなりに入った。お前がひとつ訓練でも見てやれば士気も上がること間違いなしだ!」

 

「……あのなぁ、俺はそんな大層なもんじゃないぞ。どいつもこいつも買いかぶり過ぎだ」

 

「おいおい、ログ、」

 

「だが、まぁあいつらに言わなきゃならんことがあるのは間違いない。特にヨハンには重荷を押し付けてしまったからな……」

 

 ダリルの言葉を遮ってそう言うローガン。ダリルは頬を緩めた。

 

「なら決まりだな! 早急に日取りを決めて俺に知らせてくれ。あぁ、ヨハンに直接(ふみ)を出してくれてもいいぞ」

 

「な、なんだ。急かすなよ」

 

「急かさんと先延ばしにして、いつまでも来ないかもしれんだろう」

 

「そんなことは」

 

「ないのか?」

 

「…………」

 

 黙りこくったローガンにダリルが肩を竦めた。

 

「とにかく、近いうちに来い。……これは何もただ来て欲しいからってだけじゃない。災獣の件にしても、話はしておいた方がいい」

 

「……分かったよ。どの道、いざとなれば俺も出張るつもりだったんだ」

 

「その必要はないさ。お前は自分の領地のことだけ考えてればいい。その為の第三騎士団(俺達)だ」

 

「……あぁ、そうだな」

 

 ダリルの自負と、思いやりを感じさせるその言葉に苦笑を浮かべながらそう返す。

 

「さて、ひとまずこの話はここまでにして、そろそろあの子たちの様子を見に行こう」

 

「ん、そうだな」

 

 ローガンは手にしていた書類を机に置き、ふたりして執務室を後にした。

 

 

 

 そうしてやってきたシスカの部屋の前、ローガンのノックに返事は返ってこなかった。

 

「? シスカ、ファリス、いないのか?」

 

 呼びかけながら再びノックするも、相変わらず返事も何も返ってこない。

 

「開けるぞー?」

 

 宣言して扉を開くが、案の定部屋には誰も居なかった。

 

「他の部屋で遊んでるのか?」

 

「いや……」

 

 ローガンの視線は、とある物が立て掛けてある筈の場所に注がれていた。

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