魔転の勇者   作:シーチキン佐々山

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24.時既に遅し

「よもやヨハンが団長とはなあ」

 

「はっはっは、サプライズ成功だなぁヨハン」

 

 驚き半分、感心半分といった様子でヨハンをまじまじと見るローガン。当のヨハンは先ほどのいたずらっ子の笑みはどこへやら、今はやや照れくさそうに頭を掻いている。

 

「歴代でもダントツの最年少じゃないのか? 今年でいくつだっけか」

 

「先月で63になりました」

 

 返答にローガンが小さく唸る。300歳近くまで生きる魔人において、63歳などまだまだ若造もいいところだ。

 

「いや、年齢の先入観で驚きこそしたが、こうして改めて考えると適任だな。お前は特に頭が切れたし、実力も申し分ないことはさっき身をもって知った」

 

「いえ、私など至らぬところばかりで……隊長ならもっと上手くやれていた筈です。そもそもあんなことさえなければ、本来隊長が——」

 

「ヨハン」

 

「っ……」

 

 ローガンの語調は強く、有無を言わせぬ圧があった。

 

「……悪い。ただ、結局俺は器じゃなかった。それだけのことさ」

 

「隊長は、まだ……いえ、失礼しました」

 

 まだ何か言いたげにはしていたものの、ヨハンはそれを胸に収めた。

 

 やや気まずい空気の中、話題を変えるべくダリルが口を開いた。

 

「あー、ここでの用(サプライズ)も終わったことだし、立ち話も何だ。他の奴らの顔も見て回ったらどうだ?」

 

「あぁ、そうだな」

 

 その提案に否があるわけもなく、助け舟に乗る形でローガンは団長室を後にした。

 

 当然のよう付いてくるふたり。

 

「……いや、別に一緒に来る必要はないぞ。お前らも忙しいんじゃないのか?」

 

「いえ、賓客より優先するような業務はありませんのでお気になさらず」

 

「そうだぞ、つれないこと言うなよログ!」

 

「…………」

 

 

 

 

「そこ、無闇に大振りするな! 訓練でごり押しなんぞ(もっ)ての(ほか)だぞ!」

 

「は、はい!!」

 

「お前は逆だ! 受けに回るのもいいがいつまでも相手の隙を見逃し続けるな!」

 

「すみませんッ!」

 

 一通り、かつての顔なじみとの挨拶を済ませたローガンは訓練場にて若手騎士の指導をしていた。

 

 若手達は当初こそローガンの指導を受けることに目を輝かせていたものの、ひっきりなしに上がり続ける怒号で今は必死さが勝っていた。

 

 傍らのヨハンが感心したように頷く。

 

「やはり皆いつもより訓練に身が入っていますね。流石隊長です」

 

「……ヨハン、ずっと言ってるがいい加減その隊長ってのはやめないか? 俺はもう隊長どころか団の所属ですらないんだが」

 

 最初の指摘で納得したような素振りだったのに、気づけばちゃっかり隊長呼びを続けている後輩に苦言を呈す。

 

「自分にとって隊長は今も心の隊長です」

 

「いや、心の隊長って……」

 

「はっはっは、まぁいいじゃないか、心の隊長殿!」

 

「ダリル、お前な……」

 

 少々頓珍漢なことを言いだしたヨハンに加え悪ノリするダリル。ローガンはげんなりした表情で嘆息した。

 

「ヨハン、お前は団長なんだぞ。それが俺みたいなの相手に隊長なんて呼んでちゃ団員に示しがつかないんじゃないか?」

 

「うちの団に隊長の偉大さを解していないような愚物はおりませんので問題ありません。仮にもしいても粛清しますのでやはり問題ありません」

 

「いやいやいや」

 

 そんなことで団員を粛清されたらたまったものではない。物騒なことを口走るヨハンにローガンは鼻白んだ。

 

「冗談ですよ。ですが、団内に隊長を——かの英雄を軽んじる者が居ないというのは本当です。実力もさっき身を以て知ったのでしょうから尚更です」

 

「……俺はそんなに大層な人間じゃない」

 

 ローガンの言葉にヨハンは苦笑を返す。

 

 実際のところ、第三騎士団の長たるヨハンがへりくだっていたところで誰も気にはしないだろう。ミーテリオン王国においてローガン・アールストロムという男はそれだけの武勇を残している。

 

 第三騎士団の団長もヨハンではなくローガンが継ぐ筈であったし、何であれば王家直属の護衛騎士に召し上げられる話まであったという。

 

 だが、それら全てを振り切ってローガンは団を去り、生家の領地を継いだ。

 

 当時はそのことに失望の声を漏らす者も一定数居たが、その上でもローガンは国屈指の英雄のひとりなのだ。

 

 その事実をローガンは認めたがらない節がある。それは謙虚故に、とはまた違う。

 

 それはまるで自身が称えられることは罪であるかのように。

 

 ローガンと近しい人間でそのことをわざわざ蒸し返す者はいない。それは当然ヨハンとて同じことだった。

 

「……ところで、昼食はどうされるおつもりですか?」

 

 ヨハンはすっかり真上近くまで登った日を横目に尋ねた。

 

「ん? いや、昼までには宿に戻ろうと……しまった、もうそんな時間か」

 

 ローガンが顔を顰める。

 

「すまん、今日はこのあたりでお暇するよ」

 

「他に急ぎの用事でも?」

 

「子どもを宿で留守番させているんだ。昼までには戻ると言ってある」

 

「ああ、お連れになっていたんですね。おいくつでしたっけ」

 

「7歳と5歳だ」

 

「うちのと歳が近いですね。せっかくならご一緒にいらしてくればよかったのに」

 

「いや、危ないだろ」

 

 門を潜った瞬間に客人を襲ってくるような場所である。そんなところに我が子を連れていきたいかと言えば、大抵の親は否と言うだろう。

 

 ただ、当然だれかれ構わず襲っているわけではないし、それ自体は若手への稽古を兼ねた第三騎士団における伝統のようなものだ。ローガンとしても襲ってくることは承知の上で、対処も容易だ。

 

 その上でファリス達を連れて行かなかったのは、子連れだと遠慮してしまうかもしれないという後輩達への気遣いでもあった。

 

 もっとも一番の理由は団の人間が、ローガンについての余計なことを吹き込むのが嫌だったから、というのが本音なのだが。

 

 

「隊長のお子さんならご挨拶をしたかったのですが……」

 

「まぁおいおいな」

 

「おいおいですか……宿はどこを?」

 

「緑葉亭だ」

 

「ふむ……昼食はもう予定を決めていますか?」

 

「いや、特には決めていないな」

 

「でしたら、そのあたりでおすすめの店があるので、是非私にご案内させていただけませんか?」

 

「いや、お前業務はどうするんだ」

 

「少々私が席を外した程度で滞るような運営はしていませんのでご安心を」

 

 思わずダリルを見るローガン。ダリルは苦笑を浮かべつつも頷いた。

 

「ヨハンは優秀だからな。ログの訪問に合わせて緊急性のある仕事は終わらせてるから、行ってきて問題ないぞ」

 

「……なら頼もうか」

 

「はい、お任せください!」

 

 言って、ヨハンは(うやうや)しくお辞儀した。

 

 

 

 

「しかし旅先でお子さんに留守番を頼むとは、信頼なさっているんですね」

 

 宿までもうすぐという頃、ふとヨハンがそんな話題を口にした。

 

「あぁ、ふたりとも利口な子だよ。特に下の子は飛びぬけて賢い」

 

「なるほど、何といっても隊長のお子さんですからね。納得です」

 

「いや、俺はさして出来のいい方じゃないぞ。誰に似たかって聞かれればそれはヘレナだな」

 

 そんな話をしているうちにローガンが泊まる緑葉亭に到着する。

 

「ちょっとばかし昼は回ってしまったから、娘に怒られるかもしれん。その時は庇ってくれよ?」

 

「ははは、お任せを」

 

 朗らかな雰囲気の中、ローガンが子ども達の待つ部屋の扉に手を掛ける。

 

「ふたりとも遅くなってすまな——ん?」

 

 扉を開けた先、部屋の中はしかし、もぬけの空だった。

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