魔転の勇者   作:シーチキン佐々山

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25.人さらい

 ファリス達三人は、ポリオン武具店の店主に貰ったパンを片手に街を歩いていた。

 

 パンには切れ目が入っており、間にはハムやら葉物野菜やらが挟まれている。歩きながらでも食べられるものを用意してくれた辺り、あんな状態でもちゃっかり会話には耳を傾けていたのかもしれない。

 

 あれだけ好き勝手言われてこれなのだから、人のいいことである。

 

「そういえば、宿に戻る途中だったってことは何処か行ってきた帰りだったの?」

 

 パンを腹に収め、指で口元を拭うレシウスがおもむろに尋ねた。

 

「行った帰り、というか……」

 

「行こうとしてた帰り、といいますか……」

 

 顔を見合わせながら歯切れ悪く言葉を述べるふたりにレシウスが首を傾げる。

 

「わたしたちは学園に行こうとしてたの」

 

「が、学園? 学園って騎士学園のことだよね……え、歩いて行こうとしてたの?」

 

「そうよ?」

 

「……バ、いや、何というか……すごいね?」

 

 恐らくバカと言いかけたのを飲み込んで、とても言葉を選んでくれたのだろうが、残念ながらそれはそれで皮肉である。

 

「ふふん、やっぱりわたしってすごい?」

 

 もっとも7歳そこらの子どもに皮肉など通じるわけもなく、言葉通りに受け取って胸を張っている。何がどうすごいのかとかどうでも良いらしい。傍から見るともうそれがバカっぽいのだが、まあ愛嬌のうちだ。

 

「でも学園か。シスカは今いくつ?」

 

「今年で7つになるわ」

 

「あ、やっぱり同い年なんだ。じゃあ来年は入学を?」

 

「えぇ、そのつもりよ!」

 

 他愛ない会話をしながら、レシウスの案内で近場の宿を巡る。

 

「あれは違う?」

 

「ちがうわ」

 

 

「この辺りに見覚えはある?」

 

「あるようなないような……」

 

 ひとまず数件回ってみるも、そう簡単には見つかってくれない。とはいえ、まだたかだか数件で、レシウス曰く断片的な情報から合致する宿もそう多くはないので、じき見つかる筈とのことだが。

 

 特に焦った様子もなく、雑談交じりに歩みを進め続ける。無用な焦りは良い結果をもたらさないとは往々にして聞く話だが、時間が時間なのでちょっとぐらい焦れとファリスは思った。のんびりし過ぎである。

 

「格好で何となくは分かってたけど、それなりの家柄だよね。商家ではなさそうだし、騎士家系の貴族あたり?」

 

「騎士かけい……? よく分からないけどお父さまは騎士よ!」

 

 厳密には元騎士が正しい。騎士家系というのは、原則一代限りとなる騎士爵において特例的に世襲を認められた家系のことだ。

 

 精鋭ぞろいの騎士の中でも特に優れた功績を挙げた者に条件付きで与えられるのだが、実のところローガンはその例には当たらない。もとよりローガンは貴族の出身だからだ。

 

 騎士家系でもない貴族が騎士にというのは珍しい話、というわけでもない。継承権を持たない次男以降が騎士を志すことはままあることだ。

 

 ただ、ローガンはアールストロム家の長男であった。故に、騎士を辞した現在のローガンは順当に家督を継いで領地経営をしている、というわけだ。

 

「…………あの、」

 

「お父さまは最強の騎士なのよ!」

 

 訂正するべきか否か。迷っているうちにシスカ達は話を続ける。

 

 シスカの言葉にレシウスは何やら不敵な笑みを浮かべる。

 

「へぇ、騎士家系で有力な騎士か……。でも俺の父上も相当なもんだよ? シスカのお父さんより強いかも」

 

「むぅっ!?」

 

 やや挑発的なレシウスの発言に、両者の間で火花が散り始める。

 

「なんて言ったって父上はあの第三騎士団の団長だからね」

 

「だ、だんちょーっ!?」

 

 団長という言葉にシスカが目を剥く。ファリスも内心で驚くが、同時に何か引っかかりを覚えた。

 

 ——第三騎士団……?

 

「まあ、まわりは未だに双牙の英雄がどうのなんて言い続けているけど、いずれは……」

 

 ファリスの思考は、レシウスのどこか忌々し気なその呟きに気を取られて中断された。

 

「そ、それでもわたしのお父さまが一番強いもん!」

 

「へぇ、そこまで言うんならお父さんの名前を聞きたいな。もしかしたら俺も知ってるかも」

 

「いいわよ、聞いておどろきなさい! わたしのお父さまは——」

 

「見つけましたよ、レシウス様!」

 

「げ」

 

 自信満々に父の名を告げようとしたところを何者かの呼び声に遮られてしまう。

 

 声の方に振り向くと、そこにはひとりの男性の姿。執事服に身を包んだ男は若く見えるが、寿命の長い魔人は老いも緩慢なため外見で年齢を判別し辛い。

 

「まったく、いつもいつも…… さあ、帰りますよ!」

 

 まだ距離がある中、大股でずんずんと迫ってくる様はいかにも怒っていますといった風体だ。

 

「だ、誰?」

 

 突然の展開にシスカが戸惑いながら問いかける。

 

「あー……あれだよ、その……人さらい的な?」

 

 普通に考えてそんなわけがない。男の発言やレシウスの反応からふたりが知り合いであることは察せられる。恐らくはレシウスも勝手に家を抜け出していた口で、男は使用人か何かだろう。

 

 流石のシスカも騙されない筈だ。

 

「ひ、人さらいっ!? どど、どうするの!?」

 

「姉さん!?」

 

 騙された。ファリスが素っ頓狂な声を上げる。

 

「……逃げる! こっちだ!」

 

「えぇ、ちょっと!」

 

「あ、こら!」

 

 言うや否や踵を返し駆け出すレシウス。訳も分からぬままシスカとファリスも後を追う。追いかけっこの始まりだ。

 

 だが、大人と子どもの足の差がある。この逃走劇はそう長くは続かない——と思いきや。

 

「ちょ、はやっ……!」

 

 そう、レシウスは凄まじく足が速かった。その歩幅で何故その速度が出るのか分からないが、そこらの大人では追いつけないぐらいは速かった。

 

「もう、急に何なのよ!」

 

 シスカも負けていない。アールストロム家が誇る期待のフィジカルエリートであるシスカはきっちり追いついて並走する。

 

 この調子ならふたりはじきに執事を撒けるだろう。()()()なら。

 

「はッ、はッ……!」

 

 悲しいかな、ファリスの身体能力は姉やレシウスほどはなかった。何とか食い下がるもじりじりと差が広がっていく。ただでさえおかしな身体能力のふたり相手、加えて2つばかり年齢差があってのことなので、むしろかなり健闘した方だと言えるだろう。

 

 ちら、と後ろを窺うと間近に迫った男と目があった。もう手を伸ばせそうな距離、男は一瞬の逡巡の後にファリスを捕獲した。

 

「ごめんよ!」

 

「うぁっ……」

 

「!!」

 

 それに気づいたふたりが足を止めて振り返る。

 

「ッ! ファリスッ!」

 

 男のことを人さらいだと信じているシスカが悲鳴じみた声を上げるが、実際は人さらいではないのでそんなにひっ迫した場面ではない。

 

「さあ、観念してください!」

 

 言いながらファリスを窺う男の目はやや申し訳なさげだ。

 

「ファリスを離してっ!!」

 

「待って!」

 

「むぐッ!?」

 

 駆け戻ろうとしたシスカの首根っこを掴んで止めるレシウス。

 

「けほっ……何で止めるの!?」

 

「奴の狙いは俺だ。だから……俺が行く」

 

「え、で、でもそれじゃあレシウスが……!」

 

「俺なら大丈夫……おい!」

 

「え、なんですか」

 

「俺はどうなってもいい……その変わりその子には手を出さないでくれ」

 

「あ、あぁ、はい。それはもちろん……?」

 

 やや芝居がかった調子で啖呵を切るレシウスに対して、はなから危害など加える気もなく釈然としない様子の男。茶番である。

 

 ゆっくりと男に歩み寄るレシウス、見守りつつ勝手に緊張感を高めるシスカ。現場はさながら人質交換といったところか。通行人は妙なものを見る顔をしつつ通り過ぎていく。

 

 捕縛されているファリスはもう何か色々とどうでもよくなってきていた。とりあえず早いとこ帰りたかった。

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