魔転の勇者   作:シーチキン佐々山

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26.すれ違い

 ファリスはなる様になれ精神で特に抵抗するでもなく人質交換の瞬間を待つ。

 

「……?」

 

 そんな折、シスカが妙な動きをする様子がファリスの目に入った。何やらジェスチャーで伝えたいことがあるらしい。

 

 ——手の平の上に指をぐるぐる……水球の創術……?

 

 読み取って、首を傾げつつも手の平にそっと水球を生じさせると、シスカがうんうんと頷く。どうやら正解らしい。シスカは引き続きジェスチャーをする。

 

 ——勢いよく腕を振り上げ……? 術を顔面、に……。

 

 シスカのジェスチャーをなぞり、射出寸前でファリスはハっとして首を振る。くどいようだが相手は人さらいなどではなく、推定ただの使用人である。しかもレシウスに振り回されてお疲れの。常識的に考えてそんな人を創術で攻撃してはいけない。

 

 それに対してシスカはというと、ファリスが怖がって実行できないとでも思っているのか、胸の前で拳を握って口をパクパクとさせている。頑張ってとか、勇気を出してとかそんな感じの心の声が聞こえる気がした。

 

 そうこうしているうちにレシウスが目前までやってきた。手を伸ばせば届く距離、男がほっと息を吐く。

 

 もう逃げられない、そんな窮地(?)においてレシウスは不敵な笑みを浮かべながら、視線を男から逸らした。

 

「はぁ、まったく……ん? 何を見て……?」

 

 視線が注がれるはファリスの右手。陽光を乱反射して輝く水球の光。

 

「今だ!」

 

 ——今だじゃないですが?

 

「!? お嬢ちゃん、それは——!?」

 

 ——お嬢ちゃんじゃないですがっ!?

 

「ぐわらばッ!?」

 

「あっ」

 

 しまった、そう思った時にはもう遅い。射出態勢で固まっていた右手が反射的に振り上げられ、勢い余って水球が放たれた。水球は狙い違わず男の顎に直撃し、男を吹っ飛ばす。さして大きくもない水球でこの威力、日頃の授業の成果が出てるなどと益体もない思考が頭を過る。

 

「よし、ナイス!」

 

「うわっ!」

 

 一方でレシウスにとっては望ましい結果だったようで、賞賛の声をかけるとともにファリスを抱え上げるや否や走り出した。再びファリスが捕まらないように、ということだろうが人ひとり抱えては結局逃げ切れないのではないか。

 

 当然のように浮かぶ疑問はしかし杞憂に終わった。

 

 レシウスは先ほどと変わらないどころか、むしろより速くすら感じられる。まるで追い風にでも乗る様に、その足取りは軽い。

 

 追従するシスカとともにしばらく走り続け、もう追っては来れないだろうという所で立ち止まって一息つく。

 

「ふふ……」

 

「あは……」

 

「「ははははっ!」」

 

 どちらからともなくシスカとレシウスが笑い出した。

 

「見た? あの吹っ飛び方!」

 

「ええ、ぐわらばっ、だって!」

 

 微妙な表情だったファリスも、盛り上がるふたりにつられて少しだけ噴き出す。

 

「それにしても、その歳で創術を使えるなんてすごいね」

 

「い、いえ……」

 

「ふふーん! なんたってわたしの弟だもの!」

 

 控えめな反応のファリスに代わって胸を張って誇るシスカに、レシウスがまた笑う。

 

「でもレシウスもすごいわね! ファリスを抱えたままあんなに速く走れるなんて!」

 

「それほどでも」

 

 ファリスも気になっていた点にシスカが触れるが、レシウスは深く掘り下げる気はないらしく、短く返すに留めた。

 

「さ、アクシデントはあったけど宿探しに戻ろう」

 

「あ、そうだったわ。早く帰らなきゃよね」

 

「どう、この辺には見覚えある?」

 

「んー……うー……? んんっ!?」

 

 シスカはしばし唸りを上げて考えたかと思うと、突然目を見開いて背筋を伸ばした。

 

「ある、あるわ! ここ、見覚えある!」

 

 今までのような漠然とした感じではなく、はっきりと言ってのけるシスカ。ファリスとしても周囲は宿から出て間もない頃に見た景色な気がする。確認を取るレシウスにファリスも頷いた。

 

「この近くとなると……緑葉亭かな? とにかく行ってみようか」

 

「えぇ!」

 

「お願いします」

 

 ようやく帰り着けるかもしれない。その事実にファリスも安堵の溜息を吐く。

 

 さあ後少し、と休憩もそこそこに出発しようとした時。

 

「……レシウス?」

 

 声の主は長身痩躯の男だった。少し離れたところから、不思議そうな顔でこちらを——レシウスを見ている。

 

 すわ、まさかまた人さらいか、と身構えるシスカ。

 

 ファリスはファリスで、またレシウスを連れ帰りに来た人かとレシウスを窺うが、どうにも様子がおかしかった。

 

 レシウスは心底驚いた風に、硬直していた。

 

「ち、父上……?」

 

「え、レシウスのお父さん!?」

 

 呟くような声にシスカが反応する。ファリスも少しだけ驚きつつ、父親が直々に探しに来たのかと納得する。

 

「……父上、もしかして俺を探しに……?」

 

 恐る恐る、レシウスが尋ねる。心なし嬉しそうにも感じられるのは気のせいか。流石に父親が来たとなればレシウスも素直に帰らざるを得ないのだろうか。とはいえ事情を話せば宿までの案内ぐらいは最後までさせてもらえるだろう、とファリスは成り行きを見守る。

 

「ん? あぁいや、違うんだ」

 

「っ……」

 

 果たして、返って来たのはそんな返答だった。

 

 息を呑むような音と共にレシウスから表情が抜け落ちる。

 

「ところで、その子たちは?」

 

「…………」

 

「レシウス?」

 

「え……あ、ふたりは……道に迷ってるところを、知り合って……」

 

「道に……ふたりとも名前をお聞きしても?」

 

「シスカよ」

 

「ファリス、です」

 

 尋常ではない様子のレシウスを気にかけつつもふたりが名乗ると、男が顔を綻ばせる。

 

「やっぱり! 君たちを探していたんです」

 

 その言葉に、茫然としていたレシウスがピクリと身を震わせる。

 

「わたしたちを?」

 

「えぇ。ふたりのお父さんも心配しているから、早く宿に戻りましょう」

 

「! お父さまを知ってるの?」

 

「はい、何を隠そう私はローガン隊長の元部下でして」

 

「お父さま隊長なのっ!?」

 

「あ、いえ、元隊長ですね……そうだ、申し遅れました。私はヨハン・ラーゼリオンと申します。どうぞ以後お見知りおきを」

 

 その場にしゃがみ、目線を合わせてから一礼するヨハン。元上司の子ども相手だから、というのもあるだろうが、年端もいかない子どもにここまで丁寧に接することからヨハンの真面目な人柄が伝わってくる。

 

「さ、行きましょうか」

 

 何にせよこれで間違いなく帰りつけるのだから一安心だと、ファリス達はヨハンの後に付いていこうとする。

 

 

「ロー……ガン……?」

 

 

 ひび割れ、(かす)れたような声だった。

 

 思わずファリスが立ち止まって振り返った先で、レシウスは俯き気味でその場に立ちすくんでいた。

 

「ファリス、どうかしたの? ……レシウス?」

 

 シスカもレシウスの様子に気づいて声をかけるが、レシウスは反応しない。

 

「……あの 」

 

「…………ッ」

 

「あ、ちょっとレシウス!?」

 

 やがて、ファリスも声をかけようとしたタイミングで、レシウスは突如踵を返して走り去ってしまった。

 

「お、おじさん! レシウスが!」

 

「ええ……。しかし今はまず宿に戻らないと」

 

 ヨハンが僅かに眉根を寄せる。

 

「えっ、で、でも……」

 

「レシウスなら大丈夫ですよ。日頃からひとりで出歩いているようですし……」

 

 シスカはそれでも、しばしの間気がかりそうにしていたが、結局ややあって三人はその場を後にした。

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