魔転の勇者   作:シーチキン佐々山

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32.決壊

 身動きの取れないレシウスに迫る木剣。逆手で突き込むように頭部へ放たれたそれは、修練用の木剣と言えども対象の命を奪いかねない。

 

 レシウスの唖然としたような表情に、木剣が突き立てられる——ことはなく、寸前で軌道が逸らされて地面に突き立てられた。

 

「……ッ」

 

「シスカ! ファリス!」

 

 響き渡る声。

 

 ハッとしたファリスが顔を上げる。

 

 そこにいたのは——険しい表情をしたローガンだった。

 

「これはどういう……いや、ファリス、お前……今何を」

 

 何を。

 

 今、自分はレシウスを——殺そうとした?

 

 熱いほど体を巡っていた血が急速に冷えていくような感覚。嫌な汗がとめどなく溢れだす。

 

 殺す。殺す? 何故。

 

 シスカを傷つけたから。——それだけで殺すのか?

 

 他に。殺意に足る理由。

 

 

 魔人、だから。

 

 

 おかしい。

 

 それは、おかしいだろう。

 

 ——今となっては、自分も魔人じゃないか。

 

「はぁッ……はぁッ……」

 

 血の気を失った脳が思考をちぐはぐにさせる。呼吸が乱れる。無性に息が苦しい。

 

 身を苛む強烈な自己矛盾。

 

 ファリスは木剣の柄を取り落とし、数歩後退した。

 

 ローガンが何事か言っているようだが、どこか遠くのことのようで音の意味が解せない。

 

 さっきからやけに動悸がうるさい。自分の心臓の音ばかりが近く、大きく聞こえる。

 

 目に映る景色がどこか遠くに感じられる中、視線を彷徨わせると、へたり込んだまま動かないシスカと目があった。

 

 

 その魂が純人であるなら。

 

 魔人を殺さなければならないのなら。

 

 

 ——僕はいつか彼女(シスカ)のことも、手に掛けるのだろうか。

 

 

 そこまで考えて、ファリスは意識を手放した。

 

 

 

 

 骸。

 

 骸。

 

 骸。骸。骸骸骸骸骸————。

 

 あたり一面に広がる死体の山。

 

 立っている者など自分の他にはひとりもいない。

 

 そんな地獄で立ち尽くす。

 

 味方はとうの昔に斃れ尽くした。

 

 敵は今しがた殺し尽くした。

 

 殺せ。殺せ。殺し尽くせ。

 

 脳裏を渦巻く、使命感とも憎悪ともとれない何かに従って。

 

 ——うぁ……っ。

 

 ふと耳に届いた呻き声。

 

 声の主はすぐ近くで倒れ伏していた。

 

 頭部の角はどちらも半ばから折れ、放っておいても長くはないだろう。

 

 そう理解していてなお、まだわずかに脈打つ首筋に目掛けて躊躇なく剣を突き下ろした。

 

 魔人()を殺し尽くす。

 

 それが。

 

 それだけが自分の存在意義なのだから。

 

 

 

 

「……ッ……!」

 

「! 目が覚めたか?」

 

 覗き込むようにこちらを窺うローガンの顔。

 

「こ、こは……」

 

 ファリスは僅かに痛む頭を押さえながら周囲を見回す。そこが自分たちの泊まっていた宿であると理解すると、徐々にぼやけていた思考が纏まってくる。

 

 ——そうだ、自分はレシウスと戦って、それで……。

 

「っ! 姉さんは……!?」

 

 部屋にシスカの姿は見えない。

 

「シスカなら今、丁度水を貰いに行ってる。……安心しろ、怪我は大したことなかった」

 

「そう……ですか」

 

 ローガンの言葉にファリスはひとまず静かに胸を撫で下ろした。そうなると次に気がかりになるのはレシウスの事だった。

 

 そんなファリスの考えを見透かすように、ローガンは口を開く。

 

「……レシウス君も怪我は大したことない」

 

「…………」

 

「……なぁファリス。お前、あの時……」

 

 そこまで何か言いかけて、ローガンは言いよどむように言葉を止めた。

 

 それでもファリスにはローガンが何を言わんとしたかが分かる。

 

 何故、あんなことをしたのか。

 

 あの時。レシウスとの決闘の最後、結果的に逸らしたとは言えファリスは明確な殺意を持って刃を振り下ろしていた。ローガンもその殺意が本物であったことを感じ取っていただろう。

 

 ファリスはその理由を明確に言語化できない。

 

 シスカを傷つけられたから? 立ち向かう理由にはなるだろうし、実際きっかけではあった。

 

 だがそれだけではない。

 

 ファリスは純人としての自我を持って生まれた。そして純人にとって魔人は敵だから。

 

 しかし、ファリスは前世の知識こそ持ち合わせていれど、記憶はほとんどないに等しい。第一そんなことを打ち明けられるはずもなかった。

 

 堂々巡りの思考。

 

 何か。何か言わなければならない。だが、何を? 何を言えば良い。

 

 部屋に満ちた気まずい沈黙を打ち破ったのは、扉を開ける控えめな音だった。

 

「あ……」

 

 水を貰って戻ってきたシスカとファリスの目が合う。場の妙な雰囲気を読み取ったのか、一瞬その瞳を不安げに揺らしたシスカは、ふい、と目を逸らした。

 

「……ファリス、目を覚ましたのね」

 

「えっと……はい」

 

 シスカの様子にどこか違和感を覚えながら、ファリスは頷く。

 

「……お父さま、どうかしたの?」

 

「いや……なんでもない。シスカ、すまないがファリスのことを見ててくれるか? 少し……頭を冷やしてくる」

 

 そう言って、シスカの返事を待たずにローガンは部屋を後にした。

 

 部屋に残されたふたり。こういう時、普段ならシスカの方から何かと話しかけてくるのだが、今は黙ったままじっとしている。表情もどこか辛そうに見える。やはりどこかがまだ痛むのだろうか。

 

 いつもと明らかに違う様子のシスカが心配になったファリスはおずおずと問いかけた。

 

「姉さん、やっぱり怪我が……?」

 

「……ううん、大丈夫」

 

「でも……」

 

「本当に大丈夫。ファリスの、おかげ、で……」

 

 そこまで言って、シスカの表情が歪んだ。

 

「…………っと……」

 

「姉さん……?」

 

「ずっと!!」

 

 突然の大声に、ファリスの肩がびくりと震える。

 

「ファリスはずっと——手加減してたの……?」

 

「……え?」

 

「だって、あの時! あんな剣……知らない! わたし知らなかった!!」

 

 それは堰を切ったように、溢れ出した。

 

「勉強も創術も、ファリスみたいにできなくても剣ならって! お父さまみたいにって……!」

 

 いつか折り合いを付けたはずの、仕舞い込めたはずの感情。表にしたが最後、今度こそ決定的な亀裂を生んでしまうと分かっていた。

 

「なのにこんなの……! ずっと……ずっと、笑ってたんだ!」

 

「ち、違」

 

「ちがわないッ!!」

 

 それでも、心のどこかでそう分かっていても抑えきれなかった。

 

「ファリスなんてッ」

 

 

 あるいは。

 

 それがどこにでもある兄弟喧嘩なら、子どもの癇癪で済まされる程度のことでしかなかったのかもしれない。

 

 子ども故の短慮から発せられ、子ども故の情緒で深くは傷つかない。

 

 そんなものだったかもしれない。

 

「いなければよかったのにッ!!」

 

「っ……!」

 

 言い放ったシスカは、身を翻して部屋から飛び出していった。

 

 ファリスは後を追えなかった。ただ呆然と、開け放たれたままの扉の先を見つめていることしかできなかった。

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